【騒乱】彼の手の中の世界、そして。

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月20日〜11月25日

リプレイ公開日:2009年11月27日

●オープニング

 もうすぐ、アレンタでは祝典が始まる。
 リハン領を統べる侯爵家の現当主、ハロルド・コートレード・リハン、当年とって40歳。彼が、もうじき41歳を迎える生誕の祝典が、領主家の直轄地アレンタで行われる事になったのだ。
 ハロルドは政治の向きでは非常に優秀な人物と言われていて、領民からの人望もそこそこ厚い。が、ご領主様大事の領民ですら、彼のプライベートは、と話を向けるとほんのり苦笑いして『うちの殿様はなぁ』とため息を漏らす。
 その理由はハロルドの正妻と2人の愛妾、そしてその間に生まれた5人の子供達。正確には、そのうちのさらに3人。
 ハロルドの第一子であり、なかなか次が生まれなかった事から次期領主とされていた妾腹の長女イングレッド・ロズミナ・カートレイド。その後、別の愛妾から生まれた長男ユークリッド・ハーツロイ・リハン。さらにその3日後に正妻が生んだ、現在に至るまで唯一の嫡子である次女リーテロイシャ・アナマリア・リハン。
 この三者を擁立する派閥は、それぞれにそれぞれの正当性を掲げて長らく、次期領主の座を賭け三つ巴の争いを続けてきた。現在でこそ、嫡子リーシャを次期領主に、長男リッドをその補佐に、長女インディは領内の大貴族カートレイド家に、と言う事で表向きは決着した事になっているが、裏では今なお互いの命を狙って蠢いている模様であり。
 ハロルドの生誕祝典を大々的に開く狙いは、いい加減、この事態を収拾したい領主家のパフォーマンスではないか、と言われていた。即ち、この祝典で正式に、誰が果たして次期領主であるのかを明確にするのだと――インディは他家に嫁いでいるとは言え、彼女の2人の息子には次期領主たる権利がある、と言うのがインディを擁立するロズミナ派の主張だ。
 ハロルドの誕生日の前日からアレンタでは大々的に出店やら踊りやらで領主様の誕生日を祝い、当日には領内の有力貴族や小領主達を領主屋敷に招いて祝賀の宴。そこには勿論、ハロルドの妻達と子供達も揃う事になる。
 祝典当日、果たして何が起こるのか――祭準備に浮かれる領民達とはまた別に、貴族達も己の身の振り方を考えつつ、その日を睨み据えていた。





 その書面を、最初に見付けたのはお付のレニだった。日々をリーシャのワガママとお転婆に振り回されて暮らす彼は、辺りに人影がない事を確認してからその書面をきっちり3回読んだ後、彼の主へと手渡した。
 手渡されたリーシャは、その書面に書かれた文字をさらっと読み流し、くすりと笑う。

「まぁ。とっても楽しい事になりそうなのだわ♪」
「‥‥リーシャ様はそうでしょうね」

 レニは胃の辺りを押さえながら苦悩の表情でそう言った。そろそろ真剣に、ご領主に労災について訴えた方が良いかもしれない。





 その書面を、次に見つけたのは護衛のガハルだった。リッドの日課である朝の遠乗りに護衛を兼ねて付き添った彼は、主が愛馬の手入れを終えるまでじっと待ち、部屋まで送った所でその書面を発見し、辺りに誰も居ない事を確かめた上でその書面に目を通すと、怒りの表情で彼の主へと手渡した。
 手渡されたリッドは、その書面に書かれた文字をさらっと読み流し、爽やかに笑う。

「そろそろ来る頃だと思っていたよ。ガハル、準備は出来ているかい?」
「‥‥リッド様の仰せのままに」

 ガハルは腰に刷いた大剣を押えながら、がっくりした顔でそう言った。彼の主の唯一の欠点は、異母妹と同じか時としてそれ以上に、まず自分を囮にして事態を解決しようとする所だった。





