【夜空の女騎士】南方遺跡へ【黙示録】

■ショートシナリオ


担当:sagitta

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:12 G 26 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月26日〜05月05日

リプレイ公開日:2009年05月02日

●オープニング


「度重なる集団自殺に、遺跡を守る精霊スプリガンの殺害、謎の集団『フォモール』の存在、それから『この地に眠るあの方』との発言――」
 細面の眉を寄せて手にした分厚い報告書に目を落としながら、国務長官にして円卓の騎士ケイ・エクターソンが呟く。
「このイギリスの南方で、何やら不穏な動きがあることは間違いないようです」
 ケイの言葉はひとりごとではない。彼の視線の先には、執務室の床に姿勢よく跪いている黒ずくめの鎧姿。
「不穏な動き――デビルの仕業でしょうか」
 尋ねた声は、澄んだ高い声。漆黒の鎧に身を包んだ騎士は、鎧よりもさらに黒い、美しく長い髪を揺らしながら顔を上げた。【夜空の女騎士】の異名をとるアヴリル・シルヴァン。
「この黙示録の世ですから、デビルが関係していないとは言えません。ですが、南方の遺跡群はそもそもデビルではなく――ケルトの神々たちを祭るものです」
「ケルトの、神々」
「いと高きジーザスのご加護がこの地にあまねく満たされる以前。この地で人々に信仰されていた精霊神のような存在です。今ではそのほとんどが眠りにつき、静かにしていたはずなのですが――おそらくは、世界を揺るがす黙示録の時代に、彼らも安らかに眠ってはいられなかった、ということなのか」
 後半は、アヴリルにというより自分自身に問いかけるように、ケイは朗々と語る。
「彼らの強大な力を、デビルどもが狙っている、ということもあるようです。ケルトの神々は、我々ジーザス教徒たちに必ずしも好意的ではありません。もっと中立的な、精霊のような存在です。かつて私が問うた様に、デビルどもも彼らにこう迫っているとすれば――すなわち、『人間につくか、デビルにつくか』」
「ケルトの神々が、デビルにですか? そのような愚かなこと、するでしょうか?」
 首を傾げるアヴリルに、ケイが憂いを帯びた表情で首を振る。
「デビルどもがする交渉が、まともな『説得』であると思いますか? やつらは目的のためならあらゆる手段を使うでしょう。いかに強力とはいえ、永いこと眠りについていた神々が、それに対抗できる保証はありません」
「‥‥なるほど」
「そうならぬよう、こちらが先に彼らを味方に引き入れなくてはなりません。そのための情報を、あなたに集めてきてほしいのです。‥‥本来なら私が行くべきなのでしょうが、私は私で、やるべきことがありまして」
「それは、光栄です! ですが‥‥闇雲に南方に行ったところで、重要な情報が手に入るでしょうか?」
「それなら、問題ありません。実は私には心当たりがあるのです」
 そう言ってケイは、一枚の羊皮紙を取り出した。受け取ったアヴリルが目を落とすと、それはケイらしい几帳面な筆跡で書かれた詳細な地図だった。一か所に、赤いインクで印がつけられている。
「これは、イギリス南方の地図、ですか?」
「ええ。その地図が示している遺跡、そこを調べてください」
「了解いたしました。これは、どのような遺跡なのですか?」
 尋ねたアヴリルに、ケイは静かに首を振った。
「詳しい話はしないでおきましょう。確信できる情報はありませんし、先入観がない方が、調査は公正に行えますから」
 状況を見据えたケイの言葉に、アヴリルは感心する。
「ああ、それと。最近、南方の村で、冒険者を貶めるような噂を流しているものがいるとかで、あちらでは冒険者に対する風当たりが強いとか。そのあたりも気を付けてください」
「かしこまりました! このアヴリル・シルヴァン、命に代えましても、使命を果たして参ります」
「馬鹿な事を言うんじゃない!」
 深々と頭を下げたアヴリルに、ケイがいつになく激しい声を上げる。
「‥‥え?」
「命に代えて、などという言葉は愚か者が使うものです。何度失敗しようが次の手を考えれば済むことですが、死んでしまえばやりなおすことはできません。アヴリル――あなたは生きなさい」
「は、はい!」
 そうして、ケイは密かにアヴリルの耳元に口を寄せて、誰にも聞こえないような声で、こうささやいた。
「‥‥あなたが死んだら、シェリーが悲しみます。そうでしょう?」
 シェリーというのはアヴリルの妹の名前だ。両親が亡くなった時に別の家にもらわれていき、そして今は――。
 アヴリルはケイの瞳をまっすぐに見つめ、そして力強くうなずいた。


