お化け鼠を退治せよ!

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月25日〜10月30日

リプレイ公開日:2009年11月01日

●オープニング

 それを、最初に見かけたのは母親に用事を言い付けられた少女だった。夕飯に食べるパンを焼くから小麦粉を取って来てちょうだい、と言われて納屋に向かった少女は、村中に響き渡る悲鳴を上げて家に飛び込んできた。

「お母さんッ! 納屋、納屋に鼠が‥‥」
「大袈裟な子ね! 鼠くらいで騒いだりして」
「で、でも‥‥良いからとにかく見てみてよ!」

 必死に言い募る娘に呆れ返った母親は、お母さんが追っ払ってあげるわよ、とため息を吐きながら少女を連れて納屋へ向かった。だが近づくにつれ大きく響いてくる、ガリガリ、ゴリゴリという音に眉をひそめて娘を振り返る。
 聞かれるより早く、鼠よ、と少女は青ざめた顔で訴えた。音はもう、うるさい程だ。

「馬鹿おっしゃい。鼠がこんなに大きな音を立てるわけが‥‥ッ」

 半ば、自分の不安をごまかすように母親は勢いよく納屋の戸を開け放った。ピタ、と音が止む。ほら、気のせいだったんじゃない。
 だが細く安堵の息を吐いて納屋を覗き込んだ母親は、中でキロリと光るものに気付き、ギクリと肩を強ばらせた。お母さん、と娘が怯えた声で呼ぶ。
 そして、その光るものが巨大な――子供ほどもありそうに巨大な鼠の目だと気付いた瞬間、母親は娘以上の悲鳴を上げて納屋を飛び出したのだった。





「つまりその、お化け鼠を退治して欲しいと」

 確認した受付係に、深刻な顔で村の男は頷いた。彼らではあの巨大な鼠は、すでに手に負えない。
 サイズもさることながら、納屋の食料を食べられるのは深刻だ。衛生上も、これからの生活を考えても。
 解りました、と真剣な眼差しで受付係が頷いたのは、だからそんな訳である。間違っても、彼の家の台所にも巣食っている小さな鼠に、楽しみに取っておいたチーズを取られた恨みを思い出したからでは、ない。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1842 アマツ・オオトリ(31歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ec5159 村雨 紫狼(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec5649 レラ(20歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

 お化け鼠。またの名をジャイアントラット。くどい様だがこの敵は、個々の攻撃能力だけを見ればそれほど恐れるべき相手ではない。対個人で向かい合えば、まだ。
 だが、この鼠が恐ろしいのは戦闘力では、なく。

「おいおい、下手な魔物よりも厄介だぜ」

 巴渓(ea0167)が嫌そうに顔をしかめたのも無理はない。お化け鼠が恐ろしいのは、戦闘力ではなく、それに寄ってもたらされる被害の方だ。
 ただでさえ生存本能のままに食欲に走れば、ギルドに届けられたサイズでは冬越えの食料などあっという間に食い尽くされてしまう事だろう。さらに、天界では何やら難しい理屈があるらしいが、つまりは鼠が媒介する病の問題もある。
 その辺りは「つか俺の故郷にも居るぜ、二足歩行でしゃべる鼠とか、全身黄色で電撃出す鼠とか」と語る当の天界出身者・村雨紫狼(ec5159)が詳しいのだろうか。さらに、立って喋る犬やアヒルも存在すると言うのだから、それを聞くだけでも天界というのは実に不思議な、恐ろしい場所である。

「でも、お化け鼠の退治依頼だったら、おいらでも何とかなりそうだよ。魔物退治なんておいらじゃまだ無理だし」
「ああ‥‥民を守る為とは言え、あの黒光りする汚らわしいものどもが相手だったら、この依頼は受けておらんよ」

 まだまだ実力が足りないとため息を吐くレラ(ec5649)に、違う意味でため息を吐きながら頷くアマツ・オオトリ(ea1842)だ。お化け鼠と同サイズのアレが大量発生。想像したくない。
 そんな2人を見やって、だがクリシュナ・パラハ(ea1850)はひょいと肩をすくめるに留まった。彼女にとっては、アレでも鼠でも学問上の興味の対象であって、嫌悪する対象ではないらしい。

