異変

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:12 G 26 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月26日〜03月06日

リプレイ公開日:2008年03月05日

●オープニング

●来訪者
「おお‥‥」
 思わず声が漏れた。
 幾年探し求めた存在を前にして、歓喜が体を駆け巡る。
 同時に、激しい憤りが沸き上がり、怒りのままに、彼女を閉じ込める檻を壊してしまいたい衝動に駆られた。だが、今はまだその時期ではない。ぐっと堪え、音も立てずに石造りの露台へと降り立つと、ゆっくりと扉に手をかける。
 部屋の中で本を読んでいた娘が物音に気付き、顔をあげた。
 己を映したその瞳に、魂が震える。
「どなたですか?」
 自分に向けて発せられた鈴のような声に、自然と頭が下がった。
「おいたわしや、我が君‥‥。しかし、今しばらくご辛抱下さいませ。必ずや、遠くない日に全てを整えてお迎えに上がりますゆえ」
 膝をつき、その手を取ると恭しく唇をあてた。
「あの、」
 開け放たれた扉から吹き込んできた風に乱された髪を押さえた娘に、誓いの言葉を紡ぐ。
「必ずや、お迎えにあがります。それまでは、せめて不自由のないように私が」
 目を見開いた娘が問いかけを発するより先に、身を翻す。
 これ以上、声を聞き、姿を見ては立ち去りがたくなる。
 全てを整えるまでの我慢だ。
 そう。いつか、お側近くにお仕えする時までの‥‥。
 

