見習い冒険者、町の復興に頑張る。

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月21日〜09月26日

リプレイ公開日:2009年09月28日

●オープニング

 シルレイン・タクハ。冒険者に憧れる、ウィルの下町で何でも屋を営む青年である。
 初夏頃、日頃お世話になっている冒険者のおめでたいイベントを主催することになったりして、色々と‥‥本当に! 色々とあったりもしたのだが、それはともかくとして。
 その日、下町の仲間達を手伝って市場で購入した大量の小麦粉を運んでいたシルレインは、ふと前の方を歩く知り合いの姿に気付いた。左足を動かし難そうに庇って歩く、小柄な少女。
 早足で回り込んで、肩に担いだ小麦粉の袋をドスッと下ろして、声をかけた。

「ニナ。買い物か?」
「あ、シルレインさん! そうなんです、うちの坊っちゃまとお嬢様が、何か一緒に遊べるおもちゃはないかなって」

 突然現れた青年にキョトンと目を丸くした少女ニナは、相手がシルレインだと気付くとニコッと満面に笑みを湛えて頷いた。それから小麦粉の袋に目を落として、重たそうですね、と首をかしげる。
 ウィルのお屋敷街に勤めるニナは、以前、成り行きと見栄で冒険者を騙ったシルレインと『冒険』に行って以来、仲の良い友達だった――というか、シルレイン的にはちょっと気になっていたのだが、悲しいほどまったく相手にされないので友達に落ち着かざるを得なかった。天然少女は時に最強だ。
 そんな伝説(?)を作っているとは露知らず、ニナは「実は」と嬉しそうにシルレインを見上げた。

「今度、前にお仕えしてたお屋敷の奥様の所に、お嬢様のお使いでお届けものに行くんですよ〜! 久しぶりにお会いするんで、すっごく楽しみで」
「へー。遠いのか?」
「遠いって訳じゃないんですけれど、ちょっと色々ありまして」

 その話になった途端、ニナが少し言い難そうに淀んだので、そっか、とシルレインは当たり障りなく頷くに留めた。誰にだって、触れられたくない過去の一つや二つはあるものだ。それを彼は誰より良く知っている。
 そうなんです、とニナは大きく頷いた。頷いて、ピッと指を立てて説明した。

「リリー奥様って、うちのお嬢様の母方の叔母君にあたられるんです。そのご縁で、紹介状を貰ってお嬢様にお仕えするようになったんですけど。今は色々ご事情があって、以前に離縁なさった旦那様の所領の町で、慈善活動をなさってるんですね」

 その説明だけで十分に色々想像してしまいそうに不穏だったが、生憎、少女はそこまで気が回らないようだった。

「で、そのリリー奥様からお姉様、つまりお嬢様のお母様に食料とかお薬なんかを支援して貰えないか、っていうお話があったんです」
「へー。何で?」
「えっと、リリー奥様が慈善活動をなさってる町って、年明けぐらいに流行り病があって大勢の方が亡くなったんですって。それで今でもまだ体調を崩してらっしゃる方や、その頃に汚染された食料を結構捨てたおかげで困っちゃってるらしくって。お嬢様が奥様の代わりにそれを了承なさって、私に行ってきて欲しい、って仰って」

 そう話す少女の顔は本当に嬉しそうで、聞いている内に良く判らないながらシルレインも嬉しくなってきて、そっか、と笑顔で大きく頷いた。ぽん、と足元に置いた小麦粉の袋を叩く。

「じゃあコレもその奥様んトコに持ってけよ! オレ良くわかんねーけど、こーゆーの、たくさんあった方が良いんだろ?」
「え、でもそれ、シルレインさんが使うんじゃないんですか?」
「いや、仲間のだけど、そんな事情だったらむしろあいつらも持ってけって言うに決まってるから」

 下町連中の精神は助け合いだ。そりゃ、自分達が困ってる時にはそんな気前の良い事は出来ないが、幸い今はそうじゃない。だったらドーンと男気を見せるのが筋ってモンだ。
 ニナは小麦粉の袋とシルレインの顔を見比べて、ありがとうございます、と嬉しそうに笑った。笑って、それからポンと手を叩く。

