【精霊の花嫁】真に捧げられし花嫁は

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月26日〜10月01日

リプレイ公開日:2009年10月04日

●オープニング

 リハン領有数の交易都市・サーフ。規模で言えばリハン領の首都リハンに次ぐ繁栄を誇り、数々の市場での取引と、やって来る隊商や事業主を相手にしたサービス事業で生計を立てている、文字通りの商業都市である。
 その街が実はもう長い間、カオスの魔物『精霊の言葉を騙るもの』に魅了され、魔物に忠誠を誓う青年を司令塔とする組織形態が出来上がっていたと、判明したのは最近の事である。サーフの住民は魔物を精霊の使いと信じて、魔物に従い、魔物に命を捧げる事さえもいとわなかった。
 故に、サーフの娘の多くが『花嫁』と称して犠牲になり、魔物に忠誠を誓う青年イザヤ・ハルスタットに殺された。それは旅人の中からも少なからず被害者を出す騒ぎにまで発展し、冒険者のおかげでどうやら街から魔物が追い払われた今になって、様々な問題が噴出し。

「正直、とっても頭が痛いのだわ」

 なぜか首都リハンの、しかも領内政務を司る役所に呼びつけられたグウェイン・レギンスに、呼びつけたリハン領主代理リーテロイシャ・アナマリア・リハンは、ほぅ、とため息なんぞを吐いて頬に手を当てた。

「賠償問題もあるし、サーフのイメージもおかげでがた落ちなのだわ。おまけにカオスの魔物が野放しなのだもの、近隣住民からも毎日訴えが届いているのだわ」
「はぁ‥‥」

 そんな事を語られる理由が解らず、グウェインは曖昧に頷いた。まさか愚痴を言う為に呼びつけた訳ではなかろうし、と言って一応ウィル中央軍に所属の身でもあるグウェインを相手に何らかの交渉をしたいという訳でもなさそうだ。後者の場合、グウェインが交渉に適さない相手だという事は、リーシャも解っているだろうし。
 ならば何故、と部屋の中に居並ぶ他のメンバーに視線を向ける。リーシャの同い年の異母兄、リーシャと共に領主代理を勤めるリハン領主家長男ユークリッド・ハーツロイが、視線に気付き穏やかに微笑んだ。
 彼はまだ良い。リハンを動かす異母兄妹は、公式には二人揃って初めて領主と同等の権威を持つ。普段は領主屋敷のあるアレンタに居るリーシャが首都リハンに出向くほどの事態ならば、そこにリッドの姿もあるのはむしろ自然だ。
 だが、もう一人。異母兄妹の父にして現領主ハロルド・コートレード・リハンまでもがこの場に居揃っているというのが、解せないし、きなくさい。
 ハロルドは両脇に異母兄妹を従えて、執務机にゆったり腰をかけ、不審そうなグウェインに言った。

「君は、カオスの魔物と共にいる青年と幼なじみだと聞いている。協力して欲しい」

 領主ならもうちょっと賢く有利に交渉した方が良いんじゃ、とグウェインですら心配になるくらい、率直過ぎる言葉だった。
 は、と固まったグウェインに、ハロルドはごく普通に言葉を続ける。

「これまでの報告は娘達から受けている。カオスの魔物は一刻も早く取り除かねばならない脅威だ。領内からの報告では幾つか怪しい場所が上がっているが、どれも怪しい二人組を見たという話ばかりで決め手に欠けるのでね、君にも検討を頼む。さすがに相手がカオスの魔物となれば、こちらも相応の兵力を割く必要があるが、領主家の私兵も無尽蔵という訳ではない」
「‥‥って、ちょっと待て」
「何か問題が?」

 立て板に水の如く流れる言葉に、思わずストップをかけたグウェインに、ハロルドはわずかに眉を上げて聞き返した。だがそう聞かれると色々あるはずの問題が全部些細なことに思えて、いや別に、と引き下がる。
 ふむ、とハロルドは唸り、グウェインをまっすぐに見上げた。

「もし、君が幼なじみを討つことに躊躇いがあるなら、この話は断ってくれ。リハンは数多くの領民を殺した犯人を、全力で排除することで一致している。生かして捕らえた所で、死罪以上に軽い刑が下ることはないだろう」
「僕達も父上に異議はありません」
「私もそれが一番良いと思うのだわ」

