仮装パニック! ターゲットはお薬娘☆

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月28日〜11月02日

リプレイ公開日:2009年11月05日

●オープニング

 ● 作戦会議は怪しく不穏に

「ふふふふふ」
 闇の中、少女の不気味な笑い声が響く。
「それじゃあそういう事で‥‥っ」
 何やら非常に不穏と言おうか毒々しい響きを伴った声の主は、ビシッとサムズアップ。
「と、とっても楽しそうなのです‥‥う、腕が鳴るのです‥‥♪」
 声はどちらも女性。
 聞く者が聞けば直ぐに誰なのかを察し、もっと勘が良ければ即座に二人の間に割って入り最悪な事態を招く前に止める事も出来ただろう。だが、残念と言おうか彼女達の思うがままと言うべきか。
「それじゃよろしく頼んじゃうんだよ、アーシャさん♪」
「お、お任せ下さいなのです、かえでちゃん‥‥っ♪」
 がっしと腕を組むのはウィルの王宮図書館で働く三人娘が一人アーシャ・マスクートと、天界女子高生の彩鈴かえで。二人の計略によって、冒険者達を招こうとこっそり計画されていたハロウィンパーティーは、とんでもない方向へ大きな一歩を踏み出した。


 ● 

「おい、そのカブもこっちだ」
 冒険者ギルドからそう遠くない、とある宿屋の一階大広間は、慌しく歩き回る大人達の手によってオレンジ色を貴重とした装飾品に彩られていた。その大人達の先頭に立っていたのは何故だか滝日向。そもそも今回のこの宴、ハロウィンの形式が天界由来の行事だというところに端を発する。

「ねーねー聞いてー? 天界にはハロウィンって言う、お菓子をくれない人には悪戯しても良いっていうお祭があるんだってー☆ すっごく素敵な響きだよね‥‥っ☆」
「あらあら‥‥それはきっとアレね、恋人達のマンネリした関係にも絶妙なスパイスになってくれるんじゃないかしら?」
「お、お砂糖大国ウィルには‥‥い、いま一番大切な要素かもしれませんのです‥‥♪」

