月精霊の光、その輝きを知るもの。

■イベントシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:14人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月22日〜08月22日

リプレイ公開日:2009年08月30日

●オープニング

 それは、今は閉ざされし地獄の一角での出来事。

「どんな気分かしら?」

 愉悦に震える女の声が鼓膜を震わせ、少女はかすかに眉を顰めた。だが無言のまま、ふいと顔を背ける。
 それを気にした様子もなく、女は歌うように言葉を紡いだ。

「まったく、上手くやってくれたもんだわね? あのステキなマジックアイテム、何処に隠したのかそろそろ白状する気にはならない?」
「‥‥‥‥」
「そう‥‥じゃあもっとたくさん冒険者どもが死ぬのを見たい?」
「‥‥ッ、あの人達は関係ありません!」

 弾かれたように叫んだ少女に「じゃあ言いなさいな」と女は嗤う。だが唇を噛み締め、また横を向いた少女に女は苛立ちの表情を浮かべた。振り上げた手が、少女の頬に落ちると同時に忽然と現れたのは、2本の角持つ魔物。
 主様、と女が呼び、少女が微かに怯えた表情でますます唇を噛み締めて。
 おやめよ、と魔物は嗤った。

「程々に混沌の力も増したし、せっかくお前が攫ってきたお客人が仕掛けてくれたゲームだ。脅しかけたりして答えを聞くのは、ルール違反じゃないかな? ゲームは楽しむものだろう」
「主様‥‥でもデビルのヤツラ、こんなに場を乱してやったのに負けたじゃないですか」
「それは彼らの力不足さ。お前の為すべきは、デビルどもが勝とうと負けようと、ゲームに勝ってあのマジックアイテムを手に入れ、世界を壊して、我を楽しませる事だろう?」

 それを間違えてはいけないよ、と楽しそうに魔物は言い。判りました、と女が頷くのを確認して、魔物は怯えた表情の、だが強い瞳の少女を振り返る。

「さて、お客人。お前の愛する世界は、お前を守ってくれると思うかい?」

 謎かけの様な言葉に、旅の魔法使いを名乗る少女はきつい眼差しで魔物を睨みつけ、ふい、とまた横を向いた。それに女がキリリと眉を上げたが、魔物は気にした様子もなく喉の奥でクツクツ笑った。





 ウィル、西方山脈。その頂上付近、生息する植物も少なくなり、岩肌がむき出しになる辺りには、月の力を持ちし高位竜、エクリプスドラゴンが棲んでいる。
 普段は人間は当然ながら、他の生き物も滅多には近付かないその場所に、ふいに銀光がふわり、と浮いた。月精霊の力の現れ。人ほどの大きさの光は、やがてゆっくりと収束し、女性の姿を形作る。
 その日、気まぐれに岩場で月光浴をしていたエクリプスドラゴンは、ほぅ、と目を細めて彼女を見た。遥かな異国の衣装を纏う儚げな美女。その姿を、世界を見晴かす巨竜は知っていた。

「――セレの月姫殿か」

 呼びかけられ、静かに彼女は微笑んだ。セレネと呼ばれる、セレ分国に滞在中のアルテイラ。直接互いが顔を合わせるのは初めてだ。
 巨竜を見上げた月姫は、優雅な弧を描く柳眉をかすかに寄せ、悲しそうな表情で告げた。

『力を貸して欲しいのです‥‥』
「この竜の力、かの。それは穏やかではないが」
『私の友が、カオスの魔物に捕らわれました‥‥』

 古い、古い友人。月姫が世界を隔てる壁に封じられる前、互いがまだ名もなかった頃からの大切な同胞。
 この世界でただ1人、『いつでもどこでも』自在に月道を繋ぐ事の出来る特別なアルテイラ――マリン・マリンが、冒険者達の命と引き換えにカオスの魔物と交渉し、相棒と頼む皓月を残して攫われたのだ。
 その事実は、同じアルテイラ達の中にはすぐに知れ渡った。そして中でも一番親しかった月姫が、こうしてエクリプスドラゴンの元をおとなったのだ。
 力を、貸して欲しいと。友を、同胞を取り戻すのに協力しては貰えないだろうか、と。
 その言葉に、ふぅむ、と巨竜は唸った。