 深夜のキャメロット。誰もいない街外れ、滔々と流れるテムズ川の水面を見つめる一つの人影があった。
「王国の流れる水を司るものよ。居られますか?」
 静かに流れるテムズ川にささやかな声を落としたのは、円卓の騎士ケイ・エクターソン。言い終わると川面をじっと見据え、身じろぎもしない。
『地を行くものよ、何用ですか?』
 吹き抜けた風に揺れた水面が立てるさざ波の音とともに、穏やかな女性の声が音を立てずにケイの脳裏に流れ込む。
「川の女神ガラボーグ。今宵はあなたにお礼に参りました。あなたが教えてくださった遺跡。そこに私の信頼する仲間を向かわせました。この黙示録の戦いにおいて、『彼』に、われら世界の側の味方になっていただくために」
 ケイの言葉に、川面がふわり、と揺れ、月光にきらめいた。微笑んだ、のだろうか。
『私はただ、事実をお教えしたまで。あとはあなたたち人間のお手並み拝見、といきますわ。『彼』は――『銀の腕』のあの方は手強い。一筋縄ではいきませんよ』
 威厳に満ちた女神の挑戦するような微笑みを真正面から受け、それでもケイは不敵な笑みを浮かべてみせた。
「望むところです」

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea1661 ゼルス・ウィンディ(24歳・♂・志士・エルフ・フランク王国)
 ea5635 アデリーナ・ホワイト(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

田原 右之助(ea6144

●リプレイ本文

●村での調査
「思った以上に‥‥冒険者どころか、旅人やよそものすべてに対する風当たりが厳しくなっているみたいだな」
 ヒースクリフ・ムーア(ea0286)がそう言うと、旅の聖職者に扮したオイル・ツァーン(ea0018)もうなずく。
「ああ。私が食料を譲ってもらった時も、厄介者を見るような態度だったな。さすがにこの姿だったから追い返されずに済んだが」
 うっかりと食料の準備を失念していたオイルは、旅の間は仲間から分けてもらい、村に着いてすぐに村の農家に提供を頼みに行ったのだった。相場の倍近い額を提示したにもかかわらず、村人の態度は冷ややかだった。
「この地のように古き神に所縁の深い地には親近感があるし、伝承については依頼抜きにしても興味があるのだが‥‥いかんせん、話を聞いてもらえないのではな」
 ヒースクリフがそう言って空を仰ぐと、メグレズ・ファウンテン(eb5451)が呟く。
「私たちは見た目がこう、威圧的に見えるから、人々が口を閉ざしてしまうのでしょうか」
 確かに、ジャイアントである二人は、この田舎の村においてはかなり目立ってはいた。
「おそらくはそういうことではないのだろう。旅の聖職者に見えるはずの私も、扱いは似たようなものだからな。何者かがよそ者に対する悪い噂を流している、というのは本当のようだ」
 オイルの言葉に、冒険者たちは静かにうなずいた。

 オイルの提案で、三人は村にある小さな教会へと向かった。布教の過程で土着の信仰と競合した経験を持つジーザス教会にこそ、ケルトの神々に関する伝承が残っているのでは、との考えからだ。
「ジーザスの教えを広めるには、人の意識を知らねばならない。故に、各地の古い教えや風習を調べているのです」
 そう話すオイルに向かい合うのは、普段は医師や教師も兼ねる、村で唯一の司祭の老人。
「そちらの方々は?」
「私はヒースクリフ、‥‥」
「彼は私の護衛です。一人旅も危険故、連れ立ってもらっています」
 困惑した表情を浮かべたヒースクリフに、オイルが助け船を出す。パラディンであるヒースクリフは戒律により偽りを口にできないから、彼が代わりに答えたのだ。
「そちらの女性も?」
 司祭に尋ねられ、メグレズが黙ってうなずく。もとより彼女は、村人をおびえさせないよう護衛役に徹するつもりだった。
「この地に伝わる伝承について、教えていただけないだろうか?」
 真摯な表情で尋ねたヒースクリフに、司祭はゆっくりとうなずいた。
「私はあまり詳しくはないですが、この村の長老なら――」

