仮装パニック! ミイラ男をゲットせよ!

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月27日〜11月01日

リプレイ公開日:2009年11月05日

●オープニング

 ● 作戦会議は怪しく不穏に

「ふふふふふ」
 闇の中、少女の不気味な笑い声が響く。
「それじゃあそういう事で‥‥っ」
 何やら非常に不穏と言おうか毒々しい響きを伴った声の主は、ビシッとサムズアップ。
「と、とっても楽しそうなのです‥‥う、腕が鳴るのです‥‥♪」
 声はどちらも女性。
 聞く者が聞けば直ぐに誰なのかを察し、もっと勘が良ければ即座に二人の間に割って入り最悪な事態を招く前に止める事も出来ただろう。だが、残念と言おうか彼女達の思うがままと言うべきか。
「それじゃよろしく頼んじゃうんだよ、アーシャさん♪」
「お、お任せ下さいなのです、かえでちゃん‥‥っ♪」
 がっしと腕を組むのはウィルの王宮図書館で働く三人娘が一人アーシャ・マスクートと、天界女子高生の彩鈴かえで。二人の計略によって、冒険者達を招こうとこっそり計画されていたハロウィンパーティーは、とんでもない方向へ大きな一歩を踏み出した。


 ● 

「おい、そのカブもこっちだ」
 冒険者ギルドからそう遠くない、とある宿屋の一階大広間は、慌しく歩き回る大人達の手によってオレンジ色を貴重とした装飾品に彩られていた。その大人達の先頭に立っていたのは何故だか滝日向。そもそも今回のこの宴、ハロウィンの形式が天界由来の行事だというところに端を発する。

「ねーねー聞いてー? 天界にはハロウィンって言う、お菓子をくれない人には悪戯しても良いっていうお祭があるんだってー☆ すっごく素敵な響きだよね‥‥っ☆」
「あらあら‥‥それはきっとアレね、恋人達のマンネリした関係にも絶妙なスパイスになってくれるんじゃないかしら?」
「お、お砂糖大国ウィルには‥‥い、いま一番大切な要素かもしれませんのです‥‥♪」

