●リプレイ本文
普段は関係者以外立ち入り禁止の原書保管書架は、大変アレな状態になっていた。
「‥‥エリスンさん‥‥エリスンさんと3人娘以外の職員は居ないのか‥‥」
書架が壊れて以降、誰も動かしていないという保管書架の、見るも無残に棚板が外れてバキバキになっている様子と、流石に拾える限りの原書だけは拾って部屋の隅に布を敷いて積み上げているのを見比べて、思わずオルステッド・ブライオン(ea2449)がそう言ったのも無理はない。だが勿論、この広大な図書館を4人で回すのは不可能だし、他にもたくさんの図書館司書が在籍している訳で。
そう説明した後、エリスンは溜息を吐いて首を振った。
「ですが、こういうイレギュラーな事態に割けるほどの人員がある、というわけでもないのです。あと、原書の分類に関して言えば、翻訳作業は3人娘が中心となって行っておりまして、此処にある書物の幾らかは彼女らが分類したものでもある訳ですが」
「‥‥グラッドリー様、それはもしかして、その」
「はい」
とても言い難そうに言葉を濁したジュディ・フローライト(ea9494)に、こっくりと大きく頷くエリスン。各書架の比較的手前に収められている、つまり比較的最近運び込まれた書物が、3人娘による分類。そして以前の調査で見つかった分類間違いの、半分近くはそこに集中していた。
何とも言えない空気が、冒険者達の間に流れた。だったら人を変えれば良いのにと誰もが思ったが、困った事に今現在、3人娘を超えるジ・アース及び天界の言語知識を有する者が、この図書館には居ない。
まぁ何と言うか、それでも押し通っている辺りが問題、と言うよりは、普段一般利用者は表の翻訳済みの写本しか目にしないので、間違いに気付きにくいのが現実、なのである。
まぁまぁ、と倉城響(ea1466)がいつもの様におっとり微笑んだ。
「それは置いておくとして、まずはお片付けから始めませんか? 時間に限りもある事ですし」
「だね♪」
フォーレ・ネーヴ(eb2093)が元気に頷き、響がどこからともなく取り出した毛布を広げ始める。この上に、言語ごとに書物を積み上げて整理しよう、と言うのだ。
もちろんその案に反対する理由はない。もし疑問があるとしたら、
「どうせなら、言語ごとに色分けしたらもっと判りやすくなるんじゃない?」
「それはそうですね」
ポン、と思い付きで言ったディーネ・ノート(ea1542)の発案に頷き、取り出した色とりどりの毛布が一体何処から出てきたのか、という事実。そして、何度も響の家に遊びに行って居るフォーレですら、その毛布の出所が全く判らない、という事実だが、
(つ、突っ込まない方が良さそうね‥‥)
(う♪)
無言で視線を交わし、頷き合う2人。ん? と響がおっとり小首を傾げたのに、ブンブンブンと首を振る。倉城響、その癒し系の外見に似合わず、なかなかミステリアスな女性であった。
さて今回、集まってくれた冒険者の殆どがジ・アースの何らかの言語や、中には天界の書物もかなりのレベルで読み解く事の出来る、知識豊富な面々である。
「こんな時でもないと、言語知識って使いませんから」
セトタ語ならかなり難解な文章でも容易く読めるレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)が言った通り、アトランティスでは精霊の恩恵によって互いの意思の疎通に不自由がない為、逆に専門的に言語を学ぼう、という意志のある者は少ない。そんな事をしなくても、簡単な単語でも読めれば日常生活では十分重宝される。
ので自然、言語知識といえば一部の専門職のもの、というイメージだ。その代表的なものと言えるのが代書屋やここ、王宮図書館などで働く図書館司書。
冒険者担当(らしい)エリスンもその例外ではなく、その彼は現在ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)に指導を受けている真っ最中だった。
「やはり、きちんとした分類表示は必要だと思うのじゃ」
「ふむ‥‥」
ウィル王宮図書館の『分類』と言えば、他人から見れば記号レベルにしか思えない走り書きの目録と、それに関連付けた職員達の記憶が頼り。つまり、とっても不吉な言い方をすれば、職員達が何らかの理由で全員精霊界に召されてしまうと、この膨大な書物の何処に何があるのかを把握するには気の遠くなる時間が掛かる事だろう。