 リハンを動かす異母兄妹までもがそう頷くのであれば、確かにそれはリハンの意思なのだろう。そしてグウェインも、感情的にも理性的にも、それ以外の方法はないだろう、と思う。
 どんな理由があろうと、イザヤは数多くの人々を殺した。カオスの魔物に忠誠を誓った。それだけで、十分な理由だ。
 ただ、ティーは泣くだろうか、と思う。青年をイザヤお兄ちゃんと呼んでいた頃の妹が、イザヤにどんな感情を持っていたのだかグウェインは知らない。だが、カオスの魔物が居るかも知れない場所へイザヤの事を確かめに行く程度には、大事だったのだろう。
 ハロルドが何の気ない様子で、そうそう、と付け加えた。

「今回、私兵や資材は可能な限り投入するつもりだが、最終的には冒険者ギルドに依頼を出す予定だ」
「は‥‥?」

 また何か言い出した、とグウェインは唇の端をひきつらせた。話がまったく見えない。
 だが、その疑問に答えたのはハロルドではなく、異母兄妹だった。

「私と兄様が提案したのだわ」
「冒険者の方達の実力とお人柄は、僕もリーシャも自分の身で解ってます」
「機転もおききになるのだわ、今回もきっと何か素敵な策を考えてくださるに違いないのだわ」

 サーフから魔物を追い払った時みたいに、と異母兄妹は似たような笑顔で頷き合った。どうやら以前、冒険者に助けてもらった事で好感を持っているらしい。
 もしかしたらグウェインが元冒険者だという事も、妹ティファレナがギルドの受付嬢をしている事すら把握した上で、協力しろと言っているのかも知れない。だとしたら相当食えない父子だ、とグウェインはげんなりする。
 だが、目的が合致している以上、敢えて断る理由もなく、協力を承諾した男は怪しい目撃情報から、迷わず一ヶ所を選び出した。間違いないかと念押しされ、頷く。
 水の森と周辺住民には呼ばれる、サーフからほどほどに離れた森林地帯――亡きエイミ・ハルスタットが、仲良しのティファレナが遊びに来ると必ず足を向けたという場所。
 もしイザヤがエイミへの執念だけで動いているのであれば、彼が逃亡先にこの場所を選ぶだろう事は、想像に難くなかった。

●今回の参加者

 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea5985 マギー・フランシスカ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea9494 ジュディ・フローライト(29歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 ec6278 モディリヤーノ・アルシャス(41歳・♂・ウィザード・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

 水の森。付近の領民にそう呼ばれているその森は、一見してひどく穏やかで、実り豊かな森林に見えた。
 リハン領主家の私兵の1人が、森の奥にこんこんと湧き出る泉があって、そこから流れ出した水が森を潤し、辺りの町や村を養っているのだ、と説明する。それに頷きながらオラース・カノーヴァ(ea3486)は、ジッと地面に目を凝らし、または枝や垂れかかる蔦の様子を確認して、最近森に踏み込んだ者の痕跡を探し始めた。
 この辺りの領民も水の森に踏み入る事はあるが、そういう者は森の歩き方を心得ている。だが、イザヤはおそらくそうではない。ならば何らかの痕跡が残っている可能性は高い。
 ステインエアーワードを試したモディリヤーノ・アルシャス(ec6278)によれば、やはりこの辺りには魔物にあてられた空気がある、という。それが、サーフを占拠していた魔物と同一かまでは解らないが――