 その書面を、最後に受け取ったのはインディだった。正確には彼女の2人の異母弟妹達が、揃ってやって来てその書面を彼女に見せて、覚悟は良いかと聞いたのだ。
 勿論、と彼女は頷く。それにリハンを動かす異母弟妹は、ありがとうインディ異母姉様、と同じ様な顔で笑顔を返す。
 勿論、彼女に後悔はなかった。だがやっておかなければならない事は幾らでもある。まずは夫カートレイド伯爵と、彼女の2人の息子達を騒乱から遠ざける事。そして父ハロルドに会う事。
 インディは素早くそこまで考えると、一刻も時間を無駄にせぬよう立ち上がった。彼女の予想が当たっているなら、まず危険なのは彼女の息子達だ。それを承知の上で、あえて泳がせていた事実もあるのだけれど。
 あの異母弟妹達は、領主代理として動く時は例え甥であっても容赦しない。そうあるべく、彼女もかつて教えられたし、彼女も異母弟妹達にそう在るよう求めた。
 だが彼女は。インディはもう、次期領主ではない。
 だからインディはそっと部屋を滑り出て、息子を探して生まれ育った屋敷を歩き始めた。





 その書面を、彼の目の前の子供達には見せていなかった。リハン領主家の幼い異母弟妹と、彼が忠誠を捧げたインディの2人の幼い息子達。キラキラとまっすぐな信頼の眼差しで彼を見上げてくる4人の子供に、彼はいつもと変わらず、穏やかな笑みで膝を突いた。

「もうすぐ、お約束を果たす時です、トール様」
「ほんとう?」

 彼の言葉に、インディの8歳になる長男ラストール・カートレイドは嬉しそうに笑った。トールが物心つくかつかないかの頃から、彼はトールに約束していた。いつか、トール様にとっておきのプレゼントを差し上げますよ、と。先日の誕生祝の宴でも、プレゼントをねだるトールに彼はそう言い聞かせたものだ。
 取って置きのプレゼント――このリハン領の次期領主の椅子。本来なら彼が忠誠を誓った貴婦人が受け継ぐべきだったその地位を、後から生まれた小娘がただ、血統の正しさだけで掠め取った。
 リーシャが生まれ、インディが次期領主の座から外されたあの日の、インディの小さな背中を彼は今でも昨日の事のように覚えている。何も言葉をかけられずにいた彼に、インディはやがて小さなため息を吐き、これからはリハンを統べるのではなく、支える術を学ばなければね、と呟いた。
 その日以来、彼は誓ったのだ――不当に奪われた地位を、必ずこの人に返して差し上げるのだと。以来、彼はじっと息を潜め、表向きは従順におもねながら、その時を待ち続けた。
 やがてインディはカートレイド家に追いやられ、だがラストールが生まれた。それはやはり、インディがリハンを継ぐべきだという精霊の意思だと感じられた。
 数日後に行われる、ハロルドの生誕祝典。その場でリハンの次期領主を定めるというのなら、その地位に最も近い場所に居る2人の異母弟妹を取り除く。そして不当に奪われた地位を取り戻し、正統な人に戻すのだ。
 そう思い定め、彼は4人の子供達に穏やかに微笑んだ。トールを次期領主とし、インディの12歳の実妹キシュレーゼ・ミスティカをその妻にして血統を固める。残る2人の子供は、ハロルドと領主家に対する人質として役に立つだろう。
 彼が胸のうちで思い描くリハンの未来を、知らぬ4人の子供は顔を見合わせ、とっておきのプレゼントって何かしら、楽しみだね、と微笑み合った。





『拝啓 領主代理殿

 正統たるリハン領の未来を担う方の為、不当に地位に付きたる御身の御命、頂戴致します。

 敬具 リハンを憂える一騎士より』

●今回の参加者

 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec1984 ラマーデ・エムイ(27歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec6278 モディリヤーノ・アルシャス(41歳・♂・ウィザード・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