そこまで行かずとも、誰が見ても判る目録と分類さえあれば色々業務上の手間は省けるはずで、そのためにもきちんとした分類表示を! と燃えるユラヴィカだ。エリスン自身はまだあまり、その重要性が良くわかっていないようだが。
一方、見事に壊れた書架の前では、ラマーデ・エムイ(ec1984)が建築知識をフル動員して破損箇所の具合を確認し、どうすれば最も効率良く、なおかつ今後も丈夫に使用出来るのかを検討中だった。
「んー‥‥木材自体も古くなってるわねー? だったら新しいモノを入れた方が良いと思うんだけど、そこだけ新しいと他にガタが来ちゃうしねー‥‥」
こんな感じで組んで膠で補強すれば大丈夫かしらー? などなど、幾つか図面を引きながら試行錯誤する。
横から覗き込んだモディリヤーノ・アルシャス(ec6278)が、頭をグルグルさせているラマーデに声をかけた。
「簡単な事なら出来るよ。ここを直せば良いの?」
「んー、そうね、やってみるしかないわねー。じゃあ図面はこれで、力仕事はよろしく☆ あたしはさっきの本の続きを‥‥じゃなくて、分類の手伝いをしてくるわー」
じゃあねー、と手を振ったラマーデは、しっかり栞を挟んだ書物を小脇に抱え、分類チームの方へ走って行った。実際問題、彼女の体力では図面を引く事は出来ても、実作業は無理である。
取り残されたモディリヤーノの戸惑い顔に、ぽむ、とアルジャン・クロウリィ(eb5814)が肩を叩いた。
「男手が少ない、僕も力仕事を手伝うぞ、うむ。さっさと終わらせて調査に取り掛かろう」
「‥‥‥そうだね」
はぁ、と溜息を吐きながらモディリヤーノは、アルジャンの後に続いた。普段、彼の姉を初めとして凛々しい女性ばかりが傍に居る印象の強いモディリヤーノ、故に実は結構頼られるのは嫌いじゃない。のだがしかし、うん、まぁフクザツではある。
他、力仕事に立候補した冒険者とエリスンで本棚を修復する、ガンゴンガンガン脳を揺さぶるような音が響き渡る中、残る冒険者達は精神集中、心頭滅却して書物の分類整理に没頭した。セトタ語のものはすでに図書館職員である程度分類は済んでいたが、それ以外の言語に関してはやはり冒険者に任せた方が良かろう、と積み上げたきり手付かずだ。
初級レベルの言語でも、一次分類ぐらいは出来る。そこからさらに、タイトルや目次、時には中身もざっと確認して、大まかに分類した。その辺りから、時折書架に書物を戻す手が止まりがちになり、時にはピタリと動きを止めて紙面に目を走らせる者も出始めて。
「‥‥皆さん、少し、休憩しませんか?」
あとは私達でも片付けられますから、と響が手作りクッキーを手に微笑んだ。フォーレが手早く書物を避け、全員が座れるスペースを作って淹れ立ての熱いお茶を配って回る。
何をするにしても、集中し続けられる者はいない。こうして、折を見て休憩の声をかけてくれる者の存在は、だから非常にありがたかった。
何と言っても、風烈(ea1587)が気になっているのはカオス八王の事だった。まず彼自身、メイディアの方にその存在を顕わしたカオス八王の1人『炎の王』と対峙している。さらにメイディア・スコット領の方ではやはり八王が1人『蝿の王』が出現しているし、ここウィルでは先般、リグとの戦争の影に『死淵の王』が暗躍した。地獄では『境界の王』がデビルを喰らい、混沌の力を増さんと画策したと言う。
「対峙してみて改めて思う、よく天空王はあの化け物どもに勝ったと」
かつて、アトランティスの伝説の王ロードガイは、その命賭けてカオスの穴を封印した。だから正確には勝ったとは言えないのだが――実際にカオスに対峙する者としては、1つの大きな勝利の形、とも見える。
だが、今再びカオスの力は増大している。カオス八王がその動きを活発化させ、世界を混沌に陥れようとしている――そのカオス八王のうち、確かに判っている者は4人のみ。以前メイディアのギルドに、さる小領地の奥方の遺品から解読された八王の名と思われるリストが届けられた事もある、のだが。
ここはウィル、王宮図書館。ならば他にも有益な資料はあろうか、と関連のありそうな書物は片っ端から捲ってみる烈だ。だがそもそも、カオス八王なる魔物と過去に対峙した者も少なく、さらにその能力を見せ付けられて生き延びた者が、となると‥‥