 ――なんて会話が某月某日の某所で囁かれ、この間違ったというか偏った知識による宴の計画が某女子高生の耳に入った事で危険極まりないパーティーが開催されようとしていたのだが、たまたまこれを知った某探偵の「アホかっ!!」の怒号あってパーティー内容は普通に落ち着いた。
 曰く「ハロウィンってのは子供達がモンスターの仮装をしながら『悪戯されたくなかったらお菓子をちょうだい』って家々を回るもんだ!!」である。
 さすがにその習慣の無い人々の家にモンスターの仮装をした子供達が訪ねても驚かれてしまうだろうからと、ギルドを通じて冒険者街に暮らす冒険者達に、仮装した子供達が訪ねるから菓子を用意しておいて欲しいと頼んだ。
 ギルドから一番近い宿屋の一階に、子供達の仮装準備と、集まったお菓子を分配するためのスペースを借り、後はせっかくだから内輪でのパーティーも、と装飾も怠らない。天界でお化け南瓜を使う部分には、大きな蕪を。
 一つ一つを丁寧に。
「日向兄ちゃん、この帽子は?」
「ああ、それは魔女の仮装用だ。後でフィム達が来たら渡してやってくれ」
 ユアンの質問に卓の方を指差して答えた日向に、今度はエリスン・グラッドリー。
「日向殿、この衣装は大人用だと思うのですが」
「ん?」
 言われて確認してみれば、それは確かに大人用の装備品だ。爪のついた手袋・靴の大きさも、何と言うか、狼耳カチューシャも?
「‥‥まぁ、大人が仮装しても良いけど、な」
 自分で履いてみると妙にサイズがぴったりで嫌な予感がする。
「おや日向殿、狼男もお似合いですね」
「冗談」
 止めてくれと手を振った。すると次には手伝いに来ていた石動香代が。
「‥‥この大量の包帯は、何に使うの‥‥?」
 何処で仕入れてきたのか彼女の両手いっぱいに盛られている包帯を一つ摘んだ日向は眉根を寄せる。
「‥‥誰かミイラ男でもやるのか?」
 子供達の仮装は衣装だけで可愛さを重視している。こんなリアルっぽい仮装を予定している子供はいないはず、なのだが。
「この量も‥‥大人一人分といった感じね‥‥」
 確かめるように包帯を手にした香代は、念のための確認をと言いながらエリスンの腕にそれを巻き始めた。
「おや、私でお試しになるのですか?」
「‥‥日向さんに『しばらく動かないで』なんてお願いしたら‥‥準備が滞るでしょう‥‥?」
「ああ、なるほど」
 そこで素直に納得する辺りがエリスンだ。
 肩から腕に掛けてぐるぐる。
「‥‥脱いでくれるかしら‥‥服の上からじゃよく判らないわ‥‥」
「ふむ、ですが流石に子女の前で脱ぐのは躊躇われますね」
「‥‥それもそうね‥‥なら、兄さん。リラ」
 二人呼ばれてぐーるぐる。
 結果、どうなったかと言うと。
「ぴったり、ですね」
 巻き終えた腰周りで丁度切れた包帯に大人達は揃って小首を傾げた。狼男は日向のため? ミイラ男はエリスンのため? それって誰が何のため?
「うわぁお、二人ともぴったりだね! もしかして既にやる気充分??」
「――」
 嫌な予感がすると思った矢先のかえでの声に、日向は頬を引き攣らせた。
「おまえ‥‥これはやっぱりおまえかっ、って――」
 振り返ると同時に目に飛び込んで来たかえでの姿に一同絶句。そう、日向だけでなくエリスンや香代らも全員だ。
「――っ、おまえ何だその格好は!!」
「魔女だよ、魔女♪ 見れば判る〜♪」
「それは判るが何の為におまえや俺達が仮装する必要があるんだ!?」
「だってハロウィンだもん、悪戯しないとっ。一緒しよっ」
「するかっ」
「うんうん、そう言うと思ったから、はい♪」
 かえでから日向とエリスンへ、トンと手渡されたのは小瓶に入った‥‥魔緑色の液体。誤字ではない。
 日向は頭を抱えた。
「さぁぐぐいっと」
「誰が飲むか、こんなあからさまに怪しいモン!」
 言い返して渡された小瓶を卓に叩き付けた。と同時にコルク栓がちょっと浮く。
「いいか、かえで! 今回ばかりはおまえの言う通りになんか――」
 ごくりと飲み下す音に目を瞠れば、空になった小瓶を手にしたエリスン。
「戴いたからにはきちんと頂戴しなければ」とサラリ言い切ってくれた王宮図書館の司書殿は、皆に見守られながらの数秒後に、――咆哮した。


 ●そして彼女は微笑んだ

「せ、成功なのです‥‥♪」

 宿に沸き起こった喧騒を目の当たりにして、実に満足そうにアーシャは不気味‥‥でなく、会心の笑みを浮かべた。常日頃、シフールになる薬を研究して止まない彼女だが、たまにはこんな悪戯心も良い。
 かえでが飲ませた魔緑の薬。それをかえでから頼まれ、作成したのが他ならぬアーシャである。せっかく悪戯しても良いと言うお祭りに、乗らない手はない。
 おい、と怒りを滲ませた声が傍らから聞こえた。振り向くと、妹ティファレナと一緒にやって来ていたグウェインがこめかみ辺りをピクピクさせている。

「確認するが、この騒ぎはテメェが原因か‥‥?」
「む、むろんなのです‥‥♪」

 アーシャはにやりと微笑んだ。ピキ、とグウェインのこめかみがまた引き攣る。それを彼は、まれに見るほどの自制心でグッと堪えた。

「元に戻せんだろな?」
「げ、解毒薬で戻るのです‥‥で、でも嫌なのです‥‥♪」

 そう言って、アーシャは怒れるグウェインにクルリと背を向け、キャハハッ! と高い声で笑いながら逃げ出した。待てコラテメェッ!? と男が全力で追いかける。
 2人を見送った友人達はしみじみ平和に呟いた。

「アーシャさん上機嫌‥‥」
「楽しんじゃってるみたいねぇ」

 ――オチないまま続く。

●今回の参加者

 ea5513 アリシア・ルクレチア(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 楽しい空気に満ち満ちていたハロウィン当夜のとある宿屋。だが、ミイラ男が夜の街に飛び出し、オオカミ男がその後を追うように、だが二の轍は踏むまいと自ら逃げ出した。その騒ぎの片棒を担ぐ魔緑の薬制作者も高笑いと共に逃亡し。
 残された冒険者、まず呆然。幾人かがはっと気付いて、逃げた2人を追いかけ始めたが、さて、無事に捕まるものか。
 その騒ぎの中で同じように呆然と成り行きを見ていたイシュカ・エアシールド(eb3839)は、まずいつもの習慣で自分に出来る事を考え始めた。

