わたしの告白なかったことにしてください!
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■ショートシナリオ
担当:sagitta
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月22日〜05月27日
リプレイ公開日:2008年05月26日
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●オープニング
初夏の夜。
すっかり夏が近づいてきた今日この頃、深夜になっても震えるほどの寒さはなく、むしろ夜風が心地いいほどだ。
夜空を見上げれば、よく晴れた空に白銀の満月が冴え冴えと地上を照らしている。
そんな気持ちのいい夜、人気のない暗い路地に、ローザは佇んでいた。
色素の薄いブロンドの髪に、抜けるような白い肌、そして秋の青空のような美しい瞳。頬のそばかすも魅力的な、17才の美しい少女だ。決して裕福ではないのだろう、着ている服はぼろぼろで化粧っ気のかけらもないが、それも彼女の瑞々しい美しさを霞ませはしない。
「嗚呼‥‥ジェレミーは今頃、部屋で読書でもしているのかしら」
そんな美しきローザが夢見る乙女の表情で見上げているのは、ある屋敷の二階の部屋の窓。屋敷は下級騎士の家で、豪邸というほどではないが、その日を生きるのに精一杯のローザにとってはいまや雲の上の存在だ。
貧しい家の娘ローザは、下級騎士の長男、ジェレミー・エルズバーグに片想いをしていた。騎士とはいえ、その末席に当たる彼の家では子供達は幼い頃から庶民達に混じって育てられていた。ローザも彼とともに読み書きを習ったり、駆けっこやかくれんぼをして遊んだものだった。二人はいわば、幼馴染であったのだ。
しかし、楽しい時間は長くは続かない。ローザもジェレミーも成長し、17才になるとそれぞれ自分の立場を意識しなければならなくなってくる。ローザは貧しい家具職人である父を手伝ってさまざまな雑用をこなさなくてはならなかったし、ジェレミーは騎士である父の家督を継ぐため、勉強に鍛錬にあけくれた。二人の交流は、少しずつ少なくなっていったのだ。
そしてつい先日、ローザは風の噂にジェレミーが近々婚約することを聞いた。相手は、裕福な商家の娘。貴族でこそないが、ジェレミーの家の数倍の資産を持つ家柄であり、その婚姻はエルズバーグ家にとって喜ばしきことであった。
「わたしには、彼の幸せを祈ることしかできないから‥‥」
自分に言い聞かせるように、ローザは彼の部屋の灯りを見つめながら呟く。
ローザの気持ちは、彼に伝えていない。伝えたところできっと、彼を困らせるだけだから。
(「わたしの気持ちは永遠にわたしの中に封じておけばいい。そうすれば彼はお金持ちの女性と結婚して、きっと幸せになれるのだから」)
そう思っていた。
それなのに。
月の綺麗な夜は人の心を狂わせるという。
ローザの胸に、そっと忍び寄る黄金の滴。月光とローザの切ない想いに導かれ、迷い出てきた月の精。
淡い黄金の光を纏ったそれが、ローザの胸に触れ、滑り込ようにローザの中に入っていく。その体に月の精が憑依したことに、もちろんローザは気づく由もない。
(「嗚呼、ジェレミー。もうすぐあなたは婚約してしまうのね。その前に人目だけでも会いたい‥‥」)
祈る思いで、彼の部屋の窓を見上げる。熱心に想う彼女は、自分の体が銀色の淡い光に包まれたことにも気づかない。
「‥‥ローザ、ローザじゃないか?!」
声とともに二階の窓から顔を覗かせたのは‥‥他でもない、ジェレミー・エルズバーグだ。
ローザに憑依した月の精の力で、彼女の心の声が、ジェレミーの元へ届いたのだ。
ローザは胸の奥から感じる何かの意思に後押しされるように、文字通り「とり憑かれたような」熱っぽい瞳で、口を開いた。
「わたしはあなたが好きなの! 婚約なんてやめてわたしのもとに来て!」
深夜、蒼ざめた表情でギルドに駆け込んできたローザ。
彼女は必死の形相で、こう叫んだ。
「お願い、わたしの告白、なかったことにしてください!」
●リプレイ本文
●
昼下がりの冒険者酒場。
「というわけで、私の告白をなかったことにしてほしいんです!」
興奮した口調でローザが話す。
「ひとつ、確認したいんだけど」
落ち着いた様子で口を開いたのは最年長のイレクトラ・マグニフィセント(eb5549)だ。
「なかったことにしたいとは言え、その告白ってのはローザ殿の本心なんだろ?」
「それは‥‥」
口ごもってしまったローザに、ジプシーのアニェス・ジュイエ(eb9449)が言葉を継ぐ。
