弟子入り志願 マーリン屋敷まで何マイル?

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:6 G 66 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月12日〜07月19日

リプレイ公開日:2008年07月22日

●オープニング

●交渉
 にこにこ満面の笑顔で告げられた言葉に、受付嬢は営業笑いを貼り付けたまま固まった。
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
 笑顔のままで、互いを見つめ合うことしばし。
 笑えば笑い返す。笑い返せば、更に笑みを深めるという、無言の応酬を繰り返す彼女達の間に割って入る事など出来るはずがない。ギルドに訪れていた冒険者達は、固唾を呑んで成り行きを見守った。
「‥‥‥‥で」
 無限に続くかと思われた微笑み返しを断ち切ったのは、受付台に手を置いて小首を傾げた楠木麻(ea8087)だ。
 更なる緊張が、ギルドに走った。
「受けてくれる?」
「そ、それは」
 口籠もる受付嬢に、麻が反対側に首を傾ぐ。
「駄目?」
 そんな大きな目でじぃっと見上げられたら、言わなくてはいけない事も言えなくなるではないか。
ーマーリン様の屋敷への道案内が出来る者など、そうそういやしない‥‥のに。
 感じなくてもいい罪悪感がずんとのし掛かってくるのに任せて、受付嬢はがくりと頭を垂れた。

●大魔法使いマーリン
 イギリスの王であるアーサー・ペンドラゴンの父、ウーゼル王の時代から相談役を務めてきたマーリン・アンブロジウスは、比類なき大魔法使いである。
 その予言は度々国を救い、王の信頼も厚い。
 しかし、「王の相談役である大魔法使い」である事以外、その素性や日常などは全くといっていいほど知られてはいない。山奥に隠遁しているという噂もあるが、それは噂の域を出ないのだ。
「じゃあ、会えないんですか?」
「どうだろうな。大魔法使いと言っても、異空間に住んでるわけじゃないだろうし‥‥」
 だが有り得る。
「引き出しの中で暮らしてると言っても驚かないぜ、俺は‥‥」
「俺は壺の中説が有力だと思うぞ」
 ひそひそと語らい始めた冒険者達に、麻は軽く頬を膨らませた。なんだか話に置いてかれてる気がする。大魔法使いマーリンのご自宅訪問を提案したのは自分なのに。
「じゃあ、どうすればマーリン様にお会い出来るのですか!?」
 眉を吊り上げた麻の拗ねているような声に、冒険者達は議論を止めた。互いに顔を見合わせ、気恥ずかしそうに笑い合う。子供みたいに、熱く俗説を語り合ってしまった。
 イギリスで育った子供達の多くは、マーリンについての想像を巡らせ、友人達と論議を交わした経験を持つ。
 いわく、マーリンはアトランティスの末裔である、とか。
 実は、月の世界からやってきたのだ、とか。
 男子から特に支持されていたのは、本当はうるとらびゅりほーな美少女説であったが、大人になるにつれて、美少女が美熟女になり、美熟女がやがて老婆となり、いつしか定説の老人にしとくのが一番無難であると気付く。
「‥‥お前も、か」
 突然に、彼らの間に芽生える連帯感。
 幼い頃からの友であったかのように、苦笑ともつかぬ笑みを頬に刻んで軽く拳を合わせる。
 またも疎外感を感じたのは麻であった。
「男の友情もよいのですが! 肝心のマーリン様のご自宅に関する情報はないのですか!?」
 腕を組み、とんとんと爪先を床に打ち付ける麻に、冒険者達はしれっと答えた。
「んなもん、一般庶民の俺達が知るわけないだろ。マーリン様の居場所を知っているのは、王様か大貴族‥‥もしくは円卓の騎士ぐらいじゃないのか」
 こいつみたいな。
 冒険者の1人が、そこにあった首に腕を回して、ぐいと引き寄せる。
 何気ない彼の行動に、ギルド内が息を呑んで動きを止めた。
「ん? どした?」
「‥‥ちなみに、どちら様?」
 麻の視線を辿って、彼は自分が腕を回している相手を見た。
 癖のない長い金髪。人形のような容貌。
「なぁんだ、トリス‥‥」
 身に纏っているのは細かな装飾の施された鎧と、朱色のマント。
「タン卿‥‥」
 ぽん、と麻が手を打った。
「なるほど、貴方が有名なトリス=タン卿ですか!」
 わざとか!? わざとだろ!!
 真っ青になって慌てる冒険者の必死の口パクを無視して、麻は一歩、騎士へと近づいた。嫌味なぐらいに整った顔を下から覗き込む。
「貴方は、ご存じなのですか? マーリン様のお住まい」
「‥‥マーリン殿を訪ねてどうするつもりだ?」
 問われて、麻は胸を張る。
「もちろん、魔法を教えて頂くのです! 下手に教われば、下手が移るというではありませんか。とすれば、その道の最高の人に教わるのが一番ですよね!」
 何か言いたげに口を開きかけて、トリスタンは息をつく。
「マーリン殿の住まいは1つではない。私が知るのは、そのうちの幾つかの、粗方の位置ぐらいだ」
「‥‥噂の通り、お住まいは山奥なのですか?」
 こくんと頷いたトリスタンに、麻は瞳を輝かせた。
「では! 案内して下さい!」
 勇者だ‥‥勇者がここいる‥‥。
 遠巻きに見ていた冒険者達にも、麻はにこやかな笑顔を向ける。
「では、皆さんもよろしくお願いしますねっ♪」
 どうやら、彼らもマーリン宅訪問の頭数に入っているようだ。
「まてまてま‥‥」
 反論しかけて、口を噤む。
 マーリンの屋敷。
 それは、幼い頃からの関心事の1つである。
「‥‥い、行ってやってもいいかな‥‥」

