【黙示録】混沌の闇より蘇るもの。

■イベントシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月20日〜07月20日

リプレイ公開日:2009年07月28日

●オープニング

 急き立てられるように祈った、どうかこの先ただ一つとして不当に損なわれる命がなくなりますように。





 どことも知れぬ深い闇の中で、彼女はゆっくり身動ぎした。闇が、混沌が彼女を包み、再形成してゆく。彼女が失った形を補い、力を補い、彼女を彼女たらしめる。
 ふつふつと沸き上がるそれは、苛立ちすら伴う暗い愉悦。愉悦へと続く苛立ち。
 混沌の闇を漂う思考が、形を持ち、実を結ぶ。苛立ちの、理由を彼女はゆっくりと思い出す。冒険者。あの忌々しい蛆虫どもが、彼女の仮初の体を倒し、彼女は混沌の闇の中で眠りに就かざるを得なかったのだ。

「――主様?」

 混沌の闇に向かって呟いた。姿は見えずとも、その存在を彼女は疑わなかった。
 案の定、現れた姿に彼女は再形成されたばかりの身体を動かし、敬意を表した。彼女より強く、彼女より残酷な魔物に、彼女は従うことを許されていた。
 うん、とうなずく魔物に確認する。

「あの蛆虫どもは如何なりました?」
「お前を倒したと、愚かに喜んでいたよ。今は別の遊戯で楽しんでいるみたいだ」

 まったく馬鹿だよね、と笑う主にうなずく。地上の影を倒した程度で喜べるとは、人間は何と容易く愚かな生き物なのだろう。
 だが、彼女はその愚かな生き物に、影とはいえ敗北した。その事実は叱責されて然るべき失態だ。
 故に項垂れた彼女に、主は笑う。

「失態はこれからの働きで楽しませてくれれば良いのだよ。お前を呼び醒ましたのはそのためなのだからね――あのデビルとか言うものどもが、思いの他手こずっているようだからね、お前も行って遊んでやると良い」
「デビル、ですか? あの忌々しい成り上がりどものために、このアタシが?」
「お前が、だ。考えてもご覧? デビルどもの長、ルシファーとか言ったか、あの者と冒険者どもをぶつからせれば、如何ほどに混沌の力は増すだろうね? それはお前も承知だろう。デビルごときに助力するのは腹が立つというなら、こう考えてみると良い――あの者どもを我らカオスが導いてやらねばならぬのだと」

 そう、微笑んだ主の言葉を反芻して、ニヤリと彼女はほくそ笑んだ。つまり、デビルのヤツラに貸しを作ってやると言う事か。
 それは面白い――下らぬ人間でありながら彼女に敗北を味わわせた、厚顔無恥で忌々しい冒険者ども。あいつらに困らされているというデビルを見物するのも面白かろうが、協力してやり、屈辱に顔を歪める姿を見るのはもっと楽しそうだ。
 ふふ、と楽しそうに微笑んだ彼女に、主が目を細めた。

「しっかり、我を楽しませるのだよ。お前の失態はそれで帳消しにしてあげよう。そうして、そう、今度こそあのマジックアイテムを奪っておいで――何、デビル如きに渡してやる必要はない。我らカオスが、かの魔杖に秘められし魔力をもって、世界を混沌に陥れてくれよう?」

 それはさぞかし楽しかろうよ、と愉悦に笑う主の言葉に、本当に、と同意した。その瞬間の世界に満ちる混沌を思うだけで、身震いがするほどの興奮を覚えた。
 だから、彼女――かつて月のセブンフォースエレメンタラースタッフというマジックアイテムを手に入れようとした魔物『死屍人形遣い』は、主がドサリと無造作に投げ出した屍をまとって混沌の闇に消え。
 見送った主は、ニタリと愉悦に満ちた笑みを浮かべて呟いた。

「しっかり我を楽しませておくれ――まさか、この我の手を煩わせる程に愚かな玩具ではなかろう?」

 その言葉は遥か地の底の底、混沌の力満ちる場所に広がり、消えた。





 マリン・マリンは旅の魔法使いを生業にする少女である。地上の世界であれば大抵の所は行きつくした彼女は、だが地獄という場所においてはさすがに明るくない。むしろ、普段は強力なムーンロードの魔法を秘めた相棒の白亜の魔杖皓月に頼りきりなので、あまり地理を覚えるのは得意じゃないのかもしれない。
 何はともあれ、そんな少女は今現在、単身地獄巡りを敢行中だった。
 理由は、それ程はない。強いて言うならば、先頃ある事件があり、常に前向き絶好調の彼女も流石に落ち込んで日々を過ごしていたのだが、それがある瞬間に吹っ切れた、というか。

