トリスの花嫁

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 40 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月16日〜03月22日

リプレイ公開日:2008年03月24日

●オープニング

●花嫁
 何故、このような事になってしまったのか。
 春間近の空を見上げ、息を吐き出す。
 それを見咎めたのは、細い金の髪に櫛を通していた女だった。
「あれ、おめでたい日に溜息なんかついて」
 けれど女はすぐに笑い出した。
「でも本当に、別嬪なお嫁さんだなあ。花婿さんは果報者だ」
 悪意などカケラもない。純朴で人を疑う事を知らないただの農婦。村の女達が全員寝込んでしまったという不自然な理由にも疑問を抱かず、それどころか、花嫁花婿の新たな門出を共に祝えぬ女達に深く同情までした優しい女だ。
「ほれ、動くでねぇだよ。見てみ。うちらの村に咲いてた花だ。もう春なんだなぁ」
 節くれだち、荒れた手で、女は器用に金糸の髪を編みこみ、花を飾っていく。
 女の言う通り、吹き抜けていく風も降り注ぐ日差しも柔らかい。常であれば口元を綻ばせ、冬の終わりと春の到来を感慨深く感じるところだろうが、今はそんな気にはなれなかった。
「さあ、出来たよ。あとは化粧だねぇ。化粧も明るい所でした方が綺麗に‥‥おや?」
 近づいて来る気配。彼らだ。確認せずとも分かる。
「じゃあ、後はあの人達に任せよっか。‥‥お幸せにね」
 手を取り、祝福の言葉をかけてくる女。よその村の他人事なのに、瞳を潤ませ、心からの祝福を贈ってくれる彼女に複雑な気分になる。
 現実逃避に、もう一度空を見上げれば、知った気配が背後に立った。
 ぽん、と軽く肩に手を置かれ、笑い含みの声が耳元で囁かれる。
「どこからどう見ても綺麗な花嫁さんだぞ、トリス」
 ‥‥何故、このような事になってしまったのか‥‥。

●災難
 話は数日前に遡る。
 長く各地を巡っていた彼、トリスは山間の小さな村に立ち寄った。
 目的あっての事ではない。
 山越えをするには太陽が傾き過ぎていた、だから一夜の宿を求めた。それだけだったのだ。だが。
 夜半を過ぎて、村は俄かに騒がしくなった。
 馬のいななき、飛び交う怒号、荒々しい靴音。
 彼の反応は素早かった。寝台から跳ね起き、傍らから離す事がない剣を手に取り、外へと駆け出す。
 はたして、村の中は彼の予想と違わぬ状態に陥っていた。
 我が物顔で暴れる武装した男達と、その振る舞いに怯え、逃げ惑う村人達。女子供は家の中で震えているのだろうか。姿が見えない。
 取り縋る酒場の主を蹴倒し、酒樽を担いだ男の聞くに堪えない下品な笑い声に、トリスは眉を寄せた。
 倒れた主人を助け起こしながら、彼は村に乱入して来た男達の数を数える。奪った酒で喉を潤しているのは4人。乱暴を働き、村人に凄んでいるのは2人。大した数ではない。
 剣を握る手に力が籠る。
 今しも鞘を払って、男達へ切りかかろうとするトリスの腕を押さえたのは、助けられた主人だった。
 怯え、震えながら主人は懇願した。
「どうか旅の方、ここはお鎮まり下さい。村長の命がかかっておるのです」
 その必死な様子に、トリスは注意深くゆっくりと剣の柄から手を離す。そんな彼の腕を掴んだまま、主人は小声で事情を語った。
「やつらは、最近、この辺りに住み着いた山賊の一味です。やつらはここが気に入ったと言い、根城にするからには我々の村とも親しく付き合いたいと‥‥」
 察して、トリスは頷いた。
 山賊どもの言う親しい付き合いとは、一方的な略奪と搾取の宣言だったのだろう。
 今、この現状が示している通りに。
「そして、村長がやつらの根城に連れて行かれました。やつらは、招待という言葉を使っておりましたが」
「やつらのアジトはどこに?」
 主人はゆるゆると頭を振った。
「わかりません。山の中のどこかという事だけしか‥‥。ですが」
 続けかけた主人の言葉を遮るように、酒に焼かれた銅鑼声が響く。
「聞け聞けえ! わしらとこの村の結びつきを深める為にー、わしらのお頭は、この村から嫁を娶る事に決められたぞー! 10日後、村一番の器量良しをお頭の花嫁として迎えに来るからなー」
 強かに酔っぱらっている様子だが、その言葉は酔っぱらいの戯言ではなさそうだった。
 他の山賊どもも「村一番だ」とか「綺麗に着飾っておけ」とか好き勝手騒いでいる。
「いいかー! わしらが迎えに来るまでに花嫁の支度が整っていなければー、わしらとの友好関係を踏みにじるとみなすからなー! 村長に何が起きてもしらんぞー」
 村人達は、嵐が過ぎ去るのをただ待つしかない様子だ。
 何を言われても、首を竦めて震えている。
 やがて、満足した山賊達が村を去っていくのを確かめて、主人はがくりと項垂れた。
「そんな‥‥村長に続いて娘達まで‥‥」
「そもそも年頃の娘なんて、いねぇぞ」
 わらわらと主人の周囲に集って来た村人達が口々に言う。
「アレンとこの娘は、まだ5つだ」
「ジーナはキャメロットに働きに出たで」
 このままでは、村はおしまいだ。
 頭を抱えた主人が、ふと顔を上げた。
「旅のお方‥‥」
 トリスの腕を掴む手に力が入る。
「よくよく見れば、えらい別嬪さんでは」
 嫌な予感が、した。
「別嬪さんで、しかも騎士様なら、俺達を救って下さるに違いねぇ」
 別嬪と騎士がどう繋がれば、彼らを救う事が出来るのか。生じた疑問を、彼が口にする事はなかった。
 その前に、10日後、山賊に嫁ぐ役を彼が引き受けるのは決定事項となっていたからだった。

