襲来! 無敵のお嬢様

■ショートシナリオ


担当:坂上誠史郎

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月15日〜06月20日

リプレイ公開日:2005年06月26日

●オープニング

「俺もここで終わりか‥‥ザマぁねぇ」
 病の床にあっても、父はそんな悪態をつける人だった。
 痩せ細った手足、血の気が失せた顔‥‥誰が見ても、臨終間近だとわかるだろう。
 そんな父の姿を、少女は信じられない気持ちで見つめていた。
 これが、あの尊大で自信家で才気に溢れた父の姿なのか、と。
「フィーネ、カイザード家の財産は全部お前にやる。俺は自分のやりたい様にやった。だからお前も好きに生きろ」
 言って、父は生気の無い顔で天井を見上げた。
 貴族の家に生まれながら環境に安座せず、己の才覚で商売を始め財産を増やした。
 家族を顧みず、貴族らしからぬ粗暴な父だったが、少女は父を尊敬していた。
「それから‥‥何かあったら、キャメロットのビリー・クルスって男を頼れ。腕は立つし‥‥何よりお人好しだ。バカがつく程のな」
 一瞬懐かしそうに笑い、父は瞼を閉じた。もう二度と、その目が開かれる事は無い。
 少女は泣かなかった。強くなるのだと、父の亡骸に誓った。父の様に尊大で、自由で、強い人間に。

  ◆

「く、くそっ! 覚えてやがれっ!」
 ありきたりな捨て台詞を残し、チンピラ風の男達が逃げ去って行く。その数八人。
 全員あちこちにアザやコブを作り、正に這々の体であった。
「やれやれ‥‥ああいう人種は、どうしてボキャブラリーが少ないんだろうね」
 盗賊達を追い返し、騎士ビリー・クルスは呆れた様に肩をすくめた。
 歳の頃は二十代半ば。長身で体格も良く、短く刈り込まれた茶色の髪と同色の瞳からは、精悍な印象を受ける。
「で‥‥お嬢ちゃん、立てるかい?」
 ビリーは背後を振り返り、へたり込む少女に声をかけた。
 ビリーよりも十歳程年下だろうか。背中に届く艶やかな金髪に、気の強そうな深紅の瞳‥‥愛らしい顔立ちで、将来かなりの美人になる事を予感させる。高級な衣服を纏っており、貴族の令嬢だろうと思われた。
 ここは、酒場や風俗店等が並ぶキャメロットの歓楽街。8人の男達にさらわれかけていた少女を、丁度今ビリーが助けた所である。
「‥‥殿方なら、こちらが何も言わずとも手を差し伸べるものではありませんの?」
 まるでビリーの気が利かないと言わんばかりに、少女は白く小さな手を差し出した。
 ビリーは苦笑し、少女の手を取った。
「こいつは失礼、お嬢さん。お名前は?」
「‥‥人に名前を聞く時は、ご自分から名乗るものではありませんの?」
 優雅に立ち上がった少女は、不機嫌そうな表情でビリーの質問に質問を返した。
 助けられた事に対する感謝の気持ちは感じられない。ビリーは再び苦笑する。
「重ねて失礼、俺はビリー・クルス。一応騎士なんでね、お困りなら手を貸しましょうか? お嬢さん」
 おどけた調子で、うやうやしく対応するビリー。
 彼の名前を聞き、少女は驚きの表情を浮かべた。まじまじとビリーを見つめ、ほぅ、と一息つく。
「‥‥お父様のご友人というから、もっと歳をとられた方かと思いました」
「‥‥お父様?」
 少女の言葉を聞き、ビリーは不思議そうな表情を浮かべた。
 少女は礼儀正しく一礼する。
「私は、フィーネ・カイザードと申します。貴方の友人で、先日亡くなったガリアン・カイザードの娘ですわ」
「なっ‥‥ガリアンのおやっさんが‥‥亡くなったって!?」
 少女の自己紹介に、驚き呆然とするビリー。しかし少女‥‥フィーネは大した事でも無さそうに小さく頷いた。
「父から、何かあったら貴方を頼る様に言われました。どんな方なのかと見に来たのですが、そのせいで暴漢達にからまれたのです。つまり‥‥」
 ジロリとビリーを睨み、フィーネは不敵な笑みを浮かべた。
「ビリー様、貴方には私の身を守る義務があるという事ですわ。責任を持って、先刻の暴漢達が私に近づかない様警護していただきます」
「‥‥へ?」
 再び呆然とするビリー。どんどん進んで行く事態に頭が追いついていないのだ。
「何を呆けていますの? 私の滞在している宿へ案内します。護衛対象の滞在場所くらい、知っておく必要があるでしょう?」
 言って、フィーネは優雅に踵を返した。
「護衛って‥‥え? いや、おやっさんが亡くなって、娘さんが‥‥えぇ?」
 ビリーはまだ混乱が収まっていなかった。
 だがごちゃごちゃとした思考の中、一つだけ確信した事がある。
 この尊大な態度、有無を言わせぬ強引な物言い‥‥それは、間違い無く自分が知る男の娘だと実感した。

