咲き終えた夜の華
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■ショートシナリオ
担当:坂上誠史郎
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月20日〜05月25日
リプレイ公開日:2005年05月30日
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●オープニング
「長い間‥‥お世話になりました」
娼館の裏口を出ると、エリューシア・ラグナスは深々と頭を下げた。
ここは、キャメロットの歓楽街に建つ高級娼館。男達の欲望渦巻くこの建物から、彼女は今夜出て行く事になった。
「ああ‥‥ご苦労だったねぇ。稼ぎ頭のあんたに抜けられるのは辛いけど‥‥元気でやんなよ」
恰幅の良い娼館の女将は、名残惜しそうに言った。
借金のカタに、十二歳で店へ売られてから丁度十年。ここ五年の間、エリューシアはずっと売り上げトップの娼婦だった。
すらりとした細身の身体だが、出るべき所と引っ込むべき所のメリハリがついている。肌は透ける様に白く、背中に届く銀髪は艶やか。大きく青い瞳には愛らしさと美しさが同居し‥‥その美しさは、まるで彼女の業績を当然の物だと証明している様だった。
「はい。女将も、どうかお元気で」
もう一度小さく頭を下げると、エリューシアは娼館に背を向け、歩き出した。
貴族だった両親が多額の借金を残して亡くなった後、彼女は十年の月日をかけ、一人で返済を終えた。
甘やかされて育った自分にとって、娼館での生活は天国から地獄へ突き落とされた様な環境の変化だった。
苦悩と嫌悪の日々。心を凍らせ、笑顔を『作る』事を覚え乗り切った。
「でも‥‥もう終わりです」
歩きながら、エリューシアは確かめる様に呟いた。
もう自分を縛る物は無い。心を殺す様な生活も、これで終わり‥‥
「よぅエリューシア。店、抜けたらしいな」
冒険者酒場に差し掛かろうという所で、聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。
声の方へ視線を向けると、狐の様な‥‥ズルそうな顔の、小柄な男が立っている。
「‥‥ええ。借金を返し終えたので、女将においとまをいただきました」
エリューシアは小さく頭を下げ、男の問いに答えた。
彼の顔は知っている。女将の下で雑務をこなす、男性店員の一人だ。
「そいつぁ良かった。これで話もしやすいってモンだ‥‥」
ニヤリと笑いながら、男はエリューシアに近づいて来る。
「‥‥話?」
「おうよ。俺は近々店をやめて、自分の娼館を経営する予定なんだ。そこにアンタが来てくれりゃ、向こうの客をごっそりこっちに呼び込める‥‥どうだい、金ははずむぜ?」
いぶかしむエリューシアに、男は手早く説明した。
しかし考えるそぶりも見せず、エリューシアは首を横に振った。
「せっかくのお誘いですが‥‥私はもう、娼婦をする気はありません。その必要もありませんから」
「つれねぇ事言うなよ。借金返したからって、これから自分のための金が必要だろ? あっちの店より、払いにはイロつけるぜ」
断る彼女の腕をつかみ、男は語調を強めて言う。大人しく引き下がるつもりは無いらしい。
「放して下さ‥‥」
「おーいおい、往来のど真ん中で下手なナンパは勘弁してくれ」
エリューシアが男の腕を振りほどこうとしたその時、別の太い腕が彼女から男を引き離した。
驚いて振り返ると、そこには騎士の鎧を纏った長身の男が立っている。
歳は二十代半ば程。体格も良く、精悍な顔立ちに呆れた様な表情を浮かべていた。
「一応まぁ、困ってる人を助けるのも騎士の勤めなもんでね。悪いが引いちゃくれないか」
騎士にそう言われると、狐顔の男は舌打ちしながら足早に去って行った。
長身の騎士はエリューシアに向き直り、やれやれと肩をすくめて見せた。
「悪いね、聞くつもりじゃなかったんだが‥‥話、聞こえちまった」
「あ、いえ‥‥有り難うございます。助かりました、ビリー様」
礼を言い、エリューシアは騎士の名を呼んだ。
騎士‥‥ビリー・クルスは、驚きの余り一瞬固まってしまう。
「えっ‥‥お、俺を、覚えてるのか?」
