野良、拾いました
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 70 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月21日〜11月27日
リプレイ公開日:2008年11月29日
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●オープニング
サウザンプトン領主、アレクシス・ガーディナーは執務の合間をみて、領地とキャメロットとの往復を繰り返していた。
足繁くキャメロットに通う領主の姿に、事情を知らない領民はキャメロットに愛人がいるのだと噂し合っている。噂に尾ひれがついて、既に子供が3人いて、長女は父に似ずしっかり者で、次女は甘えっ子、末っ子の長男は父そっくりのやんちゃ坊主。
それが、領民達の中で決定事項になりつつあった。
噂とは怖いものである。
「捨ててきなさい」
静かに、きっぱりと言い切ったアレクシスに、少女は小さく口を尖らせた。
この少女が、アレクシスのキャメロット通いの原因であると知るのは、サウザンプトンでも極少数だ。その理由は、少女がキャメロットに滞在している事を隠す必要があるからだった。
「でも、お兄さま」
「捨ててきなさい」
キャメロットの外れにある小さな屋敷でひっそりと暮らす少女は、名をルクレツィアといった。
ふわふわした蜂蜜色の髪を持つこの少女は、最近は屋敷で働く者達だけでなく、近隣の人達も慈しまれていると、アレクシスは聞いていた。
外に出る時には頭からすっぽりと覆った外套を手放せない彼女を、体が弱いのだと気の毒がったご婦人方が、新鮮な野菜や果物、ちょっとした手料理を持って来た事から始まり、午後のお茶会が日常茶飯事となり、最近では仕事の前に子供を預けていく親までいるらしい。
だが、彼らは知らない。
人懐っこくて体の弱い彼女が、実は王城への投石経験有りの要注意人物であることを。
彼女は、彼らが思っているような普通のお嬢様ではないのだ。
「わたくし、こんな可愛い子を見捨てる事なんて出来ませんわ」
サウザンプトン領主を相手に一歩も退かない。それどころか‥‥。
「お兄様‥‥」
同じ言葉を繰り返そうとしたアレクシスが口を開く前に、ルクレツィアはうるうると上目遣いに兄を見上げた。
それは、彼女が幼い日より鍛錬に鍛錬を重ねて会得した、対アレクシス用の最終奥義である。これが炸裂した日には、彼は無茶な要望であろうと飲まざるを得なくなってしまうのだ。
だがしかし、この日、兄は頑張った。
「‥‥捨ててきなさい」
しばらく葛藤する素振りを見せた後、絞り出すように告げる。
一応は、家長。
とりあえずは年上。
辛うじて兄。
アレクシスの決定に、ルクレツィアは逆らえない。だからこそ彼女には奥義が必要だったのだ。
「どうしても駄目ですの?」
さらに瞳の潤ませて、ルクレツィアは兄に訴えかけた。
「悪い事はしませんのよ?」
「捨てて来なさい」
「お庭を荒らしたりもしませんし」
「捨てて来なさい」
「夜中に暴れる事もありませんわ」
「捨てて来なさい」
「だって、可哀想ではありませんか」
「‥‥ツィア」
額を押さえて、アレクシスは溜息をついた。
その仕草に、ツィアはアレクシスの手に縋りつく。
「ウィリアム13世には、お家がありませんの。雨が降っても雪が降っても、お外で過ごさなければなりませんのよ?」
もう名前がついているし!
