【黙示録】指し示す先に

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月30日〜12月05日

リプレイ公開日:2008年12月08日

●オープニング

●デビル北上
 ――これは、或る森でモンスター退治の依頼を受けた冒険者の軌跡である。
「これで最後だ! そっちは片付いたか?」
 最後の1体を切り伏せたファイターは、仲間に状況を促した。
「こっちも完了した。所詮は雑魚、この程度の相手に‥‥ん? どうした?」
 剣を収めながら答えたナイトは、怪訝な色を浮かべる。瞳に映るのは、指輪を見つめ戸惑う若いクレリックだ。
「蝶が羽ばたいていますッ」
「蝶って、デビルがいるのか!? 魔法は!?」
 ナイトは静かに首を横に振る。経験も浅いパーティーはデビル対策を失念していたらしい。
 尤も、今回の依頼はモンスター退治。襲って来なければ問題はない。
「近づいていますッ。どんどん激しくなって‥‥ッ!?」
 刹那、冒険者達は何かの夥しい気配が通り過ぎたように感じた。
 沈黙と困惑に彩られる中、クレリックが安堵の溜息を洩らす。
「行ってしまったようです‥‥」
「行った‥‥って軽く無視かよ」
 彼等は気配が去った北の空を見つめた――――。

●デビル防衛線
 ――イギリス各地でデビルの出現報告が届くようになる。
 村や町で騒動を起こす事件もあるが、共通する点が一つ確認された。
 一部のデビルが北海に向けて収束しているらしい。
 裏付けるようにキャメロットより北で出現情報が多くなり、メルドン近隣に集中しつつあった。
「王よ。黙示録の時が近づいております」
 マーリンは静かに告げる。
「地獄のデビル共が動き始めています。静かに。だが確実にその爪を伸ばして参りましょう」
「北海の騒動が要因か元凶か定かでないが、デビルに集結される事は勢力拡大を意味する。北海のデビルと思われる男の早期探索と、北海付近に進軍するデビルの集結阻止が重要となるか」
 アーサー王は王宮騎士を通じてギルドに依頼を告げた。

「王宮からの依頼は北海に向かうデビルの早期発見と退治だ。我々は北で防衛線を張り、デビルと対峙する事になるだろう。既に向かったデビルを追っても仕方ない。今は僅かでも勢力を拡大させない為にも、冒険者勇士の協力を期待する」
 幸いというべきか、円卓の騎士により、北海のデビルと思われる男の探索依頼は出されている。王宮騎士団は北海地域に展開しており、日々出現し続けるデビルと奮戦中との事だ。
 つまり、冒険者達は最前線に陣を置き、デビルを探索、退治する事が目的となる。
「ここでデビルの動きを伝えよう」
 デビルの動向には大きく二つに分類された。
 北へ向かうデビルと、近隣の村や町に留まり、騒動を起こすデビルである。
 推測に過ぎないが、デビルにも嗜好というものがあるらしい。
 しかし、北海に向かわない保障はないのだ。

●葛藤
 もうすぐ陽が昇る。
 この屋敷の者達は、明け方の見回りの後、姫の朝食までの時間を東の庭で過ごすのが彼の習慣だと思っているらしい。
 姫が起きている間中、彼女の傍らに控えている彼に同情しているのか、その時間帯は誰も東の庭には近づかない。
「‥‥王」
 王の剣となり盾となるのが騎士としての自分の務めだ。王の元に帰参し、志を同じくする者達と共にイギリスを守る為に動くべきだ。だが‥‥。
 トリスタン・トリストラムは包帯の巻かれた手を握り締めた。
 数日の暇を願い出た彼に、それは死ねと言われているのと同義だと、かの姫は自分の胸に短剣を突き立てようとしたのだ。自身が誘拐され、そして一番の騎士であった男が失踪、忌まわしきアンデッドとなった事件は、姫の心に深い傷跡を残しているらしい。護り手の騎士として選んだ「トリス」が離れる事を異様に恐れているのだ。
「トリス様、そのお怪我は?」
 連絡係のシフールが彼の肩に舞い降りて、心配そうに覗き込んだ。
 決断せねばならない時が来た。
「たいした事ではない。それよりも‥‥」

