【祝宴】素顔の軍師

■ショートシナリオ


担当:sagitta

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月20日〜01月25日

リプレイ公開日:2010年01月28日

●オープニング


 それは出陣前、王自ら騎士達に授けられた言葉であった。
「先の戦いも含め、おまえ達、そして冒険者達には世話をかける。無事に王妃と鞘を取り戻したらその労苦にしかと報いよう」
「では‥‥」
 先頭で膝を折るパーシ・ヴァルは顔を上げる。
「無事に戻ること叶いましたら、その時、ぜひ冒険者達にも苦労を労い感謝を伝える場を頂けませんでしょうか」
 王はその眼差しに優しく微笑み、必ず。と頷いた。
「ケイ。後の事は任せた。我らの留守を頼むぞ」
 背後に控える腹心の執事にそう告げるとイギリスの王、アーサーはマントを翻した。
 王の出陣。
 騎士達の多くがその後に続き、留守を守る騎士達はその後を見送る。
 敬意と信頼の眼差しで‥‥。

「ご無事のご帰還をお待ちしています」

 騎士達の旅立ちを見送って間もなく。
「ぼんやりしている暇など、我々にはありませんよ。王が不在の今こそ我らの役割を果たす時です」
 円卓の騎士ケイ・エクターソンは残った騎士達や使用人達に指示を与え始めた。
 城下の見回り、王宮の警備、そして‥‥
「パーティの準備、でございますか?」
 思わぬ仕事に驚きの眼差しを浮かべる騎士や使用人達に、
「当然でしょう」
 そんな眼差しでケイはため息を吐き出した。
「先ほどの話を聞いていなかったのですか? 王はお戻りになられたら冒険者や騎士の労苦に報いる場を作られるとおっしゃられた。その準備を整えるのです」
「ですが‥‥」
 部下の一人がある意味、勇気のある言葉を問いかける。
「まだ出陣されたばかりだというのに‥‥、よろしいのですか?」
 ケイに反論すると言う偉業を成し遂げた騎士は、
「出陣された、それだけで十分です。あなたもこの城の騎士であるのならば、自分の頭で考えなさい」
 当然のようにケイの言葉の剣に叩かれる。
「我らが王が出陣されて、目的を果たさず戻ることがあると思っているのですか? 王は必ず勝利される。我々は信じて、用意をして待っていれば良いのです」
 解ったら早く仕事に戻りなさい、と騎士達に改めて指示を出して後、ケイもまた動き始める。
 王の留守を守りながら祝宴の準備を整える。
 やるべき事は山積み。
 人手はいくらあっても足りないのだから。
 忙しく歩くケイはその足を、ぴたり、ある場所で止めた。
 覚えのある気配がした。感じるのは惑い、後悔、そして躊躇い‥‥。
「モル!」
「は、はい!!」
 柱の影で様子を伺うように向こうを見ていたモードレッド・コーンウォールは条件反射で背筋を伸ばした。
 身体の隅々まで染みこんでいる怖くも懐かしい声に‥‥、動いた身体に自分でも驚きながら。
「何をしているのです、あなたも早く手伝いなさい。今は猫の手も借りたいのです。ぼんやりとしている暇などありませんよ」
「は、はい! 先生」
「冒険者ギルドに遣いを、それから‥‥」
 戦いに向かった者達とは違う、残された者の信じて待つ、という戦いが今、始まろうとしていた。


