【捜索】消えた娘の行方

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:11 G 94 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月11日〜02月17日

リプレイ公開日:2007年02月19日

●オープニング

●極秘の再捜索
「つまりグィネヴィアはあの男の許にはいなかったと言うのだな?」
 アーサー王は喜びの砦に潜入を果たした一人の密偵からの報告を聞き、思わず腰をあげた。
 先の物資補給阻止の際、巧く紛れ込んだ者がいたのである。日数の経過から察しても砦が遠方にある事が容易に理解できた。新たにもたらされた情報に、円卓の騎士が口を開く。
「もしかすると、隠し部屋や他に隠れ家があるのでは?」
 しかし、男は首を横に振る。いかにラーンスとは言え、隠し部屋か他の隠れ家があれば向かわぬ訳がない。そんな素振りもなかったとの事だ。
 ――ならば、グィネヴィアは何処にいるのか?
 ――ラーンスは何ゆえ篭城なぞ‥‥!?
「否‥‥違う」
 アーサーは顎に手を運び思案するとポツリと独り言を続ける。
「ラーンスは森を彷徨っていたのだ。喜びの砦は集った騎士らの為‥‥ならば」
 ――グィネヴィアは見つかっていない。
 同じ答えを導き出した円卓の騎士の声も重なった。王妃は発見されていない可能性が高い。
 アーサーは円卓の騎士や選りすぐりの王宮騎士へ告げる。
「冒険者と共に『グィネヴィア再捜索』を命じる! 但し、王妃捜索という目的は伏せねばならん! ギルドへの依頼内容は任せる! 頼んだぞ!」
 新たな神聖暦を迎えたキャメロットで、刻は動き出そうとしていた――――。

●思惑
 数枚の羊皮紙に目を通して、彼は整った眉を寄せた。
 どの依頼もすぐにでも解決すべきものばかり。だが、彼の目的に適う依頼ではない。
「そう簡単には行かないか‥‥」
 呟いて、彼は残りの羊皮紙を手に取った。
 赤子ばかりを狙う人買組織の報と、街道沿いに出没する盗賊退治。この辺りをうまく利用するしかないか。選んでいる時間も、待っている時間もないのだ。使えるもので何とかするしかない。
 そう割り切り、手早く周囲に散乱する羊皮紙を掻き集めていた彼の手が止まる。
「‥‥失踪事件?」
 若い娘が、ある日突然にいなくなったという。
 髪は栗色、色白の美人で緑の瞳。娘自身は大人しい性格だったらしいが、妙に目立つ‥‥記憶に残る存在のようだ。羊皮紙上の情報しかないが、年格好もかの貴婦人と似通っているようだ。
「これは使えるな」
 目を細め、彼は呟いた。

