【北海の港町】海に囚われた恋人
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■ショートシナリオ
担当:sagitta
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:6 G 30 C
参加人数:4人
サポート参加人数:2人
冒険期間:07月22日〜07月31日
リプレイ公開日:2008年07月29日
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●オープニング
キャメロットから北東、徒歩4日で辿り着くロッチフォード東端の港町『メルドン』でも北海の異常による余波が訪れていた。
主に漁猟で支えられている素朴で小さな港町で、大らかな性格の民が多い。特色はないものの、漁で獲れた海の幸が民の自慢で、酒場や食堂、宿屋など幾つか見掛けられ、船乗り達の憩いの場だ。
メルドンからキャメロットの冒険者ギルドに依頼が届くようになったのは最近の事である‥‥。
「冒険者ギルドってのは、ここっ?」
ギルドに飛び込んで来るなりそう言ったのは、炎のような赤い髪の毛を短く切りそろえた、気の強そうな少女。よく見れば健康的な容姿の美少女だが、陽に灼けた顔をはじめ、身体じゅうのあちこちは泥で汚れ、中には赤く血が滲んでいるところもある。
「そうですけど‥‥って、どうしたんですか、その傷?」
「あたしのことはどうでもいい。ここで、冒険者を雇えるってのは本当かい?」
差し伸べようとした受付嬢の手を遮って、赤毛の少女は鋭い表情で尋ねる。
「え、ええ、そうですけど」
「頼みがある! あたしの恋人を助け出してほしいんだ!」
床にこすりつけんばかりに頭を下げた赤毛の少女の様子に、受付嬢が眉を寄せる。
「‥‥詳しく話してください」
赤毛の少女(アゼラ、と名乗った)は、話し始めた。
彼女はメルドンに住む漁師の娘で、将来を誓い合った恋人のミケルがいた。
漁師の息子で、自身も腕のいい漁師でありながら冒険者に憧れるミケルは、今回の北海の異常を調査しに行く、と言って一人で海に出て行ってしまった。
それが10日前のこと。一向に戻らないミケルを心配したアゼラは、7日前、村の漁師とともに船を出して、ミケルの捜索に向かった。
だが、途中で出会った海の守護者によって追い返されてしまい、船と乗組員全員が無事な状態で砂浜に打ち上げられたのだという。
「海の守護者?」
「マーライオンだ」
アゼラは言う。体の前半分が獅子、後ろ半分が魚という姿のモンスター。人語を解する頭のいい種族で、海の平和を守っているのだという。
「『今の北海は危険だ。お前たちのようなものが来るべきではない』。マーライオンはそう言ってあたしたちを追い返した。ミケルのことを聞く暇さえなかった。だけど‥‥たぶん、彼らはミケルのことを知っているそぶりだった。だからもう一度彼らに会って、ミケルのことを聞きたいんだ」
ギュッと眉をよせて絞り出すように話すアゼラ。気を抜くと、涙がこぼれてしまいそうだから。だから彼女は必死で強がっていた。
「町の漁師たちは、ミケルのことはあきらめろ、って言う。海の守護者に警告された以上、もう船は出せないって言うんだ。だけど、だけどあたしだけは、ミケルを、あきらめちゃいけないんだ‥‥」
後半は、自分に言い聞かせているかのようだった。
「‥‥わかりました。お力になれるかどうかはわかりませんが、冒険者を募ってみましょう」
受付嬢が言う。
ミケルが海に入ってから10日も経っているのだ。正直に言って、彼が無事である可能性は非常に低いだろう。だが、だからと言ってすがりつくアゼルにあきらめろというのはあまりに酷というものだ。
受付嬢の言葉に、アゼルは顔を上げ、ほんのわずかに微笑んでうなずいた。その表情の幼さに、受付嬢は胸が衝かれる思いがした。よく見れば、アゼルはまだ十代前半ではないか。おそらくはミケルもそう変わらぬ歳なのだろう。
彼の無事な帰還という奇跡を、祈らずにはいられなかった。
●リプレイ本文
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港町メルドン。
平時は穏やかなこの町も、今は北海の不穏な空気を映してか、どことなく落ち着かないように見える。
馬や魔法の靴を使って徒歩の半分ほどの時間でメルドンに着くやいなや、小船に飛び乗ったアゼラが、焦った声で叫ぶ。