「ケイ様!」
 キャメロット城の入口付近で、買い出しの兵士に指示を飛ばしていたケイは、自らの名を呼ぶ鈴のように澄んだ声に振り返った。
 ケイの細面に勝るとも劣らないほどに白い、柔らかそうな頬を小さく膨らませて立っていたのは、ひとりの可愛らしい女性だった。ふわふわの金色の巻き毛に、さくらんぼ色の頬。背の高さは、ケイの肩までしかない。フリルの着いた穏やかな水色のドレスが、とてもよく似合っている。エメラルドのような透き通った緑色の瞳が印象的な、少女のあどけなさを残した顔立ち。
 その姿を認めたケイの表情が、一変した。誰も見たことがないような、ふんわりと穏やかな表情。
「シェリー、いったいどうしたのです?」
「どうしたのではありません! ケイ様が、イギリス王国を脅かす恐ろしい邪竜を退治しに行ってから、シェリーはずっと、ケイ様のことをご心配申し上げていました。つい先ほど、アヴリルお姉様からケイ様が戻られたことをお聞きして、大急ぎで駆けつけたのです! どうしてケイ様は、一番にシェリーの元へ、帰ってきてくださらないのです!」
 そのつぶらな瞳を潤ませながら、唇を尖らせて抗議するシェリーに――これまた滅多に見られないことに――ケイは、その顔に困惑の表情を浮かべて、シェリーの髪の毛に優しく触れた。
「すみません。色々と立て込んでいて・・・・」
「シェリーは、心配だったのです!」
 今にも泣き出しそうな彼女の小さな体を、ケイはそっと抱きしめた。
「心配をかけましたね。私は、戻ってきましたよ」
「ケイさま〜! えぐっえぐっ」
 耳元で囁いたケイの優しい言葉に、こらえきれなくなったシェリーが大粒の涙を流して泣き出した。
 そのぬくもりを感じながら、ケイが囁く。
「大丈夫、もう離れたりしませんよ。我が最愛の妻、シェリー」
 女性の名はシェリー・エクターソン。ケイの、二十歳年の離れた妻であった。

「エクターソン卿、ご無事で何よりです」
 シェリーが泣き止んだのを待って、ケイに声を掛けたものがあった。シェリーの鈴の音のような声とは対照的な、ハスキーな女性の声。発したのは、漆黒の鎧に身を包んだ騎士。兜から、豊かな黒髪がこぼれ落ちている。
「アヴリル」
 ケイが、その名を呼んだ。【夜空の女騎士】の異名を持つ、アヴリル・シルヴァン。そして彼女は、シェリーの実の姉でもある。
「あなたも祝宴に参加してください。その方がシェリーも気が安まるでしょうから」
 微笑んでいったケイの言葉に、アヴリルがあわてて両手を振る。
「いえ、私などが、国王陛下や円卓の方々が集まるパーティに参加するなど・・・・」
「その円卓の騎士である私がお願いしているのです。遠慮などすることはありませんよ。・・・・ああ、そうだ。正式な宴ですからね。それなりの格好をしてくるように」
 付け加えられたケイの言葉に、アヴリルがはっと身を強張らせる。
 彼女が常に身につけている漆黒の甲冑――それは、十年以上前に、馬車の事故で亡くなった彼女の両親へと捧げる喪服。
 ケイが、囁いた。
「もういいでしょう、義姉上。そろそろあなたを、解放してあげる時です」

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea1274 ヤングヴラド・ツェペシュ(25歳・♂・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4800 ゼノヴィア・オレアリス(53歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●王の帰還
 楽隊の奏でる華やかな音色に包まれて、国王が城へ戻ってくる。
 その手に聖剣エクスカリバーを、そしてデビルより取り戻した王妃の腰を抱えるようにして。
 空は快晴。目の覚めるような青に包まれ、国王の逞しい肌が、つやつやと輝く。御身を包む無骨な鎧が、勇壮な金属音を奏でて楽団の演奏に彩りを添える。
 アーサー・ペンドラゴン。世界中で最も偉大な王と国民から称えられる名君。
 そして彼に続くのは、イギリスを邪悪から救った歴戦の英雄達。
 冒険者たちだ。
 リヴァイアサン、バロール、クロウ・クルワッハ・・・・めまぐるしく襲い来る幾多の闇を打ち払う、光の化身達。光あふれるイギリス王国の繁栄の礎に、彼ら冒険者たちの存在があることを疑う者は、誰一人いないだろう。
「国王陛下、王妃陛下。そして救国の英雄の方々。ご帰還を、お待ちしておりました」
 青空の中に響き渡る、朗々とした声。城門の前で膝を折り国王を迎えたのは、円卓の騎士にして国務長官、イギリス王国の執事の称号を持つ、アーサー王の義兄。サー・ケイ・エクターソンであった。
 透き通り青々とした空を背景に、自らの主君を、彼が全てを賭して護るべきイギリス王国の君主を、仰ぎ見る。この光景を、ケイは何度夢に見ただろうか。全てが終わり、平和が戻ったキャメロットので、誇りをもって至高の王を、城に迎え入れることを。
 絶望に屈しそうになったこともあった。
 数々の民が傷つき、自らの目の前で王妃を攫われ、古代神の王ですら、邪悪に蹂躙され。
 円卓の騎士として、騎士達の最高峰として絶大な自信を持っていたケイが、我が身の無力さを嘆いたこともあった。
 だが、彼を救ったのは、決して諦めない冒険者たちの姿だった。彼が導かねばならぬ者だと思っていた民に、幾度も勇気づけられた。
(「いくつもの戦いで、最も学ばされたのは、私自身なのかもしれません」)
 そんなことを思い、ケイは穏やかに微笑んだ。かつては、その細面に決して浮かべることのなかった表情。
「宴の準備が、整っております」
 至高の王に向かって彼は、誇らしく胸を張ってみせる。
「この場でまたこうして皆と集えた事を嬉しく思う。邪竜との戦い、そしてグィネヴィアと鞘の奪還‥‥どれも諸君らの力があってこそだ。此度の宴はそれを労うものであり、また勝利の祝いの場でもある。戦果や身分は気にすることなく存分に楽しんでいってほしい」
 王の威厳に満ちた言葉が、宴の始まりを告げた。

