おかえりなさいおとうさん
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■ショートシナリオ
担当:坂上誠史郎
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:12月22日〜12月27日
リプレイ公開日:2006年01月02日
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●オープニング
それは今から四ヶ月と少し前、八月初旬の事。
騎士ビリー・クルスは、眼前の光景を緊張の面持ちで見つめていた。
「‥‥なるほどのぅ。事の経緯はわかった」
ビリーの前にいるのは、愛らしいエルフの戦士リュウレイト・ラグナス。
肩にかかるふわふわとした金髪、パラと見紛う小柄な体格‥‥既に六十年程生きているが、外見はまるで十歳前後の少女だった。極端な童顔である。
だがこの愛らしい女性こそ、ビリーが『師匠』と仰ぐ剣の達人なのだ。
「師匠に顔向け出来ない立場なのは承知しちょります。じゃけんど、どうか娘を‥‥」
その愛らしい女性に向かい、訛りを含んだイギリス語で懇願する男が一人。
筋肉質の巨体、強面の顔に額の傷‥‥どう見ても『スジ者』だが、彼が心根の優しい男である事をビリーは知っていた。
ガンツ・ウェッジ。同じ師匠の下で剣術を学んだ、ビリーにとっては兄弟子である。
この時ガンツは、とある盗賊団の一味だった。病気の一人娘ミナのために、高額な治療費を稼ぐ必要があったのだ。
しかしその事を知った妻ルーリィは、心労の末亡くなってしまったのである。
ガンツは自らの罪を清算し、法によって裁かれる事を望んだ。
だが‥‥そうなると心配なのが、一人残される娘の事である。
ガンツは自分が信頼する師匠に、自分が戻るまでの間娘を預かってもらおうと考えたのだ。
「師匠、俺からもお願いします。俺が預かったんじゃ、娘さんの教育にも良くないと思いますし」
事情の説明役となったビリーも、肩をすくめつつ願い出る。
リュウレイトはしばし無言のまま二人を見つめ‥‥表情を和らげた。
「‥‥弟子の不始末は師匠の責任でもある。ガンツ、お主はこれから盗賊団へのケジメをつけに行くのじゃろう? それが終わったら娘を連れて来るがいい。わしの剣にかけて守ってみせよう」
リュウレイトの言葉は暖かかった。
ガンツは返す言葉も無く、ただ頭を下げ、涙を流した。
◆
そして現在。空気が冷たく張りつめた十二月。
目の前の惨状に、ビリーは大きな溜め息をついた。
「こらミナーッ! そのアップルパイはわしのじゃぞっ!」
「りゅーおねーちゃん、おとなげない」
「それはエリューシアの手作りなのじゃ! 譲れんのじゃ!」
「むぐむぐ」
「食うなと言うにーっ!」
人形の様に愛らしい十歳の少女ミナ・ウェッジにアップルパイを横取りされ、激怒するリュウレイト。
テーブル上で昼食のデザートを奪い合う二人の姿は、端から見れば完全に子供の喧嘩だった。
「‥‥義姉さん、また焼いてあげますから」
優しい笑顔でリュウレイトをなだめるているのは、義理の妹であるエリューシア・ラグナスだ。
歳の頃は二十代前半。すらりとした細身の身体だがスタイルは素晴らしく、肌は透ける様に白い。背中に届く銀髪は艶やかで、大きく青い瞳には愛らしさと美しさが同居し‥‥何とも魅力に溢れた女性だった。
「ごめんなさいビリーさん。せっかく来て下さったのに、こんな調子で」
エリューシアは困った様に微笑み、ビリーに小さく頭を下げた。
