踏み出した先に待つものは

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月26日〜03月31日

リプレイ公開日:2008年04月03日

●オープニング

●お兄ちゃんは心配性
「頼む‥‥」
 珍しく神妙なアレクシス・ガーディナーに、受付嬢は驚愕のあまり大口をあけたまま固まってしまった。
 一体、彼に何があったのだろうか。
 やってくれば、ギルドの中で飲めや歌えやの大騒ぎ、毎回、彼女は彼と激烈な戦いを繰り広げていた。怒鳴りつけるのは日常茶飯事、時には追いかけまわし、最近では出会い頭、目が合うや否や、千日戦争に突入したかのように互いに牽制し合いつつ、じりじりと睨み合っていたわけだが‥‥。
 たとえ天敵と呼ぶ相手でも、こんな深刻そうな顔をしていれば心配になる。助けを求めているならば、手を差し伸べたくなる。
 だから、彼女は努めて明るく笑って頷いた。
「任せて! キャメロットのギルドには優秀な冒険者が揃っているんだから! 愛想尽かして逃げたヒューも、きっと見つ出してくれるわよ! あ、でも、ヒューの説得はアレクの仕事よ。ね?」
 励ますように、慰めるように、彼女はアレクの手を取った。
 彼女の脳内で、感激したアレクが瞳を潤ませて手を握り返してくる未来予想図が展開される。そして、長く続いた冷戦は終結し、麗しき女の友情が芽生えるのだ。
 だがしかし、呆けたように目を見開いていたアレクは、彼女の想像通りの反応を返してはくれなかった。
 ふるふると震える肩、ひくひくと引き攣る口元、青筋が浮かぶこめかみ‥‥。
 そう、これは噴火の予兆。
 おかしいと思う間もなく、予測違わず、アレクが爆発した。
「誰が愛想尽かして逃げた女房だーーーーーッッッ!!」
「女房までは言ってないわよッッ」
 肺の中の空気すべてを使い切って叫んだアレクが、ぜえぜえと荒い息をつく。
 その剣幕に驚きながらも、しっかりと突っ込みだけは入れた受付嬢に、ぎろりと視線を向けて、彼は羊皮紙を受付台に叩きつけた。
「世間知らずの娘に、一般常識とキャメロットで暮らしていく為の必要事項を叩き込んで欲しい」
 未だ息が整わないまま、彼は続ける。
「世間知らずの上に天然がついて、しかも、太陽が苦手な娘だ。本人のたっての希望でキャメロットに住居を用意したんだが、どうにも不安でな‥‥。俺も、ずっとこっちにいるわけにもいかんのだ。すまないが、慣れるまでの補助を頼みたい」
 礼はそれなりに用意させて貰‥‥う。
 それだけを告げて、彼は力尽きたように倒れ伏したのだった。

●新しい生活
 新しい住まいは、古いけれど居心地の良い屋敷だった。
 街には、まだ出た事がない。
 この街で暮らすための、色々な決まりや基礎知識を身につけてからでなければ、一人で出歩いてはいけないと兄にきつく言われたからだ。言いつけを破れば、サウザンプトンに連れ戻されてしまう。
 それだけは、絶対に避けたかった。
 大好きだった父や、島の人達を変えてしまった「あの者」を探し出し、その罪を償わせるまで戻る事なんて出来ない。
 変わり果てた姿になった彼らを思うと、胸が痛くなる。
 兄は、彼女が「島から出ないように」と言えば、彼らは言う事を聞いてくれると言った。
 あんな悲しい姿になってまで、自分を大切に想ってくれる人達の為にも、「あの者」を、バンパイアを倒さなければならない。
「本当は冒険者になりたかったのですけれど‥‥」
 だが、今の自分では冒険者になれない事も分かっていた。
「まずは、一人で暮らせるだけの知識と経験。何事もそれからですわね」
 がんばろう。
 小さく拳を握って、自分に気合いを入れる。
「お兄さまが連れてきてくださる方と一緒なら、街を歩いても良いのでしょうか。そうしたら、いっぱいキャメロットの街を見て回りたいですわ」
 こんな事もあろうかと、用意していた巻物を取り出して机の上に広げる。
「えーと、アーサー王がいらっしゃるお城に行ってみたいですわね。王さまは、どんな所で暮らしていらっしゃるのかしら? 『円卓』も見てみたいですわあ‥‥。もしかすると、円卓の騎士様にもお会い出来るかもしれませんわね」
 羊皮紙に印をつけながら、彼女はうっとりと微笑んだ。
「酒場というものにも行ってみたいですわね。お兄さまがよく利用されていたと聞きますし。お昼の、賑やかなキャメロットも見てみたいですわ。帽子と外套をつけていれば、きっと大丈夫ですわよね。あ、そうですわ! エチゴヤという所にも行って、いっぱい羊皮紙を買ってきましょう」
 見たもの、聞いたものをすべて書き留める為に。
「忘れてしまっては、島に戻った時、皆にお話し出来ませんものね」
 島から一度も出た事がない者が多いのだ。土産話は、きっと皆に喜んで貰えるだろう。
 これから始まる新しい生活に思いを馳せて、ルクレツィアはふふと小さく笑ったのだった。

