【騒乱】母達に託された願い、そして。

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月24日〜10月29日

リプレイ公開日:2009年10月30日

●オープニング

 リハン領を治める侯爵家の屋敷は、領内の町アレンタにある。特徴は、腐っても侯爵家のお膝元、領内の良いものや珍しいものが集まってくる事と、毎日お散歩に繰り出す次期領主を愛して止まない住人だ。
 その、愛されて止まない次期領主リーテロイシャ・アナマリア・リハンは、現在とってもピンチだった。

「どういう事か説明してごらんなさい」
「リーシャ様! レニはさすがに呆れ果てました!」
「まぁ、僕の監督不行き届きでもある訳だけどね‥‥」

 前方には静かに怒る異母姉イングレット・ロズミナ・カートレイド、後方には色々ぶち切れたお付きのレニ、左には口調と裏腹に厳しい眼差しの異母兄ユークリッド・ハーツロイ・リハン。逃げるとすれば右しかないのだが、右はあいにく壁である。
 ええと、とリーシャは視線をさまよわせた。小さく、言い訳を試みる。

「その‥‥きっと妖精さんが隠しちゃったのだわ‥‥?」
「ならばその妖精さんとやらをひっ捕らえてきなさい!」

 掠れるようなリーシャの言葉に、インディの大音声の雷が落ちる。びくっ、と肩を揺らして首を引っ込めた。
 もちろん、自分が悪い事は彼女にも良く判っているので、それ以上は反論しない。何か物をなくした時に妖精さんのせいにするのはリーシャの幼い頃からの習い性だが、それで済む事と済まない事はある。
 今回の場合は、後者。それは、扉の陰からこっそり執務室の中を覗き見ている三女キシュレーゼ・ミスティカにも判る。

(侯爵家の印章‥‥っていつも、鍵のかかる引き出しにしまってあるアレよね)

 シューの記憶の中では、父や異母姉や異母兄が執務机に座っている時に、時折取り出してぺたりと押すもの、である。とはいえ鍵付きの引き出しにしまう位なのだから、とっても大切なものだという事くらいは想像できた。
 その、侯爵家の印章が紛失したのだと、言う。最後の使用者は今周りから大目玉を食らっているリーシャで、運悪く秋の風情に引かれてちょっとだけ庭歩きに席を外した時になくなったらしい。
 異母姉はいつも町を出歩くが、仕事中に抜け出すほどに無責任な性格ではない。全くないとは言わないが、本当に大切な事なら絶対放り出したりはしない。
 とは言え彼女が物を良くなくすのも事実なので、本人含めてどうもこれはリーシャの仕業か、と言う事になっているわけで。見ているシューですらきっとそうだろうと思ってしまうのだから、怒り狂う姉はなおさらだろう。
 手伝った方が良いのかしらと考えたシューの袖を、クイ、と誰かが引っ張った。ん? と振り返ると異母弟のアルゼスト・ブランテが真っ青な顔で何かを握りしめて立っている。

「ゼッティ? どうしたの?」

 お姉さんらしく尋ねたシューに、ゼッティは握り締めた手を前に出しながらパクパク口を動かした。だが声が出ていないので、何と言っているのか判らない。
 シューは眉を潜め、まずはゼッティの手の中を確かめる事にした。指を一本一本外す様にして開けさせて、中に入っていた物をじっと見て、

「‥‥ッ」

 同じく絶句したシューは、強ばった眼差しで異母弟を見る。すでに異母弟は泣きそうだ。シューも泣きそうかもしれない。
 まぁゼッティ、と呟く。彼が握り締めていたのはまさに今問題になっている領主家の印章。どうしたの、と目で尋ねたシューに、ゼッティはようやく掠れた声を絞り出した。