  ◆

「長くなるから、かいつまんで説明するが‥‥」
 憂鬱そうに溜め息をつき、ビリーは冒険者ギルドの受付で説明を始めた。
「ついこの間、俺の剣術の兄弟子が病気で亡くなったらしくてね‥‥彼は死ぬ間際、娘さんに『ビリーを頼れ』なんて言ったらしい。その娘さんが俺を捜しにキャメロットまで来たら、チンピラにからまれてね‥‥偶然助けたんだが、何の因果かその後も彼女のボディーガードさせられるハメになっちまった‥‥」
 勝手な理論で強引に話を進める少女‥‥その姿を思い出し、ビリーは頭を抱えたくなった。
「昔世話になった人の娘さんだし、遺言って事もある。できれば力になってやりたいんだが‥‥最近色々と忙しくてね、そのお嬢さんに四六時中ついてるワケにはいかないんだ。だから、彼女の警護を依頼したい。とりあえずは、ついさっき追い返したチンピラ共がまた彼女に近づかない様にしてやってくれ。奴らがバラバラに行動してたら、どこで鉢合わせするかわからない」
 いったん言葉を切り、ビリーはもう一度大きな溜め息をついた。
「それから‥‥その娘さんは、かなり傲慢で強引だ。根は悪い子じゃないと思うんだがな‥‥まぁ、ワガママを笑って許せる、懐の深い冒険者を待ってるよ」

●今回の参加者

 ea9738 シャムロック・ホークウインド(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2020 オルロック・サンズヒート(60歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2200 トリスティア・リム・ライオネス(23歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2435 ヴァレリア・ロスフィールド(31歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb2481 リラネージュ・ヴァルキュリア(24歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2638 シャー・クレー(40歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2674 鹿堂 威(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2681 ロドニー・ロードレック(34歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

「ビリー様が不在の間は、皆様が私を護衛なさるのですね」
 冒険者達をぐるりと見渡し、フィーネは不敵な笑みを浮かべた。
「それではこれより、皆様は私の命令に従っていただきますわ。私の行動に対する意見や抗議等は却下します。用がある時は呼び出しますから、各自しっかりと身辺警護を務めて下さい」
 言って礼儀正しく一礼し、宿の自室へと戻って行く。
 何とも優雅で不敵で傲慢なお嬢様であった。

  ◆

「あーもうっ! 何なのよあの高慢チキな女はっ!」
 フィーネとの顔合わせを済ませた後、ナイトの少女トリスティア・リム・ライオネス(eb2200)は酒場の床で地団駄を踏みながら憤慨していた。
 高飛車でわがままな彼女にとって、フィーネの様な存在は目障り以外の何物でもない。
「落ち着いて下さいトリス様。気品も美しさも、トリス様の方が勝っておられますよ」
 そんなトリスティアをなだめるのは、美形でクールなナイトの青年ロドニー・ロードレック(eb2681)と‥‥
「お嬢、依頼人との揉め事はヤバいじゃん。腹が立つのは解るけどよぉ、ここは我慢じゃん」
 筋肉質でやけにしゃくれたアゴが目立つナイト、シャー・クレー(eb2638)だった。
 二人はトリスティアの従者であり、わがままで少々ドジな彼女にいつも振り回されている。
 そしてもちろんこの日も‥‥
「護衛なんて面倒なことやってられないわ! チンピラを倒せば文句無いんでしょ!? こっちから討って出るわよ!」
 トリスティアの暴走は始まった。
「討って出るって‥‥俺らだけで勝手したらマズいじゃん」
「あ、ん、た、は、言われた通りにすばいいの!」
 止めようとするシャーの出っ張ったアゴを、拳でゴンゴンと叩くトリスティア。
「ロドニー、何か文句ある?」
「いえ、喜んでお供させていただきます」
 ギロリと睨み付けられ、ロドニーは爽やかな笑顔で主の命令を受け入れた。

