【夜空の女騎士】コボルト退治

■ショートシナリオ&プロモート


担当:sagitta

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:5人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月23日〜05月28日

リプレイ公開日:2008年05月29日

●オープニング

 キャメロットの街道に響く、軽やかな蹄の音と馬の激しい息遣い。
 川沿いに石畳の上を、一体の人馬が駆け抜ける。美しき純白の馬に跨るのは、全身を黒い甲冑で覆った騎士。陽光を受けて光り輝く絹のような美しい長い黒髪だけが、兜の隙間から零れだしている。
 馬上の黒騎士は、わき目も振らずに街道を駆ける。その馬術は実に見事だ。
 と、白馬の手綱が引かれ、馬が急激に速度を緩める。どうやら目的の地に着いたらしい。黒騎士は、華麗に馬上から飛び降りると、迷うことなく目の前の建物の扉を開けた。
 その建物とは、「冒険者ギルド」だ。
「いらっしゃいませー‥‥」
 ギルドの扉が開く音に、いつものように声をかけた受付嬢が、息を呑む。
 金属の甲冑で全身を覆った黒騎士が長い黒髪を振りながら、フルフェイスの兜を脱いだのだ。
「私はアヴリル・シルヴァン。冒険者を雇いたいのだが」
 落ち着いた声は、少し低くはあるが――紛れもなく、女性のもの。
 兜の下から現れたのは息を呑むほどに美しい、若き女騎士だった。

 アヴリル・シルヴァンは下級貴族だ。いや、だった、というべきか。
 幼い頃は、きわめて幸せな少女だったと言える。貴族とはいえ、最下級のシルヴァン家はそれほど豪勢な暮らしをしていたわけではないが、それでも明日の食事の心配をするようなことはなかった。一人娘のアヴリルは、優しい両親とわずかな使用人の愛を一身に受け、何不自由なく育ったのだった。
 ところが。
 運命の歯車というのはいつも唐突で、残酷なものだ。
 アヴリルの両親が馬車の事故で同時に亡くなってしまったのだ。当時まだ10才だったアヴリルに、一体何ができただろうか。あれよあれよといううちに、アヴリルの「後見人」を名乗る遠い親戚達によって、両親の財産も貴族としての地位も全て奪われてしまった。
 アヴリルに残されたのはただ、小さな屋敷がひとつと年老いた使用人。両親の時代からシルヴァン家に仕えてくれているウィルフレッド老だけが、アヴリルの唯一の家族だった。
 そんな境遇のアヴリルだったが、やはり生まれた時から貴族としてのカリスマ性を備えていたのだろうか。成長すると知性と才覚を兼ね備えた立派な女性となり、いつの頃からか周囲の人々の好意と尊敬を集める騎士となっていた。彼女の屋敷の近くに住む庶民達は、美しい黒髪と、「両親の喪に服して」彼女が頑なに身に付け続ける漆黒の甲冑から、彼女のことをこう呼んだ。「夜空の女騎士アヴリル」と。

「ここキャメロットから2日ほど離れたところにある洞窟にオーガの集団が住みついたらしく、私の屋敷の近くに住む民達が怯えているのだ。解決したいのは山々だが、一人では心許ない」
「なるほど、それで冒険者を雇おう、というわけですね?」
 相槌を打った受付嬢に、アヴリルはゆっくりとうなずいてみせる。
「そのとおりだ。できるか?」
「もちろん、それが私たちの仕事ですから。ところで、住み着いたオーガの詳しい数とか種類とか分かりますか?」
「正確な数までは分からんが、目撃者の証言ではかなり多かったらしい。10匹前後というところだろうか。顔が犬に似ていたとか‥‥」
「なるほど、おそらくはコボルトですね。数が多いと厄介ですが、それほど危険なモンスターではないはずです。分かりました、募集してみます」
「ああ、頼む。退治には私も同行しよう。多少は剣の心得もある」
 真剣な表情で、受付嬢に向かって深々と頭を下げるアヴリル。ふと、受付嬢が声をかける。
「アヴリルさん‥‥でしたよね?」
「ああ。何か?」
「あまり一人で背負い込まないで。たまには肩の力を抜くことも大切ですよ」
「‥‥ああ。ありがとう」

●今回の参加者

 eb7341 クリス・クロス(29歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb9534 マルティナ・フリートラント(26歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ec4114 ファビオン・シルフィールド(26歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec4772 レイ・アレク(38歳・♂・ナイト・ドワーフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