「そうだ! シルレインさん、もしお忙しくなかったら、一緒にリリー奥様の町までお手伝いに行きませんか? 荷物運びもそうなんですけれど、力仕事もなかなか進まないらしいってお嬢様が仰ってましたし、きっと喜ばれると思うんですけど!」
「へ? そりゃ良いけど」
「良かった! きっとお嬢様もリリー奥様も喜びます! 私も道に迷わなくって良さそうだしー」
「‥‥‥へ?」

 最後にさらっと付け加えられた一言に、思わず首を傾げたシルレインに「じゃあ宜しくお願いします!」と手を振って、ニナは満面の笑みでお屋敷へと帰っていった。‥‥‥道に迷うって、ナニ?


 そして下町に帰って仲間に事情を説明し、無事に小麦粉の袋を譲り受けた青年に、仲間達が「ついに春が来るか?」「シル坊にそんな器用な事が出来るわけねぇだろ」「賭けるか?」「よし来た!」と暖かい眼差しを向けていたのだが、それはまったく関係のない物語である。

●今回の参加者

 ea1466 倉城 響(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4750 ルスト・リカルム(35歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ec1984 ラマーデ・エムイ(27歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

 目指す町は、かつてカオスの魔物『髑髏蠅』が振り撒いた疫病により、冒険者ギルドから討伐の冒険者が向かった場所である。その当時こそ死病が町を支配し、もう絶望的かと思われたものだが、冒険者達に蠅を退治して貰い、疫病に対するアドバイスを貰った事で、何とか過度の人口減少に歯止めをかける事は出来た。
 だが、病は未だ根治した訳ではなく。また病の出た町を恐れて出ていった住人も少なからず存在し。

「それでも町に残った方や、まだご病気が治ってない方の為に、リリー奥様は色々働いてらっしゃるんですって」
「へー、そうなんだ。優しい人なのねー」
「はい! リリー奥様はとってもお優しい方なんです! そりゃ、ちょっと色々はありましたけれど」

 町へと向かうシルレインの御する馬車の荷台で、ラマーデ・エムイ(ec1984)にそう力説したニナは、ちら、と伺うように馬車の傍らを行くエリーシャ・メロウ(eb4333)に視線を向けた。小さく微笑んでみせると、ぱっと嬉しそうに笑う。笑って、膝の上に抱えた荷物を大切そうに持ち直す。
 ニナが言葉を濁した「ちょっと色々」の事情に、エリーシャは浅からぬ因縁がある。今回同行を決めたのもそれ故だった。
 だがニナはそれ以上説明しなかったし、エリーシャも取り立てて言及はしない。ただ、今の主人である義姉弟を語るのと同じ口調で、リリーを語るニナが未だ彼女を慕っている事を確認する。
 その間にもラマーデの明るいお喋りは続き、町がようやく見えてきた頃には何故か、ニナの好みの男性は頼りがいのある優しい人、と言う話題になっていた。まぁ、女の子の話題と言えば行き着く所はそこーーなのかもしれないが。

(優しい人、って言うのはまぁ良いとして)
(シルレインにーちゃんに頼りがいはないかもねー)

 思わず顔を見合わせるラマーデとフォーレ・ネーヴ(eb2093)。彼女達はこの依頼の間に、シルレインとニナを進展させよう! とこっそり企んでいたりした。
 のだがしかし、シルレインに頼りがい。まぁあると言えばあるのかも知れないが、頼りがい。
 ジッ、と御者台の青年を見ると、青年は他人事の姿勢で「やっぱ男は頼りになるのが良いよなー」と相槌を打った。‥‥天然少女と鈍感青年の間にフラグが立つか、と言う命題の答えが出る日は、精霊のみぞ知る。





 先に連絡を受けていたリリーは、町の入り口で冒険者達を待っていた。生まれながらの貴族らしく、すっと背筋を伸ばして彼らが馬車や馬から下りるのを見守っていた彼女は、貴婦人らしく優雅に一礼する。
 だが、彼女が身につけているのは町娘のものに比べてもなお質素な麻布のシャツとスカート。髪は櫛を通した様子もなく、洗い晒しのまま後ろで一つに縛ってある。
 最初に彼女に声をかけたのは、ルスト・リカルム(eb4750)だった。