「いや、俺のタイミングが悪かったのさ」
肩をすくめつつ、ビリーも苦笑する。
ここはキャメロット冒険者街の近くに建つ、リュウレイトが師範を務める剣術道場。
年末も近いため稽古は休みにしており、現在はラグナス義姉妹とミナの三人暮らしだ。
用事があってここを訪れたビリーは、建物の裏口から昼食時の『激闘』を目の当たりにしていたのである。
その用事というのも‥‥
「‥‥あのひとが『おししょうさま』れすか?」
ビリーの隣で不思議そうにしているパラの少年、プラム・ハーディーを預かってもらいたいという事なのである。
エリューシアはこの愛らしい少年に気づき、少し考えてからビリーに視線を向けた。
「もしかして‥‥この子を預かってほしいんですか?」
図星を突かれ、ビリーは苦笑する。
「ああ、実はそうなんだ。今までの保護者がいなくなっちまってな‥‥」
「こらビリー! わしの家は託児所ではないぞ!」
ビリーが事情を説明しようとした時、エリューシアとの間に不機嫌顔のリュウレイトが割り込んで来た。
彼女は義妹を溺愛しており、近づく男共を片っ端から牽制している。
ビリーが苦笑すると、隣のプラムが一歩前に進み出た。
プラムは同じくらいの身長であるリュウレイトをまじまじと観察し‥‥
「ちっちゃい『おししょうさま』れすね」
素直な感想を包み隠さず口にした。リュウレイトのこめかみがピクリと痙攣する。
「‥‥ま、まあ、確かにわしの体は小さいが‥‥」
「りゅーおねーちゃんはね、ちっちゃいけど『おねーちゃん』なんだよ」
エリューシアの背後から、ミナがぴょこんと顔を出して言った。
プラムの視線が同い年の少女へ移る。
「ちっちゃいけど『おねーさん』れすか?」
「うん、ちっちゃいけど」
「じゃあ、ちっちゃいけど『おししょうさま』れすか?」
「うん、ちっちゃいけど」
「ちっちゃいちっちゃい連呼するなーっ!」
少年少女の他愛も無い会話を遮り、リュウレイトの怒号が響き渡った。
◆
「‥‥わかった、任せるがいい」
説得の結果、何とかリュウレイトから承諾を得る事ができた。まだ不機嫌そうな表情ではあったが。
エリューシアとビリーはホッと胸をなで下ろし、そんな状況を一切気にせずプラムとミナは道場で遊んでいる。
「じゃが、代わりに少しばかり働いてもらうぞ」
ギロリと弟子を睨みつけ、リュウレイトは言った。
「俺に出来る事ならやりますけど‥‥何です?」
「うむ、それがのぅ‥‥」
一転して困り顔になるリュウレイト。
「弟子は増えるし家族も増えるしで、この道場も手狭になってきてな‥‥新しく家を買ったのじゃ。キャメロットから少し離れてはおるが、今よりかなり広くなるし環境も快適じゃ」
「とても綺麗な森の中なんです」
エリューシアが感想を付け加える。
「で、資金繰りのためにこの建物は売りに出しておるから、年内に引き払わねばならんのじゃが‥‥引っ越しの事をすっかり忘れておってな。故郷のある弟子達に休みを与えてしまったのじゃ。このままでは人手が足りん」
「‥‥で、俺達にその引っ越しを手伝え、と」
察しの良い弟子に向かい、リュウレイトは無言でこくりと頷く。
ビリーは大きな溜め息をついた。
「俺とプラムが増えたくらいじゃ焼け石に水ですよ。稽古用の武器だの防具だの、荷物は山積みなんですから」
「うむ‥‥仕方ない、ギルドに依頼するしかないかのう」
「それが一番ですよ。出所の日に出迎えが少なくちゃ、おやっさんも寂しいでしょう」
ビリーの言葉を聞き、リュウレイトとミナはピタッと動きを止めた。
「‥‥なんじゃと? 出所?」