●師弟誕生
 宴の参加者の中に、円卓の騎士パーシ・ヴァルの推挙により、新たな円卓の騎士の候補となった者がいた。
 冒険者から円卓の騎士になることなどは滅多にないが、イギリス王国のための冒険者たちの貢献を思えば、反対するものはなかった。かつては家柄を重んじ、外部の者が円卓に列せられることを快く思っていなかったケイも、今となってはもちろん、反対する理由などあろうはずもない。
「ケイ・エクターソン卿。円卓の騎士であり国を支えるあなたにお願いしたいことがあります」
 新しき円卓候補の一人であるマナウス・ドラッケン(ea0021)が、ケイの前で膝を折り頭を下げる。
「サー・マナウス・ドラッケン。幾多の戦いを勝利に導いた英雄の中の英雄であるあなたが、この私に何を願うのです?」
 驚いたようなケイの問いかけに、マナウスは静かに答える。
「実は――あなたに、ケイ卿に師事させていただきたく、お願いに参りました」
「私に、ですか?」
「ええ。武ではなく、理と心でこの国を良くしていきたい、そう思っています。その道を進むために、俺は貴方に師事し、弁舌の力を、政治的な力を身につけたい」
 マナウスの真剣な言葉に、ケイの心が解きほぐされていく。
 剣を持って戦うことのできない己を、不甲斐なく思ったこともあった。自分が他の円卓の騎士のような、英雄的な存在でないことに、葛藤した。だが。
 彼の思いは、行動は、こうしてちゃんと理解されていた。彼が孤独に突き進んでいたその道は、決して華やかなものではなかったが、確かに、意味のあるものであったのだと、改めて実感していた。
 だからケイは、マナウスに笑いかけた。いつも通りの、自信に満ちた笑顔で。
「私の弟子は――楽ではありませんよ。ちゃんと付いて来られますか?」
「力を尽くします」
「我々が目指すのは、ただひとつだけ。平和で、幸福なイギリス王国です」
 ケイの言葉に、マナウスがしっかりとうなずいた。
「これから先、英国に住まうどんな種の子供達であろうと、その笑顔を絶やさぬように。そして、その子が成長した時にこの地で生まれ育ったことを心から誇りに思えるように」
 ひざまずいたマナウスの肩に、ケイの白い手が触れる。それが新たな師弟の、最初の触れ合いとなった。

●戦友との語らい
「ふははははは! 大勝利の後は祝宴なのだ! しかも今回は色々と大規模ゆえ、たくさんのテーブルをはしごなのだぁ〜、さぁ二件目! はぁ〜、いい感じに酔いが回ってきたであるぞ〜」
 楽しそうに叫んでいるのは、ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)だ。
「騎士たるもの、酒に飲まれるべきではありませんよ」
 そう言ってヤングヴラドの肩に手を置いたのは、ケイだ。口ではそう言いながらも、表情は柔らかい。ヤングヴラドとケイは、共に戦いをくぐり抜けた戦友なのだ。
「ケイどのとはかの古き神ヌアザの件でご一緒したのがご縁であったであるかな? あのお方も、クロウ・クルワッハに吸収されてそれきりであろうか。そもそも神というジーザス教の徒から見れば正体不明の生き物であったが、あっけないものであるなぁ」
 ふと真面目な表情になって、ヤングヴラドがぽつりと言う。
「ヌアザ神は、この国の礎を創った方々の一人だと言えるでしょう。そして彼は・・・・最後にこの地を、我々人間たちに託されました。今度は我々が、この美しい国を支えてゆくこと。それが彼の遺志を継ぐことになると、私は思っています」
「うむ。余も協力するである!」
 ヤングヴラドがにっこりと笑って言う。
「ところで、件の心臓はパーシどのが探しに行くそうであるが、ケイどのは今後どうされるのであるかな?」
「・・・・トリスタンの心臓を、パーシが? なるほど」
 ケイが、その指を顎に当てて納得したように呟く。そして顔を上げた。
「私は、今まで通り、いえ、今まで以上に国王のお側で王国のために尽くします」

