そして幕が上がる

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 87 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月19日〜12月25日

リプレイ公開日:2008年12月27日

●オープニング

●山中の悲劇
 分厚い灰色の雲が空を覆う。
 この冷え込みだ。雪でも降るのかもしれない。
 息を吹きかけて悴んだ手を温めると、ニーナは離れた場所にいるミニーに声を掛けた。
「ねえ、ミニー、今日はもう帰りましょう? 雪が降りそうだわ」
「しっ! ニーナ、ちょっと来て!」
 一緒に山へ入った友人が手招きをした。
 いつになく声を潜めた様子を怪訝に思いつつも、ニーナはミニーの傍らに歩み寄る。
 お腹はすいたし、寒いし、すぐにでも山を下りたかったけれど、ミニーが帰る気がないなら、後少し付き合っても構わないと思う。赤ん坊の頃から一緒にいた親友なのだ。自分達の友情は、たとえお嫁に行って、子供が生まれても変わる事がない。子供達も、自分達と同じように親友になるといいな。
 とりとめない事を考えながら、ニーナはミニーが指さす先を見た。
「‥‥誰かしら?」
「村の人じゃないのは確かよね。旅行者かしら? でも、街道から外れたこんな山奥を訪れる旅行者もいないわよね」
 見慣れぬ外套を着た者が2人、言葉を交わしていた。話している声は聞こえないけれど、昼間にもかかわらず、フードを深く被った様子はニーナに不安を与えた。
「近くまで寄ってみましょう」
「ミニー、駄目よ! 村の人達に言った方が‥‥!」
 勝ち気で行動的なミニーがそっと音を立てないように不審者へと近づいていく。
 怖さに竦みながらも、ニーナもその後を追う。
 ここで1人だけ逃げ帰るわけにはいかない。
「‥‥うです」
 風に乗って低い声が聞こえる。
 男の声だ。
「ミニーってば」
「し。もう少し近づけば‥‥」
 ミニーの袖を引いて、何気なく不審者へと目を向けたニーナは、ひっと悲鳴を飲み込んだ。
 不審者が、こちらを見ていた。
「逃げましょう! ミニー!」
 友の手を引き、駆け出す。
 けれど、それよりも早く、不審者が彼女達の行く手を遮った。
 喉から迸った悲鳴が、長く山奥に木霊した。