「マリン・マリン――この竜も知らぬ相手ではないよ。彼方と此方を行き来する娘、何よりこの竜が友と認めた数少ない人間が、何より大切に想って居った相手だからの」

 かつて、ウィルの一部で賢者と呼ばれ、ペテン師と呼ばれた亡きアランドール・ビートリッヒ。彼が巨竜に友と呼ばれ、人々から賢者と呼ばれるに至ったその原因が、まさにそのマリン・マリンと呼ばれる少女にあった。
 その友の大切な少女が、カオスの魔物に捕らわれ、地獄に取り残されている。それは感情の部分としても、世界の均衡を見据える立場からしても、取り戻すべきだと巨竜も思う。
 ――だが。

「この竜が自ら動けば、それこそ世界の均衡は崩れようの。月姫殿らではカオスの瘴気に中てられ消滅しよう。となれば最前まで地の底で戦って居った人の子らか――かの娘が僅かな消耗のみで済んでいたのは、アルテイラの中でも特別に強い力を兼ね備えておったからだろうが」
『はい‥‥ですが、それも‥‥』

 いずれは尽きる、と月姫は悲しそうに首を振る。そうなれば、いかに友人とて待っているのはただ一つ――消滅。
 それに、と月姫は言葉を重ねた。

『皓月もまた‥‥皓月は彼女が在ってこそただの魔杖ですが‥‥』
「ふむ。いずれにせよ、かの娘を救出に向かわねばならぬ、か。だが、地の底への扉はすでに閉じられようとして居るよ。月姫殿に何か、策はあろうかの」

 巨竜の思わしげな瞳に、はい、と月姫は頷いた。確かに、地上と地獄を繋ぐ扉は殆どが閉じられている。だが、月道を繋ぐ方法はある――幸か不幸か。
 月姫本人が動く事は出来ない。地獄の入り口までなら何とか月道を繋ぐ事は出来ようが、マリンが攫われたのは地獄の遥か底、コキュートス。そこまで道を繋げることが、彼女には出来ない。
 だが、マリンが残してくれた皓月ならば――それにはもちろん、条件と犠牲が伴うが。
 月姫の言葉に、巨竜は一つ、大きく頷いた。

「ならば、この竜も力を貸そうよ。だが誰にでも、という訳には行かぬの。月姫殿、そこはこの竜の譲れぬ所だよ」

 巨竜は、巨竜の認めた相手にしか力を貸さない。例えどんな事態になろうとも、それは変わらない。それが、巨竜が世界の行く末を見つめ続ける由縁だ。
 だから先ずは人の子と会ってから。地の底へと向かう方策を授けるかどうかは、その先の話。
 深遠な瞳でそう告げた巨竜に、不安そうな眼差しで月姫は小さく頷いた。

●今回の参加者

リーディア・カンツォーネ(ea1225)/ 倉城 響(ea1466)/ ディーネ・ノート(ea1542)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ オラース・カノーヴァ(ea3486)/ シェアト・レフロージュ(ea3869)/ ラシュディア・バルトン(ea4107)/ フルーレ・フルフラット(eb1182)/ フォーレ・ネーヴ(eb2093)/ ルスト・リカルム(eb4750)/ リディエール・アンティロープ(eb5977)/ サクラ・フリューゲル(eb8317)/ セイル・ファースト(eb8642)/ エルディン・アトワイト(ec0290

●リプレイ本文

 ウィル、西方山脈。その山裾に広がる森へと続く草原に到着したフロートシップから、冒険者達は降り立った。
 見晴るかす、エクリプスドラゴンが住まう山脈は半ばまでが緑で覆われ、だが頂上の辺りは岩肌がむき出しになっているのが遠目にも明らかだ。あの辺りが巨竜といつも見える場所だと、幾度か対面を果たしているフルーレ・フルフラット(eb1182)が指をさした。
 その山肌を見上げ、1人、燃え立つ男が居る。

(‥‥必ず助けてみせる!)