「全長1mと言うとレラさんと同じ位でしょうか? 繁殖するにも限界がありますから、群れても10匹前後だと思いますが」

 何より、それ以上は増えようとしても餌がないはずだ。或いは、餌がないが故に人里に現れ、村を狙ったのか。
 こういうのは何でもそうだが、始めが肝心。一旦餌場と認識されてしまうと、例え駆逐した所でまた戻ってきて食い荒らされる、その繰り返しだ。
 だから、出来ればお化け鼠の巣の特定を。そして付近に住み着いたお化け鼠を一掃するのが一番良い解決策ではないだろうか。
 その意見に、仲間から異論は出ない。誰もがその解決を思い描いていた。
 だから異論はなかったが、レラが大きなため息を吐いたのはまた、別の理由だ。

(大きいって聞いてたけど、おいらぐらいの大きさの鼠だって!? うわー、おいら1人じゃ絶対食べられてるよ〜‥‥)

 ちょっと、依頼にやって来た事を後悔した瞬間、かも知れない。





 まずは現場確認。すなわち、被害にあった食料庫や納屋を調べてお化け鼠の痕跡を確認し、どこから現れるのかや、次にどこに現れそうかという事を推測するのだ。
 村人にお化け鼠を目撃した場所を尋ね、案内された食料庫を片端から調べて回る。主に建物の周りの草や地面の痕跡を調べるのは、アマツと紫狼、渓。そして中を調べるのは、

「レラたんと○にゅ‥‥」
「‥‥何か言いましたか?」
「‥‥クリシュナセンパイデス」

 うっかり心の呼び名を口に出しかけた青年に、ギロリ、と冷たい眼差しが飛んだ。いや、そのほら、女性の象徴は豊か過ぎても肩こりで苦労するとかありますが。
 とにかくそんな班分けで、レラとクリシュナはお化け鼠の食べ残しや、残された糞がないかを徹底的に調べまわった。基本的には罠を仕掛け、食べ物で誘き出す事になる。ならば狙われやすい食料がどれか特定するのに、糞に残る未消化物などを調べるのは有効だ。
 日頃の修行の成果を見せる時、とばかりに神経を研ぎ澄ませて注意を払うレラと、涼しい顔で残されていた糞をひょいと拾うクリシュナである。ある意味良いコンビ。
 一方、外を調べるアマツも紫狼や渓と共に、地面にじっと視線を凝らして歩き回った。通常サイズの鼠とて、見るものが見れば判る足跡を残すものだ。まして1mの個体である。むしろ痕跡を残さない方が難しいのではないか。
 さらに巣穴もそうだ。巨大とは言え鼠である以上巣穴はある筈だし、巣穴がある以上それはかなりの大きさが必要とされる筈。その様な場所が用意出来るとすればどこか、と言う話にもなる。

「納屋に忍び込むのであれば、それ程離れていない場所に巣穴は存在しているのだろうな」

 アマツが思わしげに地面から視線を上げて呟いた。案外、村の中に巣がある、という考えるだに恐ろしい事態すらありうるかもしれない。可能性は無限だ。
 それは嫌だ、と思ったかどうかは知らないが、3人の聞き込みの結果、どうやら村の中に、という最悪の事態の可能性は低そうだった。この辺りの家には軒下というものは存在しないし、村内に使われなくなった倉庫というものも存在しないからだ。
 ただし郊外には空き家が若干存在する。また少し離れた所に森もあるので、巣穴があるとすればその何れかだろう。
 そこまでの辺りを付け、村に戻るとクリシュナが難しい顔で、採取した糞を突付き回していた。

「どうした、シュナ。毒餌は作れそうか?」
「そうですねー。さっき、この辺に生えてる植物なんかも軽く見て回ったんで、出来ない事はないッスけどねー」

 渓の言葉にクリシュナは大きなため息を吐く。囮の餌に毒を仕込み、鼠達に食べさせる事が出来れば。そう考えていた2人だったが、問題は大きすぎる鼠の大きさにあった。
 そもそも、この辺りに生えている毒草はそれ程毒性が強いものではない。組み合せる程の種類もないし(それ程毒草が多く生えていればそもそも人間には住み難いだろう)、それをお化け鼠が死ぬほど食べさせるには混ぜ込む為の餌も大量に必要になり、味も誤魔化さなければならない。
 ならばさっさと諦めて、次の手を打った方が現実的だ。餌に毒を仕込むのは諦めて、チーズや固パンなどを提供して貰い誘き出す。そこを待ち伏せて迎え撃つ。
 村人達に説明し、助力を頼むと、それは構いませんが夜は寒いですよ、と心配された。お化け鼠達の活動は夜が中心だ。勿論冒険者達もそれを踏まえて不寝番を敷く構えなのだが、防寒具もなしに大丈夫か? と首を捻る。
 だがしかし、ないものは仕方がない。村に余分の防寒具がある筈もなく、そのまま不寝番に突入するしかない訳で。