●消えた娘の行方
「いなくなった娘の捜索? なんだってアンタがそんな依頼に同行するんだ?」
 依頼の同行を告げた途端、冒険者達から疑問の声があがった。
 村娘の捜索など、冒険者トリスならばいざ知らず、円卓の騎士トリスタン・トリストラムがわざわざ関わるような依頼ではないだろう。訝しげに彼らは顔を見合わせる。
「アーサー王の周囲も色々と大変なんだし」
「そうそう。アンタだって忙しいだろ」
 その言葉に、トリスタンは頷いた。アーサー王とラーンスの間に起きた諍いは既に冒険者達の知る所となっている。今更隠しても仕方がない。
「その通り。だが、いかなる場合でも、王は民の事、国の事を疎かにはなさらない。それは我らも同様だ。国と民を守る主の剣となり盾となる為、騎士は存在するのだからな」
 そりゃそうだけど‥‥と、冒険者達は言葉を濁した。
 分かってはいるが、国が揺れる一大事の最中、円卓に属する騎士がどうしてという思いが先に立つ。
「‥‥それに、この依頼はもともとラーンス卿の元に届いていたものだ。私が引き受けてもおかしくはあるまい」
 冒険者達の困惑など知らぬ顔で、トリスタンは続ける。
「ともかく、娘の行方を追って欲しい。彼女が住まう村の周辺は家族や村人が探し尽くしたが何の手掛かりもなかったそうだ。村はキャメロットへ続く街道沿いにある。各地へと続く街道が幾つも交わる場所でもあり、人の出入りも激しい。広範囲の捜索が必要となるだろう。まずは目撃情報を集め、娘が何処へ向かったかを特定する」
「他に情報は? 例えば、いつ頃いなくなったのか‥‥とか」
 何らかの思惑がありそうだが、それを明かすような男ではない。依頼を解決した後に、その意図が見えてくるかもしれない。
 トリスタンに対する疑問の解消を諦めた冒険者が、溜息混じりに尋ねた。
「‥‥娘は出産の為に故郷の村へ戻っていたらしい。旅が出来るまでに回復し、赤子を連れて村を出た。途中、キャメロットの教会に立ち寄ると言っていたが、キャメロットに到着したかどうかは定かではない。キャメロットの近隣に住む姉の元にも現れていない。家族は彼女の行方を探し回ったが手掛かりを得る事が出来ず、伝手を辿ってラーンス卿に助けを求めたが」
「そのラーンス卿がキャメロットから姿を消していた‥‥と」
 納得しながらも、冒険者は頭を抱えた。
 昨日今日ならいざ知らず、娘が消えてから時間が経ち過ぎている。目撃情報を集めるのも簡単な事ではないだろう。
「キャメロット近辺から手当たり次第に行くしかないか。‥‥全く、いつもいつも厄介事ばかり持ち込みやがって」
 涼しい顔をした男を睨み付けて、冒険者はもう一度大きく溜息をついたのだった。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0050 滋藤 御門(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1421 リアナ・レジーネス(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

●疑惑
「ラーンス卿‥‥所縁の娘‥‥」
「いろいろと事情がありそうですね」
 ぽつり漏らしたエスリン・マッカレル(ea9669)の呟きを拾って、意味深に頷いたのは滋藤御門(eb0050)であった。相変わらず表情に乏しいトリスタンに視線を遣ると、彼は涼しい顔で言葉を続ける。
「その娘さんがトリスさんの奥方様とお子様だったとしても驚きませんから、ええ」
 御門の先制攻撃。
 それは「会心の一撃」となってトリスタンに大きなダメージを与えた。
「本当なのであるかっ!? トリス!! 親友の私に黙ってそんな‥‥水くさいのであるっ!!」
「そ、そんなっ! でもっ、しかしっっ、有り得ない事でも‥‥」
 上から順に、リデト・ユリースト(ea5913)、エスリンである。彼らは精神的打撃を受けた。
「まぁぁ、そうでしたか。おめでたい事ですね。‥‥あら? という事は、トリスタン様の奥方様とお子様が行方不明に? それはご心痛ですわね」
「トリスさん‥‥ではなくて、トリスタン様の為に、僕達も出来る限り協力させて頂きますね」
 そして、ジークリンデ・ケリン(eb3225)とユリアル・カートライト(ea1249)。彼らの気力がぐんと上昇した。
「たとえ、卿に何人御子がいらしても、私の想いに変わりはありませんっっ!!」
 きらりと光る涙を零しつつ、夕陽に向かって走り去って行くエスリンの背を見送り、リアナ・レジーネス(eb1421)は微笑む。
「‥‥楽しそうですねぇ」
「遊ばれているな」
 額を指で押さえて呟くのは、オイル・ツァーン(ea0018)だ。
 彼の視線の先には、リデトに胸ぐらを掴まれ、ゆさゆさ揺られているトリスタンの姿があった。
 そして、騒ぎの元凶はと言えば、にこにこと邪気の無い笑みを浮かべて生暖かく成り行きを見守っている。
「全く‥‥」
 この騒ぎ、どう収拾をつければよいのやら。
 何やら事情がありそうな依頼の遂行中に遊べるのは余裕があるという事だろうか。
 ‥‥多分、そうに違いない。
 無理矢理、自分を納得させて、オイルはこめかみを揉みほぐした。せめてもの救いはと言えば‥‥。
「皆様、お待たせ致しましたっ‥‥あらららら?」
 愛と友情の為ならば、地の果てまでも。暴走爆裂娘、レジーナ・フォースター(ea2708)がその場に居合わせなかった事だろう。
「‥‥‥‥」
 泣き、怒り、笑う仲間達の様子を不思議そうに眺め、レジーナは首を傾げつつ、くるんと向きを変えた。
 彼女の索敵機能が、事情を説明してくれるであろう相手を見つけ出す。標的は言うまでもなく、1人、苦労を背負い込んだオイルである。
 獲物を捕捉した肉食獣が如き素早さでオイルの腕を掴むと、レジーナはにっこり微笑んだ。その笑みが無言の圧力となってオイルの精神をキリキリと締め上げて来る。ここは素直に白状するのが最善の策だ。
「別に隠し立てするような事はないぞ。本当に」
 言い置いたオイルに、リアナは天を仰いだ。
ー‥‥オイルさん、そう前置くのは言えない事があると言っているようなものです。
 ただでさえ、ヲトメは勘が鋭いものだ。人間観察が趣味と公言しているレジーナがどこまで彼の言葉を信じてくれるのか。
 固唾を呑んで、リアナはオイルの次の言葉を待った。
「王と円卓の騎士が対立しているという噂が囁かれる中で、トリスタンが探す娘と赤子について語らっていた」
 嘘はついていない。ただ、色々と端折っただけだ。
ー無理です。それではエスリンさんとリデトさんが泣いたり怒ったりしている理由が‥‥
「そう、エライですわ! すわ国の一大事だ、王の威信だと困っている民を後回しにする騎士が蔓延する昨今っ! 常に民の事を忘れず、袂を分かった友の仕事をやり遂げようなんて! トリスタンさん、貴方こそ、まさに真の騎士っ!」
「あ、信じましたか‥‥」
 あっさり信じ込んだ上に、何やら感動に打ち震えているレジーナの様子に、リアナはほっと胸を撫でおろした。
「よかったですね、オイルさん」
 本当によかったのかどうか‥‥。
 瞳に無数の星を飛ばし、トリスタンに詰め寄るレジーナを眺めながらオイルは思った。
 皆、そろそろ依頼に戻ろう、と。