●異変
 キャメロットの冒険者ギルドへとやって来た男に、中にいた冒険者の幾人かが「あ」と小さく口を開いた。
 アレクシス・ガーディナー。
 かつて、このギルドに出入りしていた遊び人。通人っぽく遊びに興じてはいたものの、何をやってもサマにならず、得意は銀髪の従者の怒りを買う事だけだったという男だ。
「それが今じゃサウザンプトンの領主さまだ‥‥」
 サウザンプトンの領民達に同情を禁じ得ないねと、冒険者の一人が目頭を押さえれば、別の冒険者が反論する。
「あら、サウザンプトンはここしばらく安定しているのよ。領主の評判もいいし。きっと、補佐が優秀なのね。あ、でも、領主が女の子に声をかけまくってるって噂もあるわね」
 でも、ことごとくフラれているみたいだけど。
 そう言って、けらけらと笑う女冒険者の言葉をわざとらしい咳払いが遮った。
「ギルドに、冒険者に頼みたい仕事があるのだが」
 自分をこき下ろす言葉が聞こえていなかったかのように、彼は穏やかに語り出す。
 しかし、冒険者は見た。
 彼のこめかみに浮き上がる青筋を。
「ま、人間、ちょっとやそっとじゃ変わらないって事だよな」
 んだ、んだ。
 頷き合う冒険者達に、評判が良いとされるサウザンプトン領主の堪忍袋の緒が切れた。
「お前らッッ!! いい加減にしやがれッッ!!」
 追う領主をからかいながら逃げる冒険者。
「ちょっとー!! 何やってるのよーーーーー!!」
 受付嬢の悲鳴と、怒声が響く。
 ギルドの中は数年前のイースターを彷彿とさせるような大騒ぎとなったのだった。
「‥‥で、依頼だが」
 領主の威厳はどこへやら。髪は縺れ、服は乱れて、頬にはくっきりと手の形。その跡をつけた張本人はと言えば、ぷんぷんと頬を膨らませながらおかんむりだ。
「全くもう! ギルドの中で暴れないでよねっ! 誰が後片付けをすると思ってるのよ」
 羊皮紙にペン先を叩きつけて、受付嬢はアレクの言葉を書き付けていく。
「ワイト島の者達と連絡が取れなくなった。何度か使いを送ったんだが、一人も帰って来なくてな」
 ワイト島。
 サウザンプトンの前領主が娘と共に暮らす島だ。
 周囲の海にモンスターが多く集っているが故に、ポーツマスの人々から「悪魔の島」と恐れられていた事もある。そして、これはあまり知られてはいないが、前領主の娘であり、アレクの従妹と呼ばれるルクレツィアは、太陽の下では過ごせない者。
「島に何が起きているか見当もつかない。だが、異変が起きているのだとしたら、一刻も早く伯父上やツィア、島の人々を救い出さねばならない。‥‥俺に協力して欲しい」
 真剣な表情で言い募るアレク。
 だがしかし、平手の跡をつけたままではどうにも緊張感に欠ける。
「島の周囲のモンスター達が増えてるとか、そういう話はないのか?」
「報告は上がっていない。沿岸の連中は、普通に海に出ているようだ。ポーツマス方面も、何も」
 となると、やはり異変は島で起きていると考えるべきだろう。それが何を意味しているのか。
 冒険者達の表情も真剣味を帯びた。
「島に渡ってみないと、何も言えないが‥‥」
 最悪の事態を想定しておくべきか否か。
 無意識のうちに眉間に皺が寄る。
「ともかく、出来る限りの準備をしておいた方がよさそうだ」
 心の準備も含めて。
 手続きを続けるアレクの姿を痛ましそうに見遣ると、冒険者達は互いに頷き合った。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb0660 鷹杜 紗綾(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb9943 ロッド・エルメロイ(23歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●船上
 きぃ、と船が軋んで音を立てた。夜明けの海は凪いで、穏やかな表情を見せている。
 船べりに腰掛けるようにして海を見ているアレクシスに歩み寄ると、オイル・ツァーン(ea0018)は静かに口を開いた。
「モンスターが少ないルートとは言え、油断は出来ない。一人でこんな所にいるのはどうかと思うが」
「お前らが来たから、一人じゃないぞ」
 オイルの後からやってきたキット・ファゼータ(ea2307)が、呆れたと言わんばかりに息を吐き、頭を振る。
「そういうのを何と言うか知ってるか?」
「まあまあ、キットさん。彼のあれは今に始まった事ではありませんし」
 取り成すユリアル・カートライト(ea1249)の言葉に、キットの表情が微妙に強張った。
「あれ? どうかしましたか? 何やらおかしな顔をされていますが」
 怪訝そうに覗き込んでくるユリアルに、キットは口元を引き攣らせながら何でもないと首を振る。
「それはあれなのである。アレクみたいなお子ちゃまが領主で、本当に大丈夫なのかサウザンプトンは! とか思っていたのである」
 まさにその通りの内容をズバリと言い当てられて、キットはひゅっと息を呑んだ。声の主は、屈託なく笑うリデト・ユリースト(ea5913)だ。笑顔のまま、リデトはキットの肩に降りた。
「驚く事はないのである。皆、一度は通る道なのである」
「‥‥おい」
「で、もうすぐ島に着くわけだが」
 さんざんな言われように、思わず拳を握ったアレクをまるっと無視して、キットは仲間達の顔を見回す。この船に乗る前から行動を共にして来た者達だ。今更、前置きはいらない。
「沿岸の町の連中に確認したが、サウザンプトンからの使いは何の問題もなく出港しているって話だぜ」
 ただ、使者を乗せた船は戻って来なかったけどな。
 肩を竦めたキットの言葉に、ロッド・エルメロイ(eb9943)が頷く。ロッドも、使者達に異変が起きた時期を確定すべく、沿岸の町で聞き込みを行っていたのだ。
「彼らは、到着後、すぐに出港していますし、揉め事に巻き込まれたとは考え難いですね。また、ワイト島の周囲で漁を行っている漁師の話では、島自体も何も変わった所はないとの事です」
「使いの船は確かに島の港へ向かっていたという漁師の証言もあるしな」
 ロッドの言葉を補足したキットの瞳は、船が目指していた港へと注がれている。
「海上で事故が起きた‥‥という可能性は考えられますが、そうなった場合、付近で操業している漁師達が気づかないはずがありません」
「話を総合すると、使者が消息を絶ったのは、やはり島に着いてからと考えるのが妥当だな。二度目以降の者はそれなりに警戒もしていたろうし、それを考えると」
 ロッドとキットの話を黙って聞いていたオイルが独り言のように呟く。それは、ユリアルの中にある不安を掻き立てるに十分であった。
「悪夢が」
 口元を覆った手から、潜められた声が漏れる。
「蘇りそうで‥‥。胸騒ぎがします‥‥」
 悪夢。
 その言葉の響きに、前方を見据えていたキットが眉を寄せて振り返った。ワイト島とアレクの従妹について一通りの説明は受けた時に感じた、ざわざわする違和感を感じる。自分達が知らない何かが、まだあるような気がする。
 島に到着する前に問い質しておくべきだろうか。
 息を吸い込み、口を開きかけたその時、アレクの静かな声が響いた。
「ところで、皆、どうしてここに集まって来たんだ?」
 ぎくり。
 瞬時に動きを止めた仲間達に、アレクは息を吐き出した。
「やっぱり、アレか‥‥」
 互いに目を逸らし合った彼らの様子を見れば一目瞭然。やれやれと頭を掻きながら、アレクは足取りも重く船室へと向かった。

