永遠のつぼみ、大輪の華

■ショートシナリオ


担当:坂上誠史郎

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月24日〜06月29日

リプレイ公開日:2005年07月05日

●オープニング

「いつまでたっても、お前は女らしくならんな」
 苛立たしげな父の言葉を、彼女はもう聞き慣れていた。
「いつまでたっても外見は子供の様だし、礼儀作法も覚えず剣ばかり振っている‥‥そんな事では、良い縁談に巡り会えぬぞ」
 エルフの貴族は、イギリス貴族全体の二割程しかいない。父はその中の一人だった。
 しかし浪費家で商才も無かった父は、瞬く間に家の財産を食い潰そうとしていた。そんな父にとって、一人娘は『有力貴族との縁談』という最後の希望だったのである。
 政略結婚の道具になどなりたくない。
 彼女はそう思い、身一つで家を飛び出した。それが今から十五年前。
 それからずっと剣術の修行を続け、現在までその腕のみを頼りに生きてきた。
 だから、つい最近まで知らなかった。自分がいなくなった後、父が政略結婚のため、人間の少女を養子に取った事。十年前に、両親が多額の借金を残して亡くなった事。
 そして‥‥会った事も無い義理の妹が、その借金のカタに売られて行った事を‥‥

  ◆

「師匠! 素振り終わりました!」
「うむ‥‥」
「師匠、次は乱取りでいいすか?」
「うむ‥‥」
 幼く愛らしい少女‥‥にみえる女性が、強面の男達から『師匠』と敬われている。
 剣術稽古の真っ最中、エルフの女戦士リュウレイト・ラグナスは、弟子達に気のない返事をするばかりだった。
 ここは、冒険者街の近くに建つ剣術道場。道場とは言っても看板など出しておらず、少しばかり大きめな建物の中で、十数人の男達が剣を振っているだけだ。
 道場主のリュウレイトは、元々弟子など取る気は無かった。しかし剣術修行の合間に、冒険者として各地でチンピラだの盗賊だのを懲らしめてきた結果、懲らしめられた者達が弟子入りしたいと集まって来たのである。
「ししょー? どうしたんすか、いつもの迫力が無いっすよ?」
「身体の調子でも悪いんですか?」
「ああ‥‥うむ、今日は調子が悪い様じゃ」
 心配する弟子達に、リュウレイトは愛らしい笑顔を返した。
 肩にかかるふわふわとした金髪、大きく美しい緑の瞳、パラと見紛うばかりの小柄な体格‥‥リュウレイトは既に六十年程生きているが、外見はまるで十歳前後の愛らしい少女だった。いかにエルフの老化が人間よりも緩やかとはいえ、極端な童顔である。
「すまんが、後の稽古はお前達でやっておいてくれ。わしは帰って休む」
 リュウレイトの言葉に、『オス!』と弟子達から返ってきた。
 愛用の剣を腰に帯び、道場を出る。
 別に体調が悪かった訳ではない。ただ最近、頭からある悩みが離れないのだ。
 初夏の陽光が降り注ぐ昼下がり、リュウレイトは通い慣れた道を歩く。自分の家へではなく、エチゴヤ方面へと。
 エチゴヤ周辺には、買い物のため多くの人々が行き来している。そんな中、売り物には全く目も向けず、芝生に腰を下ろして絵を描いている女性がいた。
 歳の頃は二十代前半だろうか。すらりとした細身の身体だが、出るべき所と引っ込むべき所のメリハリがついている。肌は透ける様に白く、背中に届く銀髪は艶やか。大きく青い瞳には愛らしさと美しさが同居し‥‥何とも魅力に溢れた女性だった。
「今日も‥‥頑張っている様じゃのう」
 物陰に隠れ、リュウレイトは銀髪の美女をじっと見つめる。
 ここ最近、彼女を見るためにリュウレイトはこの場所へと足を運んでいた。
 何故なら、彼女はリュウレイトの‥‥
「お、すっげー美人さんじゃん」
「どれどれ? おー、超当たりじゃね?」
「ねーキミ、一人? 俺らと遊ばない?」
「あ‥‥いえ、私は絵を描いている最中ですので‥‥」
 その時、リュウレイトの思考が止まった。
 ガラの悪そうな男達が六人、女性の周りに集まって来たのだ。女性は困惑した様に顔を上げ、何とか断ろうとしている。だが‥‥
「絵なんか後でいいじゃん。もっと楽しい所に連れていってあげるからさ」
 男達は全く引く様子は無い。一人がリュウレイトの腕をつかみ、強引に引き寄せた。
「いたっ、止めて下さ‥‥」
「その手を離さんかぁっ!!」
 銀髪の女性が顔をゆがめた瞬間、リュウレイトは物陰から飛び出した。
 峰打ちの一撃を食らい、女性の腕を掴んでいた男が吹き飛ぶ。
「な、何だこのチビはっ!?」
「やかましいわ! 叩きのめしてやるから覚悟せい!」
 怒号と共に剣を閃かせ、次々と男達を峰打ちで沈めてゆく。
 六人全滅までに要した時間は三十秒にも満たなかった。外見からは想像もできない、凄まじいスピードとパワーである。
「あの‥‥ありがとうございました」
 感謝の声を聞き、リュウレイトはハッと我に返った。振り返ると、そこには絵を描いていた美女が立っている。
「あ‥‥い、いや、別に、気にする事はないぞ」
 いつもは物陰から見ていた女性が目の前にいる‥‥リュウレイトは急に緊張し始めた。
 それを聞き、銀髪の美女は満面の笑顔を浮かべた。
「でも‥‥すごいんですね。こんなに可愛らしいのに、こんなに強いなんて‥‥あ、ごめんなさい。エルフの方だから、私より年上ですよね」
「う‥‥うむ、そうじゃ。こんなナリじゃが、わしの方が『お姉さん』じゃぞ」
 リュウレイトは胸を張り、『お姉さん』という言葉を少し強く言った。
 銀髪の美女は嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ‥‥私はエリューシア・ラグナスといいます。先程は、本当に助かりました」
 女性‥‥エリューシアは再び頭を下げた。
 だが名乗られずとも、リュウレイトは彼女の名前を知っている。
 そして‥‥自分と姓が同じである理由も。
「わしは、リュウレイトじゃ‥‥よろしくな」
 リュウレイトも続いて名乗った。
 『ラグナス』という姓を隠したまま。