 ――なんて会話が某月某日の某所で囁かれ、この間違ったというか偏った知識による宴の計画が某女子高生の耳に入った事で危険極まりないパーティーが開催されようとしていたのだが、たまたまこれを知った某探偵の「アホかっ!!」の怒号あってパーティー内容は普通に落ち着いた。
 曰く「ハロウィンってのは子供達がモンスターの仮装をしながら『悪戯されたくなかったらお菓子をちょうだい』って家々を回るもんだ!!」である。
 さすがにその習慣の無い人々の家にモンスターの仮装をした子供達が訪ねても驚かれてしまうだろうからと、ギルドを通じて冒険者街に暮らす冒険者達に、仮装した子供達が訪ねるから菓子を用意しておいて欲しいと頼んだ。
 ギルドから一番近い宿屋の一階に、子供達の仮装準備と、集まったお菓子を分配するためのスペースを借り、後はせっかくだから内輪でのパーティーも、と装飾も怠らない。天界でお化け南瓜を使う部分には、大きな蕪を。
 一つ一つを丁寧に。
「日向兄ちゃん、この帽子は?」
「ああ、それは魔女の仮装用だ。後でフィム達が来たら渡してやってくれ」
 ユアンの質問に卓の方を指差して答えた日向に、今度はエリスン・グラッドリー。
「日向殿、この衣装は大人用だと思うのですが」
「ん?」
 言われて確認してみれば、それは確かに大人用の装備品だ。爪のついた手袋・靴の大きさも、何と言うか、狼耳カチューシャも?
「‥‥まぁ、大人が仮装しても良いけど、な」
 自分で履いてみると妙にサイズがぴったりで嫌な予感がする。
「おや日向殿、狼男もお似合いですね」
「冗談」
 止めてくれと手を振った。すると次には手伝いに来ていた石動香代が。
「‥‥この大量の包帯は、何に使うの‥‥?」
 何処で仕入れてきたのか彼女の両手いっぱいに盛られている包帯を一つ摘んだ日向は眉根を寄せる。
「‥‥誰かミイラ男でもやるのか?」
 子供達の仮装は衣装だけで可愛さを重視している。こんなリアルっぽい仮装を予定している子供はいないはず、なのだが。
「この量も‥‥大人一人分といった感じね‥‥」
 確かめるように包帯を手にした香代は、念のための確認をと言いながらエリスンの腕にそれを巻き始めた。
「おや、私でお試しになるのですか?」
「‥‥日向さんに『しばらく動かないで』なんてお願いしたら‥‥準備が滞るでしょう‥‥?」
「ああ、なるほど」
 そこで素直に納得する辺りがエリスンだ。
 肩から腕に掛けてぐるぐる。
「‥‥脱いでくれるかしら‥‥服の上からじゃよく判らないわ‥‥」
「ふむ、ですが流石に子女の前で脱ぐのは躊躇われますね」
「‥‥それもそうね‥‥なら、兄さん。リラ」
 二人呼ばれてぐーるぐる。
 結果、どうなったかと言うと。
「ぴったり、ですね」
 巻き終えた腰周りで丁度切れた包帯に大人達は揃って小首を傾げた。狼男は日向のため? ミイラ男はエリスンのため? それって誰が何のため?
「うわぁお、二人ともぴったりだね! もしかして既にやる気充分??」
「――」
 嫌な予感がすると思った矢先のかえでの声に、日向は頬を引き攣らせた。
「おまえ‥‥これはやっぱりおまえかっ、って――」
 振り返ると同時に目に飛び込んで来たかえでの姿に一同絶句。そう、日向だけでなくエリスンや香代らも全員だ。
「――っ、おまえ何だその格好は!!」
「魔女だよ、魔女♪ 見れば判る〜♪」
「それは判るが何の為におまえや俺達が仮装する必要があるんだ!?」
「だってハロウィンだもん、悪戯しないとっ。一緒しよっ」
「するかっ」
「うんうん、そう言うと思ったから、はい♪」
 かえでから日向とエリスンへ、トンと手渡されたのは小瓶に入った‥‥魔緑色の液体。誤字ではない。
 日向は頭を抱えた。
「さぁぐぐいっと」
「誰が飲むか、こんなあからさまに怪しいモン!」
 言い返して渡された小瓶を卓に叩き付けた。と同時にコルク栓がちょっと浮く。
「いいか、かえで! 今回ばかりはおまえの言う通りになんか――」
 ごくりと飲み下す音に目を瞠れば、空になった小瓶を手にしたエリスン。
「戴いたからにはきちんと頂戴しなければ」とサラリ言い切ってくれた王宮図書館の司書殿は、皆に見守られながらの数秒後に、――咆哮した。


 ●それは彼の不幸なのか?

 さてその日、ハロウィンパーティーに招かれたものの少し遅れてしまい、急ぎ足で指定された宿に飛び込んできたシルレイン・タクハがまず目にしたのは、全身を包帯でぐるぐる巻きにした男が「ウガァーッ!」などと叫びながら宿の外へ、つまりシルレインの方へまっすぐ走って来る姿だった。

「ヒィッ!?」
「ウガォッ!」

 思わず全力で身を引いた見習い冒険者を、一体誰が責められるだろう? おまけに通り過ぎざまにシュバッ! と鋭い蹴りなんか放たれた日には。
 パクパクと青年は謎の男を見送って、それから事態の説明を求めて宿の中に視線を戻した。続け様に、何か飛び出してきた狼姿の男も「ウゲッ!?」と避ける。
 そして、青いんだか赤いんだか判らない顔見知り、ティファレナ・レギンスと目が合って。