●らぶらぶ夫婦
「ふふ、なにやらイイ臭いがしますね・・・・」
 ゼノヴィア・オレアリス(eb4800)はニヤニヤするのを止められない。
 目の前のテーブルで、エクターソン夫妻――ケイとシェリーが、ステキな光景を繰り広げているのだ。
「もう、ケイさまってば、お口におべんとついてますよぉ。シェリーが取ってあげますぅ」
「あ、いえ、自分でやりますから大丈夫ですよ・・・・」
「ひどい、ケイさまはシェリーのことがお嫌いなのですか?」
「いえ、まさかそんなことは・・・・」
 ・・・・いったい、どこの初心なカップルだ。
 しかも、三十九歳のケイと十九歳(外見は十六歳くらいにしか見えない!)のシェリー。どこか犯罪的な香りさえする。それも、目の前で困ったようにシェリーをなだめているのが、【舌で竜を殺すもの】という物騒な二つ名で知られる稀代の毒舌家ケイ・エクターソンだと思うと、ニヤニヤ笑いをこらえろという方が酷だろう。
「それにしても、ケイどのはなかなかにお堅い方だとお見受けしたであるが、なんとそんなに可愛い奥方がいらっしゃったとは! まぁ、男やもめ揃いの円卓勢に比べて安定した家庭ではあるのだが」
 ケイの隣に陣取ったヤングヴラドが、酒の勢いもあって陽気に叫ぶ。「可愛い奥方」と言われてシェリーがぽっと頬をピンク色に染めてうつむくあたりが、なんともはや。
「いや、親子のように見えるであるぞ! 思わず『娘さんを余にください!』と口走ってしまうところであったのだ。いや、余は人妻でも問題ないのであるが・・・・」
 酔いに任せてすごいことを口走ったヤングヴラドが、突然口を噤む。おそるおそる見上げると、目の前にはケイの、氷点下の笑み。
「ツェペシュ卿、ちょっとお話ししたいことが山のようにあります。一緒にあちらまで行きませんか?」
 そう言って、ヤングヴラドの腕を強引につかむ。やばい、目がマジだ。
「余計なことを言いすぎていると、ドラゴン同様、舌で殺されるのであるな・・・・」
 引きずられるように別室へ連れて行かれるヤングヴラドを、シェリーがきょとんとした表情で見送っていた。
 すかさずゼノヴィアが、シェリーの隣に腰掛ける。ケイがいなくなってシェリーが一人になるのを待っていたのだ。
「ケイ卿は口が達者なようですので、シェリーさんに色々なお話をお聞きしたいですわ」
 わくわくした表情で、シェリーに話しかける。
「お話? どんなお話ですの?」
「たとえば、ケイ卿との馴れ初めとか、家での様子とか・・・・あ、家でなんと呼び合っているかなんてお聞きしたいです!」
「家で、ですか? えーと、シェリーはケイさまのことをケイさまってお呼びしていますし、ケイさまはシェリーと・・・・あ、でもたまに『私の可愛いチェリーパイ』とか・・・・」
「こ、こらシェリー! いったい何を話しているのです!」
 心底あわてながら情けない顔で駆け寄ってきたケイに、周囲の誰もが、吹き出すのをこらえきれなかった。

