【メルドン慰問】アーチボルドと人形劇
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■ショートシナリオ
担当:sagitta
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 97 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月24日〜11月03日
リプレイ公開日:2008年10月30日
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●オープニング
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冒険者ギルドを訪れた者は掲示板を前に足を止めた。
――メルドンへ慰問団を派遣する依頼。
小さな港町メルドンの大津波による災害は、誰もが知る大事件である。
――自分もメルドンの民を励ます力になりたい!
慰問団は10人前後。護衛を兼ねた冒険者はキャメロットに戻る必要がある。
訪問期間を調整すれば、慰問の人手は多いに越した事はないだろう。
アーチボルドは受付に向かった。
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「メルドンで、人形劇をしようと思う」
自慢の髭をしごきながら、いつになくシリアスな表情でアーチボルドが言う。
「人形劇、ですか」
ギルドの受付嬢が聞き返すと、アーチボルドが神妙な面持ちでうなずいた。
「私はいつも、演劇の力、というものを考えている。演劇は所詮、単なるエンターテイメントだ。亡くなったからと言って、誰かが死ぬわけでも、町が滅ぶわけではない」
いささか自嘲的な響き。だが、その目には熱い炎が宿っている。
「だが、それでも私は演劇の持つ力を信じている。くだらない演劇が、ほんのわずかでもメルドンの人間どもの慰めになるのならば、それだけで十分に私が命をかけるべき価値のあるものだと思うのだ」
アーチボルドの言葉に、受付嬢は微笑む。頑固で口が悪く、変人と呼ばれるアーチボルドだが、それも全て彼の一途さによるところだということを、受付嬢は知っていた。
「でも、どうして人形劇なんです?」
受付嬢が尋ねると、アーチボルドは決まり悪そうに髭をしごいた。
「それは、子供たちにはその方がわかりやすいかと‥‥い、いや、新たな演劇の方向性を模索するために決まっているではないか!」
あわてて胸を張って取りつくろってみせる。素直じゃないのは、彼流の照れ隠しなのであった。
●リプレイ本文
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「貴様たちが、今回の依頼に参加する冒険者だな。‥‥む? 二人だけか‥‥」
約束の時間に現れた冒険者に、変態演出家ことアーチボルドが話しかけた。
「人数は少ないですが、できる限り力になります」
いささか落胆した様子のアーチボルドを励ますように、パラの少女サリ(ec2813)が微笑んでみせる。
「復興には時間がかかるもの。気晴らしにもなるエンターテイメントは、被災者の方の精神衛生にも良いですね。人形劇はわたくしも大好きです。アーチボルドさんの名案にぜひともお手伝いさせてくださいね」
サリの言葉に気をよくしたアーチボルドが満足したように深くうなずく。立ち直りが早いのが彼の取り柄だ。
「私も、お役に立てるよう頑張ります。演劇は決して蔑まれるようなものではありませんよ? 私などは幼少のころからよく演劇を鑑賞していましたので、とても親しみがあります」
サリの言葉に続けて、バードのセイヴァー・アトミック(ec5497)も胸を張ってみせる。
「言われずとも! なんせこの私は、演劇に人生のすべてをささげた存在だからな!」
すっかり元気になったアーチボルドが叫ぶ。
「魅せる側の人間が、弱気なことを言っちゃあいけません。自信を持って頑張りましょう!」
「ええ。子供たちやメルドンの皆様が楽しんでくださるよう、心をこめて上演しましょう」