「初めて会います、クレリックのルストと言う者です。宜しく」
「倉城響です。宜しくお願いしますね」

 倉城響もおっとり微笑み、丁寧に頭を下げる。リリーは彼女達の言葉に、かすかに微笑んで頷いた。こっそりニナが、奥様はあまり感情豊かな方じゃないんです、と割と失礼な注釈を加える。
 続いてフォーレが変わらぬ明るい様子で自己紹介し、さらにディアッカ・ディアボロス(ea5597)とユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が一礼して、彼ら個人からの支援として幾らかの魚と芋がら縄を提供した。しふ学校の知り合いも後から来て手伝ってくれる予定である事を告げると、助かります、と頷く。
 リリーがこの町で慈善活動に従事するようになって7ヶ月。幼い頃から身に付いた貴族としての所作はなかなか抜けないようだが、それでも、まっすぐ顔を上げた彼女の瞳がかつて見た事もないほど生き生きと輝いているのを、確認したエリーシャは一つ頷く。
 ディアッカが言った。

「運んできた物資は、どちらに運べば良いかのぅ?」
「使っていない建物を借りますの。ご案内しますわ」
「リリーねーちゃん、炊き出しも手伝おうと思うんだけど、使わせて貰って良いかな?」
「宜しいことよ。ただ、日持ちのするものは置いておいて下さること?」

 一つ一つに頷きながら歩き出したリリーの後ろ姿を、嬉しそうに見ながらニナが左足を動かし難そうにしてゆっくり歩き出す。それを見たシルレインが、行かなくて良いのか? と首を傾げ。
 いいんです、とニナは笑った。

「だって、奥様が頑張ってらっしゃるの、邪魔しちゃ悪いじゃないですか。私もお嬢様にしっかりお手伝いしてくるように言われてますしー」
「でも、会いたかったんだろ?」
「良いんです!」

 ニナがきっぱりそう言い切るので、そっか、とシルレインは肩をすくめ、ニナに手を貸して歩き出した。これはチャンスか、とラマーデが仲間を促し、さりげなく距離を置く。
 ちら、と振り返ったリリーがその様子を見て、かすかに目を細めた。





 戦乱や災害があった訳ではないから、倒壊した建物の後片付けといった力仕事が必要なわけではない。だが人が住まなくなった建物を封じたり、運んできた物資を所定の場所に運び込み、また配って回るのに不便がないよう、ユラヴィカはウェザーコントロールでわずかに懸かっていた雲を払っておいた。
 町の郊外には、疫病の最中には隔離病棟として使われた家がある。今はそこに収容されている病人はわずかだが、全く居ない訳ではない。
 日々、そこで病に苦しむ人々の世話をするのがリリーの役目だとかで、冒険者達を案内し終えた後は断ってそちらへ行ってしまった彼女を、後を頼まれた男が見送った。
 ルストがそちらを指差し、確認する。

「私も手伝いに行っていいかしら?」
「そうだな、病人の世話は力仕事だからな。助かると思うぜ」
「リリー殿は、いつも1人で?」
「ああ。ばあやさんじゃぎっくり行っちまうし、うつっちゃまずいからな。それにしたって泣き言一つ言わず、良くやってると思うよ」

 ひょい、と肩をすくめて男がそう言うのは、リリーがこの町に受け入れられているという証だろう。隔離病棟は、病を隔離するという以上に助かる見込みの費えた病人を収容する場所でもある。その場所で、恐らくは何人もの病人を看取り、それでも泣き言を言わず彼女は今日も看病に向かう。
 力仕事なら、とルストとエリーシャ、シルレインがリリーの後を追った。残る者は炊き出しや配給、隔離するほどではないが体調を崩して寝込んでいる者の世話などに回る事にする。

「空飛ぶ絨毯で荷運びをしましょう」
「助かるわー☆ じゃああたしは一緒に回って、皆に物資を配って回るわねー」
「じゃあ私達は炊き出しを作りましょう‥‥ニナさん、良ければ一緒に拵えませんか?」
「だね☆」
「わしも、しふ学校の知り合いがそろそろ着く頃じゃから、何か拵えるかのぅ」