アレクシスは、がっくりと項垂れた。
ちらと部屋の隅を見れば、従者であるヒューイットに見張られた少年がじぃーっとこちらの様子を窺っている。円らな瞳と少女めいた容姿。生気がない肌と赤い瞳である事を気にしなければ、確かに「可愛い」部類に入れても差し支えないだろう。
「お兄様‥‥」
ルクレツィアの「お願い」に非常に弱いアレクシスは、折れるしかなかった。
「ただし! 悪さをしたらすぐに放り出すぞ!」
「お兄様! ありがとうございます!」
ぎゅうと兄に抱きついた後、嬉しそうに少年へと駆け寄るルクレツィアに、ヒューは咎めるような視線をアレクシスへと向けた。当然だろう。ちくちくと突き刺さる視線の針に怯みながら、アレクシスは椅子を引き寄せて腰を下ろす。
「‥‥あなたという方は‥‥」
「仕方ないだろ、俺がツィアがお願い攻撃に勝てた試しがあるか」
「自慢にならない事を胸を張って言わないで下さい」
傍らへと歩み寄って来た従者は、主の言葉を一刀両断して声を潜めた。
「本当によろしいのですか? あれは‥‥」
「‥‥まあ、ツィアが嫌がる事はしないだろ。絶対に。それはお前が一番よく分かっているだろ?」
押し黙ったヒューに、「だが」と続ける。
「あれが、外れとはいえキャメロットに続けて現れたのが偶然だと思うか?」
「‥‥いいえ」
ヒューの表情に過ぎる苦悩の影。
「だよな。とすると、居場所がばれたと思って間違いないか」
「恐らくは‥‥」
少年を相手に無邪気に笑っているルクレツィアの様子を窺い見て、アレクシスは不快そうに眉を寄せた。
「‥‥だとしたら、相当にずる賢いヤツかもしれんな。‥‥あんなのを送り込んで来やがって」
主の呟きに、ヒューは苦笑を漏らす。
「確かに‥‥。これがくたびれてズゥンビ風でしたら、ルクレツィア様も拾っては来ますまい」
つまり、相手はルクレツィアの趣味と傾向まで把握済みだとも考えられる。今もどこからか見張られているような気分だと、アレクシスは眉間の皺を深くした。
「ともかく、だ。あれはツィアの言う事には従うだろうが、ここに置いておけるかどうかは別の問題だ」
先ほどとは違う事を言う主に、ヒューは僅かに眉をを動かすと次の言葉を待った。
「あれの監視と観察の依頼をギルドに出せ。ここに置けるレベルならばいい。だが、少しでも本能に引き摺られたならば、ツィアには知られないように処分してくれと」
「はい。‥‥ところで、あれの餌ですが、ご近所の家畜などを襲われても困ります。当面は私が面倒をみます」
心底、嫌そうな顔をして、アレクシスは渋々、ルクレツィアに言いつけた。
「ツィア、そいつに言い聞かせておけ。ヒュー以外は噛むな、とな」
●リプレイ本文
●探索
この辺りだろうか。
周囲を注意深く見回して、シャロン・シェフィールド(ec4984)は花壇の縁石に腰を下ろした。
風に乱された髪を手櫛で梳かして、毛先を整える。
傍目には、林の散策中に休憩をしているようにしか見えないだろうが、彼女の視線の先にあるのは薄暗い木々の向こう、いや、目には見えない人と魔の世界の境界線だ。
それは、林の奥のような人目につかない場所にあるのか。
いや、もしかすると普段、何気なく歩いている路地の裏にあるものかもしれない。
「お嬢ちゃん、もうすぐ雨が降るよ。お家に帰った方がいいぜ」
「はい。ありがとうございます」
通りすがりの男に笑み返しながら、よいしょ、とシャロンは立ち上がった。
依頼主、アレクシスの従妹であるルクレツィアが野良スレイブを拾ったという場所には何の痕跡もない。もう少し、調査範囲を広げるべきかもしれない。
「‥‥そうだわ。お尋ねしてもいいですか? この林の奥、何かいます?」
「林の奥?」
怪訝そうに振り返った男に、シャロンはにっこりと微笑んだ。
「私、猟師なんです」
男は絶句した。
●その辺りの事情
「馬鹿バカばか莫迦、アレクの馬鹿っっ!!」