 父が屋敷の執務室に居た事は、実を言えば殆どない。だが屋敷での父を思い出す時、それは決まって執務室でなにがしかの書類を見ている時だった。
 まだ彼女が幼く、次期領主と呼ばれた頃は時々、父を訪ねて執務室に足を運んだ。その頃の事が蘇り、まるで幼い子供に返ったような気分でインディは、父様、と呼びかけた。

「‥‥やぁ、可愛いインディ」

 あの頃と同じ様に返ってくる言葉。懐かしさに目眩すら覚えながら、だがもう幼くはない彼女は優雅に貴婦人の礼を取る。それで父は察してくれるだろう。
 予想通り、父は悲しそうな顔になった。それを見て胸を痛めながらインディは、父が遥か昔からの約束の言葉を告げるのを待っていた。





 アレンタに着いた時、冒険者達を出迎えたのはリーシャだけだった。もはや長いつきあいの冒険者には「お久しぶりなのだわ」と微笑み、初めて会う相手にはふわりと優雅に礼をする。
 自らも命を狙われているというのに暢気な事だが、彼女はこんな事態に慣れている。良くも悪くも肝が据わっているのだ。
 冒険者ギルドに届けられたのは、2人の領主代理に共に届けられた怪文書の事実。だが幾度も領主家に関わっている者の中には、そこに記された『騎士』が一体誰の事を指すのか、予想している者もいる。

「以前も気になったのだけれど、トラウス殿はどんな方なんでしょうか?」
「私からも質問を。この件、どこまで内密にとお考えですか?」

 モディリヤーノ・アルシャス(ec6278)とエリーシャ・メロウ(eb4333)が真剣な眼差しでそう尋ねたのに、リーシャはにっこり微笑んだ。

「トラウスはインディ異母姉様に誰より忠誠を誓う騎士。何があってもインディ異母姉様の為に剣を取るのだわ‥‥脅迫状の件はちびっ子以外の領主一族の他はレニとガハルしか知らないのだわ。張り巡らせた網は、一気に引き上げないと逃がしてしまうでしょう?」

 だから出来れば内密に、とクスクス笑う領主代理だ。だが、という事はリハン侯爵もこの件は承知な訳だ。ハロルドへの面会は叶うかとエリーシャが重ねて尋ねると、今はお忙しいから後でも良いかしら、と意味深な笑みが返る。
 それから「まずはどこか落ち着ける場所へ」と促すリーシャに、だがラマーデ・エムイ(ec1984)は首を振った。

「先にインディさんの所に行って、トラウスさんが居るか確かめてくるわ☆」

 彼女の言葉に、解ったのだわ、と頷きが返る。前回インディを訪れる時はリーシャかリッドと共に、というのが条件だったが、今日は多くの人間が出入りしている。カートレイド伯爵家の滞在する棟に行っても問題はないだろう。
 一行は、以前と同じ棟に滞在していると言う。そこまで確認して愛犬と共に走って行ったラマーデを見送って、それで、とリーシャは残る人々を振り返った。

「皆様はどうなさるの?」
「私はリーシャ様と、出来ればインディ様の護衛に当たります」

 手を上げたのはゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)だ。「あくまで一個人の意見ですが」と前置きした上で語ったのは、脅迫状から推測される事柄。普通ならば現在の次期領主であるリーシャが狙われるのは必至。だがそんな事をすればロズミナ派、或いはハーツロイ派の仕業だとすぐに判明するだろう。ならばまずはインディかリッドを狙い、その上で真の狙いであるリーシャを殺害するのではないだろうか?
 だから監視の意味も兼ねて、インディとリーシャを。この申し出にはリーシャはやや難色を示したが、モディリヤーノからも重ねて「動き回らないで下さい」と頼むと渋々頷く。この領主代理はとかく、自分で動き回るのが大好きなのだ。
 結局、リーシャとゾーラクとエリーシャがハロルドの元に向かい、残る全員でまずはトラウスを探す事になった。よろしくお願いするのだわ、と微笑むリーシャにふと、尋ねる。