  ◆

「わしには‥‥義理の妹がいるのじゃ」
 冒険者ギルドの受付で、リュウレイトは依頼の説明を始めた。
「わしは十五年前に、貴族だった実家を飛び出した。それ以来、家の事など思い出しもしなかった。しかし数ヶ月前、弟子の一人からある情報を聞いたのじゃ。わしが家を出た後、両親が美しい人間の少女を養子に取った事。そして両親は十年前に多額の借金を残して亡くなった事。そして‥‥その借金を、養子に来た少女が娼婦となり、身体を売って返済したのだという事を‥‥」
 そこまで話し、リュウレイトは一息ついた。
 愛らしい顔が苦悩に歪んでいる。
「わしが家を出たせいで‥‥義理の妹に大変な苦労をさせてしまった。わしは‥‥何とか彼女に償いをしたい。そして‥‥彼女に義姉だと名乗りたいのじゃ‥‥」
 リュウレイトは再び言葉を切る。
 まるで泣き出す寸前の様な表情だった。
「じゃが‥‥わしは怖い。義妹がわしを恨んでいたら‥‥そう思うと、怖くて仕方ないのじゃ。じゃから、助けて欲しい。わしと妹の間を、取り持ってほしいのじゃ‥‥その後はわしが、姉として命がけで彼女を守る。一生かけて、償いをするつもりじゃ」
 歯を食いしばり、零れそうな涙をこらえる。
 その表情を見て、ギルド職員は大きく頷いた。