「あんたの話を聞いて、詳しい友人に聞いてみたんだけど。月の精霊にブリッグル、ってのがいてね、あんたが『取り憑かれたように』ジェレミーに告白しちゃったのは文字通り、それに取り憑かれてたからだと思うんだ」
「月の精霊に、取り憑かれてた?」
「そう。あ、でも勘違いしちゃいけないよ。ブリッグルはあくまでも恋心を応援する精霊だから、間違っても、心にもないことは言わせたりしない」
「‥‥つまり、告げた想いはローザさんの本心なのですよね?」
アニェスの説明に言葉を挟んだのは、新米冒険者のフィン・レリクトア(ec4967)だ。
「その純粋な想いを否定してしまって良いのですか? なかったことにするということは、好きじゃないと相手に告げることと同じなのですよ?」
「で、でも、ジェレミーと彼の家庭の幸せが‥‥」
真剣な様子で詰め寄るフィンにローザは気圧されたようにうつむき、小さな声でつぶやく。
それをなだめるように優しい声をかけたのは、ウィザードのリスティア・レノン(eb9226)だ。
「御相手の事を想うことは立派だと思います。けれどローザさんはもう少し自分のことを考えてあげても良いのじゃありませんか?」
次々に言われ、ローザは何かを考え込むように黙ってしまう。彼女自身も葛藤しているようだ。
と、今まで黙って話を聞いていたシフールのリューリィ・リン(ec4929)が笑いながら口を開いた。
「ふふ、な〜んだ。依頼を文字通り受けちゃうのか、それとも二人をくっつける方向で動くのか、多数決でもとろうと思ってたんだけど。全員一致じゃ、そんな必要ないみたいねー。あ、もちろんあたしもくっつけちゃう方に賛成だから!」
そう言ってリューリィはローザに笑いかける。
「もともとあたしもそんなにいい身分の育ちじゃないから、あなたのことどうしても応援してあげたくなっちゃうんだ」
「私も女ですし、ローザさんの想いは多少分かるつもりです‥‥ですので、できるだけ力になりたいのです」
リスティアもそう言って微笑んだ。
「ほら、これだけ言ってもまだ『なかったことにしたい』とか言うつもりかい? だったらこのあたしが忘れさせてあげてもいいんだよ? あんた可愛いからさ、イロイロと‥‥」
そんなことを言いながら、アニェスが色っぽい流し目をローザに送る。
「い、いやその、あの‥‥」
「‥‥駄目? そりゃ残念」
アニェスはおどけたように言って、肩をすくめる。
そして歌うような朗々とした声で、ローザに語りかけた。
「あたしは、踊り手。踊っている間は何にでもなるよ。喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、全て。でもね、自分に全く無いものを踊りで生み出す事は出来ないの。あたしの中にあるものを、精一杯膨らませて映し出す」
ローザは、驚いたように、アニェスの言葉に聞き入っている。
「きっと、それと同じ。あんたの中に無い言葉は、どんな魔法でも生まれない筈だよ」
ふと顔を上げれば、他の冒険者たちもローザのことを見つめている。ローザは彼女たちの顔を一つ一つ見回し、やがて小さく――けれどしっかりと、ひとつうなずいた。
●
翌日の夕方。冒険者たちはジェレミーが住む屋敷近くにいた。ちなみにローザは家で待機中だ。
「ローザさんの話だと、ジェレミーさんはいつもこの時間散歩にくるらしいんですけど‥‥」
そう言いながらフィンが辺りを見回すと、ちょうどその視界に聞いていたとおりの金髪の美少年が映った。
「あ、あれで間違いなさそうだね〜」
そう言いながらリューリィがふわりと舞って、ジェレミーらしき人物のところへ向かう。他の仲間も慌ててそれを追いかけた。
「ジェレミー・エルズバーグ君よね?」
ジェレミーの行く手を遮るようにふわりと降りたって、リューリィが明るい声で尋ねる。
「あ、あなたたちは何者ですか?」
驚くジェレミーに答えたのは、追いついてきたアニェスだ。
「あたし? あたしは女の子の味方。だから、可愛い娘さんの精一杯の勇気に何の反応も返さない腰抜けの顔を見に来たんだ」
挑戦するような口調のアニェスの言葉に、ジェレミーの表情がはっと強ばる。
「ふふ、心当たりがあるみたいじゃない」
「私たちは雇われた冒険者です。些かお話ししたいことがあるのですが‥‥」
アニェスを遮るように言葉を重ねたのはリスティアだ。彼女はジェレミーに事の経緯を話し始める。ローザが月の精霊に取り憑かれて、隠しておいた気持ちを告白してしまったこと。彼女はそれをなかったことにしたいと望んでいること。
「憑依されていったこととは言え、ローザさんの告白は、あの方の本心です。ぶしつけながら、あなたのお気持ちを聞かせて頂いても良いですか?」
真剣な眼差しで尋ねたリスティアに、ジェレミーがゆっくりと口を開く。