「はい。お客様としていらしたのに、私を抱かなかったのは貴方だけですもの。よく覚えています」
驚くビリーに向かい、エリューシアは小さく微笑みかけた。
二年ほど前、ビリーは潜入捜査のため、あの娼館へ行った事がある。その時ついたのが彼女だった。
「あー‥‥いや、ま、それは置いといてだ。さっきの奴、あの調子じゃまたお前さんに言い寄って来るだろ。揉め事だったら請け負うぜ?」
気まずそうに話題を変えるビリー。その顔をしばらく見つめ‥‥エリューシアは首を横に振った。
「いいえ。これは私が原因の揉め事です。たった一度きりですが、お客様となった方にご迷惑をおかけする訳にはいきません。お心遣い、有り難うございます」
ぺこりと頭を下げ、エリューシアは宿の方へと歩いて行った。
一人残されたビリーは、頭をかきながら大きな溜め息をつく。
「やれやれ‥‥フラれちまったか」
◆
「ではつまり、そのエリューシアさんを狙う者達を何とかして欲しい、と」
ギルド職員の女性が、依頼内容を簡潔にまとめた。
「‥‥ああ。エリューシアって娘の親族と知り合いなもんでね。俺が護衛しようと思ったんだが‥‥フラれちまった」
冒険者ギルドの受付で説明しつつ、ビリーは肩をすくめた。
「彼女を狙ってる奴らについては、もう調べがついてる。彼女の安全を守りながら、そいつらが二度と彼女に近づかない様にして欲しい。依頼だって事も伏せてくれると助かる。彼女はどうも、『自分の事は自分でやる』タイプみたいだからな‥‥正面から『依頼された』って言っても、俺と同じで拒否されるだろうし」
ビリーは苦笑し、今日何度目かの溜め息をついた。
「ま、相手はだのチンピラだが‥‥俺はそいつらにも彼女にも顔を知られちまってるんでな、悪いがよろしく頼む」
●リプレイ本文
「なるほど‥‥ヤツらの悪事を暴いて、役人に引き渡そうってのか」
冒険者達の作戦を聞き、ビリーはニヤリと不適な笑みを浮かべた。
相手は叩けばホコリの出るチンピラ共だ。後ろ暗い事の一つや二つはあるだろう。
「それなら俺も手伝えそうだ。よし‥‥一丁派手にカマしてやりますか」
ビリーの言葉を聞き、冒険者達は一斉に頷いた。
◆
バサッ‥‥ピュィー‥‥
うららかな昼下がり、芝生に腰を下ろすエリューシアの傍らに一羽の鷹が舞い降りた。
突然の事に一瞬驚くが、大人しく佇む鷹の姿を見て、エリューシアは優しく微笑んだ。
「‥‥どうしました? 迷子ですか‥‥?」
そっと手をのばし、鷹の背中をなぜる。鷹は気持ち良さそうに小さな目を細めた。
「驚いた‥‥ホルスが私以外の人になつくなんて」
その時、彼女の前に一人の女性が現れた。鷹の飼い主、ジプシーのアイーシャ・シャーヒーン(eb2286)である。
「あら、えらいべっぴんさんとおるやないの」
独特の訛りを含んだイギリス語で、僧侶の二階堂ありす(ea7245)もアイーシャの横から声をかけた。
女性でありながら『女好き』の彼女は、エリューシアを見て目が輝いている。
依頼の事を伏せつつエリューシアに接近し、それとなく護衛する‥‥それが二人の目的であった。
「この子‥‥ホルスというんですか? 大人しい子ですね」
柔らかな笑顔を浮かべ、エリューシアは小さく頭を下げた。
「確かに騒がしくはないけど‥‥初対面の人が触れるなんて珍しいわ。あなた、きっと心の綺麗な人なのね」
言ってアイーシャも微笑みを返し、右手を差し出した。
「ね、もし良かったら、私達と友達にならない? 私、あなたともっと話してみたい」
その申し出に、エリューシアは驚きの表情を浮かべた。
「せやなぁ。聖書にも『汝の隣人を愛せよ』っちゅう有り難いお言葉があるんや。とりあえず、ウチらと食事でも行かへん?」
自分の言葉にうんうんと頷きながら、ありすもエリューシアに手を差し出した。
しばし呆然とした後‥‥エリューシアは差し出された二人の手をとり、立ち上がった。
「はい、ご一緒させていただきます。そんな風に言ってもらえて‥‥嬉しいです」
少し照れた様に微笑む彼女。
アイーシャは純粋に嬉しそうな笑顔を浮かべ、ありすは別の意味で嬉しそうにガッツポーズをした。
「ぐぁ‥‥」
「く、くそ、てめぇら‥‥」
エリューシア達から10m程離れた路地裏には、二人の男達が苦悶の表情で転がっていた。