(大体、カオスの魔物が居るから悪いんです)

 旧友が死んだのも、その子孫の村人がカオスの魔物に苦しめられたのも、先日の事も、もっと昔の総ての始まりの何もかもが、彼女にとっては「カオスの魔物が悪い」で集約される。そして、そこに考えが至った途端、プツン、と何かが彼女の中でブチ切れた。
 悪いのなら、倒しに行けば良いのだ、と。
 そうして単身地獄に乗り込んだは良いが、彼女はせいぜい月魔法が全種類超越級に使えちゃう以外は一般人並の能力しかない事に、行って見てから気がついた。どうやらよっぽど頭に血が上っていたらしい。
 かと言って、今更引き返す気なんてさらさらなくて。
 うーん、としばらく悩んだ彼女は、ぽむ、と両手を叩いた。

「そこら辺にいらっしゃる冒険者に、声をかけてみましょう」

 口説き文句は『ちょっと一緒にカオスの魔物倒しに行きませんか』。どこの新興宗教か、或いは10本ぐらいねじの吹っ飛んだ人のような口説き文句だが、本人はいたって真剣なのである。
 こうして怪しい勧誘人と化した旅の魔法使いの少女を狙う、混沌の闇に――少女が気付いていたかどうかは、定かではなかった。

●今回の参加者

ケンイチ・ヤマモト(ea0760)/ ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ アリシア・ルクレチア(ea5513)/ ディアッカ・ディアボロス(ea5597)/ ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)/ シャリーア・フォルテライズ(eb4248)/ セイル・ファースト(eb8642)/ 導 蛍石(eb9949)/ シファ・ジェンマ(ec4322)/ 晃 塁郁(ec4371)/ サイクザエラ・マイ(ec4873

●リプレイ本文

 マリン・マリンは旅の魔法使いを生業とする少女である。何かを突き抜けた怒りと衝動に任せてカオスの魔物にお仕置きすべく地獄に降り立ち、そうしたは良いが流石に無謀に気付いて地獄を行き来する冒険者を口説きまくった少女は今、

「‥‥マリンさん、またこのパターンか‥‥」
「う‥‥ッ!」
「マリン殿、月道を何処にでも繋げれるのを過信して前に突っ込むとかはしないでください」
「‥‥‥‥すみません」

 両側からオルステッド・ブライオン(ea2449)とシャリーア・フォルテライズ(eb4248)にそう怒られて、相棒の皓月をギュッと胸に抱きしめしゅぅんと肩を落として小さくなっていた。その様子はなかなか哀れを誘うものがあったが、過去にも同じようなことを繰り返している。つまり反省の色無し。
 ゆえに、オルステッドや妻のアリシア・ルクレチア(ea5513)などは段々マリンの思い立ったら即実行、と言う行動パターンにも慣れて来て苦言を呈しつつも苦笑するより他なかったのだが、初対面のシャリーアなどは尚更だ。
 例に漏れず、呼び止められて付き合う事になった顔見知りの冒険者セイル・ファースト(eb8642)が、仲間達と挨拶などを交わしつつ、叱られて軽く落ち込んでいる少女にも声をかけた。

「よろしくな、マリン。会うのは3度目になるか」
「あ、そうですね! ファーストさん、元気になってて良かったです」

 大きく頷いた少女の脳裏に浮かんでいるのは恐らく、以前に会った時の傷付いた姿だろう。オルステッドやユラヴィカ・クドゥス(ea1704)、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)、導蛍石(eb9949)などに再会した時も、マリンは同じようにほっとした表情で、良かったです、と頷いた。
 そっちもな、と頷いたセイルはふと、マリンが胸に抱く白亜の魔杖に目を留めた。少女が皓月という名で呼ぶ、強力なムーンロードの魔法が込められた比類なきマジックアイテム。

