酔いどれ騎士

■ショートシナリオ


担当:坂上誠史郎

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月12日〜04月17日

リプレイ公開日:2005年04月19日

●オープニング

「エール二杯だ。早くな」
 それだけ注文し、ビリー・クルスはいつもの席についた。
 学生食堂『プレミアム』の一番奥、左隅。そこが彼の指定席だった。
 歳は二十代半ば程。酒浸りでカサついた肌に、中途半端な無精髭‥‥身なりを整えればそれなりに見られる容姿なのだろうが、今は覇気の無い飲んだくれにしか見えなかった。
「ビリー、無茶飲みはやめろよ」
「大丈夫だって。酒は命の源さ」
 学食の親父からエールを受け取り、ビリーはおどけて言った。親父はため息をつき、無言で仕事に戻る。
 午前中から酒を飲み、酔い潰れて目を覚ましてまた飲む‥‥そんな生活が、もう三ヶ月は続いていた。
「‥‥また、こんな時間から飲んでいるのか」
 一杯目を腹に流し込み、二杯目に手をつけようとした時、ビリーの頭上から女の声がした。
 視線を上げると、見知った美人が機嫌悪そうに立っている。
「これはこれは、お美しいセレナ嬢。どうだい? ワインでも」
「いつまでそうしているつもりだ」
 からかう様なビリーの台詞を、少女‥‥セレナ・ヴァンディミルは完全に無視した。
 ビリーより十は歳下だろう。フォレスト・オブ・ローズの制服に身を包み、細身の剣を帯びている。
 気の強そうな整った顔立ち、凛とした立ち振る舞い‥‥ビリーとは正反対の人種に見えた。
「死ぬまで、かな?」
「いい加減にしてくれ!!」
 ビリーのおどけた様子を見て、セレナは声を張り上げた。周囲の学生達が、一斉にそちらへ目を向ける。
「私はもう大丈夫だ! 剣だってそこいらの男に負けない! 強くなったんだ‥‥貴方の様なナイトになりたくて、修行したんだ! 貴方がこんな生活をする必要は無いんだ!」
「傷は消えないよ‥‥身体も、心も」
 激高する少女の言葉を、ビリーの静かな声が遮った。それは、今までの軽い口調ではなかった。
 しばしの沈黙。
「‥‥君こそ、俺みたいなロクデナシを相手にしない方がいい。若者らしく、素敵な男性と恋でもしたらどうだい? そんな張りつめた顔をしてると、モテないぞ」
 言って、ビリーは今まで通りのおどけた表情になった。
 セレナは無言だった。無言のまま拳を握り締め、歯を食いしばり‥‥目に涙を浮かべていた。
 周囲の学生達が固唾をのんで見守る中、セレナは足早に食堂を出て行った。
「‥‥やれやれだ」
 ビリーが呟いた頃、食堂には日常のざわめきが戻っていた。

  ◆

「また面倒な依頼なんだがな‥‥」
 難しい顔をして、男性ギルド員は冒険者達に説明を始めた。
「依頼人はセレナ・ヴァンディミル。フォレスト・オブ・ローズに入って一ヶ月の新入生だ。噂によると、なかなか筋が良くて将来が楽しみな素材らしい」
 外見的にも、かなり将来が楽しみだ‥‥という言葉をギルド員は飲み込んだ。
「それでなぁ‥‥お前さん達、最近学食で飲んだくれてるビリーってナイトを知ってるか? 依頼人は以前このビリーに命を助けられ、彼に憧れてフォレスト・オブ・ローズへ入学したそうだ。ビリーってのは優秀なナイトだったらしいが‥‥何があったのか、今じゃ『戦うのが怖い』って、ナイトの務めも果たさず酒飲んでるそうだ」
 そう話した時の依頼人を思い出し、ギルド員は憂鬱な気分になった。
「依頼人は、そのビリーを立ち直らせたいらしい。お前さん達の仕事は、彼女に協力する事。どう協力すりゃいいのか、俺にも‥‥依頼人本人にもわからないだろうがな。何とか、力になってやってくれ‥‥」

●今回の参加者

 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5684 ファム・イーリー(15歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea7578 ジーン・インパルス(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb1772 孤月 霧弦(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1915 御門 魔諭羅(28歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2020 オルロック・サンズヒート(60歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