そんな怒鳴り声と同時に、勢いよく扉が開いた。中から飛び出して来るネフティス・ネト・アメン(ea2834)の後ろ姿を見送ったオイル・ツァーン(ea0018)は、小さく息を吐いて部屋を覗き込む。
「今度は何をしたんだ?」
「知らん。いきなり馬鹿ってひっぱたかれた」
頬に真っ赤な手形をつけたサウザンプトン領主は、不貞腐れてそっぽを向いた。
やれやれと肩を竦めて、オイルは手近な椅子を引き寄せて座る。ここで痴話喧嘩に巻き込まれては適わない。だが、依頼主には報告しておかねばならない事がある。
「屋敷の周囲を探ってみたが、異常はなかった」
端的に伝えられた内容に、アレクは真顔に戻って頷いた。
「夜間に行動するのは得策ではない。明日、もう少し範囲を広げてみようと思う」
「分かった。だが、肝心のアレの方はどうするんだ?」
本来の依頼は、現在、ルクレツィアが拾って来たウィリアム13世をどうするか、である。今のところは大人しくしているものの、本来は理性など持たぬ哀しいモンスターだ。ツィアを慈しんでくれている近隣の人々、そして王都キャメロットに害が及ぶ前に何とかしなければならない。
「‥‥あちらに関しては、我らの意見は一致している。今頃、ツィアの説得を‥‥」
ぱたぱたりんりんと忙しない足音が近づいて来て、オイルは言葉を止めた。
室内に一陣の風が吹き抜ける。
「ちょっ、ちょっとアレク!? 誤解しないで頂戴! 仕方なく、なんだから! いい!? ツィアの為に協力してあげるのよ!!」
言いたい事だけ言い捨てて、またも風のように駆け去っていくネティに、オイルもアレクも口を挟む事すら許されず、ただ瞬きを繰り返すのみだった。
「‥‥な、なんなんだ、今のは‥‥」
「さあ? ‥‥ああ、いや、あれじゃないか? 最近、巷で流行っているという本心とは裏腹な天邪鬼‥‥」
ばったん、とどこかの部屋の扉が力一杯閉められた音が響く。
「‥‥ツィアの説得は我らが行おう。が」
オイルは同情の籠もった眼差しをアレクへと向けた。
「あちらは、自分で何とかしてくれ」
「いったい俺が何をしたって言うんだーッ!」
ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしるサウザンプトン領主の叫びが、夜の静寂に響き渡った‥‥。
●宿命
ん?
どこからか聞こえて来た声に、ベアトリス・マッドロック(ea3041)は背後を振り返った。
叫び声のようだ。
思わず立ち止まってしまったが、またすぐに歩き出す。
「ま、放っておいても害はないか」
ベアトリスの冒険者の勘がそう告げたからだ。
「そんな事よりも‥‥っと」
不意に、目の前の扉が開いた。中から出て来たのは、首筋をハンカチで押さえたアレクの従者、ヒューイットだ。
「‥‥ヒューの坊主」
赤く染まるハンカチに、ベアトリスの目が細められる。その部屋はツィアの部屋ではない。ウィリアム13世に餌を与えていたのだろう。
気まずいのか、ヒューはベアトリスから視線を逸らし、足早に歩み去ろうとする。
「待ちな」
その腕を掴むと、ベアトリスは彼が傷口を押さえていたハンカチを取り上げた。
手燭を近づけ、その首筋を覗き込む。
未だ流れ続ける血の濃密な匂いと、くっきりと残る牙の跡に、ベアトリスは眉を寄せた。
「お見苦しいものをお目にかけました‥‥」
やんわりと彼女の手を退けたヒューを、ベアトリスは物問いたげに見つめる。
その視線に気付かぬ振りで、ヒューは静かに頭を下げた。
「この時間でしたら、ルクレツィア様はサンルームでお茶を楽しまれているかと」
「‥‥そうかい」
バンパイアに噛まれてもスレイブとなる事がない、特殊な存在。頭では分かってはいたし、聞いてもいた。だが、それを目の当たりにする機会は、今までなかった。
ー苦痛を感じていない‥‥はずがないじゃないか! 血を啜られるんだよッ!