「とうさまや、ねえさまがペタペタしてるの、羨ましかったんだ‥‥」
「それで、勝手に持ってったの?」

 慎重に確認したシューに、すぐに返すつもりだったんだとゼッティは訴える。だが悲しむべきかな、ゼッティがどうやらこれは思った程楽しくはなさそうだ、と結論づけて戻ってきた時には、すでにこの騒ぎになっていた、と言うわけだ。
 シューは、そっと首を伸ばして執務室の中を伺った。勿論、すぐに返した方が良いことは判ってる。判っている、が。

「インディねえさまにあやまったらゆるしてくれるかな?」
「次の領主になられるリーシャ異母姉様だから怒られるだけで済んでるのよ。ゼッティがやったと判ったらきっと、ぶたれるだけじゃ済まないわ」

 その様を想像して、シューとゼッティは真っ青になってぶるぶる震えた。怒り狂ったインディに殺されるかもしれない、いやマジに。
 結論。

「逃げるわよ」
「うん‥‥でもどこに?」
「それは‥‥」
「シュー様、ゼッティ様? どうなさったのですか?」

 困ってしまった二人の頭の上から、大人の声がした。ふ、と振り仰いだシューはほっと顔を綻ばせる。お困りですか、と尋ねられて状況を説明すると、その人はしばし考えた後、こうしましょう、と微笑んだ。

「とっておきの秘密の隠れ場所にご案内します。そこに居る間にきっと、インディ様のお怒りも解けますよ」
「本当に?」
「ねえさま、おこらない?」

 心配顔で尋ねた子供達に、大丈夫です、と笑みが返る。それで二人はほっとして、良かった、と顔を見合わせた。
 こうして領主屋敷からは、印章のみならず幼い弟妹も姿を消したのだった。





 その夜、生母バーバラ・ドラーナにこってり絞られていたリーシャの元に、昼頃からシューとゼッティの姿が見えないと言う知らせは届けられた。正確にはバーバラに泣きつきにきた義母レトナが、大声でまくし立てた。

「バーバラ様! 子供達が居なくなってしまったのですわ!」
「まあレトナ、何て事! ええ大丈夫よ、安心なさって。リーシャが見つけるわ」
「え‥‥?」
「良かった! あの子達に何かあったらハロルドが悲しみますわ、特にシュー様は亡きアーガイン様のたった一人の忘れ形見で」
「忘れ形見はインディも居てよ、レトナ。でもそうね、リーシャならともかくあの二人が居なくなるなんて!」
「そうですわバーバラ様、リッドならともかくあの二人はまだ小さいのですもの!」
「ともかく、って」

 随分な言われようだ、と「ともかく」扱いされた異母兄妹は複雑な笑みで顔を見合わせた。常日頃、子供は小さい方が可愛いと腹の立つコメントを頂戴している身ではあるが。
 だが、大仰に嘆く二人の夫人はその言葉を聞きつけると、キリリと眉をつり上げた。

「良いことリーシャ、すぐに見つけなかったら、ハロルドにある事ない事告げ口しますからね」
「そうよリッド、ハロルドにお前とリーシャ様の恥ずかしい話を暴露するわよ」

 かなりアレな脅しに頷いて母親達の前を辞した異母兄妹は、さて、と顔を見合わせる。

「心当たりは?」
「ないのだわ。ロズミナ派もアナマリア派もハーツロイ派も収穫祭で忙しいのだわ」
「そもそも屋敷にはおいそれと入れないだろうしね」

 リッドが爽やかに苦笑して、そうね、とリーシャがにっこり笑う。

「ところでリッド異母兄様、インディ異母姉様は今日お一人でいらしたのかしら?」
「いいや。先日の宴の礼、と言う事だったけれど、確かいつも通り、トラウスと何人かの取り巻きを連れていらしたね」

 それが? と面白そうにリッドは聞いて、秘密なのだわ、とリーシャは笑った。

「じゃあチビっ子達と、印章を同時に探すのだわ。あの調子だと母様達、本当に何かしかねないのだわ」
「父上が怒るとインディ異母姉上以上に怖いからね」
「まったくなのだわ」