「あの頃父様は、大きな商談を抱えていたんだ」
 ビリーとの関係を冒険者達に尋ねられ、セレナは重い口を開いた。
 彼女の実家は、キャメロットでも比較的大きな服飾店なのだという。
「取引先に家族で挨拶に行こうと、馬車でキャメロットを出た所を‥‥盗賊の一団に襲われた。父様と親交があり、旅の警護を引き受けてくれていたビリーは‥‥たった一人で十人の盗賊と戦ってくれたんだ。なのに‥‥」
 嫌な事を思い出した様に、セレナの表情が歪んだ。
「怯えて混乱した私は、馬車から飛び出してしまった。一人残った盗賊に剣を向けられ、腰を抜かした私を‥‥ビリーが身を挺してかばってくれたんだ。彼の一撃で盗賊は絶命したが、盗賊の剣はビリーの左肩を貫き‥‥私の額を切り裂いたんだ」
 言葉を切ると、セレナは前髪をかき上げて見せた。白い額に、真一文字の刀傷が刻まれていた。
「私のせいだ‥‥私が愚かだったせいで、ビリーは‥‥私はもう、あんなビリーを見ていられないんだ‥‥」

  ◆

「私達は、セレナ様の友人です」
 椅子に座るなり、陰陽師の少女、御門魔諭羅(eb1915)はジャパン語でそう言った。
 学食左奥の席‥‥ここは、ビリー・クルスの指定席だった。
「残念‥‥酒の相手をしてくれるってワケじゃなさそうだ」
 肩をすくめ、無精髭の男‥‥ビリーは、おどけて言った。
 彼もまた、少女に合わせ流暢にジャパン語を話している。
「セレナさん‥‥悲しんでるよ。どうして、彼女の話を聞いてあげないの?」
 魔諭羅の隣に座っていた少女忍者の孤月霧弦(eb1772)もまた、セレナの友人として言った。
 上品な魔諭羅と少年の様な霧弦‥‥タイプは違うが、どちらも魅力的な美少女である。
 二人と向かい合う様に座り、ビリーはしばらく何事か考えていた。
「‥‥君達、セレナからどのくらい聞いてる?」
 尋ねられ、二人はセレナから聞いた内容をかいつまんで話した。
 ビリーの口からため息が漏れる。
「‥‥そう、その通りさ。俺は守り切れなかった。あんな綺麗な子に、一生残る傷を負わせた。それにあれ以来、左手の握力がかなり落ちてる。もう‥‥戦う気力も、誰かを守る勇気も無い」
「セレナさんも、自分を責めてた。お酒のベールに包まれたビリーさんの言葉を受け止められるほど、彼女は器用な人じゃないよ。ちゃんと‥‥お互いに思ってる事を伝え合わなきゃ」
 ビリーのネガティブな言葉を振り払う様に、霧弦は情熱を込めて言った。
 しかしビリーは何も答えず、ジョッキのエールに口をつけている。
「ビリー様は、何故騎士になられたのですか?」
 沈黙を破り、魔諭羅が尋ねた。ビリーは何も答えない。
「騎士となるための道は、簡単な物ではなかったはずです。なのに‥‥その全てを捨ててしまわれるのですか?」
「さあね。もう‥‥覚えちゃいないよ」
 苦笑を浮かべ、ビリーは魔諭羅の問いに答えた。
 笑ってはいるが‥‥その態度は、これ以上の会話を拒んでいる様に見えた。
「い、いい若いもんが、けしからぁぁぁん!!」
 その時、突如として沈黙が破られた。
 一同が声の方向へ目を向けると、かなり年老いた老人のエルフが立っている。
 同じく依頼を受けた一人、オルロック・サンズヒート(eb2020)だった。
「わ、わしの若いころはなぁ、もっと、情熱が‥‥」
 高齢のせいか、プルプルと震えながら話すオルロック。
「わっ、危ないよ、オルロックおじいちゃん!」
「オルロック様、私達が付き添いますから、今日はもう帰りましょう‥‥」
 頼りないオルロックを、魔諭羅と霧弦が慌てて左右から支える。
「わしが若い頃は、そりゃあもう‥‥」
「うんうん、わかったから、帰ろうねおじいちゃん」
「そ、それではビリー様、私達は失礼いたします」
 二人の少女に連れられ、突如現れたエルフの老人は学食から去って行った。
 しばし呆然とするビリー。
「‥‥やれやれだ」
 短く呟き、ジョッキのエールを飲み干した。