「可能性は高いじゃろう」

 マギー・フランシスカ(ea5985)がモディリヤーノに頷いた。その彼女はサーフで精霊の言葉を騙るものを退けて以降、さらに詳しく魔物のあれこれを調べてきたという。今も仲間達や私兵からも話を聞き、魔物の弱点などを調べている。
 魔物の魅了に確実に抵抗するには、やはりジュディ・フローライト(ea9494)が習得しているレジストデビルが有効そうだ。それにジュディは真剣な眼差しで頷いた。今までも彼女は、レジストデビルを始めとする様々の補助を行ってきた――今回もそのつもりだ。
 マギーが確認した所、領主家が寄越した私兵で何とか満足に魔物と戦えそうな装備を備えていたのは、わずかに数人。残念ながら、リハンはこれまであまり深刻な魔物の脅威に晒された事がなく、魔物に対する知識を備えている者も、またその武器も少なかったらしい。
 ふむ、と考える。魔法武器は彼女がクリスタルソードで提供すれば良い。だが果たして、彼らを直接魔物と当たらせて良いものか。
 そもそも、サーフをその魅了能力で占拠していたように、精霊の言葉を騙るものは同時に多人数を魅了する事が出来る。つまり、私兵達が逆に魅了されて敵に回る、という事も考えられる訳で。
 だが居並ぶ私兵達は少なくとも、闘志だけは漲っている。彼らはそれぞれに、リハンを脅かし、多くの領民を殺した魔物と青年剣士を許すまじ、と怒りに燃え立っているのだ。
 ジュディが、中でも屈強の男達を数人だけ、ならば大丈夫だろうと進言した。魔物の魅了能力にレジストデビルで抵抗するにしても、この人数全員ではさすがに荷が重すぎる。他の者は居るであろう配下の魔物に当たって貰い、少数精鋭で事に当たった方が、色々な意味で対処しやすいだろう。
 互いに視線を交わした私兵達は、粛々とその指示に従った。彼らの主たるリハン領主と領主代理からそれぞれに、冒険者から何か指示があればそれに確実に従うように、と命じられている。
 これは人間相手の戦争ではなく、魔物討伐だ。それを忘れないよう領主は言い、私兵達はその言葉を深く胸に刻んでいる。
 速やかに2組に分かれた私兵達のうち、魔物に当たる者達にマギーが赤の聖水を渡して、魔物が現れたら投げつけるよう言った。ダメージと、多少の時間稼ぎにはなるはずだ。
 これまたこっくりと頷く彼らに、リール・アルシャス(eb4402)が頼む。

「みんな、命を大事にして欲しい。危険だと思ったらすぐに下がるのも大切な事だ」

 それから、揃って頷いた私兵達に軽く頷き返し、無言で森の奥を見透かす様に佇む青年を振り返った。これから討伐されるイザヤの幼なじみ、グウェイン・レギンス。
 果たしてその胸にどんな思いが去来しているのか、一見しただけでは伺えない。彼らの間にどんな過去があり、感情があり、今があるのかを彼は語ろうとしない。
 だが、語らない事が彼の内心を表している様な気は、した。

「‥‥さぁ、グウェイン殿。彼を止めに行こう」
「ん。あの馬鹿、ぶっ殺すまでテメェが馬鹿だって解りそうにねぇしな」

 ひょい、と軽く肩を上げてグウェインが答え、振り返る。やっぱりその態度からは、実際にはどう思っているのかを推し量ることは出来ず。
 オラースが声を上げ、仲間達に知らせた。

「あったぜ。ここから奥に向かってる様だ。俺はペガサスで行く」

 そう言いながら、早くもペガサスを呼び寄せるオラースだ。彼自身はペガサスに乗って、さらに石の中の蝶や、ミスラにサンワードを頼んで魔物やイザヤの居場所を特定していく、と言う。
 解った、とマギーは頷いた。彼女自身も森には多少詳しい。大体の森の植生などから、簡単に進路の当たりをつける事も出来るだろう。適うならバイブレーションセンサーも使ってさらに居場所の特定を試みたいと考えていたが、少し試してみた所、やはり豊かな生態系を持つ森ではあちこちから反応が返ってきて難しそうだ。
 加藤瑠璃(eb4288)がヘキサグラムタリスマンに祈りを捧げた。一歩足を踏み入れるなり、魔物が襲ってくる事だって考えられる。用心に越したことはなかった。





 水の森の中は、辺りの水源になっているだけあって心なしか湿度も高く、それでいて濃密な水の気配が涼やかだ。こんな理由でやって来ていなければ気分も爽やかになり、そぞろ歩きなど楽しめたかも知れない。
 だが、この森のどこかにはカオスの魔物がいて、その傍には魔物を守るように従うイザヤがいる。油断は禁物だ。
 森の上空をグリフォンで行くリールと、その後ろに乗るモディリヤーノも方々に視線を配った。時々飛び立つ鳥の群とすれ違う。眼下の森を見下ろしモディリヤーノが呟いた。