●女騎士の夜明け
 彼女が現れると、周囲から小さな歓声が上がった。
 夜空を溶かし込んだような、輝く漆黒の髪。いつもは無造作に垂らされているそれを美しく結い上げ、常に着込んでいた黒き甲冑を脱ぎ捨てたその身には、朝の空を映したような、鮮やかな青いドレス。
「こ、こんな格好でよろしいのですか?」
 慣れない服装に戸惑うアヴリルに、ケイが穏やかに笑いかける。
「とても似合っていますよ。見違えるようだ」
「アヴリルお姉様、ステキです!」
 シェリーも歓声を上げる。
「あ、ありがとうございます」
 アヴリルが、照れたようにうつむく。常に鎧を着込み剣を帯びて最前線を駆け抜けたアヴリルがみせた、女性らしい一面だった。
「ふむ、姿形は初見なれど、その特徴的なハスキーボイスはどこかで聞いたような・・・・なんと、あのアヴリルどのであるか!」
 そう言って手を打ったのはヤングヴラド。
「夜空の女騎士どのとは初めてお会いするであるが、今までギルドで見かけたのは鎧姿であったゆえ、気づかなかったのだ。もっと色々と冒険にご一緒したかったであるな」
 彼の言葉に、アヴリルが深々と頭を下げる。
「そう言ってもらえてとてもうれしい。貴方の名はよく聞いていた。今までイギリスのために尽力してくれて、ありがとう」
「アヴリルさん、何か悩み事がおありなのですか? 打ち明けられるものなら告白して下さいね。話すことでスッキリ胸のつかえがとれることもあるのですから」
 親身になって言ったゼノヴィアの言葉に、アヴリルは静かにうなずいた。
「私が今まで着ていた黒い鎧は、十年ほど前に馬車の事故で死んだ両親に捧げるためのものだったのだ。私はずっと、自分だけが生き残ってしまったことに対する呪縛から逃れることができなかった。けれど――共に戦った冒険者たちが、過去に縛られた私の心を救ってくれた・・・・」
「ええ、明日への一歩は前を向くことで踏み出していけるのですよ」
 にっこりと笑うゼノヴィアに、アヴリルが深くうなずいた。
「さぁ、アヴリル。服喪の鎧を脱ぎ捨てて、あなたは今解放されたのです。今日は宴ですから楽しみましょう」
 ケイが声を掛けると、彼の弟子になったばかりのマナウスも、アヴリルに向かって微笑んだ。
「楽しみましょう、どんなに辛くても過去は過去です。変えられないものですが、それに囚われ未来を見失えば、それは過去に失ったものに対する冒涜でもあります」
 自分にも言い聞かせているかのように、マナウスが穏やかに告げる。
「失った者は、失わせたものの分だけ『幸福』にならなければなりません。背負った悲劇だけを見つめて、どうして未来が築けましょう。同じ悲劇を未来に子供に起こさせないためにも、前を向かなければならないのです。例えそれが、どれだけ自らの心に深く刺さる棘だとしても。どれだけ、悪夢を見続けることになっても」
 アヴリルだけでなく、ケイもシェリーも、マナウスの言葉を深く刻み込む。
 不意に、マナウスがアヴリルの前に優雅にひざまずいた。
「もしよろしければ、俺が、エスコートしますよ?」
「わ、わ、私を?」
 すっかり顔を赤くしたアヴリルの周囲で、笑い声が弾けた。

●和解と信頼
 パーシとケイの犬猿の仲は有名である。アーサー王の義兄として幼少時から政治を叩き込まれてきたケイと、冒険者から円卓の騎士になったパーシ。二人の価値観は、重なり合うことがなかった。
 宿命のライバルと言うべき二人が、宴に沸く大広間の中央で顔を合わせていた。たまたま近くに居合わせたマナウスが息を飲んでそれを見つめる。パーシにより円卓候補に推挙され、先ほどケイの弟子になったばかりの彼は、どちらの側にもつきかねた。いや、そもそも口を挟むようなものではない。
「サー・ケイ。王も仰せられたとおり、私‥‥いえ、俺はトリスタンの心臓を取り戻す為に旅に出ます」
 パーシが真剣な表情になって、ケイに告げる。
「部下には指示をしてありますがどうか王宮騎士、いえ円卓の騎士としての役割を一時とは捨てて行くことをどうかお許し下さい。そして‥‥後をお願いいたします」
「サー・パーシ・・・・私とあなたは宿敵でした。今でも私はあなたのことを認めたわけではありません」
 ケイは、細面をあさっての方向に向けたまま、冷たい声で告げる。
「ですが・・・・トリスタンは私の親友でした。彼の心臓を取り返すことは私の悲願でもあります。しかし私の役目は国王の側にお仕えし、この王国を護ること。たとえ何があっても、私が王城を離れることはあり得ません」
 そう言ってケイは、目を閉じて小さくため息をついた後、何かを決意したかのように目を開き、真っ直ぐにパーシ・ヴァルの瞳を見据えた。
「不本意ながら、あなたにはこう告げねばならないでしょう。・・・・トリスタンのことを、よろしく頼みます」
「サー・ケイ‥‥」
 ケイとパーシの視線が、まっすぐに結びついた。どちらの瞳にも、強い意志と信頼。
 それからケイは、パーシに向けてニヤリと笑ってみせる。
「キャメロットについては、あなたに言われるまでもありません。この私が守り通してみせましょう!」
 その言葉にパーシも笑みを返す。円卓の騎士の宿敵ふたりが、笑顔をかわし合った瞬間であった。
 物陰からそれを見つめていたマナウスはほっと息をつく。
「俺も・・・・ケイ卿の元でこの国を護る助けとならねばな」