●本題に戻ろう
 さてと呟いて、リデトはおにぎりの上に降り立ち、羊皮紙を広げた。
「冗談はさておき、今までに分かった事を報告するのである」
 冗談だったのか‥‥。
 甚大な被害を被った男2人が疲れたように肩を落とす。
 そんな男達とは対照的に、女性陣達は何事も無かったかのように和やかに談笑していた。話が逸れる原因を作った御門も傍観していたユリアルも、女性側にカウントされている。結局、振り回されたのはオイルとトリスタンの2人だけだったのだ。
「‥‥疲れた」
 ついつい、ぼやきがオイルの口をついて出る。
 同意を返して、トリスタンは真剣な表情で羊皮紙に見入っているリデトに視線を向けた。
「やっぱり、私達だけでキャメロットとその周辺を調べるのは大変なのである。だからして」
「僕達は、まずキャメロット中の教会を調べました」
 ユリアルの言葉に、リアナとレジーナが大きく頷く。
「結果から言えば、該当する娘さんも赤ん坊も訪れてはいないようです」
「それは、聞き込みの結果だけか?」
 人の記憶ほど曖昧なものはない。
 ただでさえ、キャメロットは人の出入りが激しいのだ。余程印象が深くなければ、何日も前に訪れた者の事など覚えてはいまい。
「子に洗礼を受けさせたいのは親心。まず、洗礼の記録を調べて参りました」
 問うたオイルに、レジーナがさらりと報告する。先ほどまで感動に打ち震えていた人物とは思えない冷静さである。
「赤子攫いが絡んでいるなら、教会を訪れた時に目をつけられた可能性もあるわけですが、今のところ、そんな話は出ていません」
 レジーナの報告が終わるのを待って、エスリンは控えめに手を挙げた。
 こちらも、取り乱した痕跡がどこにもない、冷静沈着な騎士の顔に戻っている。
「念のために、赤子を狙う人買い組織と街道沿いに出没する盗賊の情報も集めたのですが、盗賊はともかく、人買い組織については怪しげな噂ばかりで本当に存在するのかどうかも分かりませんでした」
 顎に手を当て、考え込んだオイルをちらりと見遣ると、ジークリンデも溜息をついた。
「これで教会という手掛かりが消えました。‥‥本当に、雲を掴むようなお話ですね」
「でも、キャメロットへ向かった事は確かなのですから、彼女の故郷の村から辿って行きましょうか」
 ジークリンデと御門は互いに目を見交わした。
「では、僕は街道沿いの宿で目撃情報を集めます。故郷の村からキャメロット、それから嫁ぎ先の村までは女性の足で何日もかかりますし、赤ん坊を連れているんですから、誰かの記憶に残っているかもしれません」
 言うや否や、ユリアルは自分の荷物を掴んで歩き出す。
「生まれたばかりの赤ん坊を連れているんです。もし、何か事件に巻き込まれているなら、一刻も早く助け出してあげましょう」
 決意の籠もったユリアルの言葉に、力強い頷きを返して、仲間達もそれぞれに動き出す。
 雲を掴むような話だからこそ、地道な情報収集と緻密な分析が必要となるのだ。
「それにしても‥‥」
「リデトさん?」
 周辺の地図を書き込んだ羊皮紙を睨んだまま、ぽつりと呟きを漏らしたリデトに、ジークリンデは足を止めた。
「どうかしましたか? 何か気になる事でも?」
「栗色の髪と緑の瞳の美人‥‥王妃様と同じであるな」
 馬の手綱を取った友の姿を見つめて、リデトはずっと気になっていた事を言葉にした。
 王妃が行方不明となり、王とラーンスの不仲が囁かれるこの時期に、ただの娘を探すトリスタンの真意はどこにあるのだろう。
「私も、それは気になっていました。でも、娘さんが消息を絶った時期と王妃様が行方不明になった時期はずれています。関わりはないと‥‥思うのですが‥‥」
 言葉尻が小さくなっていくのは、ジークリンデ自身、関わりがないと言い切れないからだ。
 心のどこかで、何かが引っ掛かっている。
 ジークリンデも、振り返ってトリスタンの姿をそっと盗み見た。