「イザヤ殿‥‥妹君の事があった時、なんで何も言わなかったんだろう?」

 妹エイミが死に、あんたが殺したのと姉レイナに罵られ、それでもイザヤは弁解は勿論、他のどんな言葉も口にはしなかったという。そこに何か理由はあったのか――
 さぁな、とグリフォンを旋回させたリールが首を振る。何しろ、弟以上に彼女は話を聞いただけで、実際に会った事はない。色々に想像を巡らせる事は出来るが、それだけだ。
 地上でも足元を気をつけながら、討伐隊は互いに命綱のロープを持ち、慎重に森の奥へ踏み入っていた。互いに縛ってしまうといざという時に動けなくなるが、握っているぐらいなら大丈夫だろう。
 マギーの知識に寄れば恐らく、精霊の言葉を騙るものは精霊魔法の類は使えない筈だ、と言うことだったが、配下の魔物はどうか解らない。もしフォレストラビリンスやプラントコントロールを使われたら‥‥という用心だ。
 時折、奥から走ってくる動物とすれ違う。まるで逃げているみたい、と瑠璃が呟いた。そしてきっと、それは正しい。動物達が走ってくる方向と、先頭を行くオラースが痕跡の他に、石の中の蝶などを確認しながら進む方向は同じだ。
 この美しい森の中に、紛れ込んだ異物。マギーが都度、作り出して手渡すクリスタルソードを受け取る私兵達の緊張が、少しずつ高まっていく。
 オラースのミスラが、サンワードで前方にイザヤらしき人影がある事を伝えた。本人とは限らないが、この森の中に今居る人物がイザヤ本人である可能性は限りなく高い。
 上空のアルシャス姉弟が、私兵の1人が良く研いだ剣の刃に光をちかちかと当てて送った合図を受けて、森の中へ降りてきた。その最中にも地上の森をざっと見回してみたが、枝差し渡す木々が邪魔でよく見えない。
 森の中でグリフォンに乗ったままと言うわけには行かず、降りたリールにもジュディがレジストデビルを付与した。オラースもペガサスのレジストデビルは戦闘中の掛け直しに温存しておくとして、ジュディの魔法を受けてホーリーランスを確かめる。
 瑠璃がオーラエリベイションとオーラマックスを自らにかけ、富士の名水を飲み干した。イザヤとは何度か手合わせしているが、半ば以上人間をやめている青年剣士を相手にするには、とにかく手数を増やして攻撃回数を上げ、或いは回避して行くしかない。
 幸い、魔物はオラースやリールが相手をしてくれると言う。ならばその仲間の為にも、確実に魔物を守って攻撃してくるイザヤを止めるのは、瑠璃とグウェインの役目だ。
 マギーが新しくクリスタルソードを生み出し、必要な者に手渡した。それからふと眉を曇らせ、こういう森にはクレイジェルが居るかもしれん、と注意する。地面と同化して酸の攻撃を仕掛けてくるモンスターは、強敵ではないが地味に厄介だ。私兵の1人がすぐに頷き、それらは自分達が相手をする、と請け負った。
 ――そして、その先に彼は、居た。

「また、今度は随分連れて来たもんだな。その程度の雑魚を増やして、どうにか出来ると思ってるわけ?」
「お前の仕事が増えて何よりだね。しっかりおやり」
「はいはい、貴方ほんっと、殺したくなるからもう喋るの止めてくれません?」

 大剣を恋人のように両手で抱き、倒木に膝を立てて座っていた青年が立ち上がりながら嘯いた。揶揄する口調の魔物を本気で嫌そうな顔で睨みつけ、クスクス笑う魔物にうんざりした顔になる彼――イザヤ・ハルスタットだ。私兵が預かった赤の聖水を投げたのを、ひょいと剣を振るって払う。
 こちらに、あちらのやり取りを待つ義務はない。オラースは、どうやらそれが捜し求める相手だと確信を持つやいなや、フォースリングの魔法を発動させた。

「イザヤ。止まれ」
「‥‥‥何それ、効かないんだけど?」

 完全に不意を突けたはずだったが、イザヤはたやすく抵抗して見せた。もう一度試しても結果は同じ。
 ならば、とイザヤに殴りかかったオラースと同時に、魔物が、まずは容易そうな私兵達を魅了しよう、と動こうとした。モディリヤーノが準備していたウィンドスラッシュで牽制すると、ニィ、と笑う。
 突拍子もない考えじゃが、とマギーは1人ごちた。魅了の特殊能力を持つ魔物の傍にずっと居る、しかもしょっちゅう『殺す』と宣言する相手に到底心からの忠誠を誓っているようには見えないイザヤが、色々おかしな部分はあっても正気を保っているのは、それでも彼が魔物の僕だからだと思っていたが。

「常に魔物の魅了に抵抗し続けて居るのかも知れんの」

 そんな無茶な、とその言葉を聞いた誰もが心の中で突っ込んだが、或いはイザヤならば、と納得できる部分もあった。ならばどの瞬間の不意をついたところで、ほぼ確実に精神系魔法は抵抗されるだろう。

