漢のケジメ
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■ショートシナリオ
担当:坂上誠史郎
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月02日〜08月07日
リプレイ公開日:2005年08月10日
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●オープニング
「ねえあなた‥‥あの子のためにも、足を洗って‥‥」
臨終の床で、妻はそう懇願した。
「私は‥‥もう、あの子のそばにいられないわ‥‥だから、お願い‥‥」
息も絶え絶えに、妻は願いを繰り返す。
肌から血の気は失せ、美しい顔は無惨に落ちくぼんでいる。
盗賊という夫の職業に悩み、心労を重ねた結果が今の状態だ。
「‥‥ああ、わかっちょる。ミナはワシが、表の世界で立派に育てる。ワシは‥‥父親じゃけん」
妻の痩せた手を握り、そう言い切った。
満足そうに微笑むと‥‥妻の全身から力が抜け落ちる。
涙は流さなかった。
妻との約束を果たすまでは、彼女のために泣く事すら許されない。
心に誓いを刻み、強く歯を食いしばった。
◆
「なぁミナ、父ちゃんちくっと出かけて来るけん、良い子で父ちゃんの帰りを待っとるんじゃぞ。一人で外に出たら危ないけん」
訛りを含んだイギリス語でそう言うと、ガンツ・ウェッジは立ち上がった。
歳の頃は三十代後半だろうか。筋肉質の巨体に強面のヒゲ面、短く刈り込んだ髪から覗く額の傷‥‥どこから見ても立派な『スジ者』である。
「おとうさん、はやくかえってくる?」
そんなガンツを、愛らしい声が呼び止めた。
大きな青い瞳、耳を隠す程度の柔らかな金髪‥‥肌は透ける様に白く、人形の様に愛らしい少女である。
十歳になったばかりの、ガンツとは似ても似つかない一人娘、ミナ・ウェッジだった。
「おとうさんは、かえってくるよね?」
愛らしい顔に不安そうな表情を浮かべ、ミナは父の大きな手を握った。
彼女の母‥‥ガンツの妻、ルーリィ・ウェッジが亡くなったのはつい先日である。
ミナが『死』という物を理解しているのか、ガンツにはわからない。だが『もう帰って来ない』という事は理解している様だった。
「なに言っちょる、当たり前じゃぁ。ちくっと出かけるだけじゃ、すぐ帰るけん」
大きな手で娘の頭をなで、ガンツは強面の顔をほころばせた。
「帰りにお菓子買ってくるけん、良い子にしてるんじゃぞ」
「‥‥うん。わたし、いいこにしてるね。おとうさん、いってらっしゃい」
父の言葉に笑顔を浮かべ、ミナは小さく手を振る。
ガンツは手を振り返すと、大きく息を吐き出し家を出た。
彼の家はキャメロットの南東部、冒険者街の近くにある。大きな歩幅で通りを歩き、冒険者酒場に差し掛かった頃‥‥
「よぅガンツ。こんな所にいたのか」
ガラの悪い男に声をかけられ、ガンツは足を止めた。見知った顔だったからだ。
ガンツと同年代らしい中年男で、身長は低いが全身逞しい筋肉に覆われている。ハゲ上がった頭と狡猾そうな顔立ちは、彼が一般人ではない事を告げていた。
「こりゃあお頭、ご無沙汰しちょります」
言って、ガンツは頭を下げた。
そう‥‥この男は、ガンツが所属している盗賊団の頭領なのだ。
「カミさんの看病だかで、ずいぶん団の方に顔出してねぇが‥‥死んじまったらしいな」
「はい‥‥」
僅かに眉をしかめ、ガンツは頭領の言葉に答えた。
頭領はガンツに歩み寄り、太い手で背中を叩く。
「まぁショックだろうが‥‥早いとこ仕事に戻ってくれや。今、貴族どもがゴタゴタしてやがる。デカいヤマが張れるかもしれねぇ」
頭領はニヤリと狡猾そうな笑みを浮かべた。
そう、ここしばらくキャメロットでは大きな騒動が起こっている。これに乗じれば、いつも以上の『稼ぎ』を得る事ができるだろう。
