●リプレイ本文
友人の愛する家族ラミィ(ヒグマ)を、無事に友人の元まで連れて行って欲しい。そんな切なる願いを受けて、依頼人宅を訪れた冒険者達がまず見たものは、
「しつこいわねッ! 何度も言ってるでしょ、ラミィは大人しくて優しくて繊細な熊なのよ、アンタみたいに図太い神経してないんだからッ」
「なんですってッ!?」
どうやらご近所の方らしき年配のご婦人と睨み合っている、うら若い女性の姿だった。間に飛び散る火花まではっきり見える、ような気がする。
険悪な空気を助長しているのは、女性が背中を向けている家のドアを引っ掻く『ガリガリガリ‥‥』という音らしい。時々ミシリと音がする度、年配の女性がギクリと身を強ばらせる。
しばし、周りのことなど目に入らない様子で目を吊り上げていた二人だったが、不意に若い女性の視線が冒険者の上に留まった。考え込む一瞬の沈黙。
そして、
「ありがとう! 来てくれたのね、待ってたわ」
彼女は満面に笑みを湛えて両手を広げ、冒険者達を歓迎した。もう話は終わったとばかりに、かなり聞くに耐えない言葉で年配の女性を追い返す。彼女の日頃のご近所付き合いは大丈夫なのだろうか。
そんなどうでも良い感想を抱いた数人を外に、依頼人は背を向けていたドアをバタンと大きく開け放った。
「ラミィ! 出てらっしゃい」
「うっわ‥‥マジでガチ熊だぜ‥‥」
呼び声に応え、ドスリ、ドスリと足音も高く姿を現したラミィを見て、判ってはいたのだが思わず村雨紫狼(ec5159)は呻き声を上げた。それは確かに冒険者だって、ドラゴンだのライオンだのとかなり一般的でない動物を連れている。だがそれは冒険者街だからこそ許される、と言う部分もあり。
これでケモミミギジンカなら、とか何とか、天界の呪文と思しき言葉を呟く紫狼に依頼人は不思議そうに首を傾げる。だが冒険者に通じる何かの暗号なのだろう、と自分を納得させ、巨大な鼻面を摺り寄せるラミィを優しく撫でた。
「ギルドの人にも言ったけれど、本当に大人しい子なのよ。トイレの躾だってちゃんとしてるし、友達は本当の子供みたいに可愛がってるわ。大切な家族の一員なの」
「大切な家族‥‥はい、正和さんとわたくしも大切な家族ですわ」
依頼人の言葉に反応したのがシャクティ・シッダールタ(ea5989)である。先ごろ、異種族ながら愛し合う伊達正和(ea0489)と結ばれ、祝福を受けた彼女は、それ故に互いを家族と思う気持ちの尊さ、そう呼び合える存在が居る事の幸いを、身に染みて知っている。
なればこそ、ヒグマとは言え大切な家族の一員と呼ばれるラミィも無事、主人の元に送り届けなければ――と思ったまでは良かったが、それが段々愛する正和とのあれやこれやに思考が移り、うふふふふ‥‥と恥らうように身をくねらせ出したジャイアントの女性を、依頼人は礼儀正しく見なかった事にした。
代わりに家の中から取ってきたのは、ラミィの餌が入っていると言う布袋。念の為に多めに入っていると言うそれは、中を覗いてみると干し肉や好みなどがどっさり詰まっている。
預かった美芳野ひなた(ea1856)が尋ねた。
「餌を上げるタイミングとか、火を通した方が良いとかはありますか?」
「いつもは朝晩にあげてるの。干し肉はそのままでも食べるけど、出来ればお湯で戻してあげて。それから‥‥」
以下、事細かに続いた餌やりの注意――と言うより親バカ的な気配りのあれこれに、しっかり頷いたひなたは預かった餌袋を驢馬のろしなんてに結わえ付けた。ラミィを無事に送り届けるまで、彼女が餌やり担当だ。
お届け先もしっかり確認し、のっそり歩くラミィを連れて冒険者達は旅立った。背後からまた、熊なんて非常識なっ! うっさいわねッ! という言い争いの声が聞こえてきたが、それは冒険者達の仕事には関係のない話である。
さて、依頼人やその友人にとってはラミィは愛すべき大切な家族に違いないが、そうでない一般人にとっては単なる危険な獣である。幾ら言う事を聞くおとなしい熊だと言って、知らなければ意味がない。
故にここは諦めて、人目を避けたルートでラミィと移動する事にした。何しろ下手に往来の激しい街道など使って、騒ぎになっては元も子もない。
のっそり歩くラミィを眺め、正和がしみじみ呟いた。
「熊か、飼うってのは珍しいな」
「珍しいと言うか‥‥」
耳にした水無月茜(ec4666)が苦笑する。天界・地球出身の彼女にとっては、どちらかと言えばヒグマを忌避する一般人の気持ちの方が身近だ。
それは確かに冒険者街で暮らしていると、とんでもないどころか地球には存在しない生き物すらよく見かける。だがそれはあくまで冒険者だからであって、やっぱり故郷の街中をヒグマがのそのそ歩いていたら、大騒ぎ所の話ではすまないだろうな、と言うのは想像するまでもない。
だが正和にとっての『珍しい』は逆に、熊というのは狩って鍋や薬にするもの、と言う認識があったからだ。故に、ラミィを見て一番最初に考えたのが熊鍋何人分、と言う事だったのは、依頼人には口が裂けても言えない。
だが、故郷であればギリギリの命のやり取りをする熊も、今は愛される家族の一員として大人しくのしのし歩いている。ふと、思い立ってそこらの木の枝を折り、ヒョイ、とラミィの前で揺らしてみた。
「ガウッ!」
ベキィッ!