「モヤノ、下がっていろ」

 リールが私兵達を守ろうと動き、弟を背に庇って名刀「獅子王」を抜いた。周囲には魔物の配下らしきカオスの魔物も多数居るのが見えたが、そちらを潰している暇はない。当初の打ち合わせ通り、他の私兵達に任せる事にする。
 イザヤを止めようとしていたオラースも、その情勢を見て精霊の言葉を騙るものへと向かった。ペガサスが主を背に乗せ、わずかな空間を滑空する。

「へぇ? 俺を差し置いてその人をどうにか出来ると‥‥」
「思ってんだよクソ馬鹿」
「今度こそ、力づくでも止めるわよ」

 まっすぐに魔物へと立ち向かったオラースとリール、モディリヤーノを追って、走り出そうとしたイザヤの前に遮る影が立ちはだかった。瑠璃とグウェインだ。幾度か顔を合わせた瑠璃と、険しい表情で睨んでくる幼馴染に、ふぅん、とイザヤの口の端が上がる。
 その顔を、瑠璃は睨むように見つめた。イザヤは最早、言葉では止められない事は解っていた。亡き妹エイミを蘇らせる為に魔物に従う男は、だが魔物が自分を騙している事も、エイミを蘇らせると言う望みが叶わない事も理解している筈なのに、それでも魔物に従い、魔物を守り、エイミを蘇らせる事を諦めない。
 すでに理性的な思考があるとは思えない――文字通り、執念。そんな男が今更、生半可な言葉での説得に応じる筈が、ない。それならとっくに止まっている。または最初から魔物に従おうとは思うまい。
 それでもジュディは、武器を構え対峙する2人の後ろから真摯に訴えた。

「わたくしは信じています。イザヤ様が今のグウェイン様と同じように‥‥エイミ様を大切にしようとしていた事を」

 きっと――きっと、彼はその時、変わろうとしていたのだ。今のグウェインが名実ともに比類なき、妹ティファレナから「誰か兄さんを殺してくれませんか」と時折真顔で物騒な発言が飛び出すほど重度のシスコンである様に。つまり、かつては疎んでいた妹を、文字通り掌中の宝、世界の中心の如く溺愛しているように。
 イザヤもきっと、変わろうとしていたのだ。年の離れた妹を疎む心理は、その程度はともかくとして、年頃の少年には珍しくない。そこから一歩踏み出そうとし、変わりたいと願った、それが彼が珍しくサーフへ仕事を探しに行った理由ではないのか。
 だが、まさにその日にエイミは死んだ。誰かが悪かった訳じゃない、ただエイミはいつもの日常の延長で、家族の誰にも看取られる事すらなく精霊界へ旅立った。
 エイミを大切にしようとした矢先の死別――だから殊更に、彼はエイミの死から目を背け、生き返らせようとするのだろう。妹の死に意味がなかったと嘯き、その死に意味を与える為と称して妹を生き返らせたいと願うのだろう。
 ジュディの言葉に、イザヤはピクリと眉を動かした。だが顔に浮かべたのは嘲る様な笑みだけだった。

「妹を大切にしようとしていた兄貴が、妹を殺す為に魔物に生き返らせて下さいって頼むって?」
「他に何も無かったからでしょ。あなたが妹さんに執着するのは、他に何も無いから。妹さんが無意味に死んだと思うのは、あなたが無意味に生きてるから、でしょ?」
「‥‥へぇ。解った風な口を利いてくれるじゃん」

 生意気だよね、とイザヤの本気の殺意が瑠璃に注がれた。その反応に、むしろ確信する。彼がこれほどに怒るのは、ジュディと瑠璃の言葉が確信を突いていたからに他ならない。
 大剣をすらりと抜き放ち、構える。その構えも今までに見られた、余裕を滲ませたものではない。相手を確実に殺す為の、全力を出すための構えだ。
 瑠璃はごくりと喉を鳴らし、手の中のドヴェルグアックスを握り直した。勇気の盾を握る手にも力が籠もる。今まででも互角に対峙出来ていたかは怪しい相手が、全力で殺しにかかってくる――それを止める為には、こちらも今まで以上に余裕も隙もなく全力で戦うしかないだろう。

 