ソル・アレニオス(eb7575)/ アレット・ロティエ(ec4865

●リプレイ本文


 キャメロットから北へ向かう、細い街道。
 純白の愛馬ウェントスを駆って旅路を急ぐアヴリルに併走するのは、栗毛の馬エルヴィンにまたがる神聖騎士のマルティナ・フリートラント(eb9534)だ。冒険者の中で馬に乗っているのはマルティナだけ。他の三人は馬にも乗らず、徒歩で彼女たちについてきている。彼らが持つ魔法の靴の効果だ。
「なんと便利な‥‥世界は広いのだな」
 アヴリルが目を丸くしてつぶやくと、マルティナが微笑んだ。
「そうですね。私もずいぶん旅をしていますけど、今でも驚く事ばかりですよ」
 マルティナの表情は柔らかい。同じ騎士であり、年の頃も近いアヴリルに親近感を覚えているのかもしれない。それはアヴリルの方も同様だった。
「私が、冒険者と旅をしているとは。冒険者なんて、おとぎ話に出てくる英雄だと思っていた」
「そんなカッコイイものじゃないさ」
 苦笑したのはセブンリーグブーツで隣を走るファビオン・シルフィールド(ec4114)だ。会うなりアヴリルに剣の試合を申し込んで、ウーゼル流剣術の達人であるアヴリルを実力伯仲の激戦の末、アビュダと呼ばれるトリッキーな剣術で見事打ち負かした彼の剣の腕は、すでにアヴリルから全幅の信頼を受けている。剣に生きるもの特有の、「剣を交した相手」としての独特の友情が二人の間には芽生えていた。
 前に目をやれば、先頭を黙々と走るレイ・アレク(ec4772)の広い背中。油断無くあたりを警戒しながら走るその姿は雄々しい。
「ん?」
 不意に後ろからくいくいと服を引っ張られ、アヴリルが振り向く。見ればレン・オリミヤ(ec4115)がアヴリルの服の裾をつかんでいる。
「‥‥暑い?」
 レンは、マントやマスクで全身を布で覆い隠している。夏に近づいてきた日差しの中、間違いなく暑い。
 そして黒ずくめの全身鎧を身に纏ったアヴリルを見て、自分よりもっと暑いのではと心配になったらしい。人見知りで引っ込み思案のレンだが、彼女なりにアヴリルの事を気にしているのだ。
「あ、いや、私は大丈夫だ。レン殿も暑そうだが‥‥大丈夫か?」
 アヴリルの言葉にレンはこくこくとうなずいた。
「アヴリル殿、ただいま戻りました」
 風に乗って聞こえたそんな声とともに、羽の生えた純白の馬にまたがって空を駆けるクリス・クロス(eb7341)の姿が目に入る。ペガサスのホクトベガを駆る彼の姿こそ、まさしくおとぎ話のようだ。
「コボルトたちの居場所が分かりました」
 あっという間にアヴリルの元まで降りてきたクリスが言う。彼はその機動力を生かし、アヴリルたちに先行して集落へ向かい偵察をしてきたのだ。
「集落の北の洞窟。そこに奴らはいます」
「洞窟か、それは好都合だな」
 クリスの報告を受けて、ファビオンがつぶやいた。根城としているところがはっきりすれば、退治するのは容易になる。
「やつらはだんだんと行動距離を広げているらしく、目撃情報も多くなっています。まだ人間の被害は聞きませんが、時間の問題かと」
 冷静に分析したクリスの言葉に、アヴリルが激高し、手綱を握りしめる。
「民たちが危険にさらされているのなら、一刻も早く退治せねば!」
「気持ちは分かりますが、焦ってもうまくいくものではありませんよ。私たちはお手伝いですが、引き受けた以上は仲間です。ご無理はなさらず、私たちをあてにしてくださいね」
 マルティナが言うと、ファビオンもうなずく。
「マルティナさんの言うとおりだ。今回は一人で戦うのではないのだから。味方を頼る事も必要だと思うんだがな」
「‥‥その通りだな。すまない。取り乱してしまったようだ」
 ふっと息を吐くアヴリル。その笑みはまだぎこちないが、眉間のしわをゆるめただけでも大きな進歩だろう。
「今から行っては夜になります。地形の分からない土地で、見通しの効かない夜に攻撃をかけるのは自殺行為。今日は集落に一泊させていただき、明け方に洞窟に向かうのがいいでしょう」
 クリスの指摘に、皆がうなずく。
「コボルトたちの目撃情報は主にどれくらいの時間帯なんだ?」
「ほとんど昼のようです。そう考えると、昼には主力が出払っている可能性がありますね」
 尋ねたファビオンに、クリスが答える。
「なるほど、では多数が出払った時を見計らって洞窟を襲撃し、居残り組を殲滅したら洞窟に罠を仕掛けておけば効率よく退治できそうですね」
 マルティナが提案する。見る間に組み上げられていく作戦に、アヴリルは感心したようにうなずいている。
「ならば急ごう。夜にならぬうちに集落に着かなければ」
 今まで無言だったレイが、前を見据えたまま言う。冒険者たちは表情を引き締め、集落へと急ぐのだった。


