【浚風】始まりの、その前の嵐。
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■ショートシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:10月11日〜10月16日
リプレイ公開日:2009年10月17日
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●オープニング
一年程前、自分は結婚の約束をした少女を亡くした。町を襲い、悪虐を尽くした盗賊どもに汚された彼女は、それを苦に自ら命を絶った。
春頃、彼女の死に何もかものやる気を失っていた自分に立ち直って欲しいと、双子の片割れが文字通り命を賭けた。また半身を失う寸前だった自分に、片割れを救ってくれた冒険者達は、いつか力になると約束してくれて。
あれからまた、半年が過ぎ去り。ウィルへと旅立つ事を決めた自分に、片割れと幼なじみは言った。
「きっと、キーオなら出来るよ」
「セーラの事は心配しないで、思いっきりやりきるまで帰ってくるんじゃないわよ」
彼女達に、自分は勿論と頷いた。勿論、やりきるまで帰るつもりはなかった。
失われた少女の為に、失わせた盗賊どもを倒す。せめて一矢なりとも報いてやる――そうでなければきっと、いつまで経っても自分はどこにも進めない。
それを聞いた町の誰もがキーオの無謀を案じ、諭した。だが、こんな時は真っ先に反対しそうな自分の片割れと幼なじみだけは、最初から応援してくれた。
だから、なんとしてもやり遂げる。そう決意して、生まれ育った町を一歩、踏み出した。
その日、冒険者ギルドの受付嬢ティファレナ・レギンスは数日ぶりに職場に顔を出した所だった。個人的に少し落ち込む事があって、と言っていつまでも無断欠勤するわけには行かない、と奮起したその日である。
心配や慰めの言葉をくれる同僚に微妙な笑顔を浮かべて頷きながら、カウンターに据わっていた彼女の前に、ストン、と彼が座ったのは間違いなく偶然だ。
「すみません、ちょっとお伺いしたい事が‥‥」
「‥‥はい、どうされました?」
幸い身に染み付いた営業スマイルは、こんな時でも問題なく滑り出てきた。それはそれでどうなのかと自分自身に嫌悪に似た何かを抱きもしたが、今は関係のない話。
彼はティファレナの様子にはまったく不審を抱いた様子もなく、実は、と切り出した。
「春頃、こちらの冒険者に姉を助けて貰って‥‥その、盗賊団の事で、聞きたくて‥‥」
「‥‥‥?」
要領を得ない話に、盗賊団に襲われた娘さんの救助依頼なんてあったっけ? とティファレナは半ば本気で首を捻った。盗賊に関する依頼は幾つかあるが、とっさに該当の依頼が思い出せない。
春頃、盗賊。そう言えば知り合いの何でも屋が盗賊団に絡まれたのは――あれはまだ冬だっけ?
そこまで考えてから、ああ、と声を上げた。もしかして。
「精霊様を探しに行かれたお嬢さんの」
「セーラの弟のキーオ、です」
その節はお世話に、と恥ずかしそうに視線をさ迷わせる少年キーオに、なるほどなるほど、とティファレナは何度も頷いた。というかキーオ、話が大分混ざり過ぎている。
春頃、婚約者を亡くして呑んだくれの引き篭もり生活に突入した弟を立ち直らせるべく、狼のうろつく危険な山へ単身登っていった友人を助けて欲しい、という依頼がもたらされた。幸い少女は無事に保護され、その弟も立ち直るきっかけを掴めた様子だった、というのがその結末だが――
その諸悪の根源に居るのが、とある盗賊団。頬に禍々しい傷を持つ首領を含む男6人組と、盗賊を『パパ達』と呼ぶ1人の少女で構成される、極悪非道の連中。
一度は半数を捕縛したものの、新たに仲間を加えてさる山村を襲ったのはまだ、記憶に新しい。その盗賊団の、何を聞きたいと言うのか?
