セイ・アルザードの決闘

■ショートシナリオ


担当:坂上誠史郎

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月03日〜07月08日

リプレイ公開日:2005年07月12日

●オープニング

 神聖騎士セイ・アルザードの毎日は苦難に満ちていた。

「俺と結婚を前提に付き合ってくれ!」
「あ、あの‥‥ボク、男です‥‥」
 ある時は男子から愛の告白をされ‥‥

「そこの可愛い貴方、私の妹になってみない?」
「いえあの‥‥ボク、男です‥‥」
 ある時は百合なご趣味のお姉様に目をつけられ‥‥

「セイ先輩っ! 私のお姉様になって下さい!」
「えとその‥‥ボク、男です‥‥」
 ある時は逆に後輩の女子からお姉様候補にされ‥‥

「その可愛らしさ‥‥もう辛抱たまらーんっ!」
「ぼっ、ボクは男なんですよぉ〜っ!」
「男でもかまわーんっ!」
 ある時は暴走した男子から這々の体で逃げ出した。

「‥‥はぁ」
 大きな溜め息をつき、セイは校舎近くの芝生に腰を降ろした。
 歳の頃は十代半ば。黒く大きな瞳に、同色の髪を肩口で切り揃えている。小柄でほっそりとした体つき、気弱で清純そうなその姿は、小動物の様な愛らしさがあった。
 騎士訓練校の男子制服を着てはいるが‥‥どう見ても九割九分『花も恥じらう美少女』である。
「どうして‥‥いつもこうなっちゃうんだろう」
 膝を抱え、セイはポツリと呟いた。男女問わず様々な愛情を向けられ、疲労困憊だった。
 人から好意を寄せられるのは嬉しいが‥‥そのほとんどが自分を『男』として見ていないのである。
 神聖騎士としての鍛錬は毎日続けている。しかし一向に男らしい体つきにならないのだ。
 本当に自分は男なんだろうか‥‥奇妙な不安が頭に浮かんでいた。
「どうしたの、セイ君。あんまり無防備だと襲われちゃうわよ?」
 その時、背後から聞き慣れた声に名前を呼ばれた。
 振り返ると、そこには長身の美少女が立っている。
 セイより二、三歳上だろうか。さらりと流れる金髪に、意志の強そうな青い瞳。フリーウィルの制服を着ており、スカートから白い足がすらりとのびていた。
 腰はキュッとしまり、対照的に胸はドーンと自己主張。匂い立つ様な色香の持ち主だった。
「あ、シャナルさん。授業は終わったんですか?」
「ええ。今日は剣技の訓練だけだったし、私の相手出来る人が少なかったから早めに上がってきたの」
 セイの隣に腰を降ろし、シャナル・ギャレックは優しく微笑んだ。
 彼女は高レベルの戦士であり、頭の回転も速い優秀な冒険者である。
 セイは彼女が羨ましかった。実力に裏打ちされた堂々とした振る舞い、女性らしい魅力的な外見‥‥自分とは大違いだ。
 きっと彼女は、自分の性別と外見の食い違いに悩んだ事など無いだろう。
「‥‥セイ君、何だか暗いわね。大丈夫?」
 少年の沈んだ様子に気づいたのか、シャナルは心配そうに問いかけた。
 セイは苦笑する。
「‥‥やっぱりわかりますか? 落ち込んでるのって」
「そうね。好きな人の事だもの」
 さらりとそう言って微笑むシャナル。セイは顔を真っ赤に染めた。
 会って間もない頃から、彼女はセイに対する好意を隠さなかった。
 こう言われると、照れ屋の少年はいつも言葉を失ってしまう。
「あ、あの、ボクは‥‥」
「あ、別に返事を急かした訳じゃないの。今はこうしてお話できるだけで満足だもの」
 言い淀むセイに、シャナルは笑顔のまま手を振って見せた。
 そう、セイはまだ、シャナルから向けられた愛情に返答をしていない。
 神聖騎士として、神に仕える身だから‥‥そんな理由で遠回しに返事を延ばしている。
 だが本当は、自分に自信が無いのだ。剣にも、魔法にも、そして自分が男であるという基本的な事にさえ自信を持てない。そんな自分が嫌なのだ。
「あのっ‥‥ボク、剣の稽古をしてきますっ!」
 いたたまれない気持ちになって、セイは突然立ち上がった。
 ぺこりと頭を下げ、小走りに去って行く。
「‥‥重傷みたいね」
 寂しそうに呟き、シャナルも芝生から腰を上げた。

