枯れない花を求めて。

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月12日〜09月17日

リプレイ公開日:2009年09月20日

●オープニング

 秋、実りの季節。
 各地では春に種を蒔き、夏の日差しを浴びて育った作物の収穫の時期を迎えている。たわわに実った穀物の重たげな房が風に揺れるのを見れば、誰しもが知らず心躍る、そんな季節。
 だがどこの村とも同じように収穫の季節を迎えた山間の村では、痛々しいような、重苦しい空気が漂っている。





 ほんの出来心だった。
 否、出来心とも言えないほどのささやかなワガママのつもり。それだってワガママを言って困らせてやろうなんて気持ちは少しも無くて。
 ただ、願っただけのつもりだった。その、つもり。

「花束が欲しいわ」

 ユーナがそう望んだのは、一週間ほども前の話だった。この秋、収穫を終えたら村では収穫祭がある。その収穫祭で、ユーナは幼馴染のフィンと結婚式を挙げる事になっていた。
 だから時間さえあれば二人で、結婚式の事や新しく始まる二人の生活の事を夢見るように話していたのだ。その、結婚式で花束が欲しいと、言った。

「ニオイスミレの花束。私の一番好きな花よ、知ってるでしょ?」
「知ってるよ。知ってるけど、ニオイスミレは春告げ花じゃないか。もう秋だよ。サフランとかじゃ駄目なの?」
「サフランじゃ嫌よ。ニオイスミレが良いわ。もちろん季節じゃないのは判ってるけど‥‥」

 夢見るくらい良いでしょ、とユーナがわざと怒った風でそっぽを向き。そうだね、とフィンが苦笑した、その気配にちょっとだけ面白くなくてユーナは唇を尖らせる。
 ユーナは花が好きだ。本当はサフランの花だって好きだし、フィンがくれるなら路傍の花だって世界で一番好きになるだろう。
 でもユーナにとって、ニオイスミレはとても特別な花。一番最初に好きになった花。大切な思い出の花。それは毎年、両手に一杯に摘んだ花から作った匂い袋を肌身離さず持っているくらい大切な。
 ユーナのために友人たちが作ってくれるブーケはきっと、この秋に刈り取った穀物の穂と、それこそサフランや月桂樹やローズマリーといったハーブを乾かしたものを束ねたものになる。それは花嫁を守る魔よけで、これからの生活が実り豊かなものになるお守り。
 不満はない。ただ、言ってみただけだ。

「ユーナ?」

 まるで猫の仔のご機嫌を伺うようなフィンに、ベーッ、と舌を出して答える。どうせフィンにはユーナの気持ちなんて判らない。ユーナがどんなに結婚式を楽しみにしているのか、フィンとの結婚が決まってからどんなに一生懸命頑張って、死ぬほど苦手な繕い物や仕立物なんかまで必死にやったのかなんて判ってない。
 そもそもその結婚からして、ユーナは子供の頃からフィンと結婚したいとずっと思っていたのに、フィンと来たら口を開けば畑のこととか、家畜のこととか、他の色んな日常のことばかりで。ついに業を煮やしたユーナが、半ば脅すようにして結婚を承諾させた。

(もちろん判ってるわよ)

 女のユーナと違って、男のフィンは畑のことや家畜のことや、他の色んな日常のことをしっかり守らなければならない。ユーナが家庭を守るために母から色々なことを教えられたように、フィンは家族を守るために色々なことを父親から教わった。それは大事なことだ。とても、大事なことだ。
 村の分別ある大人に言わせれば、フィンの面白みのないところや現実的なところは、むしろ好ましい美徳だ。夢見がちな男は家庭を守るにはダメだ。ありもしないことや、出来もしないことを夢見て家族を苦しめるのだから、と。
 それはユーナもそう思う。ただちょっと、家畜も畑も良いけれど、もうちょっとだけユーナのことも見てくれれば良いのに、と思うだけ。
 だがそれを、口にするのは恥ずかしすぎて。
 だから。