「申し訳ねえ‥‥ワシはまだ本調子じゃあないけん、今仕事してもヘマやらかしそうで‥‥」
しかしガンツは、沈んだ表情のまま申し訳なさそうに頭を下げた。
その様子を見て、頭領は溜め息を漏らす。
「そうか。早いとこお前に復帰してもらいてぇんだがな‥‥ウチは荒事のできるヤツが少ねぇからよ」
「‥‥申し訳ねえ」
再び頭を下げるガンツに、頭領は背を向けた。
「稼ぎの機会は多くねぇ。女なんざ世の中には山ほどいるんだ、とっとと立ち直ってまた稼いでくれよな‥‥『岩砕きのガンツ』よぉ」
それだけ言うと、頭領は人混みの中へと消えて行った。
ガンツは固く拳を握り締め、再び歩き出した。冒険者ギルドへ向かって。
◆
「ワシは、ホレた女も守れん馬鹿野郎じゃけん」
冒険者ギルドの受付で、ガンツは吐き出す様にそう言った。
「ワシは元々、鍛冶を生業にしちょった。じゃが五年前、一人娘が病気になりよった。ワシは難しい事はわからんが‥‥治すには長い時間と、金がいった。ワシの稼ぎだけじゃあ、足りんかった」
自分の無力さを呪う様に、ガンツは屈辱をこらえながら説明を続ける。
「それでワシは‥‥知り合いから誘われて、盗賊をやる様になった。何度も盗んで、奪って‥‥何とか、娘の治療費を稼げた。じゃけんど、今度は妻が倒れた。ワシのやった事を知って、悩んで‥‥死んじまった」
巨体を震わせ、歯を食いしばるガンツ。
妻の死に際が、何度も頭の中で繰り返される。
「妻と約束したけん。足洗って、娘を立派に育てるってな。じゃけんど‥‥そう簡単に抜けられるもんじゃないけん、力を貸して欲しい」
そこまで言うと、ガンツは顔を上げ、決意の籠もった視線を受付の青年に向けた。
「ワシと一緒に、盗賊団を潰して欲しいんじゃ。団員全部ふん捕まえて、役人に差し出す‥‥もちろん、ワシ自身もじゃ。責任は、とらなきゃならんけん」
寂しそうに笑い、ガンツは頭を下げる。
「これが終わったら、娘は知り合いに預ける。もし死刑にならなかったら‥‥妻との約束を果たすけん。力を‥‥貸してくれ」
一人の男の強い『決意』を前に、受付の青年は断る言葉を持たなかった。
●リプレイ本文
「おうお前ら、二人ばかり行ってガンツの娘をさらってこいや」
アジトに戻るなり、盗賊団の頭領は部下達にそう命じた。
「え‥‥ガンツさんの娘さんを‥‥っすか?」
「ああそうだ。女房亡くして凹んでやがるからよ、あいつが妙な考え起こさねぇ様にしてやるのさ」
部下の問いかけに、頭領はニィッと狡猾そうな笑みを浮かべて見せた。
◆
「え? ガンツさんかい? 優しいし面倒見もいいし、いい人だよ」
「鍋の修理とか、小さな仕事でもキチンとやってくれる人でねぇ」
「少し前から、ガラの悪い奴らと会ってるのを見かけるなぁ。優しい人だから、何か面倒事に巻き込まれてなきゃいいが」
「どうやら‥‥噂通りの男らしいな」
近所の人々からガンツの噂を聞いて回り、女ファイターのクラウ・レイウイング(eb1023)は安心した様に呟いた。
ガンツの依頼を受けるに当たり、冒険者達で彼の減刑を願う『嘆願書』を書く事になった。そのため、彼の普段の評判を調べていたのである。
「これなら、役人達も情状酌量の余地有りと考えてくれるだろう」
「おい、マジでガンツさんの‥‥」
「仕方ねぇだろ、命令なんだから」
クラウが安堵の溜め息をついた時、彼女の近くをガラの悪い二人組が通り過ぎて行った。
その会話を聞き、クラウの視線が鋭くなる。
二人の男達は、真っ直ぐにガンツの家へと向かって行った。
◆
「どうされた、ガンツ殿。表情が優れぬ様だが」
思い悩む様な表情のガンツに、武道家の青年、明王院浄炎(eb2373)が声をかけた。
筋肉質の巨漢であり、体格はガンツとよく似ている。
「ちくっと、気が重くなっちょった。汚れた金とはいえ‥‥ミナが助かったのは、頭領のお陰じゃけん」
エールのジョッキに手をつけず、複雑な表情のままガンツはそう呟いた。