「見張りは3匹。はっきりとは見えないが、奥にもう何体かいるな」
 問題の洞窟から少し離れたところに隠れ、ファビオンが優れた視力を生かして観察する。
「‥‥手っ取り早く乗り込んで倒す‥‥待ち伏せて残りを倒す、がいいみたい?」
 そう言って首をかしげるレンに、レイがうなずく。
「俺らが飛び出してすぐに、奴らに矢を射かけてほしい。レンさんの射撃に期待している」
 レイの言葉に、レンが顔を赤らめて焦ったようにうなずく。あまり親しくない異性に声をかけられた事もあるが、「期待している」などと言われて照れたらしい。
「ペガサスに乗って突撃‥‥するには狭いみたいですね。馬たちはこちらに置いていきましょう」
 そう言って愛馬ホクトベガから降りたクリスが、刀と盾を構える。彼の隣の並ぶ前衛たちは、レイ、ファビオン、そしてアヴリル。後ろに弓を構えたレンと、マルティナ。
「皆さんに神の加護がありますよう。『グットラック』!」
 マルティナの指輪が淡く輝き、彼女は5人の仲間たちに次々と触れていった。全員が神の祝福を受ける。
「では、ゆくぞ!」
 レイのかけ声とともに、前衛の4人が洞窟に向かって走り出す。
 駆けだした前衛たちの肩越しに、挨拶代わりのレンの射撃。矢は見事に見張りのコボルトに命中し、軽傷を負わせる。ひるむコボルトにファビオンの名刀「ソメイヨシノ」が襲いかかる。1、2、3回。流れる連続攻撃に、たまらずコボルトは倒れ伏す。続けてアヴリルがもう1匹のコボルトに剣を繰り出す。華麗な細身の剣による研ぎ澄まされた突き。血を噴き出して揺らいだコボルトに、クリスの大脇差「一文字」による横薙ぎの連撃。避けきれず、大地に沈む。
 喜んだのも束の間、無防備なクリスの背後を残るコボルトの剣が襲う。それはかすり傷を負わせたのみで、剣に塗られた真っ黒な毒も通らない。そのコボルトに、追いついたレイの鬼剣「斬鉄」の重い一撃が襲いかかる。たったの一撃で、哀れなコボルトは撃沈した。
 だが、まだ安心するには早かった。騒ぎを聞きつけて奥からもう3匹のコボルトがやってきたのだ。しかも、見張りのコボルトたちに比べて一回り大きい。
「‥‥戦士クラス。かなり、手強い。注意、する」
 言いながら、レンが次の矢をつがえる。間髪入れずに発射するが、不意打ちだった先ほどとは違い容易には当たらず避けられてしまう。
「くっ!」
 苦悶のうめき声は、アヴリルのもの。出会い頭の攻撃で一匹の戦士を屠った彼女だったが、その隙にもう一匹の剣を受けてしまったのだ。剣はアヴリルの腕を切り裂き、鉱物毒を体内に送り込む。
「大丈夫かっ!」
 そのコボルトを連撃で打ち破ったファビオンが、アヴリルに駆け寄る。多少息は上がっているものの、命には別状なさそうだった。
「くっ、私とした事が、不覚だった。すまない」
 つぶやき、唇をかみしめる。
「こちらは片付いたぞ。マルティナさん、アヴリルさんを治療してくれ」
 クリスと彼のペットの埴輪(ゴーレムの一種)とともに、最後のコボルトを仕留めて駆けつけたレイに、アヴリルは首を振った。
「いや、私なら大丈夫‥‥」
 言いかけたアヴリルの腕を、レンがぎゅっとつかんだ。
「怪我は我慢しないで治療を受けないと‥‥ダメ」
「‥‥分かった」

 黄昏時。
 何も知らずに帰ってきた残りのコボルトたち。
 その数は5匹。革製のローブのようなものを着た1匹に率いられているようだ。
「あれが族長だな。奴が罠の範囲に入ったら‥‥よし、今だ!」
 ファビオンの合図に従い、マルティナが火のついたたいまつを高々と放り投げる。たいまつは空中で弧を描いて、コボルトたちの近くに落下した。
 と、ごおっと音を立てて巨大な炎が上がる。あらかじめ洞窟の周りに燃えやすい枯れ枝などを集めて油をまいておいたのだ。たちまち炎に包まれるコボルトたち。
 炎から逃れようとあわてふためくコボルトたちの前に立ちふさがるように飛び出した冒険者たち。彼らは、燃え上がる炎も恐れない。この時点で、すでに決着はついたも同然だった。


「どれほど感謝してもしきれないくらいだ。ありがとう」
 コボルトを全滅させた冒険者たちに、アヴリルは深々と頭を下げた。戦いでついた傷や毒も、マルティナやクリスの魔法や、解毒剤の効果ですでに完治している。
「それが私たちの役目ですから。さぁ、アヴリルさんも、早く村の方々を安心させてあげてください。私たちには退治のお手伝いはできても、住民の方々と喜びや安心を分かち合うのは、より長く同じ時を歩んだあなたにこそできる事なのですから」
「残存のコボルトは‥‥おそらくはいないでしょうね。もう安心ですよ、と集落の方々に伝えられそうです。また何かあればギルドに相談すると良いでしょう」
 口々に言ったマルティナとクリスに、アヴリルが深くうなずいた。
「ああ。私の事を信じてくれる民たちは何よりもかけがえのない存在だ。私が心から信じられるのは彼らだけ‥‥いや、そう決めつけてはいけないな」
 そう言って、アヴリルが冒険者たちの顔を見回す。
「あなたたちに依頼して良かった。私はもっと、人を信じてみるべきなのかもしれない」