かなりの衝撃音に、ラミィを刺激しないよう少し離れた所を歩いていたひなたまでもがビクリと跳ね上がった。すわ危機か!? と冒険者達の注目を浴びたラミィは、だが折れた枝をベシベシ前足で叩いて粉砕している。
粉々になった所で、ヒョイ、とラミィが正和を振り返った。その眼差しに何かを感じ、今度はもう少し頑丈な木の枝を折り取って突き出すと、ベキィッ! とまた威勢のいい破壊音――どうやら、猫で言えばじゃれている状態らしい。
これはちょっと可愛いかも知れない、と冒険者達は代わる代わる、手頃な木の枝をラミィに差し出した。ガウガウ上機嫌で片っ端から粉砕していく光景は、冷静に見ると割とアレだが、見つけた意外な一面に食い付いた冒険者達には関係ない。
結果、道々木の枝でラミィを遊ばせ、それでは行程が進まないと最後は駆け足気味で本日の野営地まで辿り着いた冒険者達は、てきぱきテントを組み立て、夜営の準備を整えた。ヒグマと一緒に宿に泊まれないという事は、普段の冒険は‥‥なんて事を考えてはいけない。
夕飯はひなたが出発前に市場で買い揃えた材料で作った野菜スープだ。天界製の固形コンソメも幸い手に入り、かなり手軽に美味しいスープが出来上がると、保存食と一緒にはふはふ言いながら堪能した。
「この頃は夜も冷えてきましたからね〜☆ ラミィちゃんはこっちですよ」
冒険者とラミィの胃袋を守る(?)ひなたのお陰で、どちらも美味しく休息が取れたようだ。くつろぐ余り、シャクティに膝枕をして貰ったりし始めた正和など、本気で束の間の休息を堪能していたようだ。
食事が終わると毛繕いを始めたラミィの傍で、茜が眠りを誘うメロディーを歌う。本来、メロディーの呪歌は歌い手が歌い続ける限りしか効果は発揮しないものだが、1日歩き通しで疲れたのだろう、魔法で誘われた眠りのまま、ラミィは茜が歌い終わってもぐっすり眠りに落ちたままだった。
その間にひなたも後片付けを終え、紫狼が貸してくれたテントの中に茜と2人の嫁達(注・精霊)と一緒に潜り込むと、やはり疲れが出たのかすぐに寝息が聞こえてくる。ラミィの世話を彼女達に頼んでいる分、夜営は頑張る事にした残る3人は、まずはレディーファースト、シャクティを最初に休ませ、紫狼と正和が火番と周囲の警戒に当たる事にした――何しろ一緒に居るモノがモノなので、下手をすると襲ってきた獣や夜盗の方が危なかったりもする。
シャクティの安らかな寝息がテントの中から聞こえてくるのを聞くともなく聞きながら、紫狼が正和に声をかけた。胸の中には、ずっと聞きたかった言葉がある。
「先輩‥‥ぶっちゃけさ、異種族婚に後悔は‥‥」
「ない」
潔く言い切るのは、侍ゆえか、或いは強い愛のゆえか。そうだよなぁ、と返ってきた答えに朗らかに頷く紫狼。彼らの結婚式には、紫狼も偶然居合わせている。
彼らが異種族だとか、アトランティスでは禁忌であるとか、そんな事は関係なく、ただ互いを大切に思い合った末の自然な帰結。その場に居合わせられたこと、そして同じ場でひそやかに彼の愛する妖精達と結婚した事を、勿論紫狼も後悔しては居ない、けれど。
胸によぎる不安は、そういう事ではなく。紫狼は茜と同じく天界出身で、彼の愛する精霊達はこの世界の住人。となれば、いつかはここに来た時のように突然地球に連れ戻され、2人と永遠に離れ離れになってしまうのではないか――彼はそう、心配しているのだ。
勿論正和とて、紫狼に返せる明確な答えなど持ち合わせていない。故にただ1つ、彼に出来る事――ただ静かに頷きながら友人の話を聞き続けながら、その夜は更けていったのだった。
翌日、一行はついに街道筋に合流した。目的地に辿り着くにはどうしてもこの道を避けては通れなかったのだ。
(要は、クマさんが歩くって状況を異常と思わなければOKですよね)
そう考えた茜が熊も犬や猫と同じだと言う願いを込めてメロディーを紡ぎ、昨日の倍も気をつけて冒険者達がラミィを取り囲む。幸い、ラミィに何か仕掛けてくる者も、ラミィが興奮する事もなく、無事に街道筋を通り抜けられそうだとほっと胸を撫で下ろした、その時。
