●リプレイ本文
イシュカ・エアシールド(eb3839)がその依頼を目撃したのは、まったく偶然の出来事だった。冒険者ギルドに足を運んだのは、今日は親友と、精霊娘のスノウと一緒。この頃、ギルドにはお祭りの依頼が出ている事が多いので、どうやらスノウもギルド通いが楽しみらしいとか何とか。
そして案の定、出ていた収穫祭の依頼の内容を一読して、イシュカは傍らの親友に視線を向けた。
「ここ‥‥以前に庭整備に行かれた教会ですよね‥‥」
ちなみに、ウィルの地図にも掲載されている割合大きな教会だったりもする。イシュカの確認する眼差しに、返ってきたのは無愛想なりに、感情の浮かんだ表情。重々しく頷いた親友を確認して、ふむ、とまた考え込む。
と、くいくい、と袖が引かれた。精霊娘と手を繋いでいた方の腕だ、と見下ろしてみるとニコッと笑った精霊娘がキラキラ光る期待の眼差しで見上げてくる。ばっちり、目と目が合った。
精霊娘、スノウホワイト。属性、お祭り大好き。
「‥‥行きましょうか」
じっと目と目を見合わせて、それからイシュカはふんわり目元を綻ばせた。依頼書の日付はもう今日だ。お祭りだからか、当日まで参加を募集している模様。今から行っても十分間に合いそうだ。
スノウにねこさんキャップを被らせた一家(違)は揃って冒険者ギルドを出て、目指す教会へと足を向けたのだった。
◆
ウィルの教会の小さな庭で、待っていたシスターにジュディ・フローライト(ea9494)は微笑んだ。
「収穫祭、お祝いしたいですものね。楽しみましょう、カンティーナ様」
「はい! シーズさんもすっごく楽しみにしてたんですよ!」
ぐっと拳を握るシスターの言葉に、シーズが渋い顔で小さく首を振ったのだが、残念ながら当のシスターには見えていなかった。まぁそういうものだ。ジュディはそちらにも労わりの眼差しを送った。
だが、その視線がふと、揺れる。
「レギンス様‥‥」
「ん、来たぜ」
「兄さん、馴れ馴れしいですよ。でも、私まで伺って良かったんでしょうか‥‥」
何でもない顔でジュディにひょいと手を上げた兄と、その手をペシリと叩いて冷たく注意した後、困った顔になって伺ってくる妹。勿論、と頷くとほっとした表情になる彼女に、だから言ったろ、と兄がしたり顔で頷く。
ジュディが2人を収穫祭に誘った理由は、先日のとある事件の後の、兄妹の仲が気になったからだった。妹が、恐らくは憎からず思っていた幼馴染の青年を、カオスの僕として冒険者たちと共に討った兄。冒険者ギルドの受付嬢である妹は、その覚悟はあると言ったらしいが、人の心はそう簡単に割り切れるものではない。
もし2人の中がギクシャクしているのであれば、また仲良くするきっかけになれば――そう思ったジュディの配慮が、杞憂であれば良いのだが。
そんな空気をものともせずに、ラマーデ・エムイ(ec1984)は今日も元気に顔見知りのシスターに声を掛けていた。
「ヴィアちゃん元気ー? それにしても、収穫祭代わりに焚火焼きかー」
「いえ、これも収穫祭なんですけれど! 私の出身の村のですね‥‥」
「天界の癒しの精霊の処にはこんな習慣があるのね。またひとつ覚えたわ☆」
癒しの精霊特有の行事かどうかは不明だが、お騒がせシスターとお元気エルフっ娘の対決(?)は、エルフっ娘の勝利に終わったようだ。いつから何勝負とか、そんな事は突っ込み禁止。
