【家出娘】小さな戦い【黙示録】

■ショートシナリオ


担当:sagitta

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 48 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月08日〜03月14日

リプレイ公開日:2009年03月16日

●オープニング


 もはや止めようもない、デビルと、世界との戦い。
 名誉ある円卓の騎士をはじめ、名のある数多くの英雄たちがこの未曾有の危機に自ら武器を取って立ちあがっていた。
 だが。忘れてはいないだろうか。
 この世紀の騒乱の中で戦っているのは、決して英雄たちばかりではないということを。
 世界の人々のほとんどは、英雄ではない、庶民たちだ。デビルどもが地上を蹂躙した暁には名もなき庶民たちも、今までの質素で平穏な暮らしを続けることができなくなる。
 世界のためでも、正義のためでもなく。自らの、ささやかで穏やかな生活のために。
 彼らは今日も、戦っているのだ。


「アンジェリカ! 二番の炉に、もっと薪を入れてくれ!」
 重いハンマーで金属を叩く音がひっきりなしに響き渡る鍛冶場に、親方のクライドの怒鳴り声が響き渡る。若い頃の事故で左足が不自由なクライドだが、鍛冶場の一番奥に置かれた椅子に座りながら、職人たちに的確な指示を飛ばしている。
「はい、パパ‥‥いや、親方!」
 威勢のいい返事を返して、クライドの一人娘、赤毛のアンジェリカが重い薪の束を抱えて鍛冶場内を駆け回る。
 ここはキャメロットの職人街にある、腕利き鍛冶屋クライドの工房。もともとそれほど広くない室内は、急遽雇った臨時の職人たちで足の踏み場もなく、また、フル稼働させている三基の炉のおかげで、まるで地獄のような暑さだった。今はまだ寒さ厳しい二月だというのに、ほとんど半裸の男たちがその筋肉質の体から泉のように汗をあふれさせている。一五才の少女であるアンジェリカの白い肌も、汗と泥でべとべとだ。だが、彼らのだれ一人弱音を吐くことはなく、ひたすらに仕事に没頭している。
 彼らが作っているのは矢じりや槍の穂先、そして剣といった武器だ。しかも専らは、銀製。すなわち、対デビル用の武器である。
 地獄への通路が開いて以来、世界中でデビルの出現が異常に増加しているのは周知の通りだ。今までは、普通に生活していてデビルに遭遇するなどということはごくまれで、デビルの被害はいわば天災のようなものであった。だがこれほどまでにデビルの出現が多くなると、もはや自分が不幸に遭わないように祈るばかりではいられなくなってきた。放っておけば、村そのものが壊滅しかねない。頼みの騎士や兵士たちはイギリス中に派遣されており、とてもじゃないが人手が足りない状態だ。現に多くの村がデビルによって滅ぼされている中で、人々は非力ながらも自ら武器をとり、デビルたちと戦うことを選ばざるを得なくなってきているのだ。
「親方! 出来た武器はどこへ運べばいいの?」
「それはカールの村に‥‥いや、あそこはもうないんだったな‥‥じゃあ、ジャックのとこだ!」
 クライドが、ほんの一瞬だけ顔を曇らせる。戦うことを選んだとはいえ、状況は決してよくなかった。たとえ最下級のデビルでも、普通の村人が太刀打ちできるようなものではない。奴らが「本体の力」とやらを解放している間は、銀製の武器すらも歯が立たないというのだ。実際のところ、やっとの思いで届けた武器が、焼石に水ほどの効果も発揮しないことも、少なくなかった。
 自分たちのしていることが、どれほど意味があることなのかもわからないまま、彼らは、しかし全ての迷いを振り切るように武器作りに没頭していた。
「た、たすけてくれぇ!」
 そんな鍛冶場の雰囲気を、切り裂くような、野太い叫び声。鍛冶場に転がり込むようにしてやってきた男の身体は泥だらけでところどころ血が滲み、満身創痍の様子だった。よく見れば、クライドには見覚えがある。つい先日、銀の武器をいくつか売った先の住民だ。
「む、村がデビルどもに襲われているんだ! 村の若い衆が戦っていて、今はまだ何とか持ちこたえているが、きっと、時間の問題だ‥‥頼む、助けてくれ!」
「ここは鍛冶場だ、兵舎じゃねぇ。悪いが、他をあたってくれないか」
 クライドの静かな言葉に、男は顔をくしゃくしゃにする。
「そ、そんなこと言わないでくれ! 兵舎には入れてももらえなかったんだ! 頼む、あんたらだけが頼りなんだ‥‥」
「パパ!」
「アンジェリカ! 余計なことを考えるんじゃない! 俺たちにはできることと、できないことがあるんだ」
「でも! 困っている人を見捨てるなんてできないよ!」
「困っている奴全てを助けてたら、俺たちが生活できなくなるだろうが! かわいそうだとは思うが、俺たちは、自分のことで精一杯なんだ!」
 クライドの言葉は正論だ。だが、まだ若く、血気盛んなアンジェリカには、到底承服できることではなかった。彼女は、手近にあった銀の短剣をつかむと、外に向かって駆け出した。足が不自由なクライドは、それを追いかけることができない。
「おい、どこへいくつもりだ!」
「ギルドよ! あたしは、困った人を助けるために、冒険者になったんだから!」
 後ろも振り返らず、アンジェリカは父に向かって叫んだ。
「それに‥‥パパの脚を失わせたデビルを、あたしは許せない!」
 そのまま、わき目も振らずに駆け出していく。クライドが足を失う原因になったデビルなど、今ではもはやどこにいるかもわからないのに、そのことを知ったアンジェリカはデビルすべてに怒りを燃やしているらしい。
「アンジェリカ‥‥俺は、復讐なんかより、おまえに幸せになって欲しいだけなんだよ」
 呟いたクライドの言葉は、アンジェリカには、まだ届かない。