●鳴動
「‥‥というわけでー、トリス様からの依頼でーす!」
 冒険者達の前で、シフールの少女は大きく腕を広げてみせた。
「んっとね、なんかー、集団で移動してるらしいのよー?」
 しばしの間。
 続く情報を待っていた冒険者達は、痺れを切らしてシフールの少女に問うた。
「で? 具体的には?」
「アタシもよく知らないんだけどー、2箇所ぐらい?」
 喋りながら首を傾げた少女に、暑くもないのに冒険者達のこめかみを汗が伝う。
 まさか、まさかとは思うが、それで依頼を果たせと言うのか。
 いくら何でも、それは無理だ!
 冒険者達の心の声を聞き取ったわけではないのだろうが、少女は「大丈夫」とぴんと指を立てて、片目を瞑ってみせた。
「トリス様、集まった情報をシフールリレー便で届けて下さるから」
「シフールリレー便?」
 なんじゃそりゃ、と冒険者が怪訝な顔をしたその時に、誰かが開いたギルドの扉の隙間から、小さな影が矢のように飛び込んで来た。
「ほら、言った通りでしょ!」
 自慢げに胸を張ると、少女は息も絶え絶えな少年シーフルの、何か言いたげな口元に耳を近づけた。
「‥‥キャ‥‥キャメロットの北の‥‥リ‥‥りんごたべたい‥‥」
 ぱたり。
 意味不明の言葉を残し、少年シフールは力尽きた。
 役目を全うし、満足そうな笑みを浮かべて眠りについた彼に、さすがの少女も呆気に取られたようだ。あんぐりと口を開き、動きを止めている。
「な‥‥なんなのよ、それはっ!?」
 しばらくして我に返り、熟睡した少年にぽかぽかと憤りをぶつけ始めた少女を宥めようと冒険者が声をかけようとした、更にその時。
「ト‥‥トリス様からの書状ですッ!」
 2つめの小さな影が、丸められた羊皮紙を冒険者に託すとぼとりと落ちた。
「‥‥‥‥」
 どうやらトリスタンも、伝言をリレーさせる事の無謀さを悟ったらしい。
 燃え尽きたシフールの姿を呆然と見つつ、冒険者は羊皮紙を広げた。
 それは、地図のようだった。何本かの線が点を繋いでいる。その点には小さく文字が添えられている。
「村の名と、日付、それから‥‥デビルによる被害報告!?」
 ウィンチェスターの北東から延びた2本の線はデビルの被害に遭った村を繋いでいるものらしい。そして、一番新しい日付の村の先は、点線が記されてある。
「ちょっと! これって‥‥」
 ゆっくりと北に向かっているデビル。このまま進むと、キャメロットの北西寄りで合流する可能性が高い。
「というより、合流を目指しているようにも見えるな」
 村を襲った記録を辿ると、進行速度を合わせているようなふしが見られる。
「アガチオンとインプの集団のようだが、奴らにそんな知恵があるか? だが、村々での被害からして数は10〜20というところだ。これが合流するとなると、更に被害が増える事になるぞ」
 そうなる前に、デビルの集団を潰さなければならない。
「大きくなる前に潰すか、まとめて潰すか‥‥。どちらにしても、これだけの数になると厄介だな」
 ぽつりと呟いて、冒険者は足下へと視線を落とす。
 そこには、幸せそうに眠る仲間にこんこんと説教を続ける少女の姿があった。

