【黙示録】凍る海
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:6 G 84 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月25日〜02月04日
リプレイ公開日:2009年02月03日
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●オープニング
●円卓の騎士からの依頼
海は荒れ、闇は蠢く。
『まだだ。まだまだ、これからだ‥‥』
イギリスのみならず全世界に広がりつつある瘴気を感じたのか『彼』は空を見上げ呟いた。
『待っているがいい。お楽しみはこれからだ。‥‥お前の大事な者達も迎えてやろう。闇の賓客としてな』
『彼』はそう言って楽しげに笑う。
暗闇の奥の何かに向かって‥‥。
新年が明け、公現祭が終われば冬の休みも完全に終わる。
けれど、王宮に、冒険者に、そして北海に休みなどは実は無かった。
「北の海が再び荒れ始めています。デビルがまた多く、目撃されるようになってきたのです」
王城からの使者が係員に伝えるのと、ほぼ時同じくして、北海からはまたデビル襲来による退治や、調査の依頼が多く舞い込んできていた。
「これらの依頼に参加される方々に、依頼を追加したいと言うのが我が主の仰せです」
若い騎士は依頼書を差し出しながら告げる。
依頼主はパーシ・ヴァル。
依頼内容は先の時と同じ『船長』の捜索である。
「ご存知の方も多いことですので、もう隠しませんが今回の北海でのデビル騒動の影に常に一人の『人間』の姿があると言われています。その人物は『船長』と呼ばれている初老の男性。円卓の騎士パーシ・ヴァル様にとってかの方は身内同然なのだそうです」
その人物はデビルの出現や陰謀の表裏に常に存在し、人々を苦しめているという。自らをデビル。『海の王』であると名乗って‥‥。
「『船長』を発見した場合、可能な限り確保して欲しい。それが難しければ何らかの情報を。それがパーシ様からの依頼です」
デビルを指揮する者。
その正体が人であれ、デビルであれ発見し、会話し、可能であれば捕らえれば解る事がある筈だ。
「現在、パーシ様は城を動く事が叶いません。ですが、表に出さずとも家族を心配なさっているお気持ちはお持ちの筈。どうか、よろしくお願いします‥‥」
頭を下げた騎士の背後に見えた思いを係員は差し出された報酬と依頼書と共に受け取った。
●船長を追え
ギルドの壁に並ぶ北の海に関する依頼書。
随分前から海は荒れていた。けれど、ここしばらくの荒れ方は異様だ。
デビルの大群を見た。村が襲われた。島に群がっていた。日々、増えて行くデビルに関する依頼がそれを物語っている。
そして、それらの依頼と同様に増えているのが、初老の男の目撃情報だ。
円卓の騎士、パーシ・ヴァル卿が捜索している「船長」と呼ばれる男がデビルと共に目撃された‥‥という情報から、尾鰭背鰭がついた噂話まで、多種多様な話が出回っている。
もちろん、その真偽の程は定かではない。しかし、こうも噂が出回るというのは、一体どういう事なのだろうか。
貼り出された依頼を見つめながら、冒険者は眉を寄せた。
「船長」に関する情報は、デビルに絡んだものばかりではない。中には人間臭さを感じさせるような話も紛れている。
人か、魔か。
今はまだ、縁の深いパーシ・ヴァル卿でさえ、それを判断する事は出来ないのだろう。
だからこそ、「船長の身柄確保、もしくは情報を」という依頼が出ているのだ。
「なので」
「っ! ッッッッッ!!」
吐息と共に囁きを流し込まれ、冒険者は耳元を押さえて飛び上がった。
「な、何をするッ!」
「?」
囁いた本人は、きょとんとした顔をして首を傾げる。不意打ちでダメージを与えてしまった事には気付いていないようだ。相手が気付いていないならば、大事にする必要はない。というかしたくない。
こほんと咳払って、彼はちょいちょいと指を動かしてシフールの少女を呼んだ。
「で? トリスタンから何か言って来たのか」
素直に彼の手の上に降りると、円卓の騎士トリスタン・トリストラムからの伝令であるシフールの少女は頷いて1枚の依頼書を指さした。
「これ、トリス様の耳にも入ってるの」