 そうして二人は頷き合って、それぞれ動き始めたのだった。

●今回の参加者

 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec1984 ラマーデ・エムイ(27歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)
 ec6278 モディリヤーノ・アルシャス(41歳・♂・ウィザード・人間・アトランティス)

●サポート参加者

アリシア・ルクレチア(ea5513

●リプレイ本文

 領主屋敷に到着した冒険者達を、領主代理の異母兄妹は応接間で揃って出迎えた。

「よく来て下さったのだわ」
「リーシャがいつもご迷惑をおかけします」

 にっこり微笑んだリーシャの横で、穏やかなリッドも頭を下げる。兄妹と言えど年の差は3日に過ぎない2人は、まるで双子の様によく似ていた。
 初めて会うリハン領主代理にそんな感想を抱きながら、初めまして、と加藤瑠璃(eb4288)が頭を下げる。彼女と、やはり初顔合わせのゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)を順番に見て、よろしく、と2人は同時に頭を下げた。
 リッドとは初対面だが、リーシャとは以前に会った事のあるラマーデ・エムイ(ec1984)が、それにしても、と首を傾げる。

「人と物、両方消えたのー? こんなに一緒に起きたなら、原因は同じか‥‥それともどっちかのせいでもう一方も消えたのかも知れないわねー?」
「そうだね。お2人が誘拐されたのだとしても、人目につかずに連れ出すのは難しそうだし」

 居なくなったシューとも顔見知りのモディリヤーノ・アルシャス(ec6278)が、その辺りはどうなんでしょう? と異母兄妹を振り返った。同時に2人が首を振る。つまり目撃者は居ない。
 瑠璃が慎重に「大きな荷物の出し入れなんかもなかったのかしら?」と確認したのにも、ない、と2人は断言した。だとすれば少なくとも、無理矢理誰かに屋敷から連れ去られた、と言う線は外して良さそうだ。
 領主屋敷の警備は当然と言うべきか、存外厳しい。この警備をくぐり抜けて外から不審者が押し入るのも、また内密に誰かが出ていくのも出来ないだろう。
 ならば次に可能性が高いのは、2人がまだ屋敷の中にいる可能性。自ら姿を隠しているのか、或いは誰かに隠されているのか。

「お2人が居なくなられた時、何か変わった事はありましたか?」
「いつもと違う事と言えば、インディ異母姉様がいらしてた事くらいなのだわ」
「一応、印章がなくなった事も上げておいた方が良いだろうね。リーシャが物をなくすのは珍しくないけれど、物が物だし」
「そうねぇ。インディ異母姉様が怒るのもいつもの事だし、リッド異母兄様が私を苛めるのもいつもの事なのだわ」

 うんうんと頷く領主代理である。いつもの事、の基準がいささか常人とはズレているように思えるのは、さすがは領主家と言う事なのだろうか。
 話を静聴していたゾーラクが、そうですね、と思わしげに口を開いた。

「私はまず、魔法で印章の方を探してみようと思います。なくなった時の事を詳しくお伺い出来ますか?」
「私は屋敷の中を中心に子供達を探してみるわ。幾つか確認したい事があるから、一緒に良いかしら」

 瑠璃もひょいと手を挙げると、じゃあ執務室の方へどうぞ、とリッドが微笑んだ。
 冒険者を呼んだ時点である程度、屋敷の中にも問題は知れ渡っていると考えるべきだ。だが、領主家がデリケートな問題の渦中にある事と、その当事者が同じ屋敷内に居る事を考えれば、応接室ではなくより機密性の高い執務室の方が良い、と考えたらしい。
 もちろん、冒険者達に異存はなかった。