冒険者酒場は、今日も多くの客でにぎわっている。冒険者達とガンツは、ここで今後の方針について会議中だった。
浄炎はガンツの向かい席に腰を下ろす。
「俺も子を持つ身故‥‥同じ境遇ならば、悪事に手を染めぬとは言い切れぬ。亡き奥方と子の為にも‥‥無事に全てを終えねばな」
「‥‥ああ、そうじゃな。迷っちょる場合じゃないけん」
顔を上げ、ガンツは決意の籠もった表情で言った。
「心配するな。貴殿には私達がついている。依頼は必ず果たそう」
そう言ってガンツの肩を叩いたのは、武道家の鴛鴦竜輝(eb1029)だった。
彼もまた長身、筋肉質であり、この三人が集まっている光景はかなりの威圧感である。
「‥‥娘殿のためにも、な」
少し照れながら、竜輝は短くそう付け加えた。見かけによらず照れ屋らしい。
「‥‥ありがとう。頼りにしちょるけん」
そう言うと、ガンツは大きな拳を差し出した。浄炎と竜輝も自分の拳を合わせる。
それは、仲間としての信頼の証であった。
「おほっ‥‥素晴らしい光景でござる」
筋肉質な男三人の姿を遠巻きに眺め、筋肉大好きな中年陰陽師、山吹葵(eb2002)は恍惚とした表情で呟いた。
ジャイアントである彼は、ガンツ達よりも一回り大きい。全く陰陽師らしからぬ巨体の持ち主である。
「よくわからないが‥‥ヨコシマな感じがする‥‥」
そんな葵の背後から、ハーフエルフの青年ファイター、アザート・イヲ・マズナ(eb2628)がポツリと言った。
他の男性達とは対照的に、すらりとした美形である。
「なっ、よ、邪な事など何も無いでござるよ! 鴛鴦殿にチャームの魔法をかけたいなどとは、決して!」
明らかに狼狽いしつつ、葵はブルブルと首を横に振る。
イヲはじーっと葵を見上げ‥‥
「‥‥思ってないのか?」
念押しの様に質問した。
葵は言葉をつまらせる。
「‥‥思ったり、思わなかったり‥‥」
「‥‥特殊な趣味は、よくわからない」
何とも間抜けなやりとりだった。
◆
「んー‥‥ん。みゆおねえさん、おくすり、ちゃんとのんだよ」
「はい‥‥ミナちゃん、偉いですよ」
ミナの頭を優しくなぜながら、女性ファイターの明王院未楡(eb2404)は微笑んだ。
「偉いですねミナさん。はい、ご褒美のお菓子ですよ」
「わあ、りあおねえさん、ありがとう」
薬の苦みに耐えていたミナに、バードの少女リア・サーシャ(eb2971)はお菓子を差し出した。
ミナは嬉しそうに、甘いお菓子を頬張る。
二人の女性冒険者は、ミナの護衛としてガンツの自宅に待機していた。
ミナも良く言う事をきき、未楡を母の様に、リアを姉の様に慕っている。何とも微笑ましい光景だった。
ギィ‥‥
「あれ? ドア開いてんぞ?」
「おかしいな、ガンツさんは留守のはずじゃ‥‥」
その時、突然家のドアが開き、二人の男が姿を現した。
ガラの悪いその外見を見れば、盗賊団のメンバーだとすぐにわかる。
「どなたですか‥‥他人の家に、勝手に入って‥‥」
入り口で困惑している男達に、未楡が咎める様な口調で問いかけた。
盗賊達は未楡とリア‥‥そしてミナの姿を見ると、驚いた表情になる。
「‥‥あんたらこそ誰だよ。俺らはガンツさんの仲間だ」
「ミナちゃんを迎えに来たんだ。ほらミナちゃん、こっちおいで」
盗賊達はミナを知っているらしく、未楡とリアをいぶかしみながらも、ミナに親しい様子で話しかけてきた。
「ミナさん、行ってはダメですよ。用があるなら、お父さんは自分で迎えに来ます」
そう言って、リアはミナを守る様に抱き締めた。
ミナは何も言わないが、怯えた様にリアにしがみついている。
「おい姉ちゃん、余計な事すると‥‥」
「お引き取り下さい」
歩み寄ろうとする盗賊の行く手を、未楡が遮った。
盗賊達の表情が変わる。
「邪魔するんじゃねぇよ!」
「ギャッ!」
盗賊の一人が声を張り上げた瞬間、同時にもう一人が悲鳴を上げて崩れ落ちた。
「ふん、盗賊どもの考えなど知れたものだな」
倒れた盗賊の背後には、いつの間にかクラウが立っていた。
