卵泥棒〜人質交換〜
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■ショートシナリオ
担当:sagitta
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 40 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月12日〜06月17日
リプレイ公開日:2008年06月19日
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●オープニング
「どうかっ! 助けてくださいっ! このとおりっ!」
穏やかだった冒険者ギルド内に突然の大声が響き渡り、あたりがシン、となる。
衆目を集めているのは、店内に足を踏み入れたばかりの中年の男だ。服装からして行商人。それが、店の床に膝をついたかと思うといきなりがばっと頭を下げ、額を床にこすりつけた。
「お願いだ! 何でもするから! どうかどうか!」
涙さえ流し懇願する男に、受付嬢が戸惑った声をかける。
「あの、何があったか分かりませんが落ち着いてください! ほら、そんな風にしなくていいですから‥‥あれ、あなた?」
男の背中に手をかけて顔をのぞき込んだ受付嬢が首をかしげる。この男、どこかであったような気が‥‥。
「あ、もしかしてナーガの卵を返して欲しいと頼みに来た方ですか?」
受付嬢の言葉に、男は力なくうなずく。
涙を流して土下座している男は以前ギルドに「出来心でナーガの卵を盗んでしまい、命を狙われているから助けて欲しい」と依頼をしに来た行商人コンラッドだった。
依頼の方は、参加希望者が集まらず、見放された男は脅えながらギルドをあとにしたのだった。
「あのあと‥‥いったいどうなったのです?」
表情を硬くしながら受付嬢が尋ねる。冒険者ギルドで断った依頼人のその後を聞くのは彼女にとって愉快な話ではないが、こうして再び助けを求めに来ている以上聞かないわけにはいかない。
コンラッドは震える声で話しはじめた。
「ここに見捨てられたあと、私は命を狙われる恐怖から逃れるために、ほとんど家から出ず、たくさんの用心棒を雇って屋敷の周りを見晴らせていたんだ。それはもう気が遠くなりそうな日々だった。何か物音がするたびに、何かの影を目にするたびにそれが私の命を狙っているように感じたんだ」
思い出すだに恐ろしい、といった様子のコンラッドに、受付嬢の胸が痛む。
「その時私は、自分のことだけで精一杯だったんだ! 自分の命が狙われている、ということにしか頭が回らなかった。まさか‥‥まさかこんなことになるなんて!」
「いったいどうなったと言うんです?」
「カタリナが‥‥娘が‥‥」
「娘さん?」
そういえばこの男には14才になる一人娘がいるのだ、ということを受付嬢は思い出す。
「娘が‥‥さらわれたんだっ!」
「なんですって?!」
「娘は昨日の朝教会に読み書きを習いに行く途中でいなくなった‥‥そして今朝屋敷に、この手紙をつけた矢が投げ込まれた」
コンラッドが震える声で差し出した文を開くと、なにやら文字が書かれている。どうやらヒンドゥー語のようだ。
「店の者に訳させたところ、『娘は我々が保護している。無事に返して欲しければ卵を持ってこい。卵に何かあれば娘の命はない』と書かれているそうだ」
どうやら卵を盗まれたナーガ夫婦は、警備を厚くして屋敷にこもったコンラッドに手を出しかねたらしい。いつまでも卵を奪い返せないナーガ夫婦は業を煮やし、人質交換を思いついたのだ。
「それで、卵は? 無事なんでしょうね?」
「‥‥ここにある」
コンラッドが懐に大事に抱えていた分厚い布の固まりを取り出す。中にはいつかも見せられた巨大な卵が収められているのだろう。
「あれ、今、卵が動いたような‥‥」
「‥‥最近どうも動くみたいなんだ。孵りでもしたらややこしいことになるな‥‥」
「呼び出されている場所は分かるのですか?」
「ああ、手紙に地図のようなものが書かれていた。ここから徒歩で2日程度のところにある湖沼地帯だ。もちろん、こちらで馬車を用意するから1日で着く」
コンラッドの言葉に、なるほど、と受付嬢がうなずく。
「頼む! 今回こそは助けてくれ! 娘の、カタリナの命がかかっているんだ! 私自身はどんな罰を受けたっていい! だが娘は、娘は何も悪くないんだ!」
「‥‥分かりました。きっと、娘さんは無事に取り返しましょう」
●リプレイ本文
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「『私自身はどんな罰を受けたっていい』という言葉に嘘はないだろうな?」
馬車に乗り込んだオイル・ツァーン(ea0018)が、硬い表情で口を開く。