「全速力だ! ミケルが、ミケルが危ないんだ!」
「落ちつけ、アゼラ。気持ちはわかるが焦って先走り、君が危険にさらされては元も子もない」
出航前のチェックもせずに船を出そうとするアゼラに静かながら鋭い声をかけたのは、シャノン・カスール(eb7700)だ。
(「おそらく、ミケルの生存はかなり絶望的だろう。何かに助けられでもしていれば可能性がないわけではないが‥‥」)
心の中で呟くが、さすがに言葉にはできない。
「あたしなんてどうなってもいい! ミケルが!」
「いい加減にしろ!」
アゼラの言葉に、シャノンが少しだけ声を荒げる。
「‥‥俺たちにできることなら協力してやる。だが今、確実に生きているのは君だ。君が命を落とすようなことには賛同できない。わかってくれ」
「ミケルを『救出』するの! そのためには、アゼラが生きていないとだめなの!」
駄々っ子のような口調で、ガブリエル・シヴァレイド(eb0379)が言う。彼女の目はまっすぐに真剣で、アゼルも目をそらすことができない。
ポン、と包み込むようにアゼルの肩をたたいたのはアニェス・ジュイエ(eb9449)だ。
「あたしは、海が、好きよ。無数の命を抱いて、激しさも穏やかさも全て堪えて、限りなく広がり、たゆたってる海が、ね。‥‥それが誰かの嘆きの象徴になっちゃうのは、悲しいじゃない。あたしたちにできることはなんでもしたいの。お願い、協力させて」
穏やかに言ったアニェスに、アゼラが静かにうなずく。
「助けに行くことに反対なんてしません。でも、自分のことはどうでもいい、なんてどうか思わないで。ミケルさんが大切に想っている、あなたの命なんですから。確実にミケルさんのところまで行く。それがあなたに必要なことでしょう?」
「その通りだ。ごめん。なんとしても、ミケルのところまでたどり着く。あたしに任せて」
マロース・フィリオネル(ec3138)に言われ、アゼルが先程までの己の行動を恥じたように頭を振り、しっかりと顔をあげた。
●
「このあたりだ。‥‥あたしたちが『海の守護者』に追い返されたのは」
しっかりと落ち着きを取り戻し、着実に船を操ってきたアゼルが、不意に口を開く。
「海の守護者、マーライオンか。こんな場合でなければ、会えることは嬉しいんだけど」
アニェスが小さくつぶやく。
「あそこだな」
最初に見つけたのは、シャノンだ。海の向こうにかすかに見えた白い影が、こちらに近づいてくる。体の前半分が獅子、後ろ半分が魚。明らかに怪物的な姿なのに、なぜだか神々しささえ感じる。
『‥‥またお前か、人間の娘』
ぼやくような声が、冒険者たちの脳裏に響く。テレパシーによる通話だ。
「あなたが、海の守護者様ですね。私は神聖騎士のマロースと申します。恐れ入りますがこちらにいらっしゃいますアゼラさんの恋人、ミケルさんを救出してほしいと依頼を受けまかり越しました。何かご存じなことがあればお教えいただきたく存じます」
マロースが膝を折り、最大級の礼を持ってマーライオンに語りかける。
『‥‥ここはお前たちのようなものが来るべきではない、と言ったはずだが? 一人の人間のために、それ以上の人間が死んでは、元も子もなかろう?』
「私たちは、どうしても、ミケルを助けたいの! もし彼が無事でなかったとしても彼を弔って‥‥その魂だけでも救いたいの」
威嚇するような守護者の言葉に一歩も引くことなく、ガブリエルがまっすぐに言い放つ。
「ねえ『海の守護者』。どうしても‥‥ミケルを連れて帰りたいのよ。あたしたちは冒険者。自分の命の責任は自分でとるわ。お願い、居場所を教えて頂戴」
「どうかお教え頂けますよう、何卒お願い申し上げます」
アニェスとマロースも言葉を継ぐ。海の守護者は、彼女たちの言葉にじっと耳を傾けているようだ。
「最近の騒ぎにはデビルが関わっているという噂もあるが、まだ元凶は突き止められていない。我々冒険者が協力できることはないのか? 人間ごときの力では役者不足か? 確かに一人では無理だろうが、あなたたちにできないことでも出来るものがいる可能性があると思う」
シャノンの言葉に、マーライオンが口の端を歪めた。
『われわれに、共闘しろというのか?』
「その可能性も考えるべきだ、と言ったんだ」
試すような守護者の言葉にも、シャノンは目をそらさない。
『‥‥いいだろう。そこまで言うのなら、お前たちの生命は一切保証しない、という条件で教えてやる。だが‥‥世の中には、知らない方が幸せということもあるかも知れんぞ』