背後から不意をつき、一撃を食らわせたのである。
「なっ、何だてめえはっ!?」
「隙ありです‥‥」
慌てて振り返った盗賊に、未楡が強烈な一撃を浴びせた。
盗賊は入り口から外へ飛び出し、そのまま地面にうずくまる。
「ミナさんまで巻き込もうとするなんて‥‥私、絶対に許しません」
倒れ伏す盗賊を睨みつけ、リアが厳しい口調で言った。
それは、女性陣全員の総意であった。
「ガンツさんに知らせましょう‥‥この人達が帰らなければ、盗賊達もまた行動を起こすでしょうし‥‥」
「そうだな。丁度家の外にロープがある。こいつらを縛ったら行くぞ」
クラウの言葉に、未楡とリアは頷いた。
◆
「おい、娘を捕まえに行った奴らはまだか」
「はい。ガキが外に出てたら、見つけるのに時間かかるでしょうし‥‥もう少し待ちましょう」
苛立たしげな頭領をなだめる様に、部下が答える。
そんな光景を、忍者の青年、物見兵輔(ea2766)は物陰から観察していた。
「一、二‥‥六人。ガンツ殿の情報通りか」
盗賊達の人数を数え、兵輔は小さく呟いた。
ここはキャメロットの港にある、盗賊達のアジト。現在は使われていない倉庫を改築して使っており、付近の人通りも少なく隠れ家としては申し分無い。
「出入り口は、表と裏に一つずつ‥‥よし、もういいだろう」
敵の人数とアジトの構造を把握すると、兵輔は素早くその場から姿を消した。
◆
「何じゃと‥‥ミナを、さらいに‥‥?」
自宅でミナを護衛していた冒険者達から報告を聞き、ガンツは驚きを隠せなかった。
「はい‥‥相手の人数が少なくて、幸いでした‥‥」
沈鬱な表情で、未楡が付け加える。彼女の右腕には、ミナがしっかりと抱きついていた。
「‥‥ガンツ殿、偵察は終わった。アジトの構造も把握済みだ‥‥行くか」
ショックを受けている様子のガンツに、偵察から帰った兵輔が尋ねた。
ガンツは怯えた様子の娘を優しくなでると、席から立ち上がった。
「ミナ、父ちゃん、ちくっとお仕事してくるけん、お姉さん達と待っちょってな。良い子にできるか?」
「‥‥うん。おねえさんたちと、まってる。おとうさん‥‥はやくかえってきてね」
娘の言葉を聞き、頷いてもう一度頭をなでる。
「ワシがいない間‥‥また、ミナを頼みます」
「任せておけ、相応の仕事はしてみせる」
ガンツの言葉に、しっかりと頷くクラウ。
それを聞き、ガンツはミナに背を向けた。
「それじゃあ‥‥行こうか、仕事の時間じゃけん」
彼の言葉と同時に、戦闘要員の冒険者達が立ち上がる。
ミナから見えぬガンツの顔は‥‥父親から、鬼の形相へ変わっていた。
◆
「ミナちゃん‥‥お父さんは、好きですか?」
ガンツ達が出て行った後、残った未楡はミナに問いかけた。
ミナは一瞬首を傾げるが、すぐに笑顔で頷いた。
「うん、だいすき」
その言葉を満足そうに聞くと、未楡は懐から薄桃色のヘアバンドを取り出し、そっとミナの頭に被せた。
「とっても‥‥似合います。お利巧さんにお留守番している‥‥ご褒美ですよ」
言って、未楡はミナを抱き締めた。
「みゆおねえさん?」
暖かな感触の中、ミナは不思議そうにしていた。
「お父さんも‥‥ミナちゃんの事が大好きです。ミナちゃんが大好きで大切で‥‥だから、ミナちゃんの病気を治したくて、少し、悪い事をしてしまったんです」
言葉を選びながら、未楡は少しずつガンツの事を説明し始めた。
クラウは目を伏せてそれを聞き、リアはじっとミナの姿を見つめている。
「おとうさんが‥‥わるいこと?」
「はい‥‥でもね、お父さんは、お母さんと約束したんですよ。罪を償って‥‥ミナちゃんに恥ずかしくないお父さんで居るって。だから‥‥お父さんを信じて、待っていられますよね」
ミナの背中をさすりながら、精一杯優しい言葉で説明する未楡。
彼女にも子供がいる。強く暖かな母の言葉だった。
「ガンツさんが優しいお父さんで、良い人だっていうのは変わりません。だから、お父さんを許してあげて下さい」
