叔父と甥のアブナイ道中記

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 34 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月02日〜03月11日

リプレイ公開日:2007年03月12日

●オープニング

●子守り
 何故、私が‥‥。
 もう何度繰り返したか分からない言葉を心の中で呟いて、彼は遠い雲の向こう、お空の彼方を見つめた。
「え〜? 嘘、嘘。君は十分可愛いし」
「そんな‥‥私なんて、街の人から見れば田舎くさい女で‥‥」
「街の女性には街の、君には君の魅力があるんだよ」
「‥‥司教様‥‥」
 ぶち。
 ‥‥彼は、並よりも丈夫で頑丈だと自負している理性の糸が切れる音を聞いた。
「いい加減にして下さいっ!!」
 隣でいちゃいちゃとじゃれ合っていた2人が、目を丸くして不思議そうに怒鳴った彼を見上げた。まるで、自分の方が悪いような気がしてくる。だが、流されてはいけない。
 ガタガタと揺れる荷馬車の上、周囲を気にする事なく女性を口説き始めたのは、一応は聖職者だ。自分が注意を促すのは間違いではない。
「あなたはご自分の立場をお分かりですか。そもそも‥‥」
 何が悲しゅうて、ここまで来てこんなお説教をせねばならぬのか。これでは、いつもとまるで変わらない。
 そこまで考えて、彼は黄昏れた。
 怒鳴りつけた相手は、仮にも叔父。世間一般、大抵は叔父が甥を嗜めるものではないのだろうか。
「そもそも、あなたはポーツマスの教会復建の為に、ご領主に招かれたのですから、心を引き締め、聖なる母の‥‥」
 ここまで何度も繰り返した言葉その2。
 何故、この男なのか。それでいいのかポーツマス。
 バンパイアの禍に見舞われた街、ポーツマスは、今、復興に向けて動き出しているという。その中心にいるのは、冒険者ギルドから支援として駆けつけた冒険者達だとも聞く。
 この男が、司教として赴任する事を知った彼らが、どんな顔をするのか容易に想像がつく。
 肩を落とし、深く溜息をついた彼に、我関せずと荷馬車の縁に肘をついて景色を眺めていた少年が声をかけた。
「だから、このおっさんのやる事にいちいち目くじらを立ててちゃ、疲れるだけだってば」
「カムラッチくん‥‥達観してますね」
 少年は、冷めた目で男を一瞥すると、彼に向かって肩を竦めてみせた。
「このおっさんに付き合ってると、嫌でもそうなると思う」
 悪いオトナが少年に与えた悪影響を考えると、眩暈がしそうだ。
 彼がこめかみを押さえたその時、荷馬車が大きく揺れた。
「騒ぐなよ、大人しくしてりゃ、悪いようにはしねぇ」
 しゃがれた恫喝に、彼は咄嗟に剣へと手を伸ばす。その手を押さえたのは、今の今まで若い娘の肩を抱いていた男だった。
「なんだあ? 貧乏くさい娘と坊さん、ひょろっちい兄ちゃんとガキだけか。馬車もボロいし、外れだな」
「今回はあるだけ貰って、始末するか?」
 武器を手に馬車を囲んだ男達は、この周辺を縄張りにしている盗賊のようだ。柄を握る手に力が篭もる。彼の手を押さえる男の手にも。
「そうだな。こいつらの家族じゃあ、出すもんもたかが知れてらぁ!」
 どっと笑った盗賊達に、男は笑みを浮かべて立ち上がった。
「いやいや、どうやら君達は見る目がないようだね。そんな事じゃ、この世の中、美味しい汁は吸えないよ」
 男の言葉に、盗賊達はいきり立つ。怯える娘をさりげなく彼の方へと押して、男は盗賊達を見回した。
「人数的にも多くないし、武器も安っぽい。名の売れた盗賊達でもなさそうだ」
「なんだとっ!」
 男は笑って手を振った。
「まあ聞きなさい。君達の世界は完全な実力主義、力の無い者は力のある者のおこぼれに預かるしかない。そうだろう?」
 一瞬、言葉に詰まってしまった盗賊達に、男は続ける。
「そんな君達に儲け話だ。いいかね? 私は、ポーツマスのご領主に請われ、かの地の教会に赴任する司教だ。そして、こちらの青年は、サウザンプトンの領主の右腕、彼無しではサウザンプトンは機能しなくなると言われている」
 突然、自分に振られて、彼はぎょっとなった。
 この話の流れからして、このまま行くと‥‥。
「つまり、我々の為にならば、サウザンプトンの領主はいくらでも金を出すという事だな」
 やはり。
 彼は、額を押さえた。
「ほ‥‥本当か?」
「本当だとも。疑うなら、サウザンプトンの領主に問い合わせてみたまえ。ポーツマスへ赴任する司教、アンドリュー・グレモンと、その甥、ヒューイット・ローディンを知っているかと」
 娘を守れる位置に移動していた少年が大きく息をつく。
「サウザンプトン領主の使者が金を持って来るまで、我々を丁重に扱った方が得策だぞ。食事も酒も寝床も特上でな。身代金はその何倍もふんだくれるから、安心していいぞ」
 あああ‥‥。
 頭を抱えた彼に、少年は気の毒そうな視線を向けたのだった。