●彼らの悲劇
 キャメロットの冒険者ギルドの壁は、いつも通り依頼状で埋め尽くされている。
 その中の1枚を手に取って、冒険者は眉間に皺を寄せた。
「‥‥山から戻った娘の首に、2つ並んだ傷跡‥‥か」
 依頼状に記されているのは、キャメロットから南西に2日、街道からも外れた小さな村の名だ。
 山に入った2人の娘が戻らず、遭難を案じて村人が探しに出たところ、岩だらけの川原に倒れている娘を見つけた。その娘の首筋に、赤い傷跡が2つ並んでいた事から、村は大騒ぎになった。
 娘は村の助祭から浄化を受けて事無きを得たが、もう1人の娘の行方は依然、分かっていない。
「‥‥まずいな」
 ショックからか、娘は不審者を見つけた後の事をよく覚えていないらしい。気がつくと、自分のベッドに寝かされていた。友人がどうなったかも分からないとの事だ。
 状況を照らし合わせると、嫌な考えに辿り着く。
 恐らく、依頼を出した村人も同じ事を懸念しているのであろう。
「‥‥2つ並んだ傷跡?」
「ああ。これはきっと‥‥‥‥‥‥って!!」
 羊皮紙を覗き込んで来る頭は蜂蜜色。
「噛み跡ではありませんの?」
 じっと見上げて来るのは赤い瞳。
 いつもは、ほわほわと人懐っこい笑みを浮かべている少女が、真剣な顔で言葉を紡ぐ。
「これは事件ですわね? ウィリアム13世みたいに、お家が無くなった子の悪戯ではなくて、悪い事をしている者がおりますのね?」
 少女の名はルクレツィア。
 サウザンプトン領主、アレクシスの従妹で、少々訳ありの世間知らずだ。
 だが、少女はいつになく深刻そうに羊皮紙を見つめている。ただの好奇心から‥‥というわけではなさそうだ。
「この村に行って、山の中を調べればよいのですか?」
「そういう依頼だが‥‥‥‥」
 不意に、冒険者は口を噤んだ。
「ルクレツィア」
「はい?」
 可愛らしく小首を傾げる少女。
「君は冒険者ではないわけだが」
「そうですわね。でも、村に行くだけなら、わたくしにも出来ますわよ?」
 どうやって!
 この世間知らずの少女は、ピクニックに行くぐらいに思っているのではないだろうか。
「村の場所も知らないだろう」
「皆様に着いていけば、辿り着きますわよね? そうでなければ、途中で道を教えて頂きますわ」
 どうあっても村に行くつもりだ。
 冒険者は額を押さえた。
 野放しにするのと、首に縄をつけておくのと、どちらが面倒が少ないだろうか。
「‥‥だが、アレクは反対するだろうが」
「大丈夫ですわ。お兄様はサウザンプトンに戻っておられますもの。知らせが届く頃には、出発しておりますわ」
「そうか。ならば‥‥‥‥‥‥‥じゃないッ!」
 却下だ、却下!
 強く言い捨てて、彼は少女の手から羊皮紙を取り上げる。
「屋敷の者に伝えておくからなっ! 絶っ対に、来るんじゃないぞ!」
「意地悪ですわっ!」
 少女の文句を聞き流しつつ、彼はこの依頼が波乱含みになるであろう事を予感していた。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ec4984 シャロン・シェフィールド(26歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec5511 妙道院 孔宣(38歳・♀・僧兵・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

●理由
 まるでピクニックに出掛けるようだ、と妙道院孔宣(ec5511)は苦笑した。
 調査の為にペガサスで先行した2人を除き、オマケの1人を加えた道行きは、奇妙なぐらいのんびりとしたものだった。のんびり過ぎて、かえって勘繰ってしまいたくなる。
「もうすぐ着きますよ。今日はゆっくり休めますね」
「まあ。思っていたよりも近いのですね。‥‥名物とかはございますの? キャメロットの皆にお土産を買って帰りたいですわ」
 仲良く手を繋いだ沖田光(ea0029)とルクレツィアの会話が、更にほのぼの感を盛り上げていた。
 ‥‥いいのだろうか。
 血のように赤い夕日が世界を染めていくのを遠く見遣って、孔宣は黄昏た気分になった。確か、自分は今、バンパイアが絡んでいると思しき依頼の真っ最中ではなかったか。
「嬢ちゃん、一応、聞いとくけど、何の為にここに来たんだい?」
 呆れて溜息をついたベアトリス・マッドロック(ea3041)に、ツィアは首を傾げる。
「悪い人を懲らしめに‥‥ですわよね?」
 微妙。
 冒険者達は互いに視線を逸らし合った。
「ううーん‥‥。それもあるかもしれませんけど」
 困り顔で笑みを浮かべた光が、ツィアの手をぎゅっと握り直す。
「一番重要なのは、大切なものを守るって事です」
 ツィアを見つめたまま、光の表情が真剣味を帯びる。その眼差しの強さに、ツィアも目を奪われたようだ。手を繋ぎ合って、熱烈に見つめ合う形となった2人に、こほんとベアトリスが咳払った。
 ふと、光の視線がツィアと繋がれたままの自分の手に落ちる。
「あ、あの! これは違‥‥っ!」
 ぶんぶんと慌てて首を振る光にゆるく頷いて、孔宣はツィアへと向き直った。
「そう言えば‥‥。お聞きしようと思っていたのですが、なぜルクレツィアさんは冒険者ギルドにいらっしゃったのですか?」
 頭を振り過ぎて一種の酸欠状態になっていた光が、はっと動きを止める。それは、彼も気になっていたらしい。
「それは‥‥」
 落ち着きなく視線を彷徨わせるツィアに、光も問いかける。
「僕もお聞きしたいです。僕も偶々見つけたのに、よくこんな事件があると分かりましたね。実は、凄い地獄耳ですか?」
 いやいやいや。
 仲間達が手を振っている事にも気付かず、光はじっとツィアの答えを待った。
「あの‥‥お兄さまには内緒にして下さいます?」
「勿論です」
 微笑んだ孔宣に、彼女は渋々と口を開いた。
「ずっと‥‥探していたのです。お兄さまには止めろと言われていたのですけれど、どうしても見つけたくて‥‥。ですから、わたくし、こっそりギルドへ通っておりましたのよ。昼間なら、気がつかれませんから」
「探す? 誰をですか?」
 静かな孔宣の声に、おずおずと顔を上げる。
「父を‥‥ワイトの皆を変えてしまった悪い人を、ですわ」