「ところで、ユークリッド殿のお姿が見えませんが?」
「異母兄様は遊びに行ったのだわ」

 エリーシャの誰何にリーシャはにっこり微笑んだ。冒険者達の到着を待たず、領主代理はすでに動き出していた。





 土御門焔(ec4427)は何となく予感に駆られて、サンワードで弟妹達の居場所を探してみようとした。彼女はこちらに向かう前、リハン領主家に関する依頼の報告書に一通り目を通し、自分なりに推論を立ててやって来た。その中で、やはり怪しいのはトラウスという騎士であり、そうである以上その時隠された子供達の事が気になるのは自然な流れと言える。
 弟妹達の名前で魔法を使ってみるが、陽精霊の光の届く場所には居ないのか、判らないという返答だった。となればやる事は決まっている。即ち弟妹の事を内密に尋ねて回るのだ。
 結果を報告しようとまずはインディの元に向かったラマーデにテレパシーを送る。だが返って来たのは泡を食ったラマーデの『大変ッ! トラウスさんは勿論、子供達も誰も居ないんですってー!』という悲鳴のような言葉だった。

「‥‥ッ、ではトラウスさんが怪しいですね」
『そうねー。あたしもオロに子供達の匂いを追いかけてもらうわ、オロ、行くわよ!』

 テレパシーでは相手の様子までは判らないが、バタバタと駆け出したような口調で会話は途切れた。恐らく愛犬と一緒に伯爵家の滞在する棟を駆け出し、まずは子供達の匂いのするものを探しに行ったのだろう。
 焔はリーシャの護衛についている筈のゾーラクに呼びかけ、子供達の不在を報告した。そこから仲間達に伝達してもらうよう頼み、改めてトラウスの名前で指定してサンワードを使ってみるが、やはり判らないという答え。やはりどこか、建物の中に居るのだろうか。

「ゼッティ様とシュー様、判るかな? お見かけしなかった?」

 子供達の不在を知ったモディリヤーノも、町に出て特に年頃の近い子供達を中心に声を掛けて回り、お会いしてみたいんだけれど、とさりげなさを装って尋ねて回る。街中にはあちらこちらに人ごみが居て、他所から祝典の為にやって来たという子供は首を捻るばかりだったが、アレンタの子供達は揃って大きく頷いた。

「あっちの方で見たよ」
「あたしはこっち」

 綺麗な服を着ているとか言う以前に、リーシャ効果もあいまって領主家の子供達を仲間のように感じているらしい子供達は、それぞれに方向を示しながら知らない大人と一緒に居た、と教えてくれた。だが一緒に居たのはどんな大人だった、と尋ねても「お屋敷の衛兵に似てる人」といった返答が帰ってくるのみだ。
 それでも、子供達が街中に連れ出されたのは確かな様である。テレパシーでモディリヤーノに経過を確認した折、そう告げられたゾーラクは仲間にさらにテレパシーで伝達し、さらに部屋の中に居るリーシャとエリーシャにもその事実を告げた。

「リーシャ様、事態は差し迫っています。トラウス卿に手を貸しこのような大胆な悪事を成し遂げる者のお心当たりはありませんか?」
「ありすぎる位なのだわ」

 少女はにっこり微笑んで女騎士に頷く。広大なリハン領内にはさらに小領主と呼ばれる貴族が存在していて、それぞれがそれぞれに派閥を名乗り、アナマリア派、ハーツロイ派、ロズミナ派として三つ巴の争いをしている。関わっていないのは当のリハン侯爵家くらいで、カートレイド伯爵家はロズミナ派にとってはまさに旗印。
 誰が手を貸してもおかしくはない、とリーシャは言った。ロズミナ派に限るなら以前にリッドにちょっかいを出したティルグレイ伯爵家、インディとシューの生母アーガインの実家バーネッタ子爵家。他の派閥でも、まずは邪魔な相手をトラウスに取り除かせた上で自らの推す候補を立てる、というぐらいは計算するだろう。
 とはいえ。