(解毒剤で戻るというのなら‥‥アンチトードでも治せそうですが‥‥)

 さすがに、この騒ぎの中でなおのんびり成り行きを見守っている制作者アーシャの友人達に聞いても、一体どんな成分の薬を飲ませたのか、なんて解りそうにない。だがアンチトードには成分指定が必須。
 つまり、逃げたアーシャを捕まえて尋ねるしかない、わけだ――なんとなく疲れたため息を吐いて、イシュカは子猫のミトンを外し、ふわふわ帽子を取った。某牧場夫人が来ると聞いての専用コスチュームだったが、町中を歩くにはちょっと。似合い過ぎてアブナイ人に拐われるかもしれない。
 宿屋の一角ではブチ切れているグウェインが、アリシア・ルクレチア(ea5513)を相手に図書館3人娘への怒りをぶちまけている。その話を聞くともなく聞いていた土御門焔(ec4427)が、だんだん同情の眼差しになって男を生暖かく見つめた。
 それにいい加減付き合い切れなくなった(のかもしれない)アリシアが、華麗に男の言葉を遮る。

「アーシャさんの消息の心当たり、と言われましても‥‥エリスンさんと違ってあんまり縁がない気がしますわ」

 まったく、おっしゃる通りである。日頃、エリスン同様図書館で働くアーシャではあるが、彼女の主な担当は翻訳作業、つまり縁の下の力持ち。直接関わる事はあまりない。
 だが、事が起こってしまった以上、そんな事を言ってもいられない。とにかく手がかりを探してみると、アリシアは急ぎ冒険者ギルドへ駆けていく。
 それを見送ったグウェインは、服装を戻してスノウホワイトの手を取ったイシュカと、生暖かい眼差しの焔に向き直り、ガッシと2人の肩を抱いた。

「ってわけだ、お前らも頼むぜ。あの小娘、生きてた事を心底後悔させてやるぜ‥‥ッ」
(‥‥なぜでしょう? 彼女を捕まえた後、生きてた事を後悔するのはグウェインさんの方のような予感がしますが‥‥)

 焔は静かに遠い眼差しになった。何となく、その予感はかなりの確率で当たりそうな気がする。
 何にせよ騒ぎが広まる前に捕まえなければと、気炎を吹き上げ宿屋を出ていった人々を、図書館3人娘の残る2人は暢気に手を振って見送った。





 図書館3人娘と言うからには、とっさに居場所を思いつくのはやはり、図書館である。冒険者ギルドまで行っても合コンやら愛の聖戦やらの話しか見いだせなかったアリシアの報告を受けて、彼らはそう結論づけた。
 見事に夜の帳が降りた今は、サンワードは使えない。ならば地道に聞き込みをするしかないと、焔も覚悟を決めて辺りを見回した。
 図書館前には簡易本部が設置され、お菓子につられた子供達と、待機する仲間の姿がある。そちらにもまだアーシャ発見の報は入っていないようだ。
 これから何が始まるのかと、きらきらした眼差しで見上げてきた精霊娘に、イシュカは静かな口調で「‥‥鬼ごっこをする事になってしまいましてね‥‥お姉ちゃんに教えてもらったでしょう?」と言い聞かせると、こっくりスノウは頷いた。とっても楽しい遊びが始まると言うことだ。
 厳密に言えば結構真剣な話なのだが、精霊娘にとってはお祭りの一環。微笑んだイシュカは精霊娘の頭を撫でる。