「ああ‥‥そういや話してませんでしたね。ガンツのおやっさん、そろそろ刑期が終わるそうですよ。どうせだったら、新しい家で盛大に出迎えましょう」
怪訝そうなリュウレイトに、さらりと重大発をするビリー。
それを聞き、ミナが満面の笑顔で飛び上がった。
「おとうさん、かえってくるんだー!」
道場に響き渡る明るい声。
少女にとって、聖夜祭に向けて最高のプレゼントであった。
●リプレイ本文
「それでは者ども! もりもり働くのじゃっ!」
『おぉーっ!!』
リュウレイトの号令に、多数の声が上がる。
リュウレイト一家に依頼で集まった冒険者達を加え、引っ越し部隊はかなりの大所帯となった。
作業に全日参加する者達以外に一日のみ手伝いに来た者もおり、まずは全員でテキパキと荷物をまとめていった。
「服はシワにならない様に、気をつけてしまいましょうね」
衣服を丁寧にたたみながら、倉城響(ea1466)はゆったりとした口調で言った。
小柄で童顔だが家事は得意であり、慣れた手つきで作業を続けている。
「あー‥‥響ちゃんは上手やなぁ。ウチやと上手くたためんわ」
訛りを含んだジャパン語で響と話すのは、藤村凪(eb3310)である。
響とは友人であり、一緒に荷物をまとめているのだが‥‥あまり家事に慣れていないのか少々手間取っている様子だった。
「でもここのお家、随分と子供服が多いですね。プラムさんの服はまだここには無いのに‥‥」
衣服を次々と箱に詰めながら、響はポツリと呟いた。
それを聞き、凪も手にした服を見つめる。
「せやなぁ。こっちのはエリューシアさんのやろけど‥‥ちっちゃいの多いなぁ」
「この白いワンピースとか、可愛いですね♪ ミナちゃんに似合いそうです」
「お〜ええなぁ。やっぱちっちゃい子は、そういうのがええんやなぁ」
「それはわしの服じゃ」
凪と響が洋服を見て盛り上がっていると、背後から不機嫌そうな声がした。
ピタリと言葉を切る二人。
「子供サイズで悪かったのう」
そこにいるのは、服の持ち主であるリュウレイトだ。
凪と響の額から、冷や汗がつーっと落ちる。
「え、ええやん、いつまでもちっちゃくて童顔で、可愛いらしゅうて」
「えっと、胸が小さい方が、着る服を選びませんし‥‥」
フォローのつもりが火に油。
二人の言葉を聞き、リュウレイトのこめかみが引きつった。
「むっ‥‥胸も背も小さくて悪かったのう! 巨乳だからと言って調子に乗りおってーっ!」
「はいはい師匠、遊んでないで働いて下さいね」
暴れ出すリュウレイトを、突如現れたビリーが猫でもつまみ上げる様にひょいっと持ち上げた。
「はっ、放すのじゃ! 恵まれた体の女に鉄槌を下すのじゃ!」
「はいはい話は後で聞きますから」
じたばた暴れるリュウレイトを、ビリーは軽々と運んで行く。
凪と響はホッと胸をなで下ろした。
◆
「うわ‥‥どの防具もベッコベコだな。この傷つき方見るだけでも普段の稽古の激しさが伝わってくるねえ」
稽古用の防具を箱に詰めながら、ガイン・ハイリロード(ea7487)は思わず身震いした。
彼は以前依頼でリュウレイトの道場に弟子入りした事があり、地獄の特訓を味わった事があるのだ。
傷んだ防具を見ていると、その時の光景が蘇る様だ。
「‥‥っと、サボってるとまた折檻されかねないな‥‥よっと!」
ブルブルと頭を振り、防具を詰め込んだ箱を気合いと共に持ち上げた。
かなりの重さだが、ガインは小柄な割に力が強い。一人で外まで運ぶと荷車に積み込んだ。
「相変わらず、外見に似合わない力だな」
ガインの背後から声をかけたのは、レインフォルス・フォルナード(ea7641)だった。