そんな賑やかな空気を愛犬のあんずと妖精のさくらんぼと一緒に楽しみながら、歩いてくる小柄な女性が1人。見た目的に、少女と呼んでも差し支えない感じ。
その少女、ミフティア・カレンズ(ea0214)もシスターを見つけると、どうやらこれが主催のシスターらしいと見て、にっこり笑ってとことこやって来た。
「私、ミフティア・カレンズです。ミフって呼んでね♪ えっとね、おめでたくって焼くといったらコレ! 持ってきたの!」
元気にほっこり微笑みながら出したのは、ジ・アースはジャパンの特産品(?)のお餅。焼いてもよし、煮てもよし、焼いて煮るならもっとよし。ジャパン出身の冒険者の目がキラリン☆ と光ったのはきっと、偶然じゃない。
お餅と言えば焼くのは網と決まっているらしい。そういう物があるかと尋ねられたシーズは、園芸用の土をかける篩なら、と唸りながら道具小屋に取りに行った。幾ら彼が庭師から雑用係になりつつあるとしても、見た事もないジャパンのお持ちを焼く網、と言われて即座に用意出来たらプロである(何の
それを見て、どうやらどこかで見たか聞いたかした事のあるらしいシャリーア・フォルテライズ(eb4248)が、少し目を細めてお餅を見ながら持ってきた布袋を提供した。
「私はルーケイのオリザをお持ちしましたよ」
「お米、ですね。ありがとうございます。だんだんお鍋らしくなってきましたね♪」
「焼きオニギリにして、ジャパンのお餅と食べ比べてみても良いかもな。今年もルーケイは豊作でしてね、ゴーレムチャリオットでの開墾とか農法とかで新しい試みも取り入れているのが実に上手くいってますよ」
「じゃあ一杯食べに行っても安心ね♪ あ、響ん、昆布は持ってきたから後はよろしく♪」
豊作、と言う言葉に涎をたらさんばかりに目を輝かせたディーネ・ノート(ea1542)が、荷物の中から黒い板のようなものを取り出すとお料理上手の友人に手渡した。月道で持ち込んだのか、他の入手ルートがあったのか。鍋と言えば昆布、それは確かに譲れないのだが、焼き物はすでにどこかに行っている模様?
オリザと昆布を受け取った倉城響(ea1466)が、おっとり微笑んで早速準備に取り掛かった。ちょうど到着したイシュカがその様子を見て、精霊娘のスノウの頭をそっと撫でて手伝いに入る。
響が持ってきた大量の肉を切って叩いて潰してミンチ状にして、片栗粉と少量の水でよく捏ねて肉団子を大量に作成する。いつも一緒の親友の姿がない事に、響が小さく尋ねると、途中で用事が出来てしまって、とイシュカは肉団子を丸める手を休める事無く残念そうな息を吐いた。
そのイシュカが提供した木材を薪にする為に、シーズは庭の隅へと消えていく。残念ながら手伝いたくとも体力も体格も叶わないユラヴィカ・クドゥス(ea1704)は、持ってきた魚をお料理組のところに持っていった。やっぱりいつも一緒の親友ディアッカ・ディアボロス(ea5597)の姿がないが、
「ちょっと寄り道してくるそうじゃ」
「寄り道?」
「んむ。そうそう、アリル殿は確か天界出身じゃったな。懐かしんで貰えると良いのじゃが」