「そちらはリッド異母兄様が邪魔しに行っているし、ガハルが傍にいるから多少血が上った悪い人が居ても大丈夫なのだわ。むしろ尻尾を出してくれれば好都合――それよりちびっ子達を捕まえないと、母様達に恨まれるのだわ」

 顔をしかめて息を吐いたリーシャである。ただ居なくなっただけでも大騒ぎをする母親達だ、彼らにもしもの事があればどんな騒ぎになるか想像もつかない。
 ゾーラクもそれを思い出し、テレパシーで子供達に呼びかけられるか試した。だが一度顔を合わせただけの相手では、テレパシーを繋ぐ事は難しいようで上手くいかない。
 町での目撃証言を元に、焔もパーストなども使いながら子供達を捜す。途中、ラマーデが合流して「オロがこっちですってー」と言いながら愛犬を追って駆けて行くので、一緒に追いかけながら時々立ち止まり、サンワードを試す。もし建物の中に居るとしても、いつまでも篭っては居ないだろうし。
 やがてオロが町外れの長屋までやってきて、うろうろ匂いを探し始めた。方向を定めるのを待つ間に、テレパシーで現在地を連絡し、サンワードを唱える。半分以上は諦めの気持ちで。
 だが。

『すぐ近くよ。南』

 キシュレーゼ・ミスティカを指定したサンワードは、そんな答えを囁いた。はっと目を見開き、南を見ると壁がある。その向こうは庭になっているようだ。
 同時にオロが離れた長屋の入り口まで駆けて行って力強く吼えた。この家だと知らせているのだが、サンワードが指定した場所とは違う。どちらが正しいのか、戸惑う焔にラマーデが思い出した。

「前にリーシャさんを探した時は、長屋の中を通り抜けてとんでもない所に出てきちゃったのよねー」

 ならばこの壁の向こうの庭への入り口が、あの離れた長屋なのかもしれない。もしくはトラウス達はあそこから中に入り、リーシャのように長屋の中を通り抜けて、この壁の向こうに出てきたのかもしれない。
 テレパシーで仲間に連絡する。そう言えばそこも空き家だとリーシャ殿が仰っていたね、とモディリヤーノが頷いた。エリーシャとゾーラクも、リーシャを伴いこちらにやって来るという。
 仲間達の到着を、2人はじりじりした気持ちで待っていた。





 その建物の庭で、騎士は子供達と一緒に居た。シュー、トール、ゼッティ。残る1人はまだ見ぬ伯爵家の弟だろうか。
 彼らはそこで穏やかに、陽光を楽しむように庭を眺めていた。真っ先に駆け込んでいったオロを見て、あっ、犬だ、とゼッティが嬉しそうに駆け寄った。ピン、と来たラマーデがオロにそのまま外に行くよう命じると、子供はオロを追いかけていく。
 残る3人はまだ、その場で現れた大人達を不思議そうに眺めていた。だがシューが現れた異母姉の姿に、何かを悟ったように目を見開く。見開き、冒険者達の姿を見て、その中にお気に入りだった『侍女』を見つけてため息を吐く。