「‥‥前から気になってたんだが、その杖ってどういういわれがあるんだ? 精霊に大きく関わってるもののようだが」
「あはは、皓月は皓月ですよ。私の旅の相棒です」

 思いつくままに尋ねたセイルに、尋ねられたマリンは満面の笑みでそう言った。それは本気でそう思っているようにも見えるし、或いは何かを知っていてあえて誤魔化しているようにも見える。
 そもそも、彼女は一体何者なのだ――と、何度も考えた事をまた考えるオルステッド。一番最初の始まり、マリンが友と呼ぶアランドール・ビートリッヒは、アトランティスではとうに亡き人となり、伝承のみでその名を知られる老賢者だった。その老賢者がまだ少年だった頃に、当時から少女の姿だったらしいマリンは出会い、その死を見送り、亡骸をリハン領の山奥にあるムンティア湖の畔に葬った。
 その一事を取っただけでも、人間は当然の事、エルフよりも長生きである事はほぼ間違いない。だがマリン自身は自らの事を聞かれても、笑って『旅の魔法使い、です』と言うだけだ。
 今も聞いても、同じように答えられるか――或いは魔物やデビルに邪魔されるか。
 見上げた血色の空の中には、純白のペガサスが翼を広げている。上空から辺りを警戒している蛍石とルエラ・ファールヴァルト(eb4199)だ。蛍石は上空から高速詠唱デティクトアンデッドで、ルエラは肉眼で。
 地獄と言う場所柄、何処からデビルや魔物が襲ってきてもおかしくない。そしてこちらには狙われるだけの理由もある――マリンの持つ白亜の魔杖、これは月のセブンフォースエレメンタラースタッフと呼ばれる、地獄の皇帝の為にデビルが捜し求める七つの冠のうちの1つ。
 デビルに協力して魔杖を手に入れようとしたカオスの魔物は、冒険者達が退治した。さらにマリンの生来の放浪癖が、彼女を魔物に見つかり難くもしている。
 とはいえ、当のマリンがこうほいほいと地獄に来ていては、その優位も台無しな訳だが。
 アリシアが夫から借り受けた聖なる釘を地面に突き刺した。展開される聖なる結界の中に、マリンとその護衛を希望するものが保護される。さらにその結界の外を取り巻くように、シファ・ジェンマ(ec4322)やシャリーア、晃塁郁(ec4371)が。上空からと地上からでは精査範囲も異なるので、塁郁もまたデティクトアンデッドで辺りを警戒している。
 物々しい警戒態勢に、マリンがぼそっと呟いた。

「カオスの魔物にお仕置きしたかった、んですけど‥‥」
「マリンさんの身の安全が第一です」

 きっぱりディアッカにそういわれ、さらに周りにいた冒険者達もうんうんと頷くので、はい、とマリンはまた小さくなった。一応、彼女とて不味かったかな、とちょっと思っている。
 地獄では、冒険者達以外に魂を持つ人間は居ない。故に、蜂蜜に群がる蟻のようにやって来るデビルや魔物を、冒険者は撃退した。それ程、数は多くない。
 地獄は現在、各地で大規模戦闘なり、小規模の小競り合いなりが続いている。そのせいかとも思うが、だが地獄の皇帝ルシファーが復活を遂げた今、ルシファーを縛る封印の鍵の一つ『月のセブンフォースエレメンタラースタッフ』皓月がここにあると言うのに、あまりにも無関心といえるのではないか。
 サイクザエラ・マイ(ec4873)が仲間にフレイムエリベイションをかけながら、その事実に内心首を傾げた、その時。
 カッ! と空が、光った。

「‥‥ッ!?」
「ルエラさん!」

 気付いたルエラが咄嗟にグラナトゥムに退避を命じようとした、その瞬間にはその光はルエラに向かって降り、何が起こったのか理解する間もなく光に打たれた。強い衝撃に、意識が奪われ、ペガサスともども地に向かって落下する。
 それに気付いた蛍石がまっすぐにルエラに向かうようペガサスに命じた。ギリギリ、地面に衝突する直前にルエラを救出する事に成功。グラナトゥムの方は幸い、直前で意識を取り戻して自ら羽ばたいた。
 意識を失ったルエラを聖なる釘の結界の中に寝かせ、様子を見る。その間にシャリーアが冒険者ギルドから借り受けたドラグーンに乗り込み、起動させた。