セイヴァーとサリが口々に言い、アーチボルドがそれにうなずいて、旅の目的を確認し合うのだった。
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「メルドンの悲劇については聞き及んでいましたが‥‥実際にお伺いするのは初めてです」
焚き火の前に座って熱心に針を動かしながらサリが言う。話しながらも、彼女の手は止まらない。家事全般が得意なサリにとって、手芸はお手の物だ。
「私も行くのは初めてです。少しでも皆さんを喜ばせることができればいいのですが」
サリの言葉に同意したのはセイヴァー。彼のちょっと太めな指は繊細な針仕事には向かないようで、こちらは少し苦戦気味だ。
「私だって行ったことがあるわけではない。だが、いつまでも目をそらしてはおれんからな!」
静かな月夜にふさわしくない大声で、アーチボルドが言う。彼の手にも針と糸が握られているが‥‥意外にも、そのごつい指を器用に動かして縫う姿は様になっている。
「あまり本格的な操り人形は作るのも難しいですし、動かすのにも技術が要りますから。中に手を入れて動かすくらいの、単純なのがよいかしら?」
そんなふうに言いながら、サリがてきぱきと人形作りの指示をしていく。今回の人形劇に使う人形の設計を考え、材料の購入や作り方の指示をしてみせたのはサリだ。
手袋の先に人形が付いたような簡単なものだが、手づくりの暖かさと可愛らしさを備えたなかなかのもの‥‥になる予定。ボロ布を再利用してみたり、木の実や葉を縫い付けてみたりと工夫が凝らされている。
「ところで、ストーリーの内容ですが」
作りかけの人形と格闘しながら、セイヴァーが口を開く。
「ふむ、何か案でもあるのか?」
こちらも格闘していた人形から目を上げて、アーチボルドが尋ねた。
「子供にわかりやすい、ということを考慮するなら、とある勇者の冒険活劇、などはいかがでしょう?」
セイヴァーの言葉にサリも微笑む。
「わたくしも、手に汗握る冒険活劇か、ハートフルストーリーがいいと思っていたところですの」
「ふむ。その両方、という方法もあるな。あとは、月並みだが、簡単なラヴストーリーを組み合わせるのもいい。きちんと王道を踏襲することは下手に奇をてらうよりずっと難しく、価値のあることだからな」
アーチボルドが身を乗り出す。
「実はですね。出だしの部分を少し考えてあるのです。聞いてもらえますか?」
セイヴァーの言葉に、二人は驚いたように彼を見る。
「もちろんです。ぜひ聞かせてください」
「ふむ、話してみるがいい!」
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やがて一行は、港町メルドンにたどりつく。
「ふむ、思っていたほど壊滅的には見えんな」
「随分と、みなさま頑張って復興されているようです」
「とはいえ、やはりそこかしこに傷跡のようなものがありますね」
たどりつき、それぞれの感想を口にする。セイヴァーが言ったとおり、破壊の爪痕をまだ色濃く残すメルドンではあったが、瓦礫を片付けたり、穴のあいた壁に板を打ち付けたりしている人々の表情には希望があった。
「さて、呼び込みと行きましょうか!」
張り切って言ったのはサリ。手には横笛が握られている。
「私は主に貴婦人方に声を‥‥と言いたいところですが、今回は慰問ということですから控えておきましょう。アーチボルドさん、口上はお願い致しますよ」
そう言ったセイヴァーの手にも横笛が。珍しい、横笛の二重奏だ。
楽しげな楽の音を響かせながら、避難所を回る三人。
「さあ、皆の者とくと見るがいい! アーチボルド人形劇団のお出ましだ! 小さな貴婦人に紳士の諸君! しばし時を忘れて手に汗握る冒険活劇に酔いしれてみないか! 明日の正午、広場にて待つ!」
軽やかな横笛の旋律に乗って、アーチボルドの舌も回る回る。
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本番当日。よく晴れた青い空のもと、潮風が吹き抜ける。
呼び込みの甲斐あって、広場には大勢の人々が集まっていた。