●依頼
「‥‥」
 シフールの少女が運んできたトリスからの依頼状に目を通した冒険者達は、一様に黙り込んだ。たっぷり沈黙すること数分。渋々と口を開いたのは、最初に依頼を読んだ冒険者だった。
「とにかく、俺達はトリスの応援に迎えばいいわけだな」
 山賊に嫁ぐ花嫁を護衛しつつアジトに潜入、人質となっている村長を救出し、山賊どもを懲らしめて村に安寧を。
 単純明快な山賊退治依頼である。
 なのに、何故だろう。
 妙に行きたくないと思うのは。
 いや、違う。行きたくないのではなくて、見たくないのだ。
「‥‥‥‥仕方がない」
 重い息を吐き出して、彼は立ちあがった。

●今回の参加者

 ea0037 カッツェ・ツァーン(31歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea0912 栄神 望霄(30歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea4127 広瀬 和政(42歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9937 ユーシス・オルセット(22歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3387 御法川 沙雪華(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3389 シータ・ラーダシュトラ(28歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)
 eb5463 朱 鈴麗(19歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●煩悶
 村の中が慌ただしくなってきた。そろそろ花嫁の出立らしい。
「‥‥トリスさん、大丈夫かな」
 背後を振り返りつつ、心配そうに呟いたシータ・ラーダシュトラ(eb3389)に、御法川沙雪華(eb3387)は目を細めて笑んだ。
「きっと大丈夫ですわ。付き添いの方々もいらっしゃいますし」
 でもね、とシータは言葉を募る。
「色々とあると思うんだ。慣れないドレスだし、髪なんかも編みこまれちゃってたし、慣れない化粧してるしっ」
 シータの脳裏に蘇るのは、世界一の花嫁にするのだと意気込み、嬉々としてトリスの顔に色を置いていた栄神望霄(ea0912)の姿だ。
「しばらくお会いしない間に、ますますお美しさに磨きがかかっておりましたわね」
 ふふ、と笑う沙雪華に、シータは頭を抱えて悩み出した。
「確かに綺麗だったけどっ! ボク、あんなトリスさん見たら、卒倒しそうな子知ってるよ! って、そうじゃなくて〜っ!」
「あらあら、シータさんったら落ち着いて下さいな」
 何やら妹を宥めている気分だと、沙雪華は更に笑みを深くする。
「ねえ、皆も大変だと思うでしょ? 心配でしょ?」
「‥‥さて、な」
 武具の最終確認をしていた広瀬和政(ea4127)は、こっちに振るなと言わんばかりの仏頂面で短く答えた。
 ひとつ間違えれば我が身に降りかかっていたであろう悲劇に対し、ユーシス・オルセット(ea9937)も曖昧に頷くしか出来ない。
「トリスさんが心配なのは私も同じです。トリスさんが強いお方だとは存じておりますが、万が一、何かの手違いで間違いなどが起こってしまったりしたら‥‥」
 頬に手を当てて呟いた沙雪華の言葉。ついうっかりと想像してしまったものに、広瀬とユーシスはがたたと大きな音を立てながら立ち上がった。
「だよねぇ。着慣れない格好で戦って怪我でもしたら大変だよ」
「あら、シータさん。危険はそれだけではありませんわ。例えば」
 大きく頷いた健全思考のシータに、沙雪華が意味深に囁く。
「待て! 何を」
「例えば、ドレスの裾を踏みつけて転んで、男だとばれて全てが失敗に終わったり‥‥。あら? どうしましたか?」
 手を伸ばしかけた広瀬が、へなへなと床へと崩折れる。そんな広瀬を気の毒そうに見遣って、ユーシスは青ざめた顔のまま、シータと沙雪華を振り返った。
「そんな諸々の危険を回避する為にも、僕達もスピード重視で、尚且つ確実に事を運ばないとね」
「その通りですわ」
 ユーシスに微笑みかけると、沙雪華は表情を改めた。おっとりした口調も、ややおっとりとした口調へと変わる。
「村の方々から村長さんのお名前と容貌等を伺って参りました。お名前はジルさん、左の目の下に大きなホクロのあるご高齢の方ですわ」
 高齢か、とユーシスは顎に手を当てて考え込んだ。
 奇襲の上で強襲も止む無しという彼の作戦案は、高齢者の心臓には優しくないかもしれない。
「ちょっと控え目に修正‥‥っと」
 脳内作戦帳に修正案を書き付けるユーシスに、更なる情報がもたらされた。
「ボクは山賊の親玉の事を聞いてみたんだけど、誰も姿を見た事がないって。噂通りに用心深い奴なのかな」
 ふむふむ、とユーシスは頷く。
 姿が分からなければ、親玉の判別は出来ない。しかし。
「その親玉とやらが花婿だろうが。ならば、花嫁の隣に並んだ男が親玉だ」
 自らの想像に精神汚染寸前まで行っていた広瀬が、ようやく復活を遂げたようだ。
「人質を取る友好などと戯言を言う男だ。二度と悪事を働く事がないよう、遠慮なく叩きのめしてやろう」
 ばきぼきと指を鳴らしながら彼が浮かべた笑みは、正義の味方というよりは悪の幹部を彷彿とさせ、ユーシスとシータの背を震えさせたのだった。