「今のは恐らく、ヘブンリィライトニングなのじゃ‥‥いつの間にか雲が出ているのぅ」

 呟いたユラヴィカが龍晶球に意識を集中させたが、魔物の反応はない。デティクトアンデッドを試みる塁郁も首を振った。それぞれ、魔物の探索範囲は100m程度。そしてヘブンリィライトニングは、見えてさえ居れば距離に関係なく相手に魔法を放つ事が出来る。まして空に居た2人は、遠くからでも良く見える格好の的だったのだろう。
 ジワリ‥‥
 冒険者の内を、緊張が支配した。魔物探索魔法にすら引っかからない遠距離からの攻撃に、対処する術は持ち合わせていない。ましてこちらから見えない相手から攻撃されている、と言う事は相手はこのまま、なぶり殺しにすることだって可能なのだ。
 もし好機があるとすれば、ヘブンリィライトニングは1度に1人しか攻撃できない。ならばその間に敵を探すか、或いは誘き出すか。
 ――カ‥‥ッ!

「ク‥‥ッ!」

 空の光に、咄嗟にセイルが身を縮めた。全身に受ける衝撃、熱、そして痛み。ルエラの処置を終えた蛍石が、慌ててセイルの傍に走ってきてリカバーを唱える。
 さらに空を切り裂き、漆黒の炎までもが飛来した。まっすぐに飛んできたそれは、オルステッドに向かって黒い火の粉を散らす。幸いにして事前に付与されていたレジストデビルで事なきを得たが、それでもアリシアが蒼白な顔になった。
 塁郁が険しい顔で呟く。

「今のは恐らく悪魔魔法のブラックフレイム。と言う事は、あちらはこちらの事を、少なくともオルステッドさんの事は良く知っているという事です」

 ブラックフレイムは、見えずとも確実に攻撃相手を指定する事が出来れば、対象に向かって飛んでいく――いわゆるムーンアローと同じだ。そしてそれがオルステッドに向かって飛んできたと言う事は、それを放った相手はオルステッドの事を知る相手、と言う事。
 と言って、地獄にその様な相手が居るか、と言うと――

『向こうの方に人が立っているのが見える。こちらに近付いてくるようだ。このような所に、不審な――』

 シャリーアが訝しげな声で情報を伝えた。ハッ、とユラヴィカがまた龍晶球に意識を集中させると、今度はそこに反応が現れた。魔物。距離は、大体シャリーアが伝えてきた位置と同じ。
 上がった警戒の声に、全員が険しい顔で意識を集中した。あちらから近付いてきてくれると言うのであれば好都合だ。蛍石が改めて傍に寄ってくれるよう頼み、超越レジストデビルを集まれた全員に付与した。
 ――カ‥‥ッ!
 空が、三度目の雷を地に降らせる。これはレジストデビルで防ぐことは出来ない。だが次に狙われたのはウィングドラグーン――風属性の機体は、風属性の魔法を相殺したのか、搭乗者を守った。
 これは、相手も意外だったのだろう。雷が再びウィングドラグーンを狙ったが、やはり無傷。その間に、ある意味ドラグーンを囮にするというもったいない事態を利用したオルステッドとセイルが、魔物の方へと走り。
 そこに居た、女を見つける。

「‥‥ふふっ♪ そんなにオネェサンに会いたかったの? いけない子ね、待てないボーヤは嫌われるわよ?」

 冒険者達を見て、ニヤリと笑った女がそう言った。言ったと同時に、ヘブンリィライトニングが天から地に向かって光の柱の様に雷を落とす。後方から上がる悲鳴。ハッ、と振り返ったセイルが目にしたのは、慌てた様子の仲間と、地に崩れ落ちたマリンの姿だった。
 ギリ、と奥歯を鳴らす。もしもの時はマリンに、逃げる為にウィルまでの月道を繋いでくれるようシャリーアが事前に頼んであった。だが肝心のマリンが攻撃され、意識を失ったのではそれはもはや不可能だろう。
 魔物に襲われないよう結界も張った。だが、魔物自体を防ぐ事は出来ても、魔法攻撃まではそうは行かない、と言う事か。