ティファレナの促す視線に、キーオはきゅっと唇をかみ締めた。
「今、奴らがどこに居るか、ここで判りますか」
「‥‥失礼ですが、それを知ってどうなさるんです?」
「俺‥‥俺は、どうしてもあいつらに、思い知らせてやりたいんです」
澄んだ瞳に映る、暗い感情。それを、ここで何人もの依頼人を見てきたティファレナはなんと呼ぶのか知っている――復讐。
この少年は、盗賊団に復讐するつもりで居る。その為に、盗賊団がどこに居るのかを知ろうとしている。その気持ちは理解出来ないでもないけれど――
ティファレナはわずかに瞳を伏せ、思いを巡らせた。だが浮かんできた何かの感情は気付かなかった振りをして、意識して笑顔を浮かべる。
「残念ですが、こちらではキーオさんのお知りになりたい事は判りません」
「‥‥ッ、でも少しでも‥‥ッ」
「残念ですが。けれども、キーオさんが宜しければ私の知り合いを紹介する事は出来ます。何でも屋をしているシルレイン・タクハという方ですが――キーオさんの仰る盗賊団を、捕まえようとしている方です」
どうしますか、とティファレナは問いかけ、迷う表情になったキーオをじっと見つめた。少年はその視線に気付かず、しばし迷うようにじっと視線をさ迷わせ。
やがて、お願いします、と深く頭を下げた彼に、ほっと息を吐く。それから笑顔で「それではちょっと待ってて下さいね」とキーオに告げて、知り合いを呼び付けるべくシフール便を送りに行った。
シルレイン・タクハがセトタ語を読めるようになって一番助かる事はシフール便での仕事やら連絡やらを受けられるようになった事だが、一番困る事もまたシフール便での仕事やら連絡やらを受けられるようになった事だ。つまり、嫌な話も解らなかった振りが出来ない、という意味で。
故に知り合いのギルドの受付嬢からシフール便で呼び付けられて、友人の子守を放り出して駆けつけた青年に、何故か翳りがある様に見える、だが一見していつも通りの笑顔を浮かべたティファレナは、しれっと一人の少年を紹介した。キーオと名乗る、見知らぬ少年。
はぁ、と取り合えず頭を下げたシルレインは、だがティファレナの説明を聞くうち、唇の端を引きつらせた。幸い、キーオには気付かれなかったようだが。
「という訳でシルレインさん、同じ盗賊退治を目指す者同士、ご一緒に行動してみては如何ですか?」
「ちょ‥‥ちょっと待ってくれよ姐御!」
爽やかにそう締め括ろうとしたティファレナに、焦ってシルレインは縋る。はい? と首を傾げる彼女がわざとやってるのか素なのかは謎だ。
その彼女を捕まえて、ぐっと声を絞ってキーオには聞こえないよう、囁いた。
「‥‥姐御。オレがその、盗賊団の鍵開け師だったって事は」
「勿論言ってる訳ないでしょう。一応、ギルドでも秘密扱いになってるんですから、シルレインさんも気をつけて下さいね」
実際には秘密扱いどころかこの青年の性格的に完全に筒抜けだったりもするのだが、まぁ、そこはそれ。
げ、とますます顔を引きつらせて心なしか蒼褪める青年に、ティファレナはにっこり笑顔で駄目押しする。
「前々から思ってましたけれど、シルレインさん、本気で盗賊退治をされるならナイフ投げ以外にもキチンと武器を扱えるようになった方が良いと思いますよ? こちらのキーオさんもあまり心得はないみたいですし、この辺りで少し鍛えて貰って、ついでにキーオさんとも色々話して見られたらどうです?」
――どう見ても何の戦いの心得もなさそうな青年と少年を前にした、数多の冒険者を見てきたギルド受付嬢の言葉に2人は顔を見合わせて、情けない顔になって「‥‥‥はい」と頷いたのだった。