「下種どもには良い薬です」
冷たい眼差しで男達を見下ろし、山本修一郎(eb1293)は吐き捨てる様に言った。
この二人は、つい今しがたまでエリューシアを尾行していたチンピラである。侍である修一郎は、男達の身勝手な態度に憤慨していた。
「やりすぎない様にな。色々喋ってもらわなきゃ困る」
殺気を発する修一郎に、ビリーが軽く忠告した。
修一郎は無言で頷くと、転がっている男の襟首を掴み上げた。
「ぐ‥‥うぅ‥‥」
「それでは、話してもらおうか。あなた達のあなた達のアジトの場所を」
◆
「足下‥‥気をつけて‥‥」
潜入捜査の真っ最中、忍者の夜光蝶黒妖(ea0163)は背後を気遣う様にポツリと呟いた。
彼女の後ろには‥‥
「‥‥ああ、大丈夫だ」
潜入捜査初体験のクラウス・ウィンコール(eb0911)が、危なっかしい足取りで着いて来ていた。
ここはエリューシアを狙うチンピラ達のアジト。深夜、人が出払ったのを見計らって侵入したのである。
二人の役目は、チンピラ達を役人に突き出せる様な『証拠品』を探す事だった。
「クラウスさん‥‥あっち‥‥探して‥‥」
「‥‥了解だ」
隠密行動に長けた黒妖は、慣れた手つきで机や棚を物色し始めた。
クラウスも、ぎこちない動作で部屋の反対側を物色する。
「あった‥‥多分‥‥これ‥‥」
言って、黒妖は棚から羊皮紙の束を取り出し、素早く内容に目を通した。
それが予想通りの内容であね事を確かめ、小さく頷いた。
「やっぱりあったか。これで捜査もかなり前進‥‥」
‥‥ドスン!
背後の黒妖を振り返った瞬間、クラウスは足下の荷物に躓いて転倒した。
しばしの沈黙。
「‥‥ギャグ‥‥?」
「ギャグじゃない! とりあえず‥‥さっさとここを出よう」
黒妖のズレた突っ込みに反論すると、クラウスは何事も無かったかの様にアジトを出て行った。
◆
「ご静聴、ありがとうございました」
観客達から拍手と歓声が起こる。
エルフのバード、ラシェル・カルセドニー(eb1248)の歌は、酒場の客達に好評を博していた。
彼女は情報収集のため、チンピラ達が集まりそうな歓楽街の酒場にバードとして雇ってもらい、ここ数日張り込みを続けていたのである。
目的の相手は、初日からすぐに見つかった。ラシェルの歌を聞きもせず、険しい表情で話している男達の姿は目についた。
そして今日も‥‥
「‥‥エリューシアを張ってた奴らが帰って来ねぇ。そっちに連絡あったか?」
「いや‥‥昨日あの女を見かけたが、妙な女が二人くっついてたぞ。あれじゃ、さらっちまうにもやり辛い」
「それより今は書類の事だ! アジトを荒らしやがって‥‥どこのどいつだ!?」
チンピラ達が四人、この酒場に集まっていた。一番偉そうにしているのが狐顔の男。エリューシアをつけねらっている奴に違いなかった。
歌い終わった後、ラシェルは近くの席に座り聞き耳を立てる。彼らから仕入れた情報を仲間に回し、仲間達が行動を起こす‥‥ここ数日間の活動は、確実に効果を発揮していた。
「お疲れさまラシェルさん。すっごくステキだったよ〜♪」
情報収集中のラシェルに明るく声をかけたのは、女性忍者の琴吹志乃(eb0836)だった。
育ちが良さそうな外見の彼女は、あまり酒場の雰囲気に合っていない。
「すっかりこの酒場に馴染んじゃったわね。言い寄って来るお客さんもいるんじゃない?」
少し羨ましそうにそう言ったのは、エルフのウィザード、キッシュ・カーラネーミ(eb0606)だ。
そろそろ女性として外見年齢が気になり出している彼女は、ラシェルよりも酒場の雰囲気が似合っていた。
酒場内で情報を集めるラシェルに対し、二人は外回りが役目である。ここ数日、歓楽街の飲食店やエリューシアの娼館等を回り、こつこつと情報を仕入れてきた。
「そんな事無いですよ。それより、そちらは上手くいきましたか?」
本当は、もう何人かの男性に声をかけられているのだが‥‥その言葉を飲み込み、ラシェルは軽く首を横に振った。
ラシェルの言葉を聞き、外回りの二人は小さく頷いた。
「黒妖ちゃん達が持ってきた書類の通りよ。娼館の女将さんも、最近おかしいと思ってたみたい。ビリーさん達に、役人の手配をお願いしといたわ」
「エリューシアさんは無事だよ。尾行してた奴らは、山本さん達がやっつけちゃっ‥‥」
