大道芸人騎士

■ショートシナリオ


担当:坂上誠史郎

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月27日〜05月02日

リプレイ公開日:2005年05月08日

●オープニング

「ウォール家の嫡子ならば、全てにおいて完璧でなければならない」
 それが、父の口癖だった。
「あいつにはそれが解らなかったが‥‥アレスティン、お前は賢い子だ。解るな?」
 この父に耐えられず、母は家を出た。
 しかし、自分は‥‥
「はい‥‥父上。精一杯、精進します」
 父の言葉から逃れられずにいた。

  ◆

「勝負あり! それまで!」
 教師が手を挙げ、訓練の終わりを告げる。
「勝者、アレスティン・ウォール!」
 名を呼ばれ、アレスティンは小さく一礼した。
 歳の頃は十代後半だろう。短く刈り込んだ金髪が、精悍な顔立ちを一層引き立たせている。長身痩躯の白い肌には、訓練の後だというのに汗一つ浮かんでいなかった。
 フォレスト・オブ・ローズの生徒同士が行う、一騎打ちの模擬戦。ここ最近、彼はずっと勝ち続けていた。
「すごいなアレス! 今年に入って負け無しじゃないか!」
「最後、とんでもない一撃だったな!」
「ちぇっ、悔しいけど、アレスにはかなわないよ」
 周囲に級友達が集まり、口々に賞賛の言葉をかけてくる。
 真面目なアレスティンはこのクラスの優等生であり、剣技、礼儀作法、学問など、騎士に必要な全ての要素において、周囲からの尊敬を集めていた。
 しかし‥‥
「‥‥ありがとう。少し、外の風にあたってくるよ」
 当の本人は、憂鬱な気分だった。
 級友達の輪を抜け出し、足早に校舎の外へと出て行く。今の自分の感情を、級友達に知られたくなかったのだ。
「あれ? おーい、アレスくーん!」
 アレスティンが大きく一息ついた時、聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。
 視線を向けると、フリーウィルの制服を着た愛らしい少女がこちらへ駆け寄って来る。
 肩口までの黒髪が揺れる様子は、子犬が尾を振っている姿を連想させた。
「やあメル‥‥元気そうだね」
 少女‥‥メル・シェルトンの姿を見て、アレスティンは心が安らぐのを感じた。
 しかしメルは首をかしげ、大きな瞳でアレスティンの顔を見上げた。
「‥‥アレス君は、あんまり元気じゃなさそうだね。お母さんの‥‥こと?」
 言葉を選びながら、心配そうに尋ねるメル。
「ああ‥‥この間、とうとう家を出て行ったよ」
 アレスティンは沈んだ表情で口を開いた。
「この先、父上と二人だけだと思うと‥‥息が詰まるよ。どんなに良い成果を出しても、父上はいつもその上を要求してくる。正直‥‥苦しい」
 ケンブリッジでメルと知り合って半年。いつの間にか、こうやって悩みを打ち明ける様になっていた。
 そしてこんな時、少女はいつも同じ様に‥‥
「よしよしよしよし‥‥」
 精一杯背伸びをして、アレスティンの頭をなでるのだった。
 頬を赤らめながらも、抵抗せずになでられ続けるアレスティン。微笑ましい光景だった。
「ね、ボクね、最近大道芸の練習してるんだ。歌うだけじゃなくて、色んな芸をして、お客さんを笑顔にしたいなぁって思ったの。アレス君、見てくれる? 今‥‥アレス君を笑顔にしてあげたい」
 手の平をアレスティンの頭から離し、メルは真剣な表情で言った。
 バードである彼女は、より人を楽しませるための工夫をしているのだ。
 アレスティンが返事をするより早く、メルはバックパックから色々な物を取り出し、一つ一つ芸を見せていった。
 拳大の木の実を、三つ見事にお手玉したり、
 五本の木の棒を、額の上で縦に積み上げてみたり、
 制服の袖から小鳥を出そうとして失敗し、服の中を動き回って大騒ぎになったり‥‥
 拍手と笑いが入り交じり、いつの間にかアレスティンは笑顔になっていた。
「すごいよメル。こんなに色々やってるなんて、驚いた。何だかすごく楽しそうで‥‥羨ましいよ」
 拍手をしながら、笑顔で‥‥けれど少し寂しそうに、アレスティンは言った。
 自分が思った通りに学び、楽しそうに学んだ成果を見せる彼女‥‥それに比べ、自分がとても小さな存在に思えたのだ。
「じゃあさ、アレス君も一緒にやってみようよ」
「‥‥えっ?」
 突然の申し出に、アレスティンは呆然とした。
「今度、ボクと一緒に大道芸しようよ。ちゃんと練習してさ、市場とか、人が見てくれる所で。きっと楽しいよ」
 反対にメルは笑顔で瞳を輝かせ、かなり本気の様である。
 話の展開に着いてゆけないアレスティンは困惑顔だ。
「い、いや、僕には‥‥無理だよ。剣の訓練とか、やらなきゃいけない事もあるし‥‥」
「簡単な芸でいいの。空いた時間に練習できる様な、そういうので。今のままじゃ‥‥アレス君苦しいよ。一緒に何か楽しい事して、アレス君の疲れた『心』を助けてあげたいよ」
 強い口調でメルは言った。真っ直ぐな視線からは、口調と同じ強い意志が感じられる。
 そんな少女の心遣いを、アレスティンは嬉しく思った。
「‥‥ありがとう。僕も、何か考えてみるよ」
 控えめに呟くと、アレスティンは踵を返して校舎の中へ戻って行った。
 見ると、同じクラスのメンバー達が呼びに来た様である。
 その後ろ姿をしばらく見つめていたメルは、何かを思いついた様に走り出した。
 冒険者ギルドに向かって。

