悪夢の埋み火

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:12 G 26 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月14日〜06月23日

リプレイ公開日:2008年06月23日

●オープニング

●目覚め
 目覚めよ、と声がした。
 言われるがままにゆっくりと目を開く。
 傍らに立つ影が、絶対的な主のものであると本能が告げている。体を起こそうと身動いだ彼女に、主の優しい声が降る。
「無理をしなくてもよい。長く眠っていたのだ。急に動くのは辛かろう」
 辛い、というのがどういう事なのか分からない。だが、動くなと主が言うのであれば、動くわけにはいかない。
「良い子だ‥‥」
 つと伸ばされた指先が、乱れて張り付いた前髪を払い、こめかみを通って顎へと降りていく。次の言葉を待ち、中途半端な体勢のままで動きを止めた彼女に、主は満足げに頷く。
「本当に良い子」
 手を引かれて立ち上がると、主は彼女の周りに転がっていた包みを1つ取り上げた。
 その中身を見せられた彼女の体が、びくりと震える。
「可愛かろう?」
 手渡された包みの中に眠るのは、小さな赤子。すやすやと眠るその姿に、彼女の手が震えた。頬を突いた主の指先に、赤子が小さな手を伸ばす。吸い付きたそうに開けている口元に指を当て、主はにっこり微笑んだ。
「腹が減っているようだ。食事をさせてやらねばなるまい」
 そっと渡された赤子を胸に抱く。
 何とも表現し難い衝動が体を駆けめぐり、彼女は赤子を抱く腕に力を籠めた。
「お前の子達だ。守っておやり」
 主の言葉に、何度も頷く。
 頬を伝うものも正体も分からぬままに。

●凶報
 目を通していた報告書をテーブルに置くと、フランシスは難しい顔をしている友人を見た。
「どう思う?」
「どう思うと聞かれても‥‥」
 思う通りに告げてよいものだろうか。
 彼が、最も忌み嫌う名を。
「バンパイアの仕業だと思うか?」
 フランシスは静かに目を閉じた。
 彼は、強くなった。
 以前ならば、バンパイアという言葉だけで全てを拒絶していた。ただただ、嫌悪感を顕わに耳を塞ぎ、目を閉ざして。
 領主となり、冒険者達と接して色々と学ぶ事があったのだろう。
「‥‥かもしれないね。もっとよく調べてみないと分からないけど」
「バンパイアの仕業だとしたら、公表すると領民の不安を煽る」
 だが、公表しないままにして被害が拡大する事も考えられる。悩む友人の姿に、フランシスはもう一度報告書を手に取った。
「山に入った男が変死。遺体には全身に噛み跡があった。また、傷の数にしては、流れていた血の量が少ないように思われる。‥‥この報告書を書いた人間も、バンパイアを意識しすぎている気がするね」
 睨みつけてくる友人の視線に、フランシスは小さく肩を竦めて報告書に目を戻す。
「噛み傷は、どれも小さく、獣のものか人のものか判別不能。‥‥やっぱり、バンパイアだと思っているみたいだね」
「何故、そう思う」
 友人の問いに、フランシスは物憂げに前髪を掻き上げた。
「だって、そう思わないかい? 普通、山で見つかった遺体についた噛み跡を、人のものか‥‥なんて言うかな?」
 とんとん、と報告書を叩いて、呆れたように息を吐く。
「‥‥お前は、バンパイアの仕業にしたくないようだな」
「先入観は時として真実を覆い隠す。バンパイアと決めつけるには早いと言っているのさ。でも、早めに遺体は焼いておいた方がいいだろうね」
 ともかく、とフランシスは足を組み直して友人を見た。
「冒険者に依頼を出すのであれば、事実を調べてくれるだろう。必要ならば、退治まで頼むといい」
「言われずとも!」
 足音も荒く部屋から出た友人を見送って、フランシスは窓の外を見た。
 そろそろ夜が明ける。
「ねぇ、ウォルター。君とは少し違うけど、僕にだってここに思い入れがあるんだよ‥‥。あの女の事もある。この街が、今、どんなに危うい状態にいるのか‥‥君は本当に分かっているのかな」

●今回の参加者

 ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 eb8703 ディディエ・ベルナール(31歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ec0212 テティニス・ネト・アメン(30歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)

●リプレイ本文

●調査の前に
「こうなると、遺体の状況を確かめられないのは残念ですね」
 ユリアル・カートライト(ea1249)の言葉に、仲間達が苦笑を漏らす。
 体中に無数の噛み傷を残した遺体を調査するのが今回の依頼。だが、その遺体は既に存在しない。万が一の事を考えて、彼らが到着する前に焼かれたのだ。
「もしも、原因がバンパイアであるならば、今頃、彼自身が呪われた存在になっていたかもしれないものね」
「テティ姉さま」
 ローブを引っ張ったネフティス・ネト・アメン(ea2834)に、テティニス・ネト・アメン(ec0212)は安心させるように笑って見せた。
「大丈夫。分かっているわ。外では言わないから」
 バンパイアという言葉に敏感な土地柄である事は、再会した時にネティから聞いている。軽く妹の手を叩き、テティは仲間達に向き直る。
「それで、これからどうするの?」
「もちろん、現地へ調査に向かいます。遺体がなくとも、調べられる事はあると思いますから」
 アクテ・シュラウヴェル(ea4137)が確認を取るように仲間達を見回した。最大の手掛かりを失ってなお、仲間達は自信に満ちている。
「周辺の人々が何か異変に気付いているかもしれませんし、実際に現場を見て分かる事もあるでしょうね」
 これからの調査事項を思いつくままに上げていくアクテに、ディディエ・ベルナール(eb8703)が「そういえば」と口を開いた。
「遺体の火葬に立ち会った司祭がどなたか分かりませんかね? そうすれば、遺体の状況をもっと詳しく知る事も出来ると思うのですが‥‥」
 首を傾げたアクテから、ディディエの視線はポーツマス領主とその友に向けられる。火葬を指示した彼らならば、何か知っているかもしれないと思ったのだ。
「それならば」
 だが、答えたのは彼らではなかった。
 窓際の椅子に腰掛けて、物思いに耽っていたレジーナ・フォースター(ea2708)が、顔を上げる。
「先ほど、使いの者に手紙を‥‥」
 ドドドドドッ!
 彼女の言葉が終わらぬうちに、荒々しい足音が館に響き渡った。
 例えるならば、無駄に全速力で突っ走る猪の如き足音。冒険者達はそれぞれの得物を手に身構えた。
「‥‥あ、飛んで来た」
 ぽつり、漏らされたレジーナの呟きを気に留める者はいない。
 ウォルターとフランシスを背に庇ったメグレズ・ファウンテン(eb5451)が、柄にかけた手に力を込める。その時。
「舞姫! 舞姫はどこだっ!?」
 扉を蹴破らんばかりにして、司教服を着崩した男が室内へと飛び込んで来た。
 武器を構え、口を半開きのままで固まってしまった冒険者達を素早く見回すと、男はつかつかとテティへと歩み寄る。
「君が舞ひ‥‥」
 テティへと手を伸ばす男。
 瞬間、アクテの拳が光って唸った。
「ぐごおっ!?」
 目の前で、部屋の隅へと吹き飛ばされていった男に、テティはさすがに動揺を隠し切れず、不自然な動きで首を回すと傍らの妹に尋ねた。
「だ‥‥大丈夫なの?」
「大丈夫よ。あれぐらいでどうにかなるような人じゃないからっ」
 ぷんと頬を膨らませたネティの言葉に、アクテも大きく頷く。
 そんな彼らの傍らを一陣の風が吹き抜けた。その正体は言うまでもない、確認するまでもない。
「ちょっと! ヒュー様は? 私はちゃんとヒュー様にもお手紙をしたためましたのにっ!」
 さて、とユリアルはにこやかに微笑んだ。
「この後はド修羅場が予想されますし、ここはレジーナさんに任せて我々は現地へ向かいませんか」
「そうですね。レジーナさぁん、その方をちゃんと現地まで連行して下さいねー。聞こえてないでしょうけどー」
 一応、声を掛けてディディエはユリアルに続いた。
 部屋を出て行く仲間達の姿と手の中の物とを見比べて、メグレズは僅かに逡巡する素振りを見せた。だが、すぐに意を決したように顔を上げる。
「よろしければ」
「?」
 怪訝そうに首を傾げたフランシスの手の上に落とされたのは、1つの指輪。
「これを、私に?」
 驚き、目を見張ったフランシスに頷きを返し、メグレズは仲間を追うべく身を翻す。
 その手を、女性のように白く滑らかな手が掴んだ。
「ありがとうございます、レディ」
 そして、捧げられた淑女への礼に、メグレズは一呼吸の間だけ依頼も状況も忘れて呆けた。

●無邪気な悪意
 土の上に、血が流れた痕跡は残ってはいなかった。
 足跡や争った跡も、ほとんど見つからない。繁みの折れた枝や踏まれた下草も、被害者が襲われた時のものとは限らない。事件が発生し、ポーツマスのウォルターに報告がされ、彼らがこの地にやって来るまでに掛かった時間が、凄惨な事件の痕跡をゆっくりと覆い隠していったのだ。
「遺体を弔った司祭の話では、問題の噛み跡は獣のものではなく、どちらかと言えば毒蛇に噛まれた跡に近かったみたいですよ」
 自分の腕に実際の噛み跡の大きさを示しながら、ディディエが言った。
 何故か疲労困憊、ボロボロになったポーツマス司教が紹介してくれた司祭は、死者を冒涜する事になるとディディエからの協力要請を拒んでいたが、熱心な説得に渋々と口を開いたらしい。
「あと、噛み跡のいくつかに、小さな半円形の痣があったという話なのですが」
 つうっと、ディディエが腕をなぞる。
「毒蛇や獣の顎の形じゃないですね。まるで‥‥」
 頭上の枝を払いながら、ユリアルが溜息をつく。所々でバイブレーションセンサーを使う彼の歩みは遅れがちだ。いつにも増して慎重に周囲を探るのは、もうじき太陽の最後の光が消えるからだけではない。
 ネティが、今回の事件と過去の忌まわしい事件とで行ったフォーノリッヂがビジョンを結び、彼らの予想は現実味を帯びてきている。そこそこの大きさを持つ物であれば、確実に感知出来るだろう。だが、小さな‥‥赤ん坊ほどの大きさの物となると、ウサギやキツネといった小動物と間違えてしまう可能性もある。
「小さな噛み跡って‥‥まさか、お乳代わり?」
 ぶるっと震えたネティの肩に、テティが手を置いた。
「ネティ、辛いなら‥‥」
「ううん、大丈夫よ。解決の糸口かもしれないんだもの。大丈夫。今度こそ必ず‥‥」
 彼女の呟きを遮るように、ユリアルが小さく 声を上げた。
 その声とほぼ同時に、アクテは足に巻き付く何かを感じて動きを止める。足に触れてくる、冷たい何か。静かに視線を下げると、足下には無邪気な顔で見上げてくる赤子の姿があった。 
 抱っこをせがむように手を伸ばす赤子に息を呑む。赤子はローブの裾を掴んで立ち上がろうと足を踏ん張った。よろけ、転んでしまいそうな頼りない姿に、アクテは膝を折る。
「可哀想に」
 眉を寄せ、アクテはその小さな体をぎゅっと抱き締めた。
「こうやって、彼も襲ったのね」
 ぎゃあと赤子が叫んだ。抱えられた腕に牙を突き立てようとした瞬間、頭を撫でていた手が炎の熱気を帯びたのだ。熱さに悶える赤子に、アクテはもう一度「可哀想に」と呟いた。
 仲間達も、いつの間にか周囲を囲んでいた赤子に牽制の一撃を放つ。
「どうやらお昼寝の時間が終わったみたいですね」
 剣にオーラの力を纏わせると、レジーナは仲間を庇って一歩前へ出た。その間に、ネティは手元に意識を集中させる。手のひらに乗せられた暖かい色合いの宝玉が輝き、ネティの胸元にも小さな光が現れた。
「今こそ、あなた達の魂に平安を」
 放たれた太陽の光。赤子達の断末魔の叫びに、ユリアルは辛そうに顔を背け、息を吐く。しかし、彼はすぐに顔を上げた。
「気をつけて!」
「来る!」
 メグレズと同時に警告を発すると、彼は本能的に身を捩り、スタッフを突き出す。ずんと重い手応えがあった。倒れ、地面を這いずりながらも、泣き叫ぶ赤子に手を伸ばしたそれは、縺れた栗色の髪を振り乱す女だった。
「なんと哀れな」
 ディディエが思わず漏らす。
 必死に赤子を助けようとする女の姿は、人間の母親と変わらない。
「だが‥‥破壊する」
 揺るぎない覚悟と決意を胸に、レジーナは迷いなく剣を女へと振り下ろした。

●影
 だが、その剣は女には届かなかった。
 何かが彼女の剣を弾いたのだ。
「母親から赤子を、赤子から母親を奪うのか。何と非道な」
 突如として現れた影が、喉の奥で笑う。
 口元まできっちりと覆われているせいか、声もくぐもっていて、それだけでは男か女かの判別もつかない。しかし、感じる気配はひどく禍々しい。
 く、と唇を噛んで、メグレズは剣の先を影に向けた。途端に浮かび上がる小さな光。それは、メグレズの集中が増すにつれてじわじわと光度を増す。
「妙刃、破軍!」
 影の懐に飛び込み、素早く振り下ろした十握剣は、彼女と影との間に滑り込んで来た別の影によって、ぎりぎりの所で止められてしまった。金属と金属がぶつかり合う音が、暗い山中に木霊する。
 飛び退ったメグレズが、無言で剣を構え直す。
 割り込んで来たのは、長剣を手にした大きな影だ。
「まだ、仲間がいたのですか。‥‥何匹いても同じ事ですが!」
 レジーナの気合いが籠もった一撃を避けると、小さな影はそのまま軽く跳躍した。
「逃げます!」
 ディディエは仲間達へと警告を発すると呪文を唱えた。周囲を巻き込むと分かってはいたが、今回の事件の首魁と思しき者を逃がすわけにはいかない。
 彼の放ったグラビティーキャノンは、狙い違わず木の枝に降り立った影へと直撃した‥‥はずだった。
「‥‥なっ!?」
 空間が、黒く歪んで弾け飛んだように見えた。
 木の上から見下ろして来る影は、嘲るような笑い声を零すと再び跳躍した。それを合図に、男が、ふえふえと泣いていた赤ん坊の体を片手で掬い上げ、後に続く。
「待ちなさい!」
 影の足下を狙ったユリアルのグラビティーキャノンは、木が邪魔になって男まで届く事はなかった。
 そして、いつの間にか女の姿も消え、残されたのは何体かの赤子の遺体だけだった。