雪山奮戦記

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 72 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月17日〜12月24日

リプレイ公開日:2006年12月25日

●オープニング

●やって来たモノ
 山に雪が降る。
 今年もまた冬の季節がやって来る。
 手に息を吐くと、彼は白く染まった山を見上げた。
 また、「彼女」に会えるだろうか。
 雪深い山の奥、冬の間だけ存在するという物言わぬ少女と、彼女を守る白い騎士達。まるで、夢の中の物語のようだった。村人に話しても、誰も本気にしてはくれなかったけれど、彼はあれが夢ではない事を知っている。
 ‥‥会えたらいいのに。
 胸のうち、1年の間、ずっと消える事がなかった甘い痛み。
 それを何と呼ぶのか、彼は知らない。
「‥‥と、仕事仕事」
 鶏小屋からは賑やかな鳴き声が聞こえて来る。毎日、鶏の世話をする事が、彼の仕事なのだ。
 何も変わらない、いつもと同じ一日が始まる‥‥はずだった。
 突然に、鶏達がけたたましく鳴き始めた。
 こんな風に鳴く時は、鶏が何かしら危険を感じた時だ。
 野犬か。狐か。
 それとも、冬眠し損ねた熊か。
 熊だったら厄介だ。
 手近にあった鍬を取って、彼は鶏小屋へと急いだ。
「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 雄叫びを上げつつ、彼は鍬を振り上げる。
 獣相手は先手必勝、機先を制するに限る。怯んで、逃げてくれれば大成功だ。
 だがしかし、彼は鍬を振り上げたまま硬直する事となった。
「え‥‥?」
 鶏小屋を‥‥いや、周囲をぐるりと白い壁が囲んでいた。握り絞めていた柄がするりと滑って地面に落ちる。鍬が地面を抉る小さな乾いた音が、彼の耳に届く。
 そして、白い壁がゆっくりと動き出す。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

●雪山に待つモノ
「雪だるまの団体かぁ‥‥。遭遇してみたいような、したくないような‥‥」
 子供達が楽しげに雪を転がして作る雪だるまは、和やかな冬の日の象徴とも思えるのだが、それが団体になるとどうだろう。
「‥‥ちょっと異様な光景かもしれないな」
「ほら、アレじゃないの? イースターのウサギ‥‥」
 視線を宙に彷徨わせる冒険者に囁きかけた女冒険者が、さらに遠い目をして明後日を見る。
「あー、あれは怖かったなァ」
 キャメロットの冒険者が総出でウサギを追いかけた。そんな日もありました。
 湯気のたつ香草茶を手に昔を思い出している仲間を無視して、別の冒険者が少年へと声を掛ける。
「雪だるまの集団に襲われて、それからどうしたんだ?」
「‥‥雪だるま達が、何処かへ連れていこうとしているように思えたから‥‥だから、付いて行ったんだ」
 そして、彼は見た。
 山の裾、薄く雪を被ったなだらかな野原の真ん中に置かれた檻と、その中に捕らわれた少女の姿を。
「檻の周りをぐるりと焚き火が囲んでいて、雪だるま達はそこから入れないみたいだった」
「その子は雪の精霊なんだろう? 焚き火に囲まれていたらマズイんじゃないのか?」
 雪だるまも、雪の精霊も熱に弱いはずだ。
 尋ねた冒険者に、少年は頷いた。
「そうみたい。けど、火はあの子から離れてたから大丈夫だと思う」
「でも、雪の精霊を檻に閉じこめるなんて、一体誰が何の為に?」
 分からない、と少年は頭を振る。彼が見たのは檻に閉じこめられた少女と、それを囲む幾つもの焚き火だけなのだ。
「焚き火を消して、あの子を助けたかったんだけど‥‥でも、焚き火があるって事は、誰かが見張ってるかもしれないし、僕が捕まったら、他に誰も気付かないって思ったんだ」
 冒険者達を真っ直ぐに見る少年の視線の強さに、冒険者達は笑みを浮かべ、顔を見合わせる。
 少年も、少しずつ大人に近づいているようだ。
「事情は分かった」
 安心させるようにその頭に手を置くと、冒険者は仲間を振り返った。状況は掴めたが、ただ雪の精霊を檻から助け出すだけでは終わらないだろう。野原に置かれた檻といい、周囲を囲む焚き火といい、何者かが周到に準備をして雪の精霊を捕らえたと考えるのが妥当だ。
 1人や2人で出来る事でもあるまい。
「雪の精霊を檻に閉じこめるのが目的でもないだろうしな」
 考えられる事はいくつかあったが、今は山に向かう方が先だ。
「装備を調えて、出来るだけ早く出発しよう。もたもたしていると‥‥」
 山へ到着したのはいいが、雪の精霊ごと檻が消えているかもしれない。
 少年を不安にさせる可能性は濁した言葉の中に。互いに頷き合うと、冒険者達は準備を調えるべく席を立った。