  ◆

「‥‥ま、要するに、大道芸のメンバー募集だな」
 冒険者達を前にして、ギルド職員の男は説明を始めた。
「依頼主と一緒に芸で盛り上げたり、自分の芸を教えたり、そういう事ができる奴だな。踊ったり歌ったり、他にも何かできるなら、協力してやっちゃどうだい。頑張ってる若者は、応援したくなるだろ?」

●今回の参加者

 ea1000 蔵王 美影(21歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea7234 レテ・ルシェイメア(23歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb1978 ガルネ・バットゥーラ(32歳・♀・バード・ジャイアント・イスパニア王国)
 eb2072 リエラ・クラリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

「なんだい、随分と難しい顔してるねぇ」
 顔を合わせるなり、バードのガルネ・バットゥーラ(eb1978)はアレスティンの背中を叩いた。
 ジャイアントの大きな手で叩かれ、アレスティンは数歩前に進んでしまう。
「まずは笑いな! 笑えば心にゆとりができるってもんさ」
 驚く少年に向かい、ガルネは手本の様な笑顔を浮かべて見せた。
 2mを大きく越える巨体だが、体つきは豊満で女性らしい。大きく突き出た胸を前にして、アレスティンは目のやり場に困ってしまった。
「そうだよー。お客さんの前に出たら笑顔笑顔、だよ♪」
 小柄な少年忍者、蔵王美影(ea1000)も愛らしい笑顔で同意した。
 彼はサーカス部のメンバーであり、ケンブリッジではその名を知られている。心強い『先輩』であった。
「ふふっ‥‥」
 笑顔の二人に詰め寄られ、アレスティンも思わず笑みを漏らした。
 パラである美影はガルネより1m程身長が低い。何とも微笑ましい凸凹コンビだった。
「おや、いい顔するじゃないか」
「そうそう、その笑顔を忘れちゃダメだよ♪」
 大きな手と小さい手が、交互に少年の頭をなぜる。メルがよくやる事を真似たのだ。
「‥‥ありがとう」
 言って、アレスティンは照れくさそうに笑顔を浮かべて見せた。

  ◆

 顔合わせの翌日から、メンバー達は本格的に活動を開始した。
「さーあ道行く方々聞いとくれ! 最近娯楽に飢えちゃいないかい!? そんなあんたに大道芸はうってつけさ!」
 人通りの多い市場の真ん中、ガルネは豊かな声量で宣伝を始めた。
 ただでさえ人目を引く外見である。通行人達は思わず足を止めた。
「来たる来月の一日に、ボク達は大道芸の発表会をします! おヒマな方はぜひ見て行って下さい!」
 メルもバードらしくよく通る声で呼びかけた。
「サーカス部からおいら、蔵王美影も参加するよ〜! 新技披露しちゃうから、お楽しみにね〜♪」
 ガルネの肩に乗り、美影も通行人に手を振りながら言った。
 その横では、エルフのバード、レテ・ルシェイメア(ea7234)が柔らかな微笑みを浮かべている。
「私も、久々に歌をご披露したいと思います。よろしければ、皆さん聞きに来て下さい」
 柔らかだが、レテの声は周囲の雑踏に負けずよく響いた。
 彼女もまた、ケンブリッジでは実力者として知られている。
「ね、あれ、美影君じゃない? 新技だってー!」
「レテさんの歌って珍しいよな。メルちゃんもいるみたいだし‥‥面白そうじゃん」
「つーかあのでかいねーちゃん、すげぇナイスバディ‥‥」
 いつの間にやら、四人の周りには人だかりが出来ていた。
 ある程度名の通っている美影、レテ、メルに加え、どこにいても目立つガルネ。宣伝にはうってつけのメンバーである。
「当日は、何と騎士訓練校のアレスティン・ウォールも参加するよ!」
「真面目なアレスが、一体どんな芸を見せてくれるのかな〜♪」
 ガルネと美影がアレスティンの名を出すと、騎士訓練校の生徒達からどよめきが起こった。
 普段の彼を知っている者達は、さぞ驚いただろう。
「当日までのお楽しみです」
 レテの一言で、周囲から歓声が沸く。
 これを何度か繰り返せば、発表会当日は観客が集まってくれるだろう。
 準備は着々と整っていた。