「いや、それはその‥‥」
その剣幕に恐れをなしたのか、コンラッドが目を泳がせて口ごもる。
「娘さんを誘拐されて、辛い思いをしていることと思います。ですが、そのナーガのご夫妻も、今のあなたと全く同じ思いをしているのだということをご理解ください」
中に藁を敷き詰めて、毛布に包んだ卵を納めた木箱を大事そうに胸に抱えたジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)も、丁寧ではあるが断固とした口調で言う。
「そもそも出来心で人様の卵を奪うとは何事ですか。神経を疑います」
隣に座るフィーナ・ウィンスレット(ea5556)の眼差しも厳しい。
「いや、人様と言ってもナーガだし‥‥」
視線に耐えかねていらぬことを口走ったコンラッドに、フィーナの目が釣りあがる。
「どの口が、そんなことをおっしゃっているのかしら? 腕を切り落として差し上げましょうか?」
「ひぃっ!」
「まぁ、それは冗談です、ええ」
顔に笑みさえ浮かべて言うフィーナ。目は全く笑っていない。コンラッドは震え上がって気を失いかねない様子だ。
「ナーガは、人に劣らぬ知性の持ち主。子を奪われて感じる苦しみも、人と変わりません。あなたは人の子を誘拐するのと同じ罪を犯したのだと自覚してください」
ジュヌヴィエーヴの言葉に、コンラッドがかくかくとうなずく。
「お前がすべきことは、素直に卵を返し、ギルドに依頼に来たときと同じ気持ちで誠意をもって謝ることだ」
「もちろん、人間に対するのと同じように、ね」
オイルが言い、フィーナが付け加える。
「もしそれすらもできぬというのなら、夫婦の怒りを静める方法などない。娘の無事はあきらめることだな」
オイルが冷たく告げる。娘の話が出ると、コンラッドの表情がぐっと引き締まった。
「‥‥みなさんの言うとおりです。娘の、カタリナのためなら‥‥私はどんな罰でも受けます」
決意の表情で言う。その真剣な顔を見て、オイルが満足したようにうなずく。
「その言葉、偽りはないな? ‥‥よし、ならば私たちも協力しよう」
「あ、この卵‥‥また、少し動いたみたいです。‥‥どうやら、急いだほうがよさそうですね」
ジュヌヴィエーヴの言葉に、全員がうなずいた。
●
一方その頃。
セブンリーグブーツを履いて馬車に先行したヒルケイプ・リーツ(ec1007)とサリ(ec2813)の二人は、地図を頼りに待ち合わせ場所にたどり着いていた。
「おそらくこの辺だと思うんですけど‥‥」
たどり着いた湖沼地帯と地図とを見比べ、ヒルケがつぶやく。
と、ひゅん、と風を切る音。あわてて後ろに飛びのいたヒルケの足元に、一本の矢が突き刺さった。
「ヒルケイプさん、あそこっ!」
サリが鋭い声で指差した先には、二つの影。
『ナーガさん、待ってください! 私たちはあなたたちに危害を加えるつもりはありません』
両手を開いて武器を持っていないことを示しながら、サリがヒンドゥー語で叫ぶ。ヒルケもそれに習って両手を挙げる。
「‥‥卵ハ、ドコニアル?」
怒気をはらんだ片言のイギリス語。二人のナーガがヒルケとサリの前に降り立った。
一人は男性。その姿はまさしく直立した竜。
もう一人は女性。蛇の下半身に、人間の女性によく似た妖艶な美貌の上半身。
間違いなく、目的の夫婦だろう。
「アノ男ガイナイ! 卵ハドコダ!」
夫ナーガが怒りの声を上げる。彼らは旅の途中で会ったコンラッドの顔を覚えているようだ。
「お子さんが孵りそうなので、コンラッドさんは慎重にこちらに向かっているのです」
「まもなく到着しますので、もう少し待っていただけないでしょうか?」
サリとヒルケが交互に言う。
「卵ハ? 無事ナノダロウナ?」
尋ねたのは奥さんの方だ。その目は血走っている。
『もちろんです! 私たちの仲間が同行していますから、卵の無事は保証します』
少しでも親近感を持たせようとヒンドゥー語で話したサリの言葉に、夫婦の表情がわずかに緩む。
『それで‥‥その、カタリナさんは?』
ヒルケが恐る恐る尋ねる。彼女も、夫婦の許可を得てテレパシーのスクロールを使用しているため、意思の疎通に問題はない。
『あの娘なら無事だ。われわれは人間と違って、むやみに子供を傷つけたりするほど野蛮ではないからな』
夫ナーガの痛烈な皮肉に、返す言葉もない。
『あの娘は父親と違って賢い子だよ。事情を話したら自分から協力する、と言ってくれた』
妻のナーガが言い添える。彼女の言葉にはカタリナに対する親しみさえ感じられ、ヒルケイプとサリはほっと胸をなでおろした。
●
『‥‥着いたみたいです』
サリが馬の蹄と車輪の音を聞きつけ、ナーガ夫妻に告げる。
まもなく、彼らの前にコンラッドを乗せた馬車が到着した。
「お待たせしてすまない。そちらの方々が、件のナーガ夫妻さんか」
