【精霊の花嫁】捧げられた娘。

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月12日〜08月17日

リプレイ公開日:2009年08月21日

●オープニング

 エイミ・ハルスタットの死が、誰かの責任と言う訳じゃない。寒くなれば少し体調を崩しがちになる以外、エイミはごく普通の少女だった。
 少女が儚くなったあの、冬の日。
 両親はすでになく、弟妹を育てる為に休みなく働いていた姉のレイナはその日、いつも仕事を貰う隊商に御礼にと食事に招かれた。村の鼻つまみものだった兄のイザヤはその日、どんな心境の変化があったか近隣の交易都市サーフまで職を探しに行った。幼馴染のレギンス兄妹はその日、ドムル村には居なかった。
 エイミが冬になると体調を崩しがちなのはいつもの事で、エイミを含む誰もがいつもの日常の延長なのだと疑いもしなかった。いつもの様に家の中で大人しくしているのよと言って出かけたレイナと、いつもの様に何も言わずにふいと家を出て行ったイザヤを、いつもの様にエイミは家の中から見送った。
 だが、エイミは死んだ。遅くに帰宅したレイナが見たのは、床に撒き散らされたパンや果物と、怖いほどの無表情で妹の寝台の傍らに立ち尽くすイザヤと、寝台の上で冷たくなった妹だった。
 一瞬、エイミがイザヤに殺されたと思った。信じ難い思いで妹の死を確かめ、半狂乱で掴みかかったレイナに、イザヤは抵抗も反論もしなかった。やがて騒ぎに気付いた近所の大人達が駆けつけてきて、エイミは苦しんだ様子も傷付けられた様子もなく、イザヤが何かした訳ではないだろう、とレイナを説き伏せた。

「でも本当は、今でもイザヤがエイミを殺したんじゃないか、って思ってるわ」

 レイナは冒険者達に、暗い表情でそう言った。それ程に妹の死は唐突で、弟の日頃の行状は目も当てられないものだった。
 あの日、サーフに職を探しにいくと言った事すら、偽りではないかと。現にイザヤはその日以降も、それまでと変わらなかった。シフール便で駆けつけたレギンス兄妹と一緒に、エイミを埋葬してささやかな墓標を立てた、その後も。

「直接は殺さなかったかも知れないけれど、イザヤはいつもグウェインと一緒にエイミやファナを苛めてたじゃない」

 時に手を上げる事もあった、その積み重ねがエイミを殺したのだと、一時は真剣にイザヤを憎んだ。イザヤが行方をくらませた時はいっそ清々した。
 なのに、ようやくその憎しみを忘れかけた今になってティファレナがイザヤらしき人物が目撃されたと言い、それを追う様にイザヤ本人が魔物を引き連れて現れて。カオスの魔物にエイミを生き返らせて貰うと、意味の判らない世迷言を言う。

「訳が判らないわ。一体あの子は何をしようとしているの‥‥今更エイミの為だなんて、それをどうやって私に信じろって言うの?」
「レイナ姉さん‥‥きっと、冒険者の方達や、グウェイン兄さんが何とかしてくれます」

 すっかり大人になったティファレナが、あの頃と同じようにレイナを呼ぶ。呼んで、力付けようとする――当時、ティファレナは自分を苛める兄が嫌いで、その反動のようにエイミととても仲が良かった。
 だが今、彼女は当然の様に兄を信頼する言葉を紡ぐ。あの頃は妹の面倒を見させられるのを嫌がって、時には手を上げたグウェインが、妹をまるで世界でたった一つの宝の様に扱う。
 それに、苦笑はすれど奇異な目を向けない冒険者の顔をも見回して、レイナは深く、深く溜息を吐いた。

「そうね、ファナ。私はグウェインも信じてないけれど――あのグウェインがそこまで変わったのが、嘘じゃない事は皆さんの顔を見れば判るわ。だからきっと、イザヤも変わったんでしょう。魔物の味方をするなんて、正気とは思えないけれど」