同じくカオス八王の事を調べていたアリシア・ルクレチア(ea5513)が、手にしていたゲルマン語の書物を書架に戻しながらため息をついた。
「私も探しているのですけれど‥‥ロードガイがカオスを封じるのに使ったと言われるシープの剣も、その後の行方は判らない、と伝わってますわね。そうそう、八王と言えば『富貴の王』と呼ばれる魔物も居ると、冒険者ギルドの報告書で読んだ事がありますわ」
「『富貴の王』――それがどのような魔物かも判らないか」
「そこまでは報告書にはなかった様な気がしますけれど‥‥さすがに精霊碑文学の本はないようですわね」
以前にも、その様な書物があれば随分と貴重なものなのだが、と書架を探して回ったアリシアだったが、そもそもそんな書物が存在するのかも怪しい。古代魔法語の方は、まだ探していないが。
ならば探索あるのみだ、ともはや我が家の次に居心地が良いとすら思える王宮図書館の書架の森を彷徨い始めたアリシアを、見るともなく見送ったジュディもまた眼前の書物に目を落とした。
(以前にお伺いした時にも調べた事、ではありますが‥‥)
カオスの魔物と、デビル。互いに異なる存在でありながら、同じ姿を持つ二者の関係を、ずっとジュディは調べている。
この所のカオスの魔物の言動や、地獄での戦いの様を見聞きした所では、何となくカオスの魔物の方が上位にある印象があった。だがそれを論証している書物は、カオス八王同様、そうそう見つかるものではない。そもそも、ジ・アースとアトランティスに同じ姿の異なる魔物が居る事すら、公に知られる様になったのは最近の話だ。
だから、調べようとすれば当然ながら、遥かな昔。神の居ないアトランティス流に言うなら、竜と精霊の昔語りの時代――その辺りの事が載っている書物を、事前にアルジャンに頼まれていたエリスンが用意してくれてはいた。だが、そう易々と『答』に辿り着けるか、というと‥‥
「難しいもの、ですね‥‥」
「まぁ、簡単に判るのならとっくに公になっていただろうしな、うむ。だが、これなどは近いかもしれない」
溜息交じりのジュディの言葉に、頷いたアルジャンが差し出した書物を、彼女は読んだ。それは古い、古い説話、或いは民間の噂ばかりを集めた書物。
昔、ある所に1人の娘があった。娘は自らを世界の壁の向こうから来たと言った。ある男が聞いた。「娘よ、お前の言う世界の壁とは何なのか? それは一体何処にあるのか」。娘は答えて言った。「それは龍と精霊が世界を守る為に作った壁です。誰にも見えない壁によって、世界は混沌から守られています。いずれ時が訪れれば、世界は壁を明らかにし、乙女は眠りから目覚めるでしょう」。「娘よ娘、お前はその向こうから来たと言った。ならばお前は精霊かい?」。「私はただの旅人です」。そして娘は何処ともなく旅立った。
ただ、それだけの話。『世界を守る壁』とはかつて出現した謎の壁、の事、だろうか。
エリスンが用意してくれた書物はまだまだある。2人は目を見合わせて、新たな書物に手を伸ばしたのだった。
シルバー・ストーム(ea3651)はもう何度目に成るか判らないため息を吐いた。
「ヴィント‥‥」
呼びかけられたシルフが、主の視線が自分を向いた事に嬉しそうにひょいと飛び上がる。その拍子にパラパラパラと羊皮紙がめくれたのに、また小さな溜息を吐いたのだが、当のシルフはもちろん知った事ではない。
最初は主の為に色々と手伝おうとして頑張っていたヴィントだったが、やがて資料整理がある程度片が付き、調査の段階になってシルバーが書物を相手に睨めっこを始めてしまうと、だんだん退屈の虫がうずき出したようだ。一応、他の冒険者達の邪魔にはならないよう、きつく言ってはあるが‥‥うん、退屈なのは仕方ない。
ひょい、と手にした本をヴィントに手渡した。パッ、と顔を明るくしたシルフに、言葉短かにゲルマン語の書架まで持って行くよう頼む。大きく頷いて飛んで行ったヴィントに、苦笑した。
カオスの魔物。ジ・アースのデビルと同じ姿を持つ彼らは、冒険者ギルドの報告書を見てもそうだったが、資料に幾つか出てきた例を見ても互いを敵視し、或いは軽んじるような言動を取る事もある様だ。そしてごく稀ながら、ジ・アースでもその存在が確認された事もあるらしい――まぁ、だからこそゲルマン語の書物にその記録が残っている訳だが。
