【舌で竜を殺す者】満を持して登場?

■ショートシナリオ


担当:sagitta

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:7 G 21 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月24日〜03月04日

リプレイ公開日:2009年03月02日

●オープニング

 キャメロット城。世界でもっとも有名な王といっても過言ではない、英雄王アーサー・ペンドラゴンの居城。偉大なる王の威光によって隅々までが光に包まれていたはずのこの城にも、最近では邪悪なる闇の気配が静かに近づいていた。
 地獄よりのデビルの侵攻。前代未聞の由々しき事態に、キャメロット城も平時とは違う緊張感に包まれていた。完全武装の兵士たちがあわただしく城内を歩き回り、時には指揮官である騎士たちの怒号まで聞こえるほどだ。城に集う騎士や兵士たちは、一兵卒から名誉ある円卓の騎士たちまで皆例外なく、王国始まって以来の巨大な敵に対抗するために日夜神経をとがらせている。
 普段なら城下の喧騒も届かず、記録帳にペンを走らせる音だけが小気味よく響いているはずの宮廷奥の執務室も、世界全体の慌ただしさとは無縁ではいられなかった。いつもなら早朝の執務開始から三時間はペンを止めることのないこの部屋の主人は、目の前にひざまずいた騎士からの報告を受けて、その整った細面に険しい表情を浮かべていた。
「また、村が壊滅、ですか‥‥」
「は、はい。テムズ川の支流の小さな川沿いにある住民わずか十数名の小さな村ですが、デビルらしきものの襲撃を受けて一夜にして壊滅、村人のほとんどが惨殺された、とのことです」
「‥‥デビルの仕業ですか」
「はい、おそらくは」
「一夜にして村を壊滅させるほど、となるとおそらくは中級以上のデビル‥‥並の兵士たちでは荷が重いでしょうね。今、すぐに出動できるよう待機させている駒の中に、それだけの役目を果たせるものはいないでしょう」
 険しい表情でそう言って、部屋の主人は白い絹の手袋に覆われた右手を顎にあてて目を閉じた。それは、深い思案に入った時の彼の癖だった。彼の頭の中では、無数の戦略が目まぐるしく検討されているに違いない。
「‥‥いかがいたしましょう、サー・ケイ」
 しばしの沈黙の後、ひざまずいたままの騎士が焦れたように問う。部屋の主――円卓の騎士のひとりにしてイギリス王国の政治を一手に引き受ける国務長官ケイ・エクターソンは、静かに目を開けた。
「あのあたりの川には、川の精霊フィディエルが棲んでいたはず。彼女たちに、デビルとの直接対決を担っていただくことにしましょう」
「川の精霊に? しかしそんなに都合よく協力してくれるものなのでしょうか‥‥噂では、精霊たちはとても気まぐれだとか‥‥」
「協力する方が、精霊たちにとっても都合がいいということを教えてやるのですよ。実際、ことは全世界的な問題となっているのにいつまでも不干渉を気取ってすましている前時代の遺物どもに己のすべきことをわからせてやるいい機会です。もし渋るようなら川に毒でも流すと脅迫してやればいい」
 さらりととんでもないことを言いながら、ケイはさっと立ちあがり、架けていた漆黒のサー・コートを取ってその身に纏う。
「サー・ケイ、ご自身で行かれるのですか?」
「ふん、私の他に、いったい誰が川の乙女を説得できるというのです?」
 驚いたような騎士の言葉に、ケイは皮肉な微笑で応える。
「本来ならばこのような肉体労働、私の仕事ではないのですがね‥‥だがこれから、デビルどもとの全面戦争、ということにでもなれば、戦力はあるに越したことはありません。より強力な存在を説得するための予行演習と考えれば、私が出るだけの理由になりましょう」
「はぁ‥‥なるほど」
 未来を見据えたケイの言葉に、騎士は感心してため息をつく。
「脳みその足りないデビルたちに、このケイ・エクターソンの戦い方を教えてやるとしましょう」
 そう言って彼は唇の端を吊り上げた。
「私は剣ではなく、舌で戦うのですから」
【舌で竜を殺す者】と呼ばれた希代の毒舌家、ケイ・エクターソンの出陣であった。