「姐御、あの‥‥」
「シルレインさん! ぼさっとしてないでエリスンさんを捕まえて下さい!」
「はいッす! って、今の、エリスンの兄貴‥‥?」

 開口一番飛ばされた命令に、脊髄反射で従って青年はクルリと回れ右をした。なんだか良く判らないが、とりあえず行けと言われたからには行くしかない。
 青年がウィルの町にわけもわからず飛び出していったのは、つまりそう言うわけだった。

●今回の参加者

 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea9494 ジュディ・フローライト(29歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

 エリスン、夜の街に飛び出す。その場面を見、または聞いた者は揃って、複雑な表情を浮かべた。
 図書館司書というと物静かな印象が強い。実際には割合肉体労働も含まれるとは言え、とっさに彼の姿を思い浮かべればやはり、図書館で出迎えてくれる姿であるとか、どこぞで本を読んでいる姿であるわけで。

「グラッドリー様‥‥ご乱心、ですか?」

 ジュディ・フローライト(ea9494)が思わず呟いたのもだから、故のない事ではない。むしろここで納得されなかっただけ、彼は彼の職能に忠実であった、とするべきだろう。
 とまれ、そんなエリスン・グラッドリーが現在、彩鈴かえでとアーシャ・マスクートが企んだ魔緑の薬によって、己をミイラ男と思い込み、ウィルの町を徘徊している。なまじ天界知識も本を読み漁って知っていただけに、アトランティスには存在しないモンスターの知識も持っていた事が、彼の最大の不幸と言える。
 一刻も早くエリスンを確保しなければ。一般人に被害が出る前に‥‥ッ(ここ重要
 となれば、一番最後までエリスンの姿を追ったシルレインが重要参考人となるのは自然な流れだ。フォーレ・ネーヴ(eb2093)は彼女の弟子に、エリスンの行方を詳細に尋ねる。

「シルレインにーちゃん、エリスンにーちゃんはどっち行った? 格好とかも覚えてる?」
「はい、師匠」

 弟子は大きく頷いて、フォーレに彼が冒険者街の川を越えた辺りまで追いかけた所で見失った事と、その際エリスンが全身を包帯でグルグル巻きにされ、一目にはそれと解らない姿だったという事を説明した。まぁ、一目でエリスンと解らずとも、ハロウィンすら近年伝わったウィルで全身包帯姿の人間が居れば、間違いなくかの図書館司書か重傷人だ。
 そういう意味では目撃証言なり、捜索なりはしやすそうだ。ディアッカ・ディアボロス(ea5597)は彼の足の下でハッハッと舌を出してキラキラした眼差しを向けてくる愛犬の頭を撫でた。これから本格的な訓練に入る前の、遊びも兼ねた模擬訓練として良さそうだ。
 羨ましそうにダッケルとディアッカを見比べる月精霊も撫でてやるうちに、彼らはウィルの街を抜け、王宮図書館の辺りまでやってきた。ここまで、大きな騒ぎなどはなし。せいぜい夜の街を徘徊する酔っぱらい程度のものだ。
 闇雲にそれぞれが探し回っては、情報の行き違いなども生じるだろう。それを避けるため、図書館前に簡単な拠点を作ろうと提案したユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が、事情を説明して椅子とテーブルの貸与を申し出ると、図書館員は奇妙な顔をして、だが冒険者がまた何かやってるんだな、という顔で幾つか都合してくれた。
 がたがたそれらを並べる手伝いをしていたルエラ・ファールヴァルト(eb4199)がふと、眉を潜めて呟く。

「ところでその薬、効果はどの位で切れるんでしょうか?」

 すぐに切れるのならば良いが。そんな響きを持った彼女の言葉に、冒険者達は顔を見合わせた。制作者が逃亡中である以上、現時点では解るべくもなかった。





 ファンタズムでディアッカが見せたミイラ男の幻に、シルレインは「そうです、兄貴こんな格好でした!」と顔を輝かせ、あっさり再現して見せた冒険者に尊敬の眼差しを注いだ。良くも悪くも冒険者のする事は尊敬と憧れをもって受け止める、それが青年の仕様である。
 とまれ、お陰でアトランティス出身の者にもこの上なく『ミイラ男』の容姿が明らかになり、後は当の図書館司書を探すだけである。探すだけ、なのだが。
 日中ならばサンワードの使い手が幾人か居たのだが、こうも見事な夜空ではどうしようもない。そのうちの1人であるユラヴィカが大きなため息をついて、だが占い師の矜持にかけても、と占具一式を取り出した。