●リプレイ本文
練習場所の下町の小広場で、2人は冒険者達を待っていた。その2人に、モディリヤーノ・アルシャス(ec6278)が挨拶の言葉をかける――より早くフォーレ・ネーヴ(eb2093)が、死角からぴょいとシルレインに飛びつく。
「‥‥っ、師匠!?」
「う♪ ちゃんと鍛錬は怠ってないみたいだね。これからも欠かさずにね?」
若干バランスを崩したものの、ギリギリ足を踏ん張って彼女を受け止めた青年に、フォーレはご機嫌顔で頭を撫でた。これで反応出来なかった日には地獄の特訓の日々が待っていたのだが。
そのやりとりを見ていたキーオに、些か気遣うような声色と表情で、改めてモディリヤーノが声をかけた。
「キーオ殿、久しぶり。町の方々もお変わりない?」
顔見知りの冒険者の言葉に、初めて少年がほっとした顔になった。彼が力になると言ってくれた、その言葉に縋ってここまでやって来たのだ。その節は、と頭を下げる少年に、一緒に頑張ろう、と微笑みかける。彼の気持ちは想像するに余りあって、叶う限り手助けしたいと思っていた。
とは言え、その目的は余りにも、暗い。
(‥‥復讐という感情は否定しないが‥‥)
盗賊を捕縛する為に訓練して欲しいという依頼を受けて来たものの、どこか躊躇いを覚える冒険者達の思いを、オルステッド・ブライオン(ea2449)の胸中が代弁していた。
何かを成す為に、個人的な感情を動機にする事は構わない。それが大事な時もあるし、彼ら冒険者にだって覚えのある事だ。だが、復讐という感情と行為が生み出す物は、負の連鎖。一度始めてしまえばそれは、殺し殺され業の深みにはまるか、大切な物を失うか。
生半可な覚悟でやって良い事ではない。その為にも厳しくさせて貰う、と強い眼差しでオルステッドは少年を見据える。エリーシャ・メロウ(eb4333)が危惧しているのもその部分だった。
「‥‥キーオ殿、何を犠牲にしてもやり遂げる覚悟があるのですか?」
「あります」
少年は強い瞳で即答した。それは揺るがぬ覚悟とも、覚悟のない軽挙とも取れる。エリーシャは一旦頷いた。
彼女とオルステッドが、直接的な戦闘指導に当たる。そして戦術理論を教える、と手を挙げたのが加藤瑠璃(eb4288)。得意と言う訳ではないが、何も知らないよりは、初歩だけでも知っていた方が良いだろう。
冒険者達を見回して、キーオは「宜しくお願いします」と深々頭を下げた。隣でシルレインが「ッす」と頭を下げる。見ていた子供達が、どうやら面白い遊びが始まるらしい、とワクワクした目になった。
◆
ラマーデ・エムイ(ec1984)は大量の画材の中に埋もれていた。否、小柄な彼女だからそう見えるだけで、ちゃんとお仕事していたのだが。
「後で練習に役立つように、っと」
彼女がじっと視線を向けている先は、まずは模擬戦で実力試しと称したオルステッドと、向き合っただけですでに腰の引けている青少年達。持っている剣は何でも好きな物を取れと言われて各々選んだ物。
あれだけで気迫負けしてるんじゃねー、と呟きながら手だけは忙しく動かし、石盤に2人の姿勢を描き取る。ラマーデは戦闘は不得手だが、心得位は聞いた事がある。
その一つが、剣にせよ弓にせよ、姿勢を保たなければならない、という事。姿勢が崩れれば、それだけで名うての剣豪でも素人に負けるものだ。だから今の2人の様に、完全にへっぴり腰で手だけ前に突き出している、という構えは最悪。
だが、こういう事は端から見ればすぐに判るが、本人は気付かないものだ。その手助けに、訓練中の彼らを描いて後で復習出来る様に、と言うのだが。