馬車から降りてきたオイルがヒルケとサリに目をやり、ナーガ夫妻に目礼する。
「われわれがするべきことはこの場をセッティングすること。後はあなた自身の仕事ですわ、コンラッドさん」
フィーナもひらりと馬車から降り立ち、馬車の中に声をかける。
「あ‥‥ああ」
次に、緊張した面持ちでよたよたと馬車を降りたのはコンラッドその人だ。
「オマエ!」
見覚えのあるその顔を見て、夫ナーガが色めき立つ。
「私たちの役目は、あくまでも話し合いの仲裁役です。完全にあなたの側に立つわけじゃありません」
フィーナがコンラッドに告げる。
「大丈夫。心を込めて謝れば通じますよ」
そう言いながらコンラッドの背中を押したのはジュヌヴィエーヴ。胸に大事そうに抱えた木箱を手渡す。木箱を受け取ったコンラッドはそれを慎重に開け、中から毛布に包まれた卵を取り出してナーガの夫妻に示してみせた。夫妻が、明らかにほっとしたような表情になる。
『卵はすぐにお返しします。ですがその前に‥‥カタリナさんの無事を、確かめさせていただけないでしょうか』
サリが、真摯な表情で言う。
二人のナーガはお互いに顔を見合わせ、小さくうなずいた。
「かたりな」
妻のナーガがその名を呼ぶ。木々の陰から出てきたのは、他ならぬカタリナ本人だ。彼女は拘束されることもなく、身を潜めてこの状況を見守っていたらしい。
「カタリナ! 無事だったのか!」
「お父さん! 何てことをしたの!」
今にも走り出さんばかりのコンラッドを強い言葉で制したのは、カタリナ自身だった。
「全く信じらんない! 今すぐナーガさんたちに卵を返して、心から謝って! じゃないと、ナーガさんたちは許してもあたしが許さないわ! 絶対お父さんの元になんか帰らないんだから!」
顔を真っ赤にして怒りを顕わにするカタリナ。その剣幕は、冒険者達でさえ口を挟むのをためらうほどだ。
「娘さんの言うとおりですね。親に似ず、賢い子ですわ」
フィーナが皮肉たっぷりに言う。
「他の誰が言っても仕方がない。あなた自身が卵を返し、謝るんだ。分かっているな?」
オイルの言葉に、コンラッドはうなずく。そして勢いよく膝をつき、頭を下げた。
「すまなかった! 私はどんな罰も受ける! だからどうか、娘を助けて欲しい! このとおりだ!」
コンラッドが地面にこすり付けんばかりに頭を下げて懇願する。サリが、ナーガ夫妻に通訳をするが、実際はそれも必要ないだろう。それほどに真剣な、心からの謝罪だった。
「ドンナ罰デモ受ケル、トハ本当ダロウナ!」
そう言って夫ナーガが、土下座するコンラッドを睨みつける。手にした槍を振り上げ、激しい怒りのためか牙が並んだ口の隙間からちろちろと炎が漏れ出している。
「ナラバ、ソノ命ヲモッテ償エ!」
雷鳴のような咆哮を上げ、夫ナーガが跳躍した。
「っ!」
恐怖のあまり目を閉じて、歯を食いしばったコンラッド。その首すれすれのところで槍は止まっていた。すぐに飛び出せるよう身構えていた者達がフッと息をついた音が、あちこちから聞こえる。
「‥‥かたりなニ辛イ思イヲサセルノハ本意デハナイカラナ」
夫ナーガが言って、槍を収める。その間に、妻のナーガが木箱の中の卵をいとおしそうに抱え上げていた。
自由になったカタリナの肩を、ヒルケがそっと抱く。
「あなたのおかげで、無事にすみました。‥‥もう大丈夫です」
カタリナが、赤くした顔のままで小さくうなずく。その肩は小さく震えていた。
●
『‥‥卵が!』
突然、妻のナーガが、小さな叫び声を上げた。見れば、遠目にも分かるほどに激しく卵が揺れ動いている。
「すぐに産まれるのかも! 冷たい風を避けられる場所を作りましょう。コンラッドさんも手伝って!」
ジュヌヴィエーヴがそう言って簡易テントを組み立て始める。組みあがったテントの地面に毛布を敷き詰め、その上に妻のナーガがそっと卵を置く。
ナーガの夫妻と冒険者、そしてコンラッド親子が固唾を呑んで見守る中。
ピキッ。
小さな音を立てて、真っ白な卵の表面に亀裂が走る。亀裂は見る間に広がっていき、やがて、殻の上部1/3ほどが外れて地面に転がった。
「かわいい!」
カタリナが歓声を上げる。中から現れたのは小さなトカゲ‥‥のように見えるが、トカゲよりは頭が大きく、背中には小さな翼もある。
「男の子ですね。ナーガさんの赤ちゃん、はじめて見ました」
サリが顔をほころばせる。
「うわぁ〜よかった、よかったよぉ〜。すまなかったぁ〜私が悪かったぁ〜」
情けなく男泣きしているのは、なんとコンラッドだ。赤ん坊の姿を見たことで、ようやく自分のしたことの罪深さを悟ったらしい。
「んがぁ」
吐息とも鳴き声ともつかない声を上げて、よたよたと頼りなく揺れながら母親へと手を伸ばした赤ちゃんナーガを、妻の、いや母親のナーガがそっと抱き上げる。夫ナーガが妻の肩をいとおしそうに抱き寄せた。