 静かに、だが滾る闘志を胸に秘め、睨み上げるように西方山脈の山頂付近を見るセイル・ファースト(eb8642)だ。胸に過ぎるのはマリン・マリン、旅の魔法使いを名乗る月精霊の少女の姿。カオスの魔物を退治するのだとコキュートスに向かった彼女は、行動を共にしてくれた冒険者の命を助ける為、カオスの魔物『死屍人形遣い』と交渉して自ら囚われの身となった。
 その場に、セイルも居た。だからこその決意。その為なら骨身は惜しまぬと、巨竜の元までの案内を命じられたムーンドラゴンの後を行きながら、今一度その決意を己に言い聞かせる。
 そのセイルから事情を聞き、助力を請われてやってきたサクラ・フリューゲル(eb8317)の方は、これからの事も気になるものの、ひとまずは先導する月竜の方が気になって仕方ないようだ。

「ムーンドラゴンのお出迎えとは壮観ですね」
「確かに。おまけに拐われた女性を助けるために竜に戦いを挑むなんて剛毅な連中だよ、ほんと」

 口ではそううそぶきながらも、結局一緒にやってきたラシュディア・バルトン(ea4107)が苦笑いを溢した。先を行く月竜がチラ、と人間達を振り返る。
 巨竜を訪れた冒険者の半数以上は、ジ・アースより月道を通ってやってきた者達だ。しかもその多くが今回、話を聞いて初めてアトランティスを訪れた。
 故に、経験こそ豊富に有れども、気持ちは初めての冒険に出た頃のようだ、とシェアト・レフロージュ(ea3869)は竪琴を抱いて微笑む。それはジ・アースから初めてアトランティスを訪れた者達全員の気持ちなのだろう。
 ゆったり宙を舞いながら先導する月竜に従って、西方山脈の麓に広がる森を抜け、山を登る。ちなみにこの道行きは試練というより、人間が竜の元を訪れることなど想定もしていない、という理由。
 やがて辺りを本格的に夜闇が支配し始め、空に輝く月精霊の光がささやかに地上を照らし出した頃、山頂付近に辿り着いた冒険者達は、そこで待っていた巨竜と対面を果たした。以前に訪れた折は、巨竜に呼びかける所から始めなければならなかったのだが、そこはさすがに呼んだだけの事はある。
 気持ち良さそうに月光を全身に受け、巨竜はわずかに翼を動かせた。

「よう来たの」

 第一声は気さく。だが実際の性格は割合ひねくれている事を、かつて顔を合わせた事のある冒険者の幾人かは知っている。
 並び揃った人の子と、人の子と共に在る相棒達とを見比べた巨竜は、此処までの案内をさせた月竜に労いの言葉をかけた。それに首を伏せて恭順を示した月竜は、これでお役御免とばかりに何処かへと飛び去って行く。
 それを少し見送った巨竜は改めて、人の子に向き直った。それで、と気のなさそうな声色で呟く。

「此処まで来たからには汝ら、この竜に示せる覚悟を持っているのかな」

 自分で呼びつけておいて結構な言い草だが、相手は人ではなく遙かな時を生きる竜である。竜の感覚を、人のそれと同じと考えてはいけない。
 頷き、一歩進み出たのはエルディン・アトワイト(ec0290)。示せる覚悟を、と言われればそれほどに悲壮な決意があるわけではないが、

「地獄に閉じ込められた1人の美少女を救うために立ち上がった友人達を、手助けしないわけにはいきませんね」
「友を助ける事に理由は要りません!」

 何やら男のロマンを感じたと言うエルディンと、強い意志で言い切るフルーレの言葉に、ほぅ、と巨竜は目を細める。さすがに、その意思をうかがい知る事は出来ない。
 フルーレの言葉に、その通りです、とリディエール・アンティロープ(eb5977)は頷いた。

「お会いしたことがなくても、精霊に力を借りる私達にとって彼女は近しい方です。友人を助けに行くのに何の理由が必要でしょうか」

 マリンの名は、リディエールも聞いた事があった。月のセブンフォースエレメンタラースタッフ、月精霊の力を秘めた、アトランティスはもちろんジ・アースでも希少な杖を預かる少女である――と。
 今、その希少な杖は少女の手元を離れ、世界のこちら側にある。今も何かの役に立てば、と冒険者達にグウェインが渡し(バレると妹に怒られるから後で返してくれと念押しされた)、この場に在る。
 だが、例え皓月の名で呼ばれる魔杖が奪われておらずとも、それはマリンを助けに行かない理由にはならない。
 そう語る言葉に、巨竜は深遠な瞳で1つ、それは良い覚悟だ、と頷いた。そうして、全員が同じ気持ちなのかと確認するようにぐるりと冒険者を見回す巨竜の傍らに、控えているのは漆黒の鱗を持つ竜。
 シャドウドラゴン。全長12mの黒曜石のような輝きを持つ竜だ。今までじっと、無言で冒険者達を観察していた様である。
 それが、不意にのっそりと巨竜の傍らを離れ、冒険者達の前に巨躯を運んだ。夜気を震わせる声は巨竜のものよりは若く、高い。