「‥‥どうした、来ないのか‥‥?」
いつも以上に厳しい表情で2人を挑発し、石畳を蹴って迫ってきた男に、ビク、と無意識に足を引いた2人はバランスを崩して転倒した。あれは、多分描かなくても良い。
夫の手助けをしにやって来たアリシア・ルクレチアが、置かれた大量の武器を丁寧に並べながら夫を見やる。彼が厳しく当たるのは、復讐への覚悟を計ると言うよりは、辛い思いをさせたくないと言う気遣い。夫は事前に、復讐を断念し、すべてを忘れて田舎で穏やかな日常を過ごすのも幸せの一つだ、と語ったものだ。
だが2人の前に立つオルステッドは、そんな思いやりなど欠片も伺わせぬ冷たい眼差しで、もう一度だ、と言い渡す。そうして、打ち掛かって来る青少年達を容赦なく叩きのめし、地に沈め、また立ち上がらせ。
やがて一歩も動けなくなり、ヘたり込んだ青少年達を見下ろした。
「‥‥判るか? これが貴様等の現状だ‥‥」
彼らが追う盗賊団は、冒険者とすら互角に戦ってみせる連中だ。冒険者に一太刀も浴びせられずにヘたり込んだ彼らが、そんな相手に敵うつもりでいるのか?
クッ、とキーオが唇を噛んだ。モディリヤーノがそんな少年の肩を叩く。
「大丈夫、上達しているよ。慎重に、確実にいこう」
「ええ。最初の頃に比べれば打ち込みがまともになってきています。特に最後は良かったですよ」
ラマーデの最初の走り描きを見ながら、エリーシャもフォローした。身の程を知らしめて諦めさせるのも一つの手だ――が、それで嫌気が差して単身飛び出すのは、死地に飛び込むのと同義だ。
ふん、とオルステッドは手にした槍を下ろした。これ以上脅しつけるのは今は逆効果。「‥‥貴様らがへばったら大事な人達も終わりだ‥‥覚えておけ‥‥」と訓練の終了を告げる。
モディリヤーノが励ます様に微笑んだ。
「明日は僕の魔法攻撃との連携もしてみよう。必要になるかも知れない」
「‥‥はい」
キーオは悄然と頷いた。
◆
フォーレが弟子達に教えたのは、基本的な罠についてである。
「罠にも色々な種類があるんだけれど、まずにーちゃん達に覚えて欲しいのはどこに、どんな罠を仕掛けるのが一番かって事かな」
罠で大切なのが仕掛ける場所だ。目的も鑑みて、もっとも効率的で、もっとも見つかり難い場所を見定め、適した罠を仕掛ける。ここまで出来たら一先ず「罠が仕掛けられる」と名乗って良い。
が、それを短い依頼期間中に会得させるのは無理。ならまずはたった一つを間違いなく叩き込み、自分のものにさせた方が良い。
故に、代表的な罠の種類や性能、最適な設置場所などをざっと説明した後で弟子達を一軒の家まで連れて行ったフォーレは、じゃあ実践ね、と告げた。真剣に頷くシルレインと、戸惑った様子のキーオ。
「まずは兎に角自分で考えてしてみよ?」
「え‥‥教えて貰えるんじゃないんですか?」
案外スパルタに、いきなりチャレンジさせるフォーレにキーオがますます戸惑い顔になった。だが重ねて促すとしぶしぶ動き始める――直接攻撃ではない訓練は、盗賊退治とイメージが結びつかないらしい。
逆にやる気満々で「出来ました師匠!」と尻尾を振って報告しに来る弟子が1人。
「うん、にーちゃん、ダメーだよ♪」
「マジッすか!?」
心なしか先の戦闘訓練より活き活きしている様に見えるのは、やはり、レンジャーに憧れているせいか。青年の中のレンジャー像、一度矯正しておいた方が良い気がする。
その後、キーオが四苦八苦しながら仕掛けた罠にもダメ出ししたフォーレは、手早く弟子達の罠を解除すると、正しい罠の仕掛け方をやって見せた。そこからさらにもう一度、今度は付きっ切りで実践させる。
