【宝石の猫】猫と人と、猫
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 44 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月14日〜07月21日
リプレイ公開日:2004年07月22日
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●オープニング
「ああ、もう! 嫌んなるったら!」
外套を乱暴に脱ぎ捨てて、彼女は1つに纏めていた髪を解いた。
真っ直ぐな黒髪が背に流れる。
「クルードはやられちまうし、あそこはしばらく使えないし! ‥‥って、ポチ、タマ、何を持ってんのさ?」
駆け寄って来た2匹のゴブリンが不思議そうに首を傾げる。
「アンタ達の事よ。月道の向こう、遠いジャパンで使われているという名前よ。珍しい名前でしょ? ‥‥ああ? 何だって!?」
ポチとタマと名付けられたゴブリンが持っていた羊皮紙に目を通した彼女は、驚きの声をあげた。
「スタッブスがジュエリーキャット捕獲の為に傭兵を募集している!?」
ぐしゃり、と彼女はその羊皮紙を握りつぶした。
「スタッブスと言えば、悪徳成金親父じゃないか。そんな奴がジュエリーキャットの宝石を狙っているだって? 冗談じゃない!」
苛々と爪を噛みつつ、彼女は2匹のゴブリンを見下ろす。
おろおろ、うろうろと足下を走り回るポチとタマを眺めているうちに、綺麗な紅に彩られた彼女の唇がにぃと吊り上がった。
どさりと大きな背もたれのある椅子に腰を下ろして足を組み、傍らの机に肘をつく。
「いい事を思いついたわよ、アンタ達」
ふふんと笑った女に、2匹のゴブリンは動きを止めた。
「可愛い猫ちゃんをいぢめるおやぢなんて、許しておけないわよねぇ? そんな奴に天罰が下ったとしても、だぁれも文句を言いやしないわ」
先ほどまでの不機嫌が嘘のように、女は鼻歌まじりに手で髪を梳く。
「スタッブスは天罰を受けて、美しい大地の恵みを失う事になるわ。ええ、そうならなくては」
見上げて来るゴブリンに、女は艶やかに微笑んだ。
「そして、大地の恵みはアタシの懐に転がり込んで来る。宝石だって、あんなおやぢよりも、アタシの身を飾っている方が嬉しいに違いないものね。そう思うでしょ? タロー、ジロー?」
猫撫で声で囁いた女に、いつの間にか名前が変わった2匹のゴブリンは顔を見合わせた。
ベスの手招きを受けてギルドの扉を潜ったのは、緑色にも見える程に艶やかな黒い毛を持った猫を抱えた少女であった。
「あの‥‥こちら、協力して下さる『全イギリス猫の会』のメグさんです」
メグと呼ばれた少女は冒険者達に会釈すると、その小さな口を開く。
「猫をいじめるだなんて、絶対に許せませんよね? そう思いますよね? そんなの人間の所業じゃないわ、鬼よ、悪魔よ、モンスター以下だわーッッッ!!」
大人しそうな外見に反して、中身は熱いようである。
次から次へと繰り出される彼女の話に圧倒されて、冒険者はただ呆然と見つめるだけだ。
「‥‥というわけで、私、全面協力致しますので」
「はぁ」
何が「というわけ」なのだろうと尋ねてはいけない事を、冒険者達は本能で感じ取っていた。
彼女の代わりに説明を求める視線がベスに向かう。
諸悪の根元たるスタッブスの娘である少女は、集中する視線に気恥ずかしそうに下を向く。だが、この状況に収拾をつけるのも自分の役と心得る依頼主は、か細い声で語り始めた。
「父の傭兵が向かう森の中に住んでいるかもしれないジュエリーキャットを、傭兵に見つからないように逃がして欲しいのです‥‥」
「でもね、ジュエリーキャットはとっても臆病って言われてるの。分かる? 繊細なの! そんな可愛い子を大の大人達が武器を持って囲うだなんて、信じられないわッ!」
再び、熱く雄叫びをあげるメグの話を右から左に流して、冒険者はベスに尋ねた。
「そんな臆病な猫をどうやって? 逃がそうにも、猫にとって、俺達も傭兵も変わらないだろう? そんな俺達の前に姿を現すとは思えない」
「それなら‥‥」
「それなら、大丈夫よッ!」
ベスの言葉を奪って、メグは胸を張った。
「ジェリーちゃんの所までは、この子が案内してくれるから」
ジェリーちゃん。
それがジュエリーキャットを指しているのだろうと、冒険者達は無理矢理に認識する。ここで尋ね返しては、話が止まる。
「この子って‥‥この猫ちゃんが?」
メグの腕の中、緑色のつぶらな瞳で冒険者達を見上げていた猫が、応えるように「なぁお」と鳴く。
「キトゥンはとても利口な子なの。森のジェリーちゃんともお友達よ。だから、キトゥンと一緒に行けば大丈夫」
でも、とメグは表情を曇らせた。
「その後は、貴方達次第。ジェリーちゃんが貴方達と一緒に住処の森を出てくれたとしても、傭兵に見つかって、戦闘になったりしたら‥‥」
ジュエリーキャットは逃げ出してしまう。
目標を見つけた傭兵も黙ってはいないだろう。
「ジェリーちゃんを連れて戻って来てくれさえすれば、後はあたし達、『全イギリス猫の会』が責任を持って、新しい静かな住処に放しますから。ですから‥‥」
お願いします!
2人の少女と、宝石のような緑色の瞳に見つめられては嫌とは言えない。
「わ‥‥分かった。その依頼、受けよう」
頷いた冒険者達に、2人の少女は手を取り合って喜んだ。
「ところで」
ずっと気になっていたんだ、と冒険者の1人が尋ねる。
「全イギリス猫の会って、どんな活動をしているんだい?」
「猫を愛でる活動ですッ」
胸を張って答えたメグに、尋ねた冒険者の頬が引き攣った。
「愛でるって‥‥?」
「可愛い子を見かけたら、まずその愛らしさに感激して、その子が触らせてくれるなら撫でてあげたり。お膝に乗って貰えたらサイコーッッ!! ですよねっ?」
ですよね? と聞かれても‥‥。
「‥‥で? 総会員数はどれくらいなんだ?」
メグの勢いに圧され気味に、それでもめげずに冒険者は尋ねる。スタッブスの手から逃れ、素早く、そして密かにジュエリーキャットを新しい住処に移せるだけの力がある団体なのか。
自分達の受けた依頼に関わってくる事だけに、ちゃんと確かめておかねばならない。
だが、尋ねられたメグは、ベスと顔を見合わせて瞬きを繰り返すのみだ。
「‥‥おい?」
重ねて尋ねた冒険者に、メグは指折り数え始める。
「えーと、私に、ベスでしょ。それから、キトゥンに‥‥」
猫も会員に含まれるんデスカ‥‥。
この様子では、あまりアテにはならないようだ。
冒険者達は覚悟を決めた。最悪の場合、ジュエリーキャットを新しい住処に放すまでが依頼内容となる。
「まぁ、最後まで責任持って守ってやるさ」
その大きな透き通った瞳で冒険者達を見つめていたキトゥンは、諦め半分に呟いた彼らの言葉を聞き終えるとメグの腕から飛び降りた。
まるで、先に立つ案内人のように、扉の前で尻尾を振りながら彼らを待つ黒猫に、冒険者達はごくりと生唾を飲み込んだのだった。
●リプレイ本文
●ピクニック
同じ森の中で、別班の仲間達が傭兵を散らしている頃だろう。
「うにゃ〜‥‥お日様が気持ち良いですぅ」
柔らかな草の上にころんと転がったエリンティア・フューゲル(ea3868)が呟く。今にもごろごろと喉を鳴らしそうなエリンの傍らに腰をおろして、シルア・ガブリエ(ea4359)も長い髪を揺らす風に、心地良さそうに目を細めた。
「仕事である事を忘れないように」
溜息混じりに仲間へと釘を刺したルーウィン・ルクレール(ea1364)に、沖田光(ea0029)は静かに微笑んで首を振る。
「メグさん達から聞きました。ジェリーちゃんは大変臆病な猫だそうです。我々が気を張りつめ、殺気だっていては、出るに出られなくなると思います」
「ジェリりんにとっては、傭兵もおいら達も同じ「ひと」に見えると思うし‥‥って、光りん? いつのまにメグりんとお話ししたの?」
「え?」
カファール・ナイトレイド(ea0509)の言葉を聞き返した光の白い肌に、ゆっくりと血がのぼる。
「ぼ‥‥僕は、必要な情報を‥‥」
「にゅう〜、深く追及しちゃ駄目ですよぅ? 大人の人にはエリン達には計り知れない事情というものがありますし〜」
地面に転がったまま、エリンが首だけを巡らせてカファールを窘めた。どうやら「大人」とやらに彼は含まれてはいないらしい。
「まぁ、今、ここで俺達が焦っても仕方が無いさ」
手近な木に馬の手綱を結んでいたレイリー・ロンド(ea3982)が、会話に参加する。彼は顎をしゃくると、馬の背を示した。
「あれでいいか?」
「うん。ありがと!」
猫を隠す籠を用意するというのはカファールの案。馬を用意していたレイリーが、その輸送を引き受けたのだ。
「言葉を返すようですが、この瞬間にもジュエリーキャットに危機が迫っているかもしれません」
「だが、肝心の案内猫があの調子ではな」
心配で居ても立ってもいられないという様子のルーウィンは、レイリーの視線を辿って苦笑を漏らした。その先には、遊士天狼(ea3385)と一緒にバッタを追いかけているキトゥンの姿がある。案内猫が遊びに夢中になっているのだから、動くに動けないと笑ったレイリーに、尖った顎の先に指先を添えた速水兵庫(ea1324)が、柳眉を寄せた。
「もしや‥‥」
上品な彼女の面差しに浮かんだ思案の影に、和みかけていた仲間達の表情も改まる。
「キトゥンがこの場を動かぬという事に何か意味があるのではないのか」
その言葉に、仲間達の背後に衝撃の雷が走った。
「そ‥‥そうか。つまり、この場所に例の猫が」
「無闇に動くと余計な警戒を招くやもしれん。ここはひとつ、自然の中、森や猫と同化してしまう心づもりで過ごしてみるか。‥‥彼らのように」
キトゥンと戯れる天とお昼寝モードのエリンの姿を示した兵庫に、ルーウィンはなるほどと頷いた。
「一理ありますね」
「‥‥ね? もしかして、兵りんもあの中に混ざりたいんじゃあ?」
下から覗き込んで来るカファールに、兵庫は素っ気無く「まさか」と返す。冷笑に近い笑みを浮かべて、彼女は目を森へと向けた。
「拙者は任務にてここにおるのだ。そのような浮ついた心では‥‥」
「じゃ、これなあに?」
カファールの手が、彼女の袖口から覗く細い糸の束を引っ張っる。
「あ!」
慌てて袖口を押さえるも、僅かばかり遅かった。極細の糸を何本も束ね、1本の糸で結んだそれを掲げて、にんまりとカファールは兵庫に笑いかける。
「兵り〜ん?」
「そ‥‥それは、万が一、ジュエリーキャットが捕まらぬ場合にだな‥‥」
僅かに兵庫の頬が紅らんでいるのは見間違いだろうか。ぽん、とレイリーが兵庫の肩を叩く。
「素直になった方がいい」
「だっ、だからだなッ!」
得意そうに糸の束を掲げ、鼻歌混じりに兵庫の周囲を回り続けていたカファールは、ふと視界の隅に過ぎったものに気づいて動きを止めた。
「ジェリりん? ‥‥ってぅわぁぁっ!!」
期待を込めて振り返った彼女の視界いっぱいに飛び込んで来たのは、黒い猫の腹。
それまで天と遊んでいたはずのキトゥンが、彼女が手にしていた糸の束に向かってダイブして来たのだ。小さな体のシフールは、キトゥンに押し倒された形となって目を回す。
「カ、カファール殿‥‥」
哀れよの。
兵庫は袖口でそっと目頭を押さえた。
●宝石の猫
太陽が真上を過ぎて、西へと傾き始めても森は静まり返ったまま、何の変化もない。別班の傭兵駆除作戦が成功し、ジュエリーキャットの危機は去ったのではないかと錯覚してしまう程だ。
「猫さん‥‥」
むにゃむにゃと寝言を紡ぎつつ身動いだエリンの腹の上で丸くなっていたキトゥンが落ちかけ、慌ててよじ登るべく爪を立てた。
そんなキトゥンを抱き上げて、レイリーは己の膝の上に乗せる。
ぐるぐると自分の落ち着く形に踏み固めて座った猫の頭を撫でるレイリーの表情は優しい。
「やはり猫は心が和む」
「そ、うですね」
相槌を打ったルーウィンの手がわきわきしているのを、敢えて見ない振りをして、レイリーは黒猫の喉元を擽る。
「肉球もぷにぷにだな」
「そ、そうですかっ」
手を取られ、肉球を触られてもキトゥンはなすがままだ。
「しかし、この状態ではジュエリーキャットを保護するという当初の目的は‥‥」
どうにか理性を保ち、正論を述べたルーウィンの声に反応したのか、キトゥンの耳がぴくりと動く。
同時に、木にもたれて目を閉じていた兵庫が顔を上げた。
「今、音がしなかったか」
注意深く周囲を見渡した兵庫は、頭上に伸びた枝の上、葉の陰に見え隠れする小さな足に気づいて息を飲む。
「‥‥上だ」
囁くように声を潜めて、兵庫は袖に仕舞い込んでいた糸の束を取り出して軽く振る。微かに枝が揺れた。葉の間から、ぴんと立った耳と紅い宝石が見える。
「ジュエリーキャット‥‥」
呆然と、シルアが呟く。
見開かれた彼女の目が、驚きの深さを現していた。
「あれがジェリーちゃんなのですね‥‥」
実は犬派だと語っていた光も、その珍しい猫の姿に声を失った。
葉の陰に見え隠れする姿に、成猫のしなやかさはまだ無い。ぽてぽてと愛らしい丸みを帯びた姿は子猫特有のものだ。
臆病なジュエリーキャットがこうして人前に姿を現したのも、子猫の好奇心からか。
「親愛なる神様‥‥」
指を組んで、シルアは空を見上げる。
「この依頼を私に与えてくださった事を感謝致します‥‥」
茶色のその瞳はうるうると潤んでいた。
「ああっ! 嬉しさのあまり、生まれて初めて、主に感謝の祈りを捧げてしまいました」
おいおい。
それでいいのか、神聖騎士‥‥。
周囲の会話も、感激に打ち震えるシルアの耳には届かない。思わず裏手で突っ込んでしまった光の姿も、シルアの目には入らない。
彼女が見ているのは、ただ1つ。愛くるしい猫の姿のみ。
待っているのは、ただ愛らしい鳴き声だけ。
「気持ちは分からんでもない‥‥が!」
「あ〜猫さんですぅ。猫さ〜ん、はじめまして〜エリンですぅ」
うんうんと頷いた兵庫は、目を擦りながら起きあがり、ジュエリーキャットに自己紹介を始めたエリン目掛けてダガーを投げつけた。
「ほえ?」
ぱちぱちと瞬くエリンの脇を抜け、兵庫は刀を抜き放つ。
「もう分かっている。出てくるがよい」
「あ! 駄目!」
一心不乱にジュエリーキャットを見つめていたシルアが声を上げた。荒だった気配に怯えて、子猫が後退る素振りを見せたのだ。
「猫ちゃん、私達は敵ではありません! あなたを狙う愚か者は、あの方々が成敗してくれますよ!」
「エリンと一緒に遊びましょう〜?」
身を低くし、いつでも跳べるように構える子猫に、シルアとエリンの呼び掛けに応える気配はない。
「にゃーにゃーにゃー!(わりゅい子がいりゅの! 一緒に逃げりゅの!!)」
腕を広げてみせる天曰く「猫語」の説得も、子猫の警戒を解くには至らない。だが。
「にゃにゅん!(キトゥン!)」
みゃあ。
天の声に応えるように、小さな鳴き声が聞こえた。
油断なく身構るレイリーの頭上に避難していたキトゥンが一声鳴いたのだ。
その効果は覿面。
しばらく躊躇していたジュエリーキャットが、枝から天の腕の中に飛び降りたのだった。
●猫と人と、猫
「やっぱり、悪い奴らにジェリーちゃんを渡しちゃいけませんよね」
森の外で待っていたメグ達に光は優しく微笑みかけた。
「ですから、この子の新しい住処までご一緒します」
「まぁ! でも、よろしいのでしょうか?」
当然です!
即答した光に、カファールがエリンに尋ねる。
「ねぇ、エリりん。あれも大人の事情?」
「そぉですねぇ‥‥多分」
にこにこ笑うエリンに悪気は全くない。だが、光を硬直させるだけの威力を持っていた。
「ここまで来たのです。お付き合いしますよ」
仕事を終えて、自らに課していた戒めから解き放たれたルーウィンの腕にはキトゥン。その毛並みと肉球の柔らかさとを存分に味わったルーウィンの表情は満足気だ。
「そう言う事だ。ジェリー、後しばらく拙者達と‥‥」
籠の中、子猫のつぶらな瞳が彼女達を見上げていた。瞬間、魂を抜かれそうな心地を味わったのは兵庫だけではない。くらりとよろめいたシルアを、レイリーが支える。
「それじゃ、れっつ‥‥あッ!」
突然に上がったカファールの叫びに驚いたキトゥンが、ルーウィンの腕から飛び降りる。カファールに集中する視線の外で、ルーウィンは信じられないものを目撃して動きを止めた。
「何か忘れてると思ったら」
「い‥‥今の、見ましたか!?」
重なる2人の声。
「おいら達、天りんを忘れて来ちゃってるよ〜!」
「キトゥンが歩いたんです!」
ルーウィンの言葉に、仲間達は顔を見合わせた。
「猫も歩くぐらいはするぞ?」
哀れみさえ籠もるレイリーの眼差しに、ルーウィンは大きく頭を振る。
「そうではなくて! 2本足で‥‥と、聞いておられますか!?」
森の中に忘れられた天を回収し、ジュエリーキャットを安全な場所へと輸送する計画を立て始めた仲間達は、ルーウィンの話を聞いていない。
当のキトゥンはと言えば、素知らぬ顔で尻尾を揺らしていたのであった。
その頃、天は森の中で1人の女性と向かい合っていた。
「‥‥だれ?」
見上げた天の問いかける視線に、女は婉然と微笑む。
「坊や、こんな所で遊んでいちゃ駄目じゃない」
「綺麗なおねーさん、天、坊やじゃなーの」
天真爛漫な笑みを浮かべて「じこしゅちょー」してみた天に、女はまぁと頬に手を当てた。
「綺麗だなんて、正直な子ね」
天は首を傾げた。彼の主張の重要な所は聞き流されたらしい。
「えっとね、とと様が言ってたの。どんなおばちゃんでも『綺麗なおねーさん』って言っとけば優しくしてくれるんだって!」
小鳥のさえずりが響く静かな森の中、2人は見つめ合う。
「いい度胸ね、坊や。この超絶美少女、千の名を持つサロメ様に向かって」
サロメと名乗った女の口元が引き攣る。その背後で、2匹のゴブリンが怯えたように呻いた。こほん、と女は咳き払った。
「まあ、いいわ。目的のものは手に入ったし。坊や、今日は見逃してあげるけど、次は、お口をぎゅぎゅっと抓るからね」