【北海の悪夢】海の守護者

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:15 G 20 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月14日〜07月23日

リプレイ公開日:2008年07月22日

●オープニング

●戦慄の大海原
 ――大海が災厄の警鐘を鳴らすかの如くうねる。
 5月15日頃からイギリス周辺の近海で海難事故が頻発するようになっていた。
 始めこそ被害は少なかったものの、紺碧の大海原は底の見えない闇に彩られたように不気味な静けさと共に忍び寄り、次々と船舶を襲い、異常事態に拍車を掛けてゆく。
 王宮騎士団も対応に急いだが、相手は広大な大海。人員不足が否めない。地表を徘徊するモンスターも暖かな季節と共に増え始め、犯罪者も後を絶たない現状、人手を割くにも限界があった。
「リチャード侯爵も動いたと聞いたが、去年の暮れといい、海で何が起きているというのだ?」
 チェスター侯爵であり円卓の騎士『獅子心王』の異名もつリチャード・ライオンハートも北海の混乱に動き出したと、アーサー王に知らせが届いていた。自領であるチェスターへの物資の流入に異常が出ることも懸念しており、重い腰をあげたという。
「キャメロットから遠方の海岸沿いは、港町の領主達が何とかしてくれる筈だが‥‥後は冒険者の働きに期待するしかないか」
 現状キャメロットから2日程度の距離にあるテムズ川河口付近の港町が北海に出る最短地域だ。
 海上異常事態の解決を願い、冒険者ギルドに依頼が舞い込んでいた――――。

●海の守護者
 威嚇するように、白く泡立ちながら波が押し寄せて来る。油断をすると、足を攫われて海の中へ引き摺り込まれそうだ。
 海が荒れている。いや、怒っているのか。
 沖合で砕けた波頭の合間に、一瞬だけ垣間見えた巨大な尾。
 大きさの異なる尾鰭が、海面を強かに打ち付けると、新たな波が起きる。
 それはまるで、言葉に出来ぬ苛立ちを懸命に伝えようとしているようだ。
 アドゥール。
 遠目に確認された特徴から、暴れ狂っている魚とも動物ともつかぬ生き物は、そう呼ばれている水のエレメントであるらしいと判明した。そうそう害を為すモンスターではないそうだが、それが今はどうだ。
 激しく叩きつける尾で海面は荒れ、船が漕ぎ出そうものなら体当たりで転覆させる。彼女が立つ波打ち際には、鋭い歯でバラバラにされた船の残骸が、いくつも流れついていた。
「ブリジット様」
 掛けられた声に、彼女は静かに頷いた。視線を背後へと流し、先を促す。
「指示の通りに、港は全て封鎖しました。しかし、漁師や船主から苦情が出ています」
「冒険者が到着するまでの事だ」
 しかし、どんなに禁じても、それを破る者がいる。
 ここしばらく、海で異変が起きているにもかかわらず、交易の為に出航したり、漁に出る者が後を絶たない。生活の為と言えばそれまでだが、中には、他の船が出ない間に荒稼ぎをしようとする輩もいる。
「どこまで強制出来るか‥‥」
 領主の権限を借りて港を封じても、どれほどの効果があるのか。
 けれども、これ以上アドゥールを刺激するわけにはいかない。
「冒険者は、あれを倒せるのでしょうか」
「‥‥倒すのは、最後の選択だ。アドゥールは、もともと海の守護者と呼ばれている存在だ。出来れば鎮めたい」
 それに、とブリジットは心の中で付け足した。
ーいかな冒険者とて、荒れ狂う海の上でアドゥールと戦うのはきつかろう
 聞いた話では、アドゥールは魔法の武器のみが傷つける事が出来るとある。水魔法は全く効かないとも。
 他の魔法攻撃が通じるかどうかは定かではないが、海で効果がある攻撃魔法となると限られてくるだろう。
「ともかく、だ。漁師や船主達に出航禁止を徹底させろ。アレクの名前でも何でも、使える物は使え」
 命を受けた部下が走り去っていく。
「‥‥しかし、何故、アドゥールが突然に暴れ出したのか」
 アドゥールは、海の守護者とも呼ばれているモンスターだ。それが何故?
「ここしばらくの怪異に関係があるのだろうか」
 春頃から続いている海での事件の数々は、風の噂として、サウザンプトンの南にあるこの町にも伝わっている。チェスター侯も、原因究明に動き出しているとかいないとか。
 しばし考え込んで、ブリジットは頭を振った。
 考えても詮無い事に思いを巡らせている場合ではない。
 船を出す事が出来ないので確かめる術はないが、アドゥールの影響は沖にあるワイト島にも及んでいるはずだ。長引けば、いくらルクレツィアが島を出る事を禁じたとはいえ、海に落ちた者が流れつき、騒動を起こす可能性も出て来る。
「早く、来てくれ」
 目を閉じ、一瞬だけ祈るような素振りを見せると、ブリジットは踵を返した。