  ◆

「ここ、いいかい?」
 エールのジョッキとつまみを持ち、ジーン・インパルス(ea7578)はビリーの向かいに腰を下ろした。
 ビリーはジョッキをテーブルに置き、物珍しそうにウィザードの青年を見つめた。
「お前さん、どこかで会ったっけか?」
「いいや。あんた、最近ずっとここで飲んでるだろ。何となく気になってね」
 ジーンはつまみの皿をビリーへと差し出しながら言った。
 先日ビリーに接触した魔諭羅と霧弦から話を聞き、ジーンはただの酒飲みとして声をかけたのである。
「こんな所で始終呑んでる奴には二通りいる。何かを忘れたがっている奴と、ただののんべぇだ。あんたは‥‥どう見ても前者だよ」
「‥‥忘れたい事なんて、大抵の奴にはあるだろ。お前さんはどうだい?」
 ジーンは遠回しに話を聞き出そうとするが、今度は逆にビリーが問いかけてくる。
 しばしの沈黙。ややあって、ジーンはローブの右袖をまくり上げた。
 そこには、腕から肩にまで及ぶ火傷の痕があった。
「ガキの頃、火事でな。俺は火事の時、人命救助にあたっているんだが‥‥未だに火事の現場はイヤなもんだ」
「‥‥やめようとは思わないのか」
「まあな。身体と心に傷は負ったが‥‥こんな俺でも、救える命はある」
 ジーンの言葉を聞き、ビリーはハッとした表情になった。しかし、すぐその表情は暗く沈む。
「景気の悪い話しちまったな‥‥なぁそこのバードさんよ、いっちょ景気のいいヤツ歌ってくれないか」
 ビリーの変化を見て、ジーンは手応えを感じていた。
 近くのテーブルにいたシフールの少女、ファム・イーリー(ea5684)に声をかけ、目で合図を送る。
「はいはーい! お安いご用! 歌わせてもらいまっす♪」
 ファムは二人のテーブルまで来ると、竪琴を構え、息を大きく吸い込んだ。

「お百姓さんは、なぜ畑をたがやす♪
 大工さんは、どうして家建てる♪
 それは、食べるため♪ 暮らすため♪
 だけどホントは、愛する人と生きるため♪

 騎士は、なぜ剣をとる♪
 騎士は、どうして戦う♪
 それは、名誉のため♪ 地位のため♪
 だけど、騎士はそれだけじゃない♪

 正義のため? 正義ってなに?
 あなたの正義はなに?
 答えは、あなたの胸の内にある♪」

 透き通る様な歌声が、ビリーの耳に届いた。
 学食のざわめきすら伴奏にしてしまう様な‥‥心に響く歌声だった。
 ただの歌ではない。勇気を奮い立たせる、魔力を込めた呪歌なのである。
「ご静聴、ありがとうございまっす♪」
 竪琴を下ろし、元気よく挨拶をするファム。
 ジーンは惜しみない拍手を送り‥‥ビリーも立ち上がって拍手をした。
 ビリーは懐に手を入れると、一枚の銀貨を取り出し、ファムに放り投げた。彼なりの感謝の印だろう。
「‥‥いい歌だったよ。ありがとうな、お嬢ちゃん。それから‥‥お前さんも。久々に、悪くない酒だった」
 ファムとジーンに礼を言い、ビリーはそのまま学食から出て行った。
「あたし、上手くできたかな?」
「バッチリだ」
 ビリーが見えなくなった後で、ジーンはファムに満面の笑顔を向けた。