首をかしげたアリル・カーチルト(eb4245)にそう応えると、荷物から取り出したマヨネーズパックを手渡した。天界から落来した、びにーるという不思議な素材で包まれている調味料だ。アトランティスにはまだまだ馴染みの薄い食材だが、天界出身の者の中には『まよらー』と言う、マヨネーズが好きで好きで仕方がない人も居るらしい。一体彼がどこからそんな知識を仕入れたのかは不明。
生憎アリルはまよらーではないようだが、懐かしんではもらえたようだ。サングラスの奥の瞳がキランと光った。
「天界には照り焼きマヨネーズって食いもんもあるけどな。ッて訳でコレ、照り焼きで頼む。後は好きにしてくれ」
そう言って男がどーんと取り出したのは、豪快に一匹丸々絞めた鶏と、流石にこれは一匹丸々と言うわけには行かなかったようだが、牛肉のかなり大きな部位の切り落とし。他にも色々流用が効きそうだ。
判りました、と笑顔で頷くお料理上手達に『頼んだぜ』とまた念押しして、アリルは今度は秘蔵の酒を取り出し始めた。何というか‥‥やる気である。何にやる気なのかは判らない。
こちらもお料理上手のフォーレ・ネーヴ(eb2093)が、集まった品々を見て「う、そうだと思った♪」と自分の勘の良さを褒め称えながら、持ってきた貝類を取り出した。魚は持ってくるような人達が居たみたいだし、と考えたのだが、中々冴えている。
しかし、魚に肉に貝と来れば、足りないのは野菜類。教会のハーブ類も野菜と言えない事もなく、実際サラダに流用出来るものもあったりはするのだが、鍋に入れちゃうのは如何なものか。
そんなささやかな、だが切なる願いを聞き届けたかの様に、ルスト・リカルム(eb4750)が持ってきたのはまさに野菜類。誂えたように鍋にあいそうな葉野菜が中心で、食材で氾濫し始めた友人達の周りを見た彼女は、洗って切るぐらいはやろう、と腕まくりをした。彼女とて鍋を食べた経験がそれほどあるわけではないが、お料理上手の友人に作ってもらった事くらいはある。その時の記憶を思い起こし、適当な大きさに切って「これで大丈夫?」と尋ねると、響とイシュカは手元を覗き込んで頷いた。
パチパチと、シーズが熾した焚き火が火勢を増してきている。子供のようにワクワクした目でそれを見ていたヴィアのテンションも上昇中。その焚き火の周りに石を簡単に組んで上に良く洗った篩の網を幾つか置き、ミフのお餅と大量に作成した肉団子を並べて炙った。お餅は焼いてからお鍋に入れると味が染み易いしすぐ食べれるし、肉団子の方は丸い形が生煮えしやすいので先に焦げ目がつく位焼いておいた方が良い。
響が肉団子とお餅を纏めて面倒見ている間に、フォーレが何やら悪戦苦闘しているジュディに声を掛けた。
「ジュディねーちゃん、何か手伝うかな?」
「まぁネーヴ様、お言葉に甘えて‥‥栗の皮に穴を開けているのですが」
秋のおやつになればと市場で大量に栗を購入してきたジュディだったが、そのまま焼いたりしたのでは無論、空が弾けてとんでもない騒ぎになる。それを避けるため、何とか皮に穴を開けよう、と慣れない手つきで一生懸命ナイフを使っているのだが――見ててとっても危なっかしい。
イシュカも焼き林檎を作るというし、他にも色々と考えている者も居て、食後の甘いもんも準備万端だ。これは、食べるばかりでは心苦しいと、ディーネが率先してテーブルや椅子、人数分の取り皿などを運び始めた。鍋と平行して肉や魚も焼くので、最低2枚ずつぐらいだろうか?