●今回の参加者

 ea4823 デュクス・ディエクエス(22歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb0379 ガブリエル・シヴァレイド(26歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 eb3021 大鳥 春妃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3389 シータ・ラーダシュトラ(28歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

●再会
「ん〜〜〜‥‥」
 腕を組み、難しい顔をして頭を捻っているのはガブリエル・シヴァレイド(eb0379)だ。
「んんん〜〜〜???」
「ガ‥‥ガブリエル様?」
 ますます考え込んでしまったガブリエルに、大鳥春妃(eb3021)は伸ばしかけた手を引っ込めた。掛ける言葉を探し、困ったように眉を寄せる。
「あの、ガブリエル様? どこか痛いところでも?」
「んーん」
 唸っているのか、答えているのか微妙に判別がつかないが、とりあえず聞こえてはいるらしい。体の具合が悪いというわけでもなさそうで、安堵の息をついた春妃は、改めてガブリエルに問いかけた。
「では、一体、何を悩んでおられますの?」
「‥‥あのね」
 春妃を振り返ったガブリエルの表情は、真剣だ。春妃も居住まいを正して、彼女の言葉を待った。
「ずっと気になっていたのなの」
「はい」
 ゆっくりと、ガブリエルは視線を巡らせた。
 その先にはデュクス・ディエクエス(ea4823)と睨み合ったまま、ぴくりとも動かない雪だるまの大群がいる。
 最初、雪だるま達が降って来た時には、春妃もガブリエルも驚いた。だが、デュクスが1歩、前へと歩み出た途端に、彼らは動かなくなったのだ。そして、今に至る。
「雪だるまが‥‥」
「はい」
 微動だにしない両者を見つめて、ガブリエルは呟く。
「どうやって動いているのか分からないなの」
 この上なく深刻な口調で告げられた内容に、春妃は返すべき言葉を見つけられず、絶句した。
「雪だるまには、足、ついてないなの」
「そ、そう言われてみれば‥‥」
 春妃も雪だるまの群れを眺める。確かに、枝の手がついているモノもいるが、足がついているだるまはいない。一体、どうやって移動しているのだろう。
 考え込みかけて、春妃ははたと我に返った。
 いけない。エレメントに人の常識は適用外だ。
「とりあえず、滑っているという事で納得しておきませんか?」
 妥協案を提案して、春妃はそれよりもとガブリエルの注意を促す。
「デュクス様と雪だるま達が一触即発の危機ですわ」
「ああっ! 本当なのっ!」
 雪だるまと睨み合っていたデュクスの足がじりと僅かに動く。
 先手必勝とばかりに、雪だるま達も輪を縮め始めていた。
「大変なのッ!」
「大変ですわ!」
 慌てて駆け寄ろうとした2人を止めたのは、シータ・ラーダシュトラ(eb3389)だった。
「シータ様、何故止めるのですか!?」
「心配無いって。デュクスくんは雪だるま達と旧交を温めているだけだよ」
「旧交って、どう見ても臨戦態勢なの!」
 自信ありげに、シータは口元を上げて笑った。
 小さく舌を鳴らし、人差し指を振る。
 次の瞬間、デュクスが動いた!
 あ、と息を飲んだガブリエルと春妃の目の前、デュクスは一番大きな雪だるまとがぶりと組み合う。まさに、力と力のぶつかり合い。どちらかが力負けするまで、事態は膠着して動かない‥‥と思われた。
「数が違い過ぎるのなの!」
 次々に襲い来る雪だるまが、デュクスの姿を覆い隠していく。
 悲鳴をあげた春妃を尻目に、シータはうんうんと大きく頷いた。
「熱い友情だよね」
「あ、熱いって‥‥‥‥」
 抗議の声をあげかけて、ガブリエルは口をぽかんと開けたまま固まってしまう。
 雪だるまその1と力強く組み合っていたデュクスが、あっさりとその1を解放し、次の雪だるまと組み合ったのだ。
「‥‥抱擁、なのでしょうか」
「熱い、ね」
 上機嫌に片目を瞑って見せたシータに、毒気を抜かれたガブリエルが脱力しつつ突っ込んだ。
「熱いじゃなくて、冷たいなの」
 あまり深く考えてはいけないのだと、彼女達は学んだのであった。