  ◆

「九十八‥‥九十九‥‥百っ!」
 百回の素振りを終え、セイは練習用の木刀を地面に置いた。
 ここはケンブリッジからほど近くの森。小さな泉もあり、心地良い場所である。
 最近、授業以外はここで剣の稽古をしている事が多い。少しでも強くなって、『自分は男だ』という確証を持ちたかった。
「ふぅ‥‥」
 乱れた呼吸を整え、澄んだ泉で顔を洗う。水面が静まると、そこにセイの顔が映った。
 嫌いな顔。もっと男らしい顔立ちなら、こんな風に思い悩んだりもしなかったのに‥‥
「お〜じょ〜うさんっ」
 自分の顔を睨み付けていると、突然背後から肩をつかまれた。
「え‥‥わぁっ!?」
 驚いて振り返る間も無く、セイはその場に押し倒されてしまった。
 自分を組み伏せているのは、ニヤニヤと笑うガラの悪い男だ。
「こんな所に一人でいたら危ないよ〜?」
「お、こりゃベッピンさんだな」
「久々の当たりじゃね? 売る前に味見してもいいっしょ」
 盗賊風の男が、セイを組み伏せている者以外にも二人‥‥合計三人。
 悩み事で注意力散漫だったとはいえ、接近に気づかなかったセイの失態である。
「やっ‥‥止めて下さい! ボクは‥‥」
「だ〜いじょぶだって。大人しくしてれば痛くないから」
「ふざけないでよっ!」
 ゴスッ‥‥ザパーンッ!
 セイが身をよじらせた瞬間、馬乗りになっていた男は放物線を描き泉へ強制ダイブさせられた。
 セイと盗賊達の間に長身の女性が立ち塞がる。
 愛用の長剣を構えたシャナルが、憤怒の表情で男達を睨み付けていた。
「私の大切な人に手を出すなんてね‥‥自分の不徳を呪いなさい」
「なんだとてめ‥‥」
 盗賊達が言葉を返す間など無かった。
 ほんの一瞬、瞬き程の間に、シャナルは二人の男を打ち倒していた。峰打ちだが、しばらくは起き上がれないだろう。
「セイ君、大丈夫?」
 泉に落ちた男が逃げて行くのを無視し、セイを助け起こす。彼は震えていた。
「助けるのが遅れてごめんなさい。怖かったわよね‥‥」
「‥‥違います」
 短く言って、セイはシャナルの腕から抜け出した。
「自分の情け無さに腹が立つんです。強くなろうと訓練していたのに‥‥あんな人達に‥‥」
 俯き、血が滲む程拳を握り締める。
「セイ君、早急に結果を求めちゃダメよ。少しずつでも前進すれば‥‥」
「貴女には、ボクの気持ちなんてわかりません!」
 慰めようとするシャナルを、セイは滅多に見せない激しさで拒絶した。
 今の彼は乱れた心の統制ができていなかった。
「そう‥‥」
 シャナルは大きく息を吐き出し‥‥長剣をセイへと突き付けた。
「えっ‥‥シャ、シャナルさん‥‥?」
「セイ・アルザード、貴方に決闘を申し込むわ」
 狼狽する少年に、シャナルは更なる追い打ちをかけた。
「貴方は『強さ』をはき違えてる。私が‥‥貴方の弱い心を打ち倒してあげる」
 セイは言葉が出なかった。ただ、目の前の女性が発する威圧感に気圧されるばかりだ。
 シャナルはセイから視線を外し、剣を収めた。
「決闘の日まで、しばらく時間をあげるわ。精一杯強くなっておきなさい」
 言って、彼女はセイを残したまま森から立ち去った。
 一人残され、呆然とするセイは気づかなかった。
 ケンブリッジに戻った後、シャナルが冒険者ギルドへ足を運んだ事に。