「この依頼?」
壁に貼られていた1枚を剥がすと、彼はその内容にざっと目を通した。
概要はこうだ。
航海中に1隻の船と遭遇した。その甲板に初老の男が立っており、何かを叫んでいるようだった。途切れ途切れに聞こえた言葉は「気をつけろ」。その直後、船を衝撃が襲い、我に返った時は船が沈みかけていた。
「‥‥初老の男、か」
「ここにあるだけじゃないのよ。で、それらの話には共通点があって、同じ海域で、「初老の男」がいて、「気がついたら船が沈んで」いるのよ」
初老の男は、時に天を仰いで嘆き、悪鬼の形相で剣を振り上げ、冷酷に微笑んでいたという。
「船の生き残りの、普通の船乗りさんから聞いた話だから、はっきりしない所もあるけど、その「初老の男」の特徴を聞くと‥‥」
「‥‥「船長」に似ている‥‥のか?」
こくりと頷いて、シフールの少女は続けた。
「トリス様も気になるみたい。それと、「気がついたら」って所もおかしいって。何隻もの船が「乗組員が気づいた時には沈んでた」なんてないよね? でも、皆、船が沈むまで気がつかなかったって」
ふむ、と冒険者は腕を組んだ。
という事は、だ。
「だから、せっかく船があるんだから海へ出て調べて来て欲しいって」
情報の整理、分析を始めようと考え込んだ冒険者の耳に、明るいシフールの少女の声が飛び込んで来る。
「‥‥せっかく‥‥船‥‥」
それはおそらく、前回の依頼で使用した船の事を言っているのだろう。
経費をトリスタン持ちで改造した船だ。貴婦人方をお招きして、船上でパーティを開けるぐらいに上品に美々しく飾り立てた「麗しのトリスタン」号。
「‥‥‥‥あの船の事‥‥‥‥何か言っていたか? 金がかかりすぎとか」
「何もー? 家令のおじいちゃんは倒れて危うくぽっくり逝きかけたけど、トリス様はそーゆー事気にしない人だし。あるものは使えばいいって言うと思うし」
仮にも円卓の騎士で、出自も良いと聞く。収入も一般人とは桁違いにあるはずだ。家人や部下達への給金という支出があるにしても、トリス自身は質素な旅装で旅をして、宿が無ければ野宿をし、余りものを使った料理も出来るし、簡単な繕い物も洗濯もするという生活で、あまり金を使う事もない。
使わないから金は貯まっていく。羨ましい話だ。
「矢とかの消耗品も、ある程度は手配してるって。んじゃあ、後はよろしくぅ〜!」
「ったく。簡単に言ってくれるぜ」
言いたい事だけ言って、羽根を広げたシフールの少女の後ろ姿を眺めつつ、冒険者は溜息をついた。
●リプレイ本文
●何も見てません
寒風吹き荒ぶ北海を一隻の船が征く。
ところどころに艶を消した金の装飾が施され、豪奢な雰囲気を醸し出してはいるが、貴族の遊覧船でもなければ商船でもない。
翻るのは、円卓の騎士トリスタン・トリストラムの旗。
船の名を「麗しのトリスタン号」という。なお、命名は本人の預かり知らぬ所で行われた。
「‥‥トリスタン卿の御名を冠しているならば、いわば卿の分身。決して沈めさせぬ!」
帆柱に手を当て、決意を新たにすると、エスリン・マッカレル(ea9669)は突然に周囲を見回し始めた。数瞬の戸惑いの後、彼女はそっと帆柱に唇を近づける。
「エスリンさーん、リースさーん、ガブリエルさーん、どこですかー?」
動きを止めて、エスリンは我に返った。
「あ、ここにいらっしゃったのですね。ベアトリスさんが船内で‥‥あら? 他の方はご一緒ではないのですか?」
「さ、さあ?」
ひょっこりと姿を現したシャロン・シェフィールド(ec4984)に、ぎこちなく返すエスリン。頬が紅潮しているのは寒さのせいばかりではなさそうだ。
「ベアトリス殿が呼んでおられるのだな。分かった」
幾分早足で去って行くエスリンに首を傾げつつも、シャロンはその後を追う。
「‥‥出るに出られないじゃないか」
溜息を吐くと、リース・フォード(ec4979)は軽く頬を掻いた。声を掛けるきっかけを失ったまま、シャロンに応える事も何となく出来なくなり、矢盾の陰から出る機会も無くしてしまったのだ。
「‥‥‥‥」
冷たい雪風の中、たっぷりと数分、時間を取って、リースはゆっくりと踵を返した。
●船内の一幕
「パーシの旦那の事情についちゃ、あたしゃそんなに詳しくはないけど、「船長」ねぇ」