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea8087 楠木 麻(23歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2295 慧神 やゆよ(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec0141 アイザック・トライスター(35歳・♂・パラディン・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●絞り込み
 比類なき大魔法使い、マーリン・アンブロジウスの屋敷と目される場所は、トリスタンが把握しているだけでも十数カ所に及ぶらしい。それも「一部」だと言うのだから、総数が如何ほどになるのか見当もつかない。
「それも都市伝説っぽいような気がしないでも‥‥」
 アイザック・トライスター(ec0141)の呟きに、オイル・ツァーン(ea0018)は苦笑した。
 確かに、美少女説やアトランティス人説と同じ匂いがしないでもない。
「しかし、少なくともトリスタン卿が場所を知る屋敷は間違いないだろう」
 それでも十数カ所である。
 全てを回るには時間が足りなすぎる。
「より確実に、マーリン殿が滞在している場所が分かればいいのだが」
 ふむ、と言葉を切ったアイザックに、オイルが顔を上げる。彼らの口から同時に発せられたのは同じ言葉だった。
「「王か」」
 オイルは考えを巡らせた。
「王にお尋ねするとしても、マーリン殿に会う理由も必要だな。弟子入りしたい‥‥で、王が納得して下さるかどうか」
 あの豪気な王の事、熱意は買ってくれれるだろうが、公人としてとなると話が別だ。
「‥‥俺は、ここしばらく続いている、海の異変についてマーリン殿の意見をお聞きしたい」
「そうだな。私は、先日関わった聖骸布の真贋について尋ねたいのだが‥‥。王に謁見を申請するとして、どのくらいで結果が出るだろう?」
 彼らに与えられた時間は限られている。移動の事を考えると、今すぐにでも王に会いたいぐらいだ。
「あ、あの」
 アイザックとオイルの会話に割り込んで来たのは、エスリン・マッカレル(ea9669)。
「謁見の申請が通るか否かの結果を待つだけで、依頼の期間が終わってしまうと思います」
 トリスタンも王への報告の何日か前に先触れの使者を送っていたはず、と付け足したエスリンに、オイルは唸った。
「俺は一応、パラディンだが‥‥。それでも無理か?」
「一般の騎士や、騎士以外の冒険者よりも可能性はあるだろうが、円卓の騎士でも手続きを踏むと日数が掛かるのなら‥‥」
「時間が掛かるのなら、もったいないので、さっさと捜索に入った方がいいと思います」
 走らせていた羽根ペンをテーブルの上に置き、チョコ・フォンス(ea5866)が口を開いた。当を得た指摘に、オイルとアイザックは頷くしかない。
「それより、見て下さい! トリスタン卿に特徴をお聞きして、マーリン様の似顔絵を描いてみたんです」
 マーリンの似顔絵。
 その言葉に、仲間達は一様に動きを止めた。
 謎の多い魔法使いの肖像など、子供の落書きと想像と妄想の産物以外見た事がない。興味津々といった様子で、仲間達はチョコが掲げた羊皮紙を覗き込んだ。
「こっ、これは!!」
 がたんと椅子を鳴らして、アイザックが立ち上がる。エスリンが息を呑み、常に冷静沈着で、どんな状況にあっても動揺を見せる事がないオイルでさえも、目を見開き、言葉を失っている。
「よく似ている」
 頷いたトリスタンのお墨付きも出た。
 チョコが掲げた羊皮紙には、確かに1人の人物の姿が描かれていた。
 賢者が着るローブに目深に被ったフード。僅かに覗いているのは口元だけ。年齢性別不明の謎の大魔法使いの姿が、そこにあった。
「よく似ているのか‥‥」
「布の質感とかがリアルなのが、また何とも‥‥」
 今にも動いて喋り出しそうな似顔絵を前に、複雑な顔をした仲間達の後ろから、不満の声があがる。
「えー!? 僕は、魔法少女説が正解だと思うのにーっ!」
 楠木麻(ea8087)と共に出立の準備を整えて戻って来た慧神やゆよ(eb2295)だった。
「だから、マーリンさんに弟子入りすると、麻おねぇーさんも魔法少女になるんだよねっ!」
 ね、と言われても。
 曖昧に笑い返しながら、麻はやゆよの言葉に訂正を入れる。
「やゆよちゃん、麻じゃなくて、あ〜さ〜と呼んで下さい」
 そこかっ!
 仲間達が突っ込みを入れる中、やゆよは難しい顔をして考え込んでしまった。
「呼んでくれる?」
「‥‥」
「駄目?」
 絶妙に微妙な呼び名である。
 やゆよが戸惑うのも仕方がない。
 いや、しかし。この国にアーサーという名の男子は多いのだから気にする必要もないのかも‥‥仲間達がそれぞれの結論に達しかけた時、瞳を潤ませたやゆよが麻へと泣きついた。
「あ〜さ〜おねぇーさんだと呼びにくいよ〜」
「あ、そ‥‥そう? じゃあ、おねぇーさんはいらな‥‥」
「タンきょん! タンきょんもそう思うよねっ!」
 それは誰だと思う間もなく、やゆよはエールで喉を潤していたトリスタンの背へと突撃した。衝撃でエールが零れても気にシナイ。
「あ〜さ〜おねぇーさんとマーリンさんのおうちでフォーノリッヂしたら、お菓子が出て来そうだよー。あ、マーリンさんのおうち、お菓子の家だといいなっ。ねえ、タンきょん?」
「何故、菓子が?」
 問い返したトリスタンに、やゆよはえへんと胸を張った。
「ジャパンにそーゆー名前のお菓子があるんだって。僕はまだ食べた事ナイけど」
「そうか」
「‥‥普通に会話してる。動じませんね。さすがは円卓の騎士さんです」
 いや、それは慣れているだけだから‥‥。
 素直に感心するチョコの言葉に、彼の関わる依頼に同行した事があるオイルとエスリンは、トリスタンから目を逸らしつつ心の中で呟いた。これまでにも、「リスちゃん」だの「トリりん」だのと、彼は色々呼ばれて来たのだ。
「あ。そうだ。麻おねぇーさんとマーリンさんのおうちでフォーノリッヂしたんだけど、真ん中に大きな木のあるちっちゃな村が見えたんだ。どこだろうね、あれ」
 がたん、と音を立ててトリスタンが立ち上がる。
「真ん中に大きな木がある村、か」
 背中にやゆよを張り付かせたまま、トリスタンはチョコが描いたイギリスの地図を手に取った。