●その意味
 太陽が沈む。
 夜の領域に住む者達の時間が訪れる。
「そろそろ戻るか」
 オイル・ツァーン(ea0018)の言葉に、シャロン・シェフィールド(ec4984)も空を見上げた。周囲にバンパイアが潜んでいる可能性が未だ高い。確かに戻った方が賢明だろう。
「皆さんも到着される頃ですしね。‥‥本音を言えば、ここで戻りたくはないのですが」
 あと少しで助かった娘、ニーナの足取りを掴めるところだったのだ。
 そうすれば、ミニーの手掛かりも得られるかもしれないとシャロンは考えていた。
「‥‥襲われた場所は特定出来た。襲撃は敵にとっても想定外だったのだろう。完全に痕跡を消し去る事は出来ぬはず」
「ニーナさんが見つかった川原の様子からすると、彼女が助かったのは偶然のような気がします」
 ニーナが発見された時の状況から、シャロンはそう判断した。調べてみても山道から転落した跡はないし、川原に捨てられたのだとすると、ニーナ自身の体に残ったすり傷や打撲が多過ぎる。
「バンパイアがここにいると知らしめる意味があったのかとも思いましたが‥‥違うのかもしれません」
 現場となった場所を実際に見て、1つ1つ確かめていくうちに考えが変わった。ウィリアム13世の事もあって、ルクレツィアを狙った可能性も捨て難かったが、オイルの言うようにニーナ達に姿を見られたのが突発的な出来事であったのならば、別の見方も出て来る。
「姿を見たニーナさん達の口を封じようとしたのでしょうか?」
「2人が山中でスレイブと化せば、口封じにはなるな。だが、もっと確実な方法もあったはずだ」
 襲われた場所は山の奥だ。バンパイアに噛まれた娘達が自力で戻るのは難しいかもしれない。けれど、頭の隅に何かが引っ掛かる。もやもやとした考えは、手を伸ばそうとすればするほど霧散していったのだった。

●繋ぎ止めるもの
「ちょい待ち」
 にゅっと伸びた手が猫の子を摘むように襟を掴んだ。
 掴まれた方も猫のように「うにゃ」と小さく鳴く。
「どこへ行くつもりだい、嬢ちゃん」
 真夜中もとうに過ぎている。寝静まった村には静寂に包まれ、石ころが転がる音ですら響き渡りそうだ。
「こんな事もあろうかと見張っていて正解でした」
 ベアトリスの影から現れたレジーナ・フォースター(ea2708)の体が仄かに薄桃色の光を発している。ずびしと指先を突きつけられて、ツィアは頬を膨らませた。
「ずるいですわ」
「ずるくない。まったく何を考えているんだい? こんな夜中に1人で抜けだそうとするなんて」
 だってぇと、見上げて来る少女をめっと叱りつけ、中へと押し戻す。いくら何でも夜中、教会の前で大騒ぎは出来ない。親切に宿を提供してくれた助祭にも迷惑をかける事になる。
「年頃の娘が夜中に出歩くなんざ、誉められた事じゃないよ」
「わたくしは、夜の方が動きやすいですわ」
 大きな息をついて、ベアトリスは腰に手を当てた。説教モードに突入したらしい。こうなっては雷が鳴っても彼女を止める事は出来ない。
「いいかい、嬢ちゃん。太陽が苦手な事はあたしらも分かってる。でもね、それで夜に出歩いて嬢ちゃんに万が一の事があったら誰が悲しむんだい?」
 うんうんと隣で頷くレジーナ。
「嬢ちゃんはアレクの従妹で、あたしらの友達だ。それをよぉーく覚えておおき」
「でも! でも、皆様が夜に動けないのでしたら、わたくしが」
「まだ言うか、この口は!」
 ベアトリスが柔らかな頬を摘んだその時に、掠れた悲鳴があがった。
 入り口で蹲る影へと素早く駆け寄ったレジーナが、その体を支え起こす。
「赤い‥‥目!」
「ニーナさん!」
 身を捩り、逃げようとするニーナを落ち着かせるように抱き締めると、レジーナは口元に手を当て、驚いた様子のツィアへと視線を向けた。
 彼女の瞳は、闇の中で紅く光って見えた。