●戦場
 ど、どうしよう?
 顔に笑みを貼りつかせて、鷹杜紗綾(eb0660)は途方に暮れていた。
 船室にいた仲間達の姿はいつの間にか消えている。紗綾は、ただ一人取り残されてしまったらしい。
「補佐が優秀っ! ええ、そうですとも、補佐が優秀なのですっ! 紗綾、貴女もそう思うでしょうっ」
「本っ当に、アレクってばいつまで経っても子供なんだから。紗綾もそう思うわよねっ」
 同時に尋ねられて、紗綾は思わず後退った。
「え‥‥えぇと‥‥」
 じりじりと詰め寄って来るレジーナ・フォースター(ea2708)とネフティス・ネト・アメン(ea2834)。
 どうすれば良いのだろう。逃げ場はどこにもない。もう駄目だと覚悟を決めた。が。
「おいこら、いい加減にしろよ」
 そこへ救いの手が、差し伸べられた。
「馬鹿な事言ってる暇があるなら、少しは」
「む。聞き捨てなりませんね、アレク。そもそもアナタが私からヒューを取り上げるから、こうなるのです」
 びしりと突き付けられた指先に、アレクのこめかみに青筋が浮かぶ。
「文句なら生臭司教に言えっつーの! なぁ?」
 救いにはならなかったかもしれない。
 事情も何も分からないのに同意を求めるアレクに、紗綾は引き攣った愛想笑いを浮かべるしか出来なかった。
「紗綾が困ってるじゃない! そうやって誰彼構わず女の子に声かけてると、そのうち愛想尽かすわよっ」
 ぎゅうと紗綾を抱きしめて、アレクの視線から彼女を外すと、ネティは頬を膨らませる。
「誰に愛想尽かされるって言うんだよ」
「そ、それは‥‥ヒューよっ」
 失言に気付いても素直になれないネティの苦し紛れの言葉に、レジーナが素晴らしいと拍手を送る。
「それは大歓迎ですね。ほほほ」
「さっきから大人しく聞いてりゃ好き勝手言いやがって! お前ら、そんな暇があるなら仕事しろ! レジーナはちゃんと舵握ってろっ。ネティはお前の神様がそろそろ顔出すんだから、お伺いたてて来いっ」
 それでもまだあーだこーだとがなり合う彼らに、嗚呼と、紗綾は崩折れた。
 一晩でげっそりやつれた気がする。
 雇い主に事前調査の結果を報告しなければならないが、その気力もない。
「‥‥他の人達が報告してるわよね、きっと‥‥」
 そう自分を納得させて、紗綾はそのまま床の上へと倒れ込んだ。