広場中央、枝を伸ばした大きな木の根元に作られたのは、現地で調達した木枠に黒い布をかぶせただけの簡単なステージ。舞台のすぐ前には桟敷席が作られ、特に小さな子供たちがそこに座って、キラキラと光る眼でステージを見上げていた。サリの配慮で、彼らにはほんの少しずつだが桜餅風の保存食が配られているため、まだ年端もいかない子供たちもおとなしくしている。
桟敷席の周りにはもう少し大きな子供たちが即席の椅子に腰掛け、さらにそのまわりを立ち見の大人たちが並んでいる。
いったい何が始まるのかと、人々は期待に胸を膨らませている。
その時、金属の棒を叩く軽快な音と、横笛の軽やかな調べ。ステージの影から、黒い衣装に身を包んだ三人が現れる。子供たちの歓声と、大人たちの拍手。反応は上々のようだ。
「ある所に、一人の勇者がいた。彼は勇者とは名ばかりで、毎日ふらふらと遊んでばかりいた」
アーチボルドの朗々としたナレーションで、幕が上がる。さっと右手を出して、ステージの上にあげてみせたのはセイヴァーだ。彼の手に手袋のようにはめられていたのは青い服に赤いマント、金髪の可愛らしい「勇者」の人形だ。
「へぇ〜い、彼女〜♪ 僕は勇者♪ 僕と遊ぼうよ〜」
コミカルな声を出しながら、セイヴァーが右手の人形を巧みに操ってみせると、子供たちの間に笑いが起こった。
黒い服を着た役者たちはステージの陰に隠れたりはせず、顔が見えるままに人形を操るというスタイル。はじめは違和感があっても、役者の演技が直接に伝わり、そのうちに物語に入り込んでしまうような方法だ。もちろん、その分きちんとした演技が必要になってくる。
「ところが! なんと、彼が出かけている間に彼の暮らす街に魔物が襲いかかったのだった!」
アーチボルドがそう言い、自分の人形をさっと取り出す。両手にはめるようにできたそれは、真っ黒なドラゴンをかたどった「魔物」の人形。
「きゃあ! 助けて!」
サリの人形もステージに現れる。ピンク色のふんわりとしたドレスをまとった、黒髪の「ヒロイン」。ステージ上を、「魔物」から逃げまどう。連日の練習の甲斐あって、彼女の迫真の演技に観客の視線が釘付けになっているようだ。
「あ、おい! 何をしているんだ!」
そこに戻ってきたセイヴァーの「勇者」。「ヒロイン」が「魔物」に襲われる寸前、彼の大声に「魔物」は退散していく。
「すんでのところで助けられたものの、あたりを見回すと彼の町は壊滅状態。彼は呆然とする」
アーチボルドのナレーションに、観客がしん、となる。津波で壊滅したメルドンの様子と、重ね合わせている者も多いのだろう。
「噂によると、伝説の魔王が復活したそうですわ」
「伝説の魔王だって! 勇者であるはずの僕がふがいないばっかりにこんなことに」
「ヒロイン」の言葉に「勇者」ががっくりと肩を落とす。
「過去を悔んでいても仕方ありません! 未来を見据えて、できることがないかどうか考えましょう!」
「‥‥そうだな。世界はこのままではいけない! 僕が立ち上がり、世界を平和へと導くんだ!」
「勇者」の決意の言葉に、観客席から自然と拍手が沸き起こった。
こうして人形劇は始まった。
「勇者」は「ヒロイン」と手を取り合いながら、「魔物」に挑む。時に負けそうになりながらも、ついに「勇者」は「魔物」を倒す。
「やった! ついに倒した! 世界は平和になったぞ!」
「勇者」が喜びの声を上げると、すっかり感情移入した桟敷席の子供たちから「やった!」という声。
「やったわね! おめでとう!」
「いや、ここまで来れたのは君がいたからだよ。だからその‥‥これからは平和な世界で、僕と一緒に暮らさないか?」
「え、それって‥‥ええ、ありがとう」
照れくさそうな「勇者」の告白に、顔を赤らめる「ヒロイン」。演技だというのに、サリの顔は真っ赤だ。観客席からはため息の漏れる音。このシーンは主に、大人たちの心をぐっと掴んだらしい。
「こうして勇者の活躍で、世界は平和になった。しかし、本当に大事なのは、世界の平和ではなく、一番近くにいる人の笑顔なのかもしれない、と思った勇者であった。めでたし、めでたし!」
アーチボルドのナレーションが締めくくると、広場は大きな拍手に包まれた。
歓声を上げる子供たちの顔を見ながら、この中から次の「勇者」が現れる日も遠くはないかもしれない、と感じた冒険者たちであった。