「冗談に決まってるでしょ! 皆どんなブーケを作ってくれるのかしら、楽しみね」
「ユーナ、でも」
「花はすぐに枯れてしまうから、綺麗だけれど結婚式にはなんだか縁起が悪いものね。でも結婚したら、食卓には毎日花を飾りたいわ。ドライフラワーで良いから」

 そう冗談で収めようとしたユーナは、何か言いたそうな顔をしているフィンには気付かなかった。ワガママを言ってしまった自分に、ちょっと落ち込んでいたりもしたので。
 そして――その日の夕方「町まで枯れない花を探しに行ってくる」と友人達に言い残したのを最後に、フィンを見た者はいない。





(私のせいだ)

 フィンの居なくなった村の入り口で、フィンの姿を祈るように捜し求めながら、泣き腫らした瞳でユーナは自分を責める。
 真面目で、朴念仁で、いつも畑と家畜のことしか考えていないフィンが、その二つを放り出してまで探しに行った『枯れない花』が、自分が口にした戯言を受けての事なのは疑いようのないことだ。一体どんなものを探しに行ったのかは想像もつかないけれど、それだけは確かなことだ。
 一番近くの町までは往復で二日と半日もあれば事足りるのに、フィンはもう一週間も帰ってこない。フィンの両親が心配して町まで探しに行ったけれど、見つけられずに帰ってきたのがつい昨日のこと。
 何か事件に巻き込まれたのか。途中の道で獣に襲われたのか。それとももっと恐ろしい、想像もつかないような出来事が起こって、フィンを隠してしまったのか。
 ユーナのせいで。ユーナが『ニオイスミレの花束が欲しい』なんて言ったせいで。

(どうしちゃったの、フィン)

 ニオイスミレも、どんな花もフィンが居なければ意味がない。ユーナが花を好きなのは、もうフィンは覚えていない小さな頃、『ユーナは花が似合うね』とフィンがニオイスミレの花をくれたから。それ以来ユーナは花を好きになって、ニオイスミレが何より大切な花になった。
 でもそれはフィンあってのもの。フィンが居なければ何の意味もないもの。

(一体どこに居るの)

 フィンが居なくなったと判って以来、罪の意識に駆られたユーナは何度もフィンを探しに行こうとした。でもそのたびに両親や友達に止められた。きっとフィンは無事に帰ってくる、ユーナ一人で隣町まで行くなんて狼が出るのに無茶だ、フィンが帰ってきてユーナが居なければフィンが悲しむ‥‥そう止められた。
 でも、フィンは帰ってこない。町にもフィンは居なくて、目撃者を探したが『金物細工師の工房の場所を聞かれたのがそんな若者だったかもしれない、だが自分は判らないと答えるとずいぶんがっかりした様子でどこかに行ってしまった』という人が居ただけだったという。
 探しに行きたいと思う。フィンが見つかるならユーナは狼に食われても良い。だが娘の憔悴ぶりを心配した母がずっと傍についていて、村から駆け出していくことさえままならないこの身が恨めしい。

(花も何もなくて良いから、フィン、帰ってきて‥‥!)

 また新たな涙をポロポロポロと零しながら、ユーナは村の入り口でずっと待ち続けていた。

●今回の参加者

 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec5159 村雨 紫狼(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec5385 桃代 龍牙(36歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