●届いた脅迫状
「‥‥ヒューとそのオマケを預かったという脅迫状が届いた」
 どこか疲れたようなサウザンプトンの領主は、机の上に羊皮紙を放り投げる。
 広げてみると、そこには異国の古代文字かと思うような達筆で、領主が述べた通りの内容が記されていた。
「心当たりは?」
「とりあえず、生臭坊主がポーツマスに赴任する事になったのは事実だ。そして、任地へ向かう自分に唯一の家族が付き添うのは当然だ、付き添わせないのは俺の横暴だ、家族の絆を引き裂く冷血漢だと罵られて、ヒューに休暇をやったのも‥‥事実だな」
 憮然とした表情の領主に、尋ねた冒険者も引き攣った笑いを返すしかない。
 でも、と遠慮がちに会話に入って来たのは、回って来た羊皮紙を読んでいた女冒険者だ。
「あまり名前を聞かない盗賊のようですし、あの方々が捕らわれてしまう程、力のある者達とも思えませんが」
 他の冒険者達も相槌を打つ。
 かつては神聖騎士だったグレモン司教はもちろんの事、ヒューもそれなりに剣が使える。大人しく捕らえられるとは考えられない。ましてやヒューがサウザンプトンの名を出すとは思えない。
「多分‥‥」
 領主は憂いを帯びた眼差しを投げて、髪を掻き上げた。
「多分、綺麗なお姉ちゃんでもいるんだ」
「「「はい?」」」
 深刻そうな様子と話の内容の差に、冒険者達が絶句している間にも、彼は早口で捲くし立てる。
「それで、「サウザンプトン領主代理」の肩書きを持った冒険者が盗賊達を叩き潰しているところに、あの破戒坊主が「もういいでしょう」とか「その辺にしておきなさい」とか言いながらしゃしゃり出て、一番おいしい所を掻っ攫って行くに違いないッ!」
「お、落ち着け、アレク」
 今にも地団駄を踏みそうな領主を、どうどうと宥めて、冒険者は仲間達を見回した。
「脅迫状で指定された村に、彼らが捕らわれている可能性は高い。指定された日時まではまだ時間があるし、村の状況を調べて対策を練ろうか‥‥」
 何やら妙に気が重いが、仕方ない。
 依頼を成功させる為、彼らはこの後の段取りについて、ぼそぼそと話し合ったのだった。

