【収穫祭】タマネギ村から悲哀を込めて。
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■ショートシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 99 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月17日〜10月20日
リプレイ公開日:2009年10月25日
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●オープニング
その村は、タマネギが名産品である。村の一面の畑には春と秋の二回、残らずタマネギが植えられて、村の家の軒先には一年中タマネギがのれんの様に吊るしてあって。
村の郷土料理といえば、だから、タマネギスープにタマネギのマリネ、タマネギサラダにタマネギ炒め。タマネギグラタン、タマネギピクルス、タマネギチップス、タマネギドレッシング。
だがしかし、今年の収穫を控えた村ではちょっと、困った問題が起きている。
「ご領主様が仰るんじゃ、なぁ」
「と言っても、誰が‥‥?」
村人達が顔を見合わせて相談しあうのは、理由はとっても簡単だ。つまり、この時期アトランティスのあちらこちらで行われる、収穫祭の料理の事である。
この村では毎年、名産のタマネギと他に村で食べるだけのわずかな野菜を収穫し、村のご領主様も招いて盛大にタマネギ料理を振舞ってきた。幸いと言うべきか、土地柄と言うべきか、代々のご領主様はタマネギ料理が大の好物で、見渡す限りのタマネギ料理を喜んで召し上がって下さったものだ。
が、今年も収穫祭にご領主様をお招きした所、ご領主様からはこんな返事が返ってきた。
『今までとは違う、珍しいタマネギ料理のフルコースが食べたい』
そもそもフルコースって何だ、と思わないでもなかったが、問題はそこではない。珍しいタマネギ料理。つまりご領主様は、今までにない、新しいタマネギ料理を御所望なのだ。
さて困った、と村の衆は顔を見合わせた。いきなり新しいタマネギ料理と言われても、生憎とんと思いつかない。そうして顔を突き合わせてうんうん唸っていたところに、誰かが『そうだ』と言い出した。
「誰かに手伝ってもらえば良いんじゃないか?」
「誰かって‥‥近隣の村のもんは全員、収穫で忙しかろう?」
「なら冒険者に頼めば良いさ」
言い出した男は以前にウィルの方で、冒険者達が収穫祭を催しているのを見た事があるという。ならばうちの村も手伝ってもらえば良い、というのだ。
なるほどそれは妙案かもしれない、と話を聞いた村の衆は頷いた。冒険者と言えば方々の各地を行き来しているから、珍しいタマネギ料理も知っているだろう。この問題が起こって以降、どうも仕事に手がつかなくてタマネギの収穫も遅れているから、手伝ってもらえたらなお嬉しい。
そうしてその依頼は冒険者ギルドに張り出される事になったのである。
●リプレイ本文
村は、見渡す限りタマネギに覆われていた。畑には緑の尖った葉をクタリと地に倒した、つまりまさしく収穫時期のタマネギがまだ半分以上残っていて、村の広場のみならず軒先や道の脇などに収穫した新タマネギが積み上げられている。このうちの幾らかはご領主様に今年の収穫として収め、幾らかは自分の家で食べる分としてグルリ簾の様に軒先に吊るし、残りは近隣の町や馴染みの隊商等に売って現金を得る。
その村にタマネギ料理の発案&力仕事要因として呼ばれた冒険者達は、しばし、沈黙してその光景を見守った。いや、聞いてはいたし、別にそう言う村があっても可笑しくないとは思っていたが、それにしたって見渡す限りのタマネギ。
「‥‥この村の課題は、タマネギのみならず付け合わせを考える事かもしれん、な‥‥」
静かな面持ちで、重々しくオルステッド・ブライオン(ea2449)が愛馬の背から降り呟いた。代々の領主がタマネギ好きだったのは幸いとして、だが幾ら好きと言っても限度はあるだろう。むしろ今までの領主、良く何も文句言わなかった。