「ぼくは‥‥ローザのことを大切に思っています。婚約することになっている女性とは会ったこともないですし。本当は、ローザの言葉、すごくうれしかったんです」
「よかった! 可能ならば、今度はジェレミーさんからその気持ちをローザさんにお伝え頂けませんか?」
「面と向かって言いにくかったら、手紙でもいいわ! ラブレター書いたら、あたしがローザのところへ飛んでいって渡してあげるわよ」
ぱっと顔を輝かせたフィンとリューリィが口々に言うが、当のジェレミーの表情は困惑気味だ。
「でも、両親になんて言ったらいいか‥‥。我が家は財政的に非常に苦しくて‥‥このままだと没落してしまうかもと、両親はそればかりを心配していました。今回の話がうまくいけば、相手の方が経済的に援助すると言ってくださっています。ぼくが我慢すれば両親のためになると思うと、どうしても言い出せなくて‥‥」
消え入りそうにつぶやくジェレミーに、アニェスが厳しい視線を向ける。
「あの子は、言ってしまったことを後悔してる。無かった事にしたがってる。あたしには、身分とか立場とかはよく解らない。でもね、あんたたち二人が気持ちに嘘ついてるのはよく解るよ」
「そう‥‥ですね。ぼくは自分の都合で、ローザを傷つけてしまっているんだ。‥‥なんとか、両親にも話してみようと思います!」
「よし、あんたの気持ちはよくわかった!」
拳を握りしめて決意したジェレミーの肩をばん、と叩いて叫んだのは今まで沈黙を保っていたイレクトラだ。
「あんたのローザ殿への想いはよく分かったし、両親を大事にしようと思う気持ちも立派だ。あとはあたしらがすべて丸く収めてやるから任せときな!」
「そんな、でもどうやって‥‥」
「それを考えるのがあたしらの仕事さ」
不敵に笑ったイレクトラの脳裏には、これからの作戦が巡っていた。
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「聞いてください! 婚約しなくてよくなったんです! しかも、縁談は流れたんじゃなくて、なぜだかぼくの弟のエルバートと向こうの娘さんが婚約する、ってことで進んでて‥‥」
「それはよかった」
興奮気味に話すジェレミーの言葉を、イレクトラが穏やかに受ける。
もちろん、この結果の裏には彼女たちの活躍があった。
ジェレミーの両親の元を訪れ、フィンが「お金よりも大切なものがあります! 息子さんを本当に幸せにしてくれる女性はローザさんです!」と力説すると、意外にも両親はあっさりと縁談の取り消しを了承してくれた。彼らはローザとの事を知らず、息子に意中の人がいるとあっては無理に結婚させるのは本意ではなかったのだ。
「あの子は、勝手に気を回しすぎて肝心な事を言わないところがありますから。大事な女性を泣かしているようじゃ駄目ですね。あとでキツく言っておきます」と穏やかに言う父親に、いたく感動したくらいだった。
「けど、婚約者さんちに売り込んだあたしが言うのも何だけど、まさか本当に弟君の方との縁談がうまくいくとは思わなかったね〜」
リューリィが言うと、イレクトラも苦笑気味にうなずいた。
「向こうさんに跡継ぎの男子がいないって事で、ダメ元で婿入りを提案してみたんだが‥‥何より、本人たちの相性がよかったみたいだな」
「エルバートの奴、ナディアちゃん――あ、相手の女の子の事です――に一度会って以来、彼女の話ばかりするんですよ」
そう話すジェレミーの表情も、ひどく弾んでいる。
「あ、そうそう。あちらの家のご両親にあなた方の事を話したらお礼にこれを渡してくれ、って言われたんです」
ジェレミーが差し出したのは、琥珀でできたピアスだ。
「これ『魅了のピアス』っていうらしいです。女の人がつけると、恋愛がうまくいくみたいですよ!」
あっけらかんと言うジェレミーに、冒険者たちの顔が引きつる。
「あんたね、人の恋の心配する暇があったら、ちゃんと自分の義務を果たしてきな!」
「そうですよ。告白というものは、殿方からされる方がお互いよいと思うのですが」
アニェスとリスティアに詰め寄られ、ジェレミーが目を白黒させる。
「わ、わかっています。そ、その‥‥今夜には、そうするつもりです」
真っ赤になってうつむくジェレミー。あたりに、明るい笑い声が響き渡った。
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月の美しい夜。
雲ひとつ無い夜空よりさらに透き通っているのは、純粋な若者たちの恋心。
少年が不器用に愛を告げ、少女が嬉しそうに頬を染める。
月明かりに浮かぶ黄金の滴が、それを眺めて満足そうに立ち去った事を、誰一人知る者はなかった。
すべての恋人に、月の祝福を。