海の守護者の言葉に、冒険者たちは、そしてアゼラは、強ばった表情でしっかりとうなずいた。
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薄暗い曇空を映した海は灰色で、人々の不安を投影しているかのようだ。
アゼラが何かに耐えるような表情で唇を引き結んだまま、海の守護者に教えられた海域に船を進める。その間、誰も口を開かない。
「‥‥このあたりの、はずだけど」
絞り出すような声で、アゼラが言う。
「アンデッドの反応があります!」
叫んだのはマロースだ。冒険者たちの顔に緊張が走る。
「見て! 海の向こう。二つの影があるわ」
アニェスが指差した方向に目をやると、切り裂くように海を泳いでやってくる二つの影が見えた。
ひとつは明らかな怪物だ。上半身が人間、下半身が魚。構成しているものはマーメイドのそれと変わらないのに、どうしてここまでの凶悪さを醸し出せるのだろう。暗い色の鱗に包まれた体は悪魔じみていた。
そしてもう一つの影は‥‥。
「ミケル!」
アゼラが悲鳴のような叫びをあげて船の縁に駆け出そうとするのを、シャノンが羽交い絞めにする。止めなければそのまま海にも飛び込みそうな勢いだった。
「離せ! ミケルが、ミケルがあそこにいるんだ!」
「よく見ろ! ミケルは、彼はもう‥‥マロース、アゼルを頼む!」
暴れるアゼルをマロースに任せ、彼は二つの影に対峙する。アニェスとガブリエルも魔法の詠唱を始める。
彼らの目の前には、悪魔じみた怪物と、ズゥンビ化して変わり果てた姿になったミケルがいた。
最初に動いたのはシャノンとガブリエル。シャノンが怪物にアグラベイションを、ガブリエルがアイスブリザードを放つ。アグラベイションは抵抗されるが、アイスブリザードが怪物を襲う。だがそれは怪物の鱗をわずかに傷つけたのみだ。
怪物もほぼ同時に魔法を放つ。黒い炎がシャノンを包み、軽傷を負わせる。
怪物に効果をもたらしたのは、マロースのホーリーだ。聖なる力が包み込み、怪物は苦悶の叫びをあげる。だがそれも致命傷には程遠い。
少し遅れて、アニェスがサンレーザーを放つ。これも怪物の鱗をわずかに焼く。
ミケルは、虚ろな瞳のまま、海上を歩いてこちらに近づいてくる。
「だめだ。決定打がない! このまま船に乗り移られたら明らかに俺たちの不利だ! 撤退するか?」
シャノンが苦しそうに言う。
「だめなの〜! まだミケルを救っていないの!」
「せめて、彼の浄化だけでも!」
そう言ってマロースが、ミケルに向けてピュアリファイを放った。まともに受けたミケルの体がぐらりと揺れる。
「効いています! あと少し!」
「だが、それまで俺たちが持つか‥‥」
シャノンが言ったそばから、怪物の放った炎がガブリエルを襲い、彼女も軽傷を負ってしまう。
お返しにシャノンが稲妻を、マロースが聖なる光を、ガブリエルが吹雪を、そしてアニェスが陽光をそれぞれ放つが、どれも決定打とはならない。怪物の生命力には、果てがないように思われた。
『僅かながら助力しよう』
突然そんな声が聞こえた。見れば、白い影が海を切り裂いて怪物に迫っている。海の守護者だ。
『この海を、ダゴンごときにいいようにはさせん』
守護者の姿を認めた怪物が、突然くるりと冒険者たちに背を向けた。冒険者たちとマーライオンを一度に相手にするのは得策ではないと判断したらしい。マーライオンも深追いはせず、威嚇するにとどめる。
ズゥンビのミケルは主の突然の逃走に対応できず、その場に立ち尽くしたままだ。
「浄化しなさい! ピュアリファイ!」
マロースの魔法が放たれる。ミケルの体は白い光に包まれる。
「‥‥浄化完了、です」
マロースが呟いた。白い光の中に溶けるように、ミケルの体が消えてゆく。
「ミケル!」
今まで呆然としていたアゼルが、悲痛な叫び声をあげる。
「ミケルの魂、今浄化されたの。ミケルの心は救われたはずなの」
ガブリエルが言う。彼女も泣きそうだ。
「遺体は回収できませんでしたが、せめてここを清め、祈りをささげましょう」
そう言ってマロースが聖水を取り出し、静かに海に流す。アニェスが、アゼルの背中をぎゅっと抱き締めて言った。
「あんたは、イイ女だよ。これからもっと、イイ女になる。先が、楽しみじゃないの。頑張ったね‥‥お疲れ様」
その言葉にアゼルは、ようやく、声をあげて泣いた。いつまでもいつまでも、泣き続けた。涙は海に流れ、静かにたゆたって行った。