 そう言って、エイミ・ハルスタットは冒険者達とレギンス兄妹に頭を下げる。

「どうか、あの馬鹿を止めて頂戴。エイミは死んだのよ。どうやったって生き返らないし、万が一魔物が生き返らせたとしても、それはエイミじゃないわ。それをイザヤに判らせてやって」
「はい」
「サーフでは最近、若い娘の姿が少なくなったと隊商から聞いたわ。あの馬鹿が何かろくでもない事をしているのなら、それも」
「はい。ご依頼、確かに承りました」

 ティファレナ・レギンスが冒険者ギルドの受付嬢の顔でしっかりと頷いた。そうして冒険者達を振り返った。





「アアアァァァ‥‥ッ!」

 耳を劈く悲鳴に、イザヤは嫌そうに顔を顰めた。手に持った剣をズッ、と引き抜くと、さらに苦悶の声が上がり、やがて止まる。
 ドサリ、と骸が落ちる音。立ち上る血の蒸気に、むせ返る鉄のような匂い。ビチャッ! と跳ねた血飛沫がイザヤの衣服を汚す。
 背後で、見ていた男が低い声で笑った。

「最近、手抜きではないかい? 私は人間の苦痛に歪んだ顔を眺めるのが好きだと、お前にはちゃんと言ってあったろう」
「は? 貴方の楽しみなんか知ったこっちゃないですよ。どう殺そうと、貴方に取っちゃただの人間でしょ。俺は効率って言葉が好きなんですよ」

 言いながら無造作に大剣の血糊を払い、たった今殺した女の生暖かい骸を男の方に蹴り飛ばした。また血が飛ぶのに、ウンザリする。
 男の前に並んだ骸は3つ。総てイザヤが殺した。今日のお勤めは終了、だ。この男が特に人間の骸に興味はなく、ただ手の中で弄ぶ白い玉だけが目的だと言う事は知っている。だからわざわざ見せ付けてやっている。
 ふぅ、と見目麗しい青年の姿をした魔物は、まるで人間の様に溜息を吐いた。

「聞き分けのない犬にはお仕置きが必要かな? 私は別に、お前じゃなくても良いのだよ? ほら――」
「ああもう、いちいち気に入らなかったらそうやってエイミの魂を握り潰そうとするの止めてくれます? マジうざくて殺したくなるんですけど」
「ならばしっかり尻尾をお振り」

 そう言いながらほくそ笑み、取り出した白い石を懐にしまいこむのを見て、盛大に舌打ちし、顔を顰める。イザヤのそういう反応を見てまたこの男が喜んでいる事は知っているが。
 苛々と大剣を鞘に戻した。この魔物と会ったのはもう3年ほど前になるか、偶然、魔物が人間を殺す所に行き会ったのがきっかけだった。
 従ったのは別段、理由があった訳でもなかった。だがイザヤの中にくすぶる感情に気付いた魔物の方が、私の為に人間を殺すならお前の妹を行き返らせてやろう、と嗤い、実際に今しがた殺した人間に白い石を飲ませて生き返らせて見せた。
 エイミ――意味もなく死んだ妹。あの妹に縛られるのが何より嫌いだった。お兄ちゃんなんだから妹の面倒ぐらい見なさいよ、とレイナにしたり顔で言い諭されるのも嫌いだった。エイミなんて居なければ良いのにと何度も願った。
 なのに今、イザヤは魔物に従い、魔物の望むままに人間を殺す。エイミに縛られるのが嫌な自分が、エイミに縛られている。その葛藤を魔物が喜んでいる事も知っている――何しろこの男は、理由は知らないが自分が人間である事も嫌なほど人間を嫌っていた小娘を、敢えて人間のまま傍に置き続けたのだから。
 イザヤは心底嫌そうな表情で魔物を見た。魔物は、それにほくそ笑んだ。
 だから深々と溜息を吐く。

「はいはい、判りましたよ。明日からは貴方の喜ぶように長引かせて殺します。明日の『花嫁』はせいぜい期待してて下さいよ」
「良い子だ。そうして私の気の済むまで人間を殺すなら、お前の妹も生き返らせてやろうよ」