ふむと腕を組むと、ベアトリス・マッドロック(ea3041)は口元をひん曲げた。
「時に天を仰いで嘆き、悪鬼の形相で剣を振り上げ‥‥それで、何だっけか?」
「冷酷に微笑んでた」
そう、それだ。
肩を竦め、ベアトリスは頭を振る。「船長」の目撃情報が一致していないのは、どういう理由だろう。
「オレルド船長には一度会った事があるんだ。目撃者の話からすると、特徴的には似ている‥‥。けれど」
顎に手を当て、考え込む素振りを見せたリースに、ガブリエル・シヴァレイド(eb0379)は思いつくままを言葉にしていく。
「例えば、「船長」さんは囚われていて〜、何かを伝えようとしていたとか〜、それが上手く伝わらなくて、そのうち我が身の不幸を嘆いたり〜、不甲斐なさに怒り出したり〜」
「パーシ卿が家族のように思っておられる方だよ。伺った話では、そうそう取り乱したりする方ではないような気が‥‥」
リースの意見に、エスリンはなるほどと頷いてはみたが、ぼそりと落とされたベアトリスの呟きに凍り付く事となった。
「‥‥年を取ったら、やたら怒りっぽくなったり、涙もろくなったりするモンさ‥‥」
「ベ、ベアトリスさん、そんな‥‥」
慰めようと手を伸ばしかけて、シャロンは躊躇した。何を、どう慰めればいいのだろう。「ベアトリスさんは怒りっぽくないですよ」? 「まだまだ若いじゃないですか」? いや、何かが違う。
シャロンの助けを求める視線を受けて、リースは口元を引き攣らせつつも間に入った。
「2人とも落ち着‥‥」
はたと気付く。そもそも2人は喧嘩をしているわけでも言い争っているわけでもない。何で間に入る必要がある?
「えー、というわけでガブリエル」
ご婦人方が見惚れずにはいられない完璧な笑顔で、リースは話を隣に振る。
「港で集めた話を聞かせてくれないか?」
「‥‥リースさん、そんなんじゃお笑いマスターの道は遠いのなの‥‥」
「なるつもりはないから」
手にしていた焼き菓子をテーブルへと戻して、ガブリエルは1つ息を吐いた。
「仕方ないなの。まず、沈んだ船に乗ってた人達の話に共通するのは、「気がつけば船が沈んでいた」と「「船長」らしき男を見た」の2つなんだけど、もっと詳しく聞いたら、もう1つあったのなの」
それは、船の沈み方だった。
船の腹に大きな穴が開き、そこから海水が入り込んだという。
「岩礁とかも無かったみたいだし、突然穴が開くのはおかしいのなの」
真剣な面持ちで人差し指を立てたガブリエルに、仲間達も表情を改めた。
●異常
船が現れたとの報を聞いた時、エスリンは船内にいた。
置いてあった弓を手に取ると、弾かれたように駆け出す。
甲板では、何人かの船員が船縁から身を乗り出すようにして固まっていた。皆が皆、そんなにも驚くような物が見えるのであろうかと海へ目を遣ったが、そこには近づいて来る一隻の船があるだけで、他には何もない。
「皆、一体どうしたと言うのだ?」
仲間達は既に動き出しているようだ。船員の様子は気になるが、今は自分の為すべき事をせねばなるまい。
ティターニアの元へと走り寄ろうとしたその時に、エスリンの耳に船員の1人が呟いた言葉が届いた。
「あいつが「船長」‥‥」
はっと振り返る。
だが、近づく船の甲板には人の姿はない。
「どういう事だ? 「船長」がいるというのか?」
呟いた船員の肩を掴もうとして、エスリンは気付いた。
焦点の合わぬ目、うわごとを呟くように開閉される口、宙に伸ばされる手‥‥。船員は、明らかに正気ではなかった。見回せば、他の船員達も皆同じように虚ろな表情で船を見つめていた。
「これは‥‥! しっかりするのだ!」
船員の肩を揺さぶり、別の船員の頬を叩いてまわる。
「エスリンの嬢ちゃん!」
同じように異変を察してやって来たベアトリスが、小脇に2人の船員を抱えて走り寄って来た。
「ここはアタシに任せて、行きな!」
「しかし‥‥っ!」
躊躇するエスリンを、ベアトリスは一喝した。
「嬢ちゃん、アンタ、これと似た状況になったって言ってたろ!」
「あのデビルは、前回倒し‥‥」
「完全に消滅したのを確認したかい?」
エスリンは目を見開いた。矢を射かけ、沈黙したデビル、ニバス。けれども、自分達は確実に倒したのだろうか。海上の事で、沈んで行く船と逃げるモノの確認はしたが、肝心のデビルは?