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea2804 アルヴィス・スヴィバル(21歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea5322 尾花 満(37歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb3797 セピア・オーレリィ(29歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb7358 ブリード・クロス(30歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ec4772 レイ・アレク(38歳・♂・ナイト・ドワーフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文


「石の中の蝶を持ってきてみたが、これでは目的のデビルかただのはぐれデビルなのか判別はできないな」
 林の中で襲ってきたインプに剣を叩きつけながら、尾花満(ea5322)がぼやいた。
「ああ、私の方も先ほどから羽ばたいてばかりだ」
 答えながらグレムリンを蹴散らしているのは、レイア・アローネ(eb8106)。
「ケイ卿は、敵の居場所を把握しているの?」
 自らは戦わずに馬車の中で優雅に書類に目を通しているケイに、アルヴィス・スヴィバル(ea2804)が尋ねる。
「いいえ。村の周辺は深い森ですから、やつらを捕捉するのは困難でしょう」
 書類から目を上げることもなく、ケイはまるで他人事のように答える。その言葉に、インプを両断したレイ・アレク(ec4772)が振り返った。
「では、どうやって探すつもりなんだ? すまんが俺は探す能力がないぞ?」
「探す必要などありませんよ。どこにいるかわからなければ、誘き出してやればいいのです」
 ようやく顔をあげたケイが、にやり、と不敵に笑った。

 しばらくして、一行は林の中を静かに流れる川に出る。問題の村の傍らにまで続くものだ。
「皆、川を無闇に汚さないように気をつけてくれ。我々が水の精霊に危害を加える存在ではないことを示しておくんだ」
 そう言って自ら流れに向かってひざまずいたのはマナウス・ドラッケン(ea0021)だ。それが届くかどうかはさておいても、小さなところから信頼を積み重ねるべきだと、彼は考えていた。
「さすがは精霊の住む川、とても美しい川だな」
 感心したように、レイア・アローネ(eb8106)が呟く。
「ところでケイ卿、川の精霊を説得するとのことだが‥‥本当に大丈夫なのか? 『我々には関係ない』と言われたらそれまでだとも思うのだが‥‥」
「関係ないということはありませんよ。デビルどもが目指すのはおそらくは地上の支配。あるいは破壊‥‥。そうなれば、精霊の存在も脅かされます。いかに頭の固い彼女らとは言え、むざむざと滅ぼされるほど愚かでも無いでしょう」
「そういう言い方は失礼ではないか? 彼らは我々とは見ている次元が違うのだ! 決して単に頭が固いとかそういうことでは‥‥」
 不遜ともとれるケイの物言いに、レイアが思わず声を荒げる。
「ならば協力するはずでしょう。彼女らが愚かでなければ」
 表情一つ変えず、ケイは言ってのけた。
「まぁ、愚かかどうかはともかく、精霊の理が人と違うのは確かだよ。今までの僕の経験だと、彼らは仁義といった感情を重視するように思えるけど? 相手の感情を考えない手はあとあとを考えると下の下だと思うよ」
 明るい口調で、けれどピリリとした主張を口にしたのはアルヴィスだ。ブリード・クロス(eb7358)も彼に同意する。
「自分もそう思います。脅しともとれる発言は敵を増やすことにもなりかねません。デビルに逆手に取られて敵方になってしまいでもしたら‥‥」
「あなたが国に属する者として交渉に立つ以上、下手に出られないのはわかるわ。ならば何の拘束も受けない個人としての私たち冒険者が誠意を約束することであちらの心証を少しでも和らげるよう、交渉に参加させてもらえないかしら?」
 セピア・オーレリィ(eb3797)はケイに向かってそう提案する。
 ケイは肩をすくめて答えてみせた。
「かまいません。‥‥いや、むしろちょうどいいでしょう」