●今回の参加者

 ea1332 クリムゾン・テンペスト(35歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea2153 セレニウム・ムーングロウ(32歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2020 オルロック・サンズヒート(60歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2200 トリスティア・リム・ライオネス(23歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2286 アイーシャ・シャーヒーン(31歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb2638 シャー・クレー(40歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2665 ジーン・メイスフィールド(30歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb2681 ロドニー・ロードレック(34歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 ピュィー‥‥

 初夏の昼下がり、キャメロット港の一角で絵を描いていたエリューシアは、聞き覚えのある高い鳴き声を耳にした。
 振り返ると、一匹の鷹を連れたジプシーらしき女性がこちらに笑顔を向けている。
 褐色の肌、小柄ながら豊満な体つき‥‥彼女を見て、エリューシアもまた笑顔になった。
「アイーシャさん! お久しぶりです!」
「あー! ダメダメ!」
 友人に名を呼ばれ、アイーシャ・シャーヒーン(eb2286)は子供を叱る様な口調で言った。
 エリューシアは不思議そうに首を傾げる。
「アイーシャ語録、『友達との間に垣根はいらない』。友達を呼ぶのに、『さん』なんてつけちゃダメだよ」
 得意の『アイーシャ語録』を披露し、彼女はエリューシアに歩み寄った。
 二人は、以前依頼で会った事がある。
 エリューシアが娼館を辞めた時、しつこくつけ狙って来るチンピラ達から彼女を助けたのだ。
「‥‥ありがとう。嬉しいです‥‥アイーシャ」
「うん、よくできました!」
 はにかむエリューシアに、アイーシャは快活な笑顔を向けた。

  ◆

 冒険者酒場のとある席には、周囲から白い目が向けられていた。
「ま、孫よぉぉぉ!」
「ぎゃーっ! は、離れんかじじいっ!」
 エルフの老ウィザード、オルロック・サンズヒート(eb2020)が、先刻からリュウレイトに引っ付き大騒ぎなのである。
 以前依頼で顔を合わせてから、オルロックは童顔なリュウレイトを孫だと勘違いし続けているのだ。
「いいんじゃ、いいんじゃぁ、どうせ老い先短いんじゃしぃ〜‥‥」
「大人気無くスネるなっ!」
 突き放されていじけるオルロック。リュウレイトは頭を抱えたくなった。
「ふぅ‥‥遊んでいる場合ではないでしょう?」
 目の前で繰り広げられる『お笑い家族劇場』を見ながら、エルフのクレリック、ジーン・メイスフィールド(eb2665)は溜め息をついた。
 銀髪の美しい青年で、物腰は丁寧だが目つきは鋭かった。
「あ‥‥う、うむ、そうじゃったな。すまん」
 オルロックを取り残し、リュウレイトはジーンと向かい合う席に腰を下ろした。
「リュウレイトさん、貴方の義妹に対する感情‥‥罪悪感がその第一を占めているように見えますが、如何です?」
 ジーンは目の前の少女‥‥にしか見えない女性を値踏みする様に見つめ、問いかけた。
 リュウレイトは一瞬言葉につまり、悲しそうな表情で俯いた。
「罪悪感か‥‥そうかもしれん。だからこそわしは、何とか彼女に償いたいのじゃ‥‥」
「そんなもの、自慢の剣で粉微塵にしてさっさと捨ててしまいなさい」
 沈痛なリュウレイトの声を、ジーンは皮肉混じりの言葉で遮った。
 リュウレイトは驚いて顔を上げる。
「捨てろ‥‥じゃと? どういう意味じゃ」
 語気に怒りが混じっていた。
 しかしジーンは冷たい笑みを浮かべたままである。
「償いばかりが先に立っては、かえってエリューシアさんの重荷になるだけでしょう」
 それを聞き、リュウレイトは再び言葉をつまらせた。
「人の関係は、親愛の上に成り立たなければ、決して長続きはしません。貴女なら‥‥理解しているとは思いますが」
 無言のリュウレイトに向かい、ジーンは刃の様な言葉を投げかけた。
 親愛‥‥それがもっとも大切である事を、リュウレイトはよく解っているはずだ。政略結婚の道具になる事を嫌い、家を飛び出した彼女ならば。
 幼い顔立ちを歪め、リュウレイトは立ち上がった。
「罪悪感が‥‥いかんのか。犯した罪を許されたいと‥‥義妹の温もりに触れたいと思う事が愚かしいのか!」
 心にたまった物を吐き出す様に言い、リュウレイトは歯を食いしばった。
 大きな瞳に涙が滲む。それを隠す様に顔を伏せ‥‥彼女は冒険者酒場を飛び出して行った。
「孫を、いじめんでやってくれんかのう」
 残されたジーンに、オルロックが言った。その口調には、先程までとは違う真摯さと迫力がある。
「‥‥彼女の覚悟を確かめただけですよ。お膳立てはしましょう、仕事ですから」
 言ってジーンは席を立ち、オルロックから視線を逸らした。
「孫の涙は、もう見とうないのう」
 オルロックもまた、ジーンを見ずに言う。
 無言のまま、ジーンはゆっくりとした足取りで酒場を後にした。