●そして幕があがる
 朝日と共に、彼らは途切れ途切れのニーナの記憶を辿って山中へと分け入った。
 ニーナとミニーを襲ったのは、赤い目をした少女とがっしりとした男だったらしい。
 男に押さえつけられた彼女達に、少女は「使える」と呟いて笑ったという。
 首筋に牙を立てられ、しばらくは恐怖で動けなかった2人は、助け合って村へ戻ろうとした。ニーナは途中から意識が朦朧とし、気がついたらミニーとはぐれていたようだ。
 その後、シャロンの推測通りに足を踏み外して川へと落ち、発見された川原へ流れ着いたのだろう。
「ミニーも動いているはずだ。だが、もし‥‥」
 言いかけて、オイルは言葉を濁した。
「?」
 ツィアが不思議そうに首を傾げるのを見ながら、彼は低く呟く。
「もし、動いているなら、近づいて来るはずだ。孔宣、どうだ?」
 戸惑ったようにオイルとツィアの顔を見比べて、孔宣は再び祈りの呪を唱える。先ほどから定期的に周囲を探ってはいるが、命を持たぬ不死者が近づく気配は感じられなかった。近づく気配は。
 だが、今度は違った。
「北から1つ。来ます!」
 彼女の言葉が終わらぬうちに、木々の間から飛び出して来た影が彼らに襲い掛かった。
「ツィアさん!」
 ツィアの手を引き、抱え込むように身を伏せさせた光を鋭い爪が襲う。
「鏡月!」
 咄嗟に薙刀を振り下ろし、影を斬りつける。
 ぎゃあッ!
 その叫びに、孔宣は眉を辛そうに寄せた。
 薙刀が斬り裂いた服は、泥に汚れているがまだ新しい。
「光、シャロン、ツィアを連れて行け!」
「はい!」
 ツィアを守って走り出そうとした光とシャロンの前に、影が立ちはだかる。孔宣の一撃は確実にダメージを与えているはずなのに、それでもなお光達に迫って来る。
「ミニー!」
 短剣を交差させ、オイルは変わり果てた姿となったミニーの攻撃を防いだ。
 だが、人ではない力で、ミニーはオイルの剣を押し返していく。背後にツィア達を庇っている為、思うように戦えない。それは孔宣も、レジーナも同じだ。近すぎて迂闊に攻撃が出来ない。
「くっ‥‥」
 腕が痺れて来るが、剣を外せない。
 力負けしそうになったオイルに、思わずといった風にツィアが飛び出した。
「やめて!」
「ルクレツィアさん!」
 シャロンがその腕を掴み、引き戻した。ミニーの爪からツィアを守るべく、自分の体を盾にする。
「やめて! 皆を傷つけないで!」
 不意に、ミニーの動きが止まった。
 その機を、彼らが見逃すはずがない。
「眠れ‥‥」
 オイルが琥珀の短剣をミニーの胸に突き立てると、ベアトリスがゆっくりと祈りの言葉を唱える。
 やがて、ミニーの体は静かに静かに地面へと崩折れていった。