「これは‥‥さっさと出てきてもらわねば、冗談ではなく風邪を引くかもしれん」
「‥‥シュナ、火」
「明らかに火気厳禁ですよ、この状況は‥‥」
「呼んだら出て‥‥こねぇよな‥‥」

 夜が深まるにつれ、ちょっと真剣な眼差しで腕の辺りをさすりながら話し合う諸先輩達に、さすがは寒国の出身、防寒服を持ってきていたレラがおろおろ見回した。多分、彼女の人生の中でこんなにお化け鼠の出現を望んだ事は、他にないだろう。
 果たして、その願いは叶った。ガサガサ、とかすかに草を掻き分ける音が立ち、風か? と振り返った冒険者達の前に、キラリ、と光る目が合ったのだ。

「ようやく出たか‥‥ッ」

 アマツはむしろ、嬉々として鉄鞭を握った。夜気に冷え切った握りがむしろ心地よい。幾ら民を守るためとは言え、恐らく素早さも要求される任務とは言え、愛刀を引っさげてお化け鼠に切り込む勇気(としておきたい、あえて)は彼女にはない。
 故に用意した鉄鞭。と言って手を抜くつもりは毛頭ない。どんな獲物でも全力を尽くす、それが騎士たる勤めとばかりに、歯をむき出して飛び掛ってきたお化け鼠目掛けて手首を捻った。

「援護しますよ!」

 クリシュナのアグラベイションが、続いてぞろぞろ現れた群れのうちの一匹の動きを鈍らせる。と言うか大型犬ほどもある個体をむしろ、一匹、と表現するのはいかがな物か。イメージは『鼠一頭』。
 そんな一頭を足止めした隙に、レラが懸命に走りこんだ。彼女とて戦士の修行はしている。落ち着いて対処すればきっと、お化け鼠だって倒せるはずだ――何よりこの場に居るのは、彼女よりも遥かに実力を備えた冒険者達。若干、寒さで動きが鈍ってますが。
 だがそれでも的確にお化け鼠を仕留める先輩達に、負けないようにレラもダガーを振るう。狙うは急所。どんな敵だって、急所を狙えば一発で倒せるはず。

「よし、やった!」

 狙い済ました一撃が、思った以上に綺麗にヒットした。ギャッ! と鼠が断末魔の悲鳴を上げる。さすが、サイズが巨大になると鼠の鳴き声も可愛らしくなくなるらしい。
 ほっ、と肩から一瞬、力が抜けた。だがお化け鼠はその一頭だけではない。冒険者が5人に対して、襲ってきたお化け鼠はクリシュナの見立て通り10匹前後。都合、1人2匹始末しないといけない計算で。
 キキッ! すぐ傍で思いの外大きな鳴き声がした。振り返るとドアップに鼠の顔。本当に、大きさはレラと同じ位らしい。

「ヒッ、食われちゃう‥‥ッ!?」
「フォローするぜ! 気ぃ抜くなよ、レラたん☆」

 思わず頭を抱えたレラの頭上を、2本の光が奔った。紫狼が両手で握って操るナイフの刃だ。もとより戦いの経験の少ない彼女をフォローするつもりだった紫狼は、当初からレラの傍で周りに注意を払いながら戦っていたらしい。
 両側へと切り裂かれ、お化け鼠が首から血を噴出してドゥッ! と血に倒れた。残るは4頭。月精霊の光の下でも鮮やかに、アマツの鉄鞭がお化け鼠を打ち据え、クリシュナの操る魔法光が輝く。

「1匹は残しとけよッ!」

 目の前の1匹にダメージを叩き込みながら渓が叫んだ。巣穴の特定をするには、わざと鼠を逃がして巣穴に追い込むのが一番効率が良い。その為の囮だ。
 了解、と応じてアグラベイションにかかったもう1匹をレラと2人で倒す。吹き上がる血飛沫。まさか血には病気はないと思うが、生理的に気持ちの良いものではない。帰ったらしっかり洗い落とそう。
 うぇ、と自らの格好を見下ろしそう決意する紫狼から、お化け鼠の最後の1匹はじりじりと後じさった。すでに不利は見えている。最早頭の中にあるのは、いかにして生きて逃げ帰るかだけだろう。
 クルリ、と巨大鼠が巨躯に似合わぬ素早さで振り返り、疾走を開始した。思ったよりも早い。これは全力で追いかける必要がありそうだ――見失って巣穴を見つけられなかったのでは、これまでの苦労が水の泡。
 冒険者達は一瞬、視線を見交わした。そしてなりふり構わず、全力で逃げる鼠を追って走り始めた。