  ◆

「‥‥なあ、わしは間違っておるのか」
 酒場を出て、物陰で涙をぬぐっていたリュウレイトは、近づいてくる一人の青年に問いかけた。
「‥‥貴方の心持ち次第でしょう」
 青年‥‥エルフのウィザード、セレニウム・ムーングロウ(ea2153)は優しく答えた。
 ほっそりした体格と、優しく上品な顔立ち‥‥相手に柔らかな印象を与える外見の持ち主である。
 酒場での会話は彼も聞いていた。飛び出したリュウレイトを放っておけず、追ってきたのだ。
「貴方がいくら気に病んだ所で、過去は戻りません。これからどうしたいか、どうするのか‥‥大切なのはそこです」
 ゆっくりと歩み寄り、リュウレイトの小さな頭をなでながら言う。
「貴方の気持ちをちゃんと彼女に告げること‥‥もし彼女が貴方を恨んでいるのなら、その気持ちを‥‥今までの『想い』をちゃんと聞いて、受け止めてあげること。それが‥‥償いの最初の一歩ですよ」
「‥‥うむ、そうじゃな。少し取り乱していた。すまん」
 涙を拭き、小さく頭を下げるリュウレイト。
「はい、その意気です」
 セレニウムは再び彼女の頭をなぜ、優しく微笑んだ。
 リュウレイトは照れ臭そうに視線を逸らす。
「‥‥ふん。わしの頭をなでる命知らずなど、お前くらいじゃ」
 あのじじいは別物じゃが‥‥と心中で付け加え、リュウレイトはいつもの強気な笑顔を浮かべて見せた。

「ちょっと何よあれ。あんなちんちくりんが今回の依頼主?」
 リュウレイトとセレニウムの様子を物陰から見つめ、ナイトの少女トリスティア・リム・ライオネス(eb2200)は怪訝そうに眉根を寄せた。
 小柄だが意志の強そうな美しい顔立ちをしており、背後には二人の男性騎士が付き従っている。
「‥‥お嬢、頼むから依頼人にあーだこうだ絡むのは勘弁じゃん? また俺の苦労が増えるじゃん‥‥」
 一人は筋肉質の巨漢で、やけにしゃくれたアゴが目立つシャー・クレー(eb2638)だ。
 強面の外見に似合わず、いつもトリスティアのワガママに振り回される苦労人である。
「‥‥た、確かに小さいですね。本当にあの者が凄腕なのでしょうか‥‥」
 その隣で面食らっているのは、美形でクールな青年ロドニー・ロードレック(eb2681)だ。
 シャーとは逆に要領が良く、顔に似合わぬなかなかのワルである。
 二人はトリスティアの従者であり、いつも無茶な命令に苦労しているのだ。
「ねえ、三人であのおチビちゃんにかかって行って、本当に強いのかどうか試してみない?」
 そしてこの日も、お嬢様はとんでもない事を言い出した。
「お嬢‥‥今俺が、そういうのは勘弁って言ったばっかじゃん」
「あ、ん、た、は、言われた通りにすばいいの!」
 止めようとするシャーの出っ張ったアゴを、拳でグリグリするトリスティア。
「ロドニー、何か文句ある?」
 そしてギロリとロドニーを睨む。
 彼は爽やかな笑顔を浮かべた。
「ございません。トリス様の強さと美しさを知らしめる、良い機会かと‥‥」
「やめておけ」
 ロドニーが主人に迎合した瞬間、背後から愛らしい声がした。
 三人が慌てて振り返ると、いつの間にやらリュウレイトがすぐ近くまで接近していた。
「わしは剣を振るうしか能が無い。故に剣を向けられれば‥‥剣で応えるしか術を知らん」
 その言葉を口にした瞬間、凄まじい殺気と圧迫感が小さな戦士から発される。
 お嬢様と従者二人は、凍り付いた様にその場から動けなくなった。
「相手の強さは、目ではなく肌で感じよ。お前達は筋がよさそうじゃ。努力すれば必ず強くなろう」
 言って、リュウレイトは微笑んだ。それと同時に、殺気や圧迫感も消え去る。
「驚かせてすまぬ。わしの個人的な依頼じゃが‥‥どうか力を貸して欲しい」
「え、ええ‥‥」
「りょ、了解じゃん」
「あ、ありがたく受けさせていただきます」
 三人の返答を聞き、リュウレイトは再び笑顔を浮かべた。