 冒険者達がそれぞれ動き出したのに、声を掛けられたニナは真剣に悩んだ末に、簡単なものなら、と頷いた。実際問題として、足の悪い彼女に力仕事は難しいし、病人の話し相手といっても限度がある。ならば――と言うことだった、が。
 ニナは、あまり家事が得意ではない。実を言えば生来そそっかしく落ち着きのない性格で、だが足を悪くしてから怪我の功名、あまりパタパタ動き回れなくなった分ドジが減ったと言うだけで。今のお屋敷だって、義姉弟の話し相手兼遊び相手、という位置づけでなければとっくにくびになっている自信がある。
 故に、ニナはフォーレの指導で、小麦粉を練って適当な大きさに丸める事に終始した。それを借り受けた大鍋に放り込んで煮込み、野菜を放り込む。いわゆる水団だ。豪華な料理ではないが、取り合えず腹にたまって、大人数分が用意できる。
 ユラヴィカ達の料理の方も同じ頃に出来上がり、気付けば夕食時の良い頃合だった。その頃には町中、物資を届けに来てくれた冒険者が何か料理も作ってくれているらしい、と言う噂が広まっていて、良い匂いを嗅ぎつけた人々がちらほらと集まってくる。
 そこから今度は、集まった人々に料理を配り、或いは家で寝ている病人に配って回って、と大忙しで働いていると、戻ってきたルストが鍋を覗き込み、重湯は作れないかと響に尋ねた。隔離病棟の病人には、すでに食べ物も受け付けない状態で死を待つばかりという者も居る。だがまだそれ程でない患者は、普段は果実を絞ったものや、肉や野菜を煮た汁を飲ませているという。
 病が根治しない原因の1つは、栄養不足も挙げられる。ならば病人達の幾らかは、少しでも栄養を取るだけで飛躍的に症状が改善するかもしれない。
 響はルストに頷いて、それからその後ろでぐったりとひっくり返ったシルレインの姿に苦笑した。

「どうしたんですか?」
「ま、大活躍だったのよ。シルレインさんが来てくれて正解だったわ」

 どうやら、病人の介護に全力を使って疲れ果てたらしい。普段慣れない事をすると余計に疲れるものだ。ピン、と何かを閃いたフォーレがぐったり横たわる青年に芋がらスープを持って行き、こそこそッと「想いを示す事も必要だよ?」と囁いた。
 途端、真っ赤になって跳ね起きる青年ににぱッと笑って「あの時みたいにね☆ そうそう、大丈夫だった?」と首を傾げる。以前、彼女が結婚式を挙げた際に相手の男性と一悶着あり、ボコられるという不幸な事件があったのだが――今度は蒼白になってガクガク頷いた辺り、割とトラウマになったらしい。
 ならばなおさら、お節介かもだけど、とフォーレはニナに声を掛けた。シルレインが疲れた様子なので傍で見ていて欲しい、と頼むと、少女はにっこり笑って元気よく頷く。
 そうして、ルストが出来上がった重湯を抱えて郊外へ戻り、冒険者達が作った炊き出しが空になるまで、2人は大変話を弾ませていたのだが――その内容が主に、ニナがシルレインにリリーの様子を質問攻めだったという事は、青年の名誉の為に割愛しておこう。





 翌日も大体似たような流れで一日は過ぎた。それでも朝から炊き出しの仕込みにかかれたのと、大分様子が掴めて来たのともあって、その日は全員が町なり郊外なりを回り、病人の世話をする事が出来た。

「お加減はどうですか?」
「お大事になさってくださいね」
「はいコレ、今日の分よ☆ しっかり食べて、病気なんかやっつけちゃいましょ」

 町の方を響とフォーレ、ラマーデが回り、明るい笑顔で声を掛けて回ると、ご苦労様、ありがとさん、と方々から声が返る。病にかかっていないものの中には、手伝おう、と申し出てくれる者も居て、それは有難く受ける事にした。人手は、多いに越した事はない。
 一方、郊外の隔離病棟では2人のシフール、ディアッカとユラヴィカが、ディアッカの演奏に合わせてユラヴィカと精霊が舞うと言う慰安講演を行っていた。と言って、満足に起き上がれるほど体力がある者はわずかで、彼らは幾つかに区切られた部屋を回り、簡素な寝台に横たわる患者達の上で演奏し、舞ったのだが。
 拍手喝采もありはしなかったが、一舞が終わるごとに病人達の表情がどこか安らいだものになる。それを見たリリーが、つい、と頭を下げた。