 やがてたどり着いたのは、問題の村――だったところ。
「私たちで全ての村を守るわけにはいかない――確かに、精霊たちに守り神のような存在になってもらえればいいのだが」
 小さく呟きながら、レイアがちらりとケイの方を見る。もしやあの男は、そこまで考えているのだろうか? いや、しかし‥‥。
「川の乙女よ。流れる水を司るものよ。われはイギリス王国円卓の騎士がひとり、ケイ・エクターソン! わが前に姿を現されよ!」
 村の跡に背を向けまっすぐに川を見据えたケイが、朗々とした声をあげた。
 しばしの間。
 と、川の中央あたりの水面がごうっと音を立てて渦を巻いたかと思うと、いきなり2mほどの水柱が立ちあがった。驚いて瞬いた目を再び開けば、いつの間にか12、3才ほどの、透き通った白い肌の美少女が川面に座っている。
 美少女の周りには水の精霊ウンディーネたちが、やはり水面に立っている。
『地をゆく人間が、わらわに何の用かえ?』
 その場にいた冒険者たち全員の頭の中に直接響き渡ったその声は、外見と同じくまだ幼さの残る少女のような澄んだ声だった。
「流れゆく水を司る姫に、お願いしたき事がございます」
 マナウスが膝を折って敬意を表して見せると、他の冒険者たちもそれに倣った。ケイだけが二本の足で立ち、微動だにせずに少女――フィディエルを見据えている。
「単刀直入に言いましょう。まもなく地獄のデビルどもと、我々の世界との戦いがはじまります。‥‥貴女方はどちらにつきますか?」
「!」
 あまりに直截的なケイの物言いに、冒険者たちが唖然とする。
『ほっほっほ。なかなか面白いことを言うな。そちどもがこの世界を代表している、とでも言うつもりか?』
 鈴を転がしたような軽やかな声で笑いながらも、フィディエルは鋭い視線でケイを見据えている。一方のケイも、一瞬たりとも瞳を逸らさない。
「誰が世界を代表するか、などはどうでもいいのです。ただ私が聞きたいのは、貴女方が望むのがデビルに支配された滅びの世界なのか、それとも今まで通りの生命の世界か、ということだけ。ことは極めてシンプルなのですよ」
 フィディエルがその言葉にしばし沈黙する。
 ケイの突きつけた選択は、駆け引きですらない。だが、敵がデビルである以上、それはまぎれもない事実であった。デビルと手を結んだものは破滅する。それは自然の理である。
 冒険者たちが、口を開く。
「今までのように平穏に暮らせていたならそれも良いでしょう。ですがデビル、カオスと呼ばれる者達はいずれはこの辺りも侵略しようとするでしょう。我々は‥‥いえ少なくても私は変革を望んではいません。皆が平和に暮らしていけるだけで良いのです」
 ブリードが言い、アルヴィスがうなずく。
「他では精霊も襲われているらしいからね。仲間がやられて悲しむのは僕らも君らも変わらない。そして敵は同じデビルだ。だから、お互いに助け合わないかい?」
「デビルが勝ってしまえば、生き物の心は荒んで自然に対する敬意は失われるかもしれない。俺はそういう世界を望まない、貴女達と付き合って生きていたい」
 マナウスも、真剣な表情で川の乙女を見つめる。
「貴女方に、我々の配下になれと言っているのではありません。共通の敵を前に共闘しようというだけです。まずは‥‥この村を滅ぼしたデビルから」
 ダメ押しのケイの言葉に、流れる水を司りし乙女は――ゆっくりと、うなずいた。
『‥‥なるほどな。いいじゃろう。わらわたちはわらわたちのフィールドで、あの忌まわしきデビルどもと戦うことにしよう。それでいいのだな?』
「ええ。感謝します」
 乙女の言葉にケイは、その顔に不敵な微笑みを浮かべたまま、慇懃にお辞儀をしてみせた。彼の戦いは、彼の勝利に終わったのだ。
『だがわらわたちは、この川から離れるつもりはない。川はわらわであり、わらわは川であるのだからな』
 フィディエルの言葉に、ケイは不敵な笑みをさらに大きくしてみせた。
「問題ありません。デビルは、私が誘き出してみせますよ」