山道を行く途中、デビルに出会った旅人は腰を抜かして神の御名を唱えた。だがそれを聞いたデビルは神の御名と聖句を鼻で笑い飛ばし『我ら始原の混沌の化身を、堕ちたるものと同じと思うとは。まして、混沌の後より生まれたる法則の名など知らぬ』と叫ぶと、同行の旅人の魂を取って姿を消したと言う。
変わったデビルも居るものだ、と記録者は結論付けているが、それがカオスの魔物であるとするなら。神の居ないアトランティスの魔物にとって、神の御名と聖句はおそるるに足りない、と言う事ではないのだろうか。
ならば、神ではなく竜と精霊の加護によって成るアトランティスの魔物は、龍と精霊を敵と見なしているのか――というと、これもまた、過去に出会ったカオスの魔物を思えば疑問の残る所であり。
「だが、竜はカオスの魔物に何らかの影響があるのかも知れない。天空王は竜の加護を受け、竜と共に戦ったという伝承もあるようだ」
小耳に挟んだ烈がそう言った。先ほど彼が見た書物に依れば、天空王ロードガイは竜の化身となってカオスの魔物と戦い、カオスの穴を封じた、と言われているらしい。
ならば、精霊は。月道を司る月姫の1人が、アトランティスとジ・アースを隔てる壁に封じられていたのは。それを為したのが境界の王だと言うのは、どんな意味があるのか。
その意味がこの資料の山から出てくれば良いのだが、とシルバーと烈は顔を見合わせた。
アトランティスにおいて、天界、とただ表現する時、厳密には2つの場所を指す。1つはジ・アース‥‥今は月道が繋がり、決して遠い世界ではなくなった、冒険者達の多くが故郷とする世界。そして1つは地球‥‥時折人やモノが落来してくる他は何も判らない、誰も辿り着けない場所。
その地球出身の友人から、レインは色々な話を聞いた事がある。どんな文化で、どんな人々が居て、どんな暮らしをしていて――そんな事を。その友人達から聞く所に寄れば、地球にはデビルやカオスの魔物のようなモノは存在しないのだという。
それに、何か理由があるのか――調べるレインのそばに小さな両手がそっと書物を置いた。それに、ふと顔を上げればディアッカ・ディアボロス(ea5597)のルーナがにっこり微笑む。
もちろん、そのそばにはディアッカもいる。体格体力その他諸々頼りになるルーナの銀華は、今日も主を助けてご機嫌さんだ。
それを見たレインもにっこり微笑んで、置かれた書物に視線を落とした。彼女には解らない文字で書かれたカラフルな表紙。地球から落ちて来た書物なのだろう、紙片は羊皮紙ではなく、強いて言えばジャパンの紙に似た手触りだ。
「これは?」
「天界の魔物について描かれた書物のようです。文字は天界の言葉で書かれてますが、絵も多いので」
レインが地球について調べているので、持ってきてくれたらしい。確かに、地球のことを知るなら地球の書物を読むのが一番だが、読めないので諦めていたのだ。
礼を言い、持っていた書物を閉じた。テーブルに置いてディアッカの持ってきてくれた書物を手に取ると、後ろから川姫フィリアクアがひょいと覗き込む。
パラ、とめくった少女達の表情が、驚きに彩られるのをディアッカは見た。確認するように、レインの頭上辺りを飛んでいたディアッカを見上げるのに、コクリと頷く。
「実は案外、天界の書物にはデビルや魔物の記述、絵姿などを記したものが多いのです。これは、天界の魔物に関する専門書のようですが。他にも精霊や竜、魔法に関する専門書などもあるようです」
「でも、地球には魔物も、魔法とかもない、って言ってましたけど‥‥でもでも、専門書があるんですよね‥‥? うーん‥‥」
頭を抱えてしまったレインを、フィリアクアとフウが心配そうに見つめた。銀華も困ったように、レインと主を見比べている。
そうですね、とディアッカは思わしげに言った。
「これは一つの推測ですけれど――天界に、実際にもう魔物は居ないのでしょうが、かつては居たのではないでしょうか? それを、こう言った資料の形で編纂し、伝承しているのかもしれません」
「‥‥ッ、そうですねッ! そうかも知れませんッ!」