額に汗をかきながら黙々と火の具合を見るシーズを手伝い、ルストも野菜を切り終わって一緒に薪をくべたり、逆に引いたりと調節を始めた。あまり炎が上がりすぎると、焼き物がすすけるだけで中は生、というどうしようもない事態になる。
さらにその隣で応援中(なぜなら体力的な面で無理なので)のラマーデが、そう言えば、とシーズを見上げた。
「シーズさん、就職先は見つかったのー?」
「‥‥ああ」
無愛想に、シーズはこっくり頷いた。春頃、みんなでこの庭の手入れをした後に貰った紹介状で、彼は現在ウィルのお屋敷街のうちの一軒に通いの庭師として雇われている。
◆
さて、庭師シーズの雇用先である所のジュレップ家の門前で、ディアッカ・ディアボロスは悩んでいた。勿論この屋敷に用事があってやってきた訳だが、ノッカーを睨みつけたきり、もう随分が経過している。
彼はこの屋敷に引き取られた一頭の羊の様子を見に、教会に向かう前にちょっとばかり足を伸ばした。キャシー号、人間を睨み上げる眼光も鋭い女傑の競争羊だったが、色々な事情を経て現在、ジュレップ家に世話になっている。
(気だての悪い子ではないのですが‥‥)
色々な事情の中で、キャシー号にくわえられて羊レースを制覇するというなかなか希有な出来事を体験したディアッカだったが、振り返ってみて彼女(?)の事をそう分析する。ちょっと、いやかなり誤解されやすいだけで、本羊は恋に恋する乙女。周囲から「ついにキャシー号が人を喰った!」と騒がれた事件とて、ついに巡り会えた白羊の王子様(=ディアッカ)を慕うがあまり、なのだ。
だが恋に恋する乙女の心は秋の空の如く移ろいやすいもの。気になって様子を見に来たものの、もしかしてすでに新しい白羊の王子様と巡り会い、ディアッカの事など忘れてしまったのでは、と考えるとこう、何となく微妙に複雑な気持ちにもなるらしい。
が、結論から言ってそれは全くの杞憂だった。門前に現れたきり中に入ってこないシフールに気付いたアルス・ジュレップが声をかけ、キャシー号はローゼリット様と遊んでるよ、と言いながら馬場まで案内すると(普通、幾ら貴族の屋敷とは言え羊を飼う事は希だと思われる)、乗馬スタイルに身を包んだ少女に鼻息も荒く向き合っていたキャシー号は、はっと目を見開いた(ように見えた)。
(ああ‥‥アタシの白羊の王子様‥‥ッ!)
と叫んだかどうかはテレパシーを使ってなかったので不明だが、とにかくそんなイメージでキャシー号はガツッと鋭い蹄で馬場の土を蹴り上げ、ディアッカに向かって疾走を開始した。どうやら色々、我を忘れているようだ。
アルスが慣れた動作で素早くキャシー号の進路から離脱した。ディアッカもさすがに避けようとして、いやあれも親愛の情だしと躊躇う。
あわやディアッカが愛の頭突きの犠牲になりかけた瞬間。
「お鎮まりなさい、キャシー号!」
ローゼリットの一喝に、見えない鞭を打たれたようにキャシー号は急ブレーキをかけて停止した。勢い余ってズザザザザッ! とスライディングする。土煙がもうもうと沸き起こった。
何とか止まったキャシー号に、少女は誇り高く語りかける。
「良いですか、キャシー号。その様に殿方に突進するものではありません。そなたもディアボロス様のご寵愛を受ける身ならば、淑女らしく、殿方のお疲れを癒せるよう努めるのが妻たる努めと心得なさい」
「‥‥あの、いつの間にそこまで話が進んでいるのでしょうか?」
「ご安心を、ディアボロス様。キャシー号はこのローゼリットが必ずや立派な淑女に育て上げて見せましょう」
「いえ、そう言う問題ではない気がするのですが」
「無駄だよ、ディアッカ兄ちゃん。ローゼリット様、すっごくやる気になっちゃってるからさ」
「お嬢様の感覚って、時々判んないですよねー」