  ◆

「まったく‥‥舞台裏が騒がしいのは困りものだな」
 地面に倒れ伏す六人のチンピラを見下ろし、ウィザードの青年クリムゾン・テンペスト(ea1332)は呟いた。
 炎の様に赤い髪を持ち、その髪に似合った炎の魔法を得意としている。
 このチンピラ達も、物陰から魔法で一網打尽にしたのである。
「魔法使いは、お姫様達に馬車やドレスをあげたり、王子様を導くんだとさ。いい話じゃないかね、ん?」
 苦痛にうめくチンピラ達に向かって、まるで舞台役者の様な台詞を言う。
 一人のチンピラを掴み上げ‥‥
「舞台にお前達のような美しくない輩はいらん。大人しく客席に引っ込んでいろ」
 吐き捨てる様に言った。
 クリムゾンはチンピラを地面に放り出し、港の一角へと視線を向ける。
 そこには、楽しそうに話をするエリューシアとアイーシャの姿があった。

「私には‥‥義理の姉がいたんだそうです」
 お互いの身の上話をしていた時、エリューシアがそんな事を言い出した。
「その人が家を飛び出したから‥‥私を養子にしたんだそうです。一度も会った事はありませんけど」
 空を見上げ、まぶしそうにしながら言う。
 アイーシャは、友人の感情を読み取る事ができなかった。
「憎い、とか‥‥思ってる?」
 恐る恐る、アイーシャは確信に迫る質問をした。
 しばし間を置き、エリューシアは首を横に振る。
「いいえ。ただ、どんな人だったのかなって思います。自分の意志で貴族の生活を捨てた人‥‥きっと、強い人だったんでしょうね」
「会ってみたいって‥‥思う?」
 アイーシャの問いに、再び考える様な仕草を見せるエリューシア。
 ややあって‥‥彼女は静かに頷いた。