「‥‥誰かと思えば、貴様か、人形遣い‥‥ッ!」

 オルステッドが吼え、その言葉にかつてマリンと皓月を守る為の戦いの場にも居た者はハッと目を見開く。死屍人形遣い。屍を衣服の様に着込み、配下の魔物と共に皓月を手に入れるべく暗躍した魔物。
 だがその攻撃は、悪魔魔法と格闘技だったはず――
 ふふっ、と魔物が、屍の顔でほくそ笑んだ。

「やーね、このアタシを誰だと思ってるわけ? アタシは死屍人形遣い。人形遣いっていうのは、お人形の能力を引き出す事が出来るものだって、前に教えてあげたのは別のボーヤだったかしら? 主様が用意して下さったこの屍、とってもステキでしょ?」

 言いながら死屍人形遣いはすっと手を上げた。ニッ、と嗤った瞬間、そこから暴風が沸き起こり、吹き荒れる。

「ク‥‥ッ」

 ストーム。激しい嵐に、抵抗しようとしたオルステッドが、しきれず後方に吹っ飛ばされた。全員が吹っ飛ばされ、或いは抵抗してその場に立ち竦む中、ドラグーンだけが死屍人形遣いなる魔物に襲い掛かろうとする。だが、見た目は普通の人間の女の姿をして居る相手に、ドラグーンで襲い掛かるのは的が小さすぎた。
 だが、ドラグーンを降りればシャリーアもまた超越ストームにさらされる事になる。動けない冒険者を的に、さらに放たれた超越ヘブンリィライトニングが塁郁の、ディアッカの命を奪った。

「やられっ放しでは‥‥ッ! セクティオ!」
「私も負けませんよ! アノール!」

 ルエラが吼え、超越ストームに抵抗しながら死屍人形遣いに向かって駆けた。さらにシファが、何とかストームの圏外に抜けて死屍人形遣いに技をかけようとする。
 その両方を、死屍人形遣いは鼻で嗤った。ひょい、と踊るようなステップでかわし、竜巻を放った。宙に巻き上げられ、地面に叩きつけられた衝撃で息が詰まり、恐らく骨も折れて動けなくなった2人を、女の姿をした魔物は嘲う。
 クスクス、クスクス、笑いながら死屍人形遣いは悠然とマリンに近付いた。ザッ、と冒険者達が気を失ったマリンの前に、守るように立つ。それに、再びの超越ストーム。2度目の暴風に、冒険者の口から悲鳴が上がり、ぐったりとしたマリンの身体も吹き飛ばされた。

「マリンさん!」

 アリシアが悲鳴のように追おうとするが、ともすれば自分の方が吹き飛ばされる嵐の中で、上手く追いかける事が出来ず歯噛みする。代わりにミスラがマリンの後を追って。動けないシファの代わりに、ジニールもまた暴風など関係なくマリンを追い。
 不意に、その姿が黒い炎で掻き消えた。

「アタシ、精霊って大ッ嫌いなの。うっとおしいでしょ?」

 死屍人形遣いがにっこり笑う。ブラックフレイムでマリンに迫る精霊達を一掃した魔物は、悠然とマリンに近付き、グイ、と胸倉を引き上げた。

「う‥‥ッ」
「あら、お目覚め? ようやく会えたわね、デビルどもが欲しがるマジックアイテムを持つ月精霊」

 とっても会いたかったわよ? と凶悪な笑顔でそう言った死屍人形遣いは、当然の様にマリンが気を失っても放さなかった白亜の魔杖に手を伸ばした。だが、相棒をやすやすと手放すマリンではない。必死に皓月を握り締め、抵抗する。
 ようやくストームが収まり、セイルとオルステッドが駆けつけた。サイクザエラがファイヤーボムを死屍人形遣いに向かって放つ。それに、死屍人形遣いは無造作にマリンを盾にした。

「貴様‥‥ッ!」

 このままではマリンに当たる。そう判断したオルステッドが、咄嗟にファイヤーボムの前に身を投げ出した。構わず、二度目のファイヤーボムを放とうとするサイクザエラを、セイルが殴って止める。
 クスクスクス‥‥
 死屍人形遣いが、心底楽しそうに笑い声を上げた。