「こうなったら本気モードなのじゃ」

 今、彼の背には見えない炎が燃えている(はず)。
 同じくサンワードでの探索をとっさに思いついたルエラも、軽く頭を振ってその思考を断ち切り、夜の街に目撃者を捜して踏み出した。宿屋からここまでの最短ルート上に目撃者が居ないのなら、迂回路を取っている可能性は十分にある。
 エリスン・グラッドリー。本の為なら肥だめにでも飛び込むビブリオマニア。彼に本能というものがあるならば、それは間違いなく本のこと以外にはあり得ない。
 だから一計を案じ、自宅から収集した珍しい書物を餌に持ってきた、ジュディの選択は妥当だろう。アトランティスのもののみならず、ジ・アースでも珍しい書物だ。おそらく、正気の状態でも爛々と目を輝かせた図書館司書が釣れる。
 無事に手元に戻るかという一抹の不安はありつつ、テーブルの上に丁寧に並べる。後は図書館司書の第六感が、どこかから貴書のオーラ的な何かを感じ取るのを祈るのみ。
 準備を終えて待ちの体勢に入った本部とは裏腹に、フォーレもまたルエラとは別の街道筋をシルレインと共に、と言うかむしろシルレインを引き連れて情報収集に回った。

「シルレインにーちゃん、エスコートよろしくー」
「ヘッ!? エエエエスコートって何すかッ!?」

 向けられた言葉を額面通り受け取ってあたふたする、憧れやら何やらと言っている割に案外シャイな一面を持ち合わせている青年である。まぁシャイというか、師匠のお相手のディストロイな方に色々トラウマがあると言うか。
 だが勿論、青年の色々駆け巡った思いは全く的外れだ。夜にはやはり、ウィルと言えど治安は悪化するものだし、それに伴って柄の悪い連中が出てきたりするもの。実力の程はともかく、見た目的には明らかに線の細い女の子と言った風情のフォーレでは、そう言う相手に一目で舐められてしまうかもしれない。
 対してシルレインはと言えば、これまた実力の程は置いておくとして、見た目は立派にちょっと道を踏み外して戻ってきた感じの青年である。喋らせれば大型犬だが(酷
 故に、舐められないようシルレインを盾にして、経験豊富なフォーレが情報収集に当たる、と言うわけだ。そう説明すると、シルレインは納得して「はい師匠」と大きく頷いた。とは言え師はいかなる時でも弟子の成長を促すものらしく、「じゃあ次はにーちゃんが聞いてみよっか?」「へ‥‥? うッす、やってみるッす!」という会話が時折、夜の街道に響いたのだが。
 そんな様子を上空からテレスコープで見ていたユラヴィカは、微笑ましく思いつつ、視線をあちらこちらへと飛ばした。だが街道筋はまだ明かりも多いが、少し外れると暗がりがそこかしこに広がっている。これは、発見には骨が折れそうだ。
 途中、高笑いしながら逃げる娘の姿を見かけたりしたものの、大きな発見もない。彼の全精力を傾けた占いによれば、この辺りで探し物発見、の卦が出ていたのだが。
 ふむ、と飛び回りながらあちこち地上を見下ろすユラヴィカとは別に、ペガサスに乗ったルエラこちらの街道へとやって来ていた。彼女が聞き込んだ街道筋で、ちょうど冒険者街の方からやって来た通行人から、後ろから「ウガァッ!」と奇声を発しながら疾走する包帯男が、こちらの街道筋に入っていったと聞いたからだ。
 幸い殆ど通行人に危害を加える事はなかったらしい。だが進路上にいる者には容赦なく跳び蹴りを放っていたとか。正気では考えられない事態だ。恐るべし、魔緑の薬。
 故に、どこかの治療院から逃げてきて痛みに暴れているんじゃ、と普通に心配していた心優しい通行人を煙に巻いて、ルエラも急ぎ、空を駆けてきた。勿論道中でも地上にしっかり目を光らせ、それらしき姿を見たら問答無用でペガサス急降下の上ローズホイップでぶん殴る覚悟つもりだったが。