  ◆

「ようじいさん、また会ったな」
「お‥‥おぉ〜婿殿! 孫は元気ですかいのぅ‥‥」
 ビリーに声をかけられ、エルフのウィザード、オルロック・サンズヒート(eb2020)はとんちんかんな事を言った。
 彼とビリーが顔を合わせるのは、もう三度目になる。オルロックはビリーを『孫娘の婿』だと思い込んでいる様だった。
「ははっ‥‥相変わらずだなじいさん。心強いよ」
 苦笑しつつ、ビリーは老エルフの隣の席に腰を降ろした。
 普段はとぼけているが、この老人がいざという時頼りになる事をビリーは知っていた。
「‥‥あのお嬢さん、思った以上の難物だ。俺に会った時も、偶然だと思ってたら‥‥俺の巡回ルートを調べて、その中で一番治安の悪い場所をわざとウロついてたらしい。見ず知らずの俺を試すためにな‥‥」
 ビリーはやれやれ、といった表情で溜め息をついた。
「頭の回転も速いし、度胸も据わってる。だがそれだけに、彼女の勝手な行動を止めるのが難しい。何とか、宿で大人しくしててもらう方法は無いもんかね‥‥」
「お嬢ちゃんには、昔話しでもしてやったらええ」
 独り言の様なビリーの呟きに、オルロックは普段通りのとぼけた口調で答えた。
 一瞬ビリーは怪訝そうな顔をするが‥‥すぐにパチンと指を鳴らす。
「なるほど‥‥ガリアンのおやっさんの昔話なら、お嬢さんも興味あるだろう。話の間くらいは、大人しくしててくれるかな」
 言って、ビリーは席を立った。
「ありがとうな、じいさん。ちょいとお嬢さん相手に昔話をしてくるよ」
「浮気はぁイカンぞぉ〜婿殿」
 再び妙とぼけた事を言うオルロック。
 ビリーは苦笑を浮かべつつ、老エルフに小さく手を振り酒場を出て行った。
「いいねぇビリーの旦那は。旦那がお嬢様とお話中、俺は爺さんとチンピラ退治か‥‥あぁ、何で俺の相手は女性じゃないのやら‥‥」
 ビリーの背中を見送りつつ、女好きの浪人、鹿堂威(eb2674)は自分の役目を嘆いた。
「しかしあのお嬢様、なかなか可愛いよな‥‥体つきもこう、発展途上ながら女らしいっていうか‥‥なあ爺さん」
 彼は今までビリーがいた席に腰を降ろすと、老エルフへ同意を求めた。
 オルロックは威の言葉に大きく頷いた。
「見事な、安産型のお尻じゃ!」
「お、何だよ爺さん、ちゃんと見る所見てるじゃないか。そうだよな、あれでもう少し胸があれば‥‥」
「お二人共、不謹慎ですよ」
 男二人の会話は、神聖騎士の女性ヴァレリア・ロスフィールド(eb2435)によって遮られた。
 お堅い美女にたしなめられ、威は苦笑する。
「うん、俺はこの位の大きさが好きかな」
 ヴァレリアの豊満な胸元に視線を向け、うんうんと頷く威。
 無言のまま、ヴァレリアは威の後頭部に拳を打ち込んだ。