●今回の参加者

 eb5818 乱 雪華(29歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4984 シャロン・シェフィールド(26歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec4989 ヨーコ・オールビー(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ec5609 ジルベール・ダリエ(34歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ec5629 ラヴィサフィア・フォルミナム(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

ユクセル・デニズ(ec5876

●リプレイ本文


 絶望の淵にいる村人たちを救うため、冒険者たちは先を急ぐ。
「村の人々が無事だといいんですけど」
 小さく呟いたのは、愛馬レオポルドを駆って先頭を走るシャロン・シェフィールド(ec4984)。その鞍に同乗する、道案内役の村人が青ざめた顔でうなずいている。
「デビルめ、このあたしが絶対に倒してやる」
「アンジェリカさん、復讐したいんも分かるけど、我を忘れて悪魔につっこめば、仲間を危険にさらすことになるってことを忘れたらあかんで」
 借り物の魔法の靴を履いて駆け抜けながら、思いつめたように呟くアンジェリカに言葉を掛けたのはジルベール・ダリエ(ec5609)だ。馬上にいながら彼は、始終アンジェリカのことを気にかけているようだ。
「アンジェリカさまはとても勇気のある方ですのね。けれど今回は、皆様の戦い方を勉強するくらいのお気持ちで参りましょう。ラヴィも、そのつもりです」
 アンジェリカの隣で、ラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)がそっと彼女に寄り添う。
「そやで、アンジェリカはん。自分の力を見極めた上で、まず自分がやれる事をしっかりやる。もうわかってるはずやろ?」
 顔見知りでもあるヨーコ・オールビー(ec4989)の言葉に、アンジェリカは彼女の目を見つめ――静かにうなずく。
「わかってる。みんな、ありがとう。落ち着いたよ」
「あなたもあれから成長したのではないですか? 感情に任せて戦い方を忘れたりしなければ――冒険者の一人として、頼りにさせていただきますよ」
 いつぞやとは違って少しは使い込まれたアンジェリカの装備にちらりと目をやってシャロンが言うと、アンジェリカの表情がわずかに輝いた。
「覚悟ができたようでしたら、先を急ぎましょう。村の方々が、待っています」
 駿馬を駆って先を目指す乱雪華(eb5818)の言葉に全員が無言でうなずき、その瞳を前に向ける。彼らが助けるべき者たちのもとへ。


