我が子呼ぶ、母の願いと‥‥
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■ショートシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月28日〜09月02日
リプレイ公開日:2009年09月06日
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●オープニング
教えて下さい、誰か、どうか。
一体いつまで耐え続ければ、この望みは叶うのですか?
最初に会ったのは、彼女がフラリと村に来た時だ。薄汚れた痩せぎすの、時折ぶつぶつ何かを呟いているその女を、彼はもちろん、村中が関わり合いにならないよう慎重に距離を置いた。
彼女を取り巻く状況が変わったのは、しばらくしてからだったと思う。獰猛な野犬が村に来て、幼子が襲われかけた。母親が絶叫するしかできなかったその場面で、女は弾かれたように幼子に飛び付き、背中や腕を噛み裂かれても動かなかった。
息絶えだえで「助けられた」と泣く女に、母親はあらん限りの感謝を捧げ、父親は近くの村まで飛んで行って女のために医者を連れて帰った。その間にも村人達は勇敢な女を助けるために努力を惜しまなかった。
そうして彼女は一命を取り止め、村に受け入れられ。しばらくして何となくそういう流れになって、彼女は彼の妻になった。
妻は昔、生まれたばかりの娘を失ったのだという。妻が住んでいた村は盗賊に皆殺しになり、娘を義母に頼んで所用のために村を出ていた妻だけが生き残った。
「でも、娘は生きているの」
妻はその話になる度に、遠い瞳でそう言った。
「あの子は生きてるわ。私には解るの。どこかでママが迎えに来るのを待っているの‥‥可愛いシャラ‥‥」
待っててね、と呟く妻はどこか遠い人のようで、彼はいつも世界に取り残されたような気分を味わったものだ。妻の瞳が彼を見ていない事が、寂しかったのかもしれない。
だが、それ以外は妻は至って良き妻であり、互いに上手くやっていた。彼の帰りを妻が待ち、妻の料理に舌鼓を打つ、そんな生活が続く筈、だった。
やがて彼は考えるようになった。もし妻の娘が本当に生きているのなら、見つかれば引き取って娘として一緒に暮らしても良い。妻は今年25歳の彼より一回りほど年上で、その娘であれば下手すると彼の妹位の年かもしれないが――何故なら妻は正確には、自分の年も娘を失った年も覚えていない――きっと上手くやっていける。
そう夢想し、子供の泣き声を聞く度にシャラ、シャラ、と娘を呼ぶ妻にもその考えを打ち明けると、妻は小さな子供のように手を叩いて喜んだ。それを見、妻が喜んでくれて良かったと考えていた彼の想いは唐突に、思いも寄らない方向へ進む事になる。
最初に言い出したのは、良く隣村まで食料の買い付けに行く男だった。村は山の上にあって、山に暮らす獣の毛皮と肉、その加工品で生計を立てていて、幸いそこそこの蓄えがある。だから時折山を降りて、それらの品々を売り、代わりに穀物や野菜などを手に入れてくるのだ。
その、男が彼に言った。
「お前の妻を隣村で見たぞ。怪しげな風体の男と話していた」
よもや浮気じゃないのかと疑われ、まさかそんな、と笑い飛ばした。確かに妻はその日の朝、今日は出かけると言っていた。だがわざわざ夫に正直に、そんな疑われるような事を言うものか。
そう言われるとそうかも知れない、と男は疑った事を詫びた。それで話は終わるはずだった。
だがその後も、幾人かが妻が怪しげな風体の男と居るのを見た、と彼に告げた。それは隣村だけではなく、山の中と言う時もあったし、村の外で、と言うものも居た。だがいずれも、スキンヘッドで剣を腰に刺した、筋肉質で腕に醜い引き攣れのような傷を持つ男だった。
幾度も続くと心配になり、彼はついに意を決して妻を呼んだ。
「なぁ、お前。村の者がもう幾人も、お前が男と会っているのを見たと言う。俺はお前を信じているが、どういう男なのか教えてくれはしないかい」
そう言うと妻は赤い花を胸に抱き、あぁ、と頷いた。窓辺に飾りながら当たり前の顔で『あれは盗賊なの』と言う。
「盗賊ッ!?」
「ええ。私の可愛いシャラを返してくれると言うのですもの」
妻はこの村に辿り着くまでにも、あちらこちらをさ迷い歩き、盗賊に奪われた(と信じている)娘を探していた。その話を聞きつけた盗賊が『親切にも』妻を探し出し、あの時は悪い事をした、娘は預かっているから言う事を聞けば返してやろう、と言ったのだという。
その、条件は。
「この村を、襲うのですって。その手伝いをすれば、可愛いシャラはママの所に帰ってくるの――そうしたらあなた、あなたと私とシャラで一緒に暮らしましょうねぇ」
きっと良い家族になれるわ、と。
夢見る瞳でそう言った妻に、彼は背筋の凍る思いがした。一緒に暮らす。それは確かに自分が言い出した事だ。だがその為に、村を襲おうとしている盗賊の手伝いを、する‥‥?