次は罠の解除。冒険においては、洞窟等でトラップを解除するのもレンジャーが担当することが多い。罠を仕掛ける時には必ず解除方法も合わせて習得しているものである。
とは言え、これは下手に手を出させると本当に罠に引っかかりかねない。なのでまず口頭で方法を説明し、説明を加えながら罠の解除を実践し、さらに何度かやって見せてやっと弟子達に実践に取り掛からせた。1人ずつ目の届く範囲で、文字通り手取り足取り、だ。
「こういうのは積み重ねが物を言うんだよ♪」
そう言い、さしものシルレインすら飽きる程に繰り返し練習をさせながら、時折休憩しては基本以外の罠の設置や、複数の罠を組み合わせて設置する事なども雑学として教えておく。今は基本が理解出来ればそれで良いが。
この訓練は、シルレインには非常に興味深いものだったようだ。だが最後までやってみても、キーオの反応は今一だった。
◆
瑠璃が語ったのは、天界で彼女が昔読んだ事があるという戦術書の話だった。
「まず二人に認識して欲しいのは、自分がまだまだ弱いと言うこと。弱い者が強い者に勝つにはどうすれば良いか、いかに被害を押さえて勝つか、それを考えるのが戦術なのよ」
その言葉に真剣な眼差しで頷いた2人だったが、真価が問われるのはまだ先の話だ。今でこそしこたま叩きのめされて自分の実力の程は身に染みて理解しているが、時間が経てば記憶は薄れる。だが、知らないよりは知っていた方が、同じ暴走するにしても無意識のストッパーが働いて被害は少なく済むものだ。
2人の生徒を前にして、瑠璃は戦術書の言葉を引用しつつ、噛んで含めるように言い聞かせた。
「『敵を知り己を知れば、百戦危うからず』と言うわ。敵の力量、弱点を知り、自分が何をできるのかが分かれば、自ずと戦い方が見えてくるわ。シルレインさん、あなたが今までに『調べた』盗賊団の情報、教えてくれるかしら? 出来るだけ詳しく」
「へ‥‥? あ、はいッす。えっと‥‥」
突然向けられた言葉に首をひねった青年は、瑠璃の目配せに意味を理解して頷いた。そうして視線を宙に据え、ぽつぽつと話し出す。それを、瑠璃とキーオは黙って聞く。
そして瑠璃は、ありがとう、と頷いた。
「『勝兵はまず勝ちてしかる後に戦いを求め、敗兵は戦いてしかる後にを勝ち求める』と言うわ。まず先に勝てる算段をつけてから戦いなさい、って事ね。もちろん敵だって常に勝てる算段を考えて動いているはず。『上兵は謀を伐つ』と言う様に、敵の謀略を封じるのが最高の戦術なのよ」
そうして2人の生徒に宿題を出す。『盗賊団の弱点は何で、彼らは次は何を狙うのか』。勿論瑠璃も考えるが、実際に盗賊団に居たシルレインや、被害を受けたキーオだからこそ思いつく事もあるだろう。
キーオは暗い眼差しで、はい、と深く頷いた。
◆
残念ながらこれ以上は芳しい情報は得られないわ、と手伝いに来たネフティス・ネト・アメンはため息を吐いて帰っていった。エリーシャやシルレインから聞いた情報を元にフォーノリッヂで色々試してみたのだが、レイリーだけはどこかの町を見下ろしている場面が見えたのだが、それ以外のメンバーの名前では全く埒が明かなかった。シルレインに寄れば、彼の知る盗賊達の呼び名は本名ではないと言うから、それでだろう。逆に、レイリーは本当の名前『シャラ』を彼女自身も知らず、本名だと思っている為、未来視が叶ったのに違いない。
それでも僅かに得られた情報を元に、ラマーデはここでも絵描きの経験を発揮してネフティスの言った光景を絵に起こしていく。後でエリーシャや、他に盗賊達と顔を合わせた事のある仲間から特徴を聞いて、人相書きも作る予定だ。