●救出作戦
「とにかく」
 こほんと咳払いして、春妃は仲間と周囲を取り巻く雪だるまを見回した。
「上空から冬里に確認して貰いましたところ、確かに焚き火とその真ん中に檻が存在する様子ですわ」
 こんな時、雪だるまは便利である。
 雪の草原にあって、遠目からは雪と同化して見えるのだから。
 天然の(?)壁の中で、彼らは堂々と作戦会議を開いていた。難点はといえば、少々寒い事だろうか。
「焚き火を消すだけなら、すぐに出来るよ。でも、檻が問題かな」
 シータの呟きに、少年がうんと頷く。
「こいつらが潰しちゃったら、あの子まで潰れちやうよ」
 かと言って、子供の力で檻を壊して少女を連れ出す事など出来ない。
「そっか。一気に壊しちゃうと、中の雪の精霊に危険が及ぶもんね」
 雪の精霊にどれだけのダメージを与えるかは不明だが、吹き飛ばしたり、破壊したりは少年の心に多大なるダメージを与える事になろう。
「‥‥焚き火‥‥火‥‥薪‥‥」
「え? 何? 何て言ってるの?」
 ぽつりぽつりと漏らされるデュクスの言葉を、シータが聞き返す。ただし。
「‥‥シータ様、私ではなく、直接デュクス様にお聞き下さい」
 テレパシーを使って雪だるまと意思の疎通をはかっていた春妃に。
「多分、焚き火を維持するには薪が必要だろうって言ってるのなの。雪の精霊を捕まえた連中を、それで確認出来ないかって言ってるのなの。‥‥あってるなの?」
 こくこくと頷きで肯定を示して、デュクスは雪だるまの隙間から焚き火の様子を窺う。
「犯人が現れるまで、ここで待ってるのはちょっと寒いかなぁ」
 苦笑したシータは、しかしすぐに表情を改めた。「誰が何の為に」とは、皆が漠然と感じていた疑問だ。だが、これまでは探りようがなかった。雪の精霊を檻に閉じこめて、「誰か」は何をしたいのだろうか。
「犯人の目的もはっきりさせないとなの」
「そうだね。火から離してるなら、雪の精霊を虐めたいわけじゃなさそうだし、わざわざ見える所に檻を置いておくなんて囮にでもしてるみたいだよね」
 その時、上空を舞っていた春妃の鷹が鋭く鳴いた。
 腰を浮かしかけたシータ達に、軽く腕をあげてデュクスが制する。
「‥‥来た‥‥」
 だるまの壁の中で息を殺し、気配を探った彼らの耳に、雪を踏みしめる音が聞こえて来た。音の気配からして、足音は4つ。音が近づくにつれて、彼らの会話も微かに届く。
「‥‥が、高値を」
「暖かい場所じゃ溶け‥‥ってのに、物好きが」
 聞こえて来た会話の内容に、彼らは顔を見合わせた。
 今のは、どう聞いても‥‥。
「金さえ貰えりゃ、後は知ったこっちゃないと親分が」
 どさりと重い物を降ろす音がして、すぐに下品な笑い声が響く。
「お前の仲間避けも、もう必要ねぇな。山から出るのは初めてだろ。山の外は色んな物があるぞ。金持ちの暖かい部屋で見せ物になって溶けるまでの間、いろんなモンを、よぉぉぉく見ておくんだぞ」
 流れて来た言葉と哄笑に、シータは拳を握り締めた。
「許せないなのっ」
 飛び出して、ひどい事を言っている奴らを懲らしめたい。
 その衝動を堪えて、ガブリエルは唇を噛んだ。
 奴らは「親分」と言った。という事は、彼らの親玉‥‥雪の精霊を捕らえた張本人がいるはずだ。今は我慢して、奴らを泳がせるのが得策だろう。だが、静かに成り行きを見まもっていたはずのデュクスが、ぴくりと体を震わせた。
 上げた顔に、眼差しに、どんどんと怒りが浮かび上がって来る。
「デュクス様? 何か‥‥?」
 春妃が尋ねるより先に、デュクスが動いた。
 熱い抱擁を交わした雪だるまその1の頭(?)に、ひらりと飛び乗ると、彼は腕を上げて目標を示す。壁に徹していた雪だるま達も、その後を追って突進を掛けた。
「な、なんだ、こりゃあ!?」
 野太い悲鳴に、シータ達も覚悟を決めた。
 親方の所在は、締め上げて聞き出せばいいだけの事だ。
「行くのなのーっ!」
 壁の外に飛び出して、真っ先に目に映ったのは、押し寄せるだるまの大群に怖じ気づき、仲間を呼ぶべく雪に足を取られて転げながら逃げていく男の姿だった。
「そうはさせないなの!」
 小さく唱えた呪が完成し、効力を発する。
 それは、男達の足の運びを鈍くするには十分な効果を与えた。
「今なの!」
 ガブリエルの言葉と共に、デュクスとシータが男達の後を追かける。その間に、春妃が檻へと駆け寄った。