●今回の参加者

 ea9093 リィ・フェイラン(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3387 御法川 沙雪華(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3389 シータ・ラーダシュトラ(28歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)
 eb8221 アヴァロン・アダマンタイト(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec4984 シャロン・シェフィールド(26歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●まずは1つ
「悪魔め。私の目の前で好き勝手出来ると思うな」
 突然に空から舞い降りて来た黄金の影に、移動を続けていたデビルの群れは動きを止めた。 
 槍を構えて、アヴァロン・アダマンタイト(eb8221)は素早く群れを見回した。数は10匹。アガチオンが4匹にインプが6匹だ。思っていたよりも少ない。このぐらいの数であれば、問題なく殲滅出来るであろう。
 とは言え、油断などする気もない。
 ちらりと背後を見遣って、アヴァロンは槍を構え直した。
「アヴァロン・アダマンタイト、目標を駆逐する」
 主の宣告に、グリフォンのアウルムの咆哮をあげた。威嚇の色を滲ませたそれに、デビル達が怯む。
 その隙を見逃すはずがない。
「‥‥はっ!」
 息を詰める微かな気配が、張りつめた気迫と共に伝わって来た瞬間、アヴァロンはアウルムの手綱を手繰っていた。グリフォンが再び咆哮をあげ、デビルに向かって突進を始める。
 アヴァロンの槍の一撃が、最初のアガチオンを屠ると同時に、放たれた矢がインプを射抜く。
 リィ・フェイラン(ea9093)が後方から放った矢だ。
 デビルの進路情報と周辺の地形とを照らし合わせ、自分達が有利な場所を選んでぎりぎりまで引きつけた。そして、思う通りにデビル達は罠に掛かった。
 リィの口元に薄く笑みが浮かぶ。
 この勝負、負けろという方が無理だ。
「だが、デビルはこの群れだけではない」
 ここから先は、時間との勝負となる。2つの群れは合流を果たす為に進行の速度を合わせているらしい。だとしたら、群れは互いに連絡を取り合っている可能性がある。この襲撃を、片方の群れに知らされたら厄介だ。
「分かってる! 行くよ、みんな!」
 勢いよく飛び出していくシータ・ラーダシュトラ(eb3389)を援護して、エスリン・マッカレル(ea9669)が矢を放つ。既に気合いは十分だ。矢をつがえ、弦を引く動作には余裕すら感じられる。
 撃ち抜かれたインプとアガチオンが絶命の悲鳴をあげる傍らを、シータの小柄な体が駆けた。
 一瞬で何匹もの仲間が倒され、動揺したデビル達をコラの刃が斬り裂いていく。
 群れが崩れた。
 何匹かのインプが逃げようとして向きを変えた。
 しかし、彼らはすぐに逃走すらも不可能であると悟った。
 たった今、通り過ぎたばかりの場所に、女が1人、佇んでいた。
 女の手から迸った火が、情け容赦なくデビル達を焼き尽くしていく。
「‥‥統率がなっていないようですわね」
 奇妙な形をした木の指輪を撫でて、御法川沙雪華(eb3387)は首を傾げる。ほんの少し囁きかけただけで、恐慌を来したインプはあっさりと逃げ出そうとした。群れの速度を調整する程にまとまった集団とは思えない。
「何か‥‥おかしいですわね」
 沙雪華と同じ事を、後方にいたシャロン・シェフィールド(ec4984)も感じていた。
 ペガサスに騎乗し、上空から仲間達を援護していた彼女には、デビルの群れの動きにまとまりがない事も見えていたのだ。
「インプもアガチオンも、合流のタイミングを調整出来るほどの知能はないでしょうし」
 本能のままに北を目指している可能性もある。群れのまとまりの無さを考えれば、都合がよいから一緒に移動し、途中で村を襲っているように見えなくもない。
「でも、何の為に‥‥?」
 ここだけではない。イギリス各地でデビル達が動いている。
 北へ、北へと向かって。
「デビルの意図は一体‥‥?」
 これがただの偶然とは、シャロンにはどうしても思えなかった。