「フフッ、仲間割れ? とってもステキな見世物ね♪」
「‥‥最近周囲の連中は私を人の皮を被った魔物だと噂する。自分でも最近自分が人間なのか少々自信がなくてね。貴様から見て私は魔物と思うかね?」
「アタシにとっては、魔物かどうかは魂があるかないかってだけよ。そーゆー哲学的な事はママにでも聞いてらっしゃい?」

 そう、傲岸不遜に言い放った死屍人形遣いは、捕らえたマリンに「ねぇ月精霊、お前もそう思わなくて?」と囁いた。それに、マリンは答えない。答えず、ささやかな声で確認する。

「皓月が‥‥目的ですか‥‥?」
「そうよ? でもお前も月精霊にしては変わっているから、連れて帰れば主様がお喜びになるかもしれないわね?」

 その言葉に、マリンは一瞬沈黙し、辺りを見回した。冒険者が傷付き、倒れ、または命を落としている。それでも自分の為に、皆がこの魔物に向かおうとしている。それは一から十まで、自分のせいなのだと自覚している。
 それを、見て。先ほどの、一方的とすら言える戦いを思い起こして覚悟を決めた、次の瞬間には力強い瞳で魔物を、睨んだ。

「じゃあ、私と皓月を手に入れれば、貴方は速やかにここから立ち去ると約束してください」
「あらあら、面白いわね。お前、このアタシに交渉出来る立場のつもりなわけ?」
「皓月を手に入れないと、主様とやらに怒られるんじゃないですか?」

 言い返すと、むっとした様子で死屍人形遣いは唇をへの字に曲げた。だがやがて、面白そうに哄笑した。

「アハハハハッ! アルテイラなんてなよっちいヤツラばかりだと思ってたら、お前、気に入ったわ! 面白いから乗ってあげる。きっと主様もお楽しみになる事でしょうよ」
「させるか‥‥ッ!」

 隙を見て死屍人形遣いに踊りかかったセイルが、あっさり刃をかわされ、蹈鞴を踏んだ。再びマリンが冒険者達への盾にされる。
 不意に、マリンの身体が銀色の光に包まれた。一瞬で消えたそれに、何らかの魔法を使ったらしいと気付いた死屍人形遣いがマリンの頬を張る。それに、旅の魔法使いを名乗る月精霊の少女は苦痛の呻きを上げる。
 だが、何も起こらなかった。少なくとも表面上はそう見えた事に、安心した死屍人形遣いは今度こそマリンをしっかり捕まえ、冒険者達を牽制しながらカオスの闇の中へ消えようとした。その一瞬、マリンの手が確かに動き、何かを冒険者に向かって投げた。
 カラン、と地に落ちたそれが乾いた音を立てたのと、カオスの闇がマリンと死屍人形遣いの姿を完全に消し去ったのは、同時。ドラグーンを降りたシャリーアが、走り寄ってそれを拾い上げる。

「マリン殿‥‥これは、皓月‥‥?」
「魔法か何かで、死屍人形遣いを誤魔化したのでしょうか‥‥?」

 蛍石も、アリシアらも寄ってきてその白亜の魔杖を確かめる。それは確かに、常日頃マリンが相棒と呼び、頼る、強力なムーンロードを秘めた魔杖。地獄の皇帝ルシファーの封印の鍵の一つである、強力なマジックアイテム。
 せめてこれだけは魔物に奪われまいと、少女は投げて寄越したのだろう。それはきっと、冒険者なら守ってくれる、という信頼もあっての事に違いない。
 だが、少女は魔物に攫われ。残された者は傷付き、または力尽きている。

「とにかく皆さんの救護を」

 蛍石が、まずは今出来る事をと動き始めた。超越リカバーの使い手である彼ならば、先ほど超越ヘブンリィライトニングの一撃で命を奪われた仲間を蘇らせる事も可能だ。
 後を追うにしても、何にしても、まずは態勢を整えてから。そう思い、傷付けられた仲間達の手当てに動き始めた冒険者達がその事実に気付いたのは、だから総てが終わり、此処であった戦いの名残が残された皓月と回復薬などを使うに及ばない軽微な傷のみになってからの事だった。
 その戦いの最中、デビルもカオスの魔物も姿を見せなかった事に――彼らが事実上、超越魔法の使い手という屍を操る魔物ただ1人に翻弄されたという、その事実に。





 こうして、旅の魔法使いの少女はカオスの魔物の手に堕ちたのである。