「おい、エリューシアがどうしたって?」
キッシュと志乃が報告をしていると、突然四人のチンピラ達がこちらへ向かって来た。どうやら、少々話の内容が漏れてしまったらしい。
「ねえちゃん達、エリューシアを知ってるのか? ちょっと話を聞かせちゃくれねえかなぁ」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、狐顔の男が近づいて来る。が‥‥
「話す事なんて無いわよ」
鋭く男を睨み付け、キッシュが短く言い放った。
「嫌がる女を無理に誘う男なんて、どこの国でも時代でもカッコ悪い筆頭だわ。最低」
「エリューシアさんの役目は終った筈。それを無理矢理自分の下に来させようだなんて‥‥あんまりです」
「やっとお役目が終わった人を無理やり夜の街に引きずり戻そうなんて許せないよ! そんな人には‥‥鉄・拳・制・裁!!」
三人は席を立ち、胸の中で煮えたぎっている想いを吐き出した。会話を聞かれてしまった焦りよりも、身勝手な男達に対する怒りの方がずっと強かった。
チンピラ達の表情から笑みが消える。
「このアマ‥‥いい度胸じゃねぇか。てめぇらもうちの店で働かせ‥‥ぐぁっ!?」
男の手が三人に向けられた瞬間、彼は叫び声を上げてうずくまった。見ると、彼の体には暗器の風車が突き刺さっている。
「‥‥女を‥‥困らせる男‥‥なんて‥‥嫌いだ‥‥」
直後、ぽつりと呟く声がした。そちらへ視線を向けると、暗器を投げた姿勢のまま黒妖が立っていた。
いや、彼女だけではない。
「ここはイギリス、ジーザス様のお膝元やで。いたいけな婦女子に手を出して恥ずかしいとおもわへんのか?」
「まったく腐ってるな‥‥俺はこういう男たちが世界で3番目に嫌いなんだ」
「覚悟はいいですか。下種ども」
「アイーシャ語録っ! 『悪事は絶対成功しないっ!』」
ありす、クラウス、修一郎、アイーシャが、次々と姿を現した。
その後から何十人もの役人らしき男達が現れ、チンピラ達を取り囲む。
「ってなワケで‥‥チェックメイトだ」
そして最後に現れたビリーが、チンピラ達に『詰み』を宣言した。
◆
冒険者達の尽力により、チンピラ達の悪事が次々と暴かれていった。
まず彼らは勤めていた娼館の帳簿に細工をし、店の売り上げを横領していたのである。黒妖とクラウスが入手した書類は、帳簿の改ざんについて克明に記された計画書だった。
更に聞き込みを続けた結果、エリューシア以外の娼婦とも多数トラブルがあり、暴行を受けた者もいる事がわかった。
これだけでも十分な犯罪だが、まだまだ叩けばホコリが出るだろう。しばらく牢屋の住人となるのは間違い無かった。
「本当に‥‥有り難うございました」
冒険者達から依頼の事を説明され、エリューシアは深々と頭を下げた。
しかし‥‥その表情はどこか寂しそうである。
「でも‥‥少し残念です。せっかく、お友達ができたと思ったのに‥‥」
言って、エリューシアはアイーシャとありすを見つめた。
『友達になろう』と言った二人の言葉は、依頼のためだったから‥‥そう考えてしまったのだ。
しかし、アイーシャは満面の笑顔を浮かべていた。
「何言ってるの! 依頼なんて関係無く、私とあなたは友達だよ! だって、あなたの事好きだもの」
「せや! 依頼が終わったからって、つれなくされたら悲しいわ。ずっと仲良うしたってやぁ」
アイーシャに続き、ありすも笑顔で言う。少々欲望が混じってはいるが、本心からの言葉だった。
エリューシアは顔一杯に驚きを浮かべている。
「本当‥‥ですか? いいんですか? 私‥‥こんなにしていただいて‥‥何も返せる物がありません‥‥」
目に涙を浮かべ、申し訳無さそうな‥‥けれど嬉しそうな、複雑な表情になる。
「見返りなんていらないよ。早く‥‥あなたの心に沈殿した悲しみが消えるといいね」
志乃もまた優しく笑顔を返す。その言葉で、エリューシアの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「それでは‥‥皆で酒場に繰り出すとしようか。依頼の達成と‥‥新たな友人に乾杯だ」
修一郎の一言に、全員が『おーっ!』と景気の良い返事をする。
春の日ざしは暖かく、咲き終えた夜の華に、また新しいつぼみを育ませることだろう。