顔を強張らせた夫に、妻は見る見る不審の眼差しを向け、あなたはシャラが帰ってきて嬉しくないの、と夫を詰った。妻にとって、なにより大切なのは娘を取り戻すこと。それを喜ばない夫を責めた。
だが――その為に村を、盗賊に差し出す?
(ダメだ)
そんな事を許せるはずがない。生まれ育ったこの村が盗賊に蹂躙される。それを見過ごすわけにはいかない。
だがどうすれば良い? 村長に言う事を考えたが、そうなれば妻は村から追い出されるだろうと考え、思い止まった。彼は妻を失う気もないのだ。
妻を失わず、村を守る方法。
彼はやがて、意を決して冒険者ギルドに駆け込んだ。どうか内密に頼みたいと、受付嬢を拝み倒して。
ターゲットの村がある山の中腹を見上げ、盗賊団は計画の最終確認をした。
「村の図面は女の話から作ってある。いいか、テメェら、ぬかるんじゃねぇぞ!」
「オゥッ!」
首領と思しき、肩までのザンバラの髪に右頬の禍々しい傷が印象的な男の言葉に、5人の男と1人の少女は一斉に頷く。手に手に得物を持ち、これから始まる『仕事』に興奮の色を隠せない。
それに満足そうに頷いた首領は、男達を送り出したあと、最後に残った少女に声をかける。
「解ってるな」
「うん。そのオバサンの子供のフリをして、適当な所で殺せば良いんでしょ? 大丈夫、パパ達の自慢の娘だもん、ちゃんと出来るよ」
そう笑った娘の頭をグシャリと撫でて、首領と娘もまた村に向かって歩き始めた。
●リプレイ本文
盗賊の襲撃。その状況を聞く限り、一刻の猶予はないと思われた。
「不幸を嘲笑い更に付け込まんとする非道、許せません!」
「金品強奪だけでなく、非道な行いをした盗賊‥‥絶対に許さない」
エリーシャ・メロウ(eb4333)が吐いた憤慨の言葉に、モディリヤーノ・アルシャス(ec6278)が強い眼差しで頷く。2人は以前、別々の依頼で似たような盗賊団と接し、またはその後遺症に苦しめられる人々に出会った事がある。その折も盗賊団は卑劣な手を使い、子供の命を盾に取り、罪のない人々の半数を死に追いやった。
今回、村を狙う盗賊団が同じかどうかは判らない。だが何れにせよ、許しがたい暴挙だ、と怒気を吐く彼女に、手伝いに来たミーティア・サラトが研ぎたての槍を手渡した。
少しでも時間を短縮し、盗賊達の優位に立つ為には、空を行った方が早いだろう。故に、ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)の空飛ぶ絨毯にモディリヤーノとエリーシャの愛犬エドを乗せ、エリーシャはグリフォンのセラに乗る。
馬でやって来た依頼人フロウは、所用を済ませて追いかけるギエーリ・タンデ(ec4600)に馬を預け、エリーシャとセラに同乗する事になった。正直、セラを見た瞬間フロウの顔がヒクリと引きつったのだが、そんな事を言っている場合ではない、と自分に言い聞かせたようだ。
それでも腰が引けるフロウを宥めすかして落ちないようしがみつかせ、村へと向かって飛び立った仲間達を見送って、ギエーリとミーティアは顔を見合わせた。
「じゃあ次は人探しだわね」
「すぐに見つかると良いのですが」
にっこり微笑むミーティアに、ギエーリがふと宙を見て唸る。下町で何でも屋を営む友人に、幾つか確認したい事があった。
今でこそ真面目に冒険者を目指している青年は昔、邪魔する者は女子供でも容赦なく切り捨てる極悪非道の盗賊団の、若き鍵開け師だった。そしてその盗賊団には、かつて滅ぼした村の生き残りの赤ん坊だった娘が、居る。
フロウの妻が故郷の村を滅ぼされて生まれたばかりの娘を亡くした事と、その事実は奇妙に重なった。勿論偶然の可能性もある。それは、言ってしまえばよくある話だ。
幸い青年シルレインは、下町の子供達と遊んでやっている所を難なく発見できた。やってきた2人を見て、コクリ、と首を傾げる。
だがギエーリの言葉を聴いた瞬間、シルレインは真剣な眼差しになった。
「シルレインさん、お尋ねしたい事があるのですが。レイリィさんが盗賊団に拾われた村の名前をご存知ですか?」
「レイリィの‥‥? ギエーリの兄貴、何があったんすか?」
ギエーリとミーティアが事情を説明し、もしかしたらレイリィこそが本当にフロウの妻の亡くした娘ではないか、という予想を告げた。もしそうなら、盗賊団の嘘から出た真、だが。
シルレインはしばし考え、すんません、と首を振った。赤ん坊のレイリィが拾われたのは青年が盗賊団に入る前の話だ。興味もなかったので、取り立てて尋ねた事もない。だから彼女が拾われた村は知らないのだ、と青年は肩を落とす。
だがもう1つ、フロウの妻に接触していた禿頭の男の事はすぐに思い出した。
「そいつはきっとイーグルって男ッす。勿論通り名ッすけど」
「成程‥‥シルレインさん、もう1つお願いがあるのですが」
盗賊団の事を良く知る彼であれば、村を襲おうとしている盗賊団やレイリィの事が判るだろう。ギエーリはレイリィに1度会っているが、森の中だったし、短い邂逅だったので特定出来ないかも知れない。
青年は少し迷い、兄貴の役に立てるんなら、と頷いた。馬には乗れると言うので、フロウの乗ってきた馬を預け、ギエーリは己の馬に乗る。
そうして2頭が遅れて村へと駆けて行くのを、ミーティアは祈るように見送ったのだった。
村に到着した時、まだ盗賊団の姿は村には見えなかった。だがモディリヤーノに空飛ぶ絨毯の運転を代わって貰い、地上に目を凝らしていたゾーラクが木々の間に、盗賊らしき姿を垣間見た気がする、と言った。
「一刻の猶予もなさそうですね」
「少しは工作する時間があれば良いけれど」
ゾーラクが思わしげにため息を吐くのに、モディリヤーノが相槌を打つ。出来れば村に先回りをして、盗賊にすでに襲われた、と言う工作をしておきたかった――すでに襲われた村になら、盗賊達も価値を見出さず去っていくかもしれない。
とは言え、総ては村人に了承を得てからだ。僅かな時間ももどかしく、セラを村の入り口に降りさせたエリーシャは事前に確認しておいた情報に従い、まっすぐに村長の家へ向かった。
現れた冒険者達に村長は目を見張ったが、生憎、それに付き合っている時間も惜しい。
「実は先日捕らえた盗賊が、別の一団がこの村を襲う計画があると白状しました。捕縛の為にご協力を」
「後で直すので、村の入り口付近の家の扉を幾つか、盗賊に襲われた風に壊させて貰えませんか? 盗賊達が諦めるかも知れません」
「何と、この村を盗賊が‥‥ッ。ところで騎士様、フロウは何ゆえ、騎士様と共に?」
フロウの希望は、この事件に妻が関わっている事を村人に知られる事なく、村を護る事。故にそう説明したエリーシャに、村長は驚きに目を見張った後、首を傾げる。フロウがしばらく仕事で村を留守にするから妻を頼む、と言っていた事は覚えているが、それが何故冒険者と、と思ったようだ。
だが、それを追求する時間がない事は、村長とて判っていた。孫に言いつけて村人を呼び集め、たった今聞いた事を村人達に説明し、避難するように指示を出す。
だが、ある意味では冒険者達の懸念通り、それに異論を唱えたのはフロウの妻バネラだった。
「嫌よ、私は行かないわ! だってシャラが帰って来るのですもの‥‥ッ!」
「盗賊の目的は金品の強奪じゃないかと思います。娘さんは‥‥」
「嘘よ! だって‥‥」
モディリヤーノが宥めるように説明するのにも激しく首を振って否定し、さらに言い募ろうとするバネラに危惧を覚えたゾーラクが、素早く高速詠唱でスリープを唱え、眠らせた。ふらりと大きく身体を揺らして倒れこんだバネラを抱きとめ、フロウに任せる。
「どうやら混乱してらっしゃるようですね。お疲れなのでしょう」
このまま休ませた方が、とゾーラクがにっこり言い切ったので、村人達もそれ以上は何も言わなかった。元より、バネラの心が些か弱い事は村人達の誰もが知っている。長らくの夫の不在と盗賊の襲撃のショックだろう、と好意的に解釈したようだ。
盗賊団と言えば普通、目的は殺戮ではなく金品だろう。と言って素直に金品を差し出しては、命が助かっても今後の生活に困窮する事になる。
念の為、金品はもしもの隠し場所に隠して貰い、家を出来るだけ質素にして、村人達は山中にある避難場所に素早く移動した。本来は大水などで土砂が流れてきそうな時に避難する場所らしい。
住人の許可も得られたので、モディリヤーノはウインドスラッシュとそこらにある鈍器を多用し、ドアを破壊していった。総てを破壊する時間はなく、村の入り口を装うだけが精一杯。
やがて、山道を登ってくる人々の気配に、最初に気付いたのはエドだった。グルル、と低い声で唸るのを抑える。
ゾーラクが盗賊達に見つからない場所に身を潜め、いつでも魔法を展開出来るように準備。モディリヤーノも離れた場所で、いつでもウインドスラッシュを放てるように準備する。
――そうして、盗賊団は来た。先頭を登ってきたのは話に聞いた、禿頭の男。それにエリーシャには見覚えがあった。
同時に相手も気付き、破壊されているドアと冒険者達を見比べる。モディリヤーノが、牽制の意味を込めて叫んだ。
「お前達‥‥盗賊か!」
「ふん‥‥仲間達を捕まえやがったいつかの女騎士だな。テメエらも到底、盗賊にゃ見えねぇ」
着てるもんが上等すぎるぜ、と禿頭の男イーグルは吐き捨てた。最後に到着した斬バラの髪の首領も、エリーシャの事を覚えていたらしい。彼女の姿を見た途端、瞳が険しくなる。
だが、彼らがやって来たのは仕事だ。私怨を晴らす為の殴り込みではない。
「おい、行け!」
「うん、パパ」
首領が傍らに居た娘に合図をした。十代半ばかそこらの、細身の印象的な瞳を持つ娘だ。彼女を見たゾーラクは驚きに目を見張る――先ほど彼女がスリープで眠らせたバネラに、生き写しだった。
娘はその視線には気付いた様子もなく、迷わずまっすぐ村を通り抜けようとした。向かっている先には先ほど村人達が向かった避難場所がある。
ふと、天啓のようにモディリヤーノに閃くものがあった。バネラに何度も接触していたと言う事は、村の構造は勿論、もしかしたらいざと言う時の隠れ場所すら聞き出していたのかも知れない。
その可能性に思い当たれたのは、彼が春先の依頼を思い出し、怒っていたからだろう。盗賊団に襲われた町で、辱められた事を苦に自殺した婚約者の死から立ち直れずに居た青年。その無念が、天啓を与えたのかもしれない。
「させない!」
迷わずウインドスラッシュを放ち、娘を狙った。それでも、もしかして彼女は――と言う迷いが脇腹を切り裂くのみで済ませたが、娘には十分なダメージだったようで、パッと鮮血の咲いた脇腹を抱えて転倒する。
「レイリィッ!」
「行かせません! 訓練された騎士は、盗賊以上に人殺しの技にも長ける事を身を以って知りなさい!」
鎖鎌を振り回し、咄嗟に走り寄ろうとした禿頭の男の前に、エリーシャが立ち塞がる。以前、ウィルの町で戦った時は相手の手の内も判らず翻弄された。だが今回は多少なりとも手の内が判っている。
賊如きにしては腕が立つようですが、と言い捨てて盗賊達に肉薄すると、首領ともう1人の男が素早く身を引いた。残る3人の男、エリーシャには見覚えのない凶悪な面構えの男は引かず、まともに得物で受け止めようとする。
馬鹿が、と首領が毒づいた。彼もまた、女騎士の技量はあの時逃げおおせた連中から聞いて知っている。新たに団に加えた3人にもそれは教えた筈だが。
ゾーラクが今を好機とイリュージョンを唱えた。数え切れない数多の剣が空から降ってきて、盗賊団を襲う幻を見せ付ける。
ヒッ、と喉の奥から引きつるような悲鳴を漏らし、1人が身も蓋もなく逃げ出した。後に続こうとする男をエリーシャの命令に従ったセラが通せんぼする。
チッ、と盛大な舌打ちが、響いた。
「軟弱な新入りどもめッ! 野郎ども、撤収だ! この仕事はケチがつき過ぎた!!」
「おぅッ!」
辛うじて踏み止まっていた1人と、首領と共に素早く退いたもう1人が呼応した。レイリィと呼ばれた娘はまだ、脇腹を抱えて蹲っている。エリーシャに阻まれ、鎖鎌を振るう男は退く様子はない。
村の外から新たな人影が現れ、セラに阻まれた男の首根っこを引っつかんで逃げ出した盗賊達と交錯した。遅れてやってきたギエーリ達が、今到着したのだ。
すれ違った青年を殺意の篭った目で睨みつけ、盗賊団達は各々馬に飛び乗った。ギエーリが逃がそうと工作しているのは押しのける。
「おっと! 乱暴な人達ですね‥‥と、あれは」
「‥‥ッ、シルリィ!」
憤慨したギエーリが、置いていかれた血を流す娘に気付き、瞠目した。その言葉に僅かに視線を揺らした娘は、彼の傍らに立つ青年を見て嬉しそうに笑い、手を差し伸べる。
青年が、何とも言えない顔で唇を噛み締めた。
盗賊団が去った後、冒険者達に呼ばれて避難場所から這い出してきた村人は、壊されたドアと、脇腹から血を流す娘と、むっつりと黙って捕縛された禿頭の男に目を見張った。多くはその男が、バネラと良く話していた男だと覚えていた。
もし禿頭の男1人が捕えられたのであれば、村人達の疑いはバネラに向かった事だろう。だが幸い、バネラの悲しい過去を思い出した村人達は、一緒に捕えられたレイリィを見て、禿頭の男がレイリィをバネラの娘だと騙そうとしたのだろう、と好意的に解釈した。
それは事実だ。だがそこにバネラの意思も加わり、バネラが自ら村に盗賊団を招き入れようとしたのだという事は、何があっても喋る訳にはいかない事実だった。
そのバネラはかなり心身が衰弱している様だった。虚空を見つめ、ブツブツ何か呟いていたかと思うと、ワッと平伏して泣き喚きながら娘を呼ぶ。
心理学の心得のあるゾーラクが、そんな彼女の傍に付きっ切りになった。
「ねぇあなた、あなたは知らない? 私のシャラを探しているの‥‥」
「シャラさんを探しているのですか」
「そうよ‥‥シャラはまだ小さいの、ママが助けてあげなくちゃ‥‥そう言えばあの女の子は誰だったのかしら、きっとシャラもあんな風になるわ」
「お幾つですか?」
「生まれたばかりなのよ‥‥なのにシャラ‥‥まだママを許してくれないの‥‥? どうして帰ってきてくれないの‥‥」
またシクシク泣き出した女はショックのせいか、もともと神経が衰弱していたのか、かなり心が疲れてしまっている様だ。過去と現在の記憶を混同し、ゾーラクに思いつくままに訴えては微笑んだり、泣いたりする。
カウンセリングは時間をかけて信頼関係を築き、心を癒す必要があった。なので依頼期間中に出来る事は彼女の話を親身になって受け止める、位しかない。
実を言えば、ゾーラクはリシーブメモリーである事実を掴んでいた。レイリィは彼女の出自を尋ねても盗賊団の事しか思い出さなかったが、イーグルの方はレイリィの出自を聞いた瞬間、ある村の事を思い浮かべたのだ。
それは予想通り、バネラがかつて暮らしていた村。容姿といい、ますますレイリィ=シャラの可能性は高まったのだが、フロウや仲間達と話し合った結果、その事実はバネラには伝えない事になったのだ。
捕縛された2人は先程、呼ばれてきた官憲に引き渡された。今後、しかるべき裁きを受け、罪に服す事になる。その事実はバネラの心を、ますます疲弊させる事だろう。
それでも泣き疲れて眠り込んだ頃にはバネラの心も、少し軽くなったようだ。フロウや村の人々にも今後のアドバイスをし、破壊したりされたりした場所も突貫工事で何とか元通りに直して、冒険者達は村を後にした。だが帰還したウィルで待ち受けていたのは、捕縛された盗賊団の一味が、何者かの襲撃を受けて奪還された、という知らせ。
一体誰が、と険しい顔になった冒険者達に、シルレインが「首領だと思います」と告げた。
「アイツら、やる事成す事ホントにサイテーな連中ッすけど‥‥身内はマジ大事にするんで」
レイリィとイーグルの為に、他者を切り裂く事など歯牙にもかけない盗賊団は護送の官警を襲ったのだろう。田舎の事で人数が少なかった事も災いしたに違いない。
それでも村は、夫婦は護られたのである。