 静かで、清浄な川。水音も快いそこに、一枚の木の板が浮かんでいた。
 その上に乗るのは、黒ずくめの人影。
「私はイギリス王国円卓の騎士がひとり、ケイ・エクターソン! 愚かなるデビルどもよ! 姿を現してわが首をとりに来るがいい!」
 声は木々の中に吸い込まれ、やがて消えていく。
 静寂。
 切り裂いたのは、耳障りな高い声だった。
「キヒヒヒヒッ! こんなところに、格好のエモノ! 俺様って、運がいい!」
 歪な人型の魔物が、配下のクルードたちを従えて空中を歩きながら現れたのだ。手には、ひと振りの大剣。
「――中級デビル、オティス」
「いかにも。最高で最凶のオティス様だ! こんなとこで円卓の騎士を見つけられたなんて、さすが俺様! ぶっ殺せばきっとリヴァイアサン様に褒めていただける。なんたって、あの方は随分と円卓の騎士どもにご執心のようだから――おっとっと、口が滑っちまったぜ」
「なるほど。これはいいことを聞きました」
「キヒヒ! 馬鹿な奴! 聞いたところで関係ねーぜ、どうせお前はここで死ぬんだからな!」
 オティスは長大な剣を振り上げ、ケイのもとに急降下した。ケイには回避できない速度。剣がケイの首を切断すべく迫る。
「ぐぎゃ?」
 オティスの眼前で、ケイの姿が一瞬にして水に沈んだ。代わりに水面から飛び出したのは、8つの影。精霊の力で水中に潜伏していた冒険者たちだ。彼らはやはり精霊の力で水面に立ち、奇襲に驚いているデビルたちを迎え撃つ。
「ようやく俺の出番だな。力仕事なら任せろ!」
 レイの渾身の一撃を受け、クルードが一発で消し飛んだ。
「精霊どの、感謝する!」
 そう言いながらレイアも剣を振るい、別のクルードに傷を負わせる。
「マナウス殿、指示は頼んだ!」
 そう言った尾花もオーラを纏わせた蹴りと剣撃で、クルードを仕留める。
「よし、ブリード、セピア、アルヴィス! ケイ卿の護衛を頼む! レイと尾花、それにレイア、雑魚はいい、オティスを狙え! 俺は間でこぼれた奴を引き受ける!」
 戦況を見極めたマナウスが指示を飛ばし、それぞれがうなずく。
 戦いは、圧倒的だった。敵は次々に粉砕され、オティスが苦し紛れにケイに向かって放った黒い炎は、セピアのホーリーフィールドによって阻まれる。前衛たちが僅かに負った傷はアルヴィスとブリードがたちどころに治す。デビルたちの「本体の力」も冒険者たちの魔法の武器の前には役に立たず、ついにはレイアの剣がオティスの頭部を貫いた。
「ギャアアア!」
 デビルの断末魔を、清浄な水音がかき消していった。


「終わった、ようですね‥‥」
 荒い息をついて、ケイが呟いた。その顔は蒼白だ。
「さすがのあなたも、自らを囮にするのはきつかったようね」
 労うようなセピアの言葉に、ケイは首を横に振る。
「いいえ、ただ‥‥実は私、泳げないのです」
 セピアは目を丸くする。
『地をゆく者たちよ』
 疲れ切った冒険者たちの頭の中に声が響いた。威厳に満ちた大人の女性の声。フィディエルのそれではない。
『私の名前はガラボーグ。この国の流れる水を司る者です』
「川の女神ガラボーグ――!」
 正真正銘の『神』の登場に、流石のケイも驚きを隠せない。
『あなたの言うとおり、悪魔どもと世界との戦いは、避けられないようです。ならば私は、こう答えましょう。イギリスの川は、世界の側で戦う、と――』