●館の異変
 ネティがテレスコープで見た通り、島には人の姿はなかった。
 港には、幾艘もの船が繋がれたままになっていた。縺れた網や、漁の収獲さえも放置されている船や、道具や餌、弁当と思しき包みが残っている船もあった。
 人家も、似たようなものだ。
 船と違うのは、真新しい足跡がいくつも見つかり、扉の蝶番は軋みもなく滑らかに動く‥‥つい先ほどまで誰かが居たのだと示すものがそこかしこで発見された所だ。
 だが、人の気配は感じられない。
 ユリアルがバイブレーションセンサーで探っても、人の反応らしきものは見つからなかった。
 ただ一か所、島の中心にある、サウザンプトン前領主の館を除いては。
「生存者が集まっているのであればよいのですが」
 そう呟くロッドの表情は浮かない。
 ユリアルのバイブレーションセンサーとは別に、彼はブレスセンサーで人の気配を探っていたのだ。だが、ロッドの調査では、この館に呼気の反応はない。
「嫌な感じです」
「‥‥そうだな」
 太陽を苦手とする娘の為に、館は窓が少ない。昼でもなお薄暗い廊下を進みながら、オイルは注意深く腰に佩いた剣へと手を伸ばした。それは、数多の戦いを生き残ってきた彼の勘。ロッドの背を押し、ウルナッハの短剣で襲いかかってきた物を防ぐ。
「何だ? こいつら!」
 盾で一撃を弾いたキットが、嫌悪の声をあげた。
 間近に見た相手は、人の形をしていた。しかし、その瞳は赤く光り、唸り声をあげる口元からは鋭い犬歯が覗いている。
「どうやらこいつらの巣に入り込んじまったらしいな」
 マグナソードを抜き放ち、「それ」を見据える。
「待って下さい!」
 悲鳴のような声が響いたと同時に、モンスター達の攻撃が止んだ。
「どうか剣をおさめて‥‥。皆も止めて下さい」
「ツィア!」
 飛び込んで来たリデトを優しく受け止めて、ツィア‥‥ルクレツィア・ガーディナーは冒険者達へと向き直った。
 それに合わせて攻撃を止めたモンスター達が、一人、二人と姿を消していく。
「ありがとうござ‥‥」
 声を震わせたツィアが膝をついた。
「ツィア!」
 駆け寄ろうとしたネティの腕を、アレクが掴んで止める。
「待て。今はツィアに近づくな」
「どうしてよ! ツィアは」
 言いかけて、ネティは目を見開いた。
 おもむろに短剣を取り出したアレクが、自分の腕を切り裂いたのだ。
「ツィア」
 ぽたぽたと血を滴らせて、ツィアへと歩み寄る。
「お兄さま‥‥」
 差し出された腕に、ツィアは唇を寄せた。

●旅立ち
「知らない女の人がいらっしゃって‥‥。それから皆さん、様子がおかしくなってしまって」
 ツィアの話を聞きながら、ロッドはユリアルと視線を交わした。彼女が落ち着くのを待つ間に、ツィアの素性とかつての悪夢について、掻い摘んだ説明を受けたばかりだ。
「‥‥静かに暮らしたいと願う者を、己の都合で担ぎ出そうとするのは‥‥許せません」
「そうね」
 でも、と紗綾は項垂れた。
「あたし達に何が出来るのかしら」
 島民がスレイブと化した島をどうすればいいのか。彼女をどうすればいいのか、紗綾には分からない。
 災いの芽を摘むのであれば、スレイブをせん滅し、ツィアも今のうちに滅ぼしておく方がいいのかもしれない。しかし。
「ツィア、ここを出てアレクの所に行くのである。そうすれば、安心なのである」
 ツィアの膝の上にちょんと座ったリデトが、一生懸命に彼女を説得している。
「私も皆さまと一緒に行きたいですわ。そして、お父さまや皆をこんな目に遭わせた方を探し出します」
「探し出してどうする気ですか」
 問うたユリアルをまっすぐに見て、ツィアは答えた。
「わかりません。でも、私は守られているだけでも、逃げてもいけないと、そう思うのです。だから」
 行きます。
 決意の籠った言葉に、冒険者達は静かに頷きを返した。