筋肉質で長身の彼は、ガインより一回り大きな箱を持っている。ドサリと荷台に置かれた箱には、武具がぎっしりと詰まっていた。
ガインはヒュウと口笛を吹く。
「そっちこそ、相変わらず人間離れした力だ」
「まあ、力だけはあるからな」
そう言って笑い合う二人。以前依頼で顔を合わせた事もあり、お互いの能力についてはある程度理解していた。
「おお、大分武具も片づいてきたのぅ。ご苦労じゃ」
そんな二人の隣の荷車に、今レインフォルスが持って来たのと同じくらいの箱がドサリと置かれた。中を見ると、同じく重い武具が詰まっている。
持って来たのは‥‥リュウレイトだった。
「じゃがまだまだ重い家具は残っておる。引き続き頼むぞ」
そう言うと、彼女は平気な顔で道場へと戻って行く。
レインフォルスは荷物とリュウレイトを何度も見比べた。
「‥‥化け物か? あの女は」
「ああ‥‥間違いなく化け物だ」
呆然と呟くレインフォルスに、ガインは小声で同意した。
◆
「エリューシアさん、メシぃはぁ、まだかいのぅ」
プルプルと体を震わせながら、オルロック・サンズヒート(eb2020)は三度目の同じ台詞を言った。
「オルロックさん、ご飯はさっき食べたでしょう?」
もはや慣れた様子で、エリューシアも荷物をまとめつつ同じ返答をする。
しっかりしている時のオルロックは知的な老人なのだが、一度気が抜けるとこの有様である。
「オルロックおじーさん、ぼくのおかしをあげるのれす」
「わたしのも、あげる」
そんなオルロックに、プラムとミナが菓子を差し出した。
老人と幼子二人に重い荷物運びは危険なため、現在は道場の隅で菓子をつまみつつ談笑していたのだ。
オルロックは子供達を振り返ると、にっこり微笑んだ。
「おぉおぉ、優しい子達じゃのぅ。じじいはええから、自分でお食べ」
そう言って、子供達の頭をなぜる。元々この菓子は、子供達のためにオルロックが持ってきた物なのだ。
「プラム君、そろそろ掃除を始めよう。私も手伝うぞ」
その時、道場に二人の人影が入って来た。
一人はエルフの女騎士ロイエンブラウ・メーベルナッハ(eb1903)だ。
プラムを見つけるやいなや、足早に彼へと歩み寄る。
「あい、ぼくもがんばるのれすよ」
愛らしい笑顔を向け、プラムは大きく頷いた。
今までの依頼で何度も顔を合わせているため、プラムはロイエンブラウによくなついている。
「大きな家具は大体荷車に乗せた。こちらを出る前に掃除をしておこう‥‥ミナ、手伝えるか?」
そしてもう一人‥‥筋肉質の巨体を持つ明王院浄炎(eb2373)である。
ガンツと顔見知りである浄炎を、ミナもちゃんと覚えていた。
「うん。わたし、おてつだいする」
「ようし、良い子だ」
こくりと頷く少女の頭を、浄炎の大きな手がなぜた。ミナは嬉しそうに微笑む。
「‥‥ミナ嬢も愛らしいな‥‥」
そんな様子を眺めつつ、ロイエンブラウはポツリと呟きを漏らした。
彼女は小さく愛らしい少年少女が『大好物』なのである。
「若いの、二股はいかんぞ」
そんな彼女の背後から、オルロックが小声でぼそっと言った。
ロイエンブラウは思わず飛び上がる。
「わっ、私は決して、二股などというふしだらな考えを持っていた訳では!」
「ロイおねーさん、ふたまたれすか?」
「『ふたまた』って、なに?」
「ミナ、あのお姉さんには近づかない方がいい」
慌てふためくロイエンブラウに、不思議そうなプラムとミナ。
浄炎はさりげなくミナを女騎士から遠ざけた。
「さあ、それじゃあお掃除を始めましょう」
エリューシアのかけ声と同時に、全員が掃除用具を手にして散らばった。