「逃げる人を止める為に‥‥スノウ、協力してもらえますか?」
「♪」
「ありがとうございます‥‥」

 そんな心温まる親子の会話が繰り広げられる一方で、アリシアは片っ端から通行人を捕まえては、アーシャの特徴を告げて見かけていないか聞いて回る。と言うか、人間でありながら萌葱色の髪の娘なんて、アーシャぐらいしか居ない。
 焔に魔法でアーシャの似姿を作る為に話を聞かれたグウェインも、その特徴は真っ先に上げた。上げて、盛大なため息をついて「マジであの娘が何考えてんだかわからねぇ」とぼやいた。多分解ってたら、ここで手をこまねいて捜査線を張る必要もないかと思うが。
 幸いというべきか、イシュカも以前に図書館で資料調査をした事があり、その折に多少顔を合わせたのでアーシャの顔も大体解る。まして間違えようのない髪だ、明るい所で見れば確実だろう。
 焔が作り上げた幻でそれぞれの記憶の中のイメージを補完してから、イシュカもフライングブルームに跨った。凄みのある笑みを浮かべたグウェインが、殺意に似た何かを迸らせながら走り出す。
 とは言え、捜索はなかなか難航した。この上なく目立つ娘ではあるが、たぶん図書館かな、という程度しか推測がない上に、普段頼りにする魔法も使えない。図書館内部に潜んでいる可能性は、夜勤の職員の「色ボケ3人娘が夜の図書館に? そんな事があった日にはウィルが滅びますよ」というきっぱりした一言で否定された。
 だが、どこに。次第次第に捜索場所は図書館から離れ、酒場の辺りに近付いていく。たまに酒場でハーブティーを飲みながら読書する習慣のある図書館司書ならともかく、この辺りに図書館3人娘に結びつくような何かがあるとは‥‥

「‥‥‥ぁ」
「まぁ」
「まさか‥‥こんな所に‥‥」

 居た。
 大方の予想を裏切り、図書館から離れた酒場のそばに、萌葱色の髪の娘の姿があった。しかも逃げている様子もなく、ご機嫌な様子でシフール便で勤めるシフール(若い男限定)に話しかけて嫌がられていた。
 アーシャ・マスクート。魔緑の薬の制作者の彼女はしかし、日頃はシフールに憧れ、シフールになる薬という明らかに怪しげなモノを研究してやまない一乙女である。乙女というには浮かべる笑みが邪悪すぎるが、記録係の明るい未来の為にあえて乙女と表現したい。
 まさかの展開に、誰もが一瞬目的を見失って、若い男性シフールを追いかけるアーシャを前に、呆然と立ち尽くした。グウェインなどがっくりと石畳に膝を突き、しょせん色ボケか、と本気の涙を流している。生きろ。
 冒険者達の見守る中、鋭い蹴りを食らってシフールに逃げられたアーシャがむぅと唇を尖らせ、次なるターゲットを探して視線を巡らせた。巡らせ、冒険者達と目が合って。
 ぽむ、と両手を打った。

「に、逃げてる途中だったのを‥‥わ、忘れてたのです‥‥♪」

 目的を見失っていたのはアーシャも同じだったらしい。
 一瞬のみならず止まった時の中で、一番最初に我に返ったのはイシュカだった。と言うか、精霊娘スノウがまさに、鬼ごっこの鬼が逃げる子を見つけたが如く嬉しそうにアーシャに近寄っていったので、強制的に現実に立ち戻らざるを得なかったというか。
 いけません、とホーリーフィールドでスノウを含む一帯を守る。アーシャは多分おそらく人間のはずだが、今ならきっとホーリーフィールドは彼女を拒むに違いない。
 ニヤリと、多分彼女的にはにっこり微笑んで、アーシャは素早く懐に両手を差し込んだ。次の瞬間、鞭を握った両手が夜気に現れ、慣れた手つきでしならせると両手首のスナップでぴしりと石畳を叩く。

「鞭2刀流の図書館職員さんって、普通あり得ませんわよね‥‥」
「でも現実です」

 額を押さえて呻いたアリシアに、焔が慎重に距離を取りながら言った。彼女を含め、アーシャを追ってきた面々の中で鞭にまともに対抗出来そうなのは、かろうじてグウェインぐらいだ。
 全員の期待の眼差しを背に、何とか立ち直ったグウェインが怒りを思い起こして切りかかった。