 その村で、彼女と顔を合わせた桃代龍牙(ec5385)が一番最初に言ったのは「うん、酷い顔だな」だった。

「あんたここの所ろくに寝ても食べてもいないだろう? それはまずいぞ」

 色々唐突過ぎて、ポカン、と口を開けたユーナに龍牙は大真面目な顔でそう言って、購入してきた材料を取り出し、料理をし始めた。お肌と美容に良い、モツやホルモンの煮込み。さらに幾つか美容によさそうな料理のレシピを口頭で伝え、字が書けないなりに記号等でメモを取らせる。
 ここまで、誰も口を挟まなかった。と言うか度肝を抜かれ過ぎて、口を挟む隙がなかったと言うか。
 ユーナの両親もびっくり眼で見守る中、出来上がった美味しそうなモツ煮込みを『さあ食べろ』と差し出されたユーナは、気圧されて頷き、受け取った。木匙で掬ってふぅふぅ冷まし、口に運ぶ。
 どうやらかなり美味しかったらしく、もぐもぐもぐと咀嚼する娘に、両親もおっかなびっくり近寄ってきた。その頃にはすでに、何かやっているらしい、と村中の暇人がユーナの家を覗き込んでいて。
 だが、なし崩しの空気が、龍牙の言葉で少し変わった。

「花婿さんは俺たちが間違いなく見つけてくるから、あんたはきちんと食べて寝て、一緒にいなかった事を後悔するぐらい最高の笑顔で迎えてやろう」
「私‥‥ッ、一緒にフィンを探しに行きたいですッ」

 きちんと食べる事もきちんと寝る事も全くその通りだと思ったが、そこは譲れない、とユーナは木匙を握って宣言する。

「絶対邪魔はしないわ。お願いだから連れて行って下さい」
「‥‥という事だが、どうだろう? 僕は連れて行きたいと思っているが」

 ユーナの言葉に一つ頷き、キース・レッド(ea3475)はそう仲間を振り返る。主に、天界で医師の資格を持ち、アトランティスでも治療院で働いているゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)を。
 フィンを探しに行く冒険者達に、ユーナが同行を申し出るのはある意味、予想通りの展開だった。だが、実際に確認してみなければ解らない事と言うのも、ある。
 つまり、ユーナの体調。もっと具体的に言えば、結婚式を目前に控えた花嫁が、すでに懐妊している可能性もないではなく。
 その辺りも含めて確認して欲しい、と振り返ったキースと、「まぁさ、もう待つのは飽きたよな」と言う村雨紫狼(ec5159)の視線を受けて、ゾーラクは頷き、一言断ってユーナを別室へと連れて行く。
 診察の結果、ユーナに妊娠の兆候は見られなかった。詳細な血液検査は出来ないが、他の様々な要因を考えればほぼ間違いないだろう。
 他に健康上留意しなければならない事もなく、食欲が多少落ちているのも安静が必要なレベルではない。そう診断したゾーラクは、仲間にプライベートな部分は割愛して報告した。
 ならば、ユーナを隣町まで同行させても大丈夫だろう。
 そう結論付けたキースはだが、道中はゾーラクの言う事を聞く事と、もし体調を崩す事があれば宿で大人しくしている事を約束させる。両親の話ではないが、フィンが見つかってもユーナにもしもの事があれば、まったく意味がなくなってしまう。
 ユーナは真剣な顔でこっくり頷いた。絶対に邪魔しません、と繰り返す。
 ならば、後は行って、見つけるだけだ。冒険者達はその日のうちに、馬とゾーラクの空飛ぶ絨毯に分乗し、村を発った。村人達がその姿を心配そうに見送った。





 村と町の間は、一日で移動出来る距離ではない。馬と絨毯の移動速度は普通よりは速いが、山道を行ったり、途中で絨毯の運転を交代したりもしたので、結局、町まであと十数キロと迫った辺りで無理をせず、夜営の準備をすることにした。
 手頃な場所を見つけて持参のテントを張り、辺りで枯れ木を集めて来て、草を抜いた所に組んで火をおこす。そうする間に日がくれて、全員で火を囲んで夕食を取った。保存食の他に、龍牙が新たに作ったモツの煮込みも皆で手を伸ばす。
 ゾーラクがユーナを気遣い、時々体調を確認したり、他愛のない話に興じて彼女の心をほぐす事に努めた。ユーナは進むにつれてまた、不安が込み上げて来たらしい。
 落ち着かない様子でそわそわ視線を動かし、フィンは見つかるのかしら、と不安を吐露する少女に、ゾーラクは微笑んだ。