 印章の紛失に気付いたのは、間違いなくその日の14時頃だったとリーシャは胸を張って断言した。

「だって、いつも行くパン屋さんの蜂蜜パンが焼き上がる頃合いだったのだわ。それで何だかお腹が空いてしまったから、庭を歩いて気分転換しようと思ったのだわ」

 日頃から町を歩き回るリーシャらしい断言に、リッドが頭を抱えて「そういう時は侍女を呼ぶんだよ」と苦い顔で叱りつける。お腹が空いたから庭で気晴らしする領主代理。何だかリハン領の財政が疑われる光景だ。
 その辺りの細かい所は後で2人で話し合って貰うとして、頷いたゾーラクはさらに印章の外見などを詳しく確認すると、パーストの魔法でその当時の光景を見ようと試みた。うっかりマズい物を見てしまってはいけないので、きちんと事前に2人に許可は取っている。
 まずは机に印章がある時点から小刻みに時間をずらして過去視を試みるゾーラクに任せて、瑠璃もまた2人に当日の警備体制などを詳しく確認した。

「流石に警備配置までお見せする事は出来ませんが、今日と殆ど変わらないと考えて下さって構いません」
「そう‥‥例えばアースダイブとか、移動魔法を使える人も屋敷の中には居なかったのかしら?」
「使用人達の中には居ませんし、異母姉上が連れてきた使用人や取り巻きにも居ないと思います」

 ただし、カートレイド家に関してはあちらからの申告を信じるしかないので、絶対ではない。それも断った上で頷いたリッドに、ありがとう、と瑠璃は頷いた。
 聞いていたラマーデが、やっぱりお屋敷の中かしら、と窓の外を見る。まだ陽精霊が輝いている時間だ。弟妹はともかく、印章くらいならもしかして鴉がくわえて行ったかも知れないし、精霊のピピにサンワードを試して貰おうか。
 頃良く、ゾーラクのパーストが印章が消えた瞬間を捉える事が出来た。執務室内に他に人が居ない事を確認し、ファンタズムでその瞬間の幻を作る。
 机の上に残された印章を取る小さな手。見ていたリーシャとリッドが揃って苦い顔になり、額に手を当てて天を仰いだ。

「やってくれるのだわ、ちびっ子達‥‥」
「と言う事は‥‥?」
「あの手は恐らくゼッティです。そう言えばあの日のインディ異母姉上は久々に活き活きと怒ってらしたので‥‥」

 確認したモディリヤーノに、ぐったりした顔で頷くリッドだ。日頃、末っ子のゼッティはカートレイド伯爵家に嫁して久しい長異母姉には馴染みが薄い。その異母姉が鬼神もかくやという勢いで怒りを吐き散らしていれば、怯えるのも無理はない。
 やはりそうか、とモディリヤーノは頷いた。無理矢理連れ去られたのでなければ、他に考えつくのは自ら姿を隠している可能性。もしそんな事をするとすれば、何かを、例えば怒られる事を恐れて、と言うのが一番に挙がる理由だろう。
 とは言えやはり、数日に渡って姿を隠し続ける、というのは普通出来ない。少なくとも食事は別に確保する必要があるだろう――冒険者なら買い貯めた保存食という手もあるが、一般人ではなかなか思いつかないだろうし。
 故に食料庫や厨房の辺りから中心に調べたい、と申し出た瑠璃に、ならレニをつけるのだわ、とリーシャは快く頷いた。また、2人に遊びなどを教えた人物から何か聞ければ、と尋ねたモディリヤーノには、侍女を呼びましょう、とリッドが頷く。
 こうして冒険者達は動き出した。





 まず、レニと食料庫に向かった瑠璃は、侍女頭の許可を得て立ち会いの上、食料庫の中から不自然になくなった食料がない事を確かめた。食料庫に置かれているのは基本、その日に納入された肉類や野菜類、後は保存の利く粉類などが中心で、持ち出してもすぐに食べられないからかもしれない。
 続いて厨房に移った瑠璃達は、いつもと違う場所に食事を運んだりする人物、或いはそう依頼された使用人がいないかを確認した。だがこれにも、厨房付きの使用人は首を振る。

「特にはございませんねぇ。そんな事があればレニ様やガハル様にはご報告致しますし‥‥皆様、いつも通り召し上がった他はお付きの方がお夜食を所望される位で」
「そう‥‥念のため、夜食を欲しがった人の名前を教えて貰えるかしら?」
「ええ、よろしゅうございますとも。まずは‥‥」