「ふっ‥‥二股など考えていないぞーっ!」
一人取り残されたロイエンブラウの声が、空しく響き渡った。
◆
「まったく、何で私が‥‥」
ぶちぶちと文句を言いつつ、トリスティア・リム・ライオネス(eb2200)は愛馬バロンの手綱を引いた。
愛馬には荷車がくくりつけられ、重い荷物を引かされている。まとめた荷物を新居へ運ぶ役目だった。
バロンも不満そうにいなないた。
「バロン、後でビリーのやつからこの対価をふんだくってあげるから、ここは我慢しなさい」
愛馬の首をなぜながら、溜め息混じりに言う。普段は従者付きのお嬢様である彼女は、『自分で雑用を片づける』という事が滅多に無いのである。
「おいおい、対価は依頼の報酬で勘弁してくれ。しかし、お前さんが一人なのは珍しいな。何かあったのか?」
そんな彼女の横に、同じく馬と荷車を引くビリーが並んだ。どうやら彼も新居への運搬係の様だ。
「あー、別に何かって訳じゃないんだけど‥‥」
バツの悪そうな表情で、トリスティアは言い淀んだ。
少し考える様な仕草を見せ‥‥ややあって、ビリーに向き直った。
「私‥‥少しは強くなったのかしら」
突然の問いかけに、ビリーは言葉を失った。
トリスティアはふっと視線をそらす。
「‥‥忘れて。何でもないわ」
小さく呟くと、歩みを早めビリーから離れて行く。
「‥‥お嬢様は難しいねぇ」
残されたビリーは、ゆったりと歩きながら肩をすくめた。
◆
「あんた‥‥浄炎さんか?」
刑期を終え、キャメロットの監獄から解放されたガンツは、迎えに来た男を見て驚いた。
浄炎はガンツの姿を認めると、ニッと笑みを浮かべる。
「久しぶりだな、ガンツ殿。祝いの席へ案内しに来た」
そう言って、浄炎はガンツに事のあらましを説明した。
リュウレイトの道場が引っ越しをした事、ミナもそこにいる事、そしてそこで出所祝いの席を設けている事等を。
「今夜は飲もうと思ってな‥‥これを持って来た。たまにはこう言う趣向も良かろう?」
そう言って、浄炎は銘酒ロイヤル・ヌーヴォーの瓶を差し出した。
もちろん酒はこれだけではない。新居には、彼が持ち込んだワイン、発泡酒、日本酒、ベルモットなどが既に用意されている。
このワインだけは、直にガンツへ祝いとして渡したかったのだ。
「何てこった‥‥こんなワシに、ありがてぇ。感謝しちょるけん」
「それは新居に着いてからだ。師匠や仲間に‥‥そして娘御に言ってやるといい」
「ああ‥‥そうじゃな。じゃけんど、あんたにも言いたい。ありがとう」
言って、ガンツは頭を下げる。
そんな彼の肩を叩き、浄炎はガンツと共に新居へと歩き出した。
「じゃけんど‥‥正直不安じゃ。ミナにも辛い思いをさせたけん‥‥ワシの帰りを、喜んでくれるじゃろうか」
歩きながら、ガンツはそんな不安を漏らした。
巨体の浄炎よりも更に大きな体だが、意外と気が小さい様だ。
浄炎は懐から小さな壺を取り出し、ガンツへと差し出した。
「サンタが手ぶらでは格好が付くまい、持って行ってくれ」
言われるままに、ガンツはその小壺を受け取った。
スターサンドボトル‥‥これを持つ恋人達は幸せになるという一品である。
「あ、ありがたいけんど‥‥こりゃぁ、ちくっとミナには早すぎゃせんか?」
「子はいつか親元を離れるものだ。うちの子らも、家を飛び出して今はパリにいる。ガンツ殿の娘御と同じ歳だ」
慌てた様なガンツに、浄炎は達観した口調で諭した。
ガンツはその言葉を聞くと、手にした小壺を見つめ‥‥大きな溜め息をついた。
「浄炎さん‥‥あんたぁ強いな。強く、揺るがん父親じゃあ」