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea1458 リオン・ラーディナス(31歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea6065 逢莉笛 鈴那(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea7095 ミカ・フレア(23歳・♀・ウィザード・シフール・イスパニア王国)
 eb0311 マクシミリアン・リーマス(21歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb1915 御門 魔諭羅(28歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「セイさん? どうしたんですか、こんな所で」
 騎士訓練校の校舎裏は、昼時になっても人気が少ない。
 ハーフエルフの神聖騎士マクシミリアン・リーマス(eb0311)は、そんな場所で一人佇むセイを見つけた。
「あ‥‥マックさん‥‥」
 見知った顔の男子生徒を愛称で呼び、セイは小さく微笑んだ。
 だが気落ちしているのは一目瞭然である。
「どうしたんです。そんな顔をして‥‥」
 依頼の事は口にせず、マクシミリアンはセイの隣に歩み寄った。
 二人は以前、別の依頼で会った事がある。
 マクシミリアンがシャナルとセイの問題に手を貸すのは、これで二度目だった。
「もしかして、シャナルさんと何かあったんですか?」
 その言葉を聞いた瞬間、セイから笑顔が消えた。
 そして、ためらいながらもセイは話を始めた。
 訓練中に襲われそうになった事。シャナルに助けられ、決闘を申し込まれた事。
 そして‥‥自分の外見と『強さ』に対する悩みを。
「シャナルさんは、ボクが『強さをはき違えてる』って言いました‥‥ボクは、何か間違っているんでしょうか‥‥」
 セイの表情は苦悩に満ちていた。
 マクシミリアンは黙って話を聞き、そっとセイの頭をなぜる。
「僕の友人にも、『強さ』について考えている人達がいます。その人達に会ってみませんか? 一人ではわからない事も、みんなで考えればわかるかもしれません。剣の訓練の相手もできますしね」
 彼の言葉を聞き、セイは小さく‥‥しかしはっきりと頷いた。
 この日から、この校舎裏がセイと冒険者達との訓練場所になるのだった。

  ◆

「少し力みすぎですね。打ち込む時に肘が外に開いていますよ」
 木刀での素振りを横で見ながら、ナイトの青年ルーウィン・ルクレール(ea1364)はセイに助言した。
 彼はセイと同じ騎士訓練校の生徒であり、剣術はなかなかの腕前である。
「えと‥‥こう、ですか?」
「ええ。そのままこう‥‥胸を張って下さい」
 セイの構えを、手取り足取り矯正してゆくルーウィン。
 愛らしいセイと美形のルーウィンが寄り添って訓練する姿は、事情を知らない者が見たら仲むつまじい恋人同士に見えただろう。
「あっ‥‥これだと、随分楽に剣が振れますね」
「でしょう? 姿勢が悪いと余計な力が入ります。力が抜ければ、自然に動く事ができるんです」
 パッと顔を輝かせるセイに、ルーウィンも上品な笑みを返す。
 ますます良い雰囲気の二人である。
「ミカ殿、そんな所にいないで、こちらに来てはどうです?」
 一息ついていたルーウィンは、少し離れた所にいるシフールの女性を呼んだ。
「あ‥‥いや、どーも俺の苦手な空気がな‥‥」
 ウィザードのミカ・フレア(ea7095)は、気の強そうな顔に困惑した表情を浮かべている。
 恋愛事が苦手な彼女は、『お似合い』な雰囲気の中に入って行き辛いのだ。
 そんな気など一切無い等の本人達は、不思議そうに首を傾げている。
「ふん‥‥どうやら強くなるための努力はしてるみてぇだな」
 気を取り直し、ミカはセイに近づいた。
「しかし覇気が足りねぇな。どんなに速く強く打ち込めたって、それじゃ敵は倒せねぇぞ」
「え‥‥ボク、何か足りないですか?」
 ミカの言葉に、セイは驚いた。
 呆れた様に溜め息をつき、ミカはセイに鋭い視線を向ける。
「剣の技だの何だのの前に、てめぇは心が弱ぇんだよ。本当に強ぇ奴ってのはな、剣の腕の立つ奴でも強大な魔法を操る奴でもねぇ。悩もうが迷おうが、てめぇの目指す道を進むコトだけは絶対に止めねぇ奴のコトを言うんだ」
 言って、ミカは小さな手でセイの胸を突いた。
「マックからてめぇの事は聞いてる。強くなりてぇんだろ? だったら外見なんて小せぇ事で立ち止まってんじゃねぇ! ブッ倒れようがくたばろうが、ひたすら前へ進め! 結果なんざ、そうすりゃ勝手についてくらぁ!」
 熱い、情熱のこもった言葉だった。
 セイは返す言葉を見つけられなかった。だが彼女の言葉と同じ熱い物が、胸の中に宿った様な気がしていた。