 使用人が挙げる人物の名前は多くはない。瑠璃はそれらを記憶した上で、厨房を出てレニを振り返る。と、さすがは領主代理付きと言うべきか、何を言う前から「お部屋にご案内します」と申し出た。
 よほどリーシャに日頃苦労させられているのだろう。瑠璃は心の中で同情して、レニの後について歩きだした。
 一方、2人の遊び相手を務める侍女から子供達がよく遊んで居る場所を聞き出したモディリヤーノは、やはりその侍女に案内を頼んでそれらの場所を1つ1つ回っていた。

「お2人ともご無事でいらっしゃるんでしょうか‥‥ああ、私があの時ゼッティ様から目を離さなければ!」
「仕方ありませんよ、突然インディ殿が見えられて人手が足りなくなったんでしょう?」
「ええ‥‥あ、こちらです。この辺りがお2人のお気に入りの場所で」

 時折顔を覆って嘆き出す侍女を慰めつつ、辿り着いた場所をざっと見回して異変がない事を確かめたモディリヤーノは、ステインエアーワードを発動させる。目に見える異変はすでに、領主家が虱潰しに調べているだろう。ならば目に見えない部分、魔法で探れる領域から、と考えたのだ。
 幾つかの場所では特に淀みもなく、魔法もそれほど効果を上げないままだったが、どんどん萎れる侍女を宥めすかして向かった幾つ目かの遊び場所で、魔法に反応があった。不安に怯える子供達と、若い青年。ここを通り過ぎてどこかに向かったという日はまさに、2人が消えた日時。
 彼らが向かったと淀みが告げた方向を見やると、視線の先を見た侍女が「あちらはお客様が滞在される棟です」と告げる。現在領主家に滞在する客と言えばカートレード伯爵家一行。
 なるほど、と頷いたモディリヤーノの視線の先の建物の中では、ラマーデと合流したゾーラクが犬達に子供達の匂いを追わせながら、あちらこちらを捜索中だった。印章をゼッティが持ち出したなら、2人を捜せば印章にも辿りつける。そこでピピにサンワードで子供達を指定してもらったら、この棟にやって来たのだ。
 ラマーデが確認したところ、客人達の部屋は中を直接改めたわけではないらしい。まさか領主家の子供達が居なくなったとは言えないし、まして部屋を改めさせろなどと言えば名誉毀損云々で余計な騒ぎまで引き起こしかねないからだ。
 だから現状、客人達の中で子供達が居なくなった事を知っているのはインディとトラウスのみ。他には漏らさないで欲しいとリッドは言い、冒険者に請われて同行したリーシャも客人達に不便がないか確認するのみに留まった。
 侍女が持ってきてくれたのはゼッティの服。その匂いは時々途切れて、やがて犬達は困ったようにウロウロし始める。ここで、子供達を連れてきた誰かがゼッティを抱き上げるか何かしたのだろう。
 うーん、とラマーデが腕を組んだ。

「ピピを飛び込ませて、皆がびっくりした隙に探すとかー?」
「それしかないなら仕方ないのだわ。でも後でインディ異母姉様に、領主家の体面を考えろとたっぷり叱られるのだわ‥‥」
「しかし此処からどう捜せば良いか解りませんね。パーストで調べるにも時間が曖昧ですし」

 ゾーラクがため息を吐いてしゅんとしたハスキーの頭を撫でてやった。やはりこれ以上はインディかトラウスの手を借りた方が良いだろうか。
 その時、背後から瑠璃の声がした。振り返るとモディリヤーノの姿も隣にある。2人はゾーラク達を見て視線を交わした。
 瑠璃が聞いた幾人かの名前。どういう人物かリッドに確認した中で、モディリヤーノが調べた若い男という条件に合致するのは3人居た。
 ならば顔見知りから、とやって来た先で仲間に行き合ったのだと、説明する2人にリーシャがにっこりする。