それならこの書物の理由も説明できますねッ! と嬉しそうな笑顔になったレインに頷いた。実際、ディアッカにはそれ以外の推論は思い浮かばない――地球から人やモノが落来する事はあっても、逆はありえないのだから、今の所。
ならば、実際に地球にも魔物が居て、魔法が存在した、と考える方が自然だ。本はとても高価なものである。それにわざわざ纏めて残そうと言うのだ、ならば地球ではそれを後世に伝えるべき知識として認識していた、と考えるべきだろう。
そう、推論を告げるディアッカに、レインは大きく頷いた。読めない彼女にはこの書物がどの程度難解な書物なのかは判らない。だがセトタ語のエキスパートである彼女には、わざわざ文字として記録を残す、という行為が多かれ少なかれ書き手の思い入れを伴う行為だ、と言う事が判る。
だと、すれば。
「天界の魔物についても調べれば、カオスの魔物を追い払う方法も判るかもしれません‥‥?」
「ええ、その可能性は高いと思います。天界の魔物が居なくなった、と言う事は何らかの方法で追い払ったか封じたのでしょうし、それをカオスの魔物に流用する事も出来るかも」
そうかな、そうかも、と頷き合う2人。しかし、精霊碑文学や古代魔法語ほどではないにせよ、地球から落来した魔物や魔法、精霊に関する書物、というのも結構希少度が高かった。
精霊について書かれた書物、と言うのは珍しくない。だがその生態まで詳細に、正確に――となるとなかなか難しいものだ。今でこそ、冒険者街では珍しくなくなってきた精霊だが、それでも「まだ見た事がない」という者も普通に存在する。
故に、精霊について調べたい、という者は結構多く。
「ふぅん、精霊って結構一杯居るのね‥‥良く出てくるのはエレメンタラーフェアリーだけど、トッドローリィとか、ウィル・オ・ザ・ウィスプとか‥‥は人を切りつけるとか、沼に雷落とすのが好きとか、普通に迷惑じゃないの、これ‥‥」
「竜の姿をした精霊が居るのも興味深いのじゃ。じゃが、具体的に過去、どのような役割を果たしたかはなかなか見つからないのじゃ」
「‥‥進化条件もやはり、見当たらない、か‥‥」
ぼそぼそと突っ込みを入れながらページをめくるディーネに、挿絵を眺めながら考え込むユラヴィカ、溜息を吐いたオルステッドもそのうちの1人だ。
竜と精霊の加護を受けるアトランティスに置いて、伝説で語られるロードガイ、ペンドラゴンなどの英雄をこの地に導いたのは、竜、または精霊の意志によるものだ、という説は酷く珍しい、というものではない。だが、それらの英雄を導いた事実に対して、または英雄達がカオスの魔物を退け、封じた戦いにおいて精霊や竜がどのような役割を果たしたか――という詳細な部分になってくると不明だ。
それが少しでも判れば、と思ったのだが、伝説を伝える吟遊詩人の歌なども竜と精霊の加護によると伝えはしても、それ以上の事は伝わっていない。まして精霊の進化条件となると――伝わっている方が、むしろ凄い。
普通、遥かな時をかけて長じる精霊の一生涯を、まともな人間が見届ける事はまず出来ない。ましてその中で、特定の条件を満たした精霊がどう変化するかなど、余程の幸運に恵まれない限り、目の当たりにすることもない訳で。
つまり、観察も不可、検証も不可、再現も不可。特定のアイテムによって変化を起こす精霊が居る、と言う事を発見した人間が存在するのも奇跡、というレベルだ。
「実際、精霊の寿命ってどれ位なのかしらね? さすがにこの本には載ってないみたいだけど」
「ふむ、それも不明じゃの」
「‥‥機会があれば聞いてみるしかないだろうな‥‥」
言いつつ、新たな書物に手を伸ばす彼らもまた、無心な探求者の集まりであった。
フォーレと響は、くるくると書架の間を動き回っては書物を片付け、または休憩のお茶を配って回っていた。調査に没頭している冒険者達は、一度や二度声をかけたくらいでは手を止めない。それを根気よく、或いは要領よく手を止めさせ、休息を取らせるのがだんだん、彼女達のメインになってきている。
邪魔をしないよう気をつけながら、時折は自身もジャパンの風景画や料理本に手を止めてチェックしながら、書架のあちらこちらに取り付いている冒険者達を見て回っていた響は、ぺたんと書架の間に座り込んで書物をめくっているラマーデを発見した。彼女はまだ、休憩を取っていない。
「少し、手を止めて休みませんか。疲れて居ると効率も下がりますし」