「大丈夫ですよ。きっと見つかります」
「その為に僕らが来たのだからね」
「ダイジョーブだって!! 俺と嫁たちは他の領地で悪いヤツをぶっ倒して平和にしてきたんだぜ! つか結婚前に夫婦ゲンカはもうやめろよ〜」
「2人の幸せの為に一肌脱ぐさ」

 こんな事じゃなきゃ俺が惚れそうだが、とこっそり付け加えた言葉は、幸いユーナの耳には届かなかったようだ。
 やがて、ユーナが大きなあくびを噛み殺したので、張っておいたテントでもう休むよう勧めた。ゾーラクも一緒にテントを使い、紫狼の嫁の2人の精霊も一緒だ。その時だけ、ユーナがびっくりした様に目を見開いた。
 残るは、男3人。厳選なるクジの結果、まずは龍牙が仮眠を取って、キースと紫狼が狼を警戒する事になる。
 これって熊の時と一緒じゃん、と小さく笑った紫狼に、キースが伺うような視線を向けた。彼は、その依頼には参加していない。実はこんな事があって、と眠気覚ましも兼ねて話して聞かせ。

「聞くだけ野暮だけどさ‥‥先輩も異種族婚には後悔しちゃいねーんだよな」

 その時も、別の冒険者に聞いた事をそのまま繰り返した紫狼に、キースは幸せそうに「もちろんさ」と頷いた。彼は来月、愛する恋人と結婚式の予定もあると聞く。
 だがそのキースと恋人は、種族が違うだけではなく、生きていく時間も違うのだ、と紫狼は知っていた。それはある意味、世界が違うよりももっと残酷な事ではないだろうか?
 聞いていたキースが、ふと思いついた様に尋ねた。

「村雨君。まるで君は、後悔している様に聞こえるが?」
「‥‥うわ、すまねぇ先輩! 俺だって‥‥色々考えんだよ」

 慌ててぶんぶん両手を振りながら弁解する。こうして色々な冒険者に話を聞いて回るのも、後悔している訳ではなく、ただ込み上げてくる不安を打ち消す為の言葉が欲しいから、なのだろう。
 だが、紫狼の不安に確かな答えを返せる筈もない。それを再確認しただけになってしまった夜伽話に、2人は苦笑し、そろそろ交代の時間だと龍牙を起こしに行く。
 困った事に、しばらく紫狼の悩みは続きそうだ。





 キースはすでにフィンの失踪について、ある程度の推理をしていた。
 結婚式に花束が欲しいと言った花嫁、枯れない花を探しに行くと姿を消した花婿。最後に目撃された隣町では、金細工が盛んで、金子が細工に見合わなければ、工房での下働きで代金に替える事も、ある。
 つまりフィンはおそらく、ユーナに送る花を金細工に求めたのだろう。だが、日々を畑と家畜の事を考えて暮らす農家のフィンに、望みの金細工を買い付けるだけの金子があったはずがない。
 だから彼はきっと不足の対価を購う為、工房の下働きをしているのだろう。それを村に連絡するのを忘れているか、連絡手段もないまま一日でも早く奉公を終えようと頑張っているのに違いない。

「恥ずかしながら、僕にも覚えがあるからね」

 最後に照れた口調で付け加えたのは、恋人を思っての事だろう。彼もまた、恋人の喜ぶ顔が見られるのなら、寝食忘れて働くに違いない。
 聞いていた紫狼が感心の声を上げた。

「枯れない花が金細工なぁ。てっきりドライフラワーか何かと思ってた。さっすが先輩」
「まったく‥‥ッ、フィンったら昔っからそうなんだから」

 ユーナも頬を膨らませる。言われて見れば、それはいかにも幼なじみらしい話だった。
 ならば探すのは工房街だろう。まずは工房街の入口にある細工物屋でフィンを見た者が居ないか徹底的に聞き込んで、当たりを付けたら工房まで訪ねてみる。
 その方針で一致して、冒険者達はそれぞれの方法でフィンを探し始めた。