呆然とする冒険者に、側で見ていた義弟と侍女がうんうん頷いた。普通、異種族カップルというのは忌避されるものだが、色々ぶっ飛びすぎていて寧ろ問題になってないらしい。
そもそもカップルでも何でもない、というディアッカの主張が受け入れられる日が来るのかは、竜と精霊のみが知っている。
◆
やがて収穫祭――というかバーベキュー、でもなく鍋パーティーは、焚き火を囲んで実に賑やかに始まった。
良い感じに燃えてきた焚き火の上には、篩の網を二つばかり繋いだものと、教会の台所から持ってきた大きな鍋がかかっている。立ち上ってくる良い匂いに、ラマーデに誘われやって来た下町の子供達と、付き添いを任された青年が揃って目を輝かせた。
ようやくやってきたディアッカが、色々ぐったりしながら持ってきたお魚類を渡し、串に巻いて焼くパン生地をこね始める。一体彼の身に何があったのか、冒険者達は色々憶測しながらじっと見つめたが、親友だけは心の中で涙を拭った、かもしれない。
焚き火の周りには他にも串が幾つも並んでいて、照り焼きに出来ない部位の鶏肉や牛肉に軽く味付けしたものや、イシュカがハーブでアレンジした魚の切り身も幾つか。フライパンでもソテーする気ではいるが、せっかく焚き火があるので炙り焼きも一風変わって良いだろう。
さすがに、オリザのおにぎりは串に刺す事は出来ないので(きりたんぽなる天界の食物の作り方をとっさに思い出せる者は居なかったようだ)、肉団子がなくなりお餅だけになった網の上に載せられた。ここに醤油を塗るか、味噌を塗るか、あるいは焼き上がってから味を付けるのか、それは食べる者の好みによる。ちなみに記録係は味噌も醤油も大丈夫。
その焼おにぎりを、ミフのお餅と食べ比べてみたいというシャリーアの希望を叶えるならば、食べ方も同じにした方が良いのでは、という危険な意見を出したのは勿論、我らがお騒がせシスターだ。冒険者達に月道経由でジャパンから持ち込まれた海苔と醤油、までは良いが、黄粉と砂糖までまぶそうとしたのは、それは全力で阻止しておいた。高級食材で何をやらかそうとしているのだろう。
鍋が煮えるまでの間、はふはふ、むにーっ、と焼おにぎりとお餅を賞味する。
「これは、甲乙つけがたい、と言った所かな。‥‥‥にも食べさせて上げたかったけど」
「ん?」
「ああ、婚約者なのですがね。結婚式を挙げたいと思ってはいるのですが、彼の方が急に忙しくなったみたいで‥‥」
シャリーアは苦く微笑んだ。今日も、久しぶりに一緒にのんびり過ごせればと思って声をかけてみたのだが、大変申し訳なさそうに「すまぬ、シャリーア‥‥なかなか情勢が落ち着かないのでな」と言われてしまえば、無理強いする事は出来ない。
あらら、と持ち込んだ林檎をグリグリ串に刺しながら、ラマーデは気の毒そうな顔になった。忙しいのは判っているけれど、ちょっとは私のことも構ってよ、と言いたくなるのが女性の心理。同情するに余りある。
と言って何が出来るかと言えば、と串刺し林檎を火の周りに刺し立てながら考えるラマーデの手元を見たミフが、わあ、と嬉しそうに目を輝かせた。
「それも美味しそう。全種類食べれるかなー」
「胃薬はあるぜ」
早くも酒を飲みながら、アリルがニヤリと笑って懐から薬を取り出す。酒を飲み過ぎた者用に持ってきたものだが、本来の使い方をして悪かろうはずがない。
ハフハフしながら焼きおにぎりと格闘していたディーネが、そろそろ鍋も煮えてきたようだという電波的なナニかを感じ取り、ピクッと耳を動かした。
「響ん、フォーレん、こっちにもお鍋山盛りで!」
「ディーネ‥‥配分、ちょっとは考えなさいよ?」
聞いたルストが呆れたため息を吐いたが、だって美味しいのは判ってるし、と言われたディーネは食べる気満々だ。友人達の料理の腕は信じている。後は彼女が全力で喰い尽くすだけだ‥‥と考えているのを、ルストはもちろん見抜いていたが。