●遺跡群捜索
 他方、残りの冒険者たちとアヴリルは周辺の捜索のため、一足先に遺跡へとむかっていた。
「ねぇ、アヴリル様は愛してる方はいらっしゃるの?」
 道すがら、はしゃいだ声でアヴリルに女の子トークをかましているのはリン・シュトラウス(eb7760)だ。
「な、なんだいきなり」
 奥手なアヴリルはそう言った話が苦手らしく、突然話を振られて目を泳がせている。
「私はね、まぁそれなりに。えへ。アヴリル様は? あ、もしかして、ケイ卿に気があるとかっ?」
「ば、馬鹿を言うな! 姉妹でとり合ってどうす‥‥あ、いや何でもない」
 いきなり顔を真っ赤にして声を荒げたアヴリルに、リンはキョトンとした表情になる。
「姉妹で、って?」
「だから、何でもないと言っているだろうっ! そんなことより、遺跡だ、遺跡!」
「遺跡にはケルトの神様がいらっしゃるのでしょうか。依頼とはいえ心が躍りますね」
 いささか強引に話題を変えたアヴリルの言葉に、アデリーナ・ホワイト(ea5635)がおっとりとした声を上げる。
「石に刻まれたいくつかの紋章を見る限り、ケルトの神々の遺跡であることは間違いないようです。先ほどから、神の名が刻まれた石碑をいくつも見つけましたよ」
 そう言ったのは、熱心にいろいろなところを見て回っていたゼルス・ウィンディ(ea1661)だ。
「地下に空間がある遺跡もあるみたいですが、特に変わった生命反応はありませんね。まぁ、私の呪文では呼吸しない精霊やデビルは関知できませんが‥‥」
 彼はその超越的な魔法の力で、常に周囲にブレスセンサーを張り巡らせているのだ。
「ケルトの神様は精霊たちに近い存在だと聞きます。それぞれの遺跡で眠りについているかもしれませんわ」
「古代の精霊神‥‥ケイさんの話通り、ジーザスの力が広がったことで眠りについたのなら‥‥逆に、彼らを信奉する心があれば、彼らを正しく目覚めさせる鍵になるのでしょうか?」
「精霊はバードの友なる者‥‥それは神様だって変わらないわ。友達の鬼神様のように、ケルトの神様とも仲良くなれるといいんだけど‥‥」
 アデリーナ、ぜルス、リンがそれぞれにひとりごちる。
「みんな、ここが地図にあった遺跡だ」
 アヴリルの声に、三人が顔を上げる。
 そこにあったのは、ひときわ大きく、ひときわ荒廃した巨石遺跡(ストーン・ヘンジ)。打ち捨てられたように転がる石碑に刻まれた古代の文字を、ゼルスが読み上げた。
『讃えよ
 かつての神々の王にして 光の剣を携えし者
 いと高き 銀の腕の神 その御名は ヌアザ』

●神との接触
 村に聞き込みに行っていた三人と合流し、冒険者たちとアヴリルは手に入れた情報を整理する。
「大勢おられたケルトの神々は、それぞれの思惑を持っていて決して一枚岩だったわけではないらしい。他の生き物に危害を加えたために封印された悪しき神もいたようだが、その多くは、諍いを厭い自ら眠りについたり、地下に引きこもったりしているようだ」
 ヒースクリフが村の長老から聞いた伝承を話す。
「この遺跡に眠るのは『銀の腕のヌアザ』。『かつての神々の王』とのことですが」
 アデリーナの言葉に、ゼルスがうなずく。
「‥‥予想以上に大物のようですね。確かに、仲間にしたらそれはそれは心強い」
「だがその分、デビルに利用されたらそれほど恐ろしいことはない」
 オイルが口々の言葉に、誰もがうなずく。
「ジャパンでも、デビルが神様を惑わせようとしてたの。神と人を争わせて、居場所を無くそうとしてたわ」
 リンが唇を噛む。
「遺跡にて古の神或いはその守り人と対峙した時は、武器をおろしてこちらに戦意はないことを示すんだ」
「皆様が説得に成功するまで、私がすべて攻撃を受け止めて耐えます。絶対に、反撃はしないように」
 ヒースクリフの言葉に、「鉄壁」を誇るメグレズが決意を込めた瞳で宣言する。
「では、行くぞ」
 アヴリルの号令で、冒険者たちは銀の腕の眠る、地下の遺跡へと足を踏み入れたのだった。