顔色を無くして、エスリンは駆け出した。
●正体
「幻!?」
空中からの援護を受け、雷を放とうと印を結びかけていたリースの手が止まった。
「デビルが「船長」の幻を見せる必要が無いじゃないか!」
でも、とエーリアルの手綱を操りながらシャロンは言い募る。
「あの船に「船長」はいません! っ! リースさんっ、見て下さい!」
咄嗟に矢を放つ。イルカよりも一回り大きな魚が海面に躍った。だが、魚はシャロンの矢を突き立てたまま、再び海中へと潜っていく。
「今の魚‥‥っ! ご覧になりましたか!?」
「ああ。角があった。ホーンドフィッシュというヤツだ」
海中を自在に泳ぐ魚が相手となると厄介だ。手すりを掴み、その姿を確認すべく身を乗り出した所に、船を大きな衝撃が襲った。
断続的に続く、何かがぶつかってくる衝撃。先ほどのホーンドフィッシュが船に体当たりを仕掛けているのだろう。
「‥‥なるほどね。船が沈むわけだ」
何とか体を支え、リースは空に浮かぶシャロンと視線を交わした。頷き合って、互いに行動に移す。
船を襲う一瞬を見計らって射かけた矢に怒ったのか、ホーンドフイッシュが再び海面へと姿を現す。その瞬間を逃さず、リースは雷を放った。衝撃に、ホーンドフイッシュの体が跳ねた。
「もう一匹来るぞ!」
リースの声に、シャロンが弓を引き絞る。
と、番えた矢もそのままにエーリアルの腹を軽く蹴った。シャロンの意図を察してエーリアルが翼をはためかせると同時に、かぎ爪のついたロープが投げ込まれる。いつの間にか近づいていた船の上、骸骨が数体こちらへと乗り移る準備をしていた。
「シャロン、行くのなの!」
ガブリエルの放った吹雪に骸骨が怯んだ隙に、シャロンは、手早く鏃に火を付けた。こんな事もあろうかと火矢の準備をしていたのだ。
打ち込んだ矢は相手の帆柱へと命中した。見る間に燃え広がる火に、冒険者達は一瞬だけ、安堵の息をつく。
「油断めさるな!」
途端に降って来たエスリンの鋭い声に、ガブリエルは空を見上げた。上空から狙いを定めるエスリンの矢の先へと視線を巡らし、あっと声を上げる。
「デビル! あそこにデビルがいるのなの!」
ガブリエルの叫びに、2匹目のホーンドフイッシュを仕留めたリースも表情を険しくした。
「坊主、嬢ちゃん達、主の祝福だ! 性根を入れていくよ!」
エスリンとシャロンの矢と、リースとガブリエルの術のありったけがデビルに向けて放たれたーー。
●残された謎
火に包まれた船体が海中へと沈んでいく。
「デビルは、本当に滅んだのであろうか」
独り言のようなエスリンの呟きに、ガブリエルは頭を振った。
確かに手応えはあった。だが、仕留めたか否かまでは確認出来なかったのだ。逃げられたとは思わない。しかし、それでも‥‥と考えてしまう。
「何故、デビルがオレルド船長の幻影を見せたのか、分からず終いだね」
傷んだ船縁を撫でて、リースは肩を竦めた。
船の惨状を見たら、トリスタンの家令が卒倒しそうだ。心の中で家令に謝罪の言葉を浮かべながらも、考えるのは別の事だ。
「似た幻影を作れたのは、少なくともあのデビルが「船長」を見知っていたという事ですよね?」
それが何を意味するのか。
依頼を終えたというのに、不安の影が彼らの胸から消え去る事はなかった。