砦の姫君
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:12 G 26 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月24日〜06月02日
リプレイ公開日:2008年06月02日
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●オープニング
●忘れた頃にやって来る
「ねぇ! ねぇったら!」
何度めか分からぬ呼びかけに、彼はようやく足を止めた。
キャメロットを南西に下ること4日。新緑に満ちた森と林を抜ければ、そろそろ海が見えるはずだ。紺碧の、海が。
なのに。
「ねえっ、聞いてるのっ!?」
やっとの事で追いついた娘が、彼の外套を掴んだ。絶対に放さないという気合い十分、幾分厚手の生地を握り潰さんとするかのようだ。
「アナタのその腕、買ってやるって言ってるのよ!」
感情も顕わに怒鳴り、感情のままに行動する娘とは対照的に、振り返った男は無表情だ。作り物めいた造作と相俟って、人ではなく彫像だと言われても信じられる雰囲気を醸し出している。
だが、娘はそんな男の雰囲気に臆する様子もなく詰め寄った。
「それだけの腕があるのに、困っている人を助けてやろうって気にならないの!?」
小さな宿場町の居酒屋で、酔っぱらいのチンピラに囲まれ困っている所を助けて、この有様だ。
男の自嘲めいた笑みは、あまりに微妙な変化だったので、大声でがなり立てている娘は気付く事は出来なかった。
「それより何より! こんな立派な淑女のお願いを無下にしようだなんて、アナタ、それでも男なのっ!?」
立派な淑女は、男の襟首を掴み上げて怒鳴りつけたりはしないと思う。
彼は僅かに視線を動かして、青く晴れ渡った空を見上げた。
ここのところ、減っていたと思ったのだが‥‥と、心中呟く彼の名は、トリスタン・トリストラム。アーサー王とイギリスを守護する円卓の騎士、放浪の騎士または女難の騎士とも呼ばれる男である。
「ちょっと! 聞いてるのっ!?」
「‥‥聞いている」
これも自分の運命なのであろうか。
がなり立てる娘の肩を押し戻しながら、彼は息を吐いた。自嘲するあたり、どうやら自覚はあるらしい。
「とにかく、アナタのその腕、私が買うから!」
一方的な宣告。
反論の余地は与えられなかった。
●伝言
「大変、大変っ! トリス様が知らない女の子に捕獲されちゃったあ!!」
「なにぃっ!?」
ずしゃっ、という派手な靴音を立てて集まった冒険者達は、ふと互いを見た。
次いで漏れる笑み。
「今更、だな」
「ああ、今更だ」
「何を落ち着いてるのよーっ!」
ばたばたと羽根をばたつかせて暴れるシフールの少女を捕まえて、その手に握った書状を取る。
「別に慌てる事じゃないだろ?」
女難の騎士が女難遭遇の記録を更新しただけのことだ。
シフールの少女の怒りの一撃をあっさりと躱して、冒険者は書状を開いた。
「そうだ。捕獲された所で、トリスが危害を加えられる事など‥‥」
中途半端に途切れた言葉に、書状を広げていた冒険者が怪訝そうに顔を上げる。先ほど、漢の友情を目と目で通じ合わせた男は、微妙な顔をして固まっていた。
「どうした?」
「‥‥トリスに危害を加える者はいないだろうが‥‥先日のような事が無いとは‥‥」
言い淀んだ男の視線は、受付の奥に注がれる。そこには、膨大な数の報告書が納められているはずだ。
彼の言わんとしている事を察して、もう1人の冒険者もうんうんと大きく頷く。
噂によれば、花嫁役を押しつけられたトリスは仲間の手によって美々しく飾り立てられた挙げ句に花嫁衣装のまま戦う羽目になり、その後、何やら無表情に落ち込んでいたらしい。
国有数の騎士のくせに、いつの間にか、本人の意図しない方向へと流されているトリスの姿を思い浮かべて、冒険者達は同情の溜息をついた。
「まあ、仕方がないよな。助けてやるか‥‥」
「そうだな‥‥」
くるくると巻いたり伸ばしたりして遊んでいた依頼書を改めて開き、冒険者は内容を読み上げ始めた。
「救援要請。場所、カルショットの岬の砦跡。‥‥カルショット?」
それはどこだと首を傾げた冒険者に、シフールの少女が伝え聞いた情報を伝える。
「んとね、サウザンプトンの河口にある‥‥とか言ってた。そこに、ずっと昔の砦があるんだって」
「で、その砦跡に姫城が囚われていて、その姫君の救出作戦に巻き込まれたらしい」
●攫われた姫
「イゾルデ様は、誰もが一目で虜になるぐらい、それはそれは美しい方なの! それだけじゃないわ。お優しくて聡明で」
トリスを捕獲した少女、ユーリアは姫君の乳母の子だという。
頬を紅潮させ、瞳を輝かせて、延々と姫を褒め称えるユーリアに、飲みかけのエールをテーブルに戻して咳払いをする。このままでは話が先に進まない。
「あ、それでね。ご婚約が決まって、婚礼準備を整えておられたのだけれど‥‥」
ある時、見知らぬ男が婚礼支度にどうかと持ち込んだモノが、いらぬ揉め事をも持ち込む事となった。
それは一枚の古い布だった。
「‥‥古い布を、婚礼道具に?」
あまり聞かない話だ。
月道を通って来る刺繍を施された美しい布や織物ならば、まだ分かるが。
眉を寄せた彼に、ユーリアは顔を寄せると周囲を見回し、声を潜めた。
「その布は遙か昔、処刑されたジーザスを包んだものらしいのよ」
「まさか」
彼は、即、否定した。
神聖騎士という立場上、ジーザス教についてはそれなりの知識を持っている。確かに、処刑されたジーザスは布に包まれて葬られたという。その布が聖遺物と呼ばれている事も知っている。だが、実存するという話は聞いた事がない。
「信じないの? まあ、いいわ。でも、その布を手に入れてから、姫様の周囲が騒がしくなったのは事実よ」
危機感を覚えた姫は、布を誰にも内緒で何処かへと隠した。
その直後、黒ずくめの者達に攫われたのだ。数日前の話である。
「‥‥私は、攫われたイゾルデ様の後を追いかけて、岬の砦に入る所までは確認したの。でも、女1人に何が出来るの」
カルショット近くの村で途方に暮れている所を、ならず者達に囲まれた。困っていた彼女を助けたのが、通りすがりの吟遊詩人‥‥つまり、トリスである。
「朽ちた砦だが、周囲の外構はまだ有効だ。崩れかけているとはいえ、石塁も堅牢。はね橋を上げられては侵入もままならないだろう」
「だから、人数が必要だって言うんでしょ。その手配はアナタに任せるわ」
イゾルデ様が無事に戻って来て下さるなら、私はそれでいいの。
きっぱりと言い切ったユーリアに、トリスは息を吐いた。
●今回の参加者
ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
ea0509 カファール・ナイトレイド(22歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
ea1123 常葉 一花(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
●リプレイ本文
●恐ろしい子!
カルショット岬の上に立つ堅固な石の砦。そこに囚われた姫を救い出す事が、今回の依頼だ。
けれど、とシルヴィア・クロスロード(eb3671)は口元に指を当てて考え込んだ。その視線は、開け放した窓から覗く、朽ちて苔生し、崩れた砦から動かない。
「‥‥難しいですね」
「? どうしたであるか?」
漏れた独り言を耳聡く聞きつけて、リデト・ユリースト(ea5913)は羽根を広げて彼女の肩まで飛んだ。依頼者であるトリスタンとの合流を果たし、これから姫君救出の策を練るべく、宿の一室に集ったところである。
「あの砦に潜入するのは、難しいのではないかと思って‥‥」
ああ、とリデトは苦笑いで大きく頷く。
「非常に見晴らしの良さげな砦であるな」
砦の周囲には何もない。身を隠す事が出来る木も、建物も、何も。これでは、シフール一匹潜り込むのも難しい。
「でも、攻める側からも丸見えなのである」
「紙一重、という事ですね」
きゅっと唇を噛むと、シルヴィアはテーブルを囲む仲間達の元へと歩み寄った。
「私は、やはり夜間、闇に乗じて潜入する案を推します」
「そうだな‥‥」
思慮を巡らせつつ、オイル・ツァーン(ea0018)はシルヴィアの言葉に同意した。
サウザンプトン領主から砦の情報を得たエスリン・マッカレル(ea9669)も、真剣な面持ちで口を開く。
「視界を遮るものが無いのでは、黒ずくめの連中に気付かれず潜入するのは不可能だろう」
「フライングブルームで出来る限り高く飛んで‥‥というのは無理でしょうか」
常葉一花(ea1123)の提案に、何人かが深く頷く。だが、オイルは渋い顔をしたままだ。
「私もそれを考えた。だが‥‥」
「フライングブルームで同時に飛ぶ事が出来るのは、精々が2人。しかし、2人乗りのフライングブルームは制御が難しい。海からの風が強いこの土地で、発見されぬ程高く飛ぶとなると、更に難度が増す」
扉を開く音と共に、抑揚のない声が響いた。
「あ、トリス」
「と、ユーリアさん」
リデトとユーリアの言葉に、それまでトントンと指でテーブルを叩いていたレジーナ・フォースター(ea2708)が、勢いよく顔を上げた。
‥‥のは良いが、すぐさま落胆の色を見せ、小さく唇を尖らせながら首を傾げる。
「なんだ‥‥。トリスさん、今回は趣味の女装はされないのですか?」
室内の空気が凍りつく音が聞こえた。
後に、オイルはそう語る。
「あ! 私もトリスの花嫁姿は見てみたかったのである! 私もドレスは着た事があるである! 綺麗なものは良いであるな!」
続くリデトの言葉に、室温がどんどんと下がっていく。
誰も動けないアイスワールドを物ともせず、元凶のレジーナは、青褪めてトリスから一歩離れたユーリアの肩をがっしりと掴んだ。
「ところで、ユーリアさん。2、3ほどお聞きしたい事があるのですが」
まて、その前にこの雰囲気を何とか!
オイルの心の叫びは、しかしレジーナには届かない。
そして、火に油を注ぐ一言が、にこにこと笑って成り行きを見守っていた人物から放たれた。
「いつものトリス様の女難と思ったのですけれど、やっぱり正しかったようですね」
違うかもと思った事こそ、私の思い違いでした。
「ユ‥‥ユリアル殿‥‥」
「はい?」
にっこり笑うユリアル・カートライト(ea1249)に、尖ったしっぽと触覚が見えるのは幻だろうか。エスリンはきりきりと痛む胃を押さえながら、先ほどからリデトの問いかけにも生返事ばかり返しているトリスをこっそりと伺い見た。
トリスが女難に巻き込まれるのはいつもの事だが、今回に限っては、何やら胸の辺りがもやもやしている‥‥気がする。
「あらあら、うふふ」
混沌と化しつつある室内に動じる事なく、一花は開いたままになっていた扉をぱたんと閉じた。
半歩ほど外に出て、逃げ腰になっていたユーリアを引き込む事も、当然忘れない。
「さて、どうしましょうかねぇ‥‥」
扉に手を当てたまま、一花は考えた。
砦への潜入方法を確定すること。
姫君の救出の手段と安全な経路を確保すること。
姫を攫った者達の真意を探ること。
室内の氷嵐を収拾すること。
‥‥等々、考えなければならない事は沢山ある。まずは、どれから片付けるべきか。更に懸案事項を追加したその時、彼女が手をついていた扉から断続的な衝撃が伝わって来た。
「?」
一花は、そっと、細く扉を開いた。
●潜入経路
「一花りん、ひどーいッ!」
目にいっぱいの涙を浮かべ、頬を膨らませたカファール・ナイトレイド(ea0509)に一花は推定67回目の謝罪を繰り返した。一頻り怒っては砦の中の状況を説明し、また思い出して怒り出す‥‥夕方から、カファはその繰り返しだ。
余程、鼻先で扉を閉められた事がショックだったのだろう。
辺りは既に闇に包まれていた。
空には細い月と微かな星の瞬き。
真の暗闇ではないが、灯りを使えない潜入にはかえって好都合だ。
「しかし、妙だな。灯りが1つも見えない」
オイルの指摘に、エスリンも目を凝らす。だが、その先には夜に溶け込むような黒々とした砦の影が広がるばかりである。
「カファール殿、その‥‥イゾルデ姫の居場所は間違いがないのだな?」
「うん」
空の星と砦の位置とを確認して、カファは身振り手振りを交えながら、懸命に言い募る。
「間違いないよ。金の髪のお姫様だよね? あそこの部屋の窓から外を見てたんだから!」
「ならば、目標は定まったな。‥‥ユリアル」
声が大きくなったカファの口を手で覆うと、オイルはユリアルを振り返る。そして、シルヴィアと一花と視線を見交わした。トリスタンが指摘したように、フライングブルームで2人同時に渡るのは危険だ。
「石塁に穴を開けたら、皆さんはそのまま中に入ってください。全員が渡り切るのを待っている時間も場所も、余裕がありませんから」
ユリアルの言葉に、頷きで返す。
エスリンがサウザンプトン領主に掘り起こさせた古い文献によると、砦の石塁には人が辛うじて立つ事が出来る程度に土台が厚くなっている場所があるという。砦を囲う石塁の、ほんの一部分だけの足場だ。
気配を消す事と、岩場での活動に長けている一花が先に渡り、ロープを使ってフライングブルームを仲間達の元に送る。少々時間は掛かるが、一番確実な方法だ。
「ユーリアさんは、ここから動かないで」
「ですが」
たった1人でイゾルデ姫を追いかけて来た度胸の良さは認めるが、身を守る術を知らぬユーリアは、ここから先は足手まといになるだけ。厳しい声でそう告げて、レジーナはロープに結わえられて戻って来たフライングブルームを掴んだ。
「いいですね、絶対ですよ。約束を破ったりしたら、姫様の婚約者さんに洗いざらい、ぜーんぶ話しますから、そのおつもりで!」
「そんな、念を押すみたいに脅迫しなくても」
手を差し出して着地の補助をする一花に、レジーナは眉を跳ね上げた。
「脅迫だなんて失礼な。お願いをしただけです」
笑み含みの声色に、ロープを回収した一花が笑う。
「そういう事にしておきましょうか。では」
言うが早いか、一花は駆け出した。
その後を、聖者の剣の鞘を払ったレジーナが続く。深窓の令嬢にフライングブルームを使えと言っても無理だ。となると、迅速安全確実な脱出経路を確保しておかねばならない。
2人は、エスリンとカファの情報にあった跳ね橋へと急いだ。
●深まる謎
静まり返った砦の中、オイルは奇妙な違和感と危機感を感じながら砦の中を進んでいた。
「変であるな」
単独行動は危険だと、彼について来たリデトも同じ違和感を感じているらしい。頻りと周囲の様子を窺っている。
ここに至るまで、何の反撃もない。姫を攫った黒ずくめの連中が襲って来てもおかしくはないのだが、その気配がないのだ。
「姫の所に集中しているのか、あるいは‥‥」
曲がり角を曲がった瞬間に、オイルは一歩飛び退った。外套の袖からダガーを取り出し、次の足でそこに立ち尽くす黒い影へと襲い掛かる。
布を裂く手応えがあった。
だが、予想外にそれは軽い物だった。
「‥‥黒い布だけなんである」
床に崩れた影に注意深く近づいたリデトが呆然と呟く。
彼の言う通り、黒い布の下には倒れているはずの体がない。
「煙のように消えたか、それとも」
「最初からいなかったか‥‥であるな」
ならば、この静けさも理由がつく。
「そういえば、シルヴィアが言っていたのである。村には「食べ物を調達しに来た人はいなかった」と」
用意周到に、砦に食料を蓄えていたのかとも思ったが、その必要が「なかった」のかもしれない。
いや増す不気味さを打ち消すように、オイルは床に落ちた黒い布を踏みにじった。
●激化
イゾルデ姫の救出から脱出までは、予想していた以上に簡単に進んだ。
結局、姫を攫ったという黒ずくめの連中は姿を見せる事はなかったのだ。
肩透かしにあったような気分を味わいつつ、彼らは宿へと戻った。
「分かりません。何故、こんな手の込んだ事をする必要があったのでしょうか」
シルヴィアの問いに答えられる者は誰もいない。
「思い当たる事ならば、ひとつある」
姫が手に入れたという聖骸布。それが、今回の事件の始まりのような気がしてならない。そう語るオイルの声が、エスリンの耳を素通りしていく。ちゃんと聞いておくべきだと騎士で冒険者でもあるエスリンの理性が告げている。しかし、意識を集中させたのも束の間、全ての神経はすぐにイゾルデ姫と何事かを語らうトリスタンへと向かっていく。
それは、一花も同様のようであった。
「女性関係のトラブルが続出★乞うご期待‥‥私の占いも、捨てたものじゃないって事かしらね」
その様子を眺めながらほくそ笑むレジーナを、柱の陰からお蝶ふじんが白目で見つめていたのだった。