 遺跡の探索を始めてから数時間。メグレズのディテクトアンデッドなどで警戒を怠らないようにしながら、一行は進む。今のところデビルの影も、守り人の姿も見られない。がらんとした、人気のない遺跡だ。
 アヴリルの持つランタンと、ゼルスのペット、レルムのライトの魔法を頼りに真っ暗な廊下を進んでいた一行は、一つの大きな石の扉にたどり着いた。
「扉の中心に彫られているのは、ヌアザを表す紋章です」
「ということは、この中に神様が‥‥」
 ゼルスの言葉に、リンが息をのむ。
「しかしこの扉、どうやって開けば‥‥」
 そう言ってアヴリルが扉に手を伸ばした瞬間、全員の頭の中に膨大な力を持つ「意志」が流れ込み、気を失いそうになる。
『卑小なる人間どもが、このわしに何の用だ?』
 脳裏に響く声。それは威厳に満ち溢れていた。間違いない。『銀の腕』のヌアザだ。
「偉大なる神よ。まずは貴方の眠る遺跡に勝手に踏み入った無礼を謝罪致します‥‥私たちは、貴方の御力を借りるべく、ここに参りました。悪魔たちによる大地の穢れを止めるために」
「貴方に敵対する意思は全くありません。たくさんの冒険者、名もなき兵士達が戦場に散っております‥‥どうか御力をお貸しください」
 ゼルスとアデリーナが真っ先にひざまずいて声の主に敬意を示すと、他の者もそれに倣う。リンは竪琴を取り出して、神に捧げる曲を奏で始めた。ヌアザと友達になろうと考えていた彼女だが、相手はそのような友好的な雰囲気ではないようだ。
『己の欲望のために、無思慮に縄張りを広げて我らを駆逐した愚かなる人間どもが、今更、助けてくれだと? ふん、虫の良いことを言ってくれるわ!』
 怒気をはらんだ言葉がそれぞれの脳裏を貫く。頭の中を吹き荒れる嵐に、意識を吹き飛ばされそうになるのを必死で耐え、冒険者たちは食い下がる。
「貴方がた貴き神々が何故眠りについたか、短い時を生きる身に知る由もなく。ただ、この地を乱し、貴方達の眠りを妨げる存在との戦いは、人にとっても未来を繋ぐ為の戦い。人と神と、共に避けるべき災厄と未来を見据えて戦う事を許して頂けるだろうか」
「今世界を襲うデビルの脅威についてはご存じだろうか。我々は今の世界の理を覆される事は望まない。それは貴方も同じの筈。ならば、我等は協力出来るのではないか」
 オイルとヒースクリフが口々に言う。
『愚かな。その程度の言葉で、川の小娘は丸めこめても、この『銀の腕』を説得できると思うか。われらは貴様らにも、デビルどもにも与したりはせぬ。とっとと失せるがいい』
 『銀の腕』は頑なだった。目の前の扉は固く閉じられて、ぴくりともしない。
 不意にアヴリルが立ちあがり、くるりと踵を返す。
「今日のところはここで退きます。‥‥また、必ず参ります」
『何度来ても同じことだ。わしが貴様らなどに力を貸すと思っているのか』
「今、世界は動きつつあります。そのことだけは、あなたにも知っていていただきたい」
 そう言いながらアヴリルが告げた。デビルが、フォモール族が信奉する神と接触しようとしていること。
『なんだと‥‥まさか、あの『邪眼』が? 奴が復活するというのか‥‥』
 『銀の腕』が最後に呟いた言葉の意味は、まだ誰にも分らなかった。