●消えた娘の行方
「アンデッドの気配は、今の所ありません」
 かたりとも動かない惑いのしゃれこうべを荷物の中に仕舞い込むと、リアナは仲間達にだけ聞こえるように囁いた。
 街道沿いの宿場町は、行き交う人で賑わっている。
 明るい声を張り上げる露店の店主や旅人達、一見、いつもと変わらない光景のように見える。だが、人々は急ぎ足だし、街角で世間話をするご婦人方の話題は、王とラーンスの不仲、ラーンスの元に集った騎士達の噂だ。
「また戦になるのかねぇ」
「オックスフォード候のように、ラーンス様も」
 ひそひそと囁き交わされる言葉の端々から、彼らの不安が伝わって来る。
「すみません」
 何とか不安を取り除きたいと思う心を封じて、ユリアルは小さな木筒に入れた水を売っている露店の主人に声を掛けた。今は、依頼の遂行が先だ。
「ちょっとお聞きしたい事があるのですが」
 娘の特徴を述べて、幾度繰り返したか分からない問いを主人に投げかける。
 大抵の人は「知らない」「覚えていない」と邪険にあしらわうのだが、その主人は違っていた。
「ああ‥‥覚えてるぜ。えらい別嬪だった」
 その答えに、ユリアルとリアナは息を呑む。
「いつだったかな。夕暮れも近いってのに、1人でふらふら歩いてたから、声を掛けたんだ」
「1人? 赤ん坊は連れていませんでしたか?」
 勢い込んで尋ねたユリアルに、主人は首を振った。
「1人だった。上等なドレスを着ていたから、どこかの世間知らずなお姫様かと思ってな。1人は危険だから近くの街で宿を取りなって言ったんだが‥‥」
 主人は眉を顰め、声を潜める。
「何って言うのか‥‥まるっきり反応しないんだ。肩を叩いてみても、目は虚ろだし、俺の声も聞こえてないみたいだしで気味悪くなって、そのままにしちまったんだ。‥‥後でやっぱり心配になって探したんだが、どこもいなくてな。あの娘、無事だといいんだが」
 上等なドレス?
 リアナは首を傾げた。
 居なくなった娘は、普通の娘だ。着ている物も、そこいらの娘と変わりないはずだ。
「! ユリアルさん、もしかして‥‥!」
「その娘さんは、どっちの方角に向かっていたか分かりますか!?」
 血相を変えたユリアルに面食らいながらも、主人は手を挙げる。その指先は、今にも雪が降り出しそうな灰色の雲が重く垂れ込めた北の方角を指し示していた。
 一方、別の村では、何もない空間に映し出された幻影に、人々はどよめいていた。
 天使や妖精が舞う美しい、幻想的な光景は、ジークリンデがスクロールで作り出したものだ。
「最後に、この方をご覧下さい。私達は、この方を探しています。何か知っている方がおられるなら、どうか私達に教えて下さい」
 家族の記憶を元に作り出した娘の幻影を見、顔を見合わせる人々の様子を観察していた御門は小さく頭を振った。
 どうやら、この村でも情報を得る事は出来なかったようだ。だが、次の瞬間、人々の中から「あ」と声が上がる。
「この娘‥‥あの時の子じゃないかい?」
 恰幅のいいおかみが隣の男に頻りに話しかけている。男は早口で捲し立てるおかみの言葉に首を捻っていたが、すぐにぽんと手を打つ。
「ああ、あん時の! 言われてみれば、そうかもしれん」
「この方をご存じなのですか?」
 すぐさま、御門は2人へと駆け寄った。ジークリンデも急いでスクロールを持ち変える。美しい幻影はたちどころに消え、人々の間から落胆の声が漏れた。
「知ってると言うか‥‥ちょっと前、赤ん坊を捜して血相を変えたんだよ。あの時は、泣き腫らして目は真っ赤だし、埃まみれの凄い格好だったけどね」
 リシーブメモリーで読み取った娘は、家族が記憶に残るたおやかな姿ではなく、涙と埃とで顔は汚れ、髪も乱れた惨憺たる有り様だった。痛ましさに心が痛くなり、ジークリンデは思わず胸元を押さえた。