●今回の参加者

 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3827 ウォル・レヴィン(19歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb8175 シュネー・エーデルハイト(26歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb9531 星宮 綾葉(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●人の罪
 寄せる荒い波が、海の喘鳴のようだ。
 セブンリーグブーツで海岸沿いをぐるっと一回りして来たが、どこも同じような状態だ。さすがにポーツマスまで行くのは無理だったが、恐らく、この辺りと変わらないだろう。
「やれやれ、だね」
 疲れたように息を吐いたベアトリス・マッドロック(ea3041)は、同じように海岸を歩いていたレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)の姿に気付いて手を挙げた。
「リョーカの坊主!」
「だーかーら、坊主っていうのはやめてくれないかしら」
 ぶつぶつとぼやきながら、レオンスートは苦笑した。
 豪快に笑いながら、ベアトリスは力一杯、愛情一杯、レオンスートの背中を叩く。
「細かい事をお言いじゃないよ。で、坊主も海を調べてたのかい?」
「まーねぇ」
 ぽりと頭を掻いて、レオンスートは大袈裟に肩を竦めてみせた。ベアトリス母さんの愛情一本に咳き込まなかったのは、鍛えられた筋肉のおかげだろう。
「どこも同じよ。漁師も商人も船が出せなくて商売あがったり」
 海の守護者と呼ばれるアドゥールが暴れる理由が分からないのでは、鎮めようがない。海上へ出る前に、少しでも原因を突き止めておきたいと、仲間達もそれぞれに動いているようだ。
「他の連中が、何か掴んでいるといいんだけどねぇ」
 足下まで迫る波が、助けを求めて伸ばされた手のように思える。
 ベアトリスは憂いた眼差しで沖を見つめた。
 その頃、ヒースクリフ・ムーア(ea0286)とウォル・レヴィン(ea3827)も周辺の村を回っていた。
「ノルマンでは、海を汚す者がいたためにアドゥールが暴れたそうだよ。アドゥールが船を襲っているのだとしたら、やっぱり人間が何かしでかしてるんじゃないかと思うんだけどね」
 しかし、人間はずる賢い。
 咎められるべきこと、後ろ暗いことをした者は巧妙にそれを隠してしまう。
「そういう奴が自分から「はい、私です」と名乗り出てくりゃ、俺達も楽なんだけどな」
 ウォルは足下に転がる石を蹴り上げた。ブリジットを通して、教会関係者にまで当たったのだが、彼の勘にビビッと引っ掛かる情報は無し。
「そうだね。‥‥こうなったら、直接アドゥールに聞くしかないのかなあ」
 ヒースクリフの言葉に、ウォルは同意を示して歩き出した。向かうのは、仲間との合流地点である。
「‥‥でも、ギリギリまで調べようぜ。早くアドゥールを鎮めないとマズイってのは分かっているけどさ、人間が悪い事してるなら、そっちも何とかしとかないと」
「うん。分かっているよ。‥‥あれ?」
 不意に、ヒースクリフが足を留めた。
 何艘もの漁船が停留している一角には、何人かの監視人がいる。禁を破り、勝手に漁に出る者がいないか見張っているのだ。
 だが、その監視人達は港の全てに配されているわけではなさそうだ。柵が張り巡らされた区画から先には、1人の監視人もいない。
「おかしいね」
 ヒースクリフとウォルは顔を見合わせた。柵の向こうにも港は続いている。船も何艘かあるようだ。
「個人所有の港みたいです‥‥」
 振り返れば、彼らと同様に港や町で情報を集めていたはずのフィーナ・ウィンスレット(ea5556)が少し離れた場所に佇んでいた。
「なので、ブリジットさんの部下さん達も勝手には入れないようですわ‥‥」
「フィーナさん」
 柱の影から顔を覗かせたフィーナが小さく笑って手を振った。
「今、シュネーさんが‥‥あ、戻って来られました」
 フィーナが指さした空から、グリフォンのシュテルンに乗ったシュネー・エーデルハイト(eb8175)が舞い降りて来る。
「どうでした?」
「変ね」
 駆け寄ったフィーナに短く答えて、シュネーはシュテルンの首を軽く叩いてやる。
「船は3艘。船の周りには死んだ魚が大量に浮いていたわ」
「毒か?」
 問うたウォルに、ヒースクリフが首を振った。
「自分の家の庭に毒を撒く人はいないよ」
「あれだけの魚が死ぬぐらい強力な毒‥‥なら、この辺りに浮いていてもおかしくないわ‥‥」
 シュテルンから降りたシュネーが岸から海面を覗き込む。積まれた石の間に海藻や木片が詰まってはいるが、魚の死骸が打ち寄せられている気配はない。それどころか、海面近くに魚の姿すら見えない。
「‥‥ちょっと、不自然かな?」
「そうですね」
 ヒースクリフとフィーナが顔を見合わせる。アドゥールが暴れ、海が荒れているせいか、魚たちは海中深くに潜っているらしく、海面近くに姿は見えない。なのに、個人の港内にだけ大量に死骸が浮いているのは、確かに不自然だ。
「‥‥俺、ブリジットさんの所に行って来る。先に船に行ってくれ!」