「人の子らよ。御方の命にて其方らの覚悟を図る。手加減は要らぬと仰せじゃ」

 影竜の宣言に、しっかりおやり、と巨竜は相槌を打った。それがどちらに対しての言葉なのか、あるいは両方に向けての言葉なのかは、やはり表情から読み取ることは出来ない――竜に表情と言うものがあるのならば、だが。
 やっぱり戦闘は離けられないのか、とディーネ・ノート(ea1542)と倉城響(ea1466)は顔を見合わせた。もし戦わずに巨竜に認められる方法があるのなら、それに越したことはないと考えていたのだが――

「嬢ら。戦いを厭う気持ちは尊いが、戦場に立つ事を選んでなお迷うていては、汝らが為すべき事すら為せなくなるよ――さて、人の子ら。汝らが世界の闇を打ち払う剣たり、世界を闇から守る盾たるに相応しき力を持つという事を、この竜に示すが良いよ」

 汝らは戦うことを選んだのであろ、と巨竜は呟いて。巨竜に向かって大きく首を垂れた影竜は、次の瞬間、冒険者達に向かって暗闇をもたらすブレスを遠慮なく吐きかけた。





 まず、暗闇から脱出したのはオラース・カノーヴァ(ea3486)である。ブレスに閉ざされた視界も何のその、真なる闇からもたらされる心理的ダメージも全力で振り切って、影竜が居ると思しき方向に走り出た。それまでが影竜に比較的近い場所にいたのも幸いしたようだ。
 だがようやく月精霊の光眩しい空間に出たのもつかの間、冒険者達を暗闇に叩き込んだ影竜はすでに次の行動に移っている。空中へと舞い上がっていた影竜は、人の子の姿を見るや否や急降下し、鋭い爪で切りつけた。

「ク‥‥ッ」

 回避している暇はなく、とっさに盾を突き出して受け流す。ザリザリザリッ! 殺しきれなかった衝撃で足元の砂が鳴った。
 高速詠唱でホーリーフィールドを展開する間もなく閉ざされた暗闇の中で、ディーネはジッと感覚を凝らして空気の流れや匂いなどから状況を把握出来ないか試みる。だが多くの人間が入り乱れ、さらに竜が動き回るこの状況では、それも難しいようだ。
 だが、暗闇の効果は永遠ではない。しばらくして暗闇が晴れ、互いが見通せるようになると、今度は影竜のブレスを警戒して素早く動き始めた。
 エリベイションで精神補助を試みながら、空からと、地上から。冒険者達に1つ優位に働くものがあるとすれば、それは圧倒的な数。地獄の皇帝すら多勢で何とかしてきたのだから、今回も何とかなるだろうかとフォーレ・ネーヴ(eb2093)は仲間を見回す。
 高速詠唱ホーリーフィールドを展開しながらサクラが巨竜に叫んだ。

「この戦いに勝てば、地の底へ行く方法を、教えて頂けますか!?」
「嬢や、それは汝らをこの竜が見定めてからの話だよ」

 しっかりおやり、と感情の窺い知れない声色で応じる巨竜に、ならば教えて貰えるのだろう、と眼前の影竜に意識を集中させる。空中へと逃れた冒険者を追い、鋭い爪を閃かせて迫り来る竜をペガサスのシルフィードの首を巡らせて紙一重で避ける。
 オルステッド・ブライオン(ea2449)が弓を番えた。今回、あまり仲間と役割分担や協力体制などの話し合いをする事が出来なかった、と言う感がある。だがそれならそれでやり様はある、と強気の姿勢で矢羽を放した。
 飛んできた矢を、あっさり影竜は叩き落す。手加減は不要、との言葉通り、影竜は息つく暇もなくブレスを吐き出して暗闇の空間を作りながら、僅かな隙を見つけては冒険者に襲い掛かった。