とは言え、彼女1人に鍋のすべてを食べさせる訳にはいかない。串に巻いたパンも程良く焼け色が付いてきたことだし、ディーネにはそれと並盛りのお鍋を渡しておく。
イシュカと響、フォーレの奮闘によって、もちろん鍋は集まった全員分を補って余りある。まずは全員によそって回り、新たに具材を入れて蓋をした頃には、網や串で焼いたお肉も良い色合いだ。
そんな中、リクエストの照り焼きを堪能しながら上機嫌で酒を飲む男が1人。仲間達にも「とっておきなんだから大事に飲んでくれよ」などと言いながら注いで回り、飲めない下町の子供達にはやっぱり秘蔵のお団子を渡す。
「お菓子を上げるからイタズラしないで、ってな。ハロウィンにはまだちょっと早いけどなー」
「はろいん?」
「こっちにはなかったっけ? お菓子くれなきゃイタズラするぞーってな、お化け‥‥こっちだとモンスターか、そんな格好して遊ぶんだけどな」
「へぇー‥‥はろいん、やりたい!」
「すっげぇ面白そうっす! オレもやって良いですかね?」
下町の子供達は勿論ながら、何故か一緒に聞いていたシルレインまで興奮しだした。そんな彼らが後日あんな目にあおうとは勿論、知る由もない。
俄然、盛り上がりだして「はろいんごっこ」とか始めてアリルの方によじ登ったりし始めた下町の子供達だったが、少し離れた所でそれを見ているもう1人の少年は、居心地悪そうに時々周囲を見回していた。気付いたラマーデが「修行も大事だけど、気晴らしは必要よー☆」と笑いかけるとぎこちない笑みで頷いたが。
やがて用意した具材も全部鍋に投入され、後は私が、とイシュカの言葉に甘えた響も持ってきたお酒を飲みつつ、みんなに振る舞いだした。とは言え乱れ酒にはならないのがヤマトナデシコ。
「‥‥もう少しで、香草焼きも出来ますので‥‥」
「香草焼きは美味しいですよねー。何か、独自の配合もされたりするんですか?」
「‥‥その時に応じて色々‥‥風味も豊かになりますし‥‥」
「う♪ お茶にしても美味しいしねー。ところでディーネ、どうしたの? ディーネにしては食べるペースが遅いけれど‥‥」
お料理談義に花を咲かせていたフォーレが、さも今気付いたように友人の方に視線を向けた。鉄人の胃袋を持ち、一皿を数秒で平らげるという逸話があるとかないとかいうディーネは、だが指摘通り、はふはふしながらようやく何杯目かの鍋を食べ終えたところ。
実の所、彼女は大変猫舌だ。つまり、熱いものが苦手。暖かく煮え上がった鍋なんて、その最たるもの。という事を勿論昔なじみのフォーレは知っているのだが、昔馴染み故の気安さか、ケラケラ笑いながら全力でいじり倒す気満々だった。
「‥‥あ! もしかして旦那様の事が心配かな、かな?」
「ぶほ‥‥ッ!? あ、あいつの事は関係ないでしょ!?」
「へへー。ディーネでも、食欲がなくなる事があるんだね〜♪」
あの遠慮も容赦もない旦那様であれば、別の意味で心配だったり食欲なくなる日はありそうな気がしたりは、ええ、勿論しませんよ? ええ、ディストロイぶっ放すツンデレな旦那様よりは多分。
そろそろ額に青筋が浮かびそうなルストが「フォーレ!」と窘めた。へへー、と笑ってぴょいと逃げる彼女にため息を吐く。
「まったく‥‥」
「‥‥?」
「あら、迷子‥‥じゃなくて、イシュカさんの所のスノウさんだったわね。鍋、気になるの?」
「の♪」
お母さん(違)がずっと料理にかかりっきりなのを良い事に、精霊娘はあちらこちらと祭を楽しんでいるらしい。ルストの隣にちょこんと座り、彼女の手の中の器をじっと見つめてる。
ひょい、とお餅をあげてみると、ずるずる延びる白いモノにスノウは目を白黒させた。だが面白くなったようで、みょん、と手で引っ張って遊び出す。