  ◆

 翌日、訓練場所にやって来たのは‥‥
「なるほど‥‥これは可愛らしいですね‥‥」
 見目麗しい少女‥‥もとい少年忍者、大宗院透(ea0050)と‥‥
「うん、透さんといい勝負だと思う」
 自分自身もかなりの美女‥‥もとい美形な青年ウィザード、ベアータ・レジーネス(eb1422)の二人だった。
 自分が女顔で悩んでいるセイには、二人が男性だという事がすぐに解った。しかし端から見れば、美少女が二人に美女が一人の美しい三人組である。
「キミが外見の事で悩んでるって聞いたから、私達なら相談に乗れるんじゃないかって思ったんだ」
 言って、ベアータは優しく微笑む。セイにとって心強い仲間であった。
「セイさんは‥‥外見にコンプレックスを感じるのですか‥‥?」
 静かな口調で、透が問いかけた。
 セイは悲しそうな顔をして頷いた。
「はい‥‥あの、お二人は、いつもどうされているんですか?」
 女性の様な外見を持ちながら、どう『自分自身』を確立しているのか‥‥それは、セイが最も聞きたい事だった。
 その問いを聞き、透はバックパックから冒険者学校の女子制服を取り出した。
「女装をしてみましょう‥‥きっと新しい世界が‥‥」
「異性に間違われるのは珍しい事じゃないよ。要は『自分がどうあるか』だと思う」
 透の申し出を爽やかに聞き流し、ベアータは自分の意見を言った。
「でも‥‥ボクはやっぱり他人の視線が気になってしまいます。どうやって、その『弱さ』を克服できるんでしょう‥‥」
 ベアータの言葉を聞き、セイは再び苦悩に顔を歪ませた。
「ですから、まずはこの女子制服を‥‥」
「負けてもいい部分と負けない部分を見つける事かな」
 女子制服をずいっと押し出す透の前に、ベアータは爽やかな笑顔で立ちはだかった。
「私は剣が駄目だけど、魔法はできる。君は魔法も使えるし、屈強でない分身軽だから多彩な攻撃ができる。『弱さ』もやり方次第で『武器』に変えられると思うよ」
「弱さを、武器に‥‥」
 感動した様に、セイはベアータの言葉を繰り返した。
 自分と似た特徴を持つ人の言葉だからこそ、セイの心に強く響いた。
「‥‥『女装』を拒否するのは『よそう』」
 セイの背後から忍び寄り、女子制服を差し出しながら駄洒落を言う透。
 この後、根負けしたセイは結局女子制服を着せられたのだった。

  ◆

「えいっ! やっ!」
「おっ、今のはいいね!」
 この日、セイはファイターの青年リオン・ラーディナス(ea1458)と模擬戦をしていた。
 セイの打ち込みをリオンが受け止め、リオンの打ち込みをセイが避ける。一見、二人の実力は拮抗している様だった。
(「この可愛い子が男なんてなぁ‥‥しかもあんな美人で色っぽい彼女がいるし‥‥世の中不公平だよなぁ」)
 しかしリオンはかなりの手加減をしていた。本来彼は達人レベルの使い手なのである。
 剣を『教える』よりも『競う』事で、セイの向上心を刺激しようという考えだった。
(「いやほんと、可愛いよなぁ‥‥」)
 剣を合わせながら、リオンはセイの全身へ視線を向けた。
 白い肌は上気してほんのり桜色に染まり、細いうなじを汗が伝う。何とも悩ましい姿だ。
(「これはぜひ、あの色っぽい彼女と仲良くしてる場面を拝見したいなぁ‥‥」)
 そんな邪な妄想を巡らせていると‥‥
 ゴンっ!
「へぶっ!?」
 リオンの脳天に、セイの木刀が直撃した。
「だ、大丈夫ですか!?」
「く、オレから一本とるとは‥‥なかなかだね」
 頭をおさえながら、リオンは苦笑した。さすがに気を抜きすぎた様である。
 いや、己の妄想力に負けたと言うべきか。
「お見事でした、セイ様。心の迷いは‥‥払えましたか?」
 一息つくセイに声をかけたのは、陰陽師の少女、御門魔諭羅(eb1915)である。
 上品な微笑みを向けられ、セイは少し頬を赤らめた。
「いえ‥‥まだ確かな『答え』は見つけられてません」
 言ってセイは苦笑する。だがその笑顔は、何かをつかみかけている様に見えた。
「セイ様、ジャパンでは、侍や志士を纏めて『武士』と言うのを御存知ですか?」
「ぶし‥‥?」
 魔諭羅の問いを受け、セイは不思議そうに首を傾げた。
「この『武』という文字には『武器を以て争いを止める』という意味もあります。『真の武士』とは、力を振るうべき時、場、相手を知り、無用な争いを止める者‥‥と私は思っております。どんなに力があろうと、それだけでは『武士』ではないのです」
 言って、魔諭羅はセイの瞳を正面から見つめた。
「セイ様が目指す『騎士』も‥‥そうではありませんか?」
 彼女の言葉は、まるで心に染み入ってゆく様だった。
 セイの頭の中にかかった霧が、ゆっくりと晴れてゆく‥‥そんな感覚である。
「強さも弱さも、結局はココ次第だよ」
 そんな彼に歩み寄り、リオンは拳を軽く少年の胸に当てた。
「‥‥はいっ」
 いつの間にか、セイの顔には迷いの無い笑顔が浮かんでいた。