  ◆

「酔い覚ましはいかがですか? ビリーさん」
 ビリーが学食を出てしばらくすると、銀髪の美女が声をかけてきた。エルフのウィザード、ソフィア・ファーリーフ(ea3972)である。
 ビリーは肩をすくめた。
「‥‥遠慮しておくよ。酒が抜けても‥‥きっと最悪の気分は変わらない」
「変わるかどうか、それはあなた次第です。あなたが、心の傷と向き合うかどうか‥‥」
 ソフィアの言葉を聞き、ビリーは小さくため息をつく。
「君も、セレナの友達かい?」
「ええ。あなたの事は何度も学食で見かけました。セレナさんを‥‥泣かせてしまった所も」
 ソフィアの言葉を聞き、ビリーは思わず視線をそらした。
 しかしソフィアはもう一歩近づき、ビリーの瞳をのぞき込む。
「セレナさんは、自分の想いを上手く伝えられない不器用な人です。でも‥‥だからこそ騎士訓練校に入学し、あなたのような騎士を目指す事で、あなたの正しさを証明しようとしているのではないかしら‥‥ねえ、セレナさん?」
 ビリーから視線を外し、ソフィアは後方に向かって声をかけた。
 その声に応える様に、彼女のすぐ後ろにあった木の影から、セレナが姿を現す。
 ビリーは顔を上げ、そちらへ視線を向けた。
「セレナ‥‥」
 セレナは怖々と、少しずつビリーに近づいて来た。
 手の届く程の距離まで歩み寄り‥‥意を決した様にビリーと視線を合わせた。
「ビリー‥‥私は、ずっと後悔していたんだ。あの時、私が馬車から出たりしなければ‥‥私がもっと強ければ、こんな事にはならなかったんじゃないかって」
 一言一言、確かめる様にセレナは言った。
「貴方は私と家族を救ってくれた。貴方は正しい事をしたんだ。もう‥‥そんなに一人で苦しまないでくれ。微力かもしれないが、私も‥‥力になりたいんだ」
 視線をそらさぬまま、セレナは思いの丈を精一杯伝えた。
 もうそれ以上の言葉は出ず、ただ瞳から涙が溢れるばかりだった。
「後悔しているのは、あなたもセレナさんも同じです。ビリーさん‥‥セレナさんの勇気を、受け止めてあげて下さい」
 セレナの隣に歩み寄り、ソフィアも言葉で後押しする。
「‥‥すまない、セレナ」
 短い謝罪の言葉を述べ、ビリーは少女の肩にそっと手を置いた。
 大きな手の温もりを感じ、セレナはただ泣き続ける。
「もう少し‥‥時間をくれ」
 それだけ言うと、ビリーはセレナとソフィアを通り過ぎ、足早にその場から姿を消した。
 セレナは後を追う事無く、遠ざかる彼の背中を見つめていた。

  ◆

「ふがふが‥‥若いくせに、情熱が足りんのじゃぁ!」
 ビリーが一人街をうろついていると、聞き覚えのある声がした。
 そちらへ視線を向けると、見覚えのある老エルフが弱々しく立っている。
「じいさん、どうやったら‥‥あと一歩踏み出す勇気が沸くんだろうな」
 ビリーは苦笑混じりに呟いた。
 正直、この老人が状況を理解しているのか怪しいものである。
 だがそんな相手につい聞いてしまう程、今のビリーは不安定だった。
「そんなもん、自分の胸に聞いてみれえぇぇぇ!!」
 その瞬間、オルロックは杖を振りかざした。
 不思議に思っていると‥‥何故か、ビリーの心にふつふつと熱い物が沸き上がって来る。
 火の魔法‥‥フレイムエリベイションの効果だった。
「じ、じいさん‥‥」
「ふがふが‥‥メシはまだかいのぅ〜‥‥」
 魔法をかけ終えると、オルロックはすぐにまたどこかへ行ってしまった。
 ビリーはしばらくの間、そこに一人で立ち尽くしていた。
 魔法の効果は、ほんの数分で消えてしまった。しかし‥‥ビリーの胸には、先刻感じた熱い感覚がまだくすぶっている。
「‥‥ありがとうな、じいさん」
 小さく呟き、ビリーもまたその場を立ち去った。

  ◆

 翌日から、ビリーは学食に姿を見せなくなった。
 それどころか、ケンブリッジで彼の姿を見かけなくなったのである。
 噂によると、彼は単身キャメロットへ帰ったのだと言う。
 無精髭を剃り‥‥騎士の鎧を身につけて。
「彼は、再び騎士として立ち上がったんだ。いつか彼の役に立てる様に‥‥私は精一杯修行する」
 ビリーが姿を消しても、セレナに落ち込んだ様子は無かった。
 むしろ生き生きとしている様にさえ見える。
 酔いから覚めた酔いどれ騎士と、美しい少女騎士が並び立つ‥‥そんな日も、そう遠くないのかもしれない。