「‥‥え? あぁ、そうね! つい読みふけっちゃったわ、本って遠くの人や、昔の人の気持ちなんかも伝えてくれるんだものー☆」
どうやら資料調査から単なる読書に移行していたようだが、気持ちはとってもよく判る。中に何が書いてあるか確認するだけ、と思ったらつい最初から最後まで読んでしまう、あの現象だ。
かつて、この図書館で資料調査を行ったラマーデの馴染みの吟遊詩人も同じような事を言っていたのは、薫陶を受けているからなのか、セレのエルフとはそういうものなのか。
「んー、それにしてもやっぱり、地獄の門の閉じ方、って言うのはないわねー☆」
「ゆっくりと閉じているみたいだと聞いていますが。あ、ラマーデさん、クッキーもう1ついかがですか?」
「ありがとう☆ ヒビキのクッキー、美味しいわねー」
ラマーデが手放しに褒めるのに、響はおっとりにこにこ微笑むのみだ。お茶淹れ撫子の二つ名を持つ彼女に、お茶を淹れる事は勿論、お茶請けを用意する所までもぬかりはない。
一方のフォーレもまた、あちらこちらの書架をウロウロ見上げながら、時折立ち止まっては書物を手に取る青年の姿を発見していた。
「う♪ モディリヤーノにーちゃん、そろそろ休憩した方が良いと思うよー」
「ああ、フォーレ殿。うん、ここの書架の書物を調べたら伺うよ。ステインエアーワードによると、ちょっと怪しげな感じらしいし」
そういうモディリヤーノの顔は少し、引き攣っている。何しろ、そういう本があっては困るな、と思いながら試しにやってみたら本当にそういう本があったのだから、一体どんな本がッ!? と怯えるのは当然だ。
へー? と面白そうに目を輝かせたフォーレも一緒に問題の本を開き、パラパラと捲ってみる。内容は幸い、フォーレにも読めるゲルマン語で書かれた、恋物語のようだった。て言うかその内容でなぜ怪しげなのか、余計に疑惑は深まったのだが。
見なかった事にしよう、と心に誓いながら書物を書架に戻す。アトランティスには魂が残るという概念はないので、間違っても何かが憑いていたとかそういうことではない。その筈。
響がお茶を用意している場所まで戻りながら、フォーレが尋ねる。
「モディリヤーノにーちゃんの調べものは、はかどっているのかな、かな?」
「うーん、僕はカオスの魔物が良く出てくる場所に共通点がないか、調べていたんだけれど‥‥難しいみたいだ。書物に記されている限りだと、権力者の方の傍に良く現れたり、謀略の裏に居たりするようなんだけれど」
そもそも、書物に残されるほど有名な事件、と言う事は権力者やその周囲で起こったものが多い。まして噂の1つに依れば、魔物はより上質な魂を好むこともあるらしいので――そういう意味でも、権力者の周辺に現れやすい、のだろうか。後は、権力者の陰に居れば政治的により多くの魂を集められるとか――先般リグで起こった戦いのように。
だが、カオスの魔物が必ず権力者の周辺にのみ現れるかといえば、そうではない。モディリヤーノ自身、特に権力とは関係のない小さな村に現れた魔物の依頼に赴いた事もある。
つまり、
「法則を見つけるのは難しそうだね‥‥」
「う、でも、これから何か出てくるかもしれないし☆」
「そうだね。ありがとう、フォーレ殿」
ケラケラ明るく笑うフォーレに、にっこりモディリヤーノは頷いた。勿論、ここで諦める気はなかった。
さらに調査を進め、セトタ大陸の六国の礎を作ったの6人の英雄伝説なども調べた冒険者達だったが、依頼期間もあり、一先ず図書館を後にする事になった。幸い、当初の書架修理と書物整理に関しては完了したので、エリスンや三人娘は満足そうだったが。
入り口まで冒険者達を見送りに来たエリスンに、ふと思い出した烈が被っていた冠を外す。
「エリスンさん、これに何か秘められた力などがないか、判るだろうか?」
「ふむ、かなり古い品とは見受けられますが‥‥少なくとも今までに読んだ本の中には、このような品に関する記述は見た事がありませんな。或いはロードガイの時代のものかも知れませんが」
調べてみますが、とエリスンは余り自信がなさそうながら請け負った。もし何か判れば教えてくれる、と言う。
頼む、と手を上げて冒険者達は図書館を後にした。今回の調査の、成果があったのかどうか――それはこれからの検討次第、という所だろう。