●女の敵
「ちょっと! 花婿はまだなの? まったくいつまで待たせる気!?」
 不機嫌な尖がった声に、年若い、見るからに下っ端の山賊が首を竦めた。
 おろおろと落ち着きなく視線を彷徨わせる青年に、花嫁の付き添いとして同行していたカッツェ・ツァーン(ea0037)は心中で舌打ちする。
 使えない。
 仮にも頭領の花嫁なのだ。もう少し、気のきいた男を残せばよいのに。
 ため息をついて、カッツェは花嫁を振り返った。
「あーあ。いつまでもこんな所に押し込められて息が詰まるよ。お頭のお嫁さんにこの扱いって、ちょっと気遣いがないよね。‥‥帰っちゃおうか?」
「ま、待って下さい〜っっ」
 慌てふためいて山賊がすっ飛んでくる。
 頭領の花嫁が怒って帰ったなんて事になったら、どやされるだけでは済まないかもしれない。
 必死の形相で詰め寄ってくる山賊に、「花嫁の友人」朱鈴麗(eb5463)は怯えた顔をして花嫁を抱きしめた。
「‥‥ふむ。これはこれで役得というものかや?」
「‥‥私に聞かれてもな」
 小声で交わされる会話は緊張のかけらも感じられないものだったが、傍目には怯えた少女と不安げな花嫁である。
「女の子にとって、一生に一度の大事な日なのよ? ただでさえ不安なのに、花婿は顔を出さない、閉じ込められたまま、外にも出られないってどういう事よ!」
「それが‥‥お頭はまだ到着されてなくて」
 目一杯、怒っている風を装って怒鳴りつけるカッツェに、山賊はしどろもどろに答えを返す。
「到着していないって何!? 自分の結婚式なのよ?」
「そそそそうですねっ! でも、前の結婚式が手間取ったらしくて‥‥」
 ぴくり、と鈴麗の肩が揺れた。
 カッツェも同じ所に引っかかったようだ。
「前の、ってどういう事?」
「いや、そのっ、隣の山を越えた所も縄張りなんでっ、そこの村からも嫁さんを‥‥」
 ひくひくと引き攣る口元に無理矢理笑みを浮かべて、カッツェは山賊の襟首を掴んで引き寄せる。
「その辺り、くわしーーーく聞かせてくれるかな?」
 カッツェの気迫に飲まれて喋り出した男の話によると、頭領は別の村からの花嫁を迎えに行ったが、娘の親が最後まで抵抗して揉めたらしい。それで時間を取られて頭領の到着が遅れているのだという。
「それってつまり、花嫁が二人いるって事?」
 声が低くなっているのは分かっていても取り繕う事が出来ない。男の体を突き飛ばして、カッツェはゆっくりと息を吐く。
「‥‥女の敵め」
 花嫁に抱きついたままの鈴麗もぼそりと吐き捨てた。
 今は怒りに身を任せていい時ではない。新たに判明した情報と、必要な情報を後から追いかけて来る別動隊に渡さなければならない。今こそ、慎重に行くべきだ。懐にあるスクロールを確認するように握り締めて、鈴麗はきゅっと唇を噛んだ。
 黙りこんだ彼女達の代わりに声を発したのは、花嫁の荷物の傍らで何やら一生懸命に手を動かしていた望霄だった。
「花嫁さんが二人。それは大変ですねぇ」
 どこかのんびりとした声色に、それまで緊迫した空気に飲まれていた男が安堵の表情を浮かべる。
「そ、そうなん‥‥」
「どちらが綺麗かなんて、品定めもされてしまうのでしょうし。これは大変ですよ。負けてはいられません」
 目を瞬かせた男に、望霄はにっこり笑いかけた。
「あ、申し遅れましたが、ジャパンから来た婚礼演出請負人です。花嫁を誰よりも美しくして花婿さんにお渡しするのが役目ですから、もうお一方に負けるわけには参りません」
 洗練された所作で立ち上がると、望霄は花嫁の肩に静かに手を置く。
「とすれば、こうしてはいられません。申し訳ありませんが、少し席を外して頂けますか? 少し手直しを致しますので。花婿さんがお着きになったら、知らせて下さいね」
 男は、向けられた言葉と笑みに、ただ首を振るだけだ。
「待って。その前に教えて下さい」
 小屋を飛び出そうとする男に駆け寄り、言葉を交わし、鈴麗はゆっくりと扉を閉めた。
「さて、そろそろ最後の仕上げと参りましょうか」
 望霄の呟きに、力強く頷き合う。
 すべての情報は出揃った。あとは、別動隊と合流して山賊達を討つばかり。
「では、トリスくん」
 真剣な表情で向き直ると、望霄はトリスの前に2つの品を取り出した。それは、美しい花束と柔らかな風合いの布の輪。
「護身用の短剣の隠し場所です。花束と、太ももに留めるのと、どっちが良いですか?」
 いきなりの問いに、トリスは言葉に詰まった。
「花束もいいのですが、こちらも捨てがたいかと‥‥。こう、ドレスの裾をたくし上げて、太ももに留めた短剣をですね」
「おお、それはせくすぃであるの」
 ぱちぱちと手を叩く鈴麗を一瞥すると、トリスは花束に手を伸ばした。