 ペガサスで魔物に挑もうとするオラースの姿に、精霊の言葉を騙るものは面白そうな笑みを浮かべた。

「おやおや。騎士が天馬で魔物に挑むとは、まるで人間達が詠う英雄譚のようではないかい?」

 勿論その結末は異なるけれども、と嘯く魔物に、ああそうだな、とオラースは壮絶な笑みを浮かべる。

「どんな英雄譚にも、人間に守られて震えてる魔物なんか出てこないぜ」
「おや、私はアレに守らせてやっているのだよ? とはいえ――」

 魔物が投げやった視線の先で、びりびり痺れが走るほどの殺意を振りまく青年剣士は振り返りもせず「その程度貴方が何とかしてくれます?」ときっぱり言い捨てた。やれやれ、と苦笑する。
 その、妙に人間臭い動作が逆に鼻につき、オラースは舌を鳴らした。ペガサスに命じて上空に回り、犬血を振り掛ける。それを魔物は避けたようだが、結界としての功は奏したようだ。
 ほぅ、と面白そうに魔物は嗤った。絶対的な優位に立つ己を確信した上で、己の身に架せられた枷を楽しんでいる。そういう類の嗤いだった。
 その余裕がどこまで続くか。オラースはにやりと凶暴な笑みを浮かべ、手にしたホーリーランスを激しく魔物に突き出した。すかさずリールもスマッシュで魔物に向かう。さらにその後ろから、型通りとはいえ確かな剣技を修めた私兵達が続き。
 おや、とそれらを見た魔物が少し、目を見張った。人型では十分に対抗出来ないと思ったのか、或いは単に気が向いたのか、それまでの見目麗しい青年の姿が解け、真の姿に立ち返る。
 白い翼を持つ獅子。ふわりと翼を羽ばたかせて宙に逃れると、ペガサスとオラースをまとめてガブリと一噛みした。ペガサスが苦痛の嘶きを上げ、地上に墜落する。
 気付いたジュディがペガサスの治療に走ってきたので後を任せ、オラース自身もポーションを飲み干した。リールが再びの攻撃を仕掛けるも、今度は魔物は若干避け損ねたようで、羽の先を散らす。
 だが、返す刀の攻撃が、今度は通じない。エボリューションだ。見たオラースは安全性を取って、通じなくなっているかもしれないホーリーランスをセイクリットダガーに持ち替えた。
 マギーがリールに合図して、彼女の手に高速詠唱でクリスタルソードを生み出す。ありがたい、とリールはクリスタルソードを握りフェイントアタックを仕掛けた。
 モディリヤーノがウインドスラッシュを放つ。周囲の魔物は、私兵達が奮闘しているが中々減らない。そちらも見て、危うい所に魔法で援護をし。
 魔力が尽きた、それを悟って時間稼ぎの意味も込めて魔物に問いかける。

「エイミ殿を殺したのはお前なのか? まさか、イザヤ殿が従っているのは――」
「まさか。私はそれほど暇ではないよ。ただそう、例えば」

 モディリヤーノの言葉を嘲笑した魔物が、何か嫌な感情を含みながら応えた。

「アレの妹と同じ年頃の娘を花嫁として捧げれば、より早く妹が生き返るかも知れないとは、言ったかも知れないよ。何しろアレは、そういう娘を手に掛けるのを何より嫌がっていたのだからね。面白い見せ物だろう?」

 かつて人間を憎み、己が同じ人間である事すら嫌悪していた少女を、敢えて人間のまま傍に置いてその葛藤を楽しみ眺めていたように。生きたいと魔物に願った青年剣士から、魂を奪って僕にしたように。
 あらゆる負の感情を魔物は欲し、その為の知恵を紡ぐ。そういう意味で言うならば、この魔物に捧げられた真の『花嫁』はイザヤ・ハルスタット。魔物に従い、魔物の為に人を殺し、その内心の葛藤すら魔物の退屈しのぎに饗させられた、青年剣士こそがもっとも哀れで楽しい玩具であって、その過程で手に入った数多の『花嫁』達の魂はほんの付録に過ぎない。
 醜悪で自分勝手で魔物らしい物言いに、冒険者達の顔に一様に嫌悪の表情が浮かんだ。魔物に、人間と同じ感覚を期待してはいけない。だが。