「この先に滞在しているお客様で、若い殿方は1人だけなのだわ」

 果たしてまっすぐその部屋へ向かい、子供達が訪ねていないかと推論混じりの証拠を突きつけた彼らに、その男、トラウスは穏やかに微笑んだ。

「えぇ、おっしゃる通り、お2人をお連れしたのは私です。インディ様に叱られると怯えておいででしたので‥‥」

 勝手を致しました。そう頭を下げたトラウスの両脇で、子供達は怯えた顔で大人達を見上げていた。





 見つけられた子供達は、だが一旦隠れてしまった事でますますバツが悪くなったらしく、2人手を取り合って子猫の様に怯えながら大人達を見上げていた。
 ならばどう子供達を帰る気にさせるか、ひとまず冒険者達は話し合った。その子供達はしっかりトラウスにしがみつき、トラウスは悪くないの、と一生懸命リーシャに訴えていたのだが。

「どうしてこんな事をしたの?」

 領主家の印章を取って行ったというゼッティの前にしゃがみ込み、見上げるように瑠璃が尋ねた。ゼッティはそれに泣きながら「面白そうだと思って」と答える。
 シューが守るようにゼッティの手をギュッと握った。それは以前に宴で見せた顔よりは頼りないが、異母弟を守らねばならない、という決意に満ちているように見えて。

「シュー様、ゼッティ様。皆さん、心配していますよ?」

 瑠璃の横に膝を折り、優しく話しかけたモディリヤーノに、シューがほんの少しだけ瞳を揺らした。以前に異母姉の屋敷で顔を合わせた彼の事を、シューはちゃんと覚えている。
 幼い少女に、だから語りかけた。失敗したら、素直に謝った方が良い。失敗を隠そうとすればより大変な事になるものだし、今の2人の様にきっかけを失ったまま拗れてしまう事だってある。それよりは勇気を出して、怒られて、謝って、許して貰った方がよほど良い。きっと――その誠意は伝わる筈だ。
 しゅん、と項垂れた子供達に、ゾーラクが我が子に接するように頭を撫でた。

「お母様達も心配されてます。私も出来る限り、お異母姉様が許して下さるようお話してみましょう」
「そうそう、あたしも昔、お客様に渡す商品を黙って持ち出して、すっごく叱られたっけ。あんまり厳しいと、もし同じ様な事をしちゃった時にまた隠れちゃうかもだから、程々にって言っといてねー?」

 ラマーデも言葉を添えた。とは言え何人もの人間があれこれ口を出すのは得策ではないと、ゾーラクに一任する形になる。ちら、とトラウスに視線をやると、インディに忠誠を誓う騎士は「お取次ぎ致しましょう」と穏やかに微笑んだ。





 こうしてリハン領主家には無事、幼い弟妹と大切な印章が戻ってきた。弟妹を身の細る思いで心配していたバーバラとレトナは大袈裟なほど2人の無事を喜び、冒険者1人1人の手握って心からの感謝を告げ、見ていたリーシャとリッドには「次はないと思いなさい」と重々しくのたまった。
 勿論それに不満顔をして、だが何も言わずに母親達の部屋を辞した異母兄妹に、思い悩んだ様子のゾーラクがそっと声をかける。

「聞き間違いとは考え難いのですが‥‥あの方はお2人が見つかった時『残念だ』と思っていました」

 弟妹の居所が判明した時、ゾーラクはリシーブメモリーを使っていた。その魔法が読み取った心の声が、誰のものとは、言わない。
 リーシャとリッドは一瞬視線を通わせて、それから似たような顔で微笑んだ。誰と、判らなかった筈はないのに。或いはこれ以上なく判ったからか。

「ありがとうなのだわ。それも、インディ異母姉様に併せて報告しておくのだわ」
「後は異母姉の決める事です――彼は異母姉の騎士ですし、甥や弟妹達は心から彼に懐いてますから」

 2人はそう微笑んで、また何かあった折りには、と冒険者達を見送ったのだった。