●父と子
 太陽の光が穏やかに差し込む中庭。
 少し騒ぎ疲れたケイとシェリーが、ハーブティーのカップを手に、テラスに置かれたテーブルでひとやすみをしていた。
 その時、なるべく目立たないように彼らの前を横切ろうとする人影があった。騎士の正式な服装ではなく、地味な格好をしている。そして特徴的な赤毛。
「モル!」
 ケイの一喝に、ビクン、と背筋を伸ばす赤毛の人物。
「あなたのしたことは決して許されることではありません。いったいどれだけ、周囲の人間に迷惑をかけたと思っているのですか!」
 ケイの厳しい言葉に、モードレッド・コーンウォールの表情が硬くなる。
「あなたはとんでもない愚か者です! 自分の行動の責任もとれない未熟者です!」
 敬愛する人物からの叱責にうなだれるモルに、ケイが容赦なく言葉を重ねていく。
「だから・・・・まだまだ、私がいないとダメなようですね」
 不意に、ケイの表情が柔らかくなった。唇を噛みしめつつ、モルの赤い髪の毛にそっと触れる。
「まったくあなたは・・・・まだまだ手のかかる息子ですね」
 小さくつぶやくと、モルははっとした表情でケイの顔を見つめ、彼の腕の中に飛び込んだ。ケイもそれを受け止め、両腕を回してそっとモルの身体を包み込んだ。いつのまにかたくましくなっていた身体。けれど、まだまだケイにとってモルは、愛しい子供に違いない。
 そこでケイははっと目を開いた。そういえば先ほど、モルと冒険者の一人が、結婚だとかなんだとか小耳に挟んだような・・・・。
「で、ですから、私はまだあなたの結婚など認めませんよ! 未熟者のくせにとんでもない!」
 あわてたようにモルの身体を突き飛ばし、ケイはくるりときびすを返す。
 ぷりぷりと怒りながら、必要以上に早足ですたすたと離れていく。
「せ、せんせい!」
 情けない声を上げかけたモルに、それまで穏やかな表情で二人を見つめていたシェリーが、そっと話しかけた。
「ふふふ、心配しないで下さいな。ケイさまってば、照れてるんですのよ。そしてちょっとヤキモチを焼いているのです。あとでシェリーがちゃんと説得しておきます。だから・・・・おめでとう、モル」
 いたずらっぽくウィンクをして、シェリーはふわっと身を翻した。
「待って下さいケイさま! シェリーを置いていくなんてひどいですわ!」
 一人残されたモルは、しばし呆然として――それからうれしそうに微笑んだ。
「ありがとうございます‥‥先生は僕の恩師であると同時に、敬愛すべき父親です」
 小さくつぶやいて、さまざまな余韻に心を委ねる。
「ふははは! 仲良きことは佳きかな! いや、ケイどのは素直ではないであるなぁ。でも、愛情は十分に伝わってくるのである」
「ふふ、なかなかいいものをみせてもらったわ・・・・」
 中庭の端に置かれたテーブルで、彼らの様子を固唾を呑んで見守っていたヤングヴラドとゼノヴィアが、うれしそうに杯を鳴らした。彼らがモードレッドを見守る視線は暖かさに満ちていた。
 美しきキャメロット城の中庭に、いや、イギリス王国全体に、輝く太陽の光が、さんさんと、降り注いでいた。それはまるで、人々の未来を祝福しているようだった。

「さて、そろそろ良い時間だろうか。楽しんでくれたようでこちらとしても嬉しい限りだ。‥‥宴は終わり、明日がくる。我々はこの明日を掴み取る為に戦った。だからこそ、明日が‥‥未来がより良いものとなるよう願い、奮起しよう!」
 アーサー王の言葉による、宴の締めくくり。それはイギリスに住むあらゆるものに向けられた、希望の言葉だった。