「さすがに胸くそ悪いぜ」
「同感だ!」

 吐き出したオラースにリールが頷く。頷き、新たにマギーによって生み出されたクリスタルソードを構える。
 翼持つ獅子が大きな口で笑い、カオスフィールドを展開した。さらにその間に身体を滑り込ませる青年剣士――イザヤ。瑠璃とグウェインを振り切って、魔物を守る為に駆けつけたのだ。
 モディリヤーノが複雑な感情の篭った瞳で彼を見た。叶わぬ望みを掛けて、己をただ弄ぶ魔物を守る姿は哀れで、滑稽で、切ない。追い掛け駆けつけて来た瑠璃が苛立ちと共にイザヤの胴をなぎ払う。
 その隙を、オラースとリールは見逃さなかった。瑠璃の剣を避けたイザヤが、そのせいで魔物と冒険者の間に障害がなくなった事に気付き、チッ、と盛大に舌打ちする。
 気合を込めて、各々の最高の剣技を精霊の言葉を騙るものに叩きつけた。姿通りの獅子の如き咆哮が魔物の喉から迸る。禍々しい響きに私兵の何人かが怯え、後じさった。クレイジェルがその足元に忍び寄り、酸を吐きかける。

「‥‥やってくれるじゃん。これまでの俺の涙ぐましい努力を全部パァにしてくれて、どうしてくれる訳?」

 咆哮が止み、リールとオラースの剣を受けた魔物の獅子の体が霧散するのをチラッと見て、だが言葉とは裏腹に特に感慨がある様子もなくイザヤが嗤った。残された精霊の言葉を騙るものの配下の魔物達が、イザヤを一斉に見る。イザヤは無造作に手を振って、続けろ、と命令した。
 ギィィッ! 応えた魔物達が再び私兵と冒険者達に襲い掛かる。ハッ、と我に返ったオラースがクリスタルソードを一閃すると、効果時間の切れた水晶の剣は切り裂いた魔物と共に消えた。
 マギーが新たな剣を生み出す。それを握る男を、イザヤは嗤って見ている。己の圧倒的不利に、青年が気付いていない訳がないのに。
 たまらず、瑠璃が吐き出した。

「いい加減にしなさい! あなたが本当にするべきは妹さんの死をやり直す事じゃなく、妹さんの生きた意味を見つめなおして未来に繋げる事だったのよ!」

 生きて何かをなした訳でもなく、死んで何かを変えた訳でもない、何の意味もなかったエイミの死。だが本当にそうだったか? 本当にエイミの死は何の意味もなかったのか?
 そんな筈はないだろう、と血を吐くように思う。少なくとも目の前に一人、エイミの死によって狂った男がいる。殊更にエイミの死を意味のなかったものだと決め付け、生き返らせた妹を自分の手で殺して意味を与えるのだと妄言を吐く、狂った魔物の僕がいる。
 エイミの死によって男が狂った、その理由はつまり、彼女の生には意味があったという事だ。レイナ・ハルスタットがエイミを殺したとイザヤを罵ったのも、その生に意味があったから――エイミを愛していたからだ。同じ様に、エイミの死によって狂った男も、その死に狂える程に妹を愛していたという事なのに。
 そんな簡単な事にすら気付かない――気付こうとしないイザヤは、何を言われたのか解らない、と肩をすくめる。或いはそういうフリをしているだけか。
 ぎりり、と唇をかみ締めた。魔物が斃れ、己の死すら目前にあってまで、この男は!

「魔物にすがって過去に執着するなんて、そんな無様な生き方もう止めなさい!」
「イザヤ殿の事を大事に思っている人達もいるだろうが!」

 叫びながら瑠璃がクリスタルソードを振り下ろし、リールが名刀「獅子王」を振り下ろした。出来るなら彼を命あるまま捕えたかった。――死んでしまえば最早、罪を償う機会も、悔い改める機会もありはしない。
 だが。数多の人間を殺し、カオスの魔物に従ったイザヤに、死刑以上に軽い罪が与えられる事はない。事情など関係ないのだ。カオスの魔物の僕であった、その事実だけでもイザヤは死刑を免れない。少なからず、姉レイナにもその累は及ぶだろう。
 万が一死を逃れても、それよりなお辛く苦しい、死んだ方がマシだと思うような日々が待っているだけで――それを支え抜く覚悟もなく、いたずらに生き延びさせるのは‥‥
 振り下ろされた剣をイザヤは受け止めた。受け止めて、嗤った男にジュディが辛そうに瞳を揺らす。

(‥‥最早、イザヤ様の死は避けられない、けれど‥‥)