●今回の参加者

 ea0665 アルテリア・リシア(29歳・♀・陰陽師・エルフ・イスパニア王国)
 ea4816 遊士 燠巫(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb0311 マクシミリアン・リーマス(21歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3389 シータ・ラーダシュトラ(28歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb7226 セティア・ルナリード(26歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb7358 ブリード・クロス(30歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●春遠からじ
 よっこいしょと立ち上がって、遊士燠巫(ea4816)は大きく伸びをした。
 そのまま空を見上げる。
 まばらな雲の合間から覗く空は薄青色だ。
「ああ、春の色だ」
 いつの間にか、季節は冬から春へと移ろうとしている。
 笑んで、彼は屋根の上に座り直した。
 下で屯する連中に気付かれても、知ったことじゃねぇ。
 そんな気分だった。

●予感
 並べられたタロットカードを1枚めくって、アルテリア・リシア(ea0665)は硬直した。
「どうかしたか?」
 その手先を見つめていたセティア・ルナリード(eb7226)が怪訝そうに尋ねる。下調べの結果をまとめていた矢先の出来事だ。これから具体的に動き始めるというのに、占いを始めたアルテリアの表情が曇ったとなれば幸先が悪いではないか。
 セティアは僅かに眉を寄せてアルテリアの顔を覗き込んだ。
「悪い結果が出たのか?」
 青ざめた顔に無理矢理引き攣り笑いを浮かべると、アルテリアはぎこちなく首を巡らせる。
「えぇと‥‥、今の人質の状況を占ってみたんだけど」
 息を詰め、次の言葉を待つセティアに、アルテリアは1枚のカードを見せた。タロットは全てのカードに2つの意味を持っている。正位置と逆位置、開いたカードの向きや前後のカードから占者が読み取るわけだが‥‥。
「このカードの逆位置が示す人質の状況は‥‥『贅沢三昧』」
「あ?」
 セディアが聞き返すと同時に、がちゃんと耳障りな音が響いた。
 驚いて振り返ったセディアの目に、聖者の剣を取り落としたクァイ・エーフォメンス(eb7692)の姿が映る。
「お願い、誰か嘘だと言って〜っっ!!」
「‥‥その司教さん、別に助けなくても良いような気がしてきた‥‥」
 わっとその場に泣き伏したクァイの隣で、マクシミリアン・リーマス(eb0311)が遥か遠くへと視線を飛ばす。面識がある者の話とアルテリアの占い結果から考えて、司教の噂は本当なのだろう。
「女好きの酒飲みの遊び好き司教さん‥‥」
「だ‥‥だが、それは世を忍ぶ仮の姿、姉の敵であるバンパイアの行方を探し続けていたという噂も‥‥。険しい山の頂で修行して、賢者の魂を宿し空に架かった虹を渡って‥‥」
 まるで己に言い聞かせているかのようにメアリー・ペドリング(eb3630)が美化されて出回っている噂を挙げる。しかし、それは並べれば並べる程怪しい物と化し‥‥。
 だんだんと眉間に皺が寄っていくメアリーの様子に、セディアは乾いた笑い声を響かせた。
「は‥‥はは‥‥、大丈夫なのか? これで」
「うーん。どっちも間違ってはいないんだけど‥‥」
 ぽりと頭を掻いて苦笑するのはシータ・ラーダシュトラ(eb3389)だ。
「いやぁっ! これ以上、ポーツマスの状況を悪化させないでぇぇぇっ!」
「落ち着いて下さい、クァイさん。何でしたら、司教さんだけ捨てて来るという手も」
 どんどんと考えが暴走していく仲間達へ穏やかな眼差しを向けると、ブリード・クロス(eb7358)は馬に荷を積んでいた手を止めた。
「そういえば、人質になっているのは司教様だけではないのですよね。その方達の事もご存じなのですか?」
 尋ねられて、シータは1本、2本と指を折る。
「ヒューさんと、カムくんはね。後の人は偶然居合わせた人達みたいだけど」
 シータの笑みもぎこちない。
 アルテリアの占いが当たっているような予感と同時に、司教以外の者達の状況が目に浮かぶようだ。
「‥‥血管、切れてないといいけど」
 こめかみを押さえるシータと、理性(任務)と感情(本音)の間で揺れ動く仲間達の様子に、ブリードはやれやれと息を吐いた。
「た‥‥たとえ、司教にふさわしくない方であっても」
 彼の肩に降り立ち、メアリーが決意に満ちた表情で小さな手を握り締める。
「依頼には関わりない」
「‥‥‥‥」
 声が震えているよ、とは言わない。
 ブリードはただ黙ってメアリーの自分に言い聞かせているが如き宣言を聞く。
「しっかり救出する事を第一に、全力を尽くすといたそう」
 ぐっと握り締めた手と、力強い頷きと。
 何に対しても真剣に取り組む事が信条のメアリー・ペドリング19歳、試練の早春であった。