●デビルの群れ
 片方の群れを殲滅した後、彼らは休む間もなく移動を開始した。
 戦闘自体は呆気ない程簡単に終わった為、怪我らしい怪我もなく、治療の時間も必要なしと判断してのことだ。
 こうしている間にも、もう1つの群れが村を襲ったり、人に危害を加えている可能性が高い。片方に時間をかければ、もう片方の被害が拡がる。焦燥感を感じながら、彼らはデビルの影を探していた。
「シャロン殿、アヴァロン殿!」
 緊張した声に、アヴァロンとシャロンは同時にエスリンを振り返る。
 彼女が指し示す先に、旋回している鷹の姿が見える。そして、その下、地上には固まって移動する黒い群れが。
「これは‥‥」
 シャロンが思わず絶句する。
「数としては、片方の倍か。なるほどな」
 そう簡単にはいかないらしい。アヴァロンは苦笑してエスリンを見た。
「地上を行く者達は?」
「さきほど、ジャタユを見掛けました。近くまで来ているのは間違いありません」
 ぎこちなく視線を逸らしつつ答えたエスリンに頷くと、アヴァロンはアウルムの腹を軽く蹴った。
「では、行こうか。援護を頼む」
「はい!」
 群れの真ん中にいたアガチオンに狙いを定め、シャロンはホーリーアローを放った。先ほどと同じく寄せ集めの群れであれば、ジーザスの祝福が込められたこの一矢で崩壊を誘えるかもしれない。
「!? 皆さま、お気をつけて!」
 アヴァロンとエスリンに注意を促して、シャロンは2矢めに真鉄の矢を選ぶ。
 片方の群れとは違う。数だけではない。
 シャロンの放った矢がアガチオンを倒したと同時に、デビルの群れはぴたりと動きを止めたのだ。まるで、号令を受けたかのように。群れが崩れる気配もない。
「確かに、先ほどとは違うようだ」
 素早く2矢をつがえて、エスリンは外縁にいたインプを射る。
「ならば、外側から崩してやろう。降伏は一切受け付けぬ!」
「その通りだよ! 皆、一匹ずつ確実に仕留めて!」
 走り出た影が、あっという間に2匹のインプを斬り伏せた。
 緩いカーブを持つ刀、コラを自在に操っているのはシータだ。その後方には沙雪華とリィの姿もある。
 挟み撃ちとなったと知っても、群れは崩壊しなかった。それどころか、デビル同士が身を寄せ合うようにして固まっていく。片方の群れが統率の無い、ただの寄せ集めだったのと比べて、こちらの群れは妙に団結している。
「固まっているのであれば好都合です」
 沙雪華の手から放たれた炎が、デビル達を襲う。
 だが、炎は外側にいたデビルを僅かに焼いただけで消えた。
「‥‥何だ?」
 彼らが異変に気付くのと、沙雪華に向かって群れから火の球が投げられたのは同時だった。咄嗟に体を倒した沙雪華のギリギリを掠めて、火の球は地面で大きく爆ぜた。
「サユカ!?」
 気を逸らしたシータに、アガチオンの爪が襲い掛かる。
「気をつけろ! この群れには、どうやら指揮をしているデビルがいるようだ!」
 火の球は、火遁の術への仕返しかもしれない。
 そんな事を考えながら、リィは矢をつがえた。
 もしそうならば、群れの中にリーダーとなるものがいるはずだ。森の中で獲物を探すように注意深く群れを見る。
 インプもアガチオンも、火の魔法は使えない。
 もっと、別の何か‥‥。
 密集したデビル達中に、彼らとは違うものを見出そうと、リィは目を眇めた。
 その視界の隅を、小さな羽根が過ぎる。
「あれは‥‥シフール? いや、リリスか!」
 知恵がまわるリリスが指揮しているのであれば、この行動も頷ける。
 リィは、矢の先を見え隠れする影に合わせた。インプやアガチオンを盾にしていても、数を減らされたなら隠れ切れない。息を詰めて、その瞬間を待つ。
「こンのぉ!」
 間近からの反撃をすんでの所で躱して、シータがコラを奮った。インプが薙ぎ払われて、リリスを守っていた壁が崩れる。
「今だっ」
 それは、正確にリリスを射抜いたように思えた。
 次の瞬間、それまで受け身の防御を固めていたデビル達が一斉に動き出す。
 群れに近づいていたシータに3匹のアガチオンが襲いかかり、残るデビル達は狂ったように走り出した。
「アヴァロン殿!」
 気付いたエスリンが叫ぶ。
 その先には、エスリンとシャロンの盾となっていたアヴァロンがいる。
「面白い!」
 アウルムから飛び降り、アヴァロンは槍を一閃した。手に感じる鈍い感触。
「何匹でもまとめて掛かって来るがいい!」
 その言葉通り、槍が空気を巻き込んで唸る度、数匹のデビルが吹き飛ばされる。
 暴走したデビル達をアヴァロンに任せ、リィは見失ったリリスを探した。
 エスリンとシャロンも、つがえた矢をいつでも放てるよう弦を引き、その小さな姿を探す。
「皆様! アガチオンの上に!」
 沙雪華が、何かに気付いて声を上げる。
 見れば、暴走した群れを抜け出すアガチオンがいる。その背に負われているのは、羽根と尻尾を持ったリリスだ。
「ちっ」
「逃しません!」
 エスリンとシャロンが同時に矢を放つ。
 断末魔の叫びがあがった。

●何処へ
 倒れたアガチオンから投げ出され、矢に貫かれながらも、リリスはなおも前へと進もうとした。草を掴み、石を掴んで這いずっていくリリスの周囲に、残りのデビル達を葬った冒険者達が集まる。
「もはや、魔法を使う力もない、か」
「サユカ、どう?」
 インタプリティングリングに指を添えていた沙雪華が静かに首を振る。会話に応じる気力も、既にないのだろう。
「ならば、楽にしてやろう」
 アヴァロンは、リリスの真上に槍先を定めた。
 長い、悲鳴に似た叫びが響き渡る。
「‥‥逃げようとしていたのでしょうか。それとも進もうとしていたのでしょうか」
 シャロンの問いに答える者はいない。
 リリスはインプやアガチオンよりも知能は高い。小狡い事でも知られている。
 不利だと思ったら逃げ出す事もある。
 だが、何故、敵がいる方へと向かったのか。
 正面突破を試みたのかもしれない。けれど、そこまで考えたのだろうか。前後を挟み撃ちにしている冒険者がいない脇側へと向かう方が、逃れられる確率は高い。
「‥‥最後の瞬間、一言だけ、リリスの声が聞こえました」
 外した指輪を手の上に乗せて、沙雪華が呟く。
「急がなければ、と」
 急がなければ‥‥何処へ?
 黙り込んだ冒険者達の間を、身を切るように冷たい、乾いた冬の風が吹き抜けていった。