  ◆

「‥‥何かご用ですか?」
 宿の中で最も高級な部屋に通され、神聖騎士の女性リラネージュ・ヴァルキュリア(eb2481)は尋ねた。
 青と赤に分かれた美しい左右の瞳が、怪訝そうな色を浮かべている。
「お嬢様の不興をかう様な事はしていないつもりだが」
 同じく怪訝そうに、ファイターのシャムロック・ホークウインド(ea9738)も言った。
 筋肉質な体型で、そのたたずまいからも実力者である事がわかる。
「時間は取らせませんわ‥‥ただ、できるだけ隠し事は無くしたいと思っただけです」
 そんな二人の視線を受け、フィーネは優雅な口調で言った。二人と話し易い様、流暢なゲルマン語である。
 つい先刻呼び出され、二人はフィーネが宿泊しているこの部屋まで足を運んだのである。
「‥‥隠し事? フィーネ様は、私達に何か隠しているのですか?」
「いいえ。お二人の隠し事‥‥ハーフエルフだという事を、私には隠さないで欲しいのです」
 リラネージュの問いに、フィーネははっきりと答えた。
 二人の表情が厳しくなる。そう‥‥リラネージュとシャムロックは、フィーネの言う通りハーフエルフなのだ。
「‥‥よく気づいたな」
「お二人共、耳を隠そうと気をつけてらしたでしょう? すぐわかりましたわ」
 驚くシャムロックに、フィーネは淡々と説明する。
 だが彼は、溜め息をつきながら首を横に振った。
「ならばそんな無茶を言わないでくれ。ハーフに対する差別は少なくない。堂々と耳を晒すのは、俺達にとって不利益な事なんだ」
「そうです。人間である貴女にはわからないかもしれませんが‥‥耳を隠す事は、自衛の手段でもあるんです」
 リラネージュもまた、青赤の瞳を辛そうに細めた。
 二人の表情から、これまでどれだけの苦労をしてきたのかが見える様だった。
「私は差別などしません」
 しかしそんな二人に、フィーネはキッパリと言い放った。
「私は『常に』隠すなとは言っていません。ただ、私までそんな愚かな差別をする人種だと思わないで欲しいだけですわ」
 言ってフィーネは歩み寄り、二人の手を優しく握った。
「私は、警護をして下さる貴方達の実力を信じます。だから、貴方達も私を信じなさい。私は、種族で差別などしません。どんな種族だろうと、貴方達は貴方達です。私に対して、そんな警戒は許しません」
 フィーネの眼差しは真剣であり、手の温もりは柔らかだった。
 リラネージュとシャムロックは、少女の態度に驚いていた。
 傲慢で不敵だが‥‥自分の中に一本筋を通している。
「‥‥はい」
「‥‥ああ」
 二人は同時に頷いた。
 依頼としてだけではなく、自分の意志でこの少女を守ろう。
 二人の心に、強い決意が産まれていた。

  ◆

「まったく‥‥手間とらせるんじゃないわよ」
 二振りの短刀を鞘に収め、トリスティアは倒れ伏す男達を見下ろした。
 人気の無い路地裏には、三人の男達が転がっている。
 主と従者二人によって叩きのめされた、目的のチンピラ達である。
「寄付という形でトリス様のお役にたてる事を、光栄に思うのですね」
 倒した男の懐から、ロドニーがこっそり小銭を失敬していた。顔に似合わずワルである。
「さーて、とっととユー達のアジトを吐くじゃん。さもないと‥‥」
 顔に似合ってワルな言動のシャーが、一人のチンピラを掴み上げた。
「うちのお嬢は気が短いから、どうなっても知らねーじゃん」
「後で死体を埋めるの、面倒なんですよね」
 自慢のアゴで男の額をグリグリするシャーと、爽やかな笑顔で恐ろしい事を言うロドニー。
 チンピラ達は恐怖に震え上がった。