 そう――優しげに微笑む魔物を、イザヤは殺意の篭った目で睨みつけた。

●今回の参加者

 ea5985 マギー・フランシスカ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea9494 ジュディ・フローライト(29歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4750 ルスト・リカルム(35歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ec6278 モディリヤーノ・アルシャス(41歳・♂・ウィザード・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

 サーフは今日も、穏やかに朝を迎えた。生真面目だが気の良い人々。かつて冒険者達が調査に訪れた時と何ら変わる事はない。
 だがそれはつまり事態は何も改善していないという事だ――とジュディ・フローライト(ea9494)は痛ましげに町の入り口に立つ警備兵と、早くも活動を始めた人々を見渡した。
 ここまでの道中、加藤瑠璃(eb4288)が用意してくれた魔法の絨毯の上で、初めてサーフへ向かう仲間にはジュディと瑠璃が事情を説明してはいる。サーフに居る、精霊の声を聞く青年と精霊を守る青年。だがその正体はカオスの魔物『精霊の言葉を騙るもの』とカオスに従う青年剣士イザヤ・ハルスタット。
 サーフの住人はことごとく魅了され、実質カオスの支配下に置かれている。それを為す、カオスの魔物の目的が一体何なのか、或いは何もないのかは判らない。だがイザヤがカオスに従う目的は判っている。
 エイミ・ハルスタット、死んだ妹をカオスの魔物に生き返らせて貰う為。その為にカオスに忠誠を誓い、従っている、らしい。
 だが。

「たとえどのような悪魔であろうと、死んで何年もたった者を甦らせる事ができるはずは無いしのう」

 マギー・フランシスカ(ea5985)の言葉に頷く。アトランティスに来たばかりの彼女は『悪魔』と言ったが、それはカオスの魔物でも同じ――10年近く前に死んだ人間を、生き返らせられる魔物は、居ない。
 チッ、とグウェインが舌打ちした。『あの馬鹿が』と毒づく。
 そこに自嘲の響きも含まれている事に、気付いたモディリヤーノ・アルシャス(ec6278)が途中で瑠璃と運転を替わった魔法の絨毯を丁寧に片付けながら言った。

「僕はグウェイン殿の過去は良く知らないけれど、大切な仲間だよ――あ、瑠璃殿、ありがとう。助かったよ」
「私も助かったわ。ありがとね」

 ルスト・リカルム(eb4750)もそう言ったのに、どういたしまして、と瑠璃は魔法の絨毯を受け取り肩をすくめる。何とか全員乗れたので、ここまでスムーズに来る事が出来た。
 だが本番はここからだ、と表情を引き締めて、冒険者達は三々五々、街の門へと向かったのだった。





 街に入ったらどうするか、すでに打ち合わせは済んでいる。武器の類を持っている者は例外なく没収か立ち入り拒否になる、という事前情報の通り、武器類は持たずに検問を通り抜けた冒険者達のすぐ前にも、剣を没収されて怒り狂っている傭兵が居た。
 武器については領主代理が協力を申し出てくれたのだが、領民との間に軋轢が残っては、というマギーの気遣いで、今回は助力を請わない事にした。だから彼らは、武器を持っていない。
 無事街に入った冒険者達はまず、以前イザヤ達が居たアジトを確認した。だがすでに空き家となっていて、魔物の気配も人が出入りしている様子もない。流石に相手も馬鹿ではない、と言う事だろう。
 ならば酒場で聞き込んでみよう、とルストはジュディと連れ立って手近な酒場で、店主や従業員から話を聞いてみようとした。酒場は情報が集まりやすい場所、と言うのが常識だ。
 だが、酒場で客に当たり障りのない話を聞いて回るうちは礼儀正しく見て見ぬフリをしていた酒場の店主は、イザヤの特徴を口にした途端、警戒と不審を顕に話に割り込んできた。

「精霊様の御使者に何の用だね。返答に寄っちゃ‥‥」
「前に旅の途中で会った事があるの。この街にいるって聞いたから知らないか聞いただけよ」

 剣呑な物言いに、そう誤魔化すと店主は途端、今のやり取りは最初からなかったように再び酒場の店主の本分に戻って行った。ほっ、とした空気が酒場に流れる。
 多分、居心地悪そうにしているのが魅了されていない旅人だろう。その内の一人が席を立ったのを追いかけ。