●任務完了、そして
 ぐるぐると縄で縛られた男達から取り上げた鍵で檻を開け、雪の精霊を解放した冒険者達+1人は、難しい顔をして悪党を見下ろしていた。
 彼らの話によると、親分と呼ばれる男は取引相手の所にいるらしい。交渉成立の連絡と、雪の精霊を連れてこいという命令を受け、こちらに残っていた彼らが動いたに過ぎない。
「親分を懲らしめに行きたいのなの」
 もう二度と、こんな事をしないように。
 ガブリエルの言葉は、他の者達の心中をも如実に語っていた。けれど、不穏な気配を察したのか、被害者である雪の精霊は春妃の袖を掴んで彼女の顔を見上げる。
「‥‥分かりましたわ。争いは嫌なのですね。皆様にお伝えします」
 テレパシーで彼女の気持ちを察した春妃は、冷たい雪の精霊の手に手を重ね、そっと微笑んだ。
 安心したのか、雪の精霊も笑顔を返す。
「まぁ、あなたがそれでいいんなら」
 不完全燃焼気味のシータが、ぽりと頭を掻いて渋々頷くと、納得していない顔のガブリエルも「本当にいいのなの」と雪の精霊を覗き込む。返ってくる邪気無い笑顔に、深い溜息と共に肩を落とす。
「この子が無事だったんだから、それでいいよ」
 依頼人にまでそう言われては、これ以上、反対するわけにもいかない。
 風の刃でずたずたに裂かれた上着でアイスブリザードの直撃をくらった男達がガチガチと震えている姿に溜飲を下げる事にして、シータとカブリエルも顔を見合わせて笑った。
「デュクスくんも、それでいい?」
「‥‥おみやげ‥‥」
 はい?
 首を傾げて、シータは視線を春妃へと向ける。
「ですから、私に聞かず、直接デュクス様にお尋ねになった方が‥‥」
 その言葉も終わらぬうちに、デュクスは雪だるまその1の上に乗った。
「‥‥村‥‥帰る‥‥」
 依頼人の首根っこを掴んで雪だるまの上に引き上げると、デュクスは村の方向を指さした。その言葉が分かったのか、雪だるまがのそりと動き出す。
「あの方に、テレパシーの通訳は必要なさそうですわね」
 苦笑した春妃は、袖を引かれて雪の精霊に視線を戻した。
 先ほどまで笑っていた雪の精霊が、今度は憂いの表情を浮かべている。
「どうか致しましたか?」
 片手で春妃の袖を掴んだまま、雪の精霊は南を指さした。
ーコワイモノ‥‥
 流れ込んで来る、一瞬のイメージ。
 それは、雪の精霊の記憶だろうか。
 薄く積もった雪が月の光に照らされて、白く光っていた夜の光景。
 白い雪の上に落ちた赤く、温かな液体。
 泣く力も失い、ぐったりとした赤子の体を投げ捨て、ゆっくりと口元を拭った影が何者であるのかは分からない。ただ、フードの下に垣間見えた瞳は、赤く輝いていた‥‥。