●海の異変
 ブリジットが手配した一番頑丈な船には、近辺の海で一番と言われる漕ぎ手がついていた。
 なのに、船は波にもまれ、今にも沈みそうになっている。油断をすると甲板に転がり、海へと投げ出されかねない。あまりの波の荒さに、船もギシギシ言っている。
「まったく、なんてこったい。‥‥大丈夫かい? 星宮の嬢ちゃん」
「は、はい‥‥」
 柱にしがみついた星宮綾葉(eb9531)を庇う位置に移動して、ベアトリスは船の前方を見据えた。そろそろアドゥールが暴れている海域だ。
「リョーカの坊主! そっちはどうだい?」
「想像以上に凄いけど、何とか無事よ!」
 船縁を握り締めるワケギ・ハルハラ(ea9957)が投げ出されないように、レオンスートもがっちりワケギの横に両腕をついている。術を使う予定の2人は、印を結ぶ時に自分で体を支え切れない。万が一の為の予防策だ。
「ベアトリスさんも、術を使われるのにっ」
「舌ァ噛んじまうよ! なァに、あたしは平気さ。術って言っても、あたしゃ、聖なる母の御印があればいいんだからね」
 激しい揺れの中、舳先で踏ん張っていたヒースクリフは、頭上で聞こえた翼の音に首を巡らせた。シュネーが船から離れていく。アドゥールを見つけたようだ。
 シュネーは手綱を握り直し、アドゥールを刺激しないよう距離を取りながら、その状態を確認する。
「思っていたより‥‥大きいのね。見たところ外傷は無さそうだけど‥‥っ!」
 次の瞬間、シュネーの瞳が見開かれた。咄嗟に手綱を引く。
 ゴオッという音と衝撃がシュネーを揺らし、数瞬遅れて、無数の飛沫が雨のように降り注いだ。
「‥‥飛べるの!?」
 海中で暴れていたアドゥールが宙に浮き、シュネーとシュテルンに向かって毛を逆立て、威嚇している。
「なんてこと‥‥」
 空を見上げて、レオンスートが呆然と呟いた。
 一際大きな横波を受け、転覆寸前まで傾いだ船の中、誰もが言葉を失っていた。
 巨大な影が、空を飛んでいた。流線型の尾鰭は間違いなく、それが海に属するものであると告げているし、羽根もない。なのに、アドゥールは空を飛んでいるのである。
「シュネーさん!」
 船の縁にしがみついて衝撃をやり過ごしていたフィーナが、素早く詠唱しながら印を結ぶ。大波に揺られてバランスを崩した彼女の腰を、近くにいたヒースクリフが抱える。
「このまま!」
「はい!」
 全体重をヒースクリフに預けて、フィーナは詠唱を完成させた。
 放たれたライトニングサンダーボルトが、アドゥールとシュネーの間に割って入る。もとより攻撃するつもりはない。アドゥールの注意を逸らすのが目的だ。