「ああいう話はしない方が良いぜ」
「そうみたいね」

 酒場の外で待ち構えていた男にルストは肩を竦めた。一体何を警戒しているのか――時折サーフに来る商人という男に幾ばくか金を握らせると、心得た男は「精霊を守る為らしい」と言う。武器の持ち込みの禁止も、イザヤ達のことを調べる者に警戒するのも、街に加護を与えてくれる精霊を守る為、住民達が『自主的に』行っていると。
 だがそれ以上は知らない、と首を振る男に礼を言い、酒場に戻るとジュディが、別の男に話を聞いている所だった。

「まったく、この街は精霊の祝福のある素晴らしい街だよ」
「そうなのですね」

 それは素晴らしいことです、と穏やかな笑顔で頷くジュディが話しているのは、魅了されてこの街に居ついた旅人の一人。穏やかに相槌を打つ彼女は、酒で良い気分になった男には格好の話し相手だったようだ。
 散々『精霊様』の賛美を繰り返し、酒を飲む男からは、それ以上に有益な情報は聞けそうにない――彼は先ほど、ルストに剣呑な空気を放っていた集団の1人だ。
 連れ立ち、勘定を済ませて酒場を出る。その背を、店主らがまたじっと見ていた。
 同じようにモディリヤーノも、町の人々から日常会話に紛れて話を聞きだそうとする。

「ところで、最近若い女性が行方不明になってるって聞いたんですけれど‥‥」
「そうかしら。最近は物騒って聞くけれど、サーフは精霊の祝福あるからそんなことはないのよ」

 そう言ったのはまさに狙われそうな年頃の若い娘だったが、彼女はまったくその事実を知らない様に振舞った。1人もですか、と重ねて問えば、私が小さな頃から誰も居なくなってないわよ、と可笑しそうに笑う――実際には、街には最近住人が居なくなったと思しき空き家が少し目立っていたのだが。
 その回答にふと不安になる冒険者だ。事前にティファレナを通じてレイナから、エイミの墓が荒らされた事はない、という情報を得ている。だがまさかそれすら、レイナが魔物に魅了されて答えた偽りではないか――前に会った時は大丈夫でも、次もそうとは限らないし。
 だが今はその言葉を信じるしかない。エイミの墓が荒らされず、骸が存在しないのなら、どう転んでもエイミが生き返る事はない。
 瑠璃はミラージュコートで身を隠して街を歩きながら、以前に顔を合わせたイザヤの事を思い起こし、小さな溜息を吐いた。エイミが生き返らないかもとか、もしかすればエイミを殺したのも魔物かもしれないとか言う事を、何となくあの男は解って従っているような気がしたのだ。
 ならば忠誠を誓った筈の魔物へのあの憎しみも説明がつく、と思いながら瑠璃は息を潜めて前方を見据える。あちこち歩き回っていた瑠璃は、若い娘が時折連れ立って、まったく同じ方向へ消えていくのに気付いたのだ。
 サーフで若い娘が消えていて、その娘達が不審な行動を取っている。これを結び付けない手はない。
 故にミラージュコートのインビジブルで身を隠し、後を追いやすそうな娘を待って、こうして単身尾行中だ。いつも以上に周囲の気配には気を配る。マギーは先に宿に帰るよう頼んでおいた。
 やがて、娘達は一軒の建物の中に入って行く。それを目視した瑠璃は、慎重に辺りの様子を探り、石の中の蝶を確認した。明らかに羽ばたいている蝶は、魔物が近くに居るという徴。
 改めて娘達が入って行った建物を見上げると、階上から見下ろす視線があるのに気付いた。まだインビジブルの効果は続いている。こちらに気付かれたとは思えないが――
 いずれにせよ仲間に伝えなければ、と瑠璃はそっと足音を忍ばせ、その場を離れた。その背に向けられる視線を、痛いほど感じていた。