●交渉
 葛藤の果てに、彼らは指定された村へと赴いた。
 指定された通りの日時に、真正面からである。
 当然の事だが、盗賊達がうすら笑いを浮かべて待ち構えていた。厳つい顔の男達が威嚇するように睨み付け、ぐるりと周囲を取り囲む。普通一般の者であれば、それだけで竦み上がって身代金を差し出しそうだ。
 だが、そこは数々の経験を積んだ冒険者。
 布袋を盗賊達にちらりと見せてほくそ笑む。
「このお金‥‥、サウザンプトンのご領主から預かって来たんだけど」
 シータが持つ重たそうな布袋に、盗賊達は色めき立った。
「これは、ヒューさん達の分で、オマケの中年の分は入っていないんだよね」
「なにぃぃぃっ!!!??? あの男が一番飲んで、食べて贅沢しやがったんだぞっ!!!」
 盗賊の叫びに、クァイの頬がぴくりと引き攣る。
「そんな事は知らないよ。ボク達はただのお使いだもん。文句があるなら領主様に言ってよ」
 轟々とあげる非難の叫び。
 聞こえないとばかりにそっぽを向いたシータは、ぷるぷると震えるクァイの様子に気付いて首を傾げた。
「えーと? クァイさん? どうかしたの? 気分でも悪い?」
 クァイの様子がおかしい事に、盗賊達も気付いたようだ。シータの宣告に動揺した分を取り戻すかのように、ドスをきかせた声で恫喝してくる。
「おらおら、お嬢ちゃん達。怖いなら最初から素直に怖いと言やぁいいんだ! そうすりゃ」
「お願い!! 貴方達だけが最後の頼みなのよっ!!」
「そう、頼み‥‥は?」
 瞳を潤ませて、クァイは手近にいた盗賊に駆け寄ると、その手をしっかと握り締めた。
「あの人だけは解放しないで。あの人が赴任する街の人々の未来が掛かっているのよ!」
 突然の事に、盗賊もシータも呆気に取られてその場に立ち尽くした。
「ポーツマスの人々も、きっと納得してくれるわ!」
「あー、えーと‥‥」
 若い娘に手を握られ、潤む瞳で懇願されて心動かない男がいようか。いやない。浅黒い頬を赤らめて、ドキマギと応える盗賊の様子を、口を半開きにして呆然と眺めていたシータははっと我に返った。
「えっと、つまりね」
「そうか‥‥お前達も苦労してるんだな」
 盗賊の頭らしき男が、同情を込めてシータの肩を叩く。
 どうやら、彼らも苦労したらしい。
「聞いてくれよ。俺達ァ、日々の生活も奪ったモンで食い繋いでるってーのによ、あの男は特上の酒だ、料理だと無理難題ふっかけやがって‥‥」
「そ、それは‥‥お気の毒に」
 鼻を啜り上げる盗賊達が口々に苦労話を訴えかける。戸惑いを隠せないまま、シータは曖昧に相槌を打つ事しか出来なかった。