「シャルルマーニュ、頑張るッすよッ!」

 フルーレが巨竜から預かっているムーンドラゴンに声をかけ、影竜の身を守るムーンフィールドを打ち砕く。かつて、巨竜相手に戦った折も彼女は、グリフォンに騎乗して仲間達の援護を受け、巨竜のムーンフィールドを打ち砕き、後に続く仲間の勝機を掴んだ。
 だが流石にあの時と同じ様にはいかない。ムーンフィールドを打ち砕く事は出来ても、その隙を存分に活かせるだけの連携が取れる仲間が背後に居ない。
 事前に、深手を負わせてしまう様なら止めて欲しい、と巨竜に願い出た彼女だったが――どうやら、そんな事を心配する余裕はないようだ。
 それでも僅かながら生まれる隙は、確かに役に立っているようだ。その隙を捉えてセイルが月竜オードと共に攻撃を仕掛け、リディエールが地上からウォーターボムを放つ。
 影竜が幾度目かのブレスを吐き出した。その頃にはオーラエリベイションやフレイムエリベイションで精神防御はして居るが、閉ざされた暗闇の中で視界が利かないのは変わらない。
 この暗闇の空間から抜け出そうと、方向を探る冒険者達の耳にシェアトの紡ぐ旋律が響く。

 ――ほら 目隠しされたその手を解いて
 目を凝らせば満天の星 静寂の闇
 混沌の雲を超え 手を伸ばそう暁の星‥‥♪

 メロディーの呪歌で、見えぬ光を導こうとするシェアトの歌声を頼りに暗闇から抜け出す者、ジッと闇が晴れるのを待つ者。
 とは言え、全員が闇に飲まれているわけではない。

「ハアァァ‥‥ッ!」
「こちらも行きますよッ!」

 相変わらず、1人接近して猛攻撃を仕掛けようとするオラースと、あえて派手に動いて囮になろうとする響が、美味い具合に影竜の攻撃が一箇所に集中するのを防いでくれる。さしもの竜と言えど、まともに攻撃を食らい続けたのではやはり厳しいのだろう、攻撃の気配を感じると巨躯を驚くほど素早く翻す。
 地上に降り立ち、暗闇から抜け出してきた者を捕えてのシャドウボム。すかさずルスト・リカルム(eb4750)が回復に走ろうとするが、その彼女もまたシャドウボムで飛ばされようとするのを、かろうじて転がってかわす。
 フォーレが響を狙った爪を縄ひょうで辛うじて弾いた。すぅ、と鼻の穴を大きくして息を吸い込む。悟ったディーネとセイルが同時に叫んだ。

「ブレスが来る!」
「気をつけて!」

 その言葉にエルディンがホーリーフィールドを展開した。放たれる息、新たに生まれる暗闇の空間。
 あちこちが影竜のブレスで生まれた暗闇で支配され、月精霊の光の届く場所自体が少なくなってきた中、辛うじて影竜のブレスを逃れ、暗闇から逃れたオルステッドは、今こそ好機と影竜に駆け寄った。先ほどからもう幾度も影竜はブレスを吐き、暗闇に冒険者を叩き込んでは逃れた者を爪で攻撃する戦法を採っている。ならば敢えてブレスを吐かせて攻撃手段を直接攻撃と月魔法に限定すれば――と考えたのだ。それを、仲間に伝える余裕はなかったが。
 だが、それを見越していたかの様に影竜は駆け寄ってくる冒険者に向け、素早くブレスを吐きつけた。今度は逃れ得ず、暗闇に閉ざされたオルステッドに向けてムーンアローが放たれる。その隙を狙って切り掛かってきたオラースの剣を受け流し、縄ひょうでのフォーレの波状攻撃を尻尾でいなして、暗闇が薄れた所から影竜は冒険者が立ち直る隙を与えず攻撃を仕掛け、またブレスを吐き。
 幾度目かの攻撃で、暗闇から開放されたオルステッドに影竜の爪が食い込んだ。咄嗟にリーディア・カンツォーネ(ea1225)が治癒の為に駆け寄ろうとするのを、おやめ、と巨竜が些か厳しい口調で止める。