●そして
「赤ん坊を捜して半狂乱になった娘の話は、この辺りからキャメロットに向かう途中で途絶えていました」
 リデトの地図を指さして、御門が告げた。
「それは、つまりこの近辺まで、彼女と赤ん坊は普通に旅をしていたという事だと思います」
 彼の言葉を継いで、エスリンも調べた結果を報告する。
「赤ん坊が居なくなったと思われる地点から街道を南下していくと‥‥その‥‥」
「ポーツマスに辿り着きますね」
 言い淀んだエスリンの視線を受け、レジーナはそう呟くと、きゅっと唇を噛んだ。オイルと御門の表情も冴えない。
「ですが、もう1つ、目撃情報があるのです」
 厳しい顔で、リアナは地図の1点に指を置いた。
 そこは、仲間達が集めた娘の情報とは反対の、キャメロットから北に位置する。
「ここで、栗色の髪と緑色の虚ろな瞳で、供も連れずにふらふらと歩いていた女性が目撃されています。その女性は、上等なドレスを身に纏っていたそうですが‥‥目撃された日にちから考えると、依頼の娘さんが着替えた姿‥‥というわけでも無さそうです」
 似通った特徴をもつ2人の娘の目撃情報。
 思い当たる事は1つだった。
 重い沈黙が満ちる。
 どれほどの時間が経ったのか、顔を上げたリデトは仲間の輪からトリスタンの姿が消えている事に気付き、彼を捜して羽根を広げた。
「トリ‥‥」
 少し離れた場所に、彼はいた。
 膝の上に少女を乗せ、優しい手つきでその髪を梳いている姿に、リデトはかつてない程に動揺した。
「トトトトリス!? その子はいったい誰なのである!?」
「アタシ? アタシはシャーリィよー」
 大きな目が印象的な、活発そうな少女だ。
 トリスタンがリボンを結び終えると、シャーリィはリデトに向かって茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせた。
「じゃあ、また機会があれば会いましょうね、リデト♪」
 飛び去って行くシフールの少女を、リデトは呆然と見送ったのだった。