  ◆

「チンピラ達の住処、わかったそうですわね」
 宿の自室で何事か考えながら、フィーネは問いかけた。
「ええ。わたくしはフィーネさんの護衛で残っていますが‥‥今頃、他の方々が乗り込んでいる所でしょう」
 問いに答えたのは、影の様に付き従っているヴァレリアだった。
 彼女は基本的に、ずっとフィーネから離れず警護をしている。今はビリーも、他の冒険者達もおらず二人きりだ。
「私を、そこへ案内して下さい」
 唐突にフィーネが言った。
 ヴァレリアは驚き、首を左右に振る。
「とんでもありません。わたくし達の仕事は、フィーネさんを守る事です。そんな危険な場所へは案内できません」
 キッパリと断られ、フィーネは不満そうに顔をしかめた。
 しばしの沈黙。
「‥‥私は、強くなりたいのです」
 沈黙を破ったのはフィーネだった。
「剣や魔法の強さではありません。どんな困難にも負けぬ『心』の強さです。私は貴族の娘です。本物の『戦闘』など、ビリー様に助けられた時の一度しか見た事はありません」
 言って、怯える様に小さく身体を震わせた。
「怖かった。けれど、怖がってばかりではいけないのです。父が‥‥そしてビリー様が住む世界はあそこです。目を背けては強くなれないのです。私に、『戦闘』を見せて下さい」
 フィーネの表情は真剣だった。
 ただの興味本位とは違う、強い覚悟を秘めた言葉である。
 ヴァレリアは大きく溜め息をつき‥‥頷いた。
「ただし、絶対にわたくしから離れないで下さい。必ず守りますから」
「ええ。頼りにしていますわ」
 フィーネは答え、ニッと不敵な笑みを浮かべた。

  ◆

「まあ、こんなものだろう」
 身体についた埃を払い、シャムロックは呟いた。
 時刻は深夜。歓楽街の路地裏に立つチンピラ達の住処である。
 三人は既に退治し、復讐する気も起こらぬ程の恐怖(自主規制)を与えたため残りは五人。その全員が集まっている所へ、ヴァレリアとビリーを除く七人の冒険者達で突撃したのだ。
 勝負はあっという間に決まった。元々実力が違う上に五対七では勝負にならない。アジトの内部は家具が散乱し、チンピラ達がうめき声を上げながら転がっている。
「ぎゃっ!」
 その時、突如としてチンピラの一人が悲鳴を上げた。
「うふふ‥‥もっといい声上げて下さいよ‥‥」
 倒れた男の顔を踏みつけているのは、リラネージュだった。
 普段の落ち着いた雰囲気とは違う‥‥男の苦しみを楽しむ様な笑みが浮かんでいた。
「おいおい‥‥狂化か!?」
 威が緊迫した声を上げた。
 リラネージュの周囲には銀貨が散乱している。彼女は銀に直接触れると狂化してしまうのだ。
「ほら‥‥もっとステキな声で! 顔で! 楽しませて下さいよっ!」
「ぎゃっ‥‥あがあぁぁぁぁっ!」
 リラネージュの足に力がこもる。男の悲鳴が更に大きくなった。
「お止めなさい!」
 冒険者達が止めに入るよりも早く、凛とした声がその場に響き渡った。
 全員が唖然とする中、声の主‥‥フィーネは駆け出した。
 そのままリラネージュとチンピラの間に割って入り、狂化中の彼女を抱き締めたのである。
「大丈夫‥‥落ち着きなさい。私は貴方を怖がらない。私は‥‥貴方の味方ですわ」
 言って、フィーネは笑顔を見せた。
 それは今までの不敵な笑みとは違う、優しく柔らかな笑顔だった。
 その笑顔を見て、リラネージュの身体から狂気が抜けた。

  ◆

 その後、チンピラ達の内五人は何故かフィーネの舎弟になったという。
 リラネージュの狂化から救われた光景が強烈だったのか、彼等から熱烈なラブコールを受けたのである。
「私の言う事に従うのならば、付き従う事を許しましょう」
 そしてフィーネは事も無げに彼等を受け入れた。
「何て事‥‥よりにもよってあの女に!」
「『チンピラボコって舎弟増幅』計画が台無しじゃん‥‥」
「くっ‥‥下々の者共には、トリス様の魅力がわからないのですか‥‥」
 ガックリと肩を落とす、女主人と従者二人。
 そして‥‥
「くそぉ‥‥あんな野郎共に囲まれてたら、フィーネお嬢さんをナンパできないじゃないか!」
 無念の雄叫びを上げるナンパ師浪人が一人。
「やれやれ‥‥無敵のお嬢様が一人勝ちってとこか。末恐ろしいねぇ」
 その光景を見つめ、ビリーは苦笑と共に肩をすくめるのだった。