  ◆

「アレスさん、息抜きしないか?」
 横笛の練習に励んでいたアレスティンに、ベアータ・レジーネス(eb1422)はそう提案した。
 アレスティンは不思議そうな顔をする。
「そうもいかないよ。本番までに、少しでもやれる事を作っておかないと‥‥」
「キミは頑張りすぎだよ。メルさんは、キミに楽しんで欲しいから大道芸に誘ったんだ。大事なのは上手くやる事じゃなくて、楽しくやる事だと思う」
 笑顔を浮かべ、銀髪、碧眼の美しいウィザードはアレスティンの肩を優しく叩いた。
「楽しければ、笑顔になる。笑顔になれば‥‥メルさんみたいに、キミに手をさしのべてくれる人が増えるよ。それは、騎士の勉強と同じくらい大切な事じゃないかな‥‥余計なお節介かもしれないけど」
 言って、ベアータは苦笑する。
 ややあって、アレスティンは首を横に振った。
「余計なんかじゃないさ‥‥ありがとう」

  ◆

「アレスティンが‥‥大道芸、だと?」
 送られて来た手紙に目を通し、アレスティンの父ギルバート・ウォールは眉をつり上げた。
「大道芸など‥‥そんな暇は無いだろうが」
 外出用の外套を羽織り、ギルバートは足早に部屋を出て行った。
 机から手紙が落ち、差出人の名前が表になる。
 そこにはハーフエルフの神聖騎士、リエラ・クラリス(eb2072)の名前が書かれていた。

  ◆

「さぁ! 続いては蔵王美影君による不思議な大奇術です!」
 五月一日の夜、市場の一角に設置された舞台の上で、メルが観客に向けて呼びかけた。
 メンバーが宣伝や芸の練習をする間、裏方のリエラが中心になって組み上げた舞台である。
 宣伝の効果もあって観客の入りは上々。既に発表会も中盤だが、拍手や歓声が惜しみなく飛んでいた。
 美影の横には、身長と同じくらいの樽が置かれている。
「さぁ皆さんお立ち会い! 美影君が今からこの樽の中に入ります。すると‥‥何と美影君が消え、全くの別人が現れます! 皆さん信じられますか? これから、その奇跡を起こしてみせましょう!」
 樽の中に何も入っていない事を見せながら、メルが軽快に進行する。歓声も一層盛り上がった。
 美影が樽の中へ入るのを見ながら、メルは観客達の輪から幾分後方に一人の男性を発見した。
 ケンブリッジで何度か目にした事がある‥‥ギルバート・ウォールその人だった。