  ◆

「はぁ〜‥‥いないわね、チンピラ」
「有り金ふんだくれ‥‥いえ、物資の調達ができませんね」
「『チンピラボコってストレス解消計画』が台無しじゃん‥‥」
 冒険者酒場でぐったりしながら、トリスティアと愉快な従者達は溜め息をついた。
 この日、リュウレイトと冒険者達は昼から酒場に集まっていた。
 エリューシアに接触していたアイーシャが、彼女を連れて来ると連絡してきたのが昨日の夜。間もなく約束の時間だ。
 リュウレイトは朝から落ち着かず、何度も席を立ったり座ったりしていた。
「あら‥‥? リュウレイトさんじゃないですか?」
 その時、リュウレイトは聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。
 ビクンと跳ね起きる様に席を立ち、彼女は声の方向へ向き直る。
 そこにはアイーシャと‥‥不思議そうなエリューシアが立っていた。
「‥‥みんな、紹介するね。彼女は私の友達のエリューシア・ラグナス。それからエリューシア‥‥この人が、紹介したい人。リュウレイト‥‥ラグナスさん」
「‥‥!!」
 アイーシャの紹介を受け、エリューシアは驚愕の表情を浮かべた。
 以前自分を助けてくれた、愛らしいエルフの女性。その人が自分と同じ姓だという。その理由は‥‥
「知って‥‥いたんですか? 私が‥‥義妹だっていう事を。だから‥‥助けてくれたんですか?」
 エリューシアはゆっくりと歩み寄り、小さく愛らしい女性に問いかけた。
「どうして‥‥教えてくれなかったんですか? あの時、貴方が、義姉様なんだって‥‥」
「すまぬ。恨まれているのではないか、と‥‥そう考えたら、怖かったのじゃ‥‥」
 二人の間に、重い空気が横たわった。
 次に何を言えばいいのか、お互いに見つけられない様子だった。
「やれやれ、まどろっこしいですねえ」
 その時、静寂を打ち破ったのはロドニーだった。
 剣を抜き、リュウレイトに突き付ける。
「‥‥何じゃ。先日も言ったろう、やめておけと‥‥」
「貴方の罪に対する処罰ですよ。エリューシア殿が受けた数々の苦労、あなたの命をもって償うがいい」
 ロドニーの言葉を聞いた瞬間、リュウレイトの身体が硬直した。
 罪、償い‥‥その言葉が、心に重くのしかかる。
「ちょっ‥‥待って下さい! 私はそんな‥‥」
「待つのは貴方ですよ」
 驚くエリューシアをジーンが止めた。
「彼を止めて、どうするのです? 人とエルフ。共に過ごせる時間はそれほど長くありません。時の流れの差が、いつか確実に貴女方姉妹を引き裂きます」
 淡々と残酷な真実を語るジーン。エリューシアの身体が強ばった。
「‥‥そう、どうせいずれは死に別れるのです。それならば、いっそ‥‥」
 ジーンの言葉に呼応する様に、ロドニーの剣が振り上げられた。
 リュウレイトは動かない。いや、動けない。エリューシアも。
「贖罪の時です。さあ、覚悟なさい」
 言葉と同時に、ロドニーの剣が振り下ろされ‥‥
「やめてーーーーっ!」
 その瞬間、エリューシアは走り出していた。自分の危険も顧みず、リュウレイトを抱き締める。
 ロドニーの剣は、姉妹に当たる寸前で止められた。
「エリュー‥‥シア‥‥?」
「だめです! 償いなんてする必要はないんです! 私は私の人生を生きました。辛くてもそれは私の人生です。ならば、貴方が貴方の人生を生きて、何故罪になるんですか!?」
 呆然とするリュウレイトに、エリューシアは涙を流しながら叫んだ。
 心の底から絞り出した様な、純粋な想いだった。
「‥‥あったかいのう」
 呆然とするリュウレイトは、そんな場違いな言葉を呟き‥‥小さな手で義妹を抱き返した。

「お互い名演技でしたね」
「憎まれ役は必要ですから」
 抱き合う義姉妹を眺めながら、ロドニーとジーンはパチンと手を打ち合わせた。

  ◆

「報酬を忘れていますよ」
 一人立ち去ろうとするクリムゾンを、セレニウムが呼び止めた。
 一人分の報酬が入った革袋を差し出している。
 しかしクリムゾンは首を横に振った。
「いらんよ。俺は勝手にチンピラ退治をしただけだ」
「姉妹の新しい門出です。気持ちよく受け取ってあげましょうよ」
 笑顔のまま、セレニウムは革袋を差し出している。
 大きく息を吐き出し‥‥クリムゾンはそれを受け取った。
「仕方ないな。めでたい祝い金だ」
「ええ。永遠のつぼみと大輪の華‥‥美しい姉妹の門出を、お祝いしましょう」