 ステインエアーワードは、そこを最近通った者が魔物である事を冒険者達に教えた。どうやらこの中が魔物のアジトと見て間違いなさそうだ、と頷いたマギーがバイブレーションセンサーで中の反応を確かめる。数は1つ。距離はこの建物の中――だが石の中の蝶の反応では、魔法で潜入して不意打ちをかけられるほどではなさそうで。
 幸い、入り口らしき場所に監視はいない。前回は合言葉が必要だったが、今はその必要もないと言う事か。
 考えたが、事ここに至っては行動あるのみだ。ジュディが全員にレジストデビルをかけ、ルストがグットラックをかけた。瑠璃はヘキサグラムタリスマンに祈りを捧げる。不意打ちをかけるのであれば結界は邪魔になるだけだが、かけられないなら事前準備は入念に行った方が良い。
 慎重に建物に足を踏み入れる。比較的新しいと見える、この地域特有の二重扉を潜り抜け、続く廊下を進んで階上へ上がり。

「辿り着くまで1日半、ね」

 あくまで慎重に押し開いた、魔物の気配の一番強い扉の向こうで、悪くないんじゃないですか、とイザヤが主を振り返り、主はかすかに笑みを浮かべて侵入者達を眺め渡した。足元には、血の海に沈む女の骸。表情は苦悶に満ちているが、傍らに血の海に浸って座る娘は声一つ立てず、むしろうっとりとした表情で魔物を見上げている。
 ジュディが、思わず口元を押さえてふらりとよろめいた。気付いたルストが慌てて支え、グウェインがチッと舌打ちしてマギーに手を突き出す。

「俺も剣だ。この馬鹿マジ殺す」
「やれやれ、若いのは血の気が多いの。ほれ、瑠璃嬢も」
「ありがとう」

 マギーから渡された剣を、瑠璃は軽く素振りして具合を確かめた。クリスタルソードの魔法によって生み出された、水晶の剣。これがあるからこそ、瑠璃達はろくな武器を持たず、許可証も得ずに潜入する事が出来た。
 ヒュゥ、とイザヤが口笛を吹く。

「へぇ、やるじゃん」
「と、吼えるだけかい?」
「はいはい、貴方は俺が守りますから、ソレしまってくれます? 間違って殺したくなるんで」

 懐から取り出した白い石を閃かせてまぜっかえした魔物に、嫌そうに顔を顰めたイザヤは手に提げていた抜き身の大剣を、ブン、と大きく振り払った。飛び散る血飛沫。この大剣で、娘を殺したのだろう。
 どうやら止めを譲る余裕はなさそうだ、と瑠璃は背後にグウェインの気配を感じながら呟く。オーラ魔法で士気を上げてはいるが、イザヤは以前別の冒険者を打ち合いに持ち込むまでもなくあしらっている。
 だがやれるだけの事を。素早くモディリヤーノが憤怒の指輪をはめ、ウィンドスラッシュを唱える間にグウェインが遠慮なく切りかかった。ガキンッ! 刃と刃のぶつかる鈍い音。拮抗する事はどちらも選ばず、素早く距離を取って睨み合い。

「これはどうかしら!」

 その間に瑠璃が赤の聖水の結界を成功させた。途端、動きを鈍らせた男に確信する。以前にも感じた通り、彼はすでに人間を止めているのだ。
 だが、彼は面倒臭そうに眉を顰めただけで、引こうとはしなかった。彼が背後に庇う(?)魔物も余裕の表情を崩さない。それでも彼らに勝機はある、と疑っても居ないのだ。そしてそれが強ち間違いではない事を、瑠璃も感じている。
 故にただひたすらに、戦いの感覚を研ぎ澄ませて瑠璃はクリスタルソードを振るった。コンバットを用いる余裕はない。発動しようとした瞬間、その隙を狙ってイザヤは瑠璃を切り裂くだろう。
 だがそれならばやり様はある、とルストがホーリーを放った。モディリヤーノもウィンドスラッシュで援護する。クリスタルソードの消える頃を計ってマギーが再び剣を瑠璃の手に生み出した。
 そうしながら、叫ぶ。