●今回の参加者

 ea3104 アリスティド・ヌーベルリュンヌ(40歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 eb8491 姜 珠慧(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec4318 ミシェル・コクトー(23歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●秘密
「わたくしはバンパネーラですの」
 内緒に、という前置きの後で告げられた内容に、その場にいた者達は、皆一様に言葉を失った。
「バンパネーラ‥‥」
 レン・オリミヤ(ec4115)の呟きに、にっこり笑い、カミングアウトした本人は大きく頷く。
「それで、ルーは太陽が苦手‥‥なのですね」
「はい。それと、時々喉が渇きますの。それから」
 ミシェル・コクトー(ec4318)の問いに素直に答えた少女は、無邪気に指折り数えて人との相違点を並べ立てていく。曰く、とても鋭い犬歯が生えていること、世間に疎いこと、人の考えから少しずれていること‥‥などなどである。
「隠れ住んでいる者が多いから、世間に疎いのは、まあ許容範囲よね。でも最後のは‥‥どうなのかしら?」
「私に聞かれても」
 小首を傾げたミシェルの視線の先にいたアリスティド・ヌーベルリュンヌ(ea3104)がため息をついた。
「難しい話は後にしませんか」
 くすくすという軽い笑い声と共に、香草の良い香りがふわりと立ち上る。
 振り返れば、茶器を盆に載せた姜珠慧(eb8491)が、戸口で穏やかに微笑んでいた。打ち解ける為にと彼女が用意した茶葉は、人懐っこいツィアがすぐに彼女達に懐いた後にも役に立つようだ。仲間達の表情がほっと緩んでいく様子に、珠慧は笑みを深くする。
「ジャン‥‥」
 珠慧を迎えようと席を立ちかけ、レンは動きを止めた。
 未だに指折り数えているツィアを窺い見る。口元を覆う布に隠された唇が、笑みの形を作る。
「ジャン、‥‥菓子は‥‥私がやる」
「あら、そうですか? では、お願いしますね」
 脇机に置かれていた菓子を切り分けようと、レンはナイフを手に取った。
 しかし、光る刃先が押しつけられたのは、焼き色が食欲をそそる菓子ではなかった。
「レンさん!?」
 落ちたナイフの音で異変に気づいた珠慧が慌ててレンへと駆け寄る。それを軽く制して、レンは血が滴る指先をゆっくりと目の高さにまで持ち上げた。深紅の滴が指を伝い、手のひらへと流れ、床に落ちる。
「っ!」
 引き攣るように息を呑む音が聞こえた。
 椅子を倒して立ち上がったツィアが、食い入るようにレンの指先を見つめている。
「ル‥‥」
「ルウ、血が‥‥どうかした?」
 震えるツィアの唇から犬歯が覗く。
 まさか、と漏らして、アリスティドが立ちあがる。ミシェルと珠慧にも緊張が走った。
 そんな周囲の動きなど、まるで目に入っていないかのように、ツィアの視線はレンの指先を凝視し続け、そして。
 ぺちっ。
 小さく間の抜けた音が響いた。
「‥‥ルー?」
 唖然としたミシェルの呼びかけに、赤くなった額を撫でながらツィアが振り返る。
「貴女、何をしているの?」
 唇を舐めて湿し、言葉を選んで、ミシェルが問うた。
「まて、ですわ」
「まて?」
 痛そうに額を擦るツィアが恥ずかしそうに首を竦める。 
「わたくし、血を見ると喉が渇いて堪らなくなりますの。でも、それではダメだとお兄さまがおっしゃって‥‥。ここに来る前、サウザンプトンで特訓致しましたの」
「特訓?」
 鸚鵡返しの問いに、ツィアは頬に朱を乗せた。
「はい。血を見ても、犬歯を見せない。無闇に人に噛みつかない。喉が渇いても我慢する特訓ですわ。それはそれは、とても厳しく辛い特訓でした‥‥」
「具体的に特訓の内容を聞いてもいいだろうか」
 こめかみを押さえたアレスティドが尋ねる。聞かない方が良いと勘が告げるのだが、それも依頼に必要な情報かもしれない。
「目の前に血の入ったカップを置いて、我慢をする特訓ですわ。犬歯が出たり誘惑に負けそうになると、お兄さまが「まて」とおっしゃって、指で額を弾かれますの」
ー犬っ!?
ー犬のしつけ!?
ーというか、カップ入りの血っ!?
 依頼人が何を思ってそんな特訓を施したのか。彼らは生じた疑問に心中、頭を抱えた。
「で、でも、そんなに気にしなければならない程の犬歯ですの?」
 つかつかと歩み寄ると、ミシェルはツィアの頬に手を添えて彼女を上向かせ、唇を開かせる。
 そして、うっすらと唇が綻んだ瞬間を逃さず、一気に彼女の口を横へと引っ張った。
「んまっ! 本当に、何て立派な犬歯」
 うにぃとツィアの口を引っ張って、ミシェルが感嘆の声を漏らす。
「いひゃいひぇすひゃ〜」
「あらあら、素敵なお顔になっておりますわよ〜♪ うふふふ」
 何やら抗議の声らしきものをあげるツィアを、情け容赦なくおもちゃにして、ミシェルは他よりも鋭く尖った犬歯を検分した。
 確かに、人の犬歯よりも鋭く長い。獲物を引き裂く獣の牙のようだ。
「ひゅひゃひゃひゃあ」
 笑い声にも似た奇声を発するツィアと、彼女で遊んでいるミシェルの姿に、珠慧は香草茶のカップを皿に戻して、優しく笑んだ。じゃれあう子供を見守る慈母のような、穏やかな微笑みだ。
「二人とも楽しそうね」
 敢えて答えず、アリスティドはカップを口へと運んだ。