「やなぎ、頼むぞ。ひいらぎはこれを持ってだな」

 龍牙は連れてきたエレメンタラーフェアリーにフィンの似顔絵を持たせ、細工物屋から工房街に掛けてを飛ぶよう頼む。ケット・シーにはその辺の野良猫を探し、最近来た新入りを聞いて貰おうとした――のだがしかし、すぐに気を散らして散歩を楽しみ出したのに苦笑する。
 その間に、ゾーラクとキース、龍牙と紫狼とユーナは連れ立って細工物屋を一軒一軒まわり、花束の細工物を探しに来た若者が居なかったかを尋ねて回った。それらしき若者が居たという話があれば、ゾーラクがその店まで飛んでいってファンタズムでフィンの幻を作り、こんな若者だったかと尋ねる。
 花束の細工物、と言うのは案外需要が少ないようで、扱っている店は数軒だった。その店がまず全滅する。他に買える場所はないかと尋ねてみると、店主は肩をすくめて「後は工房の旦那方と直接やっとくれ」と匙を投げた。
 だが逆に、その希少さがフィンの居場所を特定する事にも繋がった。と言うのは、ダメ元で入った別の、主に花飾りを扱っている店で同じ様に、花束の細工物を探す若者を知らないか尋ねた所、店のおかみさんが「ええ、覚えてますよ」と頷いたのだ。

「花束の細工なんて、珍しいものをお探しになる方だなぁ、ってね。ええ、うちにはありませんけれど、扱っているお店を教えて差し上げたんですよ。でもどうにも、お気に召すものがなかったみたいでねぇ。ニオイスミレの細工の出来る細工師を教えてくれと仰るものだから」
「それだ‥‥ッ、ゾーラク君、頼む」
「はい。――おかみさん、その方はこんな方ではありませんでしたか?」

 キースの言葉にゾーラクが頷き、今までと同じ様にファンタズムでフィンの幻を作った。ユーナに細かく確認したから、本人そっくりの出来栄えになっている筈だ。
 あらまぁ、とおかみさんは目を丸くした。その反応に、どうやらアタリらしい、と2人は顔を見合わせる。
 その頃、もう一方でも手がかりは転がり込んでいた。ひいらぎが持つ似顔絵を見た町の住人が、あんたらこいつの知り合いかい、と声を掛けてきたのだ。

「どうも、工房街で見た事がある気がするんだがね」

 ためつすがめつ、首を傾げながら似顔絵を指差す男に、これだ、と紫狼と龍牙は頷き合った。ユーナがハッと息を呑む。

「生憎、絵心のある奴が居なくてね。そんなに違っちゃいないと思うんだが」
「花嫁ちゃんが描いたからな、特徴はばっちり押さえてると思うぜ。どこの工房で見たんだよ?」
「ん? この娘っ子の旦那か?」
「今度、結婚するの」

 ユーナがきっぱり言い切るのに、そうか、と得心の顔で男は頷いた。それだったら、同じく工房街で「今度結婚する娘の為に」と花飾りの細工の対価の為に働く若者を知っている、という。
 それぞれ情報を手に入れた冒険者達は、逸る気持ちを抑えて、まずは打ち合わせ通り宿屋に帰って情報を交換し合った。互いの情報をすり合わせると、どうやらフィンは工房街のとある細工師の元で下働きをしているらしい。
 馬鹿ね、とユーナが呟く。ユーナの戯言を真に受けて、ずっと連絡もせず下働きをして居るなんて。しかもそれが自分の為だと言われたら、喜んで良いのか、怒れば良いのか。