「魔物は嘘を吐いているだけじゃ! 死んで何年も経ったものは生き返らん」
「だとしても、あんた達が正しい証拠もないしさ‥‥ッと!」
「ク‥‥ッ」

 言いながら瑠璃の剣戟を受け止めたのに歯噛みする。だが、以前は片手で易々と――だったのが、今は両手だ。それだけでも成果はあったのだろう。
 グウェインが死角から忍び寄ろうとするのを素早く察知し、振り返った男に瑠璃が攻撃する。そこに飛んでくるウィンドスラッシュとホーリーの嵐を、捌き切っているのは脅威だ。だが流石に、結界の中では限界があるらしい。ついにイザヤが、ガクリと片膝を突いた。だが瑠璃とグウェインも、傷付き血を流している。
 出来れば生かして捕らえたいと、願いながらモディリヤーノが叫んだ。

「魔物と取引し、願いが叶った方の話って聞いた事ないよ! そもそも、妹君の事も魔物の仕業だったら?」
「アルシャス様の仰るとおり、もし本当にエイミ様が生き返るならば、命を奪ったのもまた‥‥このようなことをしてまでエイミ様を生き返らせたいと願うのは‥‥なぜなのですか?」
「さぁ‥‥? 殺す為、かな?」

 ジュディからも向けられた言葉に、至極あっさり男は応えた。ヒュッ、と息を飲んだ音がしたのは誰のものか。
 ニッ、と男は笑んだ。いつでも脳裏に浮かべられるエイミの死。生きて何か為した訳でなく、死んで何か変えた訳でもない、何の意味もなかったエイミの死。あの日帰宅したイザヤが見つけるまで、誰かに看取られる事すらなかった。
 それを、想う。何の意味もなかったエイミの生を、死を想い、あんたが殺したんでしょと罵ったレイナの泣き顔を想う。魔物がエイミを生き返らせてやると言った時、最初に想ったのはその事だった。
 ならば。

「生き返らせてまで殺したいほど、兄貴に憎まれた娘、って意味位、あの死にあっても、良いと思わない訳‥‥?」
「そんなのは‥‥ッ」
「まったく、人間の感情は面白いね。良い退屈しのぎにはなった」

 急き込んで言いかけた言葉を、遮るように魔物が言った。その言葉で初めて、ここに魔物がまだ居た事に気がついた。
 はっ、と警戒を露わにした冒険者達を睥睨するように魔物は微笑んだ。人の姿をした、白い翼持つ獣。精霊の言葉を騙るものが、彼の玩具に問いかける。

「生きたいかね?」

 その言葉に心底嫌そうにイザヤは男を睨みつけた。だが渋々頷くと、魔物がデスハートンを唱える。抵抗を高める冒険者達。だが白い玉を抜き出されたのはイザヤだった。

「‥‥ッ!?」
「生を願うものに死を。死を願うものに生を。それが人間を苦しめる、一番良い方法だよ」

 だから魂と引き換えでなければ助けないのだと、嗤った魔物は次の瞬間、冒険者達目掛けてブラックフレイムを連打した。レジストデビルがあるとはいえ、抵抗の意思をしっかり持つうちに、気付けばイザヤと魔物の姿は消えている。
 血溜りの中に残された娘が、初めて感情を露わにした。魔物を狂おしい眼差しで探し「行かないで」と血に突っ伏して号泣を始める。
 だが、魔物が去ったならば、いずれ魔物の魅了は解ける筈だ。それがいつになるかは、マギーの魔物知識でも判らなかったみたいだが。
 ならば今出来る事は、残され物の様に積み上げられた骸を、家族の元に返してやる事だろう。

「応急処置しか出来ないけれど、せめて姿を綺麗にしてあげるよ」

 モディリヤーノがそう言って、ジュディとルストが短く聖句を唱えた。マギーが魔法で、他に生き残りが居ないか確認する。だがここに居るのはこの、魅了され、魔物が消えた事を嘆き悲しむ娘だけだった。