「レオンスートさん!」
 ゆっくりと向きを変えるアドゥールの姿に、ワケギが叫んだ。
 振り仰いで来るワケギの瞳に込められた意志を読み取って、レオンスートは不敵な笑いを浮かべた。
「いいわよっ! 思いっきりぶちかましてやんなさいっ!」
 大きく頷いて、ワケギは船縁を掴んでいた両手を放した。レオンスートに体を預けてスクロールを繰り、詠唱する。スクロールを持つワケギの体が銀色の光に包まれた。
ーー貴方は何故怒るの‥‥?
 言葉と想いが織り込まれた呪歌を、ワケギは紡いでいく。
ーー不思議 貴方 貴方 暴れる‥‥
ーー聴かせて下さい 暴れる訳を‥‥
 すうっと降りて来たアドゥールが、滑るように海に入った。その質量が海面を揺らし、船を揺らす。
「ベアトリスさん、私も」
「あいよ。嬢ちゃんに主のご加護がありますように」
 柱を抱き締めていた手を解き、綾葉は印を結んだ。心をこめて、言葉を送る。
ーー私の、私達の言葉を聞いて下さい。
ーー僕のが貴方の想いを聞くから‥‥
 ワケギの呪歌が響く中、綾葉は思念を送り続けた。
 船は変わらず大きく揺れていたが、先ほどまでの激しさはない。アドゥールが動きを止めたからだ。
「‥‥お魚を」
 指を組み、瞳を伏せてアドゥールとの会話を試みていた綾葉が不意に口を開いた。
「面白半分に捕まえては捨ててしまう人達が」
 その言葉に、ウォルがはっと顔をあげた。
 出航寸前、ブリジットに確認した私有港の所有者にまつわる話を思い出したのだ。
「そいつらの事なら、ブリジットさんが領主に!」
 綾葉は頷いた。もう一度、心を澄ませてアドゥールに語りかける。
ーー原因は取り除きます。だから、お願いです。心を静めて‥‥。私達を信じて下さい。
 猫の目のように不思議な色をしたアドゥールの瞳が、冒険者達を見つめる。
 テレパシーは使えなくとも、心は伝わるはずだ。逸らす事なく、彼らはアドゥールの視線を受け止め、まっすぐに見返す。
「‥‥大きな‥‥とても怖いものが来るから」
 綾葉は、伝わってくる思念をそのまま言葉にした。
「守る‥‥のに、魚‥‥無意味に殺す‥‥許せなかった‥‥」
 静かに、アドゥールは船から離れていく。あれほど荒々しく怒りに満ちていたのが嘘のように、穏やかに。
「‥‥信じる‥‥」
 綾葉が伝える言葉を静かに受け止めて、波の間へと消えていくその姿を見送った。
「大きな‥‥怖いもの、ね」
 レオンスートが呟いた。
 アドゥールは人を信じてくれた。だが、恐れたものがまだ残っている。
 依頼を終えた安堵と言いしれぬ不安とを抱えながら、彼らは波に揺られ続けたーー。