「村に着きました‥‥ですが、木が多くて全体が見通せないようですね」
 雪華が言うと、案内役の村人がうなずく。
「ええ、森の中にあるような村ですから‥‥」
「これでは、隠れているデビルを見つけるのは難しそうですね‥‥」
 シャロンが言うと、耳をすませていたヨーコが答えた。
「でも、何やら騒がしい音は聞こえるで。木のせいで、方向とか距離まではわからんけど、そこまで遠くはなさそうや」
 覚悟を決めたように、ヨーコが口を開いた。
「やっぱり、あの作戦をやるしかなさそうやね」
 真っ先にボスを倒しに向かえば敵の意表を突くことができる。それが、彼らの策だった。
「ヨーコさまに、慈愛神さまのご加護を!」
 ラヴィの唱えたグットラックの魔法が、ヨーコを包む。ジルベールと雪華、そしてアンジェリカは、いつでも走り出せるようにそれぞれの武器を構える。
「行くでっ! ムーンアロー! 目標は、『村を襲ったデビルの中でいっちゃん偉いやつ』や!」
 効果範囲内に目標がいれば、それに向けて一直線に飛んでいく光の矢。目標がいなければ術者自身に突き刺さる危険な方法だが、ヨーコの杖から放たれた銀色の光は、村はずれの、木々の濃い方を目指して一直線に飛んで行った。
「おった!」


 ムーンアローが飛んで行った先を追うと、そこにあったのは古ぼけた木造の建物だった。かつては倉庫か何かだったのだろうが、今は使われていないらしく老朽化が激しい。
「いたぞっ! デビルだ!」
 先行していた雪華が、倉庫の中から飛び出してきた影と対峙する。
 背中に黒い翼を生やし、全身を真っ赤な炎に覆われた2mほどの醜悪な姿。地獄の密偵、ネルガルだ。本来なら体を透明化させてあたりを放火して回る陰険な奴だが、突然突き刺さった矢に驚いて姿を現してしまったらしい。体を覆う炎のさらに周囲を闇色のもやが包み、憤怒の表情を浮かべて、冒険者たちを睨みつけている。
「本体の力を解放していますから、通常の武器では歯が立ちません!」
 言いながら、シャロンは速攻とばかりにホーリーアローを放つ。
「コシャクナ!」
 傷ついたネルガルが鋭い爪で雪華に襲いかかるが、彼女は軽々と身をかわして、逆にオーラを付与した足で蹴りを放ち、ネルガルにさらに傷を負わせている。
「アンジェリカさんは、後衛組を守るんや、ええな!」
 隣のアンジェリカに声を掛けながら、ジルベールも黄金の弓で矢を放つ。
「慈愛神さま、ご加護を!」
 一番後ろに位置したラヴィは前衛たちにグットラックの魔法を掛け、詠唱を終えたヨーコがムーンアローを放つ。
 本体の力を解放したとはいえ、魔法の武器を携えた冒険者たちの集中攻撃にひとたまりもなく、あっという間にネルガルは塵と化した。ジルベールと雪華がおったわずかな火傷も、ラヴィがリカバーでたちどころに治したので、実質の被害はない。
 たったの一匹では、冒険者たちの敵ではなかった。そう、一匹だけでは‥‥。
「一匹だけ‥‥他のデビルは?」
 アンジェリカの言葉に、冒険者たちがはっとなる。
「まだ、村に残っているかもしれん! 村人が心配や!」
 ジルベールが叫び、冒険者たちは村の中心部へと向かって走り出した。


 ジルベールの石の中の蝶やラヴィのディテクトアンデットを頼りに、冒険者たちは村の探索を急ぐ。だが、実際にはそのような探索は無意味だった。村の中心部では、今まさに村人たちとデビルによる死闘が繰り広げられていたからだ。
 銀製の武器を持った五人の村人たちが、互いの背中をくっつけ合うようにして立ち、その周りを五匹のインプがいやらしい笑いを浮かべながら取り囲んでいる。
 戦いは明らかに劣勢だった。それもそのはず、インプ達は黒い靄につつまれており、村人の銀の剣は何の役にも立たないのだ。
 冒険者たちが駆け付けた時、今まさに、インプの放った黒い炎が一人の若者の身体を包み込んだところだった。
 あわててシャロンとジルベールが矢を放ち、炎を放ったインプは一瞬にして塵に帰るが、炎に包まれた若者は苦しそうに地面に崩れ落ちる。
「慈愛神さま、どうか!」
 泣き出しそうな声で、ラヴィがホーリーフィールドを展開して村人たちを守る。
「あなたたちの頭は我々が倒しました。もはや勝ち目はないわ」
「あんたらの頼りのボスは、今ごろ塵芥や! 次はどいつから、ボスの後を追わせたろか?」
 シャロンとヨーコが毅然と言い放つと、インプ達の顔に動揺が走る。
「ボスガ、ヤラレタラシイゾ」「トツゼン、コウゲキモキカナクナッタ」「モウダメダ、オレハニゲル」「オイマテ、オレモ!」
 我先にと、仲間を押し寄せて逃げようとするインプ達。
「逃したらダメ!」
 そう叫んで、剣を抜き放って駆け出したのはアンジェリカだ。
「持ち場を離れてどこ行くん!」
 ジルベールの鋭い叫びも、アンジェリカには聞こえない。逃げようとするインプの前に立ちはだかると、銀の短剣を一閃した。
「ギィッ!」
 アンジェリカの剣は本体の力を解いていたインプの胸に突き刺さり、インプは苦しげに地面に落ちる。
「ヤラレタゾ!」「ナンダコイツ、ヨワソウダ」「ヤッチマエ!」
 ひとり飛び出したアンジェリカに、残ったインプ達が一斉に襲いかかる。
「させるか!」
「いけません!」
「アンジェリカさん!」
 飛び出したジルベールと雪華とシャロンがそれぞれ一匹ずつインプに攻撃を仕掛け、アンジェリカへの攻撃を阻止する。
 だがもう一匹、アンジェリカの攻撃を受けて地面に落ちたインプが起き上がり、怒りの表情で黒い炎を放った。
「きゃあっ!」
 アンジェリカの身体が、炎に包まれる。冒険者たちの怒号と村人の悲鳴、そして悪魔の高笑いが響き渡る中、アンジェリカはゆっくりと崩れ落ちていった。