微笑んで、ルストも鍋を口に運んだ。彼女も普段よりはゆっくりペースだが、猫舌というわけではない。
(まあ、柄じゃないんだけどね)
冒険者を生業にしていると、色々な依頼で一緒になったり、出会ったりして知り合いはたくさん出来るのだが、こうしてのんびり食事をする、という事は割合少ない。依頼中はどんなにくつろいでいる様に見えても気が張りつめているものだし、依頼がない時と言ってもそうそうタイミングが合うわけでもないし。
だから、彼女は収穫祭のこの食事を、知り合いと一緒に過ごせることを感謝しながら、ゆっくり食べている。アトランティスの収穫祭は竜と精霊に感謝を捧げるが、彼女の感謝は今日この場にいる全員に。
その一方ではユラヴィカが、下町の子供達を相手に得意の占いを披露していた。いつになったら背が大きくなるかとか、近所の○○ちゃんと結婚できるかな、という微笑ましいものから、母親のヘソクリの在処を知りたいやら、大金持ちになる方法を教えて欲しいという妙に切実な願いまで。
「旦那‥‥オレ、冒険者になれますかね‥‥」
「ふぅむ‥‥努力あるのみ、と出ているのじゃ」
「マジっすか!?」
最後に割と真剣な眼差しでそう尋ねた青年は、ユラヴィカの言葉を聞いてテンションが上がったようだった。よっしゃ、と拳を握って喜んでいる。と思うとフォーレに「師匠、聞いて下さいッす!」と尻尾を振って報告しに行った。
特に良い卦でもなかったのじゃが、と首を捻るユラヴィカだ。先ほども青年と一緒に来た少年に、望みが叶うかと聞かれて同じ言葉を返したら、こちらは薄く笑んだだけだったし。
最近の若いのはよく判らんのじゃ、とぼやくユラヴィカに微笑んで、ジュディは火掻きで恐る恐る薪をかき混ぜた。まだ炎は立っているが、底の方は炭になっていて、蒸し焼きなどをするのに良い塩梅になっている。なので、穴を開けた栗をその中に埋めて焼いていた、のだが。
「‥‥もう、大丈夫でしょうか‥‥」
「どうだろうな‥‥私も、ファミレスから頼んで譲って貰ったサツマイモが、そろそろ焼けると思うんだが‥‥」
「少し出してみましょうか‥‥きゃんっ!?」
「ジュディ殿!?」
どうやら穴を開け忘れたか、何かの具合でふさがってしまった栗があったらしく、パーンッ! と勢いよく火中から跳ね跳んだ栗に、ジュディが悲鳴を上げてひっくり返った。一緒に焚き火を覗き込んでいたシャリーアが慌てて助け起こすと、ありがとうございますフォルテライズ様、と微笑む。その微笑みは聖なる母の使徒に相応しきものだったが、いかんせん、口の端から何か赤いものがタラリと‥‥?
すかさず騎士精神を発揮してハンカチを差し出したシャリーアの横で、同じく焚き火を覗き込んだラマーデが『あああぁぁッ!?』と悲痛な叫びを上げる。
「蜜柑が焦げた!? せっかくコネでジ・アースから送って貰ったのに!」
「えぇっ!?」
「そんなっ!」
なぜか一緒にミフとディーネも悲痛な叫びを上げる。焼き蜜柑というこのおやつ、皆で密に楽しみにしていたのだ。
ガサガサガサッと火掻き棒で突き回した少女達は、良い具合に焼けた栗とサツマイモを次々に発掘し、ひとまず納得することにした。特にサツマイモは天界の珍味。アトランティスはもちろんジ・アースにもないので期待度は高い。
甘い匂いのするフライパンを持ったイシュカが、焼き林檎も出来ましたから‥‥と声を掛けた。その間に次の蜜柑を炭に埋めて、今度は焦げないように気をつければ良い。
焼き栗が3人に食べ尽くされないうちに、ジュディが慌てて拾い上げ――ようとして、火傷をしかけてまた悲鳴を上げた。ここまで来ると放っておけないシャリーアが、代わりに火傷しないよう気をつけて拾って皆に配り歩く。
向こうの方では別の子供達の一団が、ディアッカが魔法で生み出した竜の幻に大歓声を上げていた。
◆
賑やかな宴はまだまだ続く。だんだん陽精霊の光も弱くなってきたけれど、焚き火の炎はなお明るく燃え続けていて。
「よーし、あんず、さくらんぼ、踊っちゃうよー♪」
「お、良いねぇ。いやぁ、こんだけのたくさんの綺麗どころと一緒にいい酒、いい料理を楽しめるたぁ、たまんねぇなぁ」
「おひねりはよろしくねー! はぁい、シスターさんもご一緒に♪」
美味しいお酒で良い気分になったのか、或いは生来の性格なのか、アリルの軽口にもからっと明るい笑顔で返したミフは一緒にやってきた愛する家族達を手招きし、ついでに楽しみまくっていたシスターの手もひょいと取って、アワワワワッ!? と戸惑う彼女を強引に焚き火の回りに連れ出した。
踏むのは単純なステップで、調子を掴んだディアッカがステップに合わせて弦を爪弾く。ほらほら皆一緒にと、手招く少女の笑顔に引かれ、いつの間にやら一緒にやって来たペット達も加わって、焚き火を囲んで踊りだし。
そんな様をアリルが酒盃を傾けながら嬉しそうに眺めていて、同じく笑顔で見ながら響とフォーレは円の中心の焚き火の傍で、鍋の残り汁に少量のオリザを入れてことこと煮込んでいた。少し余った肉や魚も一緒に入れようと、イシュカが細く切って持ってくる。
良い匂いに、いち早く気付いた食欲魔人(失礼)がシュバッと踊りの輪から抜け、鍋の傍に陣取った。どうなっただろうかと様子を見に来たエリスンが、シーズから話を聞いて「ふむ、ディーネ殿。そろそろ、教会が食糧危機に陥りそうなのですが‥‥」「食べ尽くしてみせるッ!」「ふむ‥‥‥」と言う微笑ましい会話を交わす。
やがて宴は思い思いに、気の合った者同士と踊ったり唄ったり、語らったり食べたりするまったりした空気に変化した。焼き蜜柑は今度は成功したようで、少女達の歓声が聞こえてくる。少し離れた場所ではシャリーアがヴィアを相手に、婚約者との結婚式についてポツリ、ポツリと色々な言葉を吐いて、うんうんとシスターが頷いた。こう見えて、ヴィアちゃんお悩み教室は好評らしい。
そして、そんな喧騒を背中に聞きながら、ジュディはうって変わって静かな教会の中を足音を忍ばせて進んでいた。手に持っているのは祭のご馳走を取り分けておいたもの。今日も神父は多忙とかで出て来なかったが、自分達だけ楽しむのも申し訳ないですから、とお裾分けに来たのだった。
ヴィアに寄れば「師はお部屋で研鑽されてると思いますよ」だそうだが、邪魔はしたくない。だからそっと部屋の前に置いて帰るつもりだったのだが、何の偶然か、ガチャ、とドアノブの音がした。
「ああ、ヴィアさん、少し出かけますので‥‥おや、ジュディ殿?」
出てきた相手はヨアヒム・リール。居候弟子と間違えたらしく、なぜ彼女がここに居るのかと首を捻った後で、ようやく気付いて「お久しぶりです」と微笑んだ。他に言う事はないのかと、誰かが居れば突っ込んだだろうが、残念ながら他に人影はない。
色々募る話はあったが、出かけると言うのなら邪魔をしてはいけない。そう、微笑んで「これは神父様に」と手に持つ皿を差し出したジュディに、神父は目を丸くして、それからありがとうございますと目を細めた。どうやら、ヨアヒムなりに喜んでいるらしい。
本当に忙しい様で、非礼を詫びる言葉もそこそこに出かけて行った神父の手に、受け取った皿がしっかり握られていたのはその証左。見かけたシャリーアが切なそうに婚約者を想って見つめたのに、あちらもきっともどかしく想ってらっしゃいますよ、とヴィアがにっこり微笑んで。
焚き火の周りではまだ人々が、輪になって踊っている。そんな人々にシーズが無愛想に教会で取れたハーブを配って回る、その様子をご近所の皆様方と、空に輝く月精霊が優しく見守っていた。