言って小壺を懐へしまうと、大きな手で浄炎の背中を叩いた。
◆
「ただいま‥‥帰りました」
キャメロットから徒歩で一時間程。新居の広い道場へ、案内役の浄炎と共にガンツが姿を現した。
一瞬シンと静まり帰り、一堂はミナへと視線を向けた。運んでいた野菜を取り落とし、満面に驚きの表情を浮かべている。
しかし‥‥その驚きが『歓喜』へと変わるのに、時間はかからなかった。
「おとうさーんっ!!」
手にしていた物を全て放り出し、ミナはガンツの胸に飛び込んだ。
「おとうさん、おとうさん‥‥あいたかったよー‥‥」
「ごめんなぁ‥‥父ちゃん、ミナを長いこと待たせちまった」
ミナもガンツも涙を流し、しっかりと確かめる様に抱擁する。
時が動き出した様に、周囲から歓声が沸き上がった。
「さーて、おやっさんのお帰りだ! みんな全力で祝おうぜ!」
ビリーの音頭と同時に、再び大きな歓声が起こる。
ガンツはこれだけの人数に気づかなかったかの様に、呆然と周囲を見渡した。
「おかえりなさい、おとうさん」
そんな父に向かい、ミナは涙目のまま微笑んだ。
「‥‥ああ、ただいま」
ガンツもまた涙目のまま、最愛の娘に帰宅の挨拶をする。
当たり前の言葉がこれ程幸せな物なのだと‥‥ガンツは強く噛みしめていた。
◆
「一手‥‥手合わせをしてもらえないかしら」
宴も進み、ふと夜の風に当たっていたリュウレイトに、トリスティアは背後から声をかけた。
リュウレイトはゆっくりと振り返る。愛らしい顔が、酒気を帯びて赤らんでいた。
「‥‥どうした、まだわしの実力を試したいのか」
「違うわ‥‥知りたいのよ。以前あんたに会った駆け出しの頃と‥‥今の自分と、何が変わったのか」
心の中から絞り出す様に、トリスティアは真剣な表情で言った。
まだ冒険者になりたての頃、彼女は依頼でリュウレイトに会っている。
あれから時間が経って‥‥自分はどう変わったのか、知りたかった。
リュウレイトはそんな少女を見つめ‥‥大きく溜め息をついた。
「手合わせするまでもあるまい」
「‥‥どういう事よ。私には、そんな価値も無いって事!?」
「そうではない」
激高しかけるトリスティアを、リュウレイトは優しい口調で押し止めた。
「手合わせなどせずともわかる。剣の腕はまだまだじゃが‥‥オーラ、というのか? お前の『内なる闘気』は、随分と成長しておる。頑張ったのぅ」
にっこりと微笑むリュウレイト。
ふと、トリスティアは張りつめていたものが途切れた様に感じた。
「何よ‥‥何でも解ってる様な事言って‥‥」
言いながら、トリスティアは視線を逸らした。
赤らんだ顔と‥‥何故だか溢れそうになる涙を、彼女に見せたくはなかった。
◆
「プラム君‥‥寂しいか?」
喧噪に満たされた道場の隅でぼんやりとしているプラムに、ロイエンブラウは声をかけた。
つい先日、この少年は大好きな『おねーちゃん』と離れたばかりである。ミナの幸せが、少々辛いのではないかと思ったのだ。
しかし、プラムはふるふると首を横に振り‥‥ロイエンブラウを見上げた。
「ロイおねーさん‥‥『おねーちゃん』って、呼んでもいいれすか?」
「え‥‥あ、ああ、もちろん、かまわないが‥‥」
突然の問いかけに戸惑いながらも、ロイエンブラウは少年の言葉を受け入れた。
プラムはにっこりと微笑み‥‥ロイエンブラウに抱きついた。
「ならさびしくないのれす。ロイおねーちゃんが、ぼくの『おねーちゃん』だかられす」
女騎士の胸の中で、甘える様に呟くプラム。
ロイエンブラウは顔を真っ赤に染めながら‥‥この少年を守ろうと心に誓った。