「お礼を申しますわ。お医師は気を紛らわせれば病も治るなどと申しますが、私では良い手立てがありませんでしたの」
「何、元気付けられればわしらも嬉しいのじゃ」
「お役に立てて何よりです」

 どうか自分と一緒に来て、郊外に居る病人の為に慰安を行ってくれないか。そう頭を下げたリリーに応え、やってきてくれた2人の言葉に、リリーはもう一度頭を下げる。
 それからルストと一緒に、汗を拭いたり敷布を取り替えたりと、甲斐甲斐しく病人の世話を始めたリリーの姿を、エリーシャはじっと見つめた。

「リリーさん、新しい包帯はまだあるかしら?」
「洗ったものがあった筈だことよ。お分かりになって?」

 包帯ぐらいなら取りに行こうというユラヴィカに丁寧に場所を教え、その間もディアッカは病人達を慰めるべく楽を奏で続ける。その中をルストとリリーが、きっと良くなるからと励ましながら1人1人、容態を確認し、褥瘡に丁寧に処置して行く。
 その様子に、エリーシャは喜びを感じた。そも、リリーがかつての夫に離縁されたのは彼女の責任だ。だが、もし1年前、ニナの依頼を受けてリリーと対峙したエリーシャが、人手が足りなかったせいとは言えいささか強引に事を進めなければ――と思わないでもなく。
 けれどもリリーはエリーシャに、穏やかな笑顔で『その折はお世話になりました事よ』と頷いた。そして彼女の今を受け止め、精一杯を尽くしている。
 帰ったらシフール便を出そう、とだからエリーシャは思った。リリーの身元引受人でもある町の領主ルディウスと、リリーを絶縁した家族と、リリーの願いに応えて物資とニナを遣わしたリリーの姪と姉へ。騎士としてリリーのあるがままと、町の様子を伝えるのが彼女の役目だろう。
 そう思い定め、エリーシャも病人の看護を手伝い始めた。文字通り、人手は幾らあっても良い。そして病人の看護と言うのは、シルレインが疲労懇狽していたように、実に力仕事なのだった。





 ニナがリリーの元を訪れたのは、ウィルへ戻る前夜だった。この時間、リリーは1人で部屋に居る事が多いらしい。幸い今も、リリーは部屋に居て何か書き物をしている所だった。ニナが遠慮がちに声をかけると顔を上げ、ニナを見て小さく微笑む。
 嬉しくなって部屋に入ると、リリーはニナが持っていた道具に気付いた。気付いて痛みを堪えるように瞳を揺らし。

「それは」
「奥様が下さった髪結道具です! 私の宝物です」

 そう言ってニナは、道具の中から櫛を取り出した。ますます辛そうな表情になるリリーに、困る。ニナは、大好きな奥様を困らせたい訳じゃない。
 かつて、ニナはこの人に命を狙われた。それは事実だ。でも。

「私は奥様の髪結いですから。せめて梳る位はさせて下さい」
「‥‥そう、では頼めること? 私はいまだに、貴女以上に腕の良い髪結いを知らなくてよ」

 その言葉で、ニナの気持ちが伝わったのかは解らない。だが昔と同じ様に、昔よりずっと情感を込めて語られた言葉に、ニナは『はい!』と大きく頷いた。
 長らく手入れもしていないらしい、軋んだ髪をゆっくり、丁寧に梳っていく。リリーはまっすぐ背筋を伸ばしてじっとしていて、それがローゼリットに似ていて、血縁なんだな、と思う。
 ふと、リリーが呟いた。

「‥‥貴女は今、幸せだこと?」
「はい、奥様。お嬢様はとっても良い方です。ぼっちゃまも」
「そう‥‥」

 良かったこと、とリリーは多分、微笑んだ。そうして、2人は長い間沈黙して、色々な何かを埋める様に、髪を梳り、梳られていたのだった。





 こうして、冒険者達は無事に物資を送り届け、町の病人達の看護も手伝って、再びウィルへと戻っていった。彼らが届けたものは、町の人々に確かな希望を勇気を与えたのである。