 領主家の私兵達が、マギーから与えられたクリスタルソードを手に一斉にイザヤに向かっていく。配下の魔物達を一掃し、精霊の言葉を騙るものとの闘いで新たに負った傷をポーションで癒したオラースが、再びペガサスに乗ってホーリーランスを手に持ち替え、突っ込んだ。同じく、イザヤに剣を向けるグウェインの顔に、表情はない。ジュディから分けてもらった富士の名水で魔力を回復したモディリヤーノが、辛そうな顔でウィンドスラッシュを放つ。
 そっと、ジュディは瞳を閉じ、再び強い光を宿して見開いた。イザヤの死が避けられないなら、それこそ、意味の無い死にはしたく、ない。
 圧倒的な多勢に無勢。その状態を、幾ら魔物の僕に成り果てたとはいえたった1人で数合持ち堪えたのは、流石と言うべきだろう。激しい剣戟が水の森に響き渡り、足元の泥が跳ね散り、血飛沫と怒号が交錯する。
 だが、遂にイザヤの足がガクリ、と崩れた。渾身の力を込めた私兵の突撃は避けたものの、続くオラースの槍の刺突をかわしきれない。
 ――ドス‥‥ッ
 肉を貫く重い音が、心なしか大きく響いた。間髪入れず瑠璃がイザヤの背から腹を切り裂く。一瞬後、吹き上がった血飛沫に私兵が一瞬止まり、直後歓声が上がった。
 対象的に、冒険者達の動きは止まる。示し合わせたわけでもなく誰もの視線が斃れたイザヤから、グウェインへと注がれた。
 その視線を受けて、グウェインは地にザックと手にした剣を突き立てる。そうして感情の伺えない顔で無造作にイザヤに近付き、膝を折るでもなくただ見下ろして。

「イザヤ‥‥ファナが泣くぜ」

 いつもティーと呼ぶ妹を、敢えてファナと呼んだ。それは彼が今まで一度も呼んだ事がない、そしてきっとこれから呼ぶこともない、ハルスタット姉弟や親しい者達だけが使うティファレナの愛称だ。
 昔。妹を、ファナと呼び始めたのはこの幼馴染だった。妹はそれを気に入ったようで、子供だったグウェインは妹がイザヤにばかり懐くのが苛立たしく、いつも彼女を邪険に扱い、苛めてばかりいた。
 代わりに死んだエイミはグウェインに懐いていた。理由はなぜだか知らないけれど、多分、イザヤにはそれが気に入らなかった。彼らの間にあったのはただ――それだけの話、だったのに。エイミの死が誰かの責任ではないにせよ、彼らの今は確実に彼女の死がもたらした。
 あぁ‥‥とイザヤは笑みを浮かべかけて吐血する。ダメージは内臓にまで達している筈だ。多分、意識はもう殆ど、ない。
 それでもイザヤは――それだからこそ、微笑んだ。

「‥‥ファナ、は‥‥あい、かわら‥‥ず‥‥‥泣き虫‥‥だ、な‥‥‥」

 そう――微笑み、呟いたそれが、イザヤの最後の言葉だった。それをグウェインは黙って受け止めた。
 他にも魔物が残っているかもしれない、とマギーが私兵に指示を出して辺りの捜索に向かわせる。オラースの石の中の蝶によれば近くには魔物の気配はないようだが、この際、徹底的に倒滅した方が良い。
 ジュディがイザヤの骸の傍らに膝を突き、聖句を唱えた。彼女の信じる慈愛の神が、どうかイザヤにも慈愛を垂らして下さいますように――せめて心安らかでありますように。
 それらを無言で見ていた男に、モディリヤーノが声を掛ける。

「グウェイン殿‥‥ティファレナ殿が待っているよ」
「ああ、そうだな‥‥ティーに、どう言うかな」

 モディリヤーノの言葉に、初めてその事を思い出した様にグウェインは呟き、重たい息を吐いた。重い、重い息を吐いた。
 放っておいてもいずれ、イザヤの事を妹は報告書で知るだろう。覚悟も、していると言った。
 それでも、だからこそ愛する妹にこの結末を、自分の言葉で伝えねばならない、と思う。だがどう伝えれば良いのか――グウェインはため息を吐き出し、幼なじみのどこか穏やかですらある死に顔を無言で見つめたのだった。





 リハンを脅かす魔物の脅威は去り、魔物を守る青年剣士は斃された。その後の事は、これから生きていく者達だけの物語である。