 次にアンジェリカが目を覚ましたのは、二日後だった。
「あたし、助かったの?」
 ゆっくりと体を起こすと、傍らで目を真っ赤にしたラヴィと目があった。
「アンジェリカさま、気がつかれたのですね!」
「体の方は可愛いクレリックさんがすっかり治してくれはったから、もう大丈夫や」
 明るい声を掛けたのはジルベールだ。彼も随分と心配していたのだろう、その声には少し疲れの色が見える。
「‥‥村の人たちはっ?」
 アンジェリカは寝台からはね起き、寝かされていた小屋から外へ飛び出した。
 外に出ると、村の若者たちに混じって、雪華とシャロンがてきぱきと復旧の指示をしているところだった。アンジェリカの後を追って小屋を出てきたジルベールとラヴィも、早速炊き出しの準備に取り掛かる。
「心配あらへん、デビルなんかな、み〜んな、地獄の底に追い返したったわ」
 そう言って子供たちに語りかけるヨーコ。
「あんたらのとーちゃん、めっちゃ強かってんで? みんな、あんたら子供の幸せを願って頑張ったんやから。な、アンジェリカはん?」
 そう言って視線を向けられ、アンジェリカは思わず俯いた。
「‥‥大丈夫ですよ。怪我をした村人さんも、ラヴィさんの手当てですっかり良くなっています。犠牲者も、一人も出なくてすみました」
 いつの間にか隣に来ていたシャロンにそう耳打ちされ、ほっと胸をなでおろす。
「その‥‥ごめん。迷惑掛けて。でも、どうしても、デビルを逃がすわけにはいかなかったんだ」
 アンジェリカがぽつりと言う。
「ここで逃してしまったら、冒険者がいなくなった後にまた襲われるかもしれない。この村の人たちじゃ、たった一匹のインプでも全滅させられちゃうかもしれないんだ」
「‥‥そうやな、考えが甘かったわ」
 ヨーコがうなだれる。
「傷は治っても、怖かったことはきっと忘れられない。こんな思いは、みんな、二度としたくないはずだから」
 炎に包まれた時の恐怖が、今もまだアンジェリカの脳裏に焼き付いている。あの村人も、きっと同じ思いをしたのだと思うと、もう少し早くに駆けつけられなかったことが悔やまれる。
「もっと考えるべきだったのでしょうね。冒険者ではない普通の村人が、武器を持つというのはどういうことなのか、を。掃討より、救援を優先すべきだった」
 シャロンも唇を噛む。
「悔やんでも時は戻らんで。今は、村人たちを安心させるんや」
 低い声で呟いたジルベールの言葉に、冒険者たちはうなずき、今できることをするために、村人たちのもとへと歩き出した。
「暖かいものを食されれば気持ちも和らぎます。今、お作り致しますわ♪」
「よぉ頑張ったなぁ。何かあったら、今度は兵舎や鍛冶屋やのうて、冒険者ギルドに頼むんやで」
「お怪我された方はいらっしゃいませんか? お薬を塗りますよ」
「よかったら、うちの曲聴いてリラックスしてや♪」
「あ、あの! あたしも何か‥‥」