リアもまた、ミナに背一杯の言葉をかけた。
「あんなに良い父親は、なかなかいないぞ」
目を伏せたまま、クラウも短く付け加える。
ミナはしばし考え‥‥小さく頷いた。
「‥‥うん、ミナ、おこってないよ。わるいことしてても、おとうさん、だいすきだから」
その言葉を聞き、未楡はもう一度強く少女を抱き締める。
それは、全員が望んでいた言葉だった。
◆
「ぐはっ!!」
苦悶の表情を浮かべ、ガンツの巨体が数歩後退した。
彼の前には、盗賊団の頭領がニヤニヤと笑いながら立っている。
「へっ、頭数そろえて来たみたいだが‥‥そう簡単にゃいかねぇよ」
拳に装備されたナックルを構え、余裕を含んだ口調でそう言った。
既に、頭領以外のチンピラは倒されている。
ガンツ、浄炎、竜輝、イヲが正面から。兵輔、葵が裏口から同時にアジトを襲撃し、盗賊団はあっさりと混乱に陥ったのだ。
兵輔のスタンアタックで一人のチンピラが意識を失い‥‥
竜輝の両拳を受けて一人のチンピラが吹き飛び‥‥
浄炎の牛角拳を受けて一人のチンピラが崩れ落ち‥‥
イヲの左右の短刀に斬りつけられて一人のチンピラが戦意喪失し‥‥
残った一人のチンピラは、混乱したあげく葵の巨体に押し潰された。
冒険者達の活躍で、戦闘は圧倒的にこちら有利のはずだが‥‥一人残った頭領だけは格が違った。
冒険者達から見ても、ガンツはかなりの手練れである。だがその彼が明らかに押されているのだ。
ガンツは乱れた呼吸を整え、鉄の金槌を構えた。先刻、浄炎から借り受けた武器である。
「ずいぶんと苦しそうじゃねぇか。後ろのお仲間に助けてもらってもいいんだぜ?」
笑みを浮かべたまま、頭領は挑発する様に言った。
冒険者達が武器を構える。しかしガンツは手でそれを制止した。
「妻は‥‥もっと苦しかったけん」
荒い息づかいのまま、ガンツは言った。
「あいつは死ぬほど苦しかった‥‥こんな苦しさ、あいつに比べたらなんでもないけん!」
大声を張り上げ、ガンツは突進する。
重い金槌とは思えぬスピードで、連続して攻撃する。
しかし、頭領は素早い身のこなしでそれをかわす。先刻までと変わらぬ攻防だった。
「‥‥仕方ねぇ、死んでも恨むなよ!」
ガンツの側面に回り込み、頭領は必殺の一撃を繰り出すべく構えを取った。
が‥‥
シュッ‥‥ガギンッ!
「くっ‥‥」
その瞬間、頭領は眉をしかめた。
浄炎とイヲが、その場に転がっていたナイフを頭領目がけて投げつけたのである。
大きく体勢を崩している。ガンツにとって、それは打倒に十分な隙であった。
「どりゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
「しまっ‥‥」
後悔する間も無く、頭領の腹部にフルスイングした金槌がめり込んだ。
「あが‥‥か、かか‥‥」
苦悶の声を漏らし、頭領の体が崩れ落ちる。
それを確認し、ガンツは冒険者達に深々と頭を下げた。
「本当に‥‥ありがとう。感謝してもしたりないけん、最後の一仕事を頼む。ワシとこいつらを‥‥役所へ連れてってくれ」
揺るぎない決意を込め、一人の『漢』がそう言った。
◆
その後、ガンツを含む盗賊団全員を騎士団に引き渡した冒険者達は、全員で署名した減刑の嘆願書を提出した。
「彼がやったことは確かに悪いことでしょう。でも、盗賊団を潰そうとしたのも彼です。それに、ガンツさんは好きでやったことではありません。そこの所を考慮して刑を決定してください。お願いします」
このリアの言葉を始め、誠意を込めて嘆願する者も多かった。
役所もこの事を考慮し、ガンツは数ヶ月の懲役で済む事となった。
刑期が終われば、知人に預けられたミナもまた父と暮らす事ができる。今は寂しいが‥‥幸せな生活は間近である。
ただ一人‥‥
「あぁ‥‥ステキな殿方達と、お近づきになれなかったでござる‥‥」
筋肉大好きな葵だけが、少し不幸せそうだったという。