 最初の予想通り、巣穴は村外れにある使われなくなった石作りの小屋の一つの中にあったようだった。と言うか、その辺りまで走ってきた辺りでついにふっと姿が消え、すぐ傍にその小屋があった以上、結び付けざるを得ない、と言うか。
 周囲にはやはり、お化け鼠の糞らしきものが散乱している。月精霊の光の下で見てそれなのだからきっと、明るい所で見たら凄い事になっているに違いない。お化け鼠を怯えさせるだけなので、灯りは厳禁なのだが。

「やはり近くにあったか‥‥」

 アマツがしみじみ呟いた。郊外とは言え、村はすぐそこにある。これでは鼠も、狙い放題だったことだろう。
 気配を探ったレラが、中にまだ複数居るようだ、と報告した。中は多分覗かない方がいい。あのサイズの鼠が詰まっている家の中は、想像しただけでちょっとアレだし。
 渓が荷物の中から油を取り出した。中に居るのが生き物だと考えると、余り気分の良い話ではない。だがここで手心を加えてお化け鼠を殲滅しなければ、冬越えの食料を残らず食い尽くされて村人が路頭に迷い、最悪死滅することになる。

「俺が投げ込んだら、火を頼む」
「判りました」

 クリシュナが頷き、魔法詠唱の準備に入った。大切なのはタイミングだ。こちらの意図を悟る知性があるかは不明だが、もし悟られて逃げられたら元も子もない。
 タイミングを図る2人を見ながら、多分繁殖したんだろうな、と紫狼は遠い目で石造りの小屋を見た。クリシュナの言葉を信じるなら繁殖限界は10匹前後。だが天界で鼠算と言う言葉がある通り、鼠と言うのはとかく繁殖しやすく、丈夫なものなのだ。
 幸い周りの木々は少し離れた所に立っており、延焼の危険性は低そうだ。それを確認して合図したクリシュナに合わせ、渓は戸板を破って油を投げ込んだ。バシャッ! 水のようなものが跳ねる音がした直後、クリシュナが魔法の炎を放つ。

 ――ギイィィィッ!
 ――キュウゥゥゥッ!

 燃え上がった炎の中で、幾つもの断末魔の鳴き声が響いた。炎を直視すると中で蠢く何かが見えそうだ。だが逃げ出して被害が広がってはいけないので、目を逸らすこともできない。
 その炎は、明け方まで夜空を焦がしたのだった。





 お化け鼠は退治したが、依頼はこれで終わりではない。焼き払った小屋の後始末もしなければいけないし、村の対策も考える必要があるだろう。
 紫狼はげんなりしながらクリシュナと共に、焼き払った小屋の中の死体を検分する役目に当たった。ちゃんと死んでいるかどうか、逃げた個体がいないかどうか。見張っていたとは言え夜のことだ、見落としがあることも考えられる。
 さらには死体をそのままにしておく訳にもいかない。火を使った事自体は使われていない小屋だった事もあって大目に見てもらったが、その焼け跡やら死体の後始末もしっかりしておかねば、そこから変な病気が蔓延することも考えられる。
 故に焦げ臭い匂いで鼻が曲がりそうになりながらその作業に従事する2人を除く、他の3人は全員総出で、村中を掃除して回り、渓が持ち込んだ酒を使って簡単にアルコール消毒をして回った。すでに体調を崩しているものもいて、こちらはアマツが持っていた「桜根湯」をもしやと飲ませてみると、やや回復したように思われた。
 それをほっとした笑顔で見届けて、腕まくり勇ましく箒を持つ騎士の姿に、ありがとうございます、と声が掛けられる。その度に彼女は気にした様子もなく笑い『これも民草を守る騎士の役目だ。気にせんで良いぞ』と手を振った。

「食料庫までは手が回らんな。そっちの対策も出来れば良かったんだが‥‥ああ、レラ、帰ったら手洗いうがいは忘れんなよ。体もきっちり洗えな」
「う、うん‥‥と言うかおいら、目が回ってきた‥‥」

 酒を口に含んで霧のように噴出す、と言うやり方で広範囲の消毒をカバーしていた冒険者達だったが、どうやらうっかり飲み込んでしまったらしい。顔を赤くして訴えるレラに、戻ってきた紫狼が苦笑し、頭をぐしゃぐしゃ撫でる。





 こうして、村はお化け鼠の恐怖から解放された。失われた食料に関しては、近隣の町村に助けてもらえないか交渉してみる予定だと言う。