「嬢には辛かろうがの、これも良い経験だよ。何もかもを1人で決めて出来る心積もりで居っては、地の底でも同じ事が起ころう。今のうちに頭を冷やすが良かろうよ」

 それで重傷者を放っておけと言うのは幾ら何でも無茶がある気がするが、巨竜がそう言うのであれば仕方がない。何より今度は攻撃の対象がこちらになったので、無理にと駆け寄る余裕もなくなった。
 聖女の祈りで結界を張って欲しい、と言う願いに応えてペガサスがホーリーフィールドを展開する。それで辛うじて視界は確保出来るが、それだけだ。
 やっぱりストームでブレスを完全に吹き飛ばすのは無理だったか、と少し離れた所でラシュディアががっくり肩を落とした。アイスブリザードなら吹き飛ばす事は出来るので、竜のブレスも可能かと思ったが、それほど甘くはないらしい。
 セイルとフルーレが同時に影竜に突っ込んだ。オラースがチャージングを放ち、魔法攻撃が影竜に向かって放たれる。
 影竜の視線が後衛へと向けられた。次の瞬間、治療に当たるリーディアにまっすぐに飛んでいく影竜の進路に、リディエールとラシュディアが割り込むようにウォーターボムとストームで僅かなりとも足止めを。その間にエルディンがリーディアを引っ張って避難させ、気付いた響が遠方からソニックブームで影竜の意識をこちらに向けようとする。
 テレパシーリングで仲間達の状況を確認しながら、ペガサスで治療に駆け回るサクラも何度か危うい場面はあった。だが辛うじて避け、或いは仲間に救われ。
 戦い、癒し、また戦うこの状況は、圧倒的不利ではない。幾つかの攻撃は影竜には届いているし、ダメージも受けているはずだ。
 だが明らかに冒険者の優勢でもない、拮抗状態。言うなれば、どちらが先に力尽きるかの消耗戦に突入してる状態。
 オラースが再びチャージングを放ち、影竜の爪が受け流した。セイルがオードと突撃するのを身を捻ってかわし、すかさずブレスを吐いて暗闇の空間を作り出す――もう幾度も繰り返された光景。当たれば決定打となりうる攻撃だが、影竜のブレスがそれを決定打にはさせない。
 何とか事態を打破したいと、セイルと共にオードの背に乗るシェアトが、皓月にテレパシーで呼びかけようとした。

(今、あなたと手を取り合える事を巨竜に示せるのならば――)

 皓月の能力は『いつでもどこでも』月道を繋ぐ事と聞いている。ならば皓月が協力してくれさえすれば、一瞬で竜の背後に回って優勢をとる事も出来るのではないか。
 本来、テレパシーは良く見知った相手でなければ言葉を届ける事は出来ない。ならば白亜の魔杖にシェアトの祈る様な言葉が届いているか、不明だったが‥‥どうか彼女を救う為の戦いに挑む者達のために力を貸して欲しいという、その言葉に応じたかの様なタイミングで、不意に変化が現れた。
 身体から強制的に何かが奪われていくような感覚。それと同時に、皓月がかすかな銀光を放ち始める。目に見えぬ何かが奪われる感覚に堪えきれず、シェアトが呻き声を上げ。

「これ、汝が勝手に動いては元も子もなかろ」

 ひょい、と巨竜が白亜の魔杖を抓み上げた。途端、銀光が夢のように輝きを潜め、シェアトから奪われゆく感覚が消える――後に残る脱力感に、大きく肩で息をする。
 不意に入った仲裁(?)に影竜が動きを止め、巨竜を振り返った。釣られて冒険者達も動きを止める。
 両者を見下ろし、巨竜は何の気なさそうに告げた。

「そろそろ良かろ。この竜は汝らを、存分に見極めたと考えるよ」

 決着が見たい訳ではないのだよ、と呟く言葉に影竜が一礼し、冒険者達との戦いのダメージなどまったくなかったかの様に軽やかに翼を羽ばたかせ、巨竜の御前を辞した。





 後に残された冒険者達を一瞥した巨竜は、またしばし考えるように沈黙を保っていた。果たして、巨竜は冒険者達と影竜の戦いで何を見、どう判断したのか。
 それは判らなかったが、訴えずには居れなかった。

「どうか‥‥コキュートスへ向かい、そして地上へ戻る為の手段を、下さい」

 リーディアには、自分がこの場に居る誰より拙い実力だと言う自覚はある。出来る事は多くない。体力に優れているわけでもない。
 だがだからこそ、自分出来る事を見定め、それを己に課して来た。それを精一杯やって来た。
 今回、カオスの魔物に囚われるマリンを救うために、彼女には何が出来るのかはまだ判らない。だが今出来る事を精一杯やりたいと思う、その気持ちは揺らがない。
 だからどうか、と深々と頭を下げる。想いを同じくする仲間達も巨竜を見上げ、口々に訴える。