「‥‥目撃証言はあれども見つからない、ですか」
「グラッドリー様、一体どこに‥‥」

 ユラヴィカに貸したテレパシーリングで連絡を受けたディアッカがチョークで石畳に書き連ねる情報に、ジュディがため息を吐く。さすがに急な事で黒板の様なものは借りれなかったが、情報の纏めには十分だ。
 ちら、とテーブルに並べた貴書を見る。やはり、ビブリオマニアの本能に期待するにも限度があったのか。否、まだ諦めるのは早い。目撃証言を総合すれば、結局の所、ミイラ男は図書館に向かって走っている様に見える。やはりビブリオマニアは人知を超えるのか。
 幼いダッケルのジークに「その辺りを探してきてみますか」と声を掛けると、一声鳴いたジークは太い足で石畳を蹴って走り出した。とにかくご主人様の期待に応えたいようだ。
 まぁ言ったディアッカも、本当に探して来れると思った訳ではなく、遊び程度のものだったが――結果として、向こうから飛び込んできた異形の男に驚いたジークが吠え立てて、その存在が明らかになった。
 ハッ、と本部待機の2人が顔を上げる。遠くから仲間が図書館司書の名を呼ぶ声が、どんどんこちらに近付いてきている。不意に闇に浮かぶ、ゆらりと白い包帯。
 本部に用意されていたお菓子を食べに来た宵っ張りの子供達が、面白そうに安全な距離まで逃げて事の成り行きを見守った。





 明らかに正気を失った様子で、エリスンは自分を追い詰めようとする者達を、つまり冒険者達を睨み回した。表情は巻き付けられた包帯に隠されよく見えないが、緩んだ部分から覗く口元や目付きなどがまず普通ではない。
 聞き込みをしていた街道筋からエリスンを追って駆けつけたフォーレは、油断せず距離を取った。殆どタイムラグなく追いついてきた弟子に「いつもの3倍は警戒して! 後ろヨロシクだよ!」と振り返らずに指示すると、投擲用ナイフを抜いて頷く気配。
 チラ、と上空を見ると、夜目にも鮮やかなペガサスが向かって来る所だ。だがほんの少し、まだ遠い。共に飛んでいるはずのユラヴィカは夜陰に紛れて視認出来ない。
 エリスンはこちらの準備が整うのを待つ事なく「ウガァッ!」と吼えた。つまり、彼の中でミイラ男と言うのはこういうイメージ、なのだろう。

「これは時間稼ぎも厳しいかなー、っと♪」

 それでも口調だけは軽やかに放たれた鋭い蹴りを交わしたフォーレである。一般人としてはかなり鋭い攻撃であるのは確かだが、数多の猛者、さらには地獄のデビルまでも相手にした冒険者を相手に、互角以上に戦えるほどではない。
 とはいえフォーレの本分はあくまで後衛、ガプリ四つで組むには体格的にも厳しい。ちら、とルエラの方にまた視線を向けると、彼女は勇ましくペガサスの背から滑り降り、石畳に降り立った所だった。