そのエリーシャは訓練の合間を縫って、手配書の草案を書いていた。ラマーデの人相書きが出来上がったら、これを添えてキーオの町の領主に改めて嘆願書を送る予定だ。ギルドにも手配書を渡して、協力を得られるか交渉をしてみる予定。
そして最大の問題は――と封蝋を施した書状に視線をやる。彼女は、彼女の主君にも嘆願書をしたためた上で、盗賊団の発見と告発への助力と、発見時のギルドへの連絡を願い、奏上しに行くつもりだった。実際には主君は大変に忙しく、いかに家臣といえど願ってすぐに会える相手ではない。その場合は書状を託し、主君に目に留めてもらえる事を願うより他は無い。
だがやるだけの事はやって置きたい、と再びエリーシャは手配書に視線を戻した。ネフティスが言った場所は、余りにもありふれた町の光景で中々特定が出来そうにない。実際に絵が出来上がって確認してみるが、やはり良く解らない。後で吟遊詩人ギルドや旅商人にも聞き込みに行こう。
続いて人相書きという事で、シルレインを呼んで来て特徴を尋ねる。と、そこにやって来たモディリヤーノが辺りを伺うように青年を呼んだ。ひょい、と首を傾げるとどうやら、キーオを気にしているようだ。
シルレインは中座する事をエリーシャ達に告げ、モディリヤーノに近付いてきた。どうしたんすか、と訪ねてくる彼に、キーオには気付かれないよう押し殺した固い声で尋ねる。
「シルレイン殿‥‥思い出させて君を傷付ける事になるかもしれない、けれど。あの盗賊団のメンバーは皆、キーオ殿の婚約者が受けた様な仕打ちを、行うのか?」
シルレインが、その頃にはすでに足を洗っていた事は知っている。だがそれを聞けるとしたら、他の誰でもない青年しか居なかった。元盗賊団の鍵開け師である彼以外には。
彼の過去を想えば、シルレイン自身が何かした訳でなくとも、間接的に被害者を増やす手伝いはしただろう。それを背負う覚悟も、きっと彼にはあると信じている。
そしてシルレインは彼らしからぬ、自嘲的な薄い笑みを浮かべて、頷いたのだった。
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5日間の訓練の結果、キーオには成果の判りやすい弓が一番良いだろう、と言う結論に達した。山の側に暮らしているせいか、彼は動体視力に優れているようで、遠くから動き回る的を狙う弓は妥当な選択だろう。
逆にシルレインの方は、武器での戦いにはほぼ才能が見出せなかった。だが罠の様な後方支援向きの能力はまずまずだったので、このままの路線で行った方が良いだろう、と言う話になる。
「回避も大分出来るようになったしねー♪」
自分の才能のなさにがっくりした青年を、フォーレがフォローする。剣を取って実際に戦うだけが力ではない。その為に必要なのは2人の協力だが、これは今後の課題だろう。
着色まで仕上げた訓練風景を手渡して、ラマーデが頑張ってねと激励した。瑠璃が2人の目を見て言う。
「『死者は以て復た生きるべからず』って言葉があるわ。死人は生き返らないのだから慎重に、勝てる状況になるまで焦らない事。あなた達を大切に思っている人達が居る事を忘れちゃダメよ」
瑠璃の言葉に、キーオはもの言いたげな瞳をして「解りました」と頷いた。その様子に、彼に確認するまでもない、と女騎士は頷く。キーオは恐らく、亡き婚約者の復讐を果たすまでは止まらない。だが、その結果失ったものを背負う覚悟も、きっとない。
ではこの少年をどうすれば良いのか‥‥その方策はまだ持たない冒険者達は、ひとまず下町を後にしたのだった。