●救出
 屋根の上にいたメアリーからの合図に、彼らは無言で頷き合って行動を開始した。
 予め、人質が捕らえられた場所、建物の配置は確認している。
 迷いもなく、彼らは小屋と小屋の間を駆け抜け、粗末な造りの建物の中に侵入した。
「思っていたよりも床が薄い。気をつけて下さいね」
 忍び歩きで先に進むブリードが注意を促すと同時に、ぎしりと古い床が鳴る。
「っ! 失礼しちゃうわ!」
 仲間達の視線を浴び、アルテリアが顔を赤くして憤慨した。乙女にとっては由々しき濡れ衣だ。
「まあまあ。床が古いんだって事、皆分かってるから。ね?」
 マクシミリアンの慰めに、アルテリアは頬を膨らませる。建物が古いにしても、これではあんまりだ。
「忍び歩きをする時には、体重の乗せ方にコツがあるんだよ。だから、気にしない」
「でも、このままじゃ逃げる時にも大変よ」
 人質の中には、忍び歩く機会などなさげな一般人もいる。彼らが音を立てずに逃げられるとは思えない。
「一応、フライングブルームを持って来てはいるけど、彼らを連れて窓から離脱するにも無理があるし」
「それならば任せるがよい」
 彼らに追いついたメアリーが、印を結び呪を唱えた。
「え? え? メアリーさん?」
 伸ばしたマクシミリアンの手がメアリーに届くより先に詠唱が終わった。そして、吹き込んでくる冷たい風。
「‥‥‥えっと」
 ぽかりと穴の開いた壁から、外が見えた。
「メ、アリーさん」
 ブリードの呼びかけに、メアリーは大きく息を吐く。
「心配ない。盗賊どもは皆、外に出ている。忍び歩く必要もない」
「だからと言って、大胆な」
 呆れた様子の仲間達に、メアリーは重ねて首を振る事で応えた。外の惨状をつぶさに見ていたからこそ出来る事だが、馬鹿らしくて説明する気にもならなかった。
「ともかく、フライングブルームを使うのであれば、ここから出ればよかろう」
「そうですね。捕らえられている人達は、向こうの部屋にいます。早く助け出してあげましょう」
 ミミクリーで鳥になって人質の居場所を確認していたマクシミリアンが先頭に立ち、仲間達を案内する。その足が、ふと止まった。
 身構えたマクシミリアンが、部屋の前に佇む人影を認めて緊張を解く。
「燠巫さん」
 燠巫は、軽く顎をしゃくって部屋の扉を示した。
「ここだ。皆、無事だと思うが」
 部屋の外から様子を窺うにも限界がある。漏れ聞こえる会話から、人質達が無事である事は分かったが、自分の目で確かめるまでは安心か出来ない。辛抱強く、彼は仲間達の到着を待っていたのだ。
「よし、では私が。中の者達は扉から離れよ」
 再度、メアリーが呪を唱える。
 鍵のかかった扉に穴をあけると、そこから真っ先に顔を覗かせたのは悪い噂の絶えないポーツマスの司教候補であった。
「乱暴だな。ここにはご婦人がいるのだから、もう少し気を遣ってだなぁ」
 ぶつくさと文句を言う男をぽいと投げ捨てて、燠巫は室内に駆け込んだ。
「ヒューイット!」
 娘とカムラッチを庇っていたらしいヒューに、燠巫は背後から腕を回す。
「大丈夫だったか? ヒューイット‥‥」 
「燠‥‥巫さん?」
 回された腕に込められる力に、ヒューは戸惑って背後を振り返る。大丈夫と信じていた。贅沢三昧していたアンドリューと、それに振り回される盗賊達からも心配ないと分かっていたが、それでもどこかに不安があった。
「無事で‥‥よかった」
「心配してくださったのですね。ありがとうございます」
 答えるヒューの声にも安堵が混じり、体からも緊張が抜けていく。それを感じ取って、燠巫は伏せたまま微笑んだ。
「って、いつまで抱きついとるかっ!」
 投げ捨てられたお返しと、アンドリューはヒューから燠巫を引き剥がす。本人にとって不本意ではあるが、結果的にアンドリューに味方する事になったのはメアリーだった。
「ここでもたもたしている時間はない。先ほどの穴が塞がってしまうのでな」
「そっ、そうね!」
 メアリーの言葉に、アルテリアがフライングブルームを手に、廊下を駆け戻った。フライングブルームを使い、宙に浮いた状態で、アルテリアは手を差し出した。
「掴まって! 乗せて飛ぶには無理があるけど、下まで降りる事なら出来るから」
 ここは女性優先だ。
 娘が恐る恐るアルテリアの手を取った。
 その後に続こうとしたアンドリューの首根っこを、マクシミリアンが掴む。
「‥‥貴方は、後ですね。ヒューイットさん、貴方は他の方々の護衛をお願いします」
 有無を言わせぬ声音に、何かしら感じたのだろう。アンドリューは何か言いたそうに口をもごもごとさせたが、大人しく彼に従う。
「では、そろそろ総仕上げと行きましょうか」
 人質となっていた者達が無事に地上へ降りたのを見届けて、ブリードはマグナソードを抜きはなった。
 彼の言う通り、後は盗賊達を片付けるだけだ。
「おい。何か忘れていないか」
 何故だか冒険者達の中に混じったアンドリューの抗議を無視して、彼らは一気に階段を駆け下りて行った。