「偉大なる月の竜よ‥‥」
「彼女を助けに行くため、どうぞお力をお貸しくださいませ」
「セレの月姫が友人って人を救い出したいんです」
「ここにいるのは地獄で勇敢に戦い、生還した者ばかりです。力を過信するわけではありませんが、無事に少女を助け出しましょう」

 最後にエルディンがそう締め括り、裁可を待つ人のように巨竜の言葉を待った。それにまたしばし、巨竜は無言で冒険者達を眺め下ろす。
 見上げてくる冒険者達の眼差しを見返し、胸の内を覗き込むように深遠な眼差しで見つめ。
 一体どれ程の時が流れたのか。ふぅ、とため息とは到底思えぬふいごのような息を吐き、巨竜はゆっくり重い口を開いた。

「かの娘が汝らに託した月の魔杖――これを使うが良いよ。この皓月に込められているのは、月道を司るアルテイラ達ですら敵わぬ程に強力なムーンロード。皓月に祈りを捧げ、相応の犠牲を払うならば、地の底への道を繋ぎ、また地の底より戻り来る事も叶おう」

 その言葉に、咄嗟に冒険者達は皓月を仰ぎ見た。今は冒険者達など知らぬと言わんばかりに巨竜の巨大な爪にちょこんと抓まれている白亜の魔杖。
 息絶え絶えながらオルステッドが、これだけは確認しておかねばならぬ、と言葉を振り絞る。

「‥‥犠牲が必要、とは‥‥? 危険というだけではなく、地獄との通行そのものに対価が必要なのか‥‥」
「皓月はかの娘の精霊力を持って初めて制御可能な魔杖と聞いているよ。それを人の子が使うには、月魔法に精通した者が皓月に祈りと魔力のすべてを捧げる必要があろうの――そう、例えばそこな嬢が、ただ皓月を制御する事のみに腐心するのであれば」

 ヒョイ、と鼻先で示されて、シェアトはキョトンと目を丸くした。思わず自分を指差すと、そうだ、と巨竜は大きく頷く。
 アルテイラの中でも特別に力の強い月精霊マリン・マリンであればこそ、皓月を旅の相棒と呼び、勝手気ままに地上のあちこち、果ては地獄まで月道を繋いだ挙句にカオスの魔物やデビル相手に超越魔法をぶっ放すなどと言う離れ業が可能だった。『いつでもどこでも』月道を繋ぐ事の出来る強力なムーンロードを秘めた魔杖は、ある意味、マリンの手にあったからこそただの魔杖足り得たのだ。
 だがそれと同じ事を人の子の身で為せるかと言えば、答えは否。ある程度以上の月魔法の心得のある者が、全力で皓月を『宥めすかして』何とか月道を開いて貰い、その後も暴走を抑えるのに心血を注ぐぐらいでなければ、到底扱う事は出来ない。
 だが、地の底への道を繋ぎたいのならば、他に方法はない、と巨竜は目を細める。

「かの娘と言う制御を失えば皓月は何れ、触れた者の魔力を無秩序に吸い取り月道を開き始めるであろ。人もカオスも入り乱れる事になろう」

 それでも、巨竜自らが動けば世界の秩序が乱れる位の騒ぎでは収まらない。巨竜が自ら本気の力を振るう様な事があれば、それはある意味、世界の滅亡だ。
 故に、巨竜は動かない。動けない。そして自らの信を託して良いと認める相手でなければ、僅かな助力すら与えはしない。

「汝らに1つ言うておいてやろ。自覚はなかろうがの、この竜には汝らの幾人かは力に驕っておるように見えたよ。だが汝らがかの娘を助けたいと願う、その願いは真と思う故、この竜の知る事を汝らに伝えたのだよ」

 世界の闇を打ち払う剣たり、世界を闇から守る盾たると言う事。その為の力と強さとは何なのか――それを今一度考え直してごらん、と巨竜は呟いた。そして、それ以上語る言葉はないというように、巨躯を巨大な翼でふわりと浮き立たせ、月精霊輝く夜空の彼方へと消えた。





 旅の魔法使いを名乗る月精霊の少女を救い出す為の、手段は巨竜より与えられた。だがそれ以外の課題も、冒険者達の上に投げ掛けられた様である。