「テメェ、さっさと解毒剤寄越せッ! また俺がティーに怒られんだろがッ!」
「ま、負けないのです‥‥♪ せ、正義は暴力には屈しないのです‥‥♪」

 言ってることは非常に立派だったが、多分この中で一番正義からほど遠いのは当のアーシャであろう。だがつっこむ暇も許さず、アーシャは見事に鞭を操りグウェインの本気の剣を弾いて見せた。
 うぇ、と声を漏らしたのは誰だったか。どうやら彼女の鞭の腕前は本物らしい。
 怯まず剣を拾うグウェインの間隙を突き、アーシャは追っ手の冒険者達に走り寄った。こちらを倒し、逃走の時間を稼ごうというのだろう。
 精霊さん達、とアリシアが叫んだ。スクロールを詠唱する時間稼ぎに、一緒に居た2人の精霊達に盾になって貰い、アーシャの鞭を防いで貰おう、と咄嗟に考えたのだ。
 だが、相手はかつて下町の何でも屋の青年にトラウマを与えるほど追い詰め、今もグウェインの剣を弾いて防御した鞭の使い手。この娘を図書館に雇った責任者の顔を、切実に見てみたい。
 ほんの一動作で、アーシャは両手の鞭をしならせ精霊達を退けた。か細い悲鳴が上がり、精霊達が恐怖に逃げ惑う。だがとどめ(?)を刺す事なく、次の動作で詠唱途中のアリシアの手からスクロールを弾き飛ばした。
 焔が高速詠唱でスリープを試みる。ホーリーフィールドの中でも守られたスノウがイシュカに言われるまま詠唱に入っているが、この調子ではその前に全員倒されるか、逃げられるかしそうだ。

「グウェインさん、援護お願いします!」
「任せろ! マジ殺す!」

 本気の殺気で襲い掛かったグウェインを盾に、焔がスリープを唱えた。だが漲る気合とシフールへの妄愛(誤字にあらず)が彼女の抵抗力に加護を与えた。ニィ、と笑ったアーシャが再びの防御――し切れず右手の鞭が弾け飛んだが、左手の鞭は健在。
 2刀流の彼女はしかし、鞭一本でも遺憾なくその実力を発揮する。続けざまにスリープを発動しかけたスノウをホーリーフィールドを破壊するついでに鞭で絡め取った。だがそれ以上無体を強いる事はなく「あ、安心するのです‥‥み、峰打ちなのです‥‥♪」と唇の端を吊り上げる。多分、微笑んだのだと思われるがスノウの顔ははっきり恐怖に引きつった。それ以前に鞭で峰打ちってナニ。
 弾き飛ばされたアイスコフィンのスクロールを、アリシアがようやく追いつき、拾い上げた。だがその頃には、アーシャはクルリと鬼ごっこの子よろしく、さらに逃げる体勢に入っている。名残惜しそうにシフール便に務めるシフールの方を振り返り、振り返られたシフール達は一斉に蒼褪めてピシリと固まった。
 そのまま走り出そうとするアーシャに、怯える精霊娘を優しく抱きしめたイシュカがハッと呼びかける。

「あのッ! ‥‥謝られた方が‥‥宜しいかと、愚考致しますが‥‥」

 不思議そうに足を止め、振り返ったアーシャにイシュカは訴えた。せっかくのお祭、せっかくのハロウィン。何だかとんだ騒ぎになってしまったが、それとて悪戯を計画した片割れの天界娘と、楽しくお祭の夜を過ごせれば、と考えての事のはず。
 なのに、こんな風にたった1人で逃げ回っているのは。

「‥‥悲しく、ありませんか‥‥‥? ちゃんと謝れば、許さない人なんて誰もいませんよ‥‥?」

 だが、その言葉を聴いたアーシャはきょとんと目を丸くした。それから「キャハハッ☆」と高笑いする。

「も、問題ないのです‥‥こ、これはお祭なのです‥‥♪」

 そう、高笑いしながらアーシャは今度こそ冒険者達に背を向けて、夜の街へ消えていった。響き渡る高笑いが、だんだん遠く、街にこだましていく。
 誰からともなく、ため息が漏れた。アリシアが残念そうにアイスコフィンのスクロールを丸め、肩を落とす。焔も悔しそうにアーシャの逃げていった先を見て、それからイシュカを振り返った。

「まだ追いますか?」
「‥‥いえ、あの様子では‥‥仕方ありませんので、親友達に報告に行こうと思います」

 待っていると思いますから‥‥とため息を吐くイシュカに、そうですね、と頷いた焔はもう一度、アーシャの消えて行った夜の街を振り返った。まだかすかに、高笑いがこだましているような気がした。