●一網打尽
「‥‥まァ、いいんだけど」
 気が抜ける。
 目の前で繰り広げられている光景に、セディアはがくりと項垂れた。
 背後から盗賊達に近づき、一気に動きを止めるつもりだったが、予想外の展開になってしまったようだ。
「うーん。どうしようかなァ」
 困ったものだ。
 顎に手を当て、セディアは考え込んだ。
 盗賊達の愚痴は、アンドリューに対するものから日常生活にまで及んでいる。女性を口説こうとして玉砕した話、嫁さんに頭が上がらず、家に帰りたくないのだと泣きついている者もいる。
 魔法を使うよりも、荷物の中にある錦のハリセンの方がこの場にはふさわしい気がするのは何故だろう。
「依頼は依頼だしなぁ」
 仕方がないと、セディアは印を組むべく指を動かした。
 その時。
「やい、てめぇらの大事な人質に傷つけられたくなかったら黙って食糧持って来い!」
 一瞬にして、周囲が静まり返った。
 呪を唱えかけたセディアも目を見開き、硬直するぐらいの衝撃だった。
 凍り付いた場に、脅迫めいた叫びを響かせた本人も驚いて目を瞬かせた。
「あ‥‥あれ?」
「マ、クシミリアンさん? キャラが変わってませんか?」
 愛想笑いを貼り付けたブリードが、そっと尋ねた。
 彼がちょいちょいと指差すのは、マクシミリアンが拘束するアンドリューだ。さすがの司教もまたも人質にされるとは思っていなかったらしい。あんぐりと口を開けて近くにあるマシミリアンを凝視していた。
「あ‥‥あれあれ?」
 一連の騒動にすっかり毒気を抜かれ、呆然としていた盗賊達だったが、無情にも彼らにトドメを刺す一撃が空から降り注いだ。
「罪のない人々を捕らえ、金品を要求する悪徳集団っ! 太陽に代わってお仕置きよ!」
 それは、人質の安全を確保していたが為に、状況を把握し損なったアルテリアが放ったお仕置きのサンレーザーであった‥‥。

●そして
 状況はどうであろうと、事件は解決を見た。
 マクシミリアンの提案で、身代金はポーツマスへの援助金として簀巻きにされたアンドリューと共に運ばれる事となり、クァイは複雑そうな顔でそれを見送った。
 サンレーザーで焼かれた盗賊達は、縄で繋がれて事件解決の報告と共にサウザンプトン送りとなった。恐らく、彼の地で彼らは領主の憂さ晴らし‥‥もとい、罪を清算し、更正する為に何らかの罰が科せられるであろう。
 哀れな盗賊達に聖なる母のお恵みを。