「私達、犬と遊んでるわ。行きましょ」

 シューは大人びた領主家のお嬢様の顔でそう言って、伯爵家の子供達を促した。それに子供達は少し唇を尖らせたが、大人しくついて姿を消して。

「残念です、トラウス卿‥‥リーテロイシャ殿。今この時のみ、私を貴女の騎士に任じて頂けますか?」

 穏やかに子供達が去るのを見送ったトラウスに向けたエリーシャの言葉に、男は変わらず穏やかに微笑んだ。愚鈍な男ではない。自分が置かれた立場を理解して、その上で切り抜けてみせようという笑みだ。
 無言で腰の剣に手をかける仕草には迷いがない。気配を察し、エリーシャが剣を抜いたのは同時だ。切っ先が触れ合いそうな位置で険しい眼差しを向ける女騎士の背後で、もし動いた時には魔法で捕縛なり援護なりをしようと焔とモディリヤーノが身構える。ゾーラクがムーンフィールドでリーシャを守った。
 外からは場違いに、子供達の歓声とはしゃぎ声が聞こえてきた。どうやらラマーデが、愛犬で上手く子供達の気を引いてくれたようだ。ほっと誰からともなく胸を撫で下ろす――余り子供に見せる場面では、ない。
 リーシャは女騎士に頷いた。今、この時だけ、エリーシャは少女の忠実な騎士。少女の代わりに、少女の為に騎士としての決闘をトラウスに申し込む。
 残念です、とトラウスも穏やかに微笑んだ。

「メロウ卿。貴女には私の忠誠を理解して頂けると思っていましたが」
「卿の忠誠は間違っていると言わざるを得ません!」

 決闘。騎士が騎士としての名誉を、或いは主の名誉を賭けて戦う神聖な儀式。厳粛な面持ちで剣を構え、簡素な礼を取った2人の騎士は、その言葉を最後に流れる動作で剣を交わした。
 ガキッ! 剣がぶつかり合い、力押しになる前にまた離れる。どれ程もどかしくとも決闘中に外からの手出しは禁物だ。いつでも魔法を放てる準備だけしながら、仲間達は心配そうに勝負の行方を見守った。一合、二合‥‥五合、六合‥‥剣がぶつかり合うたび、激しい音が狭い庭一杯に響き渡る。
 いずれ劣らぬ実力の持ち主。だがやがて、エリーシャの剣がガキィッ! と大きくトラウスの剣を弾き飛ばした。

「‥‥ッ!」
「神妙になさい!」

 喉元に剣の切っ先を突きつけて、女騎士は宣言した。流石に動きの止まったトラウスに、今とばかりに駆け寄った魔法使い2人が両側から腕を掴む。振り払おうとすれば簡単だっただろうが、トラウスはそうはしなかった。
 パチパチと場違いにのどかに手を叩いたリーシャが、この場限りの彼女の騎士を労った。それから動きを止めたトラウスを振り返る。

「とっても残念なのだわ、トラウス。貴方は異母姉様に忠実な騎士ではなかったわね」

 リーシャがにっこり微笑んだ。その微笑みはいつものお転婆娘のものではなく、底の知れない領主代理としての笑み。そうして思わせぶりに、ちら、と少女が視線を向ける。
 はっと振り返ると、そこにはリッドとインディが居た。突然現れた主の姿に、トラウスが初めて愕然とした表情になり、それから気付いたようにリーシャを振り返った。睨みつける。
 さらっと憎しみの視線を受け流し、少女は威厳を持って宣言した。

「イングレッド・ロズミナ。トラウス・シュペリエルに命じてリハン領転覆と領主、ならびに領主代理の殺害を企んだ罪で、あなた達を捕えるのだわ」
「伯爵夫人からは一切の権限の剥奪を。カートレイド伯爵家には与えた居室から出ないよう命じます。これはリハン侯爵の命でもあります」

 少年が自らの名を持って少女の隣に立ち、言葉を添えた。次期領主と次期領主補佐、2人の連名によって発せられた命は、領主命令と同等の権威を持つ。その上さらに当のリハン領主までもが命を下している、という。
 馬鹿な、とトラウスが喘いだ。だがリッドがその旨を記した命令書を見せると、がっくりと膝を突く。膝を突いて、確かめる様に振り返った騎士をちらりと見て、インディは微かに微笑んで。

「‥‥畏まりました」

 静かな面持ちで頭を垂れ、リーシャとリッドの前に跪いた。遠くから子供達の無邪気な声が聞こえていた。