「ヒューの坊主! 怪我の手当てをするよ!」
腕を掴み直して、ベアトリスは彼の目を見る。見開かれた赤い瞳に、何故だか切なくなった。
「いえ、どうかご心配なく」
「けどね」
驚きの表情を見せたのは一瞬のこと。彼は、すぐにいつもの本心を伺わせない微笑みを浮かべた。
「怪我のうちに入りません。‥‥それに、私は聖なる母の癒しに預かる資格はございませんので」
●その魂に安らぎを
香草茶の香りが部屋を優しく満たしていた。どこか緊張を孕みながらも、室内の雰囲気は和やかだ。
「はい、ウィリアム13世も」
傍らに座っている少年にも湯気のたつカップを渡して、ツィアは幸せそうに笑った。
「ツィア、ウィリアム13世もお茶を飲むの?」
「‥‥? 飲みませんの?」
渡されたカップをじぃっと見つめている少年の姿は、確かに可愛らしい。その仕草も表情も幼くて、ツィアがつい拾ってしまった気持ちも分からなくもない。だけど、とネティは唇を噛み締める。
今から、自分達はとても辛い事を言わなくてはならないのだ。
「飲まないだろ、多分」
遅れてやって来たベアトリスが、ウィリアム13世からカップを取り上げる。音を立てないようにテーブルに戻すと、ベアトリスはウィリアム13世の髪をくしゃりと撫でた。
「まだこんなに小さいんだね。おっ母さんは、さぞかし心配しただろうに」
それとも、一緒にスレイブにされたのだろうか。
「おっ母さん?」
「そう。この子の母親だよ。悪い奴に、こんな風にされる前には、家族と一緒に仲良く暮らしていただろうさ。嬢ちゃんがワイト島で暮らしていたみたいにさ」
はっと、ネティは息を呑んだ。
ツィアにとって、ワイト島は故郷。そして、そこに暮らしていた家族同然の人々を失った悲しみの地だ。窺い見れば、ツィアは戸惑ったようにベアトリスを見つめていた。
「嬢ちゃんだって、島の連中がああなっちまった時には辛かっただろう? アレクの坊主やヤコブの坊主、ソニアの嬢ちゃんがこんな風になっちまったら、悲しいだろう?」
「‥‥寂しいですわ」
うん、とベアトリスは頷いた。
「ねえ、ツィア‥‥。今から言う事を信じてくれる?」
そっとツィアの手を握って、ネティは切り出した。白くて柔らかな手に握らせたのは、1枚のタロットカードだ。
「占ったの。ツィアとウィリアム13世と、彼をこんな風にした悪い奴のこと。ツィアはウィリアム13世といたわ。お姫様みたいに豪華なドレスを着てたけど、笑ってなかったの。ウィリアム13世は‥‥悪い奴に悪い事をさせられてた‥‥」
握り返して来るツィアの手に視線を落として、ネティはゆっくりと言葉を続ける。
「ツィアがこの子を可愛いと思う気持ちは分かるけど、このままじゃこの子の魂は天国には行けない。このカードはね、この子が周りの人達から愛されてたって事を教えてくれたの。だから、お願いよ‥‥ツィア。この子を愛されたまま眠らせてあげて」
手の中のカードと、思い詰めたようなネティの顔とを見比べ、ツィアはウィリアム13世へと視線を巡らせた。
●垣間見えた影
「あの子供の守りでもしているのか。大変だな」
オイルが気付いている事を知っていたのか、その影は声を掛けられても動揺しなかった。
「だが、その必要はない。闇の底にお戻り頂こうか」
外套の下に隠し持ったダガーの柄に手を伸ばし、その瞬間に備えて重心を移せば、靴の下で土が音を立てた。張りつめた空気の中では、その音すら耳障りだ。
隙がない。
下手に動けば、不利になる。
ーやはり、本能だけのモンスターではない‥‥か
苦く笑ったオイルは、深く息を吸い込み、止める。そのタイミングを計ったかのように木立の合間を抜けた馬影から手が伸ばされた。
「オイルさん!」
迷う事なくその手を掴み、目を合わせて頷き合う。
片手でオイルを掴んだまま、シャロンは手綱を引き、軽くレオポルドの脇腹を蹴った。利口な馬は、その合図だけで主の意図を察した。木に衝突する寸前で向きを変える。
引かれるまま、馬の上に体を押し上げる。その瞬きする程の間に、オイルは取り出したダガーを突き出した。
「!?」
警戒していたのだろう。影はオイルのダガーを躱す。その動きに遅れた外套だけが、鋭い刃に切り裂かれた。
「今のは!?」
裂け目から垣間見えたものに、シャロンが声をあげる。
確かめに戻るわけにはいかない。「あれ」がスレイブを送り込んだ者であるならば、今、戦うのは得策ではないからだ。だが‥‥。
「人間‥‥のように見えましたが‥‥」
「ああ」
レオポルドの背に揺られながら、オイルは背後を振り返った。追って来る気配はない。
シャロンも同じものを見たはずだ。見間違いではないだろう。
切り裂かれた外套の下にあったのは、健康的に灼けた肌。そして、しっかりと筋肉のついた男の体だった。