●初めてのお買い物
 ツィアの最初の実地訓練場所に選ばれたのは、各国に支店があるグローバルな商店「エチゴヤ」だ。
 物珍しそうに店内を見回すツィアに、すかさずミシェルが解説を始める。
「いいこと? ここは食糧から伝説のフンドーシまで揃うお店よ。欲しい物、探している物があれば、店員に尋ねてみるとよろしいですわ。って、そこ! 聞いてますの!?」
 陳列された商品を手に取って眺めていたレンに、手近にあった物を投げつける。
「よろしくて? わたくしの授業では余所見、私語は厳禁ですわ。質問があれば、手を挙げる事!」
「商品を乱暴に扱わないッ」
 店員の警告をきっぱり無視して、ミシェルはぱんと手を叩いた。
「さ、やってごらんなさいな、ルー」
 初めてのお買い物。
 興奮を隠し切れない様子のツィアが、棚に並べられた羊皮紙の束を指差した。
「こ‥‥」
 頑張れ。
 祈るように、珠慧が手を組む。
 頑張れ。
 外套の下、レンがぐっと拳を握り締める。
 頑張れ。
 握った両の拳を小さく振って、ミシェルが愛弟子にエールを送る。
 そして、そんな仲間達をアリスティドが生暖かく見守る中、ついにツィアが生まれて初めての言葉を口にした。
「これを下さいな」
 くららがたったー!
 意味不明な歓声を上げる客に胡乱な視線を向けつつも、店員は羊皮紙の束を手に取る。
「そっ、それから、これも」
 気になったものをいくつか指差すと、ツィアは次の段階への挑戦を試みた。
「では、お代は‥‥」
「はい」
 店員が勘定をするより先に、懐から取り出した金貨を差し出す。いきなり突き付けられた大金に、目を白黒させる店員を気の毒そうに見遣って、アリスティドはツィアの手を押さえた。
「?」
「物には、それぞれ適正な価格がある。金はただ、出せばいいというものではない」
「そうよ。お金は大切に使わなくちゃ。必要な分だけ出せばいいのよ」
 珠慧は、そっとツィアの手から金貨を取った。何枚かを残し、それを大事そうに革袋の中に仕舞う。
「さ、これで足りるわ」
 こくんと頷き、改めて店員へと代金を差し出す。
 何とか、無事に買い物が出来そうだ。アリスティドは安堵しつつ、周囲へと視線を走らせた。こんな場所で大金を出してしまったのだ。何かしら善からぬ事を企む者がいてもおかしくはない。案の定、ツィアの様子を離れた場所から窺い、こそこそと囁きあっている者達がいる。
 同様に、その者達の存在に気付いたらしいレンと顔を見合わせ、頷き合う。
 今はまだ、何もしない。
 捕えてみても、シラを切られておしまいだ。彼らが行動を起こした時こそ‥‥。
 さりげなくツィア達から距離を置く。
 レンも、商品を物色する振りをして離れた。
 そして、二人はその時を待った。

●恋文の行方
 ツィアが衝撃の事実を知ったのは、次に向かった酒場でのことだった。
 楽しみにしていた王宮見学が出来ないと、珠慧から告げられたのだ。
 王に会いたかった、円卓の騎士に会いたかったと嘆くツィアに一計を授けたのはミシェル。
 そこから先は、女の子だけの秘密だと、アリスティドは一人離れたテーブルへと隔離されたのだ。だから、彼女達が何をしていたのかは知らない。今、彼女達が手にしている羊皮紙が何なのか、知りたいと思うが恐ろしくて聞けない。
 そして、何故、その羊皮紙で石を包んでいるのか、知りたくなかった。
「さ、ルー。思いの丈をありったけ籠めて投げるのですっ」
「思いよ届けー! らぶらぶふらーっし「ツィアッ!?」」
 誰がどう見ても、客観的に見ても主観的に見ても、王宮への投石である。
 飛び出して来る番兵から逃れるように、ツィアを小脇に抱えて走り出す。
「これでー、円卓の騎士様に届きますのー?」
「ばっちりですわ!」
 何がだ。
 アリスティドの背筋に冷たい物が走り抜ける。
「レンは何と書いたの?」
「恋しい‥‥恋しい‥‥円卓の騎士様。‥‥今すぐ私を攫いに来て‥‥」
 何だと!?
 だらだらと流れる冷や汗。
 情熱的ねと、頬を染めて感心する珠慧に、最後の良心、最後の防波堤が崩れ去った事をアリスティドは悟った。
「ともかくっ、今はここを離れるしかっ」
 動揺も顕わに、逃走ルートを探すアリスティドに抱えられたまま、ツィアは嬉しそうに手を叩く。
「本当に、今日は楽しゅうございましたわ。お買い物も出来ましたし、円卓の騎士様に恋文をお送りする事が出来ましたし」
 恋文っ!? 恋文で投石したのか?
 名前だけは書いていませんように‥‥。
「あ、そうですわ。わたくし、皆様の分も今日の記念を買って参りましたのよ。受け取って下さると嬉しいですわ」
 贈り物などした事がなく、何を買ってよいのかも分からないツィアからの贈り物。ついうっかり感動して解されかけたアリスティドは、ぶんと首を振った。これではいけない。
「皆、後で説教だ。覚悟しておくように」
 盛大に上がった非難の声。
 彼の苦労は、まだまだ続くようだ。