●制圧
 犬達の鼻を頼りに花嫁一行を追って来た追跡組は、村長が捕われているという林の中の小屋近くに身を潜めていた。鈴麗がテレパシーで伝えて来た話によれば、別の村から連れて来られた花嫁もいるらしいが、それは近くにいる者達に任せればいい。
 風に乗って流れてくるオカリナの音。その素朴でどこか懐かしい音色が止まった時が、行動開始の合図だ。
「‥‥行くぞ」
 刀を抱えて目を閉じていた広瀬が、短く告げた。
 はい、と頷いた沙雪華が素早く呪を唱え、印を結ぶ。
 春花の術で見張りの山賊達が眠りに落ちた瞬間を見計らって、シータとユーシスが飛び出していく。
 合図から僅か数分、血を流す事なく、戦う事なく、彼らは目的の一つである村長の救出に成功した。
「後は任せた」
 村長を沙雪華に預けると、広瀬は刀を握り絞め、騒ぎが起こり始めている広場へと向かう。先に行ったシータが愛犬と共に山賊達を撹乱している傍らを駆け抜け、遠目にも目立つ花嫁の傍らで声を張り上げている男の元へと一気に距離を詰めた。
「‥‥終わりだ」
 その喉元に刀を突き付けて宣告しても、山賊達は抵抗を止めない。小さく笑って、広瀬は花嫁に武器を投げる。
「貴様も戦うか。花嫁衣装で戦うというのも、面白いかもしれん」
「でも、誰にも言わないであげますよ」
 可哀相だから。
 大槍で周囲を牽制していたユーシスの言葉に、花嫁は遠い空の彼方へと視線向けた‥‥。