「ウガゥッ!」
「お相手します!」

 再びの蹴りを、ルエラはすばやく滑り込んでアイギスの盾でガードし、受け流した。日頃からしっかりと足腰を鍛えてある、体重の乗った蹴りだ。繰り返しますが、図書館業務は案外重労働です。
 本部からようやく駆けつけてきたジュディが、呼気を整えてコアギュレイトを唱えた。これで魔法抵抗まで上がっていたら打つ手なしだが、幸い、エリスンの読んだ書物の中にその様な記述はなかったらしい。ふ、と動きに鈍りが現れる。
 この好機を逃す手はない。フォーレとルエラは素早く、同時に動いた。背後の死角に猫のように滑り込んだフォーレが、割と手加減なしの強力な打撃をガツンと。打ち合わせたかのようなタイミングで、ルエラが腹にスタンアタックを叩き込む。
 ガクン、とエリスンの膝が崩れた。だが油断は禁物だ、エリスンがミイラ男に対してどんなイメージを抱いているのかが判らない以上、そして魔緑の薬の効果が完全に判らない以上――恐らく思い込みが激しくなり、心のたがが外れるといった強い催眠作用が主だろうが――用心に越した事はない。
 念の為、通常の解毒剤も効果がないか試したのだが、押さえつけて口に突っ込んでみても(意外というか、突っ込まれたものはおとなしく嚥下した)一向に効き目が現れる様子はなかった。恐るべし、魔緑の薬。恐るべし、アーシャ・マスクート。
 已む無く、朦朧とした意識の中でも暴れようとするエリスンにディアッカがシャドゥバインディングをかけ、さらに銀華にスリープをかけさせた。そこまでしてようやく大人しく石畳の上に崩れ落ちたエリスンに、知らず、誰もからほっと息が漏れる。
 後は、アーシャ捕獲チームが無事、解毒薬を手に入れてくれれば良いのだが――途中、高笑いして夜の街を疾走する件の女性を見た気がするが、アレはまだ見つかっていなかったのか、それとも。
 いずれにせよ連絡を入れておくのじゃ、とユラヴィカがテレパシーリングで別チームと連絡を取り始める。どうやら出し物は終わったらしい、と子供達が食べかけのお菓子を手に寄って来て、物珍しそうにミイラ男を見下ろした。
 そんな、注目の的のエリスンの顔を覆う包帯を取り払おうとして、思い直してジュディは伸ばした手を引っ込める。この騒ぎの後だ、人目に付かない所に連れて行ってからでないと、今後の職務に色々影響が出る可能性もある。
 ほぅ、とため息をついたのは、だが別の理由。

「‥‥わたくしも、健康な身体を目指す為に‥‥鍛えた方が、良いかもしれません、ね」
「程々が良いと思いますが‥‥これは、誰に請求すべきでしょうね」

 意外に肉体派だった図書館司書の姿に我が身を、特に腕の辺りなんかを見下ろしたジュディに、もっとも過ぎる正論を言ったルエラが布切れに書き付けておいたリストを見せた。覗き込んだ仲間達が、おや、と目を見張る。
 それは木戸やら壁やらベンチやらと言った、公共物だったり私物だったりする品々。とっても町並みにありふれたものだ。チラ、と視線を向けて確認すると、グイ、と顎で魔法の眠りに落ちるエリスンを示すルエラ。
 つまり、図書館司書殿がここまでの行程で、障害物認定して打ち壊した数々であるらしい。この中に人が入っていないのは重畳だった。心から。

「木工物は直せますが‥‥」
「目覚めても覚えておらぬじゃろうしの」
「弁償するにしてもかなりの金額になりそうですね」
「グラッドリー様か、彩鈴様か、ですか‥‥」

 思わず真剣な顔をして額を寄せ合う冒険者達から、少し離れてフォーレが眠るエリスンの傍にしゃがみ込み、そっと囁いた。勿論、聞こえてはいないだろうが。

「‥‥手早く終わらせる為とはいえ、手加減できなくてごめんね?」

 手加減をしている余裕がなかったのも事実、ではあるのだが。そう呟いた師匠に、弟子はおたおた両手を振り回して、それからぐっと拳を握って「きっと兄貴も判ってくれるッす!」と励ました。
 だがしかし、この騒乱のハロウィンの夜は、まだまだ明けそうにない。