  ◆

「セイ君、頑張ってるよ。何だか色々吹っ切れたみたい」
 学生食堂の一番奥、あまり人目につかない席で、女忍者の逢莉笛鈴那(ea6065)は嬉しそうにそう告げた。
 向かいの席には、ホッとした表情のシャナルが座っている。
 心配するシャナルのために、鈴那はちょくちょくセイの様子を報告しに来ていた。
「‥‥良かった。お礼を言わなきゃね」
 言って、シャナルは小さく頭を下げる。
 鈴那は首を横に振り、優しく微笑んだ。
「あとは、決闘を通じてシャナルさんが伝えてあげるだけだよ。今のセイ君なら、きっと受け止められると思う」
「‥‥ええ、頑張るわ。恋する乙女は無敵だもの」
 鈴那の言葉に、シャナルもニッと笑顔を返す。
 この数日間、二人は色々な事を話した。主にお互いの『好きな人』について。
「貴方の恋も‥‥上手くいくといいわね」
「うん、頑張るよ。恋する乙女は無敵だから」
 シャナルの言葉に、鈴那は真似で返した。
 クスクスと笑い、二人は手を打ち合わせる。
 シャナルの顔から、もう不安や迷いは消え去っていた。

  ◆

「あぅっ!」
 数m後方に弾き飛ばされ、セイは地面に倒れ込んだ。
 セイとシャナルの決闘当日、いつもの訓練場所はそのまま決闘場となっていた。
 武器はお互い同じ木刀。立会人として冒険者達が決闘を見守っている。
「それじゃあ私は倒せないわよ」
 木刀を青眼に構え、シャナルが威圧する様に言った。
 この数日で、セイは一つの壁を乗り越えた。だがそれでも、二人の実力には天と地程の差がある。
「まだまだ‥‥です」
 ゆっくりと立ち上がり、セイは木刀を構える。
「ずっと‥‥考えていた事があるんです。ボクはどうして、こんなに自分の外見が嫌いなんだろうって。色んな人に助言をいただいて、考えて‥‥解った事があります」
 荒い呼吸を整えながら、セイは心の内を語り始めた。
「ボクは‥‥シャナルさん、貴方に似合う男になりたかった。貴方の隣に立つには、強くて、男らしい人じゃなきゃって‥‥そう思い込んでしまったんです。だから‥‥その理想から程遠い自分が、大嫌いでした」
 シャナルの目を正面から見つめ、セイは言葉を続ける。
「でも気づいたんです。そんな事を気にしてる自分は、もっと情けなくて格好悪いって。だから‥‥」
 セイは木刀を上段に構えた。
 もう余力は少ない。次の一撃に全力をこめるつもりだった。
「これが、今のボクの全部です」
 言うが早いか、セイは地面を蹴っていた。
 一瞬にしてシャナルとの間合いを詰め、木刀を振り下ろす!
 次の瞬間、セイの木刀は宙を舞い、地面に転がっていた。
 速度も力も上回る一撃で、シャナルが弾き飛ばしたのだ。
「最高に‥‥カッコイイわよ、今の貴方」
 セイが顔を上げると、そこには優しい笑顔のシャナルがいる。
 セイが何かを言うより早く、シャナルはセイを抱き寄せ‥‥唇を合わせた。
 途端に起こる冒険者達の大歓声。
 セイは顔を真っ赤に染めながら、その場で意識を失った。