「私達の大道芸発表会へようこそ、ギルバート・ウォールさん」
 強面の中年男性を前に、リエラは、うやうやしく一礼した。艶やかな銀髪に、舞台の明かりが映り込んでいる。
「貴公が手紙をくれたリエラ嬢かね? アレスティンはどこだ」
 ギルバートは不機嫌そうに眉根を寄せている。
 リエラの背後でどよめきが起こった。舞台の上、美影が入った樽の中から、美影とは別の愛らしい少女が現れたのである。樽に入った後で人遁の術を使い、別人に変装しているのだが。
「彼なら間もなく出番です。つい先刻も手品を披露しまして、拍手をもらっていましたよ。どうです? 息子さんの晴れ姿を見て行かれては」
 上品な物腰を崩さず、リエラは笑顔で言った。
 舞台上では、美少女姿の美影が再び足るの中へと入ってゆく。メルが三つ数えると‥‥中から出て来たのは、人遁の術を解き、元通り少年の姿に戻った美影だった。観客から拍手喝采が起こる。
 しかしギルバートは舞台に目を向けず、リエラを睨み付けていた。
「そんな下らない事にあいつの時間を使わせないでくれ。今すぐ連れ帰り、遅れた稽古を取り戻さねば」
「まぁ待ちなよ親父さん」
 舞台へ向かおうとするギルバートの行く手を、今度はガルネの巨体が遮った。
 しばし無言のまま、視線が交錯する。
「蔵王美影君による、驚きの大奇術でした! さて続いては、ベアータ・レジーネス、アレスティン・ウォールの二人による出し物です!」
 舞台からメルの声が響き、観客から歓声が沸く。
 舞台上に現れた息子の姿を見て、ギルバートは苦々しい表情を浮かべた。
「‥‥何故私の教育を妨げ、息子にこんな下らない事をさせる」
「そりゃあんた、勉強してばっかじゃ苦しいからさ‥‥見てごらんよ、舞台の上の息子さんをさ」
 ガルネの言葉を聞き、ギルバートは舞台へ視線を向けた。
 ベアータは舞台の左側で三つのリンゴを器用にお手玉している。少し距離を置き、舞台の右側では何とアレスティンが三本のナイフをお手玉していた。
 ベアータはお手玉を続けながら、リトルフライの魔法でゆらゆらと宙に浮き上がった。観客からどよめきが起こる。ある程度の高さに達すると、ベアータはリンゴ三つを更に高く放り投げ、その下から身を引いた。
 アレスティンはお手玉を続けながら一本のナイフを受け取り‥‥落ちてくるリンゴの一つに投げつけた。ナイフはリンゴを見事に貫き、続いて二本目、三本目‥‥全てのリンゴをナイフで貫く事に成功したのだった。
 巻き起こる割れんばかりの歓声と拍手。舞台上で手を打ち合わせ、満面の笑顔になるベアータとアレスティン。
 それは、ギルバートがもう何年も見ていない表情だった。
「賢い子ってのは、いつか自分の手で自分の道を見つけていける子のことさ。で、賢い親ってのは、そんな子を黙って信頼してやれる親のことさ。あんたの息子は今、その道を見つけようと頑張ってる所じゃないのかねぇ」
「貴方の理想とは違っても、息子さんが幸せになる道は沢山あると思います。それを‥‥認めてあげてくれませんか」
 言葉を選びながら、ガルネとリエラは優しい口調で言った。
 無言のまま‥‥しかし何事か考えている面持ちで、ギルバートは舞台上の息子を見つめていた。
「それでは、次に参りましょう‥‥レテ・ルシェイメアさんによる素晴らしい歌を、皆様にお届けします‥‥」
 声の雰囲気を変え、メルは観客に語りかけた。
 レテが舞台に現れると、観客達も雰囲気の変化を感じたのか厳かな拍手が響く。
 レテの背後には、竪琴を持ったメルと横笛を構えたアレスティンが立っている。
 二人の静かな前奏が始まり‥‥レテは大きく息を吸い込んだ。

「古の城の奥深く
 凍れる眠りより目覚めしは邪悪なる死霊
 国王陛下の御旗の下に
 誉れ高き勇士ら集いてこれを討ち果たさんとす

 されど死霊には剣も効かぬ 魔法も通じぬ
 勇士ら壊滅し死を覚悟したその時に
 最も若き騎士が楽を奏でる

 静かに眠れ 闇の淵より出でしもの
 鎮魂の音の導くままに 在るべき界へと戻るがいい

 死霊いたく感じ入り
 自ら永劫の眠りにつく

 力でもなく 技でもなく
 求められしは真白な心

 かくして騎士は英雄となる」

 歌い終え、しばしの沈黙‥‥そして直後の大歓声。
 月明かりの下、月の精霊魔法メロディーは観客全員の心に染み通った。ギルバートの心にも。
 ギルバートは大きく息を吐くと、舞台に背を向けた。
「‥‥貴公らの言葉、覚えておこう」
 リエラとガルネにそれだけ言うと、ギルバートはゆっくりとした足取りで市場から立ち去って行った。
 月は中天に差し掛かろうとしている。歓声と拍手はまだ止みそうになかった。

  ◆

 その後少しずつではあるが、アレスティンの日常に『笑顔』が戻り始めた。
 彼と父親の間がどう変わったのか‥‥それは本人達にしか解らない。
 しかしこの小さな発表会は、アレスティンの心に少なからず変化をもたらした。
 真面目でお堅い『優等生騎士』から、親しみやすい『大道芸人騎士』へと。
 一人の少女と、五人の冒険者達の手助けによって。