「今日はもう遅い。明日、朝一番に尋ねてみよう」
「もし必要なら、幾らか用立てる事も出来ますけれど‥‥」
「いや、そこは男の心意気もあるだろうからな。そうそう、花嫁さん、あんたは明日、留守番しててくれ。あんたが顔を出したら飛び出して来るかもしれないが、仕事を途中で投げ出すのはまずい」

 龍牙がユーナにそう言い渡して、少女は不満そうながらも「邪魔はしない」と約束した事を思い出し、頷いた。彼女とて、仕事を途中で投げ出すのがとても悪い事だと知っている。
 精霊達がどうやら人いきれに中って疲れた様なので、一緒に宿で休んで貰う事にした。なし崩し的に、愛する嫁達を心配した紫狼も留守番だ。
 花婿までは、後一歩だった。





 翌朝。まだ買い付けの人出も少ない頃合に、フィンらしき若者が下働きをしている工房を訪ねた冒険者達は、出てきた青年に用件を尋ねた。

「ここで、ニオイスミレの花飾りを買いに来たフィンと言う男が、下働きをしていると聞いたんだが」
「お客さん達、フィンの知り合いですか。おーいフィン! お客さんー」
「はーい、師匠!」

 キースに頷いて、奥に向かって叫んだ青年の言葉に、奥から返る声が聞こえた。察するに、どうやら青年はこの工房の細工師の様だ。
 火でも熾していたのだろうか、炭で顔を汚した若者は確かに、ゾーラクが何度もファンタズムで作り上げた幻にそっくりだった。ユーナが描いた似顔絵とも、似てると言えば似ている。少なくとも、特徴は捉えている。
 フィンは炭で汚れた前掛けで汗を拭き(どうやら顔の汚れはそのせいのようだ)、自分の客だと言う3人を見て首を傾げた。

「あの‥‥何か?」
「私達は、ユーナさんに頼まれて来たんです」

 ゾーラクが、出来るだけ言葉を選んで彼らが此処に来た経緯を説明する。なかなかフィンが帰って来ないので、心配したユーナと共にこの町にやってきて、フィンを探していたのだ、と。
 話が進むにつれ、フィンの顔が引きつった。大きく「ヤバイ」と書いてある所を見ると、どうやら本気で連絡するのを忘れていただけのようだ。工房の片隅の小さな机に座り、ハーブティーを飲んでいた細工師が「馬鹿だね」とため息を吐いた。
 そうして、今にも飛び出そうとしたフィンに、言う。

「フィン、対価分はまだ働いて貰ってないから、帰す訳には行かないんですよね。細工が要らないなら別ですけれど」
「ぅ‥‥ッ!」
「あー、話を邪魔して悪いが旦那、ここじゃ他にも細工は扱ってるのかね? 何、俺も持ち合わせはないんだが、ちょっと興味があってね」

 不意に龍牙が言った。ん? と細工師が、真っ青になってぐるぐる悩んでいるフィンを放っておいて振り返る。生憎、彼の好みのタイプとは際どいラインだった。
 聞かれるのは気恥ずかしいなどと嘯いて、手招きした男にそっと、交渉を持ちかける。

「俺も、多少なりとも技術は持ってるんでね。出来れば花婿さんに内密に、花婿さんの支払いを手伝ってやりたいんだが」
「‥‥まぁ、間違って対価以上に働いてしまう事もありますしね」

 割合話せる細工師は、にっこり笑ってそう言った。実際、フィンの対価はもう数日で支払える程まで減っている。何が出来るのかと職人の顔付きになって龍牙に尋ねた細工師は、それなら今日明日働いてもらえば大丈夫でしょう、と請け負った。





 そうしてフィンは、冒険者達にユーナへの言伝を託し、影からの支援も受けて、金細工の対価を支払い終え。久々に再会した幼馴染でもある未来の妻に、開口一番激しいお怒りを頂戴する事に、なる。
 旦那にお灸をすえるのは古来、嫁の役目と相場は決まっているのだった。