「ガルル‥‥ッ」
それまで大人しくしていたラミィが、突如興奮して唸り声を上げながら通行人に襲い掛かろうとした。近隣の町の住人と思しき女性だ。命の危機に、流石に茜のメロディーの効果を上回って女性が恐怖の悲鳴を上げる。
慌てて呪歌をラミィを落ち着かせるものに切り替えても、興奮した熊はそれを振り払うようにドスドス地を蹴って駆け出した。ひなたが春花の術を唱える。だがヒグマの全速力は結構早く、あっという間に射程から飛び出してしまう。
「いけません!」
とっさにシャクティが無手でラミィに飛び掛り、全速力のヒグマを押さえ込んだ。彼女の全力を持ってしても、興奮したラミィはなお暴れて女性に飛び掛ろうとする。泣きながら逃げていく女性を慌てて追いかけたひなたが、怪我はない事を確かめた。
焦る気持ちで茜がスリープを唱え、ようやくコトンと魔法の眠りに落ちたラミィが動きを止めた。ふぅ、と誰もが大きな息を吐く。まさかラミィを傷つけるわけには行かないと思うと、歴戦の冒険者と言えど取れる手段が限られた様だ。
ざわめく周囲の通行人を適当に誤魔化し、眠るラミィを数人掛りで街道の外れまで運んで傷などがない事を確かめた冒険者達は、意を決してラミィを揺り起こす。念の為、ひなたが餌を用意して待機。
ごくりと息を飲む中、目覚めたラミィはきょときょと目を瞬かせ、しばらく辺りを見回した。ひなたの持つ餌もじっと見たが、すぐに視線を逸らしてしまう。
やがて、グルル、とラミィは低く喉の奥で唸った。それは何だかとても、寂しそうな響きだった。
騒ぎで時間を取られたものの、ラミィを送り届けて欲しいと頼まれた家はもうすぐそこだった。あの騒ぎ以降も、あれが嘘だったかのように特に暴れる様子もなく、のっそり足を動かして冒険者に大人しく従って歩いて来たラミィに、もうすぐですよ、と餌をやりながらひなたが頭を撫でる。
目的の村は閑散とした印象のある田舎で、目的の家はその中でもさらに外れにある一軒家だった。夕食時、煙突からは煙が細く立ち上っている。
トントン、と茜がどっしりとした木の扉をノックした。
「済みません。依頼を受けて、ラミィちゃんを連れてきた者ですが」
「‥‥ッ、ラミィッ!?」
「ガルル‥‥ッ」
その言葉を聞くや否や、扉を蹴破るように転がり出てきた女性を見て、ラミィが唸り声を上げた。後ろ足で立って喜びを表現するヒグマに、感涙に咽びながら抱き付いた女性がギュッと腕に力を込める。
寂しかったでしょう、とラミィをぐしゃぐしゃに撫で回す女性の姿に、冒険者達は納得の声を上げた。彼女は、ラミィが街道で突然襲いかかった女性に良く似ていた――否、ご主人様に良く似た女性を見たラミィが、やっと会えたと感激で飛び掛って行ったのだろう。
あの時は別人だったけれど、今は確かに本物だ。離れ離れになっていた家族の再会。人間とヒグマ、家族とペット、どんな表現をしようとも、彼らの間に互いを大切に思う気持ちが確かにある事は間違いない。
妻を追って出てきた夫が、ラミィと抱き合って再会を喜ぶ妻を嬉しそうに見て、ありがとうございます、と冒険者達に頭を下げた。街中ではラミィと暮らすには色々問題が起こるから、彼は一念発起してこの田舎の一軒家に移り住んだという。
「良かったですね」
「元気でな」
無事にラミィを愛する家族の元に届け終えた冒険者達は、本当に良かった、と微笑みながらその家を後にする。幸せな家族の手助けを出来た満足感が胸にはあった。
正和がそっと、愛する妻の手を握る。シャクティが、それに応えて手を握り返す。彼らの家はまだ先だ。それまでは仲間と一緒に、ラミィの事を話しながら家路につくのも良いだろう。
後日、冒険者ギルドには依頼人と友人夫婦から連名で、本当にありがとうございました、とシフール便が届いたという。そのうち、友人夫婦から届いたものは巨大なヒグマの足跡付きだったと聞いてまた、冒険者達は微笑んだのだった。