それにはまったく同意するが、それを言い出した所で始まらない。加藤瑠璃(eb4288)は軽くオルステッドに頷き、だが違う事を言った。
「体力には多少自信があるから手伝えるわ。村の人はどこかしら?」
「あちらにいらっしゃるのがそうかも知れません」
私は力仕事は手伝えませんが、と申し訳なさそうに断ったディアッカ・ディアボロス(ea5597)が指差した方には、確かに村人らしい青年の姿がある。ウロウロと動き回り、時折キョロキョロ辺りを見ていた彼は、冒険者達の姿に気付くとパッと顔を明るくした。
駆け寄ってきて、依頼を受けてくれたのか、と聞かれて頷くと、グッ、と握りこぶし。
「よし、勝った‥‥ッ」
何がだ。
全員がそう思ったが、勿論礼儀正しく誰もそれを口にはしなかった。村には村の風習と言うものがある。勿論これが村の風習とは逆立ちしても思えなかったが、そう言うものだと受け止めておいた方が波風が立たなくて良い。
冒険者達を代表するように、一歩進み出たユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が青年に挨拶をした。
「よろしく頼むのじゃ。わしは力仕事は些か心もとないが、精霊と一緒にお手伝いするのじゃ」
「精霊さんですか、よろしく頼みます。ええと、その、料理の方も‥‥」
「アイデアは出せるわ。後は味見ぐらいしか出来ないけれど」
瑠璃が頷いたのに、それでも構いません、と頷いた青年と、心の中でひそかに(地球の料理か‥‥)と頷いたオルステッド。実は楽しみにしていた様だ。
タマネギの収穫はまだ後からでも間に合うが、ご領主様を招いた収穫祭の日にちはずらせない。先に料理のアイデアを聞かせて欲しいと頼まれて、彼らは村の奥様方が今も試行錯誤を繰り返す民家へと案内されたのだった。
◆
テーブルには実に、ありとあらゆるタマネギ料理が並んでいた。
何しろこういう村なので、タマネギが主食と言い切ってまったく差し支えない。小麦も肉も魚も野菜も普通に食べるが、常に食卓から消えない存在、それがタマネギ。文字通り、色々な意味で村人達を支え続ける存在なのである。
そこに並んだ皿の上を見て、やはりタマネギサラダやタマネギチップス、ドレッシングは珍しくなかったか、とユラヴィカは嘆息した。普通ならそれでも立派に目を惹く料理になるのだが、流石はタマネギ村、隙がない。
だが、諦めるのはまだ早い。天界の古き良き格言にも、三人寄れば精霊の知恵と言うではないか。
一先ず、昼食も兼ねて村のタマネギ料理を堪能した3人は――オルステッドは料理はまったく判らないと言う事で、自ら力仕事要員として畑に消えていった――その中には存在しなかった幾つかの料理を提案していく事にした。
「ビール煮込み、はメイン料理にはならんかのぅ」
ユラヴィカが考えてきたのは、炒めたタマネギと豚肉をビールで煮込み、軽く味付けをした煮込み料理だ。本来ならビール、そしてタマネギは豚肉を柔らかくする為のエッセンスだが、タマネギの比率を多くすれば立派にタマネギ料理と名乗れるのではないだろうか。
タマネギはとろ火で甘く炒めた方が美味しくなるが、タマネギ村の人間は勿論そんな事は心得て居る。簡単に作り方を聞いた主婦の1人が、ふんふんと頷いて、やってみると動き出した。
パンの方は、摩り下ろしタマネギを混ぜたパンは村の伝統料理としてあるが、チップスを混ぜたものは何故か存在しなかった。曰く、チップスではタマネギの風味が十分パンに伝わらなかったのではないかと言うが、そこまでタマネギ味なパンもどうだろうか。
とまれ、タマネギパンにチップスを混ぜて焼いてみようと言う話にもなって、こちらも主婦が生地を捏ね出した。かなりがっつり、下ろしタマネギ入ってます。
実際にタマネギパンを試食してみたディアッカが、体中タマネギになった錯覚を味わいながら、タマネギサラダに一工夫加えてはどうかと提案した。
「タマネギをスライスするのではなく、荒みじんにしてマスタードで和えても美味しいと思うのですが」
マスタードは普通、風味付け等の香辛料として使用するが、メイン料理として使用する事は少ない、かも知れない。タマネギ村では少なくとも、タマネギのピリリとした辛さをマスタード代わりに使っていたようで、目新しい提案だったようだ。
さらにオニオンリングフライや、小麦粉を薄い皮の様に焼いたものにタマネギスライスや他の野菜、肉などを包んだ前菜風の料理も提案する。2度漬け禁止とか、そんな天界ネタを教えた犯人は誰だ。
少なくともその犯人ではない(はずの)瑠璃は、そこにさらに天界料理の提案を加えた。彼女自身は先に断っていた通りあまり料理が得意ではないし、作り方を天界で見た事があるだけなのでうろ覚えではあったのだが、
「フルコースって確か、前菜・スープ・魚料理・肉料理・サラダ・デザート・ドリンクの順に出されるコース料理、だったかしら?」
自身の記憶を辿りながら、まさにその順番に料理名と簡単な作り方を上げていく。そのうち、スパイシー・オニオン・テールスープは材料の唐辛子がない為、にんにくで代用してみる事になった。ハンバーグは、こちらはディアッカからも同じ様な料理の提案があって、現在試作中。試作する奥様と、タマネギと肉のバランスの折り合いを付けるのが大変だったようだ。
案内してきた青年が、玉葱湯を早速試飲しながら感心の息を吐いた。
「さすが冒険者の皆さん、色々な料理をご存知ですねぇ」
「ここまでタマネギ尽くしというのは珍しいですが」
「あまりない経験なのじゃ」
「あまりって言うか、普通はないわよね‥‥ありがと。やっぱり、結構タマネギの風味が勝つわね」
「ええ、実に素晴らしい味わいです!」
玉葱湯を試飲した冒険者の感想を、全力で前向きに受け止めた青年が爽やかに笑った。タマネギ村の住人、当然ながらタマネギ大好き。冒険者達が提案した料理も、無意識にタマネギが大量に投入され、アレンジされている。
そりゃあ領主も大変だろうと思いつつ、だが作変え等の指示がないのはやっぱり領主もタマネギ大好きなんだろうと、冒険者達は顔を見合わせた。口一杯に、豊か過ぎるタマネギの風味を味わいながら。
◆
まるで修験僧の様な心境で、オルステッドはひたすらタマネギを抜き続けていた。抜いても抜いても出てくるのはタマネギ。当たり前なのだが、もう何だかタマネギで何かの悟りを開けそうな心境である。
(‥‥まあ、ゴブリン退治、なんか、よりは、よほど、重労働、だが‥‥)
タマネギを抜くリズムに、無意識に思考のリズムも合ってきている。村の男でもちらほらと、あちらこちらでタマネギを抜いている姿がのどかに映った。
よい、ほ、よい、ほ、のリズム。抜居たものは一先ずその場に置いておいて、ある程度溜まったら手押し車に回収し、村に持ち帰って皆で葉を落とし、縄で縛るのだ。
よい、ほ、よい、ほ。
(‥‥取り合えず、何か、考えて、おかないと、気持ちが、途切れる‥‥果たして、新しい、タマネギ、料理、とは‥‥? 無用、だろうが、妻にも、食材は、豊かにと、言って、おかねば‥‥そうだ、あの、メンツは、料理が、得意、だから、楽しみ、だな‥‥)
考え続けるにも段々ネタが尽きてきたが、ないネタを必死に搾り出してひたすら思索する。きっとこの思索を乗り越えた先に、新しい心境が(ない
すでに、わざわざ冒険者が出向くような事件だろうかとか、依頼の根幹を揺るがす様なあれこれの疑問は通り過ぎた。依頼はギルドに受理され、こうして受けた彼がここに居るのだから、今更な疑問でもある。
「兄さん、根詰めすぎると体がもたんでよー」
時折村人が声をかけていく。その足取りはさすが、日頃から慣れているからか、軽やかだ。
日頃から鍛えているつもりだが、とオルステッドはタマネギを抜きながらため息を吐く。見渡す限りのタマネギを抜く訓練など当然した事はないし、ずっと腰を屈めながらの作業などもっての外。
時間が流れるのが遅い。明日は仲間も手伝いに増えるが、オルステッドが明日立ち上がれるだろうか。否、立つ。立ち上がるのだ、冒険者の誇りにかけて!
そんなエルフの冒険者を見ていた村人は、やっぱ冒険者は体力が違うんだねぇ、と感心しながらタマネギ茶を啜った。彼らは農作業を心得ているので、大体のペースが掴めている。農民やるにも身体は資本だ。
故に適度に休憩も挟みながらまったりタマネギを抜く村人達の中で、オルステッドは黙々タマネギを抜き続けていたのだった。
◆
さて翌日、朝からやっぱりタマネギ料理を堪能した冒険者達は、今日は揃ってタマネギ収穫に精を出す事にした。体力勝負の2人がひたすらタマネギを抜き、ユラヴィカが後ろから精霊とタマネギを集めて回り、愛馬に付けた小さな荷車に載せたタマネギを村に持ち帰ったディアッカが、村人の指導を受けながら葉を切って縄で縛る。
この連携作業に、冒険者達の収穫作業は非常に能率的になった――のだがしかし、ついにオルステッドが腰痛でダウンして、午後からは瑠璃だけが作業に当たる事になる。その彼女も何となく、明日には腰痛で寝込んでそうな気配。
今日も試作を頑張っている奥様方が、時々やって来ては料理の相談をしたり、試食を頼んで行ったりする。ちなみに彼らが饗されている食事もその延長で、食事を出してくれるのは有難いが、帰る頃には全身タマネギ漬けになっていそうだった。
無理のない体勢でタマネギの保存準備を手伝っていた腰痛のオルステッドも何度か試食を頼まれて、やはり妻にタマネギ料理は程ほどにと頼む事を心に誓う。ただでさえタマネギの匂いが充満している所に食べるタマネギ料理は、その、何と言うか、何と言うかだ。
いささか怪しい雲が翳ってきたのは、ユラヴィカが魔法で払っておいた。何のかのとありつつ、やはり体力的に冒険者の作業は素早く、滞っていた収穫は何とか明日中には終えられそうだ。
こうして1日を終えた冒険者達は、宿に提供された民家の一室でしみじみ溜息を吐き合った。
「腰をかがめ続けるのは大変ね‥‥」
「‥‥流石に疲れが溜まるな‥‥」
「何を見てもタマネギに見えるのじゃ‥‥」
「タマネギを縄で縛るのにも技術が要るんですね‥‥」
そんな彼らの手の中に在るのは、村人が休憩中にも飲んでいたタマネギ茶。やはり、タマネギ村に隙はなかった。
◆
翌日、無事に収穫を終えたタマネギ村で、冒険者達はついに依頼の最後の仕上げ、完成したタマネギ料理のフルコースを試食した。そもそもこの依頼はこれがメイン。
すでに喉の辺りまでタマネギが詰まっている心地はしたが、それでも尚、完成した料理は実に素晴らしく、タマネギ料理として完成していた。完成していたのだが、コース料理と言う概念がイマイチ理解出来ていなかったので、料理は一気にテーブルに並べられた。
良く煮込んだテールスープに焼き立てのタマネギチップスパン。タマネギの中をくり抜いて魚の団子を詰めて煮たオニオン煮の傍に、くり抜いたタマネギを刻んだタマネギマスタード、ハンバーグに豚肉のビール煮、丸ごとタマネギを素揚げしたフラワー揚げ、オニオン・サーモン・カナッペとクレープ風タマネギは同じ皿に。
各人の前にはホットなタマネギ湯が添えられ、デザートにはタルトの上に飴色の玉葱と蜂蜜の上にチーズをかけて焼き上げた飴色玉葱タルトがそっと置かれる。ご領主様に出す分には、頑張って水飴を手に入れるらしい。
満を持して作り上げられたタマネギ料理。教えた時よりタマネギが増量されているのは、タマネギ村だから仕方がない。
「でも美味しい、ですよね」
「ああ‥‥どこを食べてもタマネギだが‥‥」
「タマネギの深い味わいが出て居るのじゃ」
「本当にレシピはうろ覚えだったんだけど、凄いわね」
これならばきっと、ご領主様にも喜んで頂けるだろう。冒険者達がタマネギのフルコースを堪能してはそう頷くと、ほっと人々は顔を見合わせた。
別の付け合わせが必要になってくるかはまだ先の話だが、少なくとも今年の収穫祭はこれで乗り切れそうである。タマネギ村の人々はそう礼を言い、冒険者達に心からの感謝を捧げて見送ったのだった。
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その後、腰痛を得た2人が無事回復したのかとか、当面タマネギ料理だけは食べたくないと誰もが口を揃えて断言したとか、それはまた別のお話。