●迷い路
 木の枝に括り付けられたロープに、オイルは肩を竦めて印の線を1本書き足した。印の本数は、彼らがここを通り過ぎた回数だ。今、オイルが足した線は3本目。つまり、彼らはこの場所を3度、通った事になる。
 手近な木に手を当て、エスリンは注意深く周囲を見た。
「我々が迷うように魔法をかけているようだが、見破れる程度の術だ。マーリン殿ではないだろう。とすると、この山に住む誰か‥‥という事になるが」
「迷うように、魔法?」
 将来の大魔女候補は即座にぴんと来たらしい。やゆよは携帯品からフライングブルームを取り出し、跨った。
「上から見て来る!」
 すぐに戻って来るから!
 言うが早いか、フライングブルームがふわりと浮き上がる。頭上を覆う枝々を気にも留めず、ぐんぐんと上昇していく。
「湖か川を探してくれ! 人が暮らしているとすれば、その近くだ!」
 アイザックに元気な返事を返してすぐ、やゆよの気配が消えた。彼女が戻ってくるまで、下手に動かない方がいいだろう。
「トリスタン卿、どうぞ」
 水筒をトリスタンへと差し出し、エスリンは彼の傍らに腰を下ろした。
 言葉を交わさずとも、傍らにあるだけで幸せがじんわりと染みてくる気がする。
ー‥‥ここしばらく、色々とあったし
 危急な戦に凶事にかの姫に‥‥。
 そこまで思い至って、エスリンは小さく咳払った。
ーこんな時に何を考えているのだ、私は。今は、ここに共にある事を‥‥ではなくっ! 麻殿をマーリン殿の元にお連れする事を第一に考えねば!
 トリスタンの傍らで百面相を始めたエスリンの姿に、チョコは隣の麻に小声で囁いた。
「い、一体どうしたのかしら?」 
「うーん?」
 何となく想像がつかないでもないが、と麻は苦笑いだ。
「マーリンさーんっ、やっほーっ!」
 そこへ、突如として響き渡るやゆよの声。その言葉に、一同は色めき立った。
「やゆよちゃん!? マーリン様がいらっしゃったの!?」
「どこだ!?」
 降下してくるフライングブルーム。無邪気に手を振るやゆよが仲間達の待ち望んだ情報を持ち帰って来た。
「みーつけーたーよー! ちっちゃい村ー!」
 見つけたのはマーリンではなかったが。

●望みを繋ぐもの
 屋敷で彼らを出迎えたのは、マーリンではなく、屋敷の維持管理を任されているという村娘だった。娘の話では、つい数日前まで、確かにマーリンはこの屋敷に滞在していたらしい。
「マーリン様は、お弟子さんは取らないんです。‥‥ごめんなさい」
 申し訳なさそうに、娘が謝る。
 娘のせいではないのに、何故謝るのだろう。
 そんな事を考えながら、麻は深く息を吐いた。
 本当は、分かっていた。
 仲間達や、トリスタンという協力者がいても、マーリンに会う事ですら難しいのだと、頭では理解していた。
 けれど、諦められなかった。
 目指したいものがあるから。
「そう、ですか」
 麻は娘に笑いかけた。
「それは残念です」
 落胆を押し隠してぎこちなくなった麻の笑顔に、娘は戸惑う様子を見せた。それに気付かぬ振りをして、明るく続ける。
「ならば、せめてマーリン様にこれをお渡し下さい」
 手土産にと持参した酒「南都諸白」と巻いた羊皮紙を娘に差し出すと、麻は目を瞑った。何かに耐えるような表情で動きを止めてしまった彼女の顔を、娘は心配そうに覗き込む。
「大丈夫? あなた‥‥」
「ボクは‥‥諦めない。だから、大丈夫です」
 胸元をぎゅっと握って、ゆっくりと目を開く。
 その顔には、迷いも憂いもない。期待と希望に満ちた、輝かんばかりの笑顔だ。
「絶対に諦めません。魔法を極めて、セージになる事はボクの夢だから! だから、あ〜さ〜はまた来ますとマーリン様にお伝え下さい。」
 麻の笑みに釣られたのか、娘も笑顔になる。
「以前、あなたと同じように弟子になりたいとやって来た人に、マーリン様がおっしゃったそうです。「己が資質を磨き上げるのは師ではなく己自身」‥‥少しでも、あなたの役に立つといいんだけど」
 彼女が告げた言葉を、麻は何度も繰り返した。
 その言葉の意味を噛み締めながら。