足元にはご用心!?

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月19日〜09月24日

リプレイ公開日:2008年09月24日

●オープニング

 ニナは昔から髪を結うのが得意だった。
 子供の頃は自分の髪を結うのはもちろん、姉さんや母さん、友達の髪を結ってやるのがニナの役目で、そうしてみんなが嬉しそうにニナが結った髪を褒めてくれるのが一番の楽しみだった。褒めてもらえばもらうほど、次はどんな髪に結おうかと頭の中で想いを巡らせた。
 そんなニナがさる名家の奥方に見出され、彼女の日々のヘアスタイルを担当することになったのは、まさに精霊のお導きと言うより他はない。とんでもなく身に過ぎた幸運。
 本来なら住み込みで勤めるには家事やなんかがしっかり出来なければいけないのだけれど、奥方は寛大にも「貴女は私の髪を結ってくれれば良いのよ。もしそれでは心苦しいと言うのなら、手の空いた時に執事にでも聞いて覚えてくれれば良いわ」と言った。これはもう、とんでもなく破格な扱いだ。この口を逃したら絶対に後悔する。
 だからニナは一も二も無くその話を受け、その日のうちに奥方に連れられて屋敷に足を踏み入れた。身の回りのものは、後から母さんが持ってきてくれた。

「っていうか、奥様がお声をかけて下さらなかったらあたし、いまだに家事手伝いに決まってますし」

 今日も奥方の髪を梳りながら、ニナはそう話し、ハハ、と小さく乾いた笑いを零した。仕事中、ニナは奥方に色々なことを話し掛ける。本来ならそれはとても礼儀知らずな事で、即刻首になってもおかしくないが、ニナはそれを知らないし、幸い奥方もそれを咎めたことはない。

「それも多分、母さんにこっぴどく叱られたり、呆れられてるに決まってます。『お前ときたら本当に、髪を結う以外は何にも出来ないんだね』とか言われて」
「そう」

 穏やかで、何を考えているのかよくわからない奥方の声。まあ、返事が返ってくるんだからとりあえず、聞いてくれてはいるらしい。
 そうですよー、とニナは笑う。笑いながら何度も丁寧に奥方の髪を梳り、香油を擦りこんでいく。その手つきは危なげのないものだが。
 ニナは昔から髪を結うのが得意だった。逆を言えば、それ以外はとても苦手だった。皿を運べば三枚に二枚は落とす、料理を運べばひっくり返す、洗濯をすれば破く、掃除をすれば部屋中がメチャクチャになる。
 一体なぜそうなるのか自分でも不思議だが、実際そうなのだから仕方がない。母さんは勿論、ニナ自身も気にして直そうとしたけれど、生まれてこの方そそっかしい性格が改まる気配はない。
 今日だってそうだ。髪結いの道具を置こうと奥方の部屋のテーブルに近寄ったら、なぜかつまづいてテーブルの上のものを床に撒き散らしてしまった。慌てて直そうとしたら今度は持ってきた髪結い道具もぶちまけた。この屋敷に来てから奥方が揃えてくれた髪結い道具なのに。
 こんなだから、最初はニナに屋敷の仕事を教えようとした執事も匙を投げ、今では「頼むから髪結いの仕事以外はしてくれるな」と言う始末だ。さすがにちょっと傷つく。
 でも、と奥方が感情の見えない言葉を紡いだ。

「私は貴女以上に腕の良い髪結いを知らなくてよ」

 あ、これは慰められているんだろうか。そう思ってニナは嬉しくなる。嬉しくなって「ありがとうございます!」と頭を下げる。奥方から返事はないけど、気にならない。
 本当に良い奥様に巡り合えたなぁ、と己の幸運に感謝した。



「って言うのが今朝の出来事だったんですが」

 耳の垂れた仔犬のように情けない顔で言ったニナに、冒険者ギルドの受付嬢はどんな表情を浮かべるべきか一瞬迷い、結局あいまいに微笑んだ。
 彼女がギルドに保護を求めて駆け込んできたのがつい先刻のこと。あちこちから血を流しながら「何だか殺されそうで!」と必死の表情で飛び込んできたのを、むげに追い返すのもなんだしちょうど手が空いていたし、取り合えず話だけでも聞いてみたら。

「その流れでなんで奥方がニナさんを殺そうとするんです?」

 そう聞いたのは当然だと思う。ニナは、勤め先のお屋敷の奥方に殺されそうになって逃げてきた、と言ったのだ。
 受付嬢の言葉にニナの顔がますます情けなくなる。つついたら泣き出しそうだ。

「全然判んないです〜。でも奥様目がマジだったし〜」
「そりゃシャレで人を殺さないですよ。何か理由は言ってませんでした?」
「あ、それは判ってるんですけど」

 判ってるのか。

「奥様の部屋で色々ぶちまけたって言ったじゃないですか。その時に間違えて奥様の手紙を道具入れに入れちゃったみたいで。どうもそれがまずかったみたいで」
「手紙ですか。中はご覧に?」
「だって読めませんもん。執事さんが字を教えてくれようとしたんですけど、あたしったら貸して貰った本を破いちゃって、怒らせちゃって」

 ちなみに本は物凄く高価だ。それを破けばそりゃあ怒るだろう。そそっかしいにも程がある。
 執事に同情を覚えながら受付嬢は手紙を受け取り、中を見る。見て、読んで、尋ねる。

「トニオンという方をご存知ですか?」
「お屋敷の旦那様の弟です。ちなみに旦那様がルディオンで奥様がリリー」
「なるほど。この手紙はとてもまずいものです。トニオンさんからリリーさんに送られたものですが、文面によればリリーさんとトニオンさんは恋人同士で、二人の邪魔をするルディオンさんを殺そうとしているらしいですが」
「え‥‥ッ! そんな、奥様とトニオン様が恋人で、旦那様を殺そうと?」

 ニナは恐怖の悲鳴を上げた。それは恐ろしい事だ。とても、恐ろしい事だ。
 簡単に言えば不倫と殺人計画。その証拠である手紙を、そそっかしさが災いしてニナが手に入れてしまい。ゆえに奥方は恐らく、証拠隠滅のためにニナを殺そうとした。
 確かに屋敷ではトニオンの姿をよく見かける。主であるルディオンその人よりも見かけるくらいで、ニナを含む新入りの使用人は一度はトニオンが主だと勘違いするくらい。
 でもそれはルディウスがとても忙しいからで。浮世離れした奥方では屋敷を切り盛り出来ないだろうと、ルディウスに頼まれてトニオンが屋敷の差配を振るっているからで。
 少なくとも――ニナはそう聞いている。
 なのに、その主の信頼を裏切って奥方とトニオンは情を通じ、あろう事か二人が愛を貫くのに邪魔になるルディウスの命を狙っていると。
 それはなんて恐ろしい事。
 蒼白になって黙り込んでしまったニナを、受付嬢は同情的に見る。始まりは彼女自身のそそっかしさとは言え、巻き込まれるにはあまりにも重すぎる事態。
 だから、ギルドの受付嬢として提案する。

「冒険者に依頼を出されますか?」
「え」
「ルディウスさんとニナさんの命を守ってもらえるよう、依頼を出されますか? 幸いにして冒険者は一騎当千です、きっと良い解決策を考えてくれますよ」
「そう、でしょうか」

 じゃあ、とためらいがちに頷いたニナの顔は、やっぱりしゅんと耳を垂らした仔犬みたいだった。

●今回の参加者

 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 ec5471 コウガ・ムラサメ(26歳・♂・ウィザード・人間・アトランティス)
 ec5590 レイ・ファンダリア(35歳・♂・ファイター・人間・アトランティス)
 ec5593 クレア・カナン(24歳・♀・ウィザード・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

 冒険者ギルド、その片隅にて。

「ニナ殿はどうしたいのですか?」

 依頼人であるニナや、他の冒険者達との顔合わせ、各々の自己紹介が終わるや否や、エリーシャ・メロウ(eb4333)はそう尋ねた。

「この事件は既に、ギルドに相談という事態を越えていませんか? その手紙は殺人計画の確かな証拠ですし、ニナ殿の傷も同じ。官憲に訴え2人を捕らえさせるべきでしょう。それとも表沙汰にせず内々に済ませ、安全ならこのまま奥方に仕えたいか、或いは奥方が処罰されても良いのか。それを聞かせて下さい」
「あ、えっと」

 諭すような言葉に、その時になって初めてその事実に気付いた、と言わんばかりにニナが目を見開く。いやもしかして本当に考えてなかったのでは。
 ええと、と何度かうわ言の様に繰り返し、せわしなく目をパチパチと瞬かせていたニナだったが

「えっと‥‥このままお仕えしたい、です」
「ニナ殿」
「だって、奥様って本当に良い方なんです! あたしってば髪結い以外何にも出来ないのに本当に良くして下さってッ、だからきっと何かの間違いで」

 それはむしろ、自分に言い聞かせているようで。
 言葉を募らせているうちに泣き出しそうにクシャリと顔を歪めたニナの傍に、コウガ・ムラサメ(ec5471)が寄り添うように立っている。

「安心しろ、あんたは俺が守ってやる」
「あ、ありがとうございます!」

 ニナに語り掛ける口調こそ優しかったが、さりげなく肩を抱いているのはいかがな物か。ニナ、必死で気付いてないが。
 傷つき悲しんでいる婦女子に付け込むような真似を、と思ったが突っ込んでいては先に進まない。

「ではまずは情報を集めるとしましょう。ニナ殿、使用人仲間のうちニナ殿の言葉を信じる仲の良い者、万一の時奥方とトニオンではなく御当主に味方する信頼出来る者はいますか?」

 エリーシャの言葉に「あ、はい」とニナは答える。

「きっとリッタなら、あ、リッタはあたしと同い年の女の子で厨房で働いてるんですけど、彼女なら信じてくれると思います。あたしとも仲良しですし、リッタは旦那様に拾って頂いたご恩がある、っていっつも言ってましたから」

 なるほど、と頷いたエリーシャがそのままリッタから話を聞きに行くことにする。ニナから身分証明書代わりに渡されたのは、彼女が大切にしている匂い袋。手作りで二つとなく、リッタもその存在を知っているという。
 残るコウガはニナの護衛だ。事情が事情だ、大っぴらに襲ってくる事はないだろうが油断は禁物。
 こうして卑劣な殺人計画を阻止すべく、冒険者達は行動を開始した。




 ニナの仕える屋敷は、幸いにしてと言うべきか、身を隠す場所が十分にある一角に構える邸宅だった。これが人通りの多い道沿いなら、たちまち不審者として今度はこちらが官憲に通報されかねない。精霊のお導きと言うべきだろう。
 エリーシャは屋敷の傍に身を潜め、さり気なく観察しながら、リッタらしき使用人が出て来るのを待っていた。幾人かが出てきたが、ニナから聞いた特徴と合致しない。その度、気配を殺してやり過ごす。
 そうして身を潜めながら待つこと数時間。厨房の出入り口からメイド服を着た少女が姿を見せた。年の頃はニナと同じくらい。緩いウェーブの肩までの黒髪、という条件にも合致している。
 エリーシャは素早く現れた少女に駆け寄った。え? と目を丸くしている少女の口が、悲鳴を紡がないうちに匂い袋を見せる。

「あ、それ、ニナの」
「リッタ殿ですね? 私はニナ殿から依頼を受けている冒険者でエリーシャと申します」
「ニナから? あの子、家宝のお皿を割ってお暇を出されたんじゃ?」

 リッタが目を丸くする。屋敷の使用人達には、突然姿を消したニナの理由はそう説明されていたらしい。
 いえ、と首を振って事情を説明すると、リッタの黒い瞳がこれ以上ない驚きにまん丸になった。あらま、と感心とも呆れともつかないため息を漏らす。漏らして、それからまっすぐエリーシャを見る。

「そういう事なら全面的に協力するわ。奥様とトニオン様ね、確かに怪しいわよ。よく2人っきりで部屋に篭ってるわ。もうすぐ旦那様がお戻りなのにマズイんじゃないって噂してたんだけど」
「ルディウス殿が戻って来られるのですか」
「うん、明後日の夜」

 これは思わぬ収穫だ。最悪、事態の解決を図るにはルディウスの居場所を探し出して、と思っていただけに、好都合。
 だがそれは、いまだ事態を隠蔽している2人も同じだ。ニナに事態を知られ、殺そうとしてしくじった今、2人はかなり追い詰められているはず。そこに獲物が舞い戻ってくるのだ、この機会を逃すと思えない。
 ここは今一度、ニナの意思を確認するべきだろう。
 屋敷に踏み込む際には手引きをして貰う約束を取り付けて、エリーシャは再びニナ達の元へと戻った。リッタから聞いた話を説明する。

「ニナ殿、こうなれば現場を押さえるのが一番早いでしょう」
「だろうな。主も帰ってくるんだろ?」

 エリーシャの言葉に、話を聞いたコウガが同意する。そうして無言で、どうしたいかニナに問いかける。
 どうしたいか。あくまで内密に収めるのか、或いは。
 その視線を受けてニナはふにゃりと顔を歪めた。今でも彼女は、奥方に仕えたいと願っているのだろう。殺されかけたのに。殺されかけてまで。
 ‥‥そして。

「旦那様を、助けてください」

 ニナはそっと息を吐く様に、祈る様に囁いた。

「旦那様と奥様を。トニオン様が居なくなれば旦那様がきっと良い様にして下さいます、だから」

 トニオンを屋敷から追放し。奥方をあの、ニナに優しくしてくれた頃に戻して欲しい。
 震える声で紡がれた願いに、冒険者達は力強く頷いた。




 決行は二日後の夕方、つまりルディウスが屋敷に戻ってくる日の、だが彼が戻ってくる直前となった。まずは現場を押さえ、ルディウスが戻ってきた所で証拠の手紙と共に事情を説明し、判断を仰ぐ。
 危険な事態が予想された為、ニナは安全な所で待っているよう薦めたのだが、

「どうしても見届けたいんです」

 その一言で同行が決定。当初からニナに付きっ切りで護衛をしていたコウガが、任せておけと胸を叩く。

「言っただろ? あんたは俺が守ってやる。ルディウス? あぁ、そいつを守るのは他の奴に任せるよ」

 飄々とした発言は不真面目極まりなかったが、彼の高いプライドは何があってもニナを守り抜くだろう。
 そうして迎えた決行の日。
 前回と同じく人目につかないよう屋敷を訪れた一行は、待っていたリッタの手引きで無事、屋敷への侵入を果たした。再会した少女達が交わした会話は。

「ニナ、さすがのあんたも家宝のお皿は割ってなかったのね」
「え、もうバレてるの?」

 どうやら全く根も葉もない捏造ではないらしい。
 リッタによれば2人は今まさに奥方の部屋で密談をしている最中との事だった。これぞまさに精霊のお導き。
 リッタの先導で使用人が居ない通路を通り

「正義の為です!」
「ニナには指一本触れさせるか!」

 わずかに居た護衛と思しき連中はあっという間に片付けられた。さすが冒険者、とリッタとニナは感心する。
 やがて辿り着いた屋敷の奥まった一室、ニナが日々奥方の髪を梳っていたその部屋ではまさに、2人の男女が額を突き合わせて密談中だった。バタンッ! と大きな音を立てて飛び込んだ冒険者達を、ビクリと大きく身を震わせた2人が振り返り。

「‥‥ッ!」

 ニナの姿を見て奥方はすべてを悟ったようだ。一瞬悔しそうな光が浮かび、すぐに諦めの色にとって変わる。
 対照的にトニオンは奥方を背に庇う様に冒険者達と対峙した。どこから取り出したのだろう、手にはいつの間にか抜き身の剣がある。構えこそ隙だらけだが。
 瞳に浮かぶ、追い詰められた色。
 エリーシャは説得を試みる。

「トニオン殿。この手紙がすべての証。大人しく罪を認めれば‥‥」
「うるさいッ!」

 聞く気なし。どころか大きく剣を振りかぶり、めちゃくちゃな狙いで振り下ろす。とっさに身を引いてかわしたが、男の熱狂は増すばかり。
 素人がしゃにむに剣を振り回すほど厄介な事はない。
 下手に近づくことも出来ず、ニナはコウガの背から縋るように奥方を見る。真っ青な、思い詰めた様な表情。
 ――やがて。

「何の騒ぎだ?」

 膠着状態を破ったのは、扉の外から聞こえてきた男の声だった。ルディウスだ。思いの外時間が経っていたらしい。警戒の様子もなく扉を開き、中で繰り広げられていた光景に目を丸くする。
 瞬間、追い詰められた男が動いた。

「アアァァッ!」

 叫びながら振り向いていた正面のエリーシャを体当たりで突き飛ばし、衰えぬ勢いでルディウスに突っ込む。驚きに動けないルディウス。リッタの悲鳴。咄嗟に飛び出そうとしたニナをコウガが引き止める。
 ドスッ! と鈍い、肉を立つ音。

「グァ‥‥ッ!」
「旦那様ッ!」
「兄上、貴方さえ居なければッ!」

 狂ったようなトニオンの叫びがルディウスの呻きをかき消し、床に血の赤を散らせたのだった。




 幸いにしてルディウスは一命を取り留めた。トニオンが追い詰められ、冷静さを欠いていたお陰だろう。つまり幸運に助けられた事になる。
 応急処置を受け、落ち着いた所でエリーシャに渡された書状に目を通したルディウスは、弟と妻にそれぞれ処罰を下した。
 兄を傷つけたトニオンは酌量の余地なく官憲に引渡し。そして彼と情を通じていた妻は。

「実家に戻れ」

 夫に告げられた言葉を、奥方は感情の見えない顔で受け止めた。平たく言えば離縁。それでも十分に甘すぎる処断だ。
 ニナは共に行きたがったが奥方に拒絶され、傷ついたようだった。だが最後には諦めた。
 そしてニナにはルディウスの紹介状が与えられ、別の家へ行く事になり。
 残ったのはただ、ルディウスの